双子物語-43話-夏休み編5-母の過去・後編
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【菜々子】

 

 私に変化が訪れたのはあの男と戯れて帰ってきたときに親父に言われた。

 

「菜々子。今日は何か楽しそうな顔をしてるな。何か良い事あったか?」

「は?」

 

 普段何も言わない親父が今日に限ってホッとしたような表情で私にそう

声をかけてきたのだ。私にはそんな自覚はなかった。

 

「そんなわけあるかよ」

 

 あるわけがない、そう思い込んでいたのだ。

だから親父の的の外れた言葉にイラついて部屋に戻っていた。

 

 階段を昇って部屋の中へと入り、ふうっと息を吐き出してベッドの上に身を投げ出して

目を瞑ると浮かぶのはあの男のことばかりだった。

 

「あぁぁぁ! イライラする!」

 

 私は生きてるこの世の中が大嫌いだ。大好きな人が私を置いて死んでしまったから。

病院の白いベッドでどんどん痩せていって、苦しくても私には微笑んでくれる表情が

まだ脳に焼き付いているのだ。

 

 まるで自分で自分に呪いをかけたように、私の精神を蝕んでいく。

だがそれは私の望んだことで、ここから抜け出そうなんて思いもしなかった。

 

 私は世界の全てに背を向けていた。

 

 死に急ぐあまり、妙なゲームなんか始めてしまったけれど、何一つ私を満たさない。

誰も私を殺してはくれなかったから、私はこうして生き延びている。

 

 仰向けになって灯りがある方向へ手を伸ばして広げる。

 

 指の間から零れ落ちる光がまぶしく焼きつきそうであった。

 

「・・・」

 

 何も考えずに私は暫くそうしていている内にいつの間にか眠っていた。

 

***

 

『・・・!』

 

 言葉にならない悲鳴を上げて小さい頃の私は泣いていた。

まるで自分が死んでしまうんじゃないかってくらいの感情を込めて。

 しかし、それは私に対してではなく。私の目の前で今にも息絶えそうにいる

母親の姿に向けての感情だった。

 

 私と母はいつも一緒にいて、他の親子よりも仲が良いと言われていた。

私も自分以上に母を愛していた、まさか母が私の前からいなくなるなんて思いも

よらなかったから。

 

「菜々子・・・」

「・・・」

 

 母を失ってからというもの、私は抜け殻のようになって毎日を過ごしていた。

ずっとこのままなのだと思っていたけど。

 

 時間って無情なものね。

 

 あんなに悲しかったのに。

 

 あんなに辛かったのに。

 

 少しずつ少しずつ・・・。感覚が薄くなっていくの・・・。

 

 私は死ぬまであのままで居たかったのに。

 

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「やぁ、お嬢さん」

「またあんたなの?」

 

 前に私を連れまわした男は私がどれだけ睨もうとも怒鳴ろうとも、平気そうに

微笑んでいて、私の許可無しに喫茶店の向かいの席に座って注文をしていた。

 

「ほんと物好きね。私じゃなくてその辺にいる女捕まえてた方があんたの思い通りに

なるんじゃないの?」

「ん? まぁ、他の子に目移りすればそうしていたけど」

 

「君以外に興味が湧かなくてね」

 

 しれっと、恥ずかしい台詞を吐くやつだなって思った。

どんなに私に好意を持っても、絶対に振り向くことはないというのに。

 

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 何度も何度も彼は私に会いに来る。

 

 あまりにしつこいから若い衆に追い払われながらも、

殺されそうな目に遭いながらも。彼は私に会いに来ていた。

 

「あんまりしつこいと、そのうち本当に殺されるぞ」

 

 心配ではないが、自分のこと以外での血生臭いことは面倒だから忠告しているのだが。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 そう言いながらも軽い怪我をしながら、笑っている。何が大丈夫なんだか・・・。

呆れたが、それと同時に私はホッとしていた。

 

「・・・?」

 

 この浮かんできた感覚は何というのだろう。私は目の前にいるコイツと

いることで何かが自分の中で変わろうとしていたことに気づいた。

 

 コイツとは一緒にいてはいけない。そう思って避けていたのに・・・。

 

「やぁ」

「さすがにここまで遭遇すると、偶然じゃなくて立派なストーカーよね」

 

「今まで偶然だと思っていたんだ?」

 

 私の言葉に彼は笑いながら私に近づいてきたから、距離が縮まる前に私は逃げ出した。

近くにいると、どこか気持ちが安らぐような気がして。

 

 私が私ではなくなりそうで、怖くなった。だが、この男は私の腕を掴んで放さない。

今まで非力だった癖に、何でこういう時に限ってこんなに力が強いんだ。

 

 引き離そうとしても、放れる気配が感じられない。ヤツの握る力は強くなり、

まるで締め付けられるようで痛かった。

 

「この変態・・・!」

「それでいいよ。しかし、ここで君を放したらもう会えない気がしたからね」

 

「!?」

「今の君は何をしでかすかわからない。非常に不安定な顔をしているよ」

 

「だ、黙れ・・・!黙れ・・・!!」

 

 歯を食いしばって目蓋で視界を閉ざす。もう、何も見たくない。聞きたくない。

生きていたくない。母親の傍にいたいだけなのに・・・。

 

「あぁ、黙るさ!」

 

 初めて聞いたような、穏やかなこの男から初めて怒鳴るような声を聞いた瞬間。

私の体を何か大きいもので優しく包み込むような暖かい感触を覚える。

 

 そうだ、私は男に思い切り引き寄せられて抱きしめられていたのだ。

何かを言いたくても、これだけ密着していたら大きい声も上げられない。

恥ずかしいとかではなく、口が胴体に密着しているせいだ。

それだけ、強く抱きしめられているのだ。

 

「・・・!」

「俺は・・・お前と楽しいことしたいだけなんだよ」

 

 何だか私はそれを聞いてから、ドッと力が抜けて一気に疲れが押し寄せてきた。

今まで張り詰めていた緊張の糸が途切れたせいだろうか。

 

 私は何かに呑み込まれるような感覚から意識が一瞬にして飛んでいた。

 

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 暗闇の中、私は何も考えられずにボーッとしていたら、何か懐かしい気配を

感じて私はそちらに向かって歩き出した。

 

 何か大切なことを考えていたような気がしたけど。

この空間にいる間は何も考えられない状況であった。

 

 歩けども歩けども、気配がする方にはたどり着く気がしなかった。

やがて、私は足を止めて途方に暮れていると。

 

ゴオオオオオオオオォォ

 

 耳元にその場に相応しくない音が聞こえてくる。

何だろう、これは車・・・?

 

 反対の方から聞こえてきて振り返った先はやはり暗闇であったが。

何者かに背中を押されて一歩を踏み出した直後。

 

 大切だったような気がする気配はいつの間にか消えていた。

その時、私は直感が導くまま。音がする方へと歩いていった。

 

 決して振り返らず。

 

 目から何かが溢れているような気がしたけど。

 

 私は感じるまま進んだ先には・・・。

 

「あっ・・・」

「おっ、目覚めた? 急に気を失うからびっくりしたよ」

 

 といいつつ、私が目を覚ました喜びの方が強いのか。男はニヤニヤしながら視線を

私から外して、別の方向を見やる。

 

 まるで、見てみろと言わんばかりに。

 

「何よ」

 

 渋々、私は上半身を起こして男が見る方向へと視線を向けると、そこには今まで

私が見たこともないような景色が広がっていた。

 

 高台から覗く海、そこから覗く日の出。そこから眩しい光が私の目に差しこんだ。

 

 幾度もこういう機会はあったのだろうが、私の記憶の中には残っていなかった。

眩しく見える景色に私は言葉を失っていると、隣でニヤニヤしているあいつ。

 

「たまにはこういうのもいいもんだろ」

「何がしたいのよ。善人ぶった説教でもしたいわけ?」

 

 生きるべきだと連呼する連中の言葉を鵜呑みにして、苦痛の中で生きなければ

いけないのか。ああいう連中の心のない言葉がとてもつまらなく感じていた。

 

「別に。ただ、俺は君に良いものを見せてあげたいし、それを見てるのが

楽しいから止められないだけだ。俺は俺のために行動をしてるに過ぎない」

 

 かなり自分勝手なことを言ってくれるが、こいつの言う言葉はどこか温かみを

感じる。

 

 それにこれだけされて嫌なら警察にでも届けてやるものだけど、不思議とそういった

ことをする気にはならなかった。こいつに何かを感じるものがあるのかもしれない。

 

「勝手だな。まぁいいや。本気で嫌になったら殺しにかかるからな、覚悟しろよ」

「わかった」

 

 そこまで言っても表情一つ変わらないんだ、変に肝が据わってるやつだと思った。

 

「仕方の無いやつだ」

「よく言われるよ」

 

「ただ、一つだけ重要なことがある」

「何だい?」

 

「お互い名前知らないよな」

「そういえばそうだったな」

 

 天を仰いで顔に手を当てる男。これまでは名前なんて聞く必要がなかったが、

ここまで来ると逆に知らないと不便なことも出てくるもんだ。

 

 いちいちお嬢さんとか言われるのも嫌だったからな。

この心境の変化は自分じゃ気づかなかったが、後々になって考えると

これは大きな一歩だと思えた。

 

 車で帰る途中にふと窓を開けて風に当たりたい、そういう気分だった。

 

「俺は澤田静雄だ。以後よろしく」

「私は菜々子よ、物好きさん」

 

 私が言うと彼は笑って「それもいいかもな」って呟いた後、車を走らせて

去っていった。

 

 今まで母親のことしか頭になかったけど、一つのものが心の中に入った瞬間。

視界が広がっているのに気づいた。

 

 まだ私は生きることに希望を、楽しみを持ったわけじゃないけど。

今すぐ死にたいという気持ちは自然に抑えられていた。

 

「こんな気分の時が来るなんてね・・・」

 

 別に嬉しいわけでもないけど、誰に言ってるわけでもないけど。

まるで関心した時のような気持ちで暗くなって月を覗かせていた空を見た。

 

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「まぁ、それから色々あってね。もし聞きたかったら今度機会があったら言うけど」

 

 別の日に聞き逃したと、彩菜が私の部屋を訪れていた。珍しいこともあるからって

ちょっと感情を込めて大袈裟に話していたが、感情とかの部分はそのまんまである。

 

「へぇ、母さんがそんなネガティブ少女だったとはね」

「で、心境の変化はどの辺?」

 

 おそらく、娘は簡単に説明できそうな部分だけど求めて質問したのだろう。

普通に両親の出会いの話に興味のある子供はいないだろうし、手っ取り早い所を

淡々と説明をした。

 

「あなた達が生まれた直後よ」

「え・・・?」

 

「一番、生のことを実感して、更に大切に想えることがわかったのもそこね」

「私達の存在ってそこまで大きかったんだ」

 

 驚く娘の顔を見て私は苦笑した。

 

「当たり前でしょう」

 

 子供はそのことを実感できない。そして、同じ立場になった時に理解できるように

なるのだ。そういうものなのだろう。

 

 親の心、子知らず。子供の内はそれでいいと思えた。

 

 彩菜が部屋を出て、戻っていくのを足音で確認をした後に伸びをした。

 

「ん〜、長時間座って話すのは疲れるな」

 

 私は動いていた方が性に合うのかもしれない。娘達の高校生活も真ん中までいった。

そろそろ私も考える時期が出てきたのだろう、先日のお父さんの言葉が頭から離れない。

当人は酔っ払ってる勢いで、覚えてもいないだろうが。あれは本心だということも

今の私にはわかってるし、組を大事にしたい気持ちもわかっていた。

 

「よし、一肌脱ぎますか」

 

 娘たちが自立できるようになったら、私は私で別の目標に向かって走ることにした。

それがどんな結果になろうとも、私は悔いを残さないだろう。

 

 娘も組も、どれも私にとっては守らなければいけない大事なものだからだ。

 

「ふー」

 

 一息ついて、途中だった日記みたいなのをノートに記してお風呂に入ることにした。

ノートを閉じて私は部屋を後にして、疲れを取りにいくのだった。

 

説明
双子が生まれるまでの話が続きます。この話で過去は一段落、またいつもと同じような内容になると思います。どこかでは書きたかったので、ここで消化するのがちょうどいいのかもしれないですね。
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双子物語 過去 山口菜々子 澤田静雄 NL 

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