銀の槍、旅に出る |
永琳達が月に移住してしばらくして、世界では人間と妖怪の対立が深刻な物になっていた。
その切欠となった出来事は永琳達の月への移住が原因であった。
月への移住が成功したのを切欠に、各地で人間達の月への脱出計画が練られるようになったのだ。
それを妖怪達は見過ごすわけにはいかなかった。
何故なら、妖怪の糧となるのはある種の信仰なのである。
そしてその大部分を供給する人間の消失は、妖怪の消失を意味するのだ。
妖怪達は自分達の生活を守るべく、人間を誰一人として月へ行かせまいとして、その拠点を攻撃していった。
一方の人間達も黙ってやられるはずがない。
人間達はある者は一人でも多くの人命を穢れのない月へ運ぶため、ある者は愛する人を守るために武器を取って妖怪に立ち向かい、散っていった。
その戦いに善悪など存在しない。
誰もが皆生きるために戦い、命を燃やしつくし、戦場の華と散っていった。
そして、いつの日か戦火は世界中に広がり、多くの命を飲みこんで行く。
後に、人妖大戦と呼ばれる戦いであった。
かくして、世界を飲み込んだ人妖大戦が終結してから数年後。
打ち捨てられた基地の中に、一本の槍が刺さっていた。
その槍は穂先の中央に銀の蔦に巻かれた黒曜石の球体をあしらった、全身が銀色に光る見事な槍であった。
数年間放置されていたにもかかわらずその槍には錆一つ見つからず、気高い輝きを放っていた。
その日の空は雲ひとつなく、青白い満月の日であった。
月の明かりは物悲しくも神秘的で、荒れ果てた基地を優しく照らし出していた。
銀の槍も月明かりに照らされ、埋め込まれた黒曜石はかつて自分を構成していた、己が主を守るために奮戦し、見事に守り切った者の強い意志の籠った瞳の様に、誇り高い輝きを静かに放っていた。
その輝きに答える様に月はその黒曜石を照らし続ける。
すると、黒曜石は月の光をどんどん集めていき、強い輝きを放ち始めた。
そしてその輝きが収まると、そこには銀髪の青年が現れていた。
青年は辺りを見回し、自らの状況を確認した。
自分の体には特に違和感は無い。身につけているものもいつもの通りの小豆色の胴着に紺色の袴、そして黒曜石のペンダントだ。
違うものがあるとすれば、青年は黒い鞄を身に着けていた。中身を確認してみると、そこにあったのは一本の包丁であった。
『六花』と銘打たれたその包丁は丁寧に包装されており、取り出すと再び担い手に握られることを喜ぶかのように光を放った。
青年は自分の状況を確認し終えると、静かに目を閉じた。
「……主」
青年が思い浮かべたのは自らが守り通した主と呼んでいた女性のこと。
……主は息災だろうか。
青年はそう考えるも、確認する手立てもないので振り払う。
ここで、青年は主のとある言葉を思い出した。
――――――生き残れば絶対に救援を寄越す。
主がそう言っていたのを思い出した青年は、静かに発射台の残骸により掛って地面に座った。
そして、その日から青年はずっと待ち続けた。
雨が降ろうと、雪が降ろうと、青年はそこから一歩も動くことなく、月からの迎えを待ち続けたのだ。
その行動は無駄であると言うのに。
正規の軍人は個人IDを登録することで生死が確認できるようになっていたのだが、当然将志にはそんなものは付いていないのである。
よって、生存が確認できないのであるため、月からの迎えなど何億年経とうと来るはずがないのだ。
それでも青年は待ち続けた。
主に忠を尽くし、主を守る。
その意志は、未だに貫かれたままだった。
いくつもの夜を超え、季節が何度も移り変わったとある日のこと。
青年はいつも通り空を眺めていた。
空は生憎の雨模様で、銀色の雲が一面を覆い、冷たい雨粒が空から降ってきていた。
「……?」
ふと、将志は何ものかの気配を感じてその方向を見た。
それは長い間待ち続けていた中で、初めての他の存在を認知した瞬間であった。
「……は、はは……こ、こんなことってあるんだ……」
そこに立っていたのは一人の少女であった。
オレンジ色のジャケットは雨に濡れており、トランプの柄の入ったスカートは擦り切れてボロボロになっていた。
その表情は信じられないものを見たという感じであり、また雨で良く分からないが、その瑠璃色の瞳は泣いているようでもあった。
「……愛……梨?」
青年は自分の友人の、その懐かしい少女の名前を呼んだ。
その瞬間、少女の手から黒いステッキが滑りおち、カランと音を立てて雨にぬれたコンクリートの地面に転がった。
「将志くん!!」
愛梨は将志の胸に飛び込んだ。将志はとっさに愛梨の小さな体を受け止める。
「……みんな、みんないなくなっちゃった……もう誰も居ないと思ってた! もう誰も笑ってくれないって思ってた!! 君がいてくれて本当に良かった!!」
愛梨は今まで溜めこんでいた感情の全てを将志に吐きだし、泣き始めた。
その言葉には、彼女が味わってきた孤独と、その淋しさがあふれ出していた。
「…………」
将志はそんな愛梨をそっと抱きしめ、その全てを受け止める。
二人は、雨が止むまでずっとそのまま抱き合っていた。
雨が止むと、二人はお互いのことについて話し合うことにした。
愛梨もさんざん泣いてすっきりしたのか、少し気は楽そうである。
「……あれから何があった」
「世界中で妖怪と人間が戦争をしていたんだ。それで、最初に人間がいなくなって、次は妖怪がどんどん消えていった。僕の周りの妖怪もみんな消えちゃったし、僕ももうすぐ消えてしまうところだったんだ。それで……消えてしまう前に君のことを見たくなってここに来たら……と言う訳さ」
「……平気なのか?」
「今はもう大丈夫だよ。将志くんの感情が、さっきので伝わってきたから」
そう言う愛梨は未だに将志に抱きついている。
先ほどと違う点があるとするならば、今度は泣き顔では無くて穏やかな笑みを浮かべているところである。
「ねえ、将志くんは僕が来るまで何をしてたんだい?」
「……主は生きていれば必ず迎えに来ると言っていた。だから、俺はここで主を待っている」
将志がそう言うと、愛梨は押し黙った。
愛梨は月からの迎えが来るはずがないことを理解していたのだ。
しかし、将志は必ず迎えが来ると信じて疑っていない。
「……そっか……早く迎えが来ると良いね♪」
愛梨は、そう言って将志に笑いかけた。その笑みは普段の愛梨らしからぬ、どことなく悲しげな笑みであった。
「……ああ」
将志はそう言って頷くと、再び空を眺め出した。雨上がりの空は、少しずつ青空を取り戻しつつあった。
「…………」
その横顔を、愛梨は複雑な心境で見ていた。
このまま放っておけば、それこそ将志はこの世の果てまで主を待ち続けるだろう。
しかし、そんないつまで経っても報われないことをしようとする最後の友達が、愛梨にはどうしても許せなかった。
「……ねえ、将志くん♪ 喉が乾いちゃったな♪」
「……愛梨?」
横で突然喉の渇きを訴え出した愛梨に、将志は首をかしげた。
そんな将志の着物の袖を、愛梨はぐいぐいと引っ張る。
「ほら、前に君が話してくれた喫茶店があるじゃないか♪ 連れてって欲しいな♪」
「……だが……」
将志は再び空を眺めた。
……もしこの場を離れた時に迎えが来ていたら……将志はそんなことを考えていた。
「大丈夫だよ♪ あの人たちなら、きっとどこに居ても見つけ出してくれるさ♪」
しかし、愛梨にその考えは読まれていたようだ。その言葉に将志は少し考えると、ゆっくりと頷いた。
「……良いだろう。それではついてこい」
そう言うと将志は基地の出口に向かって歩き出した。
その後ろを、愛梨は黄色とオレンジのボールの上に乗って器用に転がしながらついて来る。
「…………」
将志は打ち捨てられた街の中を眺めながら歩く。
妖怪が気付く前に脱出したせいか、街に襲撃の跡は見られず、昔の面影をそのまま残して佇んでいる。
その一方で、流れる年月の中で管理する者がいなかったその街は、その年月の中で確実に風化が始まってきていた。
綺麗だった町並みは長い年月によって少しずつ浸食をうけ、ところどころが崩れかけていた。
そんな中で、将志は一軒のログハウスの前に立った。
それは、いつか将志が永琳に最後のコーヒーを振る舞った時のまま、静かにその場所に建っていた。
「……ここだ」
「あ、ここなんだ♪ それじゃあ、おじゃましま〜す♪」
二人は思い思いに店内に入る。
店内はところどころほこりを被っており、過ぎた時間を感じさせる。
「……まずは掃除だな」
「そうだね♪」
そう言うと、将志はロッカーから、残されていた掃除用具を取り出して掃除を始めた。
愛梨も手伝おうとして箒に手を伸ばすと、それを将志が手で制した。
「……座って待っていてくれ」
「何で? 二人で掃除したほうが早いと思うよ?」
「……客に掃除をさせる店などない」
「キャハハ☆ そう言うことなら待ってるよ♪」
生真面目な店員に笑顔でそう言うと、愛梨は将志が掃除したカウンター席にの真ん中に座った。
将志は慣れた手つきで掃除をし、店内の時間を巻き戻していく。
「♪〜」
そんな将志の様子を、愛梨は楽しそうに眺めている。
しばらくして掃除が終わり、将志は店のブレーカーを上げる。
予備電源がまだ生きていたこともあり、喫茶店は再び息を吹き返した。
「……ふむ」
将志は感慨深げにうなずくと、カウンターの中に入って中にあるものを確認した。
そこには、この店のマスターが置いていった紅茶が未開封のまま残されていた。
試しに開けてみると、中からは紅茶の良い香りが漂ってきた。
「……紅茶になるが、それで良いか?」
「うん、良いよ♪」
愛梨の返事を聞いて、将志は湯を沸かし始めた。
お湯が沸くと、将志は二つのティーポットとカップにお湯を注ぎ、温める。
ポットのふたが十分に温まったらそのうち一つのお湯を捨て、茶葉をいれて熱湯を注ぎ、しばらく待つ。
最後にもう片方のポットのお湯を捨て、その中に茶漉しを使ってポットの中の紅茶を移す。
その最後の一滴まで淹れ終わると、将志はそれを温めたカップと共に愛梨の元へ持っていった。
「……出来たぞ」
「うわぁ、ここからでも良い香りがするね♪」
愛梨は運ばれてきた紅茶の香りに、顔を綻ばせた。
将志は愛梨の横に立ち、カップに紅茶を注ぐ。
二人分の紅茶を注ぎ終わると、将志は愛梨の隣に腰を下ろした。
「ん〜♪ 久しぶりに飲んだけど、やっぱりおいしいね♪」
「……そうか」
「あ、久々の笑顔、頂きました♪ やっぱり笑顔は良いね♪」
「…………そうか」
紅茶を飲みながら、二人は会話をする。感情の読めない仏頂面で話す将志に、愛梨は心の底から楽しそうに答える。
数分後、そこには空のポットとカップが置かれていた。
将志はそれを片付けるために席を立とうとすると、愛梨が引き留めた。
「……将志くん♪ 話があるんだ♪」
「……何だ?」
「僕を、君の傍に置かせてもらえるかい? 僕にはもう君しか残っていないんだ……もう、一人は、淋しいのは嫌なんだよ……」
明るい声で問いかけようとするが、段々と泣きそうな表情へ変わっていく。
愛梨は将志の手を握り、縋るような眼で将志を見つめた。
それに対して、将志はふっと溜め息をついた。
「……何故ことわる必要がある? 友人とは支え合うものなのではないのか?」
将志はぶっきらぼうにそう言うと、ティーセットを片付け始めた。
愛梨はそれを聞いて、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「ありが、とう……」
愛梨は将志が全てを片付け終わるまで、静かに泣き続けた。
店を出る直前、愛梨は再び将志を引き留めた。将志はそれに振り向き、愛梨の元へ行く。
「将志くん、君はこれからどうするつもりなんだい?」
「……俺は生きて主を待ち続ける。今の俺が主のために出来ることはそれだけだ」
愛梨の質問に、将志はやや強い口調でそう言った。その一字一句予想通りの返答に、愛梨は思わず苦笑した。
「それは違うよ将志くん♪ 君に出来ることはまだあるはずだよ♪」
「……何?」
「将志くん、僕と一緒に旅に出ないかい? 世界を回って色々見て、それを話して君の主様を喜ばせてみたいと思わないかい?」
首をかしげる将志に、愛梨は腕を大きく広げてそう話した。
それを聞いて、将志は少し俯いて考え込んだ。
「……ああ、それも良いかもしれないな」
将志の言葉に、愛梨は嬉しそうにその場で飛び跳ねた。
「そうこなくっちゃ♪ それじゃ、早速準備をしようか♪」
そう言うと、愛梨は何故か店の中へ戻っていった。
訳が分からず、将志は首をかしげる。
しばらくすると、愛梨はコーヒーと紅茶のセットに、それを作るための水を用意してきた。
「……それ、持っていくのか」
「旅には楽しみが必要でしょ♪」
「……まあ、別に構わんが」
呆れたと言う風に溜め息をつく将志に、愛梨は笑顔でそうのたまった。
そして持ってきたものを、愛梨は自分の乗っていたボールの中にしまい込んだ。
ボールの中は七色に光っているような、全てが溶け合った抽象画の様な、不思議な空間になっていた。
それを見て、将志はジッと愛梨を見つめた。
「……それ、そんなことができたのか?」
「ピエロは魔法使いだよ♪ これくらいならお茶の子さいさいさ♪」
「……そう……なのか…………?」
愛梨の発言に、流石に将志も首をかしげ、「……ピエロは関係あるのか?」と呟いた。
それを気にした様子もなく、愛梨はそのボールの上に飛び乗った。
「さあさあ、どんどん準備しよう♪」
「……ああ」
それから二人はしばらく誰も居ない、閑散とした街を歩き回った。
途中で店を見つけては、何か使えそうなものは無いか探しまわった。
「そ、そんなに持っていくのかい?」
「……出来るだろう?」
「そ、そりゃ出来るけどね?」
……途中、妥協と自重をしない男が金物屋やデパート跡で調理道具や、それに関係する資料をかき集めたりしたが、何とか準備は整った。
準備を終えると、将志が寄りたいところがあると言ったので、そこに行くことにした。
向かった先は、永琳の研究所だった。
研究所の中には、置き去りにされた研究用の機材がいくつも残されていて、それは静かに佇んでいた。
鍛錬を重ねてきた中庭、気絶するたびに運ばれていた医務室、愛梨と語らった台所と、将志は回っていく。
最後に将志は永琳の私室だった場所に足を運んだ。
そこにはもう据え置きの家具しか残されておらず、がらんどうの状態だった。
「……主……いつか、必ず」
将志はそこで永琳との再会を誓うと、踵を返して部屋を後にした。
外に出ると、愛梨がボールの上に座って将志の帰りを待っていた。
愛梨は将志が戻ってきたことに気が付くと、ボールを転がして将志の所に寄ってきた。
「あ、もういいのかな?」
「……ああ、もうここには未練は無い」
「そっか♪ それじゃ、行こっか♪」
「……ああ、行こう」
二人は笑いあってそう軽くやりとりをかわすと、全ての始まりであった街を旅立った。
……そして、二人が旅立った街には、思い出だけが残された。
* * * * *
「…………」
銀髪の長い髪を三つ編みにした女性が、ぼんやりと窓の外を眺めている。
窓の外には、暗い空に浮かぶ大きく青い美しい星。そこは、数年前まで彼女達が住んでいた星であった。
彼女は今、月の都の中央の研究所に所属しているのであった。
そんな彼女の元に、一人の男が近づいてくる。
「八意博士。地上からの最後の船が着陸したようです」
「……そう。それで?」
男の言葉に、永琳は振り返ることなくどこか上の空で返事をする。
すると、男はいたたまれない表情を浮かべた。
「……槍ヶ岳 将志の姿は確認できませんでした」
「……そう」
男の言葉を聞くと、永琳は窓から離れてフラフラと歩き始めた。
「あ……」
男は、そんな彼女をただ見送ることしか出来なかった。
永琳はぼんやりとしたまま歩いていく。その先にあるのは居住区。そこにある自宅に、永琳は戻っていく。
そして自分に割り当てられた大きな家の前に立つと、玄関のドアを軽く撫でる。
すると玄関のドアが主人の帰りを認識し、ドアが開いた。
「……ただいま」
誰もいない家の中に入ると、永琳は誰に聞かせるでもなくそう言った。
そして、フラフラと家の中を歩きとある一室を目指した。
その先にあったのは、ベッドだけしかない空っぽの部屋。
そこは、本来将志が使うはずであった部屋であった。
永琳はその部屋のベッドの上に倒れこんだ。
「っ……ああ……最後の便にも居なかったか……」
永琳はそう言いながら、腕で眼を覆う。
永琳は将志が後から来る船に乗ってやってくる可能性に賭けて待っていたのだ。
しかし最初の方こそ気丈に振舞っていたが、次々に将志を乗せていない船が到着するたびに焦り始め、研究が手につかなくなっていった。
そして最近では全く仕事が出来なくなり、窓からぼんやりと地球を眺める日々が続いていたのだ。
そこに伝えられた非情な一報。
それは将志が月に来る可能性が無くなった事を示していた。
「……まさしぃ……」
永琳は将志の名前をポツリと呟いた。
するとその瞬間、眼から涙がジワリとこみ上げてきた。
それと同時に、溜め込んできた思いが段々と溢れ出して来た。
もう、その感情を抑えることは出来なかった。
「……なんで……なんでよ!! ずっと一人で頑張ってきたのに!! やっと手に入れた暖かさだったのに!! 私が何をしたって言うの!? 何で将志と離れ離れにならなきゃいけないの!? なんで!? なんでなんで!?!?」
永琳はそう言って泣き叫びながらベッドのマットを殴りつける。
やり場の無い怒りと悲しみが心の中を支配し、感情のコントロールが利かなくなる。
とめどなくこぼれ続ける涙がシーツを濡らしていく。
そのシーツを握り締めたまま、永琳は涙が枯れるまで泣き続けた。
「……ん……」
数時間後、永琳は静かに体を起こした。
泣き続けたせいで声は枯れ、喉がカラカラに渇いていた。
「…………」
永琳は幽鬼のように立ち上がり、よたよたと台所へと歩いていく。
何度も壁に体をぶつけながらたどり着くと、グラスに水を注いで飲み干した。
「…………」
そして目の前に飛び込んできたのは、一度も使われていない調理器具。
元々は将志が使っていたものなのだが、永琳がそれを使ったことは一度もない。
それを見て、永琳はとあるものを思い出した。
「……ビデオ……」
永琳はよろよろと歩きながらテレビのあるリビングに行き、電源をつけた。
それから少し操作をすると、録画されていた番組が始まった。
「さあ、生放送でお送りしている今日の料理の超人スペシャル、数多くの料理人達のによって繰り広げられてきた激戦を勝ちあがってきた男が、満を持して超人に挑みます! それでは、出でよ挑戦者!」
司会の一言でスモークが噴き上がり、ゲートが煙で覆われる。
その中から、ライトに照らされてぼんやりと人影が浮かび上がってくる。
「本日の挑戦者、並み居る強豪を相手に奇抜なセンスの料理を繰り出し、圧倒的なポイントで薙ぎ倒してきた最強の素人、槍ヶ岳 将志の入場です!」
司会がそう言った瞬間、銀髪の青年が煙の中から現れた。
その姿は、永琳がずっと待ち続けていたものであった。
「槍ヶ岳さんはどこかで修業を積んでいらしたんですか?」
「……いや、すべて独学だ」
「それにしてはプロ顔負けの技をたくさん使っていましたが、どこで覚えたものですか?」
「……この番組を見て覚え、出来るようになるまで、納得できるまで何度も練習をした」
画面の中の将志は眼を閉じ、緊張した面持ちでインタビューに答えている。
「……っ……」
そのやや低めのテノールの声を聞いて、永琳の眼から再び涙が流れ出した。
そんな彼女を他所に番組はどんどん進んでいき、永琳は泣きながらそのビデオを見続ける。
目の前に映るものは、もう手に入らない。そう思いながら。
「また凄い技が出ました! この男、本当に独学なのか!? まさに料理をするためだけに生まれてきた、料理の妖怪!!」
画面の中では将志が鮮やかな手つきで料理を作り、司会がそれを興奮した様子で実況していく。
それを聞いて、永琳の体がピクリと動いた。
「……料理の……妖……怪……?」
永琳は一つ一つ確かめるように言葉を紡ぎ、その意味をじっくりと吟味していく。
そして、あることに思い至った。
「……そうよ、将志は妖怪!!」
永琳はそう叫ぶや否や、家から飛び出していた。向かう先は自分の研究室。
彼女は脇目も振らずにそこに駆け込むと、中にある資材を確認した。
「……銀に……黒耀石……行けるわ!」
永琳はそう言うと、一心不乱に作業を始めた。
そしてしばらくすると、永琳の手の中にはアクセサリーが出来上がっていた。
「出来た……出来たわ!!」
永琳は興奮気味に出来上がったものを見た。
そこにあったのは一つのペンダント。銀の鎖に銀の蔦に巻かれた真球の黒耀石をあしらったものであった。
そう、それは将志に作ったものと同じものであった。
永琳は妖怪の生態に着目して、それを作ったのだ。
妖怪は、人に信じられることで存在することが出来るものである。
ならば例え自分の元に来られずとも、誰かが強く信じていれば妖怪である将志は存在できるのではないか?
実際に将志と暮らしていた私なら、存在できるほど強く信じられるのではないか?
永琳はそう考え、将志のことを忘れないためにまったく同じペンダントを作ったのであった。
永琳はペンダントを握ると、強く祈り始めた。
「……どうか将志とまた一緒に暮らせますように。笑顔で再会できますように……」
永琳はそう念じると、ペンダントを首から提げた。
そして一息つくと、彼女は顔を上げた。
「さてと……将志に会ったときに恥ずかしくないようにしないとね。まずは遅れた分を挽回するわよ!」
永琳はそう言うと、打って変わって生き生きとした表情で溜まっていた仕事に手をつけた。
その時、地球からは青白い満月が輝いて見えた。
* * * * *
あとがき
将志復活&愛梨と合流。
そして月に移り住んだ永琳のお話でした。
次からしばらくオリキャラのみになりますが、ご了承ください。
説明 | ||
月日が流れ、人間も妖怪もいなくなった大地に、銀の槍の青年は甦る。主と離れ離れになった槍妖怪は何を思い、何をするのか。 | ||
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コメント | ||
クラスター・ジャドウさん:大まかに言えばそういうことになります。ただし、この場合は永琳と将志の間の繋がりが非常に強いために出来たものです。よって、ちょっとやそっとのことでは出来ません。(F1チェイサー) …槍妖怪復活し、再会した相棒と旅に出るの巻。…この話って、その妖怪の象徴となるアイテムを、その存在を願う者が持って強く祈れば、消滅した妖怪も蘇えるって事ですか?(クラスター・ジャドウ) |
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