ガールズ&パンツァー 我輩は戦車である 〜亡霊編・前〜
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 我輩は戦車である。名をチーム名にちなんで『あんこう』という。

 『W号戦車D型』という制式もあるが、先日改修を受けG型仕様となった。厳密には『IV号D型改』もしくは秋山殿いわく『マークW スペシャル』だそうだ。もはや私自身も自分の仕様が分からなくなりそうだが、そも私ことW号戦車は幾多のバリエーションと派生型が生まれた事でも有名である。気になる諸兄は調べてみてもいいだろう。…もう面倒だから『あんこう』でいいという人もいるかもしれないが。

 まさか西住隊長はそれを見越してこの名を命名されたのだろうか。いや、まさか。

 

 

『不審人物?』

 それはさておき、いつもの様に倉庫前に集合した大洗女子学園戦車道チームの面々は新たな難題に直面していた。

「そうだ。我々の練習用の敷地内で度々目撃されている」

 生徒会の河嶋桃殿は片眼鏡の位置を直しながら総員の前で言葉を続ける。

「目撃例は決まって夕方から夜。巡回の教諭が数回、その他部活帰りの生徒からも情報が上がっている」

 彼女の本来の役職は広報なのだが、こうして我々の仕切り役になる事が多い。

 その理由として上げられるのはまず建前上のリーダーである西住隊長は2年生である事。そして。

「この調査と対応、私らでやる事になったから」

 河嶋殿の後方で干し芋をかじりながらあっけらかんと宣言する生徒会長の角谷杏殿は、基本的にものぐさである為だ。

 

 当然ながら、会長殿の宣言は彼女達を動揺させた。

 要するに夜のただ広い演習場で正体不明の人物を捜索するのである。不安にならない方がおかしい。

「元々この手の対応は教師や警備の人の仕事なんだけどねー」

「どうしてお願いできないのでしょうか?」

 会長殿の愚痴にも似た呟きに疑問の声を上げたのは五十鈴殿だった。相変わらず物怖じしない御仁だ。

 この学園の生徒会は教師にも勝る権限を保有する実質の支配階級である。その頂点に位置する生徒会長の角谷殿に意見できる胆力を持っている人物は実のところ少ない。もっとも、それを鼻にかける事のない彼女だからこそ信任されているとも言えるのだが。

「いやねー。私ら、戦車道関係で結構な我がままを通してるからさ。仮にも武道を嗜む女子なら、これくらい自分達で解決して見せないと示しがつかないというか」

 なるほど。

 いくら最高権力者である会長殿でも威光を示し続けなければ、権力の維持は難しいのだろう。

「ただでさえ戦車道で学園の予算は圧迫されている。教師陣に弱みを見せれば我々の活動に支障をきたしかねない」

 続いて河嶋殿が我々の苦しい台所事情も明かしてくれた。

 教師側に権力が傾けば、戦車道の存続も危ぶまれるという事か。

「あのー。私達、武道なんてやってましたっけ?」

 今度は一年生のウサギさんチームから声があがった。

 彼女達としては自分らが武道に関わっているなど考えてもいないのだろう。だが。

「戦車道はそもそも武道の一環だ。忘れたのかお前達」

 引きつった笑顔で諭す河嶋殿のこめかみはピクピクと痙攣していた。あれは怒号を上げる一歩前だ。

『わ、忘れてませ〜ん!』

 慌てて前言を撤回する一年生達の判断は正しい。河嶋殿は沸点が低い事で有名なのだ。

 

 そもそも戦車道とは、鎌倉時代から続く馬上長刀道を源流とする。体力に劣る女子が修練しだいで男子と対等以上に戦う為の武道から始まり、産業革命から騎兵の機械化を通し発展した。そこに至るまでは紆余曲折があったのだが、長くなるので割愛する。

 要するに戦車道とは女子の為の武道なのだ。

 

「という事は、私たち不審者を探す時も戦車に乗っていいんだよねっ!?」

 武部殿は安堵しながら河嶋殿に確認をとる。

「もちろんだ。今の理屈だと我々の獲物は戦車という事になるからな」

 教師陣に文句など言わせん、と胸を張る河嶋殿に後輩からの拍手喝采が浴びせられる。

 ふふん、と得意げな彼女はご満悦のようだ。

「ぶっちゃけ、ウチの面子だと戦車抜きじゃ話になんないからねー。教師相手に散々ゴネた河嶋に感謝するよーに」

「か、会長! それじゃ私が不審者を怖がってるみたいじゃないですか! あくまで私は後輩の為にですね…!」

 拍手が微笑ましい笑いに変わるのにそう時間はかからなかった。

 河嶋殿には申し訳ないが、他のメンバーの緊張も和らいだ事だろう。

「つーわけで見回りのローテーションの打ち合わせをするから、西住ちゃんは後で生徒会室にくるよーに」

「はい。分かりました」

 西住隊長の表情は他の者達より固く、若干の緊張が見られる。

 自分の采配で他人が危険な目に遭う可能性もあるのだから、当然の事だろう。

「西住殿、大丈夫ですか?」

「大丈夫。皆で戦車道をする為にもちゃんと解決しないと」

「確かにそうですけど、みほさん一人で気負ってはいけません。私達全員でやる事なのですから」

「…うん、ありがとう」

 秋山殿と五十鈴殿の気遣いに、西住隊長の緊張は幾分和らいだようだ。

「大丈夫だよ、こっちは戦車に乗ってるんだから!」

「…夜は私の時間だ。せいぜい追い回してやる」

「う、うーん。ほどほどに、ね?」

 一方で俄然やる気の武部殿と冷泉殿。西住隊長としては頼もしい反面、不安も混じっているのだろう。

 何せ相手が生身だとしたら、我々戦車にぶつかればひとたまりも無い。現代の乗用車には劣るかもしれなが、我々も立派な走行車両なのである。調査、ないし捕らえる相手に万が一の事があっては今以上の大問題になってしまう。

 

「桃ちゃん、一つ連絡事項忘れてるよ?」

「ああ、そうだったな。…あと桃ちゃん言うな」

 西住隊長が友人と話してる一方で、河嶋殿は副会長である小山殿から耳打ちを受けていた。

 どうやらまだ開示していない情報があったらしい。

「これまでの目撃情報から、不審者の容貌が一部判明している」

「へーほんとにいるんだ。やだ、いい男だったらどうしよう?」

「不審者とお付き合いされるのですか?」

「誤解かも知れないじゃない? 私のファンで影から見守ってましたーとか」

「…あるわけないだろ」

 武部殿は本当にぶれない御仁だ。

 ただ、少し時と場合を考えて欲しい。河嶋殿のこめかみが再び痙攣しているのだから。

「大柄な体格に厚手のコート。フードで顔を覆っている為、性別は不明。それと―」

 かろうじて怒りを飲み込みつつ、河嶋殿は言葉を続ける。

 

 

「―腰に青白く光るランタンを身につけているらしい」

『―――っ!』

 

 

 この時の河嶋殿の言葉の意味を正確に理解できたのは、驚愕の声を上げそうになった西住隊長と秋山殿だけであった。

 

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 かつて、ある対戦車猟兵部隊があった。

 彼らは13ミリ対戦車拳銃(通称ドアノッカー)と装甲を剥離する為の巨大な鋏をもって敵戦車に接近し、乗員を銃撃するかハッチをこじ開け直接殺害するという戦法をとる狂気の尖兵。

 戦車乗りの間では「例えその瞳を灼かれても、例えその腕をもがれても、奴等は決して歩みを止めない。死沼へ誘う鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)に導かれるまま、保身無き零距離射撃を敢行する」「焼硬鋼(ブルースチール)のランタンを持った歩兵と会ったら、味方と思うな。だが決して敵に回すな。そのランタンは持ち主の魂をくべる炉。奴らは蒼い鬼火と共にやって来る」という噂として有名であった。

 鬼火のような青い火を灯すランタンを腰に下げ、自身の身をいとわず直進する狂戦士。

 人は彼らを、命を無視された兵隊(ゲシュペンスト・イェーガー)と呼んだ。

 

「以上が戦車乗りの間で有名な怪談ですっ!」

「って怪談なのぉ!?」

 

 武部殿のツッコミが車内に響く。

 現在、午後7時32分。我々は件の不審者を捜索するべく演習場を走行していた。 

 

「なによー。本当にそんなのがいると思ったじゃない」

 不満を言いつつも、武部殿はどこかほっとした様子であった。

 そう、そんなものが現代に存在するはずはないのだ。

 今の話は20世紀初頭の第一次世界大戦前後、我々戦車が誕生して間もない頃に兵士達の間に広まった逸話である。

「ですが、その怪談に出てくる人が実際に現れてますけど?」

「そうなのです。問題はそこなのです」

 五十鈴殿の疑問に待ってましたと相づちを打つ秋山殿は活き活きとしていた。

 どうも戦車が絡むとハイにになる彼女の悪癖は怪談にも当てはまるようだ。

「つまり今回の不審人物は戦車についてよく知っているという事なんです」

「だから私達が戦車を持ち出して来ることも予想してるのかもしれないの。もし、むこうに対戦車戦闘の心得でもあったりしたら…」

 秋山殿の言葉を引きついた西住隊長は思案にふけっているようだ。

 それは相手の素性が見えてきたからこその不安なのかもしれない。

「…あるのか、そんなものが」

 先ほどまで無言で操縦桿を動かしていた冷泉殿がようやく会話に参加し始めた。

 怪談が苦手な彼女としてはこの話題が渡りに船なのだろう。

「うん。戦車道としては禁じられてる邪道だけど。…私は、そういうの全然駄目だったから」

 言葉を濁す西住隊長は苦笑を浮かべていた。

 それは自分の才能が至らなかった事に嘆いているのか、至らなかった事に安堵しているのか。私に判別する事は難しい。

「そりゃそうだよ。みぽりんには似合わないって」

「生身で戦車に挑むみほさんは、想像しづらいですわね」

「…普通は無理だろ。そんなの」

「西住殿は優秀な指揮官なのですから何も問題ありません。そういうのは私の仕事ですっ!」

 友人の面々はあっさりと彼女の懊悩を前者の方だと看破していたようだ。これが親しい仲というものなのだろうか。

「うん、自分でもそう思うんだけどね。それと優花里さん。そんな事は絶対にしないし、やらせないからね」

「そうですか? 対戦車戦闘も練習でなら一度くらいやってみたいんですけど」

「駄目だよ」

「うっ、真顔で言われてしまいました。仕方ないので諦めます…」

「ゆかりん弱っ!」

「…意志が弱いな」

「む、私の話に耳を塞いでいた冷泉殿に言われたくはありません!」

「幽霊なんていないからな。聞いても無駄だと思っただけだ」

「そのわりには、顔色がよくありませんでしたけど?」

「…よ、夜だからな。華にはそう見えたんだ」

「大丈夫だよ麻子さん。相手はれっきとした人間だと思うし」

「や、やめろ! 私は幽霊を怖がってなんかいないぞっ!」

 車内はいつもの和気藹々とした雰囲気に戻ってくれた様だ。

 夜間の走行は搭乗員に緊張を強いるものだ。秋山殿の怪談もよい息抜きになったという所か。

 

《お前達いい加減にしろっ! 少しは緊張感を持て!》

 もっとも、ただ聞かされた方はたまったものではない様だ。

 河嶋殿の怒声に首をすくめるあんこうチームの面々もしまった、という顔をしていた。

《そ〜ですか? 私達は秋山さんの話をもっと聞きたいですけど〜》

 勇敢にも河嶋殿に意見しているのは新人のねこにゃー殿だ。当然あだ名であり、本名は猫田という。

 彼女を始めネットゲームで知り合った3人組が搭乗する三式中戦車のアリクイさんチーム。これと生徒会のカメさんチーム、そして我々あんこうチームが今回の巡回組だ。経験の浅いアリクイさんチームをフォローしつつ、適切な捜索をするために実力的なバランスをとった編成である。戦車道に詳しい西住隊長と切れ者で知られる角谷会長殿が部隊の中心となる。他の乗員も錬度の点において不安はない。

《黙れっ! これは貴様ら新人の夜間訓練も兼ねているんだからな!》

《桃ちゃん落ち着いて。秋山さんの話は作り話なんだから》

《私は怖がってなんていないぞ! あと桃ちゃん言うなっ!》

 ………訂正。カメさんチームの通信を聞く限り、河嶋殿は精神的に不安が残る。

 小山殿と会長殿がうまくフォローしてくれればいいのだが。

「ねこにゃーさん達は障害物に注意して進んでください。夜の走行は思ったより大変だと思いますから速度は落として」

《りょうかいです〜…?》

 西住隊長の助言に応えるねこにゃー殿の言葉尻が奇妙な方に変わる。

 さっそく何か不都合でもあったのだろうか。

「どうしました?」

《あ、あれ。うわ、本当に…!》

《嘘!? あれってただの怪談でしょ!?》

《こっちに来ますよ!? あれって青白い灯の…!》

 アリクイさんチームからの通信が明らかな異常事態を物語っている。

 こちらの車内も騒然とした空気に変わった。

「みぽりんこれって!?」

「落ち着いてください! とにかくそこを離れて!」

 西住隊長の指示は迅速だった。

 思考と決断のプロセスを省略し、自分の直感を伝える。

《取り付かれた!?》 

《いやぁ!》

《助けてぇ!》

 だが、それでも状況を変えるには遅かったのか。

 激しい物音に続き、ぶつんと通信が切られる音がアリクイさんチームからの最後の通信となった。

 あとに残されたのは不気味な静寂。西住隊長の指示から実に数秒、あっという間の出来事であった。

「…おい。あれは作り話だったんだよな」

「そのはず、ですけど」

 真っ青な顔をする冷泉殿と脂汗を流す秋山殿。

 そう。先の通信の一部には確かに―

「ゲシュペンスト・イェーガー。実在していたのでしょうか?」

「やめてよぉ! そんな訳ないでしょ!」

 冷静沈着な五十鈴殿でさえ先の異常事態に驚愕を隠せないようだ。

 武部殿にいたってはパニックを起こしかけている。

「………行かないと」

 苦渋に顔を歪めた西住隊長は、何かを決意した表情で言葉を続ける。

「沙織さん、カメさんチームに繋いで」

「う、うん。ねえ、みぽりん…」

「大丈夫。相手は人に決まってるから」

 西住隊長の言葉は力強かった。友人の不安を払拭し、自身を鼓舞するための強い口調だった。

《…まずい事になったね》

 通信先の会長殿にいつもの怠惰な雰囲気はない。この異常事態を深刻に受け止めているようだ。

「はい。アリクイさんチームのいた地点はこっちの方が近いので救助に向かいます。カメさんチームは戻って応援を連れてきて下さい」

《りょーかい。実はこっちも厄介な事になっててね》

 耳を澄ませば会長殿の後ろから『もうやだー!』やら『怖いよー!』といった声が聞こえる。

 なるほど、河嶋殿が恐慌状態のようだ。これでは戦力として機能できるか怪しい。

《すぐに戻るから、無茶しないでよ西住ちゃん》

「はい。会長さんも気をつけて」

 通信を終え、西住隊長は友人達に視線を向けた。その瞳で真摯に彼女達を見つめる。

「…勝手に決めてごめん。でも、私は助けに行きたい。何があっても絶対に守ってみせるから、もう少しだけ付き合ってほしいの」

 彼女は友人達に謝罪と願いを口にする。

 西住隊長として譲りたくない一線、それは友人と仲間の安否のみだ。

 出来る事なら一人で行きたいのかもしれないが、我々戦車が十全な機能を維持する為には誰一人欠けることは出来ないのだ。故に友人達を危険にさらすと分かっていながら、それを避けられない事を彼女は詫びた。

「い、いいよ! 本当に幽霊なんているわけないもんね!」

「みほさんがそこまで仰るなら断る理由はありません。私も猫田さん達が気になります」

「私は最後までお付き合いします! 相手が幽霊だろうと人間だろうと西住殿をお守りするだけです!」

「…そこは私達もいれておけ。私も相手が幽霊じゃないならいいぞ」

 総員に撤退の意思なし。本当に理解ある友人達である。

 彼女達の絆はここ最近で一層深くなったと私は思う。

「………ありがとう。アリクイさんチームの通信があった地点へ移動します」

 瞳に滴をにじませながら、西住隊長は号令をかける。

「パンツァー、フォー!」

 

 我々は夜の演習場を駆ける。

 私は、その姿を何かに見つめられている気がした。

 

 

 後編に続く

説明
この話にバッドエンドは予定していません。
原作に倣いハートフルタンクストーリーにする事が目標なので。
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