ほむら「捨てゲーするわ」第三話
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…そして私は今、後悔の最中だった。

『ねえねえ暁美さん』

 午後の授業、見飽きた数式。

 あまりにもだるいからこのまま寝よう、と思って机に突っ伏そうとした時だった。

『…何? 今は授業中なんだけど』

 まともに受ける気も無いんだけど、さっさと会話を終えたかった私はそれをダシに会話を打ち切ろうとした。

『いいじゃない、ちょっとくらい』

(何この人…)

 普段なら逆に授業中にテレパシーを使ったら『今は授業を受けなさい(ティロッ』みたいに注意する側なのに。

 それが今では、後輩の授業を妨害するようになっている。

『暁美さん、今日は暇?』

 しかも、どう聞いても緊急時のような話題じゃない。

 これは明らかなフラグだ。

『私の家に来てくれない? 今日のお礼もしたいし、一緒にお茶して、それから…お話も一杯したいなぁ』

 うわぁ、やっぱり…とは口には出さなかった。

 巴マミは、どうやら…私に懐いたというか、心を開いたらしい。

 今まで心を許していた白豚に寄りかかれないと判断したのか、わずか数刻前まで毛嫌いしていた私相手に、物凄くすり寄ってきている。

…私のせいかしら、これ。いや、そうなのだろうけど。

『…残念だけど、私は忙しいの』

 とはいえ、巴マミに関してはこれで、私の中では終わった事になった。

 少なくともこれで魔法少女の勧誘なんてしないだろうし、死ぬのを諦めたのなら、町の魔女退治も適当にやらせておけばいい。

 そう、今から私と巴マミの接点は無くなる。無くなったのだ。

『そ、そんな…もしかして魔女退治? それなら私も是非一緒に』

 しかし、現実は上手くいかなかった。

 昼休憩、泣き止んだ巴マミはやけに私に熱っぽい視線を向けてきて、チャイムが鳴って遅刻ギリギリになるまで、私の側を離れようとはしなかった。

 それを見ていたまどかは「ほむらちゃんモテモテだね! ウェヒヒ♪」と何だか楽しそうに笑っていた。

 そこはやきもちを妬いて欲しかったのに…ああ、上手くいかないまどかも可愛いけど。

 美樹さやかはひげ薬使うのがもったいなかったので、保健室に投げておいた。今頃夢の中かしら?…心底どうでも良かった。

『…残念だけど、私は戦いには関与はしないわ。私はもう戦わないの』

『…どうして? 確かにグリーフシードはたくさん持ってたけど…』

(というかいつまで会話続けるのよ…授業の事、頭に無いわね)

 私の予想だと、巴マミはただ単に会話を長く続けようとしている。やけに歯切れが悪かったり、引き下がらなかったり…ああ、寝たい。まどかとのテレパシーなら二十四時間サポートするのに。

『…とにかく疲れているのよ。それにここはあなたの縄張りでしょう? 私に荒らされるのはいい気分じゃないでしょうに』

『? 暁美さんは私の仲間で友達でしょう? 縄張りなんて全く気にしないわ』

(え、ちょ)

 今何て言ったの、この人。

 仲間で友達って…そりゃ確かに泣き止むまで無理やりつき合わされたけど、そんな意図は全く無い。

『あのね、私には昔仲間が居たんだけど…でも酷い別れ方しちゃって。それで、暁美さんが来てくれて、とても幸せなの…』

(うわぁ、声に変な熱がこもってる…寒気がするわ…)

 巴マミからの念話には明らかに普通じゃない。テレパシーとはいえお互いの姿は見えていないはずなのに…全身を舐め回す如く見られているように感じるのは、気のせいかしら。いや、気のせいであってほしい。

『…とにかく、私は戦わないから。遠慮なく今まで通り、一人で正義の魔法少女をしてちょうだい』

『そんな事言わないで…そ、それならせめて、見てくれているだけでも』

(解せない…解せないわ、この状況)

 建前で持っているシャープペンシルがみしっ、と音を立てる。

 何でこの人、こんなに聞き分けが悪くなったのかしら…私が引き下がろうとしなかったら『飲み込みが悪いのね?(ティローン』みたいにバカにしてたのに。

 今の巴マミは飲み込みが悪いとかKYとかそんな次元じゃない。

 周りを見ていない。むしろ私以外を見ていない。

 うぬぼれとか、思い込みとかそんなチャチなものじゃ断じてない。

 もっと恐ろしい物の片鱗を味わっている。

『私が見ていて何が変わるのよ…』

『か、変わるもん…私が張り切ったりとか、頑張ったりとか…えへへ、大切な仲間に格好悪いところ、見せられないものね』

(う、うぜぇー!)

 何テレパシーで照れた素振りみせてるの、この人は。

 というか、この人授業はちゃんと受けているのかしら?

 受けているとしたら、今どんな顔で過ごしているのか…にやにや笑いながらテレパシーを送っている姿とか、クラスメイトの良い噂の種でしょうに…。

『…悪いんだけど、本当に戦いの場にはいけないの。今の私にその意思が無いから』

『暁美さん…ぐすっ…』

 挙句の果てにぐずつくとか、もうどんだけなのこの人…。

 私が初めて助けてもらった時の巴先輩は跡形もない。今そこに居るのは、寂しがり屋の中学三年生で魔法少女の犠牲者とも言える女の子だ。

『…私には関係ないわ』

 そうだ、関係ない。むしろ死ななかっただけでも感謝してもらいたい。

 

『でもほむらちゃんって、本当に優しいんだね。私見直しちゃったよー、ティヒッ!』

 

…だけど、マミが死なないと分かった直後の…まどかの笑顔。

 あの笑顔のせいで、私は結局泣き付いてくる巴マミを突き放せなかった。

 今回も、同じだろう。

『…私は無理だけど、一緒に戦ってくれる仲間を斡旋してもいいわ』

『え?』

 まあ、これくらいはしてもいいでしょう。面倒くさいのは変わらないけど。

『あ、一応言っとくけど、ちゃんと来るかどうかは保証はしかねるわ。ただ、それとなくその子に相談くらいはしておく。それで我慢なさい』

 ああ、まどか以外さっさとあしらってのんびりとしたいのに…魔女退治しないだけで、やる事が増えている。頭が痛い。

 まあ、それでも気を張っていない分マシなのかしら…。

『私、暁美さんがいいなぁー…』

(なんなの、なんなのよあなたは!)

 そんな私の心中をいざ知らず、巴マミは最後まで私に寄りかかろうとする。まどかなら全力で受け止めて支えるけど、この人は乳脂肪分せいで重くて支えきれない。

『…そうねぇ、あとは友達を辞めるくらいしか方法は』

『暁美さん、この街は私に任せて! 私がこの街の魔法少女だもの、あなたに苦労をさせるわけにはいかないわ!』

『あら、それは助かるわね』

 結局最後はちょっとだけ脅し…もとい、手札を使っての交渉で終わらせた。

…正直、友達をやめる方が楽そうなんだけど…まあ、しばらくつかえそうね、この切り札は。

『…うぅ、でも寂しいなぁ。暁美さんの側に居たいなぁ…』

 この往生際の悪さを生きる事に費やして欲しかったわ…そう思うくらい諦めが悪い。

 さすがの私も根負けしそうな勢いよ…。

『ねえ、せめて何かお礼だけはしたいの…お願いだから…』

 お礼って言っても、この人の場合は側に居る為の口実が明け透けに見えていてどうしようも無い…いや。

『…それなら、放課後にちょっとやってほしい事があるんだけど』

 そうだ、今日の放課後は用事がある。

 ただ、その用事を一人で行うには少し面倒だ。

『何々!? 何でも言って! お姉さん、張り切っちゃうわよ!』

(お姉さんなんてもう誰も思わないわよ…)

 正直この人がお姉さんなんて、この時間軸だと年齢くらいしかもう無いでしょうね。

 それは良いとして、予想通り…いや、それ以上に食い付いてきてくれた。

 どうせ私の側に居たいだけでしょうけど…まあ、物理的にさして遠くもないし、うってつけの役目があるのだ。

『それじゃあ…』

 プランの説明を終えたくらいにちょうど終了のチャイムが鳴り、私は体よくお願いだけを伝える事が出来た。

 授業はもちろん何も聞いていなかった。

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「というわけでやってまいりました、全人類の女神まどかちゃんと行く『美樹さやかでも分かる見滝原案内』のお時間です」

「誰と話してるのほむらちゃん…そしてさやかちゃんの扱いがあんまりだよ…」

 やけにハイになった私と違ってローテンションで照れ隠しをするまどかと一緒に、転校してきたばかり私は町案内を兼ねてデートをしていた。

「で、で、デートって…私たち、女の子同士だし…それにほむらちゃんが無理やり…いや、いいけど…」

 私の考える事に逐一ツッコミを入れてくれるのはまどかだけね。阿吽の呼吸ってやつかしら。

「ほむらちゃん、本音が途中からわりとダダ漏れしてるよ…」

 ああ、まどかと一緒に居ると本当に楽しい。巴マミとテレパシーで話していた時はあまりの噛み合わなさにイライラしてたけど、まどかと話しているとテンポの良さ、それにまどかわいいおかげで私の心は潤う一方だ。

「えっと、一応主要な場所は案内したかな。ここはショッピングモールで、私とさやかちゃんたちが良く一緒に遊びに来るところだよ」

「美樹さやかとデートですって…! まどか、今回は私の番よね!?」

「ほむらちゃん、私の町案内ほとんど聞いてないよね!? 観光名所とか教えてあげても「へえ」とか「そんな事よりまどか可愛い」とか…あ、あと「まどっちまどまど」とか…わけがわからないよ!?」

「ごめんなさい、観光名所よりも案内してくれているまどかに目がいってしまって…ああ、大丈夫。ちゃんと迷わないように携帯電話に高性能な地図入ってるから」

「私、今日は何のために呼ばれたのかな!?」

「homPhone(ドヤァ」

「ほむらちゃん、最新機種自慢したいのは分かるけど質問に答えて!…そして何だかその携帯色々と間違ってるよ!?」

 ぜぇぜぇと息を切らしながらもツッコんでくれるまどかに快感を覚えつつ、私はショッピングモールから少し出た通り…ちょっとおしゃれなプロムナードが綺麗な公園のベンチに座る事にした。

 何だかんだ言いながらも私に付き合ってくれるまどかは大きなため息を一つ吐き、隣に座ってくれた。

「はぁ、もう…あ、ほむらちゃんは知ってるかもしれないけど、あそこのクレープ屋さんは美味しいよ。オススメは」

「まどかはトリプルイチゴホイップよね? 二人分買ってくるわ」

 立ち上がってクレープの屋台に向かう私に「何で知ってるの…」とはツッコんでこなかった。慣れってちょっと寂しい。

『マジで溶けちゃうクレープ!』という看板が印象的な屋台から購入してきて、一つをまどかに渡す。街を案内してくれたお礼…としては少ないかもだけど、本当に好きなのかまどかは目を輝かせた。

「あ、ありがとう!…でも、もらっちゃっていいの?」

「構わないわ。まどかには転校初日からお世話になりっぱなしだしね」

「ほむらちゃん…うん、ありがたくいただくね。美味しいけどちょっと高いから、お小遣いに余裕が無い時は我慢しなくちゃいけなくて…」

「言ってくれればいいのに…あ、もちろん私と一緒に居る時は遠慮しなくていいからね? 代わりにほむほむさせてもらえればもう本当にそれで…」

「だ、ダメだよそんなの! ほむらちゃんだってあんまり使い過ぎてるとお父さんとお母さんに怒られるでしょ?(それにほむほむってなんだろう…怖いようなそうでもないような)」

「私、一人暮らしだから…その辺は大丈夫よ。家に帰ってもお小言は言われる事は無いわね」

「そうなの? ほむらちゃん、その年で一人暮らしってすごいなぁ…私はパパとママが居ないと暮らせる自信ないかも」

「大した事は無いわよ? あの巴マミだって一人暮らしだし」

「う…マミさんもそうなんだ。でも、ほむらちゃんが殴り出した時は思わず「えっ」って思っちゃったけど、マミさんが思いとどまったみたいで安心しちゃった。ほむらちゃんの言う通りだったね」

「まどかとの約束は守る為にあるのよ? 私はずっと…」

 と、その時だった。

 ターン バスッ ギュップイ!

 恐らく魔法で消音しているのだろうけど、魔力で聴力を強化している私には分かる音が聞こえる。

 巴マミが上手い事やってくれている証拠だ。

「? ずっと、何?」

「うふふ、何でも無いわ」

 クレープのクリームを口の端に付けたまま私の顔を見つめてくるまどかの子供っぽさ、そしてそんなまどかを狙う白豚が裁かれる事に、こぼれる笑みを抑えられなかった。

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「…いいなぁ、暁美さん…私もクレープ食べたい…」

 公園の茂み、二人を何とか視認できる程度に離れている場所に身を潜めながら、マミはぼやいていた。

「それで、暁美さんがクリームを口に付けたままにしてたりしたら私が取ってあげて…そうしたら暁美さんが顔を真っ赤にして…うふふふふ、いいわぁ…」

 公園の茂みに身を潜めているからいいものの、見つかったら恐らく通報されてもおかしくない様子のマミは妄想を止められない。というか、妄想しないとやってられない。

 魔法少女姿で、いつものマスケット銃は少しだけ様子が違う。昨日のほむらが構えていたような、狙撃銃を模したレンズが取り付けられていた。

「はぁ…確かに距離的にはそれなりに側に居られるんだろうけど…これって逆に苦痛よね。暁美さんが目の前に居るのになにも出来ない…そして鹿目さん?といちゃついてる姿を見せられるなんて…ぐすん」

 とはいえ、ほむらに頼まれた事だ。今のマミに拒否権は無い。

 

『今日の放課後、私はまどかに町案内をしてもらうの。そして白豚が絶対邪魔しに来るから、それの処理をよろしく。方法は問わないわ』

 

「ぐすっ、ぐす…酷いわ暁美さん…私だって町案内できるのに…でも約束を守らないといけないし…それに、暁美さんに嫌われたらその場で魔女化しそうだわ。今は我慢よ巴マミ…あ」

 その時、ベンチに座ったほむらたちに近付く白いシルエット…キュゥべえが彼女たちのおよそ五十メートルくらいにまで近付いていた。

「あなたに恨みは…あるから、もう躊躇はしないわ。こうなったら白豚ハンティングで鬱憤を晴らすまでよ!」

 しっかりとレンズの向こうの照準を合わせ、引き金を引く。マミのマスケット銃は実際のところ、ある程度の距離な魔法でエイムが自動的に対象に合わせられる。今回は遠いから射程外…なのだが、その為の魔法の望遠レンズで射程を強引に伸ばす。

 要は、レンズ越しに狙えば必ず当たる。

 ターン バスッ アワビュ!

「魔法による消音もOK…この距離で仕留めておけば、暁美さんたちには視認されないでしょう」

 マミは自分で納得するように呟き、頷く。

 キュゥべえは体を必ず回収する癖があるのか、一度仕留めれば同じ場所を撃ち続けるだけで、撃破数は伸び続ける。

「…わりとこれ、良いものね。暁美さんに言われた時はどうしようか悩んだけど…いくらでも出てくるから撃ち放題だし、その度に爆ぜるキュゥべえを見てると…私の中の何かが疼くっ…!」

 言葉通り、マミはキュゥべえを撃つ度に体の中を何かが駆け抜けていくのを感じる。最初はそれを否定していたものの、撃つ度に罪悪感は消え失せ、今は隠す事無く身震いをしていた。

「…うふふ、やっぱり私、ダメな子だ…こうして魔女でもないキュゥべえを撃つ事で、こんな気持ちになるなんて…暁美さん、私にこんな感覚を教え込むなんて、悪い人!」

 ターン バスッ マミ、ヤメテギョ!

 巧みに時間停止による移動を行っていたほむらと違い、定置狙撃を繰り返すマミはキュゥべえにばれている。ゆえに、遠くから必死にやめるように訴えかけている。

 だが、その抗議が届く事は無い。マミの中にあるのはキュゥべえへのほの暗い憤り、芽生えた感情に抗えない背徳感、そして…ほむらへの強烈な情念だけだ。

「ああ、私っ、どんどん暁美さん無しでは生きられなくなってる! ダメよマミ、暁美さんは女の子なのに! でも暁美さんに叩かれて叱られた事を思い出す度に私、私ぃ…!」

 ターン バスッ ウボァー!…シカタナイ、キョウモアカジダケド、テッタイダ…!

 暴走するマミはキュゥべえを撃ち、そしてキュゥべえが諦めて逃げ帰っている途上においても、撃つ事を止められない。

「ああ、暁美さん…! 叱るだけじゃなくて、早く私を褒めて…! もちろん叱ってくれるだけでもいいけど!」

 結局今日もキュゥべえはまどかとろくな接触を出来ず、挙句の果てにマミを敵に回すという、散々な営業日報を綴る事になった。

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(…銃声が止んだ? そろそろ諦めたかしら?)

 巴マミの狙撃の回数を二桁までは数えていたけど、途中で止めてまどかとの会話に集中していた私は、音が聞こえなくなった事をたった今認識した。

 そうなると、そろそろ巴マミが私にうざい絡みをしてくるのかしら…。

 思わず身構えてしまったけど、テレパシーは飛んで来なかった。

…だけど、どうしてかしら…何だか寒気がした。例えるなら、自分を誰かに妄想の材料として使われているような、不吉な予感…かしらね。

「ほむらちゃん、時々難しい顔してるけど…大丈夫?」

「ああ、大丈夫よまどか…今日は随分と付き合せてしまったわね。そろそろ帰りましょうか?」

 一応は街の事を教えてくれたり、他にも他愛もない話をしていたら、夕日は闇夜に変貌しつつあった。

 楽しい時間はあっという間ね…いつもならまどかを魔法少女にしない事ばかりを考えていて、綱渡りをするように緊張したまま日々を過ごしていた。ゾンビみたいな体だけあって、文字通り生きた心地はしなかったものね。

 だけど、今は違う。諦める事で、私は平穏を手に入れている。

 それはずるい事かもしれないけど…まどかはきっと、許してくれるよね?

「本当だ、もうこんな時間…そろそろ帰らないとパパとママに怒られちゃう。二人とも心配性なんだもん」

「ふふっ、良いご両親に恵まれているじゃないの。まどかみたいな素敵な家庭で不自由が無い子は、今更白豚に願う必要なんて無いのよ」

「うん、確かにそうかも…でも、それならほむらちゃんは何を願って契約したの?」

 まどかのあまりの可愛さに…というのもあるんだけど、それ以上に質問にドキリとした。

 この質問は、過去のまどか達にも何度も聞かれている。その度に私は言ったり言わなかったり、或いはぼやかしたり…その場に応じて答えてきた。

 今回はどうするべきなんだろう?

 まどかに魔法少女の真実は伝えた。そして私を信じてくれている。

 なら? 私の願いも言うべき?

「…大切なものを守る力が欲しい、かしらね」

 結局、私は一番無難な言葉を吐いた。嘘ではない、だけど真実からも離れ、様々な意味に捉えられる答え。

 私は卑怯だと思う。今の時間軸においては居心地が最優先だからって、まどかに結局本当の事は言えない。

「そっかぁ…うん、ほむらちゃんらしいかも」

「私らしい? そう思ってくれるのはあなたくらいね」

「そうなの? でも、ほむらちゃんって…ご、ごめん、ちょっとへ…変わってるけど、でも本当はとっても優しい人って思えるんだ」

「あなたに優しいのは認めるけど、誰にでもとは口が裂けても言えないわね」

 そう、私は今までの時間軸でたくさんの人を見捨ててきた。

 今の時間軸だって同じだ。最悪、まどか以外はどうなってもいいと本当に思っている。好き勝手してたら何だか丸く収まっているように見えなくもないけど。

…そう考えると胸が痛い。

 まどかにとって私は『良い人』になっているに違いない。いや、今はそう思ってもらえる方が嬉しいけど。

「そんな事無いと思うけどなぁ…それで、ほむらちゃんの守りたいものって?」

「…さすがにそれは内緒よ。まどか、女の子は秘密の十個や二十個、抱えてる方が可愛く見えるのよ」

「ほむらちゃん、そんなにたくさんあるの?…って、今は冗談言っても誤魔化されないよ?」

…なんだろう。まどかがわずか二日で随分と…クールというより、私慣れ?しているような。

「だって、ほむらちゃんがいくら変わってても、二日間ぶっ通しでツッコんでたら結構慣れるものなんだよ? それに魔法少女とか色んなものを見て教えてもらったからかな、何があっても不思議じゃないってそう思えるようになったのかも」

「それじゃあ女の子同士でキャッキャウフフするのも不思議じゃないわよね?」

「いや、さすがにそれは…そ、そんなに嫌じゃないけどってほむらちゃん?」

「うふふ、まどか、子供っぽいのが魅力のあなたが私を手玉にとろうなんて一か月早いのよ? それとも今大人にしてほしい?」

 私がわきわきと手を動かしてまどかににじり寄ると、まどかのクールな姿勢はあっさり崩れた。やっぱりまどかはこうでなくちゃ。

「ほむらちゃん、どうしてか分からないけど、それは冗談に聞こえないよ!? そして一か月って微妙に短いよ!」

「だって本気だもの? まどか、先っちょだけだから!」

「何が!? 今さり気なく凄い事言わなかった!?」

 そしてそのままなし崩し的に、私とまどかの追いかけっこは始まった。本気を出せばまどかに追いついて(自主規制)する事はたやすかったけど、それはしない。

…危うく、まどかに素を見せるところだったわ…。

 欲望のままに生きている今の私でも、全てが全て出せるわけでも無く。

 クールなまどかを突き崩してこの時間軸を楽しむ事に、私は自分が思っている以上に必死になっていた。

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 まどかを家に送った帰り道、その途上で巴マミに出会った。

「…」ブスー…

 その如何にも「私は怒ってます」オーラを出すのは止めてほしい。

 挙句の果てにわざわざ私の通り道の隅っこにしゃがみ込み、尚且つチラチラこちらを見ているのは、まあ何というか、間抜けね。

「…何してるの」

 このままスルーして帰りたかったのだけど「あーあ、せっかく助かった命が魔女化しそうだなぁ…」という小さな呟きが聞こえてきたので、イラッとしながらも私は声をかけた。

 その直後立ち上がり、私を睨み付け…というよりは、散歩も行かずにほったらかしておいて留守番をさせられていた犬が、不機嫌ながらも構って欲しくてお迎えをしているような感じだ。

「酷いわ、暁美さん…用事があって忙しいからって言ってたのに、鹿目さんとデートでいちゃいちゃする為だったなんて…」

「私は『まどかと町案内』って説明したわよ?」

「でもあんなの町案内って言うよりデートじゃない…イチャイチャしている二人を見せつけられていた私の気持ちは考えてくれないの?」

 この時間軸の巴マミは、少なくとも今までよりは良好な関係を築けているんだろう。

 だって遭遇して数日後には「二度と会いたくない」と言われるような間柄に比べて、私の言う事を聞いて白豚ハンターをしてくれるぐらいだし。

「…何が言いたいのか私にはさっぱりだわ」

「酷い!」

…でも、これはこれで敵対関係以上に面倒くさい事になっている。

 私が率直な巴マミへの返事をすると、マミはすぐに私を非難して、すぐさま目に涙をためた。

「だって私、暁美さんの為にキュゥべえを撃ったのよ!? 友達だったあの子を! 一方的に!」

「わりとあれ、すっきりするでしょう? 私も無駄とか考えずに撃ち続けているとわりとはまって」

「そうそう、撃ち落とす度に快感が…ってそうじゃないわよ!」

 あ、やっぱり白豚射的は結構楽しかったみたいね。

 巴マミはその時の事を思い出して一瞬顔を高揚させたのを、私は見逃すはずは無い。

「暁美さん、例えば小さな子供が自分の為に何かしてくれたとして、あなたはするべき事は何だと思う?」

「世の中はまだ腐ったものじゃないわねと思うわ。そしてスルー」

「それじゃあ幼児虐待もいいところよ! そんな事がまかり通る世の中にしてはいけないの!」

 うん、巴マミの言いたい事は分からないわけでは無い。というか、そんな余計な脂肪の塊を二つも付けている癖に自分を幼児に例えるなんて、ある意味ではその根性を褒めたくもなる。

「とにかく、私にも何かご褒美があってもいいわよね?」

「あなた、そもそも自分から『何かお礼がしたい』って言ってたじゃない…」

 これは正当な反論だ。授業であるにも関わらず散々絡んできて、それでようやくお願いを聞く形で仕事をさせたのだから、私に落ち度なんてない。むしろ感謝されてもいいくらい。

「だってぇ! あんなの見せつけられながら白豚退治なんてわりに合わないんだもん!」

「…正義の魔法少女は見返りを求めないって聞いたけど」

「そんなのやめたもん! これからは欲しい物をもらうんです!」

(みんなのマミお姉さんは犠牲になったわ…)

 一応最初の世界においては、この人も私の憧れの一人だったのに…今では非常に残念なお姉さんとなってしまっている。

…でも、内心で「まあこんなのでも死ぬよりはマシよね」と思っている自分が少しいた。ほんの少しだけど。

「…じゃあ具体的に欲しい物を言いなさい。今出来て私に迷惑がかからない範囲なら検討してあげてもいいわ」

「もうっ、私が暁美さんに迷惑かけるはずないじゃない♪」

(すでに存在が迷惑になりつつあるわ)

 私が仕方なく譲歩してあげると、マミの目からはあっさり涙が消えて、さらにびっくりするくらいの上機嫌。

 うん、やっぱり私はまどかの言う通り…優しいというよりも、中途半端に甘いのかもしれない。これじゃ、人の事は言えないわね…。

「えっとぉ、それじゃあね…頭撫でて欲しいな♪」

「えー…」

「そんなに嫌そうな顔しないでっ! 暁美さんの迷惑にならない範囲で妥協してるじゃない!」

(じゃあ妥協前は何を考えていたのよ…)

 そもそも私、まどか以外を撫でるなんてあんまり気乗りしないんだけど…まあゆまちゃんはノーカンだ。幼女は等しく愛を受ける存在だもの。

「…どうしてもだめ?」

「…さっさと頭を出しなさい。私はトロい人は嫌いなの」

「あ…」

 私は巴マミの頭に手を置き、何か言う前にぐしぐしと撫でだす。するとマミはすぐに少しだけ頭を下げ「えへへ…」とはにかむように笑った。

…事前のやり取りが無かったら、ただの可愛い年上で終わったのでしょうね…今となっては残念な年上だけど。

「はい、終わり」

「えー! 後五十分だけ!」

「今度はグーで殴るように撫でるわよ?」

「ううう…暁美さんがいじめる…」

 五分じゃなくてその十倍なあたり、この人は本当に遠慮というか、年上としての威厳はかなぐり捨てたらしい。

(格好付けない方が幸せになれるなんて…皮肉なものね)

 可笑しい光景なのに、私は少しだけ切なくなった。

 格好を付けて、自分の存在を示して、それが死に繋がる。

 この人の運命を崩したと同時に救えた結果がこれとなると、まあ…これくらいなら、たまにならしてあげても良いかもしれない。

 魔女退治を代わりにしてくれるなら、安いものと思うようにしよう。

「…それと、これをあげるわ」

「え?…グリーフシード? どうして?」

 心底不思議そうに私を見るマミ。魔法少女が意味も無くそれを渡すなんてありえない、と思っているんでしょうね。

…いや、この人の場合、今日の自分がした事をよく分かってないのかしら。今のこの人、余計な悩みなんて捨ててそうだもの。

 銃とは言え、彼女の場合は魔法で呼び出している。それなら、魔力を消耗しているのは当たり前だ。

「使っておきなさい。魔女退治以外に魔法を使わせたのは私だもの」

「暁美さん…」キューーーン

 撫でるのを止めて泣きそうになって、グリーフシードを渡して感無量といった顔になって私を見つめる…感情の起伏が激しくなりすぎでしょ、あなた。

「代わりに、今夜の魔女退治もよろしく…マミ」

「! 任せて! あなたの居る街を魔女なんかにやらせはしない!」

 私から受け取ったグリーフシードをソウルジェムに当てつつ、マミは意気揚々と魔女がはびこる夜の街に消えていく。

(…グリーフシードには余裕がある。マミが魔女退治すれば入手と同じくらいの手間が省ける。それだけよ)

 私は心の中で意味も無く言い訳をして、二人が待つ自宅へと足早に向かった。

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「ただいま」

「お帰りなさい、ほむらおねえちゃん」

 自宅のアパートに戻ると、ゆまちゃんが台所で夕飯の準備をしながら笑顔で迎えてくれた。

 ああ、迎えてくれる人が居る自宅っていいわね。

 話し相手の重要性を再確認する。さらに言うなら、今家に連れ込んでいる二人は余計な気負いが要らない。まどかが迎えてくれるなら嬉しい以前に、気を遣いすぎてバテてしまうかもしれないわね。

…いずれ全てが終わった時には二人で暮らすようになるかもだから、慣れないと。

「今日はね、珍しくキョーコが居るよ」

「あら、そうなの?…あ、ちょうどいいかも」

「え?」

「ううん、こっちの話よ。ご飯の支度はゆっくりお願いね。お弁当、美味しかったわよ」

「おそまつさまー」

 空っぽになった弁当箱を渡すとゆまちゃんは嬉しそうに料理へと戻る。今日の夕飯は…この前大量に作ってたカレーと、うどん玉? ああ、カレーうどんね。三日連続カレーだけど、一人の時はいつもゼリーで済ませていたから、それに比べればよっぽどまともだ。

(だとしたら、早く済ませましょうか)

 私は居間に足早に向かう。するとゆまちゃんの言ってた通り、杏子が畳の上で横になりながらテレビを見ていた。

 一応ソファーもあるんだけど、この子はどうやら畳が好きらしい。ソファーは愛猫のエイミーが丸くなって寝ていた。

「珍しいわね、この時間に居るなんて。ゲーセンで時間を潰して魔女退治のコースじゃないの?」

「そうしたいのはやまやまだけど、風見野の方の魔女は全部狩りつくしたみたいでね。ちっ、やっぱあっちはしけてるよ」

「絶好調ね」

 挨拶も特にせず、私は杏子に率直に話しかけた。この距離感は今までのループの中でも安定している。今も形は違えど、利害の一致が私たちを繋ぎ止めている証拠だ。

「そうでもねえよ…へぇー、今はあんなお菓子が出てるのか」

 テレビのCMを見ながら杏子は物欲しそうにつぶやく。

 さて、杏子は否定したのだけども、私は彼女の調子の良さが手に取るように分かる。

 ゆまちゃんの為に絶賛ホームレスをしていた彼女は心も体も休まらず、常に消耗した状態で戦っていたに違いない。

 ゆまちゃんの指摘通り、彼女はここに来て休息がしっかり取れている。戦い以外を快適に過ごすという事は、魔法少女にとって想像以上に大事なのだ。

 つまるところ、杏子は少なからず私を信頼している。今からする話も、ある程度は信用してもらえるだろう。

「杏子、話があるのよ。魔法少女について、あなたはどこまで知っている?」

「何だよいきなり…アタシらは魔女を狩る化け物みたいなもんだろ? 希望を抱いて戦うなんて言うつもりは無いよ」

「ふむ、あなたの持っている知識は聞かせてもらったわ…魔法少女は魔女になる!」

「………は?」

 ドドン!と私は単刀直入に真実を伝える。彼女はストレートなのが好きだから、これでいいだろう。いや、面倒くさいのもあるけどね。

 でも、さすがにぽかんと私を見つめ返す杏子を見てると、多少の言葉不足は否めないようね。

 ゆまちゃんに聞かせるのも何なので、私は要点をさっさと話す事にした。

 

 §

 

「…くそっ、あの野郎…! アタシたちを騙してたってのか!」

「あの宇宙白豚は騙すとも思っていないわ。説明した通り、自分たちに感情が無いからこうして私たちを家畜にしてるのよ…って、良く信じてくれたわね」

 解説を終えると杏子は悔しげに呻く。その表情からして、どうやら私の言っている事は大体は信じてもらえたらしい。それでいてマミみたいに取り乱すわけでもなし、実に楽でいい。

「あんたをまだ完全に信用したわけじゃねえけどよ…少なくとも、白豚みたいにアタシらを騙して得をしているわけでも無さそうだしな。それにしても…胡散臭いと思ってたけど、こんな裏があるとはね」

「辛い?」

「正直驚いたけど、まあ不自由には感じないよ。今更アタシは普通の生活なんて出来やしない、それなら今の利点を活かすだけさ…魔女になるまでは、ね」

 やはりというか、杏子の精神力の強さは尊敬できるものがあるわね…。

 魔女化までの真実を聞き、それで取り乱さないというのは非常に稀だ。マミの反応の方がある意味では、人間として自然と言えた。

「あなたはそう簡単に魔女にはならない。私が保証するわ。ほむほむ印の優良魔法少女よ」

「嬉しくねーけど、ありがとよ。で、なんで今になってアタシに聞かせる?」

「あなたはこの真実を知っても大丈夫という自信はあったけど、マミはどうかしらね?」

「マミ…巴マミ、か? お前、まさかあいつにも…」

 杏子はマミとも面識があるのは察していたが、不安そうに私を見てくる彼女から想像するに、浅い関係とも言えなさそうだ。

 もしかしたら、今、流れは私にあるのかもしれない。

「ええ、伝えたわ。大変だったのよ? 錯乱する彼女を必死に止めたわ」

「だろうな…って事は、まだ生きてるのか?」

「ええ」

「そうか…」

 杏子は目に見えて安堵していた。それを指摘すればどうせ否定するだろうから、言わないけど。

 でも、これでマミとの約束も果たせるかもしれない。

「でも、危ないわね。彼女は自分が信じていたものによって支えられてきた。それが無い今、とても不安定よ」

「…関係ねえよ。アタシとあいつは、今となっては何でも無いんだ」

「昔何かあったような口ぶりね?」

「…」

 喧嘩別れでもしたのかしらね? 内容はともかく、ある意味では千載一遇のチャンスだわ。

 これで、見滝原は余裕を持って守れるかもしれない。そうすれば、まどかと私の青春を邪魔するものは無くなる!

「何があったのかは知らないけど…彼女が近々死ぬ、と言ったらどうする?」

「何言ってやがる? 腐ってもあのマミだぞ、そんな簡単に」

「あのマミだからこそ、よ。数日後、病院に強力な魔女が現れる。巴マミとの相性は最悪、さらに彼女の精神もまだまだ不安定…不安要素の山積みってところね」

「何でそれが分かる?…そして、なんでアタシに言うんだ」

 口ではそう言いながらも、杏子は私の話を無視するつもりも、そして聞かないつもりも無さそうだ。

「何故分かるかって? 統計よ…先に言わせてもらうけど、私は手出しはしない。そうなると、誰かが助けないとマミは絶望的ね」

「…」

 うーん、ぶっきらぼうに見せかけても心配しているあんこちゃんは…なかなか悪くない。まどかが居ないと思わず浮気候補に挙げてしまう可能性も無くは無いかもしれないわね。

 でも、私はこれで手ごたえを感じていた。

「風見野からはグリーフシードを調達できない。マミのピンチで見滝原で戦う理由も出来た。後は…分かるわね?」

「し、知るもんか!…いくらあんただからって、そんなわけの分からない予言みたいなのを信じられるかよ!」

「それならそれでいい。風見野に魔女が居なくて暇してるだろうし、街を見て回るのもいいかもね、と提案だけしておくわ。病院周辺は緑地も多くてくつろげるしね?」

「知らねー知らねー!」

「ああ、もう…またエイミーを起こして」

 私の徹底した誘導に杏子はついに、声を荒げてゴロゴロと畳の上を転がり出した。彼女にしては珍しいリアクションは、悩んでいる証拠だ。

(…善処はした。これでうまくいかなかったら…マミ、私を恨んでもいいわ)

 びっくりして起きたエイミーを撫でながら、私は珍しく、マミに対して思いを馳せていた。

-7ページ-

「…ううっ、結局誰も来てくれない…暁美さんの嘘つきぃ…ぐすっ」

 病院付近になんかいそう、というほむらの言葉に従ってマミは結界を発見し、すぐさま乗り込む。

 お菓子をちりばめたような結界内を進む彼女は実に頼りに…なるのはなるのだが、顔と言動を見れば不安を覚えるだろう。

「体も心も重い…こんな気持ちで戦うのなんて久しぶり…ぐすん」

 敵の集団に囲まれつつもマスケット銃を呼び出し、的確に射撃を行っている。その姿は頼りになるはずなのに、片手で射撃を、そしてもう片手で涙を拭っている姿は弱弱しい。というより、それで何とかなっているのは、彼女がベテランである証拠なのか。

「はぁ…これで誰かが助かるんだろうけど、魔女は元々魔法少女…私もいつかこうなるのかしら? どんな魔女になるんだろう…使い魔とか呼び出すようになるのかな…やっぱり、いっそ…」

 

『あなたは生きたいと願ったのでしょう? あなたは今、生きている。絶望する理由、どこにあるのかしら』

 

「…ううん、ダメ。生きている限り私は希望がある…暁美さんの言葉、忘れないようにしないと」

 本当なら、マミはいつ魔女化してもおかしくない精神状態だ。それを辛うじて繋ぎ止めているのは、ほむらの存在に他ならない。

「暁美さん…また撫でてくれるのかな? ううん、今度は魔女を倒すたびにぎゅってしてもらえるようにお願いしてみよう…うふふ、何だか急にやる気が出てきたわ!」

 そしてもう一つ、希望の出所として…ほむらとの妄想があった。

 ほむらが何をどう思っているのかマミには分からない。だが、あの時自分を殴ってでも止めてくれたほむらに、強烈とも言える好意を抱いていた。

 元々一人ぼっちであった彼女にとって、側に居てくれる…気にかけてくれる人間というのは貴重だ。軽く依存をしてしまうくらいに。

 増して、自分を死から引きとめた存在だ。出会って早々に、ほむらはマミにとって命の恩人になり、生きる指針になった。なってしまった。

…これでほむらの真意が「なるようにしてなった」と知れば、キュゥべえの思い描く魔女化に突き進むだろうが。

「…あれね! さっさと終わらせてほむほむしてもらうわよ!」

 結界内を突き進むと、ついに魔女の姿が見えてきた。

 やけに足が長い椅子に座った、人形のような魔女だ。凶悪という言葉とは無縁に見えるが、今のマミには関係ない。魔女を退治してほむらからご褒美をもらう事しか頭に無いのだ。

 椅子を崩して魔女を銃で殴り、近距離で射撃を行ってリボンを呼び出し、吊し上げる。

「悪いけど、暁美さんが待ってるの…同じ魔法少女のよしみですぐに楽にしてあげるわ! ティロ、フィナーレ!」

 大砲を呼び出し、魔女に向かって射撃を行う。マミの得意な戦法が決まれば全てが終わる…はずだった。

「…えっ?」

 しかし、急に膨れ上がった魔女の頭から飛び出てきた顔…ピエロのような蛇が急速に自分の前に迫ってきた。

「あ」

 その速度はあまりにも早い。リボンを呼び出して拘束するにも、マスケット銃を呼び出すにも、時間が足りない。

 がぱ、と口を開けると、生えそろった牙がマミの目に焼き付いた。

―私、死ぬの?

 マミはそんな事を考えていた。余裕があるわけじゃない。

 死を直面すると走馬灯が頭を過るというが、それが分かる気がした。何もかもがゆっくりに思えて、自分が食べられると分かっているけど、体が動かない。

―ああ、でも…死ぬんなら魔女にはならないのかしら? 暁美さんに迷惑をかけなくて、よさそう…それなら。

 マミが最期に想った人は、つい最近、本当に先日出会ったばかりの魔法少女。

 何でも知っていて、よく分からない事もあるけど…自分の為に、本気で怒ってくれた人。痛かったけど、嬉しかった。でも、本当には最後に。

―…やだやだ! 私、死にたくない! 暁美さんにもっと褒められたい!

 魔女の口が閉じられる刹那、彼女の手にはマスケット銃が握られていたが、それが間に合うはずは無かった。

-8ページ-

「…ばかやろう、戦闘中にぼうっとするな!」

 マミの射撃は間に合わなかった。

 だが、魔女の牙に襲われる事も無かった。

「…さくら、さん?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、必死の形相でこちらに向かってくる杏子の姿を認めた。

「下がれって言ってんだよ! アタシが引きつける!」

「…!!」

 マミはそこで何があったのかを理解した。

 魔女はマミに噛みつく直前、投擲された槍を横っ面に受け、見事に狙いが逸れて地面に叩きつけられる。槍には勢いがあったのか、突き刺さったまま地面に串刺しになっている。

 マミはすぐに距離を取り、手に持った銃で射撃を行った。必殺技に比べて大した威力は無いが、魔女の顔面に当たった事である程度のダメージはあったようだ。

「…まだ生きてる!」

 しかし、それは決定打にならない。脱皮をするかのように、口の中から同じ顔が出てくる。こうやって復活を遂げるようだ。

「こっちだ化けもん!」

 杏子がもう一度呼び出した槍を投げつけると、同じ要領で脱皮をして、今度は彼女を狙い出す。

「…佐倉さん!? どうして避けないの!?」

「いいから、あんたは大技を用意しろ! 生半可な攻撃じゃこいつを…」

 杏子は逃げず、まるで撒き餌にでもなったかのようにじっとしている。

 そして、魔女の大口の中に消えていった。

「…いやあぁぁぁぁぁ! ティロフィナーレ、ティロフィナーレぇ!」

 どかん、どかんとマミは必殺技を連発する。錯乱状態であったが、狙いはしっかりと魔女に向いていた。魔力の消耗が激しいので連発はしないようにしていたが、今のマミにそんな事まで考える余裕は無い。

「…!…!!」

 そして、それは予想外に効いていた。

 脱皮をすれば回復するものの、脱皮が終わりきるまでマミは待たずに必殺技を叩きこんでくる。

 その結果、再生しきれなかった魔女は根元から吹き飛ばされ、結界は徐々に消え去ろうとしていたが…。

「佐倉さん、佐倉さぁぁぁぁぁん!」

 錯乱していたマミは魔女が居た位置に未だに砲撃を続けている。このままでは、結界外の病院まで破壊してしまうだろう。

「バカ、落ち着け!」

「いたっ!?…あ、れ?」

 連射を続けるマミの後頭部に痛みが走り、同時に怒声が浴びせられた。後ろに居たのは、言うまでも無く…杏子だった。

「…佐倉さん?」

「ああ、そうだよ…久しぶり…」

 また口からは罵声が出てくるかと思いきや、気まずそうに再会を表す一言を呟く。

「…もしかして、今のって…ロッソファンタズマ?」

「その名前はやめろ!…まあ、無我夢中になってたら、何か出来たみたいだ。もう使わないって決めてたんだけど…」

「私を助ける為に、わざわざ…?」

「そんなつもりは…い、いや、無いとは言わないけど…」

 マミは今でも自分に起こった事が理解できていない。

 魔女に殺されそうになったかと思いきや、喧嘩別れした仲間が来てくれて…そして、自分は今、生きている。

 そう思うと、あっさりと崩れた。

「勘違いしないで欲しいんだけど、助けた分だけのもんはもらうよ? 今風見野には魔女が居ないから、その分のテリトリーをだな」

「…佐倉さぁん!」

「おわっ! な、なんだよ、離せよ!」

 マミは泣きながら杏子に抱き付いた。彼女が嫌いで一人になったわけじゃない。

 本当なら、側に居てもらいたかった。ずっと仲間であって欲しかった。

 そして杏子も、嫌がるような事を言いながらも、突き放す事はしなかった。

「会いたかった! ずっと会いたかった!…うえぇぇぇん! 今までどこ行ってたのよ!?」

「関係、ないだろ…離してくれよ…」

「やだ! 今回こそ離さない!」

「…ばかやろう、泣くんじゃねえよ…」

「ばかぁぁぁ!!」

 マミはほむらが居てくれるだけで随分と楽になったと思っていたが、それと杏子の事は別だ。

 かつて一緒に戦い、笑っていた存在。それは同じく尊いものだ。

 杏子だってそれは分かっていた。それでも捨てないといけないと思っていた。

…あの日、ほむらに連れ去られるまでは。

 ほむらの善意(とはまだ分からない)が自分を、何よりはゆまを助けてくれた。まだまだ出会って日は浅いのに、心の奥底では「人間も捨てたもんじゃないかもな」と思ってしまっていた。

 杏子はほむらが苦手だ。何を考えているか分からない癖に、自分を助けてくれる。油断したくないのに油断をさせる、彼女が本当に苦手だ。

「…くそっ…これじゃほむらの思うままじゃねえか…」

 杏子は思わず毒づいた。

 自分を無理やりアパートに住まわせて、マミを助けに行かせる。

 今のところ、彼女はほむらに反抗が出来ていない。

 見てろよ、いつかあいつの本性を…と思っていた時だった。

「…ちょっと待って」

 それまで泣き止む様子を見せなかったマミが、ほむらの名前を聞いた途端…急に泣き止んだ。

「あなた、暁美さんを知ってるの?」

「あ、ああ、一応…」

「なんで?」

 マミは杏子に抱き付いたまま、声のトーンだけは随分下がり…そして、彼女に回した腕に力がやけにこもりだしている。

「い、いや…あいつ、何だか知らないけど急にアタシらをさらってよ…それでアパートに住ませて、つい最近にマミが死ぬかもしれないから助けてやれって」

 ぎゅうぅぅぅ、と杏子は続きを言う前に、締め付けられるように抱きしめられた。

 明らかに、普通のマミじゃない…杏子は次の言葉に戦慄を覚えた。

「…それ、詳しく聞かせてもらえる?(ニコッ」

(ひ、ひぃぃぃ!? いつものマミさんじゃなーい!?)

 杏子のぶっきらぼうな態度は笑顔で圧力をかけてくるマミに封殺されていた。

-9ページ-

「…勝ったわね、杏子」

 自室でタブレット端末使ってテレビを見ながらパソコンを操作していたほむらは、ぽつりと口元を吊り上らせた。その様子を見ていたエイミーは「みゃあ?」とほむらの膝の上から鳴く。そっとその頭に手が添えられた。

(これでまどかへの脅威は白豚と…美樹さやかくらいかしら? まあ、魔女関連は何とかなるだろうし、これで私の息抜きを邪魔するものも…)

『―先日自殺した元議員の美国氏ですが、新たな情報が入ってきました。死の前日に―』

 パソコンの画面に目を向けながらも、ニュースから流れてくる音声…その声が伝える名前に、ほむらは敏感に反応した。政治に興味があるわけでもない。

「みくに…あ、忘れてたわ…」

 椅子から立ち上がり、パソコンとタブレットの電源を切る。そして、変身した。この姿になるのも久しぶりな気がした。

(戦いたくないでござる…って言っても、戦うわけじゃないけどね)

 そう、魔女は放っておいてもマミと杏子が倒してくれる。あの二人なら問題は無い。

 ほむらが戦う相手。それは、まどかを脅かす全ての存在。

 それは相手が人間でも変わらない。むしろ、ただの人間であるうちは、彼女の敵にすらならない。

「美国織莉子…お前を殺す!」

 物騒な言葉を呟きつつも寝ているゆまとエイミーを起こさないように、ほむらはこっそりと家を出た。

 

 

 

続く?

説明
ほむら「捨てゲーするわ」第二話(http://www.tinami.com/view/536050)の続きです。
マミさんファンの方にはわりとごめんなさい。
何というか、ギャグが我ながら苦手だなぁと思う所存です。
もっとぶっ飛んだ話にしたいなぁ…。
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魔法少女まどか☆マギカ 暁美ほむら 鹿目まどか 巴マミ 佐倉杏子 

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