恋姫無双 決別と誓い 〜第二十六話〜
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俺の足取りはやはり重く、全身が鉛でできてるかのようだ。

原因はわかってるが、解決の糸口がつかめないから性質が悪い。

『劉備を此方側に味方するように仕向けてほしい』

と冥琳に言われ今までアカデミー賞受賞者顔負けの演技で彼女と接してきた。

こんなことおかしいとは思っても逆らうことなく演技者を続ける俺を内心激しく嫌悪していた。

理想と、大切な人を守りたいという理想から逆行する行いを平然とこなしているのだ。

無理はない。

ただ沈んだ気持ちを表に出さないようするのが精いっぱいといったところか。

案の定彼女は約束していた場所で待っていた。

(まぁ、あたりまえか。向こうから言ってきたんだしな・・・・)

と苦笑する。

宮殿の大きな広場にある木の下で彼女は頬を若干上気させ、そわそわと辺りを見回している。

優しく、それでいて慈愛に満ちた雰囲気を持つ彼女は遠くから見ても美しかった。

顔が、スタイルが良いとかいう問題ではなく内から放たれるオーラというか雰囲気というかそんなものが俺にとって眩くて目を逸らしたくなるほどに輝いており、その姿をただ純粋に綺麗だと思ってしまった。

それは数々の人々を魅了したその仁徳、器の大きさを今改めて感じ取った瞬間でもあった。

「あ!北郷さん。来てくれたんですね!」

彼女はこちらに気付いたらしく、不安な顔から一転向日葵が咲いたかのように満点の笑顔を此方に向け、小走りでこちらに近寄ってくる。

「約束した以上は必ず来ますよ。それとも劉備様は自分を来ないとでも思ってましたか」

「そ、そんなことありませんよ。でも忙しいから・・・・、迷惑かなって」

「滅相もない。一国の王に呼ばれて迷惑に思う輩がいたら自分が今すぐにでも切り捨てますよ」

俺の言った冗談に彼女はどこか嬉しそうな雰囲気を発している。

やはりうれしいのだろうと思うと同時に自分がやっているこの行為に、良心が傷む。

こうして彼女と接する時間が増えれば増えるほど俺は今自分がやっていることが果たして正しいものなのかどうか分からなくなっていく。

同盟の架け橋になることも自分の使命だという内なる囁きが脳を支配し、それと反する考えつまり自分の理想とのせめぎ合いに体はゲシュタルト崩壊を起こし吐き気を催しながら彼女をエスコートするのであった。

 

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私は悩んでいた。

政策、経済、外交と数々の難敵が私の前に立ち塞がったがそれを難なく乗り越えてきた。

だが今私の前に佇む大きく頑丈な『要塞』はそう簡単に解決できるような代物ではなく私を大いに悩ませる一因となっていた。

彼と衝突して早半月が経過したが彼は一向に私を許す気配がない。

最初はしばらくしたらと様子見を図っていたが、放っておいたら病状が悪化する悪病のように彼との溝も大きくなっていった。

彼があれほど怒ったのはおそらく私の桃香の件での発言だというのはさすがに分かるが、なぜ彼を怒らせてしまったかを解明するのには至ってはいなかった。

私は悩んでいた。

異性との色恋沙汰の経験は殆どない。

そういった話をよく耳にはしていたがいざ自分となると話は別だ。

ましてや彼は我々とは文化等大きく違った世界で生きてきたのだ。

自分の価値観と彼の価値観に乖離が生じてしまうのは自明の理である。

『うふふ、一刀てっば可愛いのよね〜。手握ったら顔真っ赤にしちゃって、こっちまで照れちゃうって感じで------』

『そうか。それはすごいな』

『ちょっと聞いてる?冥琳』

『ああ、北郷が可愛いのだろう?』

『そうなのよ。それでね---------』

といった友人のどうでもよかった逢瀬の話を逐一聞きたくもないのに自慢げに話してくるのを聞き流していた当時の自分を今しかりつけてやりたい気分だ。

 

 

 

「いったいどうすれば・・・・」

と沈んだ気持ちで呟くがそんなことで事態が急転するわけがないし意味がないこともわかっている。

ただ口に出てしまうほど精神的に参っていること、思った以上に彼に依存していたことに愕然としているのも紛れもない事実だ。

「?」

宮廷の渡り廊下で見知った人物が歩いている。がっしりとした体躯とキビキビとした無駄のない動きは遠くからでも北郷であると認識できた。

だが私はあろうことか、広場の木陰に隠れてしまう。今正直、彼と堂々と顔を合わす図太さは持ち合わせてはいなかった。

(何をやっているんだ私は・・・・。逃げていては問題の解決にはならないではないか)

と自分を叱責するが私の足はとても重い鉛がついたかのようにビクともしない。

彼が通り過ぎると後ろから大きな溜息が聞こえてきた。後ろを振り向くとそこには二人の男女が。

男は中肉中背で寝ていないのか目に隈がひどく、精悍な顔つきが台無しである。

それでいて眼だけがギラギラと輝いており異彩を放っているから異様な存在感を放っている。

そして隣にいる女は紫の艶のある長い髪を束ねることなく真っ直ぐに伸ばし、落ち着きとどこか余裕のある雰囲気に包まれた柔和で美しい顔をした女性であった。

「お前何やってんだよ・・・。たくっ」

「あらあら、こんな美周朗様を見るのも珍しいですね」

と二人からかい半分、心配半分といった形で話しかけてきた。

「なんのようだ。魯粛、紫苑」

と一人は呼びなれた親友の名を、そして二人目は最近知った真名で呼ぶと二人は心外だとでもいうように顔をしかめた。

「今回の会談は山越と南蛮も交じって行われただろうが・・・、俺たちはその外交の最高顧問としてここに来てるんだよ」

魯粛は山越、紫苑は南蛮での統治領の総督を任されている。それで今回の会議に出席していたのだろう。

「そうか・・・。そうだったな。済まない」

と友人に詫びを入れる。

「しかしずいぶんと悩んでいるようですが・・・」

と去っていく北郷の後姿を見てこちらをうかがっている紫苑。そんな彼女を見て魯粛もどういった事態なのかを一瞬で悟る。

「お前らくっついたと思ったらまたかよ・・・・」

「面目ない・・・・実は」

と魯粛と紫苑に事の経緯を話した。これは一人で悩んでも埒が明かないしこうしたことは他人に相談してみるのも手だというのも先の件で学んでいたからだ。

当然に情けなさと申し訳なさで頭が上がらなかった。魯粛は事実上一刀との仲を取り持ってくれた恩人のようなものだ。

その彼にこのような有様を見せつけてしまい罪悪感が募る。

「・・・・というわけなんだが」

と全部話終えると魯粛と紫苑は互いに困ったような、呆れたような表情が交じった複雑な顔つきで嘆息した。

「お前ってやつは・・・・」

「これは重症ですね・・・・」

と似たような台詞を言う。

「北郷はお前にそう言ってほしくなかったんだろ?たぶん」

「・・・・どうゆうことだ」

「さぁな。俺から言えるのはそれぐらいだ。あとは自分で考えて答えを見つけな」

と彼はそれっきり口を噤んでしまう。彼の指摘は極めて的を得ているようだが、なぜ言ってほしくなかという肝心な部分が欠落していた。

 

「とにかく冥琳さん、あなたはもう一度北郷さんと話し合うべきだと思います。互いの意思疎通ができなくてどうやって関係が修復で来るのでしょうか?」

と紫苑は魯粛の台詞を付け足す感じで助言をしてきた。

「結局は堂々巡りというわけさ。さて行きましょうか。紫苑さん」

「ええ・・・。そうですね」

と私を残して紫苑は軽く頭を下げて去っていく。

『北郷はお前にそう言ってほしくなかったんだろ?』

という言葉がどんな陳腐な励ましの言葉よりも胸に今の私に強く突き刺さっていた。

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しかし私は彼を戦場に出したくはなかった。

越権行為かもしれないが今の彼の状態を鑑みても、もう彼は限界に近い。

なんとか辛うじて繋ぎ止めてはいるがそれでも何時彼が「壊れる」か分からない。

そんな彼のために比較的安全な蜀のところに行かせれば・・・・という思いがあった。

近いうちにまた戦争が来る。それも今回は山越とは違い、長期かつ巨大な戦争になると予測している。

そうなれば彼は多くの人を殺めてしまい、その罪の重さに耐えきれず自我が保てなくなるだろう。

だから蜀との繋がりを一刀自身が深めてほしいがためにそう言ったのであった。

桃香と繋がりを持てれば彼を安全なところにおいてやれる。

そのためなら離れ離れになってしまっても・・・と考えていたのだがそれを直接本人には話すことはしなかった。

彼は恐らく反対するし、私と離れないと意固地になるかもしれないと踏んだからだった。

 

どうやらそれが裏目に出てしまったらしい。彼の気持ちを考えることなく一方通行な形で彼に告げてしまったのだ。

そのとき彼がどんな思いだったかを考えることなく・・・・。

「行かなければ・・・・・」

私は一刀のあとを追いかけた。

桃香がいる。あとで言えばいいという考えが頭を過ったが、今言わなければ何時言うのだという強迫感にも似た衝動が私を突き動かしていた。

早く見つけなければと焦る気持ちを抑えて私は彼を見つけるべく加速を強めていった。

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冥琳と別れた後、会議に参加して一通り目処が立つとなんと紫苑さんから誘いが来た。

 

普段はこちらが誘う側なのにと少し驚いていたが俺はよく行く酒場で簡単な食事と酒を二人で交わしていたとき彼女が口を開いた。

 

「いいですか?あれで・・・」

 

「いいんですよ。あいつにはアレぐらいが丁度いいと思いますしね。あの手の話の答えは互いに自分たちで見つけるべきだと思います。

 

お互い価値観も考え方もいくら好きあっているとは言え乖離があるのは仕方がありません。それを指摘するのは簡単ですが、それでは本人たちのためにならない。

 

それに話し合い、妥協するところは妥協をするということを冥琳は、そして北郷もまだ分かっていないと思います。まぁこんな自分が言うのもなんなんですが・・・・と何か?」

 

今頃は北郷達も上手くやってることだろうと話しながら思っていると紫苑は俺が話している途中でクスっと笑い始める。

 

「いいえ・・・、魯粛さんは優しい人なんですね」

 

「さぁ、どうでしょうか・・・。お節介が過ぎてよく嫌がられますがね・・・」

 

半分照れ隠しでそう自分を皮肉ったが、彼女は微笑んだまま首を横に静かにそれでいてしっかりと振る。そんなことないと表現しているかのように。

 

「魯粛さん」

 

「はい?」

 

「貴方は想い人がいたのですか・・・?」

 

「ええ。流石に・・・・俺も異性を好きになったりはしましたよ」

 

と彼女は思いがけない質問をしてきたがどもらずになんとか言えた。

 

そう俺も異性に胸をときめかしていた時代があった。

 

振り向いて欲しくて、頼って欲しくて、必死に自分を磨いた時代が確かにあったのだ。

 

俺は昔、統一された身分制度に不満を持つ奴らを集めては至る所で暴れていた。

 

自分がいくら頑張っても所詮は農民出の人間。

 

仕官しても場を弁えろと罵声を浴びて門前払いをくらう傍ら、俺よりも無能な人間が高い官職を与えられ自分の好きなように権力を振るう。

 

そんな時代が俺には許せなかったのだと思う。

 

だから義賊を名乗っては強欲な商人や役人から金目の物をくすんでは人々に分け与え、時には役人が派遣した兵でさえ返り討ちにして殺すこともあった。

 

あの頃山賊紛いの行いに俺の悪評も瞬く間に広がっていき、このまま黄巾党と合流するハズだった。

 

そんなどうしようもなかった俺を彼女は拾ってくれた。

 

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時代が悪いだのなんだのと全てを他人のせいにして自分の無力さから逃げ、暴れれば暴れるほど、自分は何もできないと痛感し自己嫌悪と無力感に苛まれる日々を彼女はいとも簡単に断ち切ってくれたのだ。

 

『お前のその機転の良さ、統率力を孫呉のために使ってはみないか?』

 

『こんにちは。貴方が魯粛ね。冥琳から聞いてるわ。これから孫呉に力を貸してはくれないかしら?』

 

冥琳に半ば強引に連れてかれ会った彼女は一目見て魅了された。

 

それが彼女の出会いだった。

 

彼女は俺にはない強さと潔さ、それでいて自分の生に唯一性を感じない。

 

完璧だった。

 

そんな俺を時代を変えるにはお前の力が必要だと言ってくれたこと。

 

嬉しかった。この人のために戦うのであるならばなら命さえ惜しいとまで思えたのだ。

 

それから雪蓮と冥琳と仲が深まるのはそう長くはなかった。

 

冥琳と雪蓮、そして俺でつるむのが俺のささやかな楽しみだった。

 

冥琳と雪蓮の笑顔を見るのが最大の幸せであり、度重なる戦役の疲れも彼女らの幸せを考えれば一気に吹っ飛んでいく。

 

そして俺は・・・・。

 

「魯粛さん・・・・」

 

彼女が悲しそうな表情をしていたのを気がつくと俺は無意識のうちに自分が涙を流していたことに気づき慌てて目もとを隠した。

 

こんな自分を彼女だけには見せたくないという思いがあったからかもしれない。

 

「す、すみません。こんなつもりは・・・・・・」

 

と出ない声を無理やり出して謝るが、その声は掠れて弱々しかった。自分が情けない。

 

他人には弱みを見せないと決めていた。

 

上に立つ者は弱みを見せたら部下が激しく動揺する。

 

だから俺はどんな時でも、例え信頼する部下、友人が死んだとしても涙や激昂したりはしなかった。

 

そう雪蓮が死んだと聞いた日もそうだった。

 

『魯粛さま・・・・・』

 

『どうした?』

 

『それが・・・・・・・・、孫策様が名誉の戦死をなされたと』

 

『なに!?』

 

血相を抱えた副官から聞いたのは親友である雪蓮の崩御だった。

 

『魏の卑怯な振る舞いに毅然と立ち向かった聞いています。王にふさわしい最期であったと』

 

と泣きながら報告をする副官とその知らせを聞いた部下たちは憤り、人目構わずむせび泣いた。

 

俺も泣きたかった。

 

しかし雪蓮が死んだと聞いたとき、孫堅様がお亡くなりになったときも自分で決めたその掟を忠実に守っていた。

 

そうすることは破滅を意味するからだ。

 

雪蓮の死を看取れなかった自分を激しく憎みたかったし、俺も部下と共に雪蓮のために涙を流したかった。

 

だがそれは出来なかった。

 

『ねぇ魯粛。私に何かあったら、冥琳と蓮華を頼むわね』

 

『どうした?いきなり』

 

『別に〜。ただ何となく言っておきたかっただけよ。それとね、一人骨のある子がいるのよ』

 

『それはお前にとってはこっちの方で骨のあるやつか?』

 

とニシシと笑って握りこぶしの人差し指と中指の間に親指をニョキッと出すと雪蓮は顔を真っ赤にして懸命に否定する。

 

『もう!!違うわよ!そうじゃなくて冥琳が気にかけてる見習いがいるの』

 

『それは天の御使いというやつか?』

 

『うん。北郷って言うんだけど・・・・、彼のことも何かあったら支えてやって欲しいの。直接じゃなくてもいから・・・・』

 

『・・・・・・残念だが、それはできないな。雪蓮』

 

『どうして・・・?』

 

『お前と冥琳がアイツを支えなきゃならんだろ?だから俺の出る幕はないってことさ。俺はお前ら二人で手一杯だからな』

 

『・・・・そうね。そうだったわね』

 

というとしばらく雪蓮はキョトンとしてたが寂しそうに笑って有難うとだけ言ったのだ。

 

それが雪蓮との最後の会話となった。

 

俺に笑いかけた彼女の儚い笑顔を思いだし自分ひとり一人、ああそうだったのかと冷静に納得さえしていた。

 

彼女の鋭いカンが自身の死を予測していたのかもしれないと静かにそれでいて無理やり彼女の死を受け入れた。

 

俺がそうしなければ部下が動揺してしまう。

 

それこそ木の幹が揺れてしまえば、それに付いている木の葉が振り落とされしまうように。

 

しかし今の俺は「それ」を抑え込もうと努力しても氾濫する河川のように溢れ出てしまう。

 

「貴方はどんな時でも憎まれ口を叩いては皮肉るけれど、自分の中にある正義には常に忠実でした。大丈夫です。ここには私しかいませんわ。だから・・・・」

 

と紫苑さんは俺の手の上に自らの手を優しく重ねてくる。俺はその女神のような彼女の優しさに身を任せるかのように涙を流し続けることしかできなかった。

 

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俺は劉備と共に再び建業を回っていた。

 

俺ではなく彼女がそう希望したからであり彼女は微笑みを絶やさずに歩く傍ら俺は私服の護衛部隊と劉備には気づかれない範囲で状況報告を聞いて回る。

 

例えば・・・・、

 

「おお!?北郷の旦那じゃないですか。今日は可愛い女の子さ連れてどうしたんですかぇ?」

 

と男が話し掛けてくる。

 

「そ、そんな・・・。可愛いだなんて」

 

「おいおい。からかうのは止めてくれ。それより店の調子はどうなんだ?」

 

からかう男を軽く窘める俺に申し訳ないと軽く謝ると一転ニカッ笑い、

 

「へぇ。おかげさまで繁盛しておりやす。ただ卸屋の値段が最近上がってきておりやしてね、家内はやりくりに頭を悩ませておりやす」

 

と嬉しそうに近況を語ってくれる。

 

「そうか。大変だが、頑張れよ!今度其方に寄らせてもらうときは頼むよ」

 

「へへっ!お安い御用ですぜ」

 

といったふうにお辞儀して別れていく、いかにも人畜無害そうなあの男は軍諜報部の人間であり会話を通じて俺に情報を教えてきたのであった。

 

内容としては建業内では今のところ異常は見当たらないが、町外れで山賊が出没している。用心されたしとのことだった。

 

(今治安部隊が討伐に向かってはいるが外に行くとなると危険だ。避けたほうがいいな)

 

などと現在の状況を素早く頭で整理し最善の選択を考えあぐねていると、

 

「・・・・さん?北郷さん?」

 

「・・・・はい?」

 

「いえ、上の空でしたから・・・・。大丈夫かなって」

 

と彼女にいらない心配をかけてしまったことを詫びる。

 

「申し訳ありません。少し考え事をしてまして・・・・。うん?」

 

何やら腰に軽い衝撃が走る。

 

なんか感じたことがある既視感を感じつつも俺は下を向くと、あのいつかの迷子少年であり恋のキューピッド(?)でもある張承がそこにいた。

 

「ととさま〜」

 

「おや?張承さまではありませんか。どうしたのですか?」

 

相変わらず、ととさんなんだね。

 

と思いながらも彼の脇の下を掴んで高い高いをしてやるとキャッキャと声変わりしてないハスキーな声で歓喜の声をあげる。

 

「うん!あのね、あの時のお話をもう一回いいかなって」

 

と彼が言って指を指すとそこには羨ましそうにこちらを見ている少年少女たちがおり、彼の友人たちなのだなと一瞬で理解する。

 

「劉備様・・・・ってあれ?」

 

「ほら〜!北郷さん、こっちこっち!!」

 

と彼女もいつの間にか子供達に混じって興味深々の輝いた目でコチラに手を振っていたのを見て内心苦笑しながら、張承を肩に担ぎ上げて彼女のもとへと向かった。

 

それからは劉備たちと子供達とで一緒に遊ぶこととなった。

 

それこそまるで保母さん、保父さんにでもなった気分であった。

 

彼らは底なしの体力で俺にもっともっと遊びをせがんでくる。そんな子供たちに振り回されながらも心は随分と癒されていた。

 

彼らと無邪気に過ごすことで冥琳との間に大きな溝が出て来てしまった事実から少なくとも逃れられる。

 

そんなことに子どもを利用するのは申し訳ないが、再びぶつかってくれた張承に感謝していた。

 

気がつくと日は傾き空をオレンジ色に染め尽くしていた。

 

「あ、そろそろ帰らなきゃ」

 

とこの遊びの幹事役であった張承が終わりを告げると子どもたちはそれに従い帰路へとついていく。

 

「ばいばい〜。ととさま、おねえさん」

 

「おう、またな〜」

 

「ととしゃま、また遊んでね」

 

「うん。ととさまも楽しかったよ。また遊ぼうな」

 

といった具合に一人ひとりに別れを告げて気がつくと劉備と俺だけが残っていた。

 

「終わりましたね・・・・」

 

「うん。元気だったね・・・・」

 

「ええ。あの子供たちの元気さを訓練兵も見習って欲しいもんです」

 

と軽口を叩くと彼女はクスっと笑い、俺も静かに彼女にならって笑った。

 

 

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その後俺たちは宮中つくとそこから彼女は急に黙ってしまう。もう別れが近いことを自覚して少し悲しいのかもしれない。

 

そうして黙ったままついに別れの時がやってくると彼女は俺の手をギュッと握り、

 

「北郷さん・・・、少しいいかな・・・・」

 

「はい・・・・」

 

彼女は俺の承諾の言葉を聞くと自らを奮い立たせるようにヨシと軽く頷いて切り出した。

 

「私はね・・・・、弱い人間なんだ。常に自分の意見を言わずに相手に合わせる。それを子供のころからずっとしていた。

 

だって自分が主張することで皆が言い争う姿は見たくなかったから・・・・。

 

でも、そんなのは甘えだといううことに気づいたの。

 

自分というものがありながらそれを出さずに他人に任せる。それは呉で謳う『責任』を果たしていないことになるから。

 

確かに皆に逆らわずに流れて過ごすのは楽しいし、責任が自分にいかない分気楽に過ごせるから・・・。

 

でも最近それじゃダメなんだって今更ながら気づけたんだ。

 

知ってた?

 

・・・・鮭は自らが生まれた川をキチンと覚えていて、最後は自分の命と引き換えにその激しい激流を乗り越えて卵を産むんだって。

 

その話は私にも当てはまるなって思ったの。

 

責任という激流の中で私は次の世代のために伝える何かを残す鮭になろうって。

 

その決心を、背中を押してくれたのは北郷、いえ一刀さん。間違いなくあなたでした。

 

私は貴方をみて、確かにたったの数ヶ月かもしれないけど、責任を背負う覚悟がなんであるかが分かった気がします」

 

「・・・・・・・・」

 

「好きです・・・・。私、劉玄徳は北郷一刀をお慕いしています・・・・」

 

《ガタっ!!!》

 

「?!」

 

音がした方を振り向くよりも彼女を守るために庇うように立ちふさがる。

 

暗闇の中・・・、走り去っていく一人の姿を俺は捉えていた。

 

「冥琳・・・・・・・・・・・・・」

 

「っ!!!!」

 

彼女は顔を見せまいと直ぐにそっぽを向くと走り去ってしまったが、彼女は泣いていた。夜眼で俺はそれをはっきりと見ることができた。

 

篭絡しろと、彼女を手篭めにしろと言ったのに彼女は泣いて、何かを呟いていた。

 

《嘘つき・・・・》

 

と読心術を習得した俺には彼女の唇はそう動いているように見えたのだった。いや見えた。

 

それが一体何を意味するのかは女心を熟知してない俺でも察しはついた。

 

だが、だからこそ今は劉備と向き合わなければならなかった。

 

「劉備様・・・・、ありがとうございます。王である貴方が私にそのような想いを抱いていたこと光栄の極みでございます。

 

ですが・・・・、すみません。私は・・・、俺は守るべき人を見つけたんです。今度こそ命を懸けてまで守り、共に背負っていく女性(ひと)を!」

 

と言うなり土下座した。王にそこまで言わせて断るというのはあまりにも無礼であるのはよくわかるからだ。

 

だからといって自分の考えを曲げるつもりはなかった。舌を切られようが、腕を切られようが断る覚悟で俺はいた。

 

しかし劉備は俺の答えを聞くと何処か諦めたような笑顔で、

 

「本当はわかってた。貴方が孫策さん、冥琳さんが好きなことを・・・・。だから礼を言うのはこちらの方です!

 

有難う・・・。こんな女の独り言を黙って聞いてくれて・・・・、真剣に答えを言ってくれて・・・・」

 

と受け入れてくれた。俺は土下座から頭を上げると涙を溜めた目が無理やり笑顔で歪んでいるのを目にした。

 

こんな時でも笑顔を見せようとするその姿に痛々しく良心が痛むがだからといって考えを曲げるつもりはない。

 

「さぁ、冥琳さんを追いかけないと。行って・・・・」

 

 

「は、はい。ではこれにて、御免」

 

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〜another view〜

 

彼が去った後私はしばらく魂が抜かれたかのようにじっとここを立っていた。

 

「桃香さま・・・」

 

「主・・・・・・」

 

二人の声に振り向くと星ちゃんと愛紗ちゃんがそこにいた。

 

「えへへ・・・。振られちゃった」

 

そう言うともう限界だった。立っていられなくなり、うずくまるともう止められなかった。

 

涙が止めど無く溢れ出てくる。

 

「主、泣いてもいいのですぞ。その涙が貴方の傷を癒してくれるでしょう・・・・」

 

とそっと耳に星ちゃんが囁いてくるともう止められなくなり、今迄溜めていた様々な感情が爆発していった。

 

だがこれは悲しいから泣いてるではなく、嬉しいから泣いているんだとそう思えた。

 

これからは新しい私となって責任を背負うようにいや背負っていくのだ。

 

そう思うと悲しみなど何処かへ行ってしまかのようだった。

 

(ありがとう一刀さん・・・・・)

 

心でかつてのいや、当分は忘れられそうにない想い人に礼を詫びるのであった。

 

〜another view end〜

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「冥琳様・・・・。もうこれくらいに」

 

「うるさい。今日は飲みたい気分なのだ。もっと酒を持って来い・・・」

 

と幼い頃からの召使いである爺に酒を要求する。

 

私は自家で酒を飲んでいた。

 

今日は酒を飲んでいられなきゃやってられない。

 

酒を飲んだからといって全てがよくなる方向には進まないことは分かっていても、ほんのひと時でもいいから酔ってあの時のことを忘れたかったからだ。

 

結局は自分が悪い。

 

彼の思いを聞かずに再び自分の勝手な思いやりで彼を傷つけて、挙げ句の果てには篭絡しろと言った相手に告白されるところを目撃してしまう。

 

滑稽だ。

 

彼を探して建業を走り回りやっと見つけたと思えば彼らの間に割って入るほどの勇気が私にはなかった。

 

張承たちと遊ぶ桃香、一刀を見ているとお似合いで、私はまるで自分が夢見ている理想を見ているかのようだった。

 

桃香は年齢も私より若く、行き遅れた私と比べるまでもなく、生き生きとしていて見ているこっちが情けなくて、打ちのめされていた。

 

そしてただ純粋に彼を想っていた。

 

自分も彼を想ってはいたが彼を政治の道具にしようとしていた私とはそこが決定的な違いでもあったのだ。

 

「飲まなきゃ、やってられんな」

 

と呟くとグイッと酒を仰ぐ。

 

液体が喉を通るたびカッと体が熱く火照るが全く酔えない。

 

(もはや酒にまで嫌われたか・・・・・・)

 

と全てに打ちのめされた気分でいると再び爺がコチラにやってきた。

 

「なんだ・・・・。また説教か?」

 

「いいえ。冥琳様にお客様が、北郷様と聞いておりますがどうしましょうか?」

 

彼がきたことに胸が跳ねる。

 

が彼にはこんな姿を見せたくはなかった。嫉妬のあまり酒に溺れようにも溺れることさえできないこんな醜い女を。

 

「今日は立て込んでると言っておいてくれ」

 

「・・・・冥琳様はそれでよろしいのですか?」

 

「ああ。構わんさ」

 

「分かりました。彼にはそう伝えておきます」

 

とそう言って爺は再び去っていった。

 

全く申し訳が立たない、取り返しのつかなことをしてしまった。魯粛にも雪蓮にもどういう顔で・・・・。

 

暫くするとまた足音がまた爺だろうか?

 

しつこいと追い出そうとしてこちらに向くと、

 

「やぁ。冥琳」

 

そこには一刀が、走ってきたらしく息が上がり汗が滴り落ちている。

 

「・・・・・・・・・」

 

何も言葉を発せない。申し訳ないのとこんな情けない姿を見られてしまった恥ずかしさ、そしてこんなにもウジウジしている滑稽さに私は彼に話す術を持ってはいなかったのだ。

 

一刀は何も言わずに彼も私が開けていた酒を飲み始める。

 

場の雰囲気に耐えられずにというわけでなく、飲みたいから飲むそんな感じだった。

 

「劉備の件だけど・・・・、あの話は断ったよ」

 

「なぜだ・・・・。劉備はお前を好いていたのではないのか・・・・・?」

 

自分でも信じられない台詞が出てくる。違う。私はこんなことを言いたいわけではない。

 

それなのに私の口は止まることなく思いとは大きくかけ離れた台詞が次々と吐き出される。

 

「お前と劉備は確かにお似合いだよ。こんな行き遅れた、度量の少ない女なんかよりはずっとマシなはずっ--------」

 

ビシっと頭に鋭い痛みが走った。目を開けると彼が指で私の額を弾いたようである。

 

まるでもういいとでも言うように。

 

「・・・・・・・確かにな。俺が君と、いやもしかしたら雪蓮に拾われてなかったら劉備と手を取り戦っていたかもしれない。

 

でも呉に、雪蓮やそして君とであったから今の俺がいる。

 

そうである以上、君とこうした関係になったこと全てを今更ながら無かったことにして欲しくなかった。

 

雪蓮から聞かなかったか?俺が今迄側室を取らないと」

 

確かにそのことで雪蓮は嘆いてはいた。

 

「俺達の時代では側室なんてのは認めていないのもあるのかもしれないけど、そうすることは俺からしてみれば必要とされていないことと同義なんだよ。

 

言ったよな。共に背負っていきたいって。

 

そう誓った以上、俺は君とともに孫呉の行く末を見守る責任がある。

 

それが例え自身の崩壊に繋がってもだ。雪蓮と呉で暮らすと決めてからはそう誓ったんだ。

 

・・・・だから君から劉備の件を聞いたときはショック・・・・じゃなくて衝撃と失望といったところかな?

 

そういった要素が俺を大きく打ち負かしていたんだ。

 

もちろん冥琳が俺のことを考えてのことだというのも十分解かるよ。

 

知らなくて、教えてなかった俺自身が確かに悪いことなのかもしれない。

 

でも・・・・、君にだけは言って欲しくはなかった。

 

ごめん。口で言わなきゃこんなことわかるはずないのにな・・・・」

 

 

「そうか・・・・」

 

彼はゆっくりと本音を語ってくれた。

 

嬉しかったし、自分が情けなくてどうしても彼の顔を直視することができなかった。

 

彼はこの国を愛し、そして私と添い遂げると言ってくれた。

 

その好意を私は自分の我欲のためだけに彼を利用しようとしていたのだ。

 

(言え!!!周公瑾)

 

自らを奮い立たせて酒を大量に飲んだはずなのに乾いている口を懸命に開けようとすると彼は優しく笑い私の口に人差し指を当てた。

 

大丈夫。わかってるとでも言うように。

 

「冥琳は俺の精神状態を懸念しての行為だってのはよくわかってるから・・・・。

 

でもこれからはちゃんと互いにさ、話し合う時間を持つようにしよう。

 

それにさ劉備には言ったから。

 

命を懸けてまで守るべき人がいるって」

 

「一刀・・・・・・」

 

彼の一言一言が胸の奥深くに突き刺さりささくれだった心が癒えていくのを感じた。

 

ああ不思議だ。

 

どうして彼の言葉を聞くだけで、こんなに優しい気持ちになれるのだろうか。

 

彼の仕草一つでどうしてこんなに一喜一憂してしまうのだろうか。

 

分からない。

 

でもひとつだけ分かることがある。

 

それは・・・・・。

 

「ほんとに俺たちはなにやってんだか・・・・な。あの頃と結局はおんなじすれ違いが原因だなんて」

 

と苦笑いする彼。

 

そうだ互いを思いやるあまり《優しい嘘》と《建前》を並べてしまう。

 

それを双方がやるから、互いにこんがらがってしまう。

 

『だからこそ、二人が信じようと歩み寄るから面白いんじゃない♪』

 

とふと雪蓮の声が聞こえた気がした。

 

(ああ。全くだ。先が読めないゆえ互いに相手を信じる・・・・か)

 

「ごめん。ごめんな・・・・」

 

と言って彼は優しく私を包み込んできた。

 

あの時の逆転とでも言うように。

 

もう大丈夫だよと安心させるように。

 

私はこの優しい温もりを二度と離さないと今度こそ心の中で誓ったのだった。

 

それから二ヶ月後、事態は急展開を迎えることとなる。

 

曹操から恭順を要求する手紙がやってきたのであった。

 

内容は従わなければ百万の兵で逆らう者全てを打ち倒すとそう書かれてあった。

 

-10ページ-

 

どうも遅くなりましたが明けましておめでとうございます。

 

皆さんは正月連休をどうお過ごしでしたか?

 

帰省する方、リア充ウハウハな方、リア充を呪った方、そして今年こそはリア充に(ry

 

といけません、いけません。荒ぶってしまいました。

 

さて今回はかなり長かったと思います。

 

ですがこの北郷、魯粛、そして冥琳三人の心情を丁寧に書いてくと大体こんな感じになってしまいます。

 

ですが今回でこういった話は終わりにしていきますので締めくくりみたいなもので書かせていただきました。

 

どうして魯粛がキーパーソン扱いなのかといいますと完全に作者の好みで入れています。

 

ホントは脇役としてメインパーソンを支えるという設定なのにいつの間にか主人公格まで上り詰めていました(笑)

 

彼のことを書いてるうちにだんだんと感情移入しちゃって、オリキャラなのに一番好きなキャラになってしまいました(^^;

 

魯粛の過去話は周瑜に拾われたという史実から来ています。

 

そういった史実の話も混ぜて言ったらいいのかなと思ったので書きました。

 

ちょっと違うかもしれませんがそこはご愛嬌ということで(;´д`)

 

ついでに桃香の話はゲームの蜀シナリオでの話を準拠しています。

 

張承を出したので子供ネタでまた行こうかということでやりました。

 

ほかにも案はありました。

 

例えば一刀が雪蓮の墓を桃香に教えて墓に行くとか、それこそ典型的なラブコメみたいな話にでもしようかなとか思い浮かびましたけどやっぱりこれがしっくりきましたので・・・・・。

 

 

 

次からはどういった話にするかはだいたい決まってますので、頑張っていきたいです。

 

では( *`ω´)

説明
今回は長いですがよろしくお願いします。

感想、指摘まってま〜す。
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コメント
anitaさんありがとうございます。一刀さんは確かにこの物語の主人公ですが、先のあとがきでも書きましたがチートものでもないし彼も人間ですので全てが完璧にうまく行けるかといえばそうではないと思います。彼自身恋愛経験もあまり豊富とは言えないですし、桃香さんのフォローができるほどの余裕がなかったと考えられますね。まぁ私の実力不足といえばそうですが、そう受け止めていただけたらなと・・・・。(コック)
すみませんm(__)m直すつもりが、さらに変な日本語になってしまいました。今度こそ直したと思いますので・・・・。(コック)
「曹操から曹操から恭順を要求する手紙がやってきたのであった。」←またおかしいことになってます。(飛鷲)
デーモン赤ペンさんコメントありがとうございます。全体的にシリアスで(っていつもそうですが・・・)、心情表現を丁寧にするよう心がけたつもりですので、そう感じていただき嬉しい限りです!(コック)
文章の指摘ありがとうございます。確かに読み直したらおかしな日本語でした(・□・;)訂正しておきます。(コック)
anitaさんありがとうございます。桃香さんは一刀くんが一体誰が好きなのかは文中にもあるように既に理解していると思います。彼女は彼に振られることで依存することで甘えていた自分から『決別』したかったと考えて頂ければなと思います・・・・。(コック)
「曹操からの恭順の手紙がやってきたのであった。」←この書き方だと曹操が下手に出ているような感じがするので「曹操から恭順を要求する手紙がやってきたのであった。」としてはいかがでしょう?(飛鷲)
切ねぇ・・・(デーモン赤ペン)
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