天馬†行空 二十四話目 虎牢関の戦い・後編 漢の将
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「虎牢関に集う董卓配下の将と、連合諸侯に告げる!!」

 

 未だ静まり返る虎牢関の正門前に、漢王朝でも屈指の将軍として知られる盧植の声が鐘の音のように大きく響いた。

 

「此度の騒乱、元凶は既に捕らえられ獄に繋がれた! よって連合諸侯が剣を向ける敵は既に無く、董卓配下の貴公らも戦う理由は無い!!」

 

 呆気にとられる連合軍と董卓軍を見回しながら、盧植は口上を続ける。

 

「罪人は十常侍が一人、張譲! 恐れ多くも劉協陛下をかどわかし、宮中を((壟断|ろうだん))せんとした不貞の輩である!」

 

 挙げられたその名を聞いて、ざわめきが連合と董卓軍の双方に広がっていく。

 

「静粛に! ……彼の者に謀られ相国の座に就いた董卓は現在、相国の位を返した後は宮中にて待機しておる。後は貴公ら連合に参加する諸侯が洛陽へ参内すれば、陛下より今回の騒乱について御沙汰が下されるであろう。――この場に集う全軍に告ぐ! 直ちに戦を止め、粛々と洛陽まで行軍せよ! これは勅命である!!」

 

 どん! と、大斧の石突きが地を鳴らす音と共に、盧植はひときわ大きく声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

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 ――連合軍、最後方にて。

 

「――桃香!!」

 

「うん! 白蓮ちゃん!」

 

 門前に響き渡った師の声に、二人は破顔する。

 

(一刀……やったな!)

 

 間違いない、洛陽にいる友人の作戦が成功したのだと白蓮は直感した。

 

「良し! ――北平太守、公孫伯珪! 勅に従い戦闘を中止する!」

 

「同じく平原の相劉備! 勅命に従います! ――愛紗ちゃん、鈴々ちゃんは前に居る橋瑁さんと王匡さんの様子に注意して! もし戦いを続けるようなら私達で止めないと!」

 

「はっ!」「わかったのだ!」

 

「お姉様! 私達も動くよ!」

 

「あ、ああ! ――西涼の馬騰が名代、馬超! 我等も勅に従う! 各隊は公孫賛、劉備と連携して勅命に従わぬ輩に備えよ!」

 

 連合全軍がざわつく中、白蓮と桃香は即座に。

 そして蒲公英に促され、翠は事態を把握しかねるまま指示を出した。

 

 

 

 

 

 ――連合左翼、曹操軍。

 

(……やはり董卓は傀儡だった、か)

 

 門前に立つ三人の武人から目を離さぬまま、華琳は目を閉じて思考に没する。

 

(そして張譲……保身に長けた十常侍のこと、生き残っているとは思っていたが……)

 

 盧植達が董卓の命で動いている、との疑念は華琳の頭には無い。

 歴戦の将であり漢に忠誠篤く、帝に近い十常侍の命にすら異を唱える気骨の持ち主達である。

 そんな彼女達の気質を見誤るような曇った目を華琳は持ち合わせてはいない。

 

(……しかし、何か。そう、何かが腑に落ちない。此度の乱はこれ程に単純な結末なのか?)

 

 その時、後方から公孫賛、劉備、馬超らの声が聞こえて来た。彼女達は勅命に従うらしい。

 

「……公孫賛、劉備は盧植門下だったわね。馬超も、勅命であれ、ば……?」

 

 ふと、華琳の心に疑問が浮かぶ。

 ――何故、馬超は即座に決断した? 

 ……軍議の場で見た馬超は良くも悪くも表裏のない人物と華琳は見た。

 馬騰が王朝に忠誠篤いのは周知の事、故に子の馬超が勅命に従うのは解る。

 だが、何故これ程早くに決断出来る? 馬騰の名代で来ているだけの者が。

 勅命は、董卓が出した偽りのものでは? との疑問すら浮かばなかったと言うのか?

 

(…………そう言えば、あの時に)

 

『最近では西の五胡がさかんに動いていてね……他にも――ッ!?』

 

『――そういう訳で、袁紹さんにはくれぐれも宜しくと言付かってまーす!』

 

("他にも"と、馬超は"何か"を口走りかけていた。それを馬岱が即座に止めていた……!)

 

 連合軍が結成され、最初の軍議の際にあった馬超と馬岱の遣り取りを思い出し、華琳の思考が加速する。

 ――"他"とは董卓の事では無い。もし董卓に関する事なら隠す必要などは無い筈だ……馬騰が初めから董卓に味方しているのでなければ。

 ――連合に実子を参加させながらも、馬騰が天水を独力で落とすという、功名を誰にも邪魔立てされたくなかったから?

 

(…………あり得ない。馬寿成の人物が風評通りならば、尚更のこと)

 

 ――そもそも、何故馬騰は活発に動いている筈の五胡を置いてまで天水を落としたのか?

 

(落とさなければならない理由があった……? 天水を奪取した後、長安を攻める気なら馬超を連合に行かせる意味は無い筈だが……)

 

 ――それとも、初めから長安を攻める気は無く、天水のみが狙いだった?

 

 ――天水が董卓から馬騰の手に移って、何が変わった?

 

 ――馬騰以外にも、天水を攻め――

 

「――っ! そうか、そう言う事――っ!!」

 

「華琳様!? 何が――」

 

「――全軍! 直ちに戦闘を停止せよ!! 曹孟徳は勅命に従う!!」

 

 弾かれたように顔を上げると、華琳は前線にも届かんばかりの大声で命を発する。

 

「か、華琳様……。い、一体、何が……?」

 

「――道化芝居よ」

 

「は?」

 

「連合軍は麗羽のくだらない自尊心から出た茶番劇と見ていたけれど……その麗羽も、いえ、この私さえも道化を演じさせられるとはね――」

 

 桂花に答える華琳の双眸は、気の弱い者であれば見ただけで卒倒してしまいそうな程の剣呑な光を宿していた。

 

「――劉君郎。天下の大事に、名乗りすら上げずに天を欲するか! ――恥を知れ!!!」

 

 華琳もまた、袁紹らと計り董卓を倒さんとする身ではある。

 だが、もし劉焉がこの場に名乗りを上げて集い衆目に晒される立場にあるのならば、策を弄して抜け駆けせんと計っても華琳はここまで怒りを顕にしなかっただろう。

 驚き慄く桂花を他所に、華琳は西の天を仰ぐ。

 ――その面に憤怒の色を浮かべて。

 

 

 

 

 

 ――連合軍、中央にて。

 

「はぁ……困ったものですわね、あのオバさま達は。今頃になってしゃしゃり出て来て……」

 

 虎牢関の正門前に立つ三人を白けた目で見遣り、麗羽は鼻で笑う。

 

(どうせわたくしを相手に勝ち目がないと判り、董卓が陛下を脅して勅を出させたに違いありませんわ!)

 

 後一押しで虎牢関を落とせると勘違いしたままの麗羽には、三将軍が勅命を携えて来た事さえ董卓の小賢しい抵抗にしか思えない。

 加えて、三将軍が率いている兵数が万にも満たない事実が麗羽の気を大きくさせていた。

 

「あの者達は陛下の御意志を騙る董卓の意を受けた佞臣! 大義はわたくしたちに有りますわ! 皆さん、騙されてはいけませんわよ!!」

 

 鼻息も荒く、麗羽は未だ開いたままの虎牢関を見据えたまま気勢を上げる。

 

「さあ、もう一息で虎牢関は落ちますわ! 雄々しく! 華麗に! 攻撃を再開なさい!!」

 

 すでに戦いを止めた者達が出た事すら意識から締め出して。

 ――血が上ったままの頭で下したその判断が、事態を更に悪化させるものと気付かぬまま。

 

 

 

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「奉考さんが予想されていた通りでしたね」

 

「……((盲|めし))いているな、袁紹は」

 

「まあ、すんなり行くとは思うとらんかったがの〜」

 

 再び勢いを盛り返し、虎牢関に迫る連合軍――袁紹とその取り巻き――を半眼で眺めて。

 盧植は、ああやっぱりかと言わんばかりに溜息を吐いた。

 皇甫嵩は、相変わらずの鉄面皮で静かに佇んでいる。

 朱儁は、からからと大笑した。

 

「ふう……。こうなると、もう一つのお役目の方を果たさねばなりませんね」

 

 額に手を当てて、頭痛を堪えるように盧植が呟く。

 

「準備は出来ている。――子幹、下知を」

 

 腰に佩いた剣に手を掛け、皇甫嵩は前を睨む。

 

「さあてと。では一丁、やるとするかの」

 

 手甲をがちん、と打ちつけて朱儁が口元に笑みを浮かべる。

 

「陛下の御意志を偽りと断じ、都に攻め上らんとする者を通す訳には行かぬ!! 全軍、迎撃用意!!」

 

『はっ!!!!!』

 

「子幹。任せてくれれば、袁紹の剣を折るが?」 

 

 皇甫嵩は前線中央、方天画戟を手に仁王立ちする少女が居る辺りを見つめながら盧植に問う。

 

「任せます。兵は――」

 

「――私一人でよい。それよりも、兵を頼む」

 

「武運を」

 

「ああ。往って来る」

 

 感情の篭らぬ口調のまま、皇甫嵩は前線へと走り出した。

 

「子幹、儂も往って来るぞ……どうやら御指名のようじゃ」

 

 小柄な皇甫嵩の後姿を見送る盧植の前を、朱儁が通り過ぎる。

 その目は、彼女を見つめる桃色の髪の武者を捉えていた。

 

「知り合い?」

 

「そんなもんじゃ。……ここを離れても大丈夫かの?」

 

「仕方ないわね。行ってらっしゃい、公偉」

 

「すまぬな」

 

 深く頭を下げ、顔を上げるや否や走り出した朱儁に苦笑すると、盧植は眼前に迫る袁紹とその他の軍勢に向き直る。 

 

「勅命に従う者は戦を止めて下がれ! あくまで戦いを続けんとする者は、その全てが我等の前に斃れるものと心得よ!!」

 

 戦場の全てに響く大喝を発して、盧植は大斧を構えた。

 

 

 

 

 

「……出て来たわね、おばさまが」

 

 虎牢関の門前に立つ三人の内、手甲を嵌めた女性を見て雪蓮は表情を引き締める。

 

(これだけ離れておっても感じる威圧感! ……堅殿が健在であった頃と些かも変わらぬか!)

 

 盧植が宣言した後、呂布は文醜達が打ちかかるのを捌くだけで攻勢に転じない。

 とっくに呂布への執着を捨てて朱儁へと視線を注ぐ主とは違い、祭は旧知の武人から発せられる"圧"に身を硬くする。

 

「…………祭、悪いけどあの話は無しよ」

 

「む?」

 

 朱儁を見据えたまま、祭に呟く雪蓮。

 

「おばさまの相手を私と祭でやるって話」

 

「! 策殿、よもや――!」

 

「私が一人でやるわ、祭」

 

「なりませぬぞ策殿!! 相手は堅殿と互角に打ち合える程の手足れ――」

 

 血相を変えて諌める祭に、雪蓮は振り返ると、

 

「――だからこそよ。私は、私の武がどれだけ母様に近づけたのか。それを知りたい……!」

 

 搾り出すように声を漏らす。

 

「策殿……」

 

「今がその時なの……お願い、祭!」

 

 普段は主として威厳に満ちた言動をしていたが、強者との戦では滾る血潮を抑えられずに、しばしば祭達を困らせていた先代。

 祭の目には今、先代と雪蓮の姿が重なっていた。

 

(…………ふ、ふふ。堅殿、御息女は若い頃の貴方にまこと、よう似ておられる)

 

 無茶をするところは特に、と、二代に渡って孫家に仕える武人は思う。

 

「……致し方ありませんな」

 

「祭っ!」

 

 若い主君の懇願に昔日の主君との思い出が蘇り、苦笑した祭はやれやれと溜息を吐いた。

 

 

 

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「袁紹配下、顔良と文醜と見受けたが」

 

「……なあ斗詩、このチビ、なんでこんなに偉そうなんだ? て言うか、こいつ誰だよ?」

 

「ぶ、ぶぶ文ちゃん!?」

 

 行き成り現れたかと思えば、ぶしつけに自分達の名を呼んだ((矮躯|わいく))の少女に、猪々子は手を止めて訝しげに眉根を寄せる。

 斗詩は目の前の人物を知っているが故、親友の反応に動揺を隠せない。

 

「この人は――」

 

「――名乗っていなかったな。我が姓は皇甫、名は嵩、字は義真と言う」

 

 慌てて猪々子に教えようとする斗詩よりも早く、黒づくめの少女は名乗る。

 

「…………退く」

 

「ああ、仲間の所に戻れ呂奉先。ここからは私がこの場を対処する」

 

 文醜達の前に歩み出る皇甫嵩を見て、恋は先程まで矛を交えていた六人にあっさりと背を向けた。

 虎牢関へと歩き出す恋を振り返って見る事も無く、皇甫義真は剣の切っ先を下に向けたまま、戦いの手を止めた二人を除いた残りの四人を((睥睨|へいげい))する。

 既に気が別のところへと逸れている孫軍の二人を除いて、袁紹は以下の二人と、出で立ちからして曹操軍の者らしき二名は立ち去る呂布の後姿を呆気に取られて見送っていた。

 

 ……呂布が歩き出して間を置かず、左翼に郡を展開している曹操が勅命に従う旨を宣言する。

 その声が聞こえるや否や、小柄な二人の将卒は気もそぞろな様子を見せた。

 

「戦わぬ者は去るがよい。用があるのはそこの二人だけだ」

 

 一声掛けて、皇甫嵩が半歩踏み出すと鉄球と円盤を携えた二人は反射的に彼女に向けて得物を構える。

 はて? と訝しく思う義真だが、彼女自身の無表情且つ無機的な言動が少女達を警戒させているという事実には思い至らない。

 

「……そこもとらは曹孟徳の将ではないのか? それとも主命に逆らい、私と戦うと?」

 

 季衣と流琉の怯えもいざ知らず、義真は言葉を継いだ。

 

「「…………」」

 

 それには答えず、二人は依然として構えを解かない。

 仕方無いか、と皇甫嵩が心を決めたとき、文醜が季衣と流琉に声を掛けた。

 

「あー、二人共、こっちは大丈夫だから帰った方が良いんじゃないか? でないと、あの大将に怒られるだろ?」

 

 文醜の明るい声で張り詰めていた空気が弛緩し、季衣と流琉はびくりと体を震わせると構えを解く。

 

「で、でもいっちー……」

 

「……この人、危険です」

 

 皇甫嵩を見つめたまま、季衣と流琉は震える声で文醜に縋るような視線を投げ掛けた。

 

「ははっ、だ〜いじょうぶだって! んな細っこい剣一本しか下げてないチビなんて、あたいと斗詩の敵じゃないって!」

 

 自分達と変わらない背丈の皇甫嵩を見て、複雑な顔になる季衣と流琉。

 皇甫嵩を含めた季衣達三人に申し訳なさそうに頭を下げる斗詩。

 四人の遣り取りに全く反応を見せない皇甫嵩。

 やがて、心配そうに何度か振り返りながら季衣と流琉が自陣へと戻って行くと猪々子は左手で右手首をくるくると回した。

 

「よっし!! 準備完了、っと!」

 

「文ちゃん、ひょっとして呂布さんの時のがまだ――?」

 

「ん。いや〜、やっとこさ痺れが取れた」

 

 答える猪々子に斗詩は呆れたように溜息を吐く。

 

「もう、よいか?」

 

 律儀に待っていた皇甫嵩が声を掛けると、猪々子は気合も十分に武器を担ぎ、斗詩は神妙な顔つきで槌を下段に構える。

 

「ああ、随分待たせちまったな。やろうか!」

 

「……皇甫将軍、お相手致します!」

 

「では参る」

 

 どこまでも冷静な態度のまま、黒衣の武人は中空に紅い線を曳きながら金の双璧目掛けて踏み込んだ。

 

 

 

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「ほほう、どこの田舎者かと思えば、いつも文台の後ろにくっ付いておった((小童|こわっぱ))ではないか」

 

「あら、久し振りに会った知り合いに向かってとんだご挨拶ね、朱閣下?」

 

 互いに軽口を叩く二人の間には、その総身から発せられる闘気とは裏腹に穏やかな空気が漂っていた。

 

「おうおう、小童が。一丁前に口だけは達者になりおって」

 

「お褒めに預かり恐悦至極。……けどね、おばさま? 達者になったのは口だけじゃないわよ?」

 

 不敵に笑いながら雪蓮が剣を抜くと、朱儁はつまらなそうに鼻を鳴らして口を開く。

 

「やめとけやめとけ。小童程度では勝負にもならんぞ?」

 

「へぇ〜……ひょっとして怖いのかしら? 朱閣下ともあろうお方が、小童程度を相手に負けるかもしれないのを?」

 

 軽口の応酬は続くが、それとなく間合いを測る雪蓮とは違い、朱公偉は小揺るぎもしない。

 

「――ふふ、そう急くでないわ。童」

 

 朱儁の口から何気なく出たその一言に、雪蓮は身体を硬直させ、眼前の武人を凝視した。

 静かに立つその姿が二倍、いや三倍にも大きく見えたように思えて、雪蓮は目を瞬かせる。

 

(――っ!? この感覚、母様と同じ!?)

 

「ふむ、そうさな……まあ、稽古とでも思えば良いか」

 

 ゆっくりと伸びをしながら、公偉は首をぐるりと回した。

 

「さてと。…………ほれ、掛かってこんか? ちょいとばかり、稽古をつけてやろう」

 

 腕を組むと、朱儁は雪蓮に向かって顎をしゃくる。

 気の乗らない挑発を続ける覚悟を半ば決めていた雪蓮は、唐突にやる気になった朱儁を束の間、呆然と見つめた。

 

「ん? どうした、遠慮は要らんぞ?」

 

 重ねて告げられた誘いに、雪蓮の意識は現実に引き戻され、次いで高揚感が全身を満たしていく。

 

 ――身体が、勝手に震え始めた。

 

 孫家の棟梁としてではなく、定めた目標へと挑むただの武人として。

 雪蓮は、母と同じ場所に立つ((女|ひと))と目を合わせた。

 

 ――握った剣の切っ先をゆるやかに地へと向ける。

 

 それ以上交わす言葉も無く、一瞬の後、朱の影が二つ、交差した。

 

 

 

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 おきびのような鈍い光沢を放つ鎧の群れが、息を殺して彫像のように屹立している。

 眼前に迫り来る黄金色の奔流を前にしてさえ彼等はしわぶき一つ立てる事も無く、ただじっと先頭に立つ盧植の下知を待っていた。

 

「攻め手は袁紹と韓馥、後曲では王匡と橋瑁が呼応する気配あり。しかしながらそちらは劉備に公孫賛、馬超らが牽制しており、動けぬ模様」

 

 盧植は彼女の傍らで片膝を立てて報告する兵に頷くと、大斧で前方を指し、ただ一言「打ち払え」と命を発した。

 ――瞬間、まるで今この時に命が吹き込まれたかのように兵士達は雄叫びを上げて動き出し、攻勢に移る。

 駆け込んで来た袁紹、韓馥の一番手は槍衾の餌食となり、続いて降り注いだ矢の雨に斃れていった。

 金と土色の鎧の兵士達は、一度の攻勢で数百にも及ぶ仲間が打ち倒されるのを目の当たりにして思わずその場に踏み止まる。

 ――否、踏み止まってしまったが故に、怖気づいた彼等は緑色の影が矢のような速さで接近するのに気付けなかった。

 

 

 

 

 

 赤茶色の鎧を身に着けた王匡の軍と濃緑色の装束で固めた橋瑁の軍に睨みを利かせる公孫賛、劉備の軍。

 その軍の中では、旗頭の白蓮と桃香の様子がおかしくなっていた。

 

「「ガタガタブルブルガタガタブルブル」」

 

 顔は真っ青、歯の根が合わないようで口からはカチカチと音が鳴っており、身体はぶるぶると震えている。

 

「はわわっ!? と、桃香さま、どうなされたのでしゅか!?」

 

「ご、ご主人殿、如何なされた!? お気を確かに!」

 

 軍師二人が放心している主の手を取って揺するが、二人共にうわ言を繰り返すだけでそれ以外に反応が無かった。

 孔明、士元、沮授らは、兵の損耗を避ける為にも王匡らが前線の袁紹らに合流しないよう、水関で武勇を示した愛紗を先頭にして彼等を牽制する作戦を進言。

 幸い、馬超もこちらの意図を汲んでくれたようで(おそらく馬岱が気付いたのだろうが)、共に牽制に当たっていた。

 ……そして、いざ作戦に移り、二つの軍に睨みを利かせ始めたあたりで現在の状況である。

 主人達の挙動が急変したのは盧将軍が戦端を開いた時だったようだが……。

 

「「すみませんごめんなさい私が悪かったです勘弁して下さいもうしません許して下さい先生」」

 

 未だに続くうわ言の中に聞きとめた単語の意味するところを解して、朱里と著莪は成る程と得心が行った顔で頷き合った(ちなみに雛里は戦況に変化が起こった時に備えて愛紗達と共にいる)。

 

 

 

 

 

 ――一方、こちらも軍を止めている袁術の陣では。

 

「のう七乃?」

 

「何ですかお嬢様?」

 

「向こうは麗羽よりも大分数が少ないように見えるのじゃが?」

 

「そうですねー、官軍は六千、麗羽さま達がだいたい七万くらいですかねー」

 

 目を凝らして戦場を見つめる美羽の真剣な姿にときめきながらも七乃は的確に戦況を分析していた。

 袁術軍は既に戦闘を停止し、攻城兵器も退かせている。

 孫策軍も矛を収めているが、どこか落ち着かない様子だ。

 徐晃と華雄の軍もまた、勅命に従って後方へと下がって行く。

 

「麗羽の奴に良いところを全部持っていかれんかの……?」

 

「あははー、それは無いですよー」

 

 頬をぷくりと膨らませ、忌々しそうに麗羽の軍勢を睨む美羽に、笑いながら手をひらひらと振る七乃。

 

「? なんでじゃ?」

 

 小首を傾げる小さな主人に鼻息を荒くしながら七乃は得意そうに目を瞑って人差し指を立てる。

 

「"あの"先生が兵を率いず、単独で動いた時点でもう麗羽さまの負けは決まっているんですよー」

 

 戦場中央、黒衣の小兵が単身走る姿を七乃の目は捉えていた。

 ――もし、"あの"皇甫義真が苦戦を予期しているのであれば単独で動く筈は無い。小数であろうとも必ず兵と共に動く。

 彼女が率いる百の兵が、一万の軍を瓦解させたという事実を、七乃は知っている。

 知っているからこそ、七乃はこの戦いをすぐに"理解"し、軍を止めたのだ。

 

(麗羽さまは本当におバカさんですねー……先生だけじゃなく、先生と肩を並べるような人達に喧嘩を売るなんて)

 

「でも七乃? 孫策が勝手になんぞしておるようじゃがの?」

 

 美羽が指差す先には孫策が朱儁に打ち掛かる姿があり、七乃は下唇に手袋に包まれた細い人差し指を当てて思案する素振りを見せる。

 

「う〜ん…………ほっときましょうか」

 

「いいのかや? あとでなんぞ文句でもつけられんかの?」

 

「大丈夫ですよお嬢様っ。ちゃんと言い訳は考えてありますから」

 

 一騎打ちを見る七乃の目には、面白い悪戯を考え付いた子供が浮かべるような光を宿していた。

 

 

 

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 きぃん! ――ぎぃんっ!!

 

 十歩はあろう間合いを一足飛びに詰めての袈裟斬り。

 硬い手応えを感じ、手甲に刻まれた細い溝に刃が取られぬように剣を引き戻してからの逆袈裟。

 二太刀目もまた、鋼に阻まれたと知るや鹿のように跳躍して雪蓮は間合いを離す。

 一騎打ちが始まってから僅かに三度の呼吸で雪蓮は八度目となる斬撃を繰り出していた。

 まさに息も吐かせぬ怒涛の攻めに朱儁は防戦一方、と傍目には見えるが。

 

(――っ! 来たわね!) 

 

 予感。

 ここまで一度も反撃しなかった朱儁の腕が動いたのを察して、雪蓮は更に一歩、後方へと下がる。

 

 きゅぼっ!!

 

 先程まで雪蓮のいた場所に、鈍い音を立てて空を切り裂き突き刺さる鋼の拳。

 

「――っと。ふふん、どうしたのおばさま? 当たらなければどうってことないわよ?」

(――っ!? 一発もらった!? ……避けてもこれってどういうことよ!?)

 

 十分に距離を取ったつもりが、拳から空を伝わって来た衝撃が擦過したらしく、雪蓮は腹部に感じた引き攣るような痛みに僅かに眉を顰める。

 

「ふむ、これは大丈夫か……ならば」

 

 両腕を顔の高さに構えた朱儁が一歩踏み込み――。

「――来る!」雪蓮が南海覇王を強く握り締め、朱儁を睨みつけて――、

 

 きゅどっ!!

 

「へっ……?」

 

 反射的に胸の前に構えた剣、それを持つ手、胸部、身体全体、と波のように衝撃が走り抜ける。

 

 ――一拍遅れ、襲い来る痛み。

 

「!? ――ぎっ、があっ……! は、はっ! ……はあっ!」

 

 先程とは比較にならない、まるで城壁の上から地面にでも叩き付けられたかのような痛みを、雪蓮は奥歯が砕けんばかりに噛み締めて耐え切った。

 

「ほう…………良いぞ小童、良く耐えた」

 

「っ、はあっ……。こ、このくらいで、勝った、気になるのは……はっ、早い、わ」

 

 感心した様子で腕を組む朱儁を、雪蓮は未だ闘志さめやらぬ目で睨んでいる。

 

(……ほんに、こやつは。…………文台よ、見ておるか? お主の子を)

 

 あの頃、いまだ健在だった戦友と真剣に戦った時の一撃。

 それと同等の一撃を耐え切り、未だ戦意を鈍らせない雪蓮の姿に朱公偉は目を細める。

 表情を綻ばせ、呟いたその言葉は雪蓮には聞こえなかった。

 

「……はっ、はあっ――っ、ふうっ! さあ、仕切り直、――――何よ?」

 

 唐突に緩んだ気配に雪蓮が訝しそうに眉を寄せる。

 

「いやいや、思ったよりもお主がしぶといのを喜んでおったのよ」

 

「ふん、今頃判ったの? ((耄碌|もうろく))し過ぎじゃないかしら、おばさま?」

 

 "小童"が"お主"に変わったのを耳聡く聞きつけた雪蓮は、内心の嬉しさを悪態を吐く事で誤魔化した。

 

「はっはは。いやあ、すまんすまん。ここは詫びに一つ、文台にも見せた取って置きを馳走して進ぜよう」

 

 露骨に鼻を鳴らす雪蓮を微笑ましく見遣り、朱儁は静かに右腕を真横に広げる。  

 

 

 

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「退きなさい」

 

 ずがっ!!

 

『ぎゃああああああっ!!!』

 

 六人を一振りで薙ぎ払い、盧植は敵軍に向けて厳かに語りかけた。

 

「こ、このおおおおっ!」

「て、敵将が一人で来やがったぞ! 討ち取れ!」

「や、やってやる! やってやるぞおおおっ!!」

 

 最前線に姿を現した敵総大将を見て、袁韓混合の軍勢は好機とばかりに気勢を揚げる。

 

「無駄です」

 

 ご――ぎっ!!

 

「えぐおっ!?」

「て、手柄、俺の――俺のをっ!?」

「ぅわああああああっ!!?」

 

 我先にと盧植に打ち掛かる兵士達は、返す刀で薙がれた戦斧に両断された。

 

「な、何をしている!? 敵は一人だぞ! 囲んで討ち取れ!」

 

 前衛からやや奥まった集団の中、唾を飛ばして土色の鎧を纏った兵士達を指揮する小太りな男の姿を盧植は目にとめた。

 

(袁紹にでも急かされたのですかね。臆病者で知られた韓馥が前に出て来ているとは……)

「韓馥殿! 兵を退き、勅に従われよ!」

 

「ひっ! ……も、者共、どこを見ておる! 敵将はここぞ! か、かかれ! かかれー!!」

 

 盧植が一喝すると韓馥は飛び上がらんばかりに身を震わせ、見苦しい姿を晒しながら後方へと逃走し始める。

 

「聞く耳持たぬ、か――」

 

 迫り来る兵の群れと韓馥の醜態を目にして、盧植は目を閉じて溜息を吐いた。

 

「か、観念しやがったぞ! い、今だー!」

「よっしゃ! 手柄は俺がいただきだー!」

「待て、殺す前にあの身体を――ひひっ!」

 

 唐突に目を閉じた盧植の姿を見て、観念したものと勘違いした兵士達は欲望に目をぎらつかせながら彼女へと迫り、

 

「――震えよ」

 

 盧植の長く美しい栗色の髪が、ふわり、と肩の高さまで一瞬浮き上がった。

 

 ――じゃりんっ!

 

 同時に、刃物を擦り合わせたような金属音が響き渡り、盧植に襲い掛かろうとしていた三人が糸の切れた人形のようにその場に倒れる。

 

「……ひいいいっ!!?」

 

 彼等に続いて打ち掛かろうとしていた男は、三人の兵士の身体が地に伏すと同時に"鎧ごと"二つに分かれて行くのを見た。

 遅れて流れ出た血が地面を朱に染めて行く。

 

 

 

 

 

「凄い――! あれだけの気を全身に巡らせるなんて……」

 

 子供が小枝を振り回すかのように、軽々と大斧を一閃させた盧植を見て凪は感嘆の吐息を漏らす。

 ……戦場、連合軍から見て左翼、曹操の命によりすでに武器を収めた曹操軍と、

 

「ふむ……私には見えんが、どの程度凄いのだ楽進?」

 

「うむ……わたしにも見えんな。で、どのくらい凄いのだ凪?」

 

「解説宜しく楽っち!」

 

「楽っちって私のことですか!?」

 

 同じく矛を収めた張遼の軍が何故か和んでいた。

 

「まーまー凪、ここは一つ、ウチや、馬の姐さん達にも解るように解説をやな……」

 

「馬の姐さんってウチのことかい!?」

 

「張遼さん、突っ込んでたら話が進まないのー。凪ちゃん、説明どうぞなの!」

 

「……どうでも良いが、打ち解けすぎだろうお前達。姉者も」

 

 放って置くと漫才になりかねない霞と真桜を止めつつ話を進行しようとする沙和と、無駄と知りつつも突っ込む秋蘭。

 

「わ、解り易く、春蘭さまにも…………か、身体全体に力が漲って普段の二倍は重いものを持ち上げられるくらい凄いです!」

 

「おお! それは凄いな!!」

 

 身振り手振りを交えて大げさな動きで説明する凪に、感心したように大きく頷く春蘭。

 

「ぷっ、くく……な、成る程。確かに解り易い説明、だ……ふふ」

 

「ぷっ……し、子龍、笑ったらアカンて……ぶはっ、くっ、くく」

 

「春蘭さまは相変わらずやなー」

 

「だねー」

 

「姉者……」

 

 周りは生温かい目で二人の様子を見守っていた。

 

 

 

 

 

「"気"は、それを((繰|く))る者によって感じ方が違う」

 

「は?」

 

 鋭い突きをかろうじて剣の腹で防いだ猪々子は、皇甫嵩の声に気の抜けた声を上げる。

 

「或る者はそれを"まるで雪のように冷たい"と感じた」

 

 しゅ――ぎちぃっ!!

 

「きゃあっ!?」

 

 言葉を紡ぎながらも皇甫嵩の手は止まらず、するりと間合いを詰めながらの捻りを加えた刺突が斗詩を襲う。

 鉄槌の柄を使い、かろうじて突きを捌いた斗詩は手に伝わってくる意外な程重い衝撃にたたらを踏んだ。

 

「また或る者は"体内を風が吹きぬけるようだ"と言った」

 

「なに訳の分かんないこと言ってんだ、よっ!!」

 

 ごうっ!

 

 横薙ぎに振り払われる巨大な剣を見据えたまま、皇甫嵩は眉一つ動かさず、半身を傾けるだけの動作でそれをかわす。

 

「そして或る者はそれを"己が内から噴き出す炎"と捉えた」

 

「!? ぶ、文ちゃん! あれ!」

 

「? 斗詩、どうし――はぁあ!?」

 

 そこで言葉を切り、皇甫嵩がつい、と顔を向けた方を見た斗詩と猪々子は驚愕の声を上げる。

 

「子幹に続き、手札を切ったか。公偉」

 

 三人の視線の先に、赤々とした炎に照らされた人影が仁王立ちしていた。

 

 

 

-9ページ-

 

 

 ――"気炎をあげる"と言う言葉がある。

 

 それは本来、燃え盛るような威勢の良さを表す喩えなのだが。

 

「……………………え?」

 

 目の前で起こった出来事に、雪蓮は言葉を無くして呆然と佇む。

 

「――喜べよ? 孫伯符」

 

 ――紅蓮。

 鉛色の手甲、その所々に空いた細い溝。

 そこから噴き出した炎の舌が、手甲の表面をチロチロと舐めている。

 

「なにせ一騎打ちで"コレ"を見せたのは、お主で四人目じゃからの」

 

 にやり、と獰猛な笑みを浮かべた朱公偉の右腕が紅に染まった。

 

「見事耐えてみせい。この一撃、孫文台は凌ぎ切ったぞ?」

 

「――っ!」

 

 ゆっくりと、右手を目の高さで構える朱儁が発した言葉を聞いて、雪蓮は萎えそうになった身体に活を入れる。

 

『――これを耐え切れぬようではお前には孫家を、孫文台の後を継ぐ資格は無い』

 

 胸中に湧き上がるその想い。

 雪蓮は真っ直ぐに朱儁を見据え、自然といつもの――剣先を地面に向け、両足を肩幅に開いた――体勢で迎え撃たんとする。

 

「往くぞ」

 

「来いっ!!」

 

 ――ずどんっ!!!!!

 

 振り切られた腕の先、拳に纏わりついた"気"の炎が衝撃と共に南海覇王を撃ち抜いた。

 

「――――!」

 

 剣を握る手の平から伝わる衝撃と熱に悲鳴を上げる暇すらなく、――次が来る。

 

 ――轟ッ!!!!!

 

 拳の速度に付いて行けず僅かに遅れた手甲表面を包む炎が、奔流となって雪蓮に襲い掛かる。

 

「――あ、ああ。ぁあああああああああああああッ!!!!!」

 

 紅蓮の渦が、孫伯符を飲み込んだ。

 

 

 

-10ページ-

 

 

「そろそろか。……では、こちらも始末を付けよう」

 

 視線を文醜達に戻した皇甫嵩は常と変わらぬ調子で、二人に聞こえるように口を開く。

 

「――はぁ? さっきから何ワケの解んないこ、と」

 

「――っ! ぶ、文、ちゃんっ!」

 

 ――紅い。

 

 朱儁の炎のような色とは違う。

 滴り落ちる血のような赤が、いつの間にか皇甫嵩の握る直剣に纏わり付いていた。

 

「警告する、受けようとは思うな」

 

 ――しゅっ

 

「――! 斗詩ぃっ!」

 

 無造作に振るわれた皇甫義真の一閃。

 振るわれたその瞬間、猪々子は今日最大級の悪寒に我知らず、隣の親友を突き飛ばしていた。

 

「痛っ……って、文ちゃんっ!?」

 

 ……ごとり。

 

 突き飛ばされて地面を滑った斗詩は痛みに声を漏らすが、次いで聞こえた音にばっと振り向く。

 

「は、はは。ぎ、ぎりぎり、何とかなった……けど」 

 

 振り向いた先に見たものは、愛用の大剣『斬山刀』を半ばから斬り落とされて引き攣った笑いを浮かべる親友の姿。

 

「終わりだ」

 

 ――ひゅっ

 

 ……ごつん。

 

 二人揃って呆然としていた一瞬の間に、皇甫嵩の二閃目が、斗詩の『金光鉄槌』を柄の部分から二つに断ち斬っていた。

 

「武器は奪った。まだ戦うか?」

 

 瞬く間に自らの得物を失う。

 あまりにも突然の出来事、その事実を把握することすら覚束無い二人は、抱き合いながら唯ぶんぶんと首を横に振った。

 

 

 

 

 

「っ!? 策殿ぉぉおーーっ!!!!!」

 

 主命に従い、離れた場所から一騎打ちを見守っていた祭は主君を飲み込んだ炎の渦を目にして絶叫する。

 

「――っ! 雪蓮っ!!!」

 

「姉様ぁっ!!」

 

 遅れて到着した冥琳と蓮華もまた、目の前の光景に悲鳴にも似た声を上げた。

 

 そして。

 渦が消え、舞い上がった土埃が晴れて行き――。

 

「――――――――は、ぁっ、ど、どんな、もん、よ――っ!」

 

「策殿!」

 

「雪蓮っ!」

 

「姉様!」

 

 そこには、服の裾だけが僅かに焦げ、頬や額に煤が付いた雪蓮が、真っ直ぐに南海覇王を振り下ろしたままの姿勢で立っていた。

 一方の朱儁は、右腕を前に突き出したままの姿勢で満足そうな笑みを口元に浮かべ、

 

「良し」

 

 ぽつりとただ一言だけ呟く。

 そのまま踵を返して立ち去ろうとする朱儁の背中に、雪蓮は息も絶え絶えに声を掛ける。

 

「…………ま、待ちな、さい。まだ、勝、負、は」

 

「たわけ。――今のお主では、赤子にも勝てぬ。傷が癒えてから出直すのだな」

 

 背を向けたまま、朱儁は答えて、

 

「――まったく、ほんにお主は。……しかし、強うなったな、雪蓮よ」

『――ふん、まったくお前と言う奴は……だが、強くなったな、雪蓮よ』

 

(母……様……?)

 

 肩越しに振り向き、雪蓮に優しげな笑顔を見せた。

 

 ――それが、子供の頃に見た母の顔とその時に掛けられた言葉と重なって――。

 

 子供のような無垢な笑みを浮かべ、雪蓮の意識は薄れて行った。

 

 

 

-11ページ-

 

 

 

 

 

「きいいいいっ! 何故! 何故あの程度の小勢を片付けられませんのっ!!」

 

 開いている虎牢関の門を目前にしながらも、立ち塞がる"小勢"を抜けない事実に麗羽は歯噛みする。

 麗羽曰く『オバさま』の一人は、まるで小型の竜巻の如く自分と韓馥の軍を蹂躙していた。

 その手勢で、麗羽が思うに"地味"な色合いの鎧を纏った兵の群れは恐ろしく統制の取れた動きで、付け入る隙を見出せない。

 

「本当に、韓馥さんは頼りになりませんこと! ちょっと、そこの貴方! 王匡さんと橋瑁さん、それに鮑信さんと張?さんは何故動きませんの!!」

 

「は、はっ! 王匡殿と橋瑁殿は官軍に従った公孫賛と劉備、馬超が側にいるため動けないとのこと! 鮑信殿と張?殿は曹操殿が戦を止めた際にそれに従って――」

 

「――きいいいいいいいいいっ!! もう結構ですわ!! こうなれば、頼りになるのは自分だけ――」

 

「――袁紹!」

 

「誰ですの!! 漢の名族たるこの、わ・た・く・し・を呼び捨てにする、の、は……」

 

「誰かと問われれば皇甫義真と答えよう。それはさて置き、見ろ袁紹」

 

 勢いよく声が聞こえた方へ振り向いた麗羽は、自分の声から力が抜けていくのをはっきりと自覚した。

 視線の先、黒づくめの小柄な皇甫嵩が縄で後ろ手を縛られた斗詩と猪々子を引き連れている。

 

「貴殿の((股肱|ここう))の臣は既に我が前に屈した。――さて、貴殿はどうする?」

 

 どこまでも平坦なままの皇甫嵩の声が無情に響き、

 

「――わ、解り、ました。……袁本初が命を下します! 全軍、直ちに戦闘を停止なさい!」

 

 麗羽は力無く、馬上にて((項垂|うなだ))れ。

 

 

 

 

 

 ――こうして、後に『虎牢関の戦い』と呼ばれるその戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

-12ページ-

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました! 天馬†行空 二十四話目をお届けします。

 今回はほぼ、三将軍のターンになりました。

 実は、ここで董卓軍メインメンバーの活躍を描写しすぎると後の話が続かないが故の三将軍メイン話だったりします。

 まあ、この三人がかりでも恋には勝てないのですが……。

 あ、三将軍の戦闘シーンは、皆様お好きな処刑用BGM、或いは絶望用BGMなどをお掛けになってご覧下さい(笑)

 

 さて、次回やっと一刀達洛陽待機組の出番が来ます。

 そして、戦後処理を決める話になるかと。

 

 次回二十五話目でまたお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

説明
 ※注意! 今回も虎牢関にのみ焦点を当てている為、
 一刀達「洛陽で活動する人達」はお休みとなります。

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

 ※注意
 主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。

 ※2013/1/24 後書きを修正しました。
  2013/5/31 誤字の修正をしました。
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コメント
>Alice.Magicさん そうですね……流石にそのくらいの実力者が三人いるならば良い勝負が出来るかと。(赤糸)
暗殺も通じ無さそうだしなぁ・・ 呂布なら相手出来るだろうけど 夏候惇クラスが三人いればなんとかなるか?(Alice.Magic)
>mokiti1976-2010さん コメントありがとうございます! 今後書く予定の拠点話では恋vs三将軍も考えております。(赤糸)
ふう、ようやくここまで読みました。しかし三将軍強いですねぇ、並みいる恋姫達を寄せ付けぬとは。(mokiti1976-2010)
>PONさん パワーバランス的なあれこれについては整合が取れるように話を展開させるつもりでおりますw ちなみに、皇甫嵩が兵を率いた場合は七乃が予見した通りか、それ以上の展開になるかとw 実は今回、三将軍はある制約の元で戦闘を行っているのですが……それらについてはまた今後の話で。(赤糸)
ちょっと強く描写しすぎかな、と思わなくもない。皇甫嵩はどちらかというと軍を率いて戦ってほしかったなぁ、と思ったり。どうすんのさこれからさきこの三人がいる漢を誰も落とせないぞw(PON)
>summonさん この先、ガクブルの輪が広がって行きそうで怖いw 三将軍に関しては拠点で彼女達の知人との関係等(七乃さんと皇甫嵩など)を書くつもりです。(赤糸)
ガクガクブルブルは美羽の専売特許だと思ってたのに、ここにもいたんですねw しかし、三将軍の方々かっこよかったです。(summon)
>アルヤさん 私塾時代の彼女達に起きたある悲劇……についてはまた拠点話の時にでも。お楽しみに。(赤糸)
白蓮と桃香はどんなトラウマを植えつけられたんだ・・・・・・。(アルヤ)
>陸奥守さん やっと場面を洛陽に移せますね。虎牢関に一刀達が来れなかった理由なども書いていくつもりです、お楽しみに!(赤糸)
>メガネオオカミさん 仰るとおり、麗羽の判断は事情を知らない人間からすればごくまともなものです。まあ、事情を知ってる人達や土壇場で感づいた人がいたのでこの結果に成ったのですが(苦笑)(赤糸)
この三将軍の戦いの描写を見てたら呂布より強いんじゃないかと思ってたら、この三人でも勝てないのか。次回一刀達がどうなったか楽しみです。(陸奥守)
今回の話は蹂躙という言葉がよく似合うw しかしこの三人でも恋には勝てないのか……! あと今回の麗羽の決定はそこまで間違ってないかな? あれだけじゃ董卓の策謀の可能性だって十分あったし(メガネオオカミ)
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