混沌王は異界の力を求める 12 |
「ほんなら改めて、ここまでの流れと今日の任務のおさらいしとこか」
ホテル・アグスタ警備任務当日、人修羅と六課のメンバーの殆どは、行きのヘリの中ではやてから大まかな説明を受けていた。
「これまで謎やったガジェットドローンの製作者、及びレリックの収集者、そして悪魔出現の原因は、これまでの情報に加え、先日、人修羅さんが敵勢力の悪魔から聞き出した情報で、現状ではこの男」
ヘリの中に一人の男の情報と顔写真の写ったモニタが出現する。
「違法研究で広域指名手配されとる第一級指名手配者、ジェイル・スカリエッティの線でもうほぼ間違い無しや」
モニタを見て人修羅は、ああこれ三日前の奴だなと、感想を抱いた。
「こっちのほうの調査は、基本的にはわたしたちがするけど、皆も一応覚えておいてね」
どうでもいい感想に思考を沈めていた人修羅は、なのはの声に現実に意識を戻した。見ればいつの間にかリインが前に出ている。
「で、今日これから向かう場所はここ、ホテル・アグスタ!」
既に画面にスカリエッティの顔写真は無く、替わりにホテル・アグスタの概要図が写っていた
「骨董美術品オークションの会場警備と人員警護、それが今日のお仕事だね」
なのはが言った説明をリインが引き継いで続ける。
「取引許可の出ているロストロギアがいくつも出品されるので、その反応をレリックと誤認したガジェットや悪魔出てきちゃう可能性が高い!」
そこで、リインは一度息を吸った。
「とのことで! 私たちが警備に呼ばれたです!」
「現場には昨夜からシグナム副隊長と、人修羅さんの仲間、他数名の隊員が張ってくれてる」
「私たちは建物の中の警備にまわるから現場の指示はシグナム副隊長や人修羅さんたちに従ってね」
「はいっ!」
なのはの声に答える新人達のそろった声の後、はやてが人修羅に何かの紙を渡してきた。
「これは?」
「ホテル・アグスタの外部と内部の大体の見取り図や」
と言ってはやては自身の横の画面に手を向け
「人修羅さん、これ使えへんから早急に用意した代用品やけど…堪忍してな?」
「何、構わないさ」
人修羅はそう答え手元の見取り図に視線を落とし、誰にも聞こえぬ小声で呟いた。
「取引許可の出ているロストロギアか…」
「会場内の警備は流石に厳重、と」
「一般的なトラブルには充分対応できるだろうね」
ホテル・アグスタに到着した機動六課はヘリ内ではやての指示通り、新人メンバーは正面玄関で待つシグナムの元へ、隊長陣はホテルの内部にいた。
フェイトと一旦離れたなのはとはやては、ホテル・アグスタ内にあるオークション会場の警備を、三階から見下ろす形で観察していた。彼女達が今纏っているのは機動六課の制服ではなく、それぞれの特徴を抑えたパーティドレスだった。
「ガジェットがここまで入って来るようはなさそうやね」
「そうだね、後は悪魔がどのくらいの数で来るかだけど……」
二人は別行動を取っているフェイトと合流する為に手すりから離れ、喋りながら移動を始めた。
「そっちの方は人修羅さん達が可能な限りは、対応してくれるって言うしな」
「不慮の自体が発生しなければ、外は大丈夫だろうね」
なのはもはやても、それぞれの方を向いていたため、右側の通路のから駆けて来る小さな人影に気が付かなかった。
「後はその――――っと!!?」
「わっ!」
なのはの方を向き話していたはやてはいきなり何かにぶつかられ、なのはに軽く衝突してしまう。はやては一瞬の驚きの後、首を後ろに回す、なのはもはやての肩越しに背の後ろを確認した。
「あっ…ごめんなさい…」
なのは達が目にしたのは紙のように白い肌で金色の髪を背の中程まで伸ばし、深い青のワンピースを着た小さな少女がなのは達を見上げている姿だった。
「あの…お姉ちゃん達、おじさん達知らない?」
「おじさん達?」
なのはが金髪の少女と同じ目の高さまで屈み少女の問いに尋ね返した
「うん、あたしと一緒にここに来てたのにいなくなっちゃったの…」
少女の言葉になのはは立ち上がるとはやてに体を向ける
「迷子やろか、どないする?」
「とりあえず、迷子センターみたいなものが在ればいいんだけど…」
今度ははやてが身を屈め少女に尋ねた
「お譲ちゃんお名前なんていうんや?」
少女は二呼吸ほど置きなのはとはやてを交互に数度見直し言った
「あたし、アリスって言うの」
ホテル・アグスタ近くの森林の中、そこにロングコートを着た男と薄紫の髪を伸ばした少女が離れぬよう手を繋いでホテル・アグスタを見上げていた。
「あそこか…」
二つの人影の内の男が声を出す、その声に反応して少女が男を見上げた。
「お前の探し物はここには無いのだろう? 何か気になるのか?」
男の言葉に少女はただ無表情に男を見上げ頷いた、頷きの後二呼吸ほどおいて少女は右手の人差し指を上に向ける、すると少女の指先にまるで機械のような姿の二枚羽の蟲が止まった。少女はその蟲をしばらく眺めていたが不意に男を見上げ言った。
「ドクターの玩具達が沢山近づいてきてるって、それにアリスもあそこに居るみたい」
(ねえ、スバル)
警備開始から数十分後。何となく手持ち無沙汰になったティアナは、長い付き合いの相棒であるスバルに念話で語りかけた。周囲に念話がばれぬよう、視線は明後日のほうに向ける。
(ん? どしたのティア)
(あんたは機動六課のことをどう思ってる?)
(え? んー……良い所だと思うよ?)
スバルから返ってきた予想外の返答に、思わずティアナは小さく苦笑いをしてしまった。
(そうじゃなくて、六課の戦力状態についてよ)
(え?)
(あんたはたしか、隊長や副隊長たちのことは、結構知ってるわよね?)
(うん……ギン姉とか父さんから聞いた話だけだけど、シグナム副隊長とヴィータ副隊長、シャマル先生とザフィーラ、それにリイン曹長は八神部隊長が個人で保有する特別戦力で、((守護騎士団|ヴォルケンリッター))って呼ばれてることくらいだよ?)
(まぁそうよね。((希少技能|レアスキル))所有者は、基本的に情報の殆どが特秘事項だから、あんたも詳しいことは分からないか……ねぇ、一応聞いておくけど、
あんた、人修羅さんたちの情報とかは知らないわよね?)
(さ、流石にそれは分からない……)
(そりゃそうよね……)
(ティア、何か気になるの?)
(ん、別に)
(そ、じゃまたあとで)
言ってスバルからの念話は切れた。念話が切れた後でも、ティアナは頭の中で思考することを止めない。
(今の六課の戦力は無敵を通り越して異常、さらにそれを乗り越えて狂っているとしか思えない。隊長格全員がオーバーS、副隊長たちもAAランク、他の組員も一人残らず全員が選りすぐりのエリートやエースばかり。あの年でBランクのエリオや竜召喚のできるキャロ、それに才能と努力の塊で出来ているとしか思えないスバル)
そして、と思わずティアナは視界に入ったホテル・アグスタ正面で仁王立ちするトールに注目してしまった。
(はやて部隊長がどんな裏技を使って引き込んだのか知らないけど、敵対戦力だったはずの((悪魔|アンノウン))、人修羅さんの一派。くわしい戦闘能力は分からないけれど、副隊長たちを意図も簡単に倒すことの出来る実力。間違いなく全員が、上に超が幾つも付く一流の武人、大将の人修羅さんに至っては予測すらつかない)
そこまで思考して、ティアナは思わず出る言葉を抑えられなかった。
「やっぱり、凡人はあたしだけか……」
だけど、とティアナは小さく握り拳を作って、自身を鼓舞する。
(関係ない。周りがどれだけ強くても、あたしは止まるわけには行かない…!)
人修羅の作戦開始時の位置はホテル・アグスタの最上階の屋上だった。
「ねえ人修羅」
屋上に座り込み空を見上げる人修羅に肩に座り、何処からか持って来た小麦のパンを抱えるように食べているピクシーが声をかける。
「何でこんな所にいんの? 人修羅が前線に立てば並み大抵の奴は瞬殺でしょ? 何で後方支援なの?」
ピクシーの言葉に人修羅は空を眺めながら応えた。
「今日の俺達の仕事はこのホテルに向かってくるであろう多数の敵からの防衛だ、俺が前線で白兵戦なんてやったら、普通にやるだけでだけでホテルが消し炭になる」
「じゃあ控えめにしたら?」
「壊れはしないだろうが間違いなく余波で揺れる、そして軋む、こう…ギシッと、ホテル自体は無事だろうが、間違いなく中のお偉いさん方から苦情が殺到する、すると六課はとても困った事になるらしい、だからに上からの援護しか無いんださ。まぁ数が四桁に上らなけりゃ、あいつらでも大丈夫だろ」
人修羅はよく知らないが、機動六課はカリムの後ろ盾があるとはいえ時空管理局内、特に地上部隊からはあまり良く思われておらず、常に他の部署や特課から解散させるための口実を狙われている状態にあった、のだが、先日の聖王教会の交渉のお蔭か、それらは鳴りを潜めている。
「ふーん、まぁいいか、四方はそれぞれオーディンとスルトとトールそれとメルキセデクが、セトの援護もあるんだっけ? なら大丈夫かな」
「ああ、それにあの新人達にもいい実戦経験になるだろうしな、俺はあいつらから言わなきゃ何もする気はない」
「ふーん」
そう言うとピクシーはパンを大きくかじった。
「うぇお、おんおにうるお?」
「喰ってから喋れ」
飲み込んだ。
「でもほんとに来るのー? あのガラクタは別として、悪魔には来る理由がないじゃない」
「まぁ悪魔だってもしかしたら来るかもしれないだろ? 悪魔だって反応誤認くらいは……っと」
人修羅がピクシーを肩に乗せたまま立ち上がり軽く左右を見渡す。
「そう言ってる間に来たようだな……ワォ、四桁だ」
「うん、殆どがあのガラクタで、悪魔は下級のと…うん、大きめのが一体いるね」
今はまだ離れているが、かなりの速度で四方八方からホテルを囲うように多数の悪魔やガジェットが集まってきている。
「しかもコレ、『エストマ』使ってるね、数が分かんない」
「ああ、分かりづらいが、なに、全部倒せば関係ない」
しかし人修羅とピクシーは気付いたというのに、下の仲魔たちは一切動こうとしなかった。
「……動かんな、あいつ等まだ気づいてないんじゃないか?」
「うん……多分、いや間違いなく気づいてないね、あの馬鹿たち」
ピクシーの言葉に人修羅は周囲を警備する五体に脳話指示を入れようとした。
(つまりだな、四体で四方を守護するならば四天王、もしくは四凶等が映えると思うのだ)
(いやいや四大天使や四騎士達も中々良いと思いますよ?)
(全ては第一印象だと主は言っていたぞ? ならば四龍が相応しいだろう)
(でも見た目的には、四精霊か四御霊が良いと思うんだけど?)
(やはり四聖だろうあいつ等は元々そのような立場だったのだから)
(お前等何の話してんだよ)
人修羅は敵が来ているというのに、暢気に訳の分からん話をしている五体に思わず突っ込みを入れた。
(おや我が主、((何様|なによう))か?)
人修羅がオーディンの言葉に大きく溜息を付いた。
(その様子だとやっぱり気づいてなかったのか。敵、来てるぞ)
(無礼を承知で言うが我が王、我は何も感じないが?)
(『エストマ』使ってるんだよ、お前等全員上位種族の悪魔だろ気づけよ。特にメルキセデク、そろそろ目視できるぞ、お前)
(えっ………あー本当ですね、確認できました)
(ほらさっさと構えろ、四方八方全部から来るぞ!)
人修羅の声と共に五体は戦闘態勢に入った。
「えっ、如何したんですかメルキセデクさん?」
メルキセデクの丁度横に居た、未だに六課の制服姿のスバルが、戦闘の構えを取ったメルキセデクに問いかけた。
しかしメルキセデクはスバルの方を見向きもせず、いきなり目の前の地面に向かって勢い良く拳を振り下ろした。
『震天大雷』
その瞬間メルキセデクの前方の広範囲の大地が轟音と地響き共に割砕した。
「ひゃっ!!」
予期せぬ音と揺れに思わずその場に尻餅をつくスバル、さらにその後、少しの((間隔|かんかく))を置き、同じような轟音が三度響いたのをスバルは聞いた。
「いったい…?」
呟いたスバルに答えを与えたのは、メルキセデクでは無く頭上から降ってきた物体だった。それはガシャンという音と共にスバルの左側に落下した。再びの予期せぬ音に、スバルは一瞬身を竦ませるが、即座にその場から飛びのき、落下してきた物体を目視した。
そこにあったのは彼女が良く知る物体であり、数週間前にも幾つも粉砕した物体だった。無残なほどに砕け散っていたその物をスバルは良く知っており、思わずその名前を口にした。
「ガジェット!?」
(何で!? シャマル先生からもシャーリーからも発見の連絡は無かったはず……今まで起動せず隠れていた!? そんなはずは無いガジェットは常時稼働する機械の筈だ、じゃあどうして!?)
一瞬で脳内で自問自答をスバルは行った。
「えーと、ですね…」
スバルがその声の方へ向くとメルキセデクが右手首を左右に捻りながら此方に振り向いていた。
「ええ、大変申し訳ないのですが私たちのミスで……ええとつまり」
言葉の途中でメルキセデクが真横に右の拳を放った、拳はまるでそこに当たりに来た様に飛び出してきたガジェットに直撃し、ガジェットを粉砕した。
「つまり、敵襲ですね」
メルキセデクの言葉の直後スバルの横にシャーリーの写る画面が出現し
(緊急です!! ホテル・アグスタ周辺にいきなり多数のガジェットと悪魔の反応! 数は不明更に増えていきます!!)
画面の横にシグナムを写した別の画面が展開した
(何ッ! それはつまり…)
シャーリーが言葉を引き継いだ
(ホテル・アグスタは完全に包囲されていますッ!)
「どうして!? クラールヴィントのセンサーには何の反応も無かったのに! 何でいきなり…!」
人修羅より数段はなれた屋上に居たシャマルは己のデバイスに視線を向け怒鳴るように言った、その声に反応し同じ屋上に居たセトがシャマルへ言った
「現実を否定するより先に貴女はすることがあるでしょ?」
シャマルは視線も合わせず、目の前の戦場を眺める少女を見た。
「どういう……」
「敵悪魔が使用したのは『エストマ』自身達の気配や魔力残滓を完全に断つ呪文です、気付く事が出来るのは術者より高位の者だけ、
今回気付かなかったのは私達の……いえ、私のミスですから、それだけは謝罪します」
でも、とセトは続けた。
「この場での下の方達は所詮「兵」です。状況状況の戦い方は心得ているでしょうけど、戦場を把握し時々に応じた立ち回りは出ないんです、それを指示するのは我が主や貴女のような「指揮官」だからです」
セトは喋りながらも、両手に小規模な竜巻を発生させ、眼下の戦場へ放った。
『マハザン』
「我が主は既に敵の『エストマ』を割り、戦場を作っています、あなたのレーダーでももう敵は確認できるでしょう? でも貴女達は未だに戦いの準備すら出来ていない」
セトはそこで初めてシャマルを見上げるように視線を合わせる。
巨大な黒龍のときと同じ、黄色に光るガラス球のようだが、決して無機質ではない大きな竜眼がシャマルを映した。
「貴女が指示を出さねば、前線は混乱したままです。私たちに全てやらせる気ですか? 貴女の主はこの場には居ないんですよ、貴女がやらなくて誰が指示を出すんです?」
正体こそ大黒龍だが、今は小さな少女の姿のセトの言った言葉は、シャマルの脳を混乱を一気に醒まし、現実に引き戻す。
「前線閣員へ状況は広域防御戦です、ロングアーチ1の総合回線と合わせて私、シャマルが現場指揮を行います!」
戦場が展開する。
(ガジェット・ドローン陸戦一型機影総数、五一一!)
(陸戦三型、七三!)
(悪魔総数小型、三三八、中型九二、大型一!)
(現敵総数、千十五!!)
先ほど通信で聞こえてきた報告にシグナムは眼前のガジェットを切り裂きながら驚愕し焦っていた。
(なんて数だッ!)
剣を振るいながらシグナムはふと自身と近い位置で剣を振るう炎の巨人に目を向けた、スルトが今持っているのは何時もシグナムとの試合で持っているデバイスではなく、刀身に焔を纏う彼の愛剣レーヴァテインだった、スルトが剣を振るうたび炎がガジェットを溶かし悪魔を焼いた、彼の一度の攻撃で二桁近い敵が一瞬で葬られていく、しかしシグナムが最も驚いていたのは戦いながらスルトの浮かべる表情だった。
「笑っている…?」
初めは弱者を切り裂くことに酔っているのかと思ったがそうではなかった。スルトは自身に殺意を向ける敵が居るたび笑い、それらを((斃|たお))すときにさらに笑った
「戦いを楽しんでいるのか…?」
スルトの笑いは決して弱者を甚振る冷徹な笑みではなく、まるで新しい玩具を与えられた子どものような笑顔だった、彼だってこの戦いの圧倒的な数の差は分かっているだろう、しかしスルトの顔には喜びこそあれ憂いは一切無い闘士の顔だった。
(私はあんな武人に勝てるのか...)
否、勝つのだ負ける気で勝負に挑んだことなど一度も無い
「行くぞレヴァンティンッ!カートリッジリロードッ!!」
【Jawohl】
再び戦闘に身を投じるシグナム、その顔に先ほどの驚愕も焦りも一切無くただ騎士としての闘志のみがあった。
激しさを増した戦場を未だに先ほどの森林から動かず眺めていた男と少女の正面に画面が出現する、そこに写っていたのは機動六課が追う男、スカリエッティだった。
(ごきげんよう、騎士「ゼスト」「ルーテシア」)
「御機嫌よう」
「…何の様だ」
無表情に挨拶を返す少女ルーテシアに対しコートの長身ゼストの顔は目に見えて不機嫌になった。
(冷たいねぇ、近くで状況を見ているんだろう? あのホテルにレリックは無さそうだが実験材料として興味深い骨董が一つあるんだ、少し協力してはくれないかね? 君達なら実に造作も無いことのはずなんだが)
「断る、レリックが絡まぬ限り、互いに不可侵を守ると決めたはずだ」
スカリエッティの願いにゼストは即座に拒否を放った、しかしスカリエッティはまるで答えが分かっていたかのように表情一つ変えず視線をルーテシアに写した
(ルーテシアはどうだい? 頼まれてくれないかな)
「いいよ」
ゼストとは打って変わってルーテシアは了承した
(やさしいなぁ、有難う、君のデバイス「アスクレピオス」に私が欲しいもののデータを送ったよ)
「うん、じゃあ御機嫌ようドクター」
(ああ、ごきげんよう、吉報を待っているよ)
ああそれと、とスカリエッティが去り際に付け加える
(強力な反応があのホテルの周辺に幾つかある。気をつけるんだよ)
画面が消失する、画面消失とほぼ同時にルーテシアは羽織っていたコートをゼストに預けた。
「良いのか?」
何が、とは言わずゼストがルーテシアに問う
「うん、ゼストやアギトはドクター嫌うけど、私はドクターのことそんなに嫌いじゃないから」
「そうか…」
ルーテシアが目を閉じ双の腕を広げるすると彼女のグラブ型デバイス、アスクレピオスが展開し、彼女の足元にの魔方陣が出現する
『吾は乞う』
詠唱を開始するルーテシアの両手には小さな((管|くだ))のような物が数本ずつ握られていた。
「えっ!?」
ホテル・アグスタの最終防衛線に立っていたキャロは自身のグラブ型デバイス、ケリュケイオンがいきなり共鳴の光を放ちだしたのを見て驚愕した。
「如何した?」
前方で雷圧による面攻撃を行っていたトールがキャロの異変に気付き振り返る。
「近くで誰かが召喚を使ってる!」
キャロの横にシャマルと前線状況を写した画面が出現した
『クラールヴィントのセンサーにも反応! だけどこの魔力反応って…』
「へぇ、それなりの大きさ召喚が使える奴が来てるみたいだね、あれがラクシャーサの言ってたスカリエッティかな?」
「違う、高い魔力だが人間の女の子、でも召喚術が使えるなら協力者か?」
未だにその場から一歩も動かない人修羅とピクシーは、人の目では視認することも出来ない位置に居るルーテシアを完全にとらえながら言った。
「止める?」
「いや、良いさ下の奴等には少しがんばってもらう、なにコレも訓練だ」
『小さき者、 羽搏く者、言の葉に応え、我が命を果たせ』
詠唱をするルーテシアの背後の地面からから粘着性のある、三本の蟲の卵が地面から生えてきていた。
『召喚、インゼクトツーク』
ルーテシアが双の腕を前方へ振る、その瞬間に三本の蟲の卵が弾け、その内から先ほど彼女の指先に止まった二枚羽の蟲、インゼクトが群れを造り現れる。
『パラサイトツーク』
そして握っていた管からは蜘蛛のような小さな悪魔、妖虫パラサイトが出現した
「ミッション、オブジェクトコントロール。行ってらっしゃい気をつけてね」
言ってルーテシアは指先のインゼクトに軽く口付けをした。
インゼクトとパラサイトの群れがホテル・アグスタへ直進する、そしてその道中に居たまだ破壊されていないガジェットにはインゼクトが、悪魔にはパラサイトがぶつかっていった、しかしインゼクトもパラサイトも体の表面で弾かれること無く、ガジェットや悪魔の内部に入り込み同化、その瞬間ガジェットや悪魔の速度が跳ね上がり、更なる速度を持って直進する。
「急に動きが良くなった…?」
いきなり自分達の攻撃を回避するようになったガジェットと悪魔に疑問の声を漏らすエリオ、先ほどまで容易く撃破出来ていた敵に攻撃がまるで当たらなくなったのだ、特にエリオのようにの突撃槍のような小回りの利かない一撃型の武器を使うものにとっては最悪の状況だった
「くそっ!」
攻撃が一切当たらないことに苛立つエリオは思わず破れかぶれで眼前の、魔獣イヌガミに大振りな攻撃を放つ。無論、エリオの攻撃をイヌガミはその細長い胴をくねらせ避ける、しかもイヌガミはエリオを避けホテル・アグスタに向かおうとはせず、エリオの喉笛を食いちぎるべく大口を開いた。寸前に大振りな攻撃を行ったエリオはストラーダの遠心力で回避行動を取ることが出来ない。
イヌガミの牙の列がエリオの眼前に迫る。
「しまっ…!」
数秒後の自分に訪れるであろ未来を予想したエリオは思わず目を閉じた、そして数秒が過ぎる。しかしどれだけたってもエリオの喉にイヌガミの牙が突き立てられることは無かった。
「……?」
エリオが恐々と言った様子で目を開くと数センチ前でイヌガミが口を大きく開いたまま停止していた。頭を一本の槍にぶち抜かれながら。
「えっ…?」
槍が持ち上がりイヌガミの遺体が空中で空気に混ざり消えた、振り上げられた槍を肩に担ぎ、神槍の持ち主はエリオに声をかけた。
「どうした、もう音を上げたか?」
「オーディン…さん」
オーディンはエリオを見下ろし言った。
「戦場で甘えた行動など見せるな、それらは死に直結する。貴様はただ根気強く戦え、それが出来ないならば、ここから出て行け」
一切の容赦の無いオーディンの言葉、しかしエリオは怯むでもなくオーディンを見上げた。
「根気強く…」
「分かっているならそれをやれ、無様を晒すな」
オーディンはそれだけ言うと敵を求めて戦場へ踊り出た。
「やはり素晴らしい、彼女の能力は」
スカリエッティが眼前の巨大モニターに写る速度と知力を得たガジェットや悪魔を見ながら呟いた
(極小の召喚虫による無機物自動操作と能力上昇、『シュテーレゲネゲン』)
スカリエッティの横に浮かぶモニターに写る女性が声を出す
「それも、彼女の能力のほんの一端に過ぎないのだがね」
召喚した虫たちを送ったルーテシアは両手を顔の前で構えると更なる詠唱を開始した。
『ブンターヴィヒト』
ルーテシアが顔の前に構えた双の腕を左右に移動させ詠唱を続ける。
『オブジェクト十一機、フィーンド九、転送移動、開始』
「遠隔召喚! 来ます!!」
キャロの警告とほぼ同時に、ホテル・アグスタ正面に現れた魔法陣からガジェット一型が十機、三型が一機、そして幽鬼ガキが九体出現した
「雑魚ばかり! 大した数ではない!」
ミョルニルを右手に構えたトールがいきなり敵の中央に降り立ち、ミョルニルを持たない左手を力強く空へ掲げた、するとトールを中心とした雷の波が出現し周囲の敵を一掃する。
『マハジオンガ』
「更に来ます!!」
一瞬にして二十の敵を葬ったトールの前方に再びガジェットと悪魔が出現する。
「はっ! なおも我に挑みかかるか!!」
トールは今度は右手のミョルニルを前方、敵の方向に掲げた
「全力で掛かって来るがいい、それでもこのトール倒すには、至らぬぞ!!」
ホテル・アグスタの地下一階入り口、ここには数時間後のオークションで出品される品々がその晴れ舞台を待っていた。今回のメインであるだけに、警備員の数も上とは比べ物にならない。そんな警備員の誰にも気付かれること無く、一匹のインゼクトが音も無く入り口に止まり、ルーテシアに通信した。
「ドクターの探し物見つけた」
ルーテシアは左手を口元に近づけ、通信する
「ガリュー、ちょっとお願いして良い?」
彼女の願いに答える声は無く変わりに、まるで大きな虫が鳴いたかのような音が響いた。その声に満足したルーテシアは左手をホテル・アグスタへ掲げる。
「邪魔な敵は、インゼクト達が引き付けてくれてる、荷物を確保して」
先ほどより短い虫の声が響く
「うん、行ってらっしゃい」
彼女の送り出しと共に、左手から黒い一筋の影がホテル・アグスタへ飛んでいった。
「いい加減! しつこいな! 何体居るんだ!」
エリオがストラーダを振り回しながら苛立ちの声を上げる。その様子を見ていたオーディンは一度周囲の敵を一掃すると、ふむ、と前置きして言葉をつむいだ。
「確かに、この戦いに飽きてきたのも事実だ、いい加減に我も詰まらなくなってきた、終わらせたくなる」
「終わらせる…って如何するんですか? 今前線に出ている方々は広範囲攻撃があまり得意じゃ無いと聴きましたが?」
「ああ、あるにはある者も居る。だがどうやろうとも必ずあの建物を巻き込んでしまう」
オーディンがホテル・アグスタを槍指しながら言った。
「じゃあ…一体?」
「ゆえに「つまり主に頼んで一掃してもらうという考えなのだろう?」
オーディンの言葉の途中で近くの茂みから声が出た、オーディンとエリオが声のしたほうを素早く振り返ると
「トールか…」
「キャロ!」
茂みをまるで、雑草のように蹴散らしながら歩み寄ってくるトールとその背後にくっつくように歩いてくるキャロの姿があった。
「確かに我々は元々防衛戦向きではない、防衛戦は「ギリメカラ」や「イルルヤンカシュ」にまかせきりだった、何時ボロが出るか分からん」
トールの言葉にオーディンが相打つ
「我が主ならどんな状況下でも最高の結果を出していただけるだろうからな」
そのときトールとオーディンの会話にいきなり声が混ざった
(私もそうして貰いたい)
「えっ!? セトさん!?」
「どっ…どこに!?」
いきなり脳内に響いたセトの声に驚きの声を上げるエリオとキャロ、それを無視してセトは言葉を続ける
(私たちははまだ戦えるが人間たちの疲労が激しい、このままだと一刻の内に誰か堕ちる)
(そうですね、ここに居るスバルさんも初めの頃より、ずっと動きが悪くなってますね、体力不足ですね、何とも)
メルキセデクも会話に加わる
(あれだけ私たちに任せておけと主に言ったというのに、早々に手を借りねばいけないののは少々悔しいですけどね)
「我等が下らぬ雑談などしていたからこうなったのではないか」
(結局最後は主頼みか)
スルトの言葉に皆が苦笑した。
「ならば……」
と、オーディンが深く息を吸い込み、大音の声を上げた。
「我が主よ! 地を這う下賎な輩に! 混沌の光を雨と降らせ賜え!!」
その瞬間、ホテル・アグスタに花が咲いた。
「嘘……」
それを見たティアナは周囲に敵が多量に居るというのに、思わず攻撃の手を止め、その光景に見入ってしまった。
ホテル・アグスタの屋上に橙色の光の花が咲いていた、その花の出す光の所為か、周囲は真昼にも増して明るい。
「……?」
だが、良く見ていると、屋上に咲いていた花は大きく弧を((描|えが))き、満開となった。
「……!」
そのときにティアナはやっと気が付いた、花に見えていた物が、実は魔力による無数の光芒で、今まさに地上に降り注いでいる最中だということに。
『ゼロス・ビート』
地上に降り注いだ光芒は地に触れる瞬間慣性の法則すら無視して、まるで蛇のように地を這うように蠢き、
ガジェットや敵悪魔目掛け、進み噛み砕く、新人フォワード達には破壊すら難しい陸戦三型も光芒が掠るだけで爆砕した。だが敵を穿ち抜けても光芒は止まらず、更なる獲物を求め疾走する。しかし光芒は幾度も敵を打ち抜くたび徐々に力が失われていった、だが光芒が力尽き、その数を零とする前に、敵の数は一桁に突入していた。
「嘘…でしょ?」
周囲の光景に思わずティアナは再び声をもらした。
先ほどまで、自分の周囲には二桁台のガジェットや悪魔が居たはずだ。だというのにそれらは瞬きをする間にあの光芒たちによって残らず食い尽くされていた。それも敵だけを正確に狙い、地面や観葉樹、そしてティアナ自身には擦過傷一つない。
(ティア、見た?)
(……ええ)
突然のスバルからの念話に、一瞬驚いたものの、すぐにティアナは返答した。
(メルキセデクさんが言ってるんだけど、人修羅さんコレでも本気じゃないらしいんだよ。六割前後だって……)
これで本気じゃない…? ティアナはその言葉を信じられなかった。こんな大規模でしかも破壊力の高い技が使える者など、それこそSランクに居るような者たちばかりだ、なのに人修羅という男はそれでも本気では無いらしい。
「冗談……」
その言葉が自分の口から出た物だということに、ティアナは気付くのに数秒を要した。
「あー、シンドイ」
地上から、皆の畏怖を一身に受けている人修羅は、そんな物はまったく感じておらず、相棒にぼやいていた。
「またまた、前はもっと撃てたじゃない。今の位ならあと何発もいけるでしょ?」
「まぁそうなんだけどな、ホテルや木に当てないようにするのが辛い辛い。細かいんだよ、誰だ木なんか植えたの」
「文句言いながらも、木の皮すら傷つけない人修羅がみんな大好きだよ」
「うっせ」
言って人修羅は、倒していた身を持ち上げた。
「だいだい片付いたかな」
眼下の戦場を見下ろしながら、人修羅は言った。だがその言葉に反する声がその直後に響いた。
(敵残数一!、大型悪魔です!!)
人修羅が最新の注意を払って、一切傷つけなかった観葉樹を、躊躇いなくなぎ倒しながら現れたのは、首に南京錠をかけた巨人、邪鬼ヘカトンケイルだった。
「へぇー人修羅の攻撃を受けて立ってるよアイツ、流石にボロボロみたいだけどどうする人修羅? アイツはあの子達に任せちゃう?」
「うー…んどうす――――――!?」
そこで人修羅の言葉が止まった。
「人修羅?」
首を傾げるピクシーに人修羅は何の反応も返せなかった。なぜなら人修羅はそのとき「とてつもなく恐ろしい気配」とでも言うべき物を全身で感じたからだ。人修羅はこの全身の産毛が立つ様な感覚を生み出す理由は一つだけだと知っている。
「魔人か!?」
素早く気配の位置をサーチする人修羅。そしてサーチの結果に人修羅は更に驚愕する。
「ホテルの中だと!?」
さらに悪いことに魔人の近くには中の警備をしているなのは、フェイト、はやて、全員の気配を感じた。
「ピクシー任せた! 中にやばいのが出た!」
「えっ!? ちょっと人修羅!!」
ピクシーの返事も聞かず、人修羅は屋上から地上へ頭から飛び降りた。
「うん分かった、外は何とかなりそうやね、オークション開始まであと一時間三十三分最後まで気を抜かないようにな」
(了解です)
なのは達の前に浮かんでいた画面が応答と共に消失する。
「まさか千を越える数が来るとは思わなかったけど、とりあえず私たちが外に出る事態は避けられたみたいだね」
「そうだね、敵の七割近くを倒してくれた人修羅さんには感謝しなくちゃね」
なのはとフェイトが顔を見合わせて微笑を浮かべる。
「にしても妙やな、アリスちゃんの迷子報告は一切届いてないなんてな」
「そういえばそうだね、もう結構時間が過ぎてるのに誰も来ないなんて」
フェイトと合流した後、なのは達はホテル施設にアリスのことを伝えた、にも関わらずアリスの保護者が一時間ほど経過しても現れないことに疑問を感じていた。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん達」
難しい顔をする三人にアリスが声をかけた
「ん? どうしたの?」
なのはがアリスの高さまで腰を屈める
「お姉ちゃん達は、あたしとお友達になってくれる?」
いきなりのアリスの願いにしかしなのはは一切動じず言った
「うん、当然だよ」
了承、その言葉を聴いたとたんアリスの雰囲気が変化した。年相応の無邪気で微笑ましいものではなく、黒く濁った、まるで人修羅の時折見せるあの雰囲気にそっくりだった。
「あのねー、あたしのお友達は皆死んでるの」
アリスの言った言葉の意味をなのはも、フェイトも、はやても理解できずその場に硬直する、しかしそんな三人の様子を無視したアリスは少女特有の蕩けるような笑みを浮かべる
「だからねお姉ちゃん達も「死んでくれる?」」
その瞬間、なのは達は「とてつもなく恐ろしい気配」と共にの足元が無くなるのを感じた。
ホテル・アグスタの地下倉庫では、一体の異型がいくつもある荷物を積んだトラックの内の一つの荷台を力任せに引き千切っていた。その蟲人のような二足の異型「ガリュー」は荷台を千切り、積荷をあさり、目当てのものを手に取り、主ルーテシアに報告した「任務完了」と、ルーテシアからは「うん」という了解の声、それを聴いた瞬間、ガリューの姿がその場から消えた。
「誰か居るんですか? ここは立ち入り禁止区域ですよ」
一拍おいてかかった警備員のライトと声、しかしそれに答える声は無く、ライトが照らす先も破壊されたトラックしかなかった。
「ガリュー、ミッションクリア、良い子だよ、そのままドクターに―――――ガリュー?」
言葉は最後まで続かなかった突然ガリューの声が途切れ、何かを吸い込むような音がしたからだ。
「ガリュー……?」
ルーテシアの疑問に対し、返されたのはガリューからの応答ではなく、酷く嗄れた老人の声だった。
【我が経文にて往生するがよい。南無……】
老人の声と共にガリューの気配がミッドチルダから消滅した。
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第12話 ホテル・アグスタ 前編 | ||
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