無限転生、甘楽 〜第二章 鬼神楽〜 |
第二章:鬼神楽
第一話:舎弟じゃないです
転生して数年。前世の記憶が蘇り始めた頃、俺はとある男に殺された。
転生していきなりかと思ったけど、その後、鬼に変身できる男の人に救われて一命を取り留めた。助けてくれた相手が木島(きじま)卓(すぐる)だと聞いて、やっと自分がどんな世界にやってきたのか理解した。
またもや18禁ゲーム『鬼神楽』の世界だ。前作の『夏神楽』飛ばしてこっちの世界に来るとは思わなかった………。
長い話は苦手なので、簡潔に現状を整理すると、俺は卓さんと一緒に仇である芳賀(はが)真人(まさと)を追っている。俺には卓さんほど復讐心はなかったけど、それでも出来る事なら親の敵を討ちたいと言う気持ちがないわけじゃなかった。ただ、自分の実力がそれに見合わない事で、恐縮していたのかもしれない。
親を殺されて恨んでいても、圧倒的に強い相手では諦めが心に生まれてしまう。その辺は卓さんにもちょっと嫌われてしまった。
そんな俺が卓さんと一緒に行動しているのは、弱い俺に代わって卓さんが芳賀を倒してくれる所を見たいと言うのと、鬼の力を封じる鎖を俺が所持する事で、芳賀の束縛―――もしくは暴走してしまった卓さんを止めるのが役目だ。
最初は卓さんに保護されていただけだったが、鎖を入手してからは俺も出来る事があると思って協力を頼み込んだ。初めて俺が積極的な事を言った時、俺を見る卓さんの眼が、少し優しくなってくれた様な気がした。
そんな訳で一緒に行動してたんだけど………。
「卓さ〜〜〜ん! 相変わらず一人で何処まで行ったの〜〜〜!? 置いてかないでくださ〜〜〜い!!」
なんか、泣きそうになっている俺がいた。
まあ、卓さんが俺を置いて行く気持ちも解るんだよ。俺、前のIZUMOの世界で霊力を使えるようになってたおかげで、多少は戦えるんだけど、卓さんの足元にも及ばない上に、戦闘力ほとんど皆無なんです。そりゃ、置いて行きたくなるよね………。
「あら? なんだか情けない声が聞こえると思ったら、遊月(ゆづき)君じゃない?」
「え? あ、葉子さん!?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには音羽(おとわ)葉子(ようこ)さんと言う、スーツを着た女性がいた。その正体は九尾の狐の娘だったかな? 『神楽シリーズ』の知識は深い所は曖昧になってるから、詳しい事は省く。
俺が彼女と知り合いなのは、卓さんにくっ付いて芳賀探しの旅をしてる最中に知り合っただけ。『鬼鎖』や霊力の扱い方も、この人に習った。
あ、遊月と言うのは、この世界での俺の苗字だ。生まれる場所が変われば名前も変わる。意外とこう言うのは現実的だけど、甘楽の名前が一緒なのは、やっぱ神の見えざる手か?
「良かった! 葉子さんに会えて助かりました! なんでこんな所にいるのか知りませんけど、実は卓さんに置いてかれて―――」
「あなた………、相変わらずドンくさいのね……」
呆れられてしまった。仕方ないとは思うけど、ストレートに言い過ぎだよこの人……。
「木島君とはいつから逸れたの?」
「今朝です。なんか、情報源の占い師に会うとか言ってたんですけど、いつの間にか消えてました」
「今朝って……もう日が暮れてるわよ?」
すいません、ドンくさくて………。
その後、色々話した結果、葉子さんの事情は卓さんを見つけてからと言う事になり、公園の方が怪しいとかで、俺達は向かう事になった。
そこには、かつて人間であった肉塊と、水妖の残骸が散らばっていた。奥の方を見ると、巫女装束の少女が二人、鬼化した卓さんに襲われそうになっていた。
卓さんはなんとか自分の意思で止めているようだが、それも時間の問題だ。
巫女二人は何か言い争っていてモタモタしている。早く逃げろって!
「はあい、そこまでよ二人とも」
葉子さんが声をかける。二人の動きが止まった。卓さんがこちらに視線を向ける。
「相変わらず外れた道を歩いてるわね? また随分と妖怪を食べたみたいだし」
葉子さんがそう呟く中、鬼化した卓さんがこちらに向かって突進してくる。
余裕の表情で葉子さんは俺に視線を向ける。
「遊月君、鬼鎮めはアナタの専門でしょ? ちょうど良いからやってみなさい?」
「ええっ!? ……あ、はいっ!」
葉子さんに任せて下がろうとしていた俺は、慌てて荷物を投げ捨て、腰に巻いた鎖を取り出す。
ジャラジャラと鉄の擦れる音を鳴らし、両腕で鎖を上手く制御しながら鞭の様に投げつける。
単調な攻撃は軽く躱されたがそれで良い。卓さんの動きはここ数年でしっかり覚えている! 方向をこっちで限定してやれば……!
鎖の鞭を躱し、卓さんの巨腕が俺目がけ振り降ろされる。
慌てて霊力を足の裏で爆発させ噴水まで飛び退く。
水に手を入れ、水気を操る。IZUMOの時もそうだったが、俺はともかく水気に長けているらしい。しかも、転生特典『ニューゲーム』のおかげか、IZUMO時代の水を操る才能が強化されている。
俺は水気で創った弾丸を手に、唯一使える攻撃を放つ。
「燕!」
燕の形を模して飛ばす水の弾丸。これが俺が使える唯一の攻撃。
鬼化している卓さんの胸に見事命中―――!!
ぱしゃん………。
水鉄砲並みに効果が見られない……。
「あれぇ〜〜〜!? ちょっと前まではこれで動き止めるくらいは出来てましたよね〜〜っ!?」
「うがあああぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!」
卓さんの巨腕が再び襲う。
足元の水に霊力を落とし、卓さんの腕を高く飛んで躱す。
ちょうど後ろ側に着地した俺は、急いで鎖を操り、卓さんの身体を縛り上げる。
瞬時に反応して逃れようとした卓さんは、俺の霊力で粘っこくなった水に捕らわれ動きが鈍る。
よしっ! 縛った! このまま鬼の力を―――!
「ぐがあああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
弾かれた!?
「う、うわわっ!?」
衝撃にたたらを踏んで下がる。
卓さんがこちらに向かって突進してくる。
やばいっ!? こうなったら切り札の―――!
「少しは腕を上げたようだけど………まだまだね。二人とも」
切り札を取り出そうとした刹那、俺達の間に入った葉子さんが、卓さんの腕を取って軽く投げ飛ばした。地面に背中から叩きつけられた卓さんは、そのまま頭を蹴られて気絶した。
「まったく、木島君は世話が掛るし、遊月君はあんまり成長してないし………、しっかりしなさい?」
お、怒られてしまった………。
落ち込み気味に立ち上がった俺は、葉子さんに促されるまま卓さんを鬼静めの鎖で縛り、鬼の力を抑える手助けをする。
「ちょっ、ちょっと……! 何なのアンタ達!?」
鬼を鎮めてる最中、巫女の一人が俺と卓さんに向けてそんな事を訪ねてくる。
覚えてる。この子は天神(あまがみ)神無(かんな)、鬼神楽のメインヒロインで天神家の長女。その後ろにいるオドオドした女の子は次女の天神うづきだろう。
でも、俺が知ってるのはあくまで原作知識だ。こうして出会うのは、初めてになるのか。
「何アンタ? このチンピラの舎弟?」
とりあえず言わなければならない事はある。
「卓さんはチンピラじゃないし、俺も舎弟じゃありません」
第二話:救いの対価
基本的に、俺って存在はかなりモブだと思う。
卓さん達と天神姉妹が共闘する事になったのに、俺の基本的役目は戦闘ではなくバックアップ。炊事、掃除、洗濯の家事全般である。そして俺にそんな事が出来る都合の良いスキルはない! 見事に苦労させられている………。
夜になって卓さん達が龍脈解放に行ってる間、俺は葉子さんと一緒にイチ様、ナツ様の護衛。
「それにしても……、卓さんもですけど、天神さん―――神無さんも、もう少し協力的にいけないモノですかね?」
ナツ様の遊び相手になって綾取りなどしながらぼやくと、葉子さんが口元を袖で隠しながらくすくすと笑った。
「大丈夫でしょう? お互い実力的に不安があるだけですもの。それが無くなれば協力的にもなるわよ」
「まあ、そうなんでしょうけど………? 昨夜は神無さんの刀、随分ボロイの使ってましたし……」
「あら? 相変わらずそう言うところは気付いてるのね? 洞察力だけならあの三人以上でしょうに?」
そりゃあ、前の世界でテルを守るために周囲に気を配らないといけない人生送ってたからなぁ、多少はそう言うのも身に付いたんだろう?
「でも、神無さんのあの態度、俺の時より卓さんに対して少し強い様に思えるんですよ? それってつまり、俺には無くて卓さんに在るモノに拒絶感を持ってるって事ですよね?」
まあ、これも原作知識からの引用だが………。あたかも自分で知った様に話すと、随分と罪悪感が来るな……、これからは控えよう。
「本当に洞察力ばっかり良くなっちゃって。でも大丈夫でしょう? あの子達は放っておいてもすぐに仲良くなるわ」
葉子さんにそう結論付けられてしまっては俺も返す言葉はない。仕方なく頷いておく事にしよう。
「ん、甘楽の番」
「あ、はいはい、ナツ様。………って!? さっきの俺がやってた『川』から、どうやってストライプパンツを!? これどうやったら続き出来るの!?」
ってか、この技は『生徒会の一存』で登場するエリスちゃんの特殊能力じゃなかったのか!? ナツ様が出来るって事は、もしかして現実に方法が存在するのか!?
唸りながら適当に指を絡めた俺だが、当然上手くいくはずもなく、簡単にばらしてしまった。
「うぅ……っ、戦闘はからっきし、鬼鎮めも未熟、家事もあんまり活躍できそうなスキルがない………。俺、本格的にダメ人間なのでは?」
落ち込み気味に呟く俺に、イチ様とナツ様が不思議そうな顔をして、可笑しそうに笑いを漏らした。
「甘楽、変な事言ってる」
「そうですよ。それだけの力を持っていて、役立たずなんてそんなのありません」
「?」
『それだけの力』? 何の事を言われているのか本気で解らず、怪訝な表情を諸に見せてしまう。そうしていると、イチ様が指を俺の胸に押し付け端的に答えてくれた。
「甘楽が契約しているそれ、契約を維持するだけでも大変。でも、甘楽は契約を成立させてる」
「!」
そうか、二人は俺が契約しているツクヨミの事を言っているのか。
確かに、ツクヨミはこの世界で言えば神様に等しい力を有している。IZUMOの世界でさえ、ボスクラスの実力だったんだ。あるいは、ここ居るイチ様ナツ様より強力な力を秘めていてもおかしくなんかない。
…………。
いや、今の俺が契約できてる時点で、そうでもないのか?
『酷い言い様ね? 私の力が信用できないのかしら?』
「!?」
「? どうかしたの?」
「な、何でもないです葉子さん!」
び、ビックリした……。ツクヨミ、会話できるなら出来るってもっと早くにだな……?
『――――――――』
あ、あれ?
ツクヨミが何か返事をしてくれているらしい事は感じるんだが、返答が言葉として聞き取れない。これはどう言う事だ? もしかして、転生した俺の実力が弱っている事が原因なんだろうか?
解らないが、ツクヨミと頻繁に話す事が出来るようになるのは、もっと先の事になりそうだ。
しかし、卓さんの時は仕方ないと思って切り札として使おうと思ったが、実際、今の俺がツクヨミの力をちゃんと制御出来るんだろうか? 失敗してそのまま言い表せない様な状況に………深く考えると怖い。この話はしばらく忘れておこう。
卓さん達が大蜘蛛との戦いを終えた辺り、俺はとある事に気づいて境内を見回していた。
うん、やっぱり、俺が掃除し終えた時より綺麗すぎる。これはどう言う事だ?
気になって食事の準備中、隙を見て途中で抜け出し見回ってみたのだが………。
「何をしてるんですか? イチ様………」
「あ、甘楽さん! この辺りがまだ汚れてたので、ちょっと………」
ちょっとって、それ俺の仕事なんですが? いや、突っ込んだら俺の仕事量が増えそうだから突っ込まない。
家事が嫌いなわけじゃない。仕事として工場で働いていた時と違って、こう言う家の仕事はそんなに苦痛じゃない。だから結構細かい所までやれるし、それなりに頑張れる。何より、それを頼んで来る人達が、俺と相性がいいのが原因かもしれない。時々茶化してくるが、けっして暴力やキツイ言葉で強制してくるわけじゃない。それが返って、俺には『がんばらないといけない』と言う気を起こさせているようだった。
それでも面倒な事に変わりはなく、自分の時間が欲しいとはちょっと思ってしまう。
要するに怠けてるだけなので、絶対他人には言わないけどね。
「俺としては助かりますし、何よりイチ様の方が上手ですから、こう言う事は云いたくないんですけどね?」
「は、はい」
「神様が掃除とかってどうなんですか?」
「だ、だって、掃除とか、好きなんですよ……!」
慌てた感じで言うのがちょっと可愛い……。守ってあげたくなるタイプってこう言うのを言うのかな? 違うか?
「でも、神社の神様が率先してそう言うことしちゃダメでしょ? 『ここの巫女は働いてないのか?』って思われちゃいますよ?」
「あ、あうぅ……っ」
「なんで……っ、 俺の隣で仕事の監督ついでに手伝ってもらう。って言うのはどうでしょう?」
「へ?」
「や、正直な話、俺全然家事ダメでして? 最近の食事も『男の料理最悪……』って神無さんや葉子さんに文句言われるくらいでして………。これでも卓さん相手にずっと飯作ってたんで、人並みには作れるんですけど、出来るなら誰かに教えてもらいたいなぁ〜〜、なんて?」
俺がそう伝えると、イチ様は大変嬉しそうな表情で頷き、元気よく「はい!」っと返事を返してきた。
そんな訳で、それからしばらく、俺とイチ様の共同家事生活がスタート!
後に、卓さんから「お前達は仲の良い嫁と姑か?」と言われてグッサリ来ました。
うづきちゃんからも「何だか家に嫁いできた甘楽さんが、御義母さんのイチ様に花嫁修業を付けてもらってるみたいです………」などとおっしゃりまして、ちょっと恥ずかしくて悲しかった。
葉子さんに至っては「じゃあ、遊月君の旦那さんはナツ様かしら? 一番お世話してるみたいだし、イッちゃんと一緒にお世話してるみたいだから?」などと言う始末。
何故かナツ様もナツ様で「イチが御母さんで、甘楽がお嫁さん。きっと楽しい」っと、意味が解らない事言いだすんです。
「せめて嫁と婿は逆になりませんか?」
「アンタ、ナツ様より役に立ってる自信ある?」
せめてもの抵抗は、神無さんの一言でトドメとなった。
俺、もしかしてこのまま家事スキルばっかり上達して、原作介入できないんじゃ?
今のところ、二次創作に有り勝ちなイレギュラーもなく、このまま出番など一生来ない様なそんな気がしてきた。
やっぱ俺はモブですわ………。
とある日、ナツ様と葉子さんに頼まれて、あるモノを取り寄せる事になりました。
『拳銃』です。
黒光りする物体が、かなりおっかない輝きを放ち余計重く感じる。おっかなびっくり入手したそれをナツ様に届けたところ、それをうづきちゃんが使うと言うのだから驚いたよ。原作知識があるから予想はしてたけど、実際この目にするうづきちゃんが拳銃を使う姿は、………まったく似合わん!
その後、うづきちゃんの訓練に少し手伝うくらいで、俺の介入は終わった。
ポチと言う、うづきちゃんが飼っていた鎌鼬の話は、その最中に聞いただけ。戦いに介入するなんて事はなかった。
このまま俺が介入する事はやっぱりないな。それはそれで死に目を見なくて済む。そう安心していたある日、メッチャクチャ介入フラグの立つ出来事が起きた。
「神無さんの捜索ですか? 卓さんじゃなくて俺が?」
イチ様と一緒に本殿の掃除をしていたら、葉子さんとナツ様にそんな申し出を受けた。
「そうなのよ。神無ちゃんが掃除サボって消えちゃってね? 遊月君、ちょっと探しに行ってくれないかしら?」
「えっと……なんで俺が? 卓さんじゃなくて?」
「木島君は今買い出し中でね? 遊月君なら万が一怪我しても、それほど困らないでしょ?」
「まるで怪我する事があるみたいですね………。昼間っから妖怪が出るわけでもないのに」
「あら? 既に昼の神社に妖怪が出てるじゃない?」
葉子さんの事ですね。解ります……。
この人相手に口で勝てるとは、はなっから思ってない。早々に諦めて神無さんを探しに行こう。
でもこれ、考えてみれば本来は卓さんが受け持つイベントだよな? 本当に俺で良いのか?
疑問に思いつつ神無さんを探していると、意外とあっさり見つかった。
だって、この人、巫女装束のまんまで町の中歩いてんだもん。メッチャクチャ目立つよ。
「神無さん」
前に回り込んで顔を確認してから声をかける。
後ろから声掛けるの、ちょっと苦手なんだよね。間違えそうで。
「ああーーーっ! アンタなんでここに居んのよ!?」
「葉子さんとナツ様に探してくるように頼まれました」
「よりによって木島の舎弟なんかに見つかるなんて………」
「だから、舎弟じゃありません!」
そりゃあ、チンピラっぽい卓さんの後ろに腰引き気味で付いて回ってれば舎弟っぽいけど、別にそんなんじゃない。
「それより、神無さんこそ、仕事サボって何してるんですか?」
「さ、サボってないわよ!」
「『葉子さんとナツ様に頼まれた』って、さっき言いましたよね? 言ってませんでした?」
「うっ……」
少し不安になってしまったが、やっぱり伝える事はちゃんと伝えていた。これでどっちが悪いのかはっきりした事だろう。
「しょうがないわね! ちょっとアンタ付き合いなさい!」
「え? いや、あの………」
「い・い・か・ら! 来なさい!」
戸惑ってる内に引っ張られ、神無さんに連れていかれてしまう。
連れてこられたのは予想通りの病院。卓さんじゃないからイベントは発生しないかもと、少し油断していた分だけに、ちょっと口の端が持ち上がりそうだ。
う〜〜〜ん……、原作介入するならもう少し力を身につけてからにしたいんだが……。
床島霧。それが病室のベットで寝かされている少女の名前。俺の様な感知能力の低い人間でも解る程、彼女は妖気を漂わせていた。たしか、妖怪百々目鬼に襲われ、自身もそうなってしまうと言う運命の少女だ。
さて、その未来を知る俺には二つの選択肢がある。
一つは何もせず見過ごすと言う事。
もう一つは彼女の妖怪化阻止である。
どちらの行動を取るにしても正当な理由は存在する。
まず一つ目、見過ごすと言うのは、一見薄情に思えるかもしれないが、物語上、神無さんが成長するには欠かせないファクターであり、また、卓さんとの仲を深めるにも重要なイベントであったと言う事も忘れてはいけない。保身を付け加えるなら、仮に助けたとして、それが結果で裏で糸を引いている芳賀に目を付けられた俺が、それに対処できるのか? っと言う疑問にぶつかる。これに関しては明らかにNOだ。俺の戦闘能力はIZUMOの世界で培った物をリセットされていて、受け継いだのは霊力と能力のみ。そして受け継いだ霊力では、鬼化した卓さんとの戦闘で役に立たなかったように、芳賀相手に敵う物ではない。付け加えなら、そもそもどうやって床島霧の妖怪化を防ぐのか? と言う疑問にぶち当たる。彼女は妖怪に犯されている訳ではないので、この世界で使われる『浄化』は意味をなさない。俺には彼女が纏っている妖気を払う力はない。唯一方法があるとすれば原作知識参照の上で、彼女が妖怪化する原因となった今夜出現する百々目鬼を倒す事だが……。やはり、それが俺に出来るのかと言う疑問に、NOと答えざろ終えない。俺はよくある二次小説の主人公とは違い、現状ではチートと言えるだけの能力はないのだから。
さて、長々話したところで、それでももう一つの選択肢にも正当性はある。
これは、鬼神楽の世界を模した現実世界であり、例え芳賀を倒しても終わりではないと言う事。その先にも、俺は生きて行く時間がある。もしかすると時の流れ的に月神楽に突入する可能性だってある。そんな現実で誰かが犠牲になると解っていながら行動しないのは、さて? 正当と言えるのだろうか? 答えは限りなく否。救える命は救うべき。その考えは人間として最低限持たなければならない感情だと、俺は思っている。
長々と話したところで、結局俺は行動として何を選択するべきか? 答えは出ていない。
「神無ちゃんが彼氏さんを連れてくるなんて珍しいね」
「ちょっとやめてよ! こんな奴彼氏なんかじゃないわよ!」
考え込んでいたら話がどんどん進んでいた。一体どうしたらそんな話になったんだ?
まあでも、今まで一人でお見舞いに来ていた友人が急に知らない異性を連れてきたら、そりゃあ彼氏彼女の関係なんじゃないかって疑うよな?
「アンタも何か言いなさいよ!」
自分から喋るの苦手なのに……。
「俺は彼氏じゃありません。俺は」
「へぇ〜〜〜? じゃあ、他に彼氏さんがいるの?」
「卓さん辺りじゃないですかね? 仲良いですし」
霧の発言に原作知識と混同してそんな事を答えてしまう。言った後すぐ、この時点ではまだフラグが成立していないのではないだろうかと思い至る。
今まで治療行為として卓さんが天神姉妹とそう言う行為をしてる所も見た事がないし。
「冗談でしょ!? なんであいつが出てくんのよ!?」
案の定、神無さんの反応は照れとかではなく、本当に嫌そうな表情で反論して来ていた。……いや、なんか俺の時より好印象な態度に見えるんだが、気の所為か? 別に神無さんを意識してるわけじゃないが、それでも軽くショックだったぞ。
「卓さんって?」
「コイツが舎弟してるチンピラの事よ!」
「だから、卓さんはチンピラじゃないし、俺も舎弟じゃありません。………どっちかって言うと、今は神社のパシリに近いと思うんですが?」
「ああ………、そう言えばアンタはウチの嫁だったわね」
「嫁言うの止めてっ!?」
悲鳴を上げる俺に、霧がくすくすと笑いを漏らした。
恥ずかしい気持ちになった俺は、頭の後ろを掻きながら霧に照れ隠しに笑って見せる。
「何デレッとした顔してんのよ? 霧に手を出したら許さないからね?」
「普通に笑っただけでそんな事言われたら、誰にでもムスッとした顔見せる事になりますよ? こんな風に」
俺は敢えて変な顔を「むすっ」と口で言いながらやって見せると、不意打ちだったのか、二人して口元を押さえて噴き出した。
神無さんがお腹を抱えて笑っている姿は、さすがに「おいっ!?」と怒りたい気分だったが、霧が可笑しそうに笑ってるのは悪い気分ではなかった。
………うん、俺には彼女を助ける力はないかもしれないけど、何もしないよりはした方が良いよな?
そう結論付けた俺は、それからしばらく話した後の別れ際、神社で作っていた御札などの御守りで、一番効果があって、ずっと俺が装備している瑪瑙の数珠を「御守り代わり」と言ってプレゼントした。
それに気付いた神無さんが、後から俺に霧の事を話してくれた。
霧が鬼に襲われたから、神無さんは鬼が嫌いなんだそうだ。だから卓さんも嫌悪の対象だったみたい。
「それじゃあ、俺や卓さんと、霧は一緒なんだ?」
「一緒?」
俺の言葉に神無さんが訝しそうに聞き返してくる。
俺は、ここで本来、卓さんが話すべき過去を俺の口から語っておく事にした。そうすれば、卓さんと神無さんの仲も良い方向に傾いてくれるかもと思ったからだけど、話してる途中で卓さんに見つかって、しこたま怒られてしまった。
「人の過去をベラベラ話すな」
そう言う卓さんの眼には、俺の事も気遣ってくれていて、本当に申し訳ない気持ちになった。
「アンタらも、鬼相手に………」
「まあな」
「ええっと………、俺は卓さんほどひどくはなかったですけどね?」
話を聞いた事で神無さんも態度が緩和した。そのおかげか、俺達三人の間に、協力関係としての友好的なものが成立したように思えた。
俺もその中に入れたのだから、これは充分に嬉しい介入だった。
後は、霧がどうなるかだ? 俺の数珠は、一体何処までの効果があるのだろう?
その夜、結果は明らかとなった。
結論から言って、効果は殆どなかったようだ。霧は百々目鬼となって神無さん達の前に現れたそうだ。神無さんは手を出す事が出来なくて、やられて帰ってくる事になった。
芳賀の乱入もあって、卓さん達だけではどうしようもなかったそうだ。
何より神無さんを苦しめたのは、霧の意識が、まだ大部分残っていたらしいと言う事だろう。今ではあまり思い出せないが、原作知識では霧の意識は殆どなかったように思える。俺の数珠の効果が効いていたのか?
『あったんでしょう? だからあの子はまだ人間の意識を保っていられるし、完全に妖怪になりきってもいない』
「うわっ!? ビックリした!?」
イチ様と一緒に雑巾がけをしてる最中、考え込んでいたら突然ツクヨミの声がして、思わず声を上げてしまった。イチ様、ナツ様、葉子さんがこちらを訝しく見ていたので「何でも無いです!」と手を振って応えておく。
ツクヨミ? 俺の声聞こえてる?
『ええ、少し感度が良くなったのかしら? こちらの声は聞こえてるのかしら?』
とりあえず今の所は聞こえてる。
いつまで話せるか解らないから、さっさと本題に入ろう。
『そうね。結論から言って、アナタのあげた数珠はちゃんと効果を発していた。でも、それは人間の意識を留めているだけで、このまま放っておけば、いずれ彼女も妖怪になってしまうわね』
どうすればいい? 何とかして助けられないか?
『今のアナタでは無理よ。アナタにはそれだけの力がない。………それでも望むのなら、一つだけ方法を教えておいてあげる』
何!? 一体何をすればいいの!?
『契の儀式よ』
よしっ! 別の方法を考えよう!
『良いじゃない? 別に女の子抱けるなら万々歳のクセに……』
可笑しそうに言うな!? ……いや、そりゃあ、年の近い女の子と、そう言う事が出来るのはこの上なく嬉しいけど……、俺覚え悪い所為か、ツクヨミと初めてを経験してもまだ自信がないと言うか………。
『大丈夫じゃない? アナタと繋がって解ったんだけど、アナタってかなりマニアックな性癖持ってるし?』
横文字普通に使えるようになってるなおいっ!? ってか、俺ってそんなに言われるほどマニアックですか!?
『ええ?』
うっそ〜〜〜ん!?
これはかなりショックだ………。
『どの道、その方法でも確実とは言えないのだから、心にだけとどめておきなさい。………今のアナタの力では、私一人を許容するのがやっとでしょうけど………。せめて神格を持つ誰かともう一人契約できていれば―――』
ブツリッ………。
頭の中で電源が切れる様な音がした。
ツクヨミの声が言葉として認識できなくなった事で、また声が届かなくなったのだと理解した。
結構ややこしいなこれ………。
でも、聞くべき事は聞けた。あとは試みるだけだ!
恥ずかしいから詳細はカット。結果から先に言う。契約は成功した。
霧は百々目鬼として、俺と契約を果たし、式神として召喚できる様になった。
だた、霧は殆ど妖怪になっているし、妖怪の意思は残った状態にある。その意思を契約によって俺が代替わりする事で霧の意識を留めている状態。
つまり、平たく言うと、かなりイレギュラーな形での契約だったらしい。そもそも、こっちの世界ではIZUMOと微妙に違うらしく、『契の儀式』も術式として異例な物だったらしい。やる事一緒な癖に違いあるとか詐欺だ!
そんなこんなで、俺は今、霧を苦しめた妖怪の意思とやらにかなり苦しめられていた。
頭の中に響く妖怪の声が、脳みその奥を溶かす様に侵食して来て、気を抜いたらそのまま妖怪の意思に流されてしまいそうだ。そうなったとしても、俺は妖怪の力を取り込んでるわけじゃないから、妖怪化する事はなけど………、なんか女の子見ると、異様に犯したくなるんだからマジでヤバイ。って言うか、さっき寝込んでる俺の様子を見に来たうづきちゃんを襲ってしまいました。
内側からツクヨミが言葉として聞き取れない声で騒いで、表に出てきた霧が無理矢理止めてくれなかったら絶対最悪の事態でした。おかげでしばらく神無さんの眼が怖いです………。
そんな訳で、俺の看病は男で力もある卓さんがする事となりました。
仕方のない事とは言え、女の子に看病されたかった………。
「卓さんは………、こんな、辛いのと戦って………勝ったんですか……? 良く保てますね………」
妖怪の声に苦悩している俺の言葉に、卓さんは軽く鼻で笑った。
「俺とて完全に御している訳じゃない。鬼化すれば制御出来ていなかっただろう? それと同じだ。妖怪の意思に逆らう事は出来ても、妖怪の力まで制御してるわけじゃない」
「それでも………、やっぱり……卓さんは、すごいや………、くうっ!?」
「ゆっくり休んでいろ。俺も鬼の血を最初に飲んだ時は、しばらくそんな状態だった」
「は、はい………」
白状しよう……。俺の心は大半屈服していた。ツクヨミと霧が内側から必死に呼びかけてくれていなかったら、俺など既に妖怪に身体を乗っ取られていた。この状態を続けるのは………本当に辛い………。
それでも、霧を助けられたのだから、喜ぶべきなんだよな? 神無さんも喜んでくれたし………。
……………。
……………。
―――なら、その感謝を身体で払ってもらうくらい当然な事―――
『しっかりしないさいっ! また持っていかれてるわよ!』
『甘楽さん! 気を確かにっ!!』
あうっ!? ………これは本格的に、大丈夫なんだろうか?
第三話:別れ
ん〜〜〜………、アレから色々あったんだけどね?
結局俺、八割近く妖怪の意識に乗っ取られてたみたいで、自分の身体の主導権抑えるのでやっとだったんです。これはもう、本格的にヤバいって話になって、葉子さんが俺と―――まあ、そう言った行為をしまして、俺の中に眠っているIZUMO時代の霊力を無理矢理引き出し安定させたんですが、元となる俺があまりにも弱過ぎるもんだから、それだけじゃ足(た)らないってんで、ナツ様とまで契約する事になりました。
ツクヨミ、霧と続いて、まさか夏の神様であるナツ様とまで契約する事になるとは………。嬉しい限りなのですが、その所為で、ちょっとだけナツ様の力、奪ちゃってるんだよね。
このままでは神社の守りが危うい! っと考えまして、俺も修行し始めたんですが……。
はい、時間飛びます!
なんせ、ここから先、俺個人の修行編――しかも特に新技とか会得出来てない――が続くので割愛です!
え〜〜……、実は大変な事になってます。
うづきちゃんが芳賀の策略で妖怪になってしまいました。
卓さんと神無が自分達の偽物と戦わされ足止め……、卓さんが相手に対抗して自発的に鬼化。妖怪としての進行度が桁違いに跳ね上がりました。
卓さん達が足止め中、神社に芳賀が奇襲。ナツ様と葉子さんが負傷。おまけに俺も滅茶苦茶ボロボロにされて殺されなかったのが不思議なくらいです。
神社内で封印していた鬼神が復活しました。
葉子さんが鏡に写され、悪意を持つ九尾誕生。
……………。
うん、知ってる人はもう解ったと思うけど、鬼神楽のルート別エンディング、全部一気にまとめてやってきたよ。現実的に考えれば、どれも実現可能だったのだから一気にやられてもおかしくはないとは思うんですよ。
でもコレまずいだろ!?
さすがに鬼神はイチ様が湖の鏡面を利用した善良な鬼神を呼び出し、なんとか相討ちさせましたが、芳賀はパワーアップしたままです。卓さんはうづきちゃんを助けるためにサトリを探しに出て行き、神無さんは九尾を倒す為に葉子さんとナツ様がとってきた『獅子王』と言う刀を持って出て行きました。
………………。
え? おいっ! まて! 神社の守備メッチャ弱くなってんじゃん!? 芳賀どうすんだよ!? 一番厄介なの残して皆行動し過ぎですよ!?
そんな風に慌てる俺の前に、真剣な顔のイチ様。
「状況が状況なので、かなり苦しい戦いになるんですが………、九尾を放っておく事もできませんし、うづきちゃんも、急がないと完全に妖怪として目覚めてしまいます。少ない戦力を削るのは惜しいですが、現状では仕方もなく………」
「いや、仕方ないのは解ったんですけど………、これからどうするんですか? 神社に残ってるのは負傷したナツ様と葉子さん。鬼神を写し取って霊力切れのイチ様。あとは、元々檄弱の俺くらいのもんですよ? はっきり言って、このメンバーで芳賀の相手とか無理でしょう? ただでさえパワーアップしてる上に、俺自身もダメージ残ってますし………」
「はい、そこで、甘楽さんに芳賀の相手を何としてもしてもらいたいんです」
「いや、だから無理ですって!? 力の差があり過ぎる―――!」
「解ってます。だから、甘楽さんには私の神の力を移して、力の底上げを図ろうと思うんです」
ええっと、つまり……、イチ様から神様の力を分けてもらって、檄弱な俺をパワーアップさせようって魂胆か?
『まあ、そう言う事よ。今のアナタじゃ、どう足掻いても芳賀相手に時間稼ぎも出来ないもの。何とか時間を稼いで、三人が帰ってくるまで耐えるしかないわね』
マジですか………。
「そ、それで………、神の力を移譲する方法なんですが……」
「え? あ、はい。ええっと……、確か血を飲むんでしたっけ?」
卓さんもそうやって妖怪の一部を体内に取り込む事で妖怪化していったし。
「そ、そうなんですが……!? その……、もっと安全な方法が………」
「へ?」
イチ様が顔を赤くして俯いてしまった。
………いや待てそんなバカな。た、確かにゲームではこんな感じの展開があった。イチ様ルートでこんな展開あったよ? でも、俺、正直イチ様とフラグ立てる様な事してたか?
思い返してみる。
イチ様と家事してた。
イチ様が暴走して一人だけで無茶した時、卓さんがイチ様を殴らなかったらしいので、後で俺がこっそり叱った――っと言っても神様相手に恐れ多かったので、軽く頭を小突いただけです。もちろん、葉子さん経由で神無さんにバレて締めあげられました――。
イチ様とナツ様に術の手解き受けてました。
イチ様の身の回りの世話を―――しようとして、イチ様一人で全部済ませられてしまった。
…………。
うん、フラグが立つような事してないよ? そんなピンクな話は一度もなかったよ?
「あ、あの……、甘楽さん……?」
イチ様の濡れた瞳が俺を見上げてくる。可愛いですイチ様!? メッチャ、きゅんっ、ときます!
「ま、まま、待ってくださいイチ様!? なんとなく、なんとなくこの先の展開が読めました!? つまり、平たく言うと、卓さんがやってたって言う『治療行為』をすれば、より安全確実に移譲できると!? そう言う事ですね!?」
「は、はい……」
イチ様真っ赤になって俯いてしまった!? 可愛過ぎる!? 抱きしめてお持ち帰りしたい!!
何考えてる俺アホか!? アホなんだなっ!?
ちなみ余談だが、卓さんと天神姉妹。何度か妖怪に負けて治療行為していたらしい。主な例としては『百々目鬼』とか『サトリ』とか『雪女』とかだ。『天狗』に関してはかなり苦労したらしく、天神姉妹が何度もやられた。おかげで風呂の掃除をしようとした時、うづきちゃんと卓さんがやってる所見ちゃったよ………。それも最後まで………。
ごめん、ムッツリでごめん………。
って、現実逃避してる場合じゃない。
「い、イチ様……、さすがにそれは………、いくらこんな状況とは言え、相手は選んだ方が………?」
しどろもどろに言う所為か、イチ様が首を傾げてしまう。
「いや、だからですね? 好きでもない相手とそう言う行為をするのは如何なものかと思うんですよ? 幸い別の方法があるわけですから、ここはそっちで済ませるのが最良かと?」
正直言って、イチ様とそう言う事が出来ると言うなら是非ともしたい! 俺だって健全な男子だ! ただでエロが出来て、しかも相手がこんな綺麗な女性! おまけに女神! 何処に不足があると言うのか!?
でも、恋愛感情抜きでそう言うのは出来ない。したくない。
いや、ツクヨミや霧を引き合いに出されると困るんだが、イチ様とはそういうの無しでするのは嫌なんだ。するならするで、ちゃんと―――、
「わたし、これでも甘楽さんの事、……好き、ですよ………?」
「――――」
思考停止――――
「…………………………」
「つ、甘楽さん?」
「は………っ!? 本気で意識が半分飛んでた……。なるほど、頭が真っ白になるってこういう感じなのか………」
「何について関心してるんですか? もう……っ」
ちょっと困った様な照れたような顔で呆れるイチ様。
どうしよう? 告白された瞬間からイチ様がこの世で最も美しい存在に見えて仕方ないんだけど?
「で、でも、ちょっと待ってください!? 俺、本気でイチ様に惚れてもらえるような事、一度もしてないんですけど?」
「本当にそう思いますか?」
当然だ。何度思い返しても惚れられる要因が全く見えてこない。御都合主義の二次創作だってもっとマシな魅せ場があるだろう? そう言いたくなるほどに何もしてない。あるとすれば、ゲームの設定でイチ様の好感度を上げる選択でもある、彼女が無茶をした時の諫める行為だが、あれだって卓さんほどちゃんと叱ったわけでもないし、そもそも、恋愛に発展させるほどのイベントを起こした記憶はない!
「………甘楽さんは、私に何もしてくれてないと思ってるかも知れません。恰好良い所一つも見せていないし、役にも立ってない。そう思ってるかも知れません」
「思ってます。そこに努力してる姿とか、好意をもたれる魅力に繋がる行為や思想もないと付け加えても良いくらい」
俺が真面目な顔で付け加えると、何故かイチ様は可笑しそうにくすくすと笑った。
「アナタが思ってるほど、アナタの心はくすんでなんて無いですよ? 私は、甘楽さんの本当の望みが解っちゃったから、だから、好きになれたんです」
「俺の本当の望み?」
首を傾げる俺に、イチ様は瞳を覗き込む様に顔を近づけて来て―――、
「今はまだ、自分でも解らないかもしれません。でも………、きっと、いつか………」
―――瞬間、唇が重なり、俺の胸に溢れる熱い物を感じた。
知っている。俺はこれを知ってる。
そうだ、これはテルの時と同じ、人を愛した時と同じ物………。
俺は、自分でも気付かない内に、イチ様に恋をしていたのか?
もし、そうだとするなら………、俺は大概、高根の花が好きと言う事なのだろう。
「うぅっ!? あ………っ! がっ………!?」
夜も更け始めた深夜、月明かりさえ殆ど入らない暗闇で、俺は身体中を駆け巡る苦しみに耐えていた。
イチ様との行為を終え、身体に移譲した神の力に翻弄されていたんだ。
既に、数えられるだけで四回、精神を破壊された。その度にツクヨミと霧が俺を呼びかけ、目覚めさせてくれたが、それは苦しい現実に帰ってくるだけの結果に繋がった。
「あ………っ! がっ!? あぁ………っ!!」
畳に爪を立てて何度も引っ掻き、口から唾液が零れ落ちる。目は見なくても血走ってるのが解る程熱くて痛い。肉体が先に根を上げないのは、ナツ様と契約を先にしていたおかげだと教えられた。もし、ナツ様との契約をしていなければ、イチ様の力の譲渡なんて、俺が試みる事柄なんかじゃない。アレは元々、鬼になっても自分の意識を取りとめる精神力を持っていた卓さんだから試みれた方法。ベースがただの人間である俺には、到底試みれる物ではない。
おかげで、今の俺は虫の息だ。少しずつ、この身体も精神も、神様の力と言う物に押し潰されようとしているのが解る。
ダメだ………、この身体ももう長くない………。戦う前に負けてしまいそうだ………。
不意に外で悲鳴の様な声がした。それがイチ様の声だと解った瞬間………。不思議と言うか現金と言うか、自分でも信じられないくらい体を軽々と起き上らせて走っていた。
外に出て我が目を疑いかけた。ナツ様と葉子さんが倒れてる傍らで、イチ様が今まさに芳賀に犯されようとしているのだから!
「ふざけんなお前っ!!」
自分でもびっくりするくらい簡単に動いた。突き出した拳が面白い様に芳賀の顔面にヒットした! あまりの会心の一撃。頭に血が上ってなかったら口笛でも吹きたい心境だ。
「………! 君が……!?」
芳賀が俺を見て驚愕の表情を一瞬だけ作る。自分を殴った相手が卓さんでも天神姉妹でもない事に驚いたんだろう。
「卓さん達じゃなくて悪かったな? でもお前としては好都合だろ? 楽しみが増えたんだからさ?」
ヤバイ、頭に血が上りまくってる。身体中、内側から軋みを上げまくってるのに痛みが殆ど感じない。脳内麻薬、アドレナリンの大量分泌が起きてるのがはっきり解る。
「ふふ、ははははっ! はははははははははははははっ!! その通りだよ! まさか木島君の腰巾着でしかなかった君がここまでになるなんてね? でも、その身体は完全じゃないみたい? それどころか失敗作? あんまり長くないみたいじゃ―――ぶぼっ!?」
喋ってる途中で拳をもう一発叩き込んだ。続けて蹴りも放ったがこちらは簡単に躱されてしまった。俺は腰に巻いた鎖を構えながら告げる。
「解ってるなら時間が惜しいんだ。さっさと始めようぜ?」
すまないが戦闘シーンはカットだ。って言うか、俺が憶えてないんだよ。
ただ我武者羅に拳を振るった。鎖を投げた。それは憶えてる。
でも、それ以外の事をまったく憶えていないんだ。気付いたら、俺は膝を付いていた。見上げた先にはボロボロになって笑ってる芳賀がいる。声は聞こえない。でもたぶん笑ってる。俺の隣で涙を流すイチ様が必死に呼びかけてくれているが、もう、何が何だかわからない。
ただ、はっきりしてる事が一つだけある。俺はもう立てない。神様の力と芳賀から受けたダメージで完全に限界に達してしまった。生命力の限界を突破した。解る。俺はもうすぐ死ぬんだ。
今までは、気付いたらもう死んでいるような感じだったけど、こんな風にじわじわと死が近づくのは初めての感覚で………どうしようもないくらい怖かった。
死にたくない!!
そんな想いが体中から溢れ出ているような錯覚の中、何より強く望んだのは、コイツを―――芳賀をこのままにしてはおけないと言う事だ!
コイツを残せば、間違いなくイチ様が酷い目に合う! それだけは! それだけは!!
なのに、身体は動かない。もう完全に限界だ。
芳賀が近づいてくる。
動けない!
イチ様が庇うように前に出る。
芳賀は笑いながらイチ様に掴みかかり押し倒す。
そのまま強引に脱がして、俺の前で『ソレ』を始めようとしやがる。
動けない!
声が聞こえない。声が出ない。
それでもそれだけは譲れなくて、俺は必死に身体を動かそうとするが、まったく応じてくれない。
動けない!
目の前でイチ様が弄られていく姿にどろりとした涙が零れた。
喉を唸らせ、歯を食いしばりながら、必死に止めさせようとする!
動けない!
動けない!
動かない!! どう足掻いても体は動いてくれない!
―――だったら!!
「ぶ―――ぶぐっ!?」
芳賀が吹き飛んだ。ほんの一メートルほどだが、確かに命中した!
俺の残り少ない生命力を削って放った水弾は、確かに芳賀の顔面を貫いた!
喜びも束の間、何事もなかったように芳賀が立ち上がる。
何事かを言いながら笑って手を振り上げる。
その背後、まだ遠いが卓さんと天神姉妹の姿が目に映った。
刹那―――俺の胸を芳賀は易々と貫いた。
「甘楽ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!?」
途端に声が聞こえた。
卓さん、初めて俺の名前呼んでくれた。すっげえ嬉しいです。
「はい、残念。神様の力は貰って行くよ。これで僕も全力で木島君とやれ―――!?」
「芳賀ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
鬼化して突進してくる卓さんの姿と、俺を見降ろしたまま慌てている芳賀の姿が映るが、次第に視界はぼやけて、良く見えなくなっていく。
「こ、コイツ!? 放せ! 放せ死にぞこないが!? くそっ!? 何故だ!? もう殆ど意識もないはずなのに、どうして僕の腕を掴んでいられるんだ!? 放せ!!」
何を言ってるんだこいつは?
良く解らないけど、誰かが芳賀を掴んで足止めしてるのか? なら、絶対に放すなよ。その誰かさん。後少し掴んでいれば―――、
「芳賀ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「ぐ、ぐわあああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!??」
そうだ………、こんな風に………、卓さんが………。
「甘楽! しっかりしろ甘楽!?」
「ちょっと!? 何死にかけてんのよアンタ!? しっかりしなさいよ!?」
「遊月さん! 遊月さん!?」
あれ? 芳賀、何処行った?
………ああ、そこで肉塊になってるのか?
……そっか、卓さん……やったん、だ………。
それなら………、言わなきゃ………、ずっと、この時………言いたかった……事……。
「卓さん………」
「ああ! なんだ? 甘楽!?」
「仇………おめでとうございます。あと、……ありがと、う……ござ………」
「!?」
あれ? あれ? おかしいな? 何も見えない。何も聞こえない。何も解らない?
おれ? どうなっちゃったんだ?
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最終話『二つ目のプロローグ』
「いや、早すぎるだろう? おまえ、本気で何も成果がないな?」
憶えのある空間で、憶えのある声がそう語っている。
でも、それが何なのか、どう言う事なのか、俺には上手く考える事が出来ない。
だから簡潔に結論付けた。ここは『そう言う所』なんだと。
ただ一方的な意見を聞くだけで、特に何かする所じゃない。
「どの転生者も、チート無しだとしても、もっと力を付ける物だし、最後まで生き残る例も多い。そうでなくても原作キャラと良好な関係になれる事が大半。そうでない例を上げたとしても、そいつらはそもそも人間として色々問題のある奴ばかりだ。お前の様に平均的な人格の人間が大したイベントもなく終わるなんて普通はあり得んのだがな………。まったく、出来の悪い子供ほど可愛いとは言うが、お前は中々じれったいな」
批判らしい事を言われてるのか、それともただの愚痴なのか、表情が見えない分、判断材料が足りない。
とりあえず俺は聞くだけの立場だ。適当に聞き流そう。
「これでは埒があかんな。アイツはもっとゆっくり育てたがっているようだが………。少し流れを早めて見るかな? 少なくとも今までの二つの世界でも、受け継ぐ物は受け継いでいる。それならもう少し先を見ても良いだろう」
何やら結論付けたらしい声の主。
次の瞬間、俺の身体は何処かに落ちて行く様な感覚を得た。どうやら転生の時間の様だ。
「お前の前半はつまらない事が解った。なら、その前半部分は短縮するとしよう。さて、お前の物語が動き出すのは、一体どのあたりかな?」
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読者が知っていること前提に書いています。 予備知識のない方すみません! |
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