銀の槍、勧誘を受ける |
将志が永琳と再会し、またそれなりに時間がたった。
その間、将志は週に数回朝一で「銀の霊峰」と呼ばれるようになった岩山の社から竹林へと足しげく通い、こまめに情報を伝える。
それが終わると、社に戻って集められた情報を確認する。その情報を元に、配下の妖怪達に仕事を伝え、自らも神としての仕事をする。
とは言うものの、参拝にくる武芸者が多く、なかなか外に出られないこともあるが。
将志が普段暮らしている岩山は道が険しく、別名「試練の霊峰」とまで呼ばれているにもかかわらず、挑む武芸者は後を絶たないのだ。
生真面目な将志はそれを無碍にする気は全く無いので、来る人間には全力で応対する。
それが無いときは愛梨に留守を任せ、情報収集もかねて自ら営業に回るのだ。
なお、神無月には天照から真っ先に呼び出しがかかる。
将志は暇な時間を使って人里に下りる。
流石に空を飛んで都に突入するわけには行かないので、将志は都までの道を歩く。
人間と勘違いして襲ってくる妖怪を軽く伸し、場合によっては仲間に引き入れる。
将志は神ではあるが、それ以前に妖怪の長であるゆえ、妖怪に対するケアも忘れないのだ。
将志が都に行くときはたいてい仕事で金を稼ぐときである。
この時代、女性が日雇いで得られる仕事は無く、妖怪達は人間との生活が出来ない。
それ故、男であり人間にまぎれて生活することの出来る将志が働きに出るしかないのだ。
なお、将志の世間の評価は『神懸りの槍兵』と呼ばれる槍の達人として世間に広まっているので、仕事に困ることは無い。
こうして将志は、建御守人と言う神としての生活と、妖怪の長としての生活、そして槍ヶ岳 将志と言う人間としての生活と言う三つの暮らしを並行して行っていた。
そんなある日のこと、将志は留守番を愛梨達に任せて散歩に出ることにした。
散歩とは言っても、巡回と気分転換と食料採取をかねたものである。
将志が担いでいるのは赤い布を解かれた銀の槍で、妖怪としての本来の姿でそこに立っていた。狩りの際に、長い槍を二本も持っていると邪魔になるからである。
「……む?」
将志は自分がいる森の様子が普段と違うことに気がついた。近くに生物どころか、幽霊や妖怪の類の気配も全くしないのだ。
自らの周囲に起きた異変に、将志は槍を手に取った。
「……出て来い」
「ええ、良いわよ」
「……っ?」
将志が一言言うと、背後から気配がした。
振り向いてみれば、そこには妖しげな笑みを浮かべた上半身だけの少女の姿があった。
紫を基調としたドレスを着た少女は、虚空に現われた謎の空間から出てくるとその上に腰掛けた。
「……見たところ妖怪のようだが、何の用だ?」
「あら、何者かは訊かなくてもいいのかしら?」
「……まずは用件を聞かせてもらおうか。それからでも遅くはあるまい」
将志は槍を持ったまま、構えずに相手をじっくりと見定める。
見たところ本人に敵意は無さそうではあるが、何が目的で接触してきたのか分からない。
おまけにその少女はどこか得体の知れない雰囲気を醸し出しており、全く油断が出来そうにない。
そんな将志の心境を知ってか知らずか、少女は意味ありげに微笑んだ。
「それじゃあ、お望みどおりにそうさせてもらうわ。貴方には色々と頼みたいことがあるのよ。銀の霊峰の妖怪の長、槍ヶ岳 将志にね」
少女がそう言うと、将志は眼を閉じゆっくりと頷いた。
自分の正体を知っている、その事実から相手が何者なのか詳しく知る必要があるからである。
「……聞こうか」
「まずは質問ね。貴方、全てを受け入れる箱庭についてはどう思うかしら?」
漠然とした少女の質問に、将志は首をかしげた。
「……質問を返すようで悪いが、全てを受け入れるとはどういう意味だ?」
「神も妖怪も人間も、全てを平等に受け入れる場所よ。神であり妖怪でありながら人間に混じる貴方なら、何か面白い意見が得られると思ったのだけど?」
少女の話を聞き、将志はあごに手を当てて考えた。
「……まず、存在自体は可能だろう。だが、人間を妖怪が淘汰するようでは駄目な上、人間が強すぎても問題が起きる。全体を管理できなければ、存在し得ないと言うところか」
「否定はしないのね?」
「……する必要が無い。言うだけなら容易いし、妖怪としての観点から見ても有益ではあるからな」
「それじゃあ、協力して欲しいといったら?」
「……内容次第だ」
将志の言葉を受けて、少女は笑みを深めた。
夢物語だと否定されなかったことが気に入ったのだ。
「……やっぱり、貴方と話をして正解ね。場所を変えましょう」
「……ん?」
突如として、将志の足元にスキマが開く。
その中は、無数の眼や手足が見えていて、かなり禍々しい空間になっていた。
将志はその中に落下していく。
「……ちっ」
将志はとっさに足場を作り、スキマから脱出しようとした。
が、その時頭上にあったのは少女の膝だった。
「ぐあっ!?」
「きゃっ!?」
脳天にニードロップを食らい、将志は一瞬で意識を手放した。
将志が目を覚ますと、目の前には古ぼけた天井があった。木でできた粗末なつくりの社で、奥には小さな祭壇があった。
そこはかつて諏訪子のところに世話になっていたとき、営業中の休憩場所として将志が見様見真似で建てた小さな小屋のような社だった。
将志は素早く身を起こして槍を手に取り、周囲を見回す。
すると、そこには先ほどの少女が謎の空間の上に座っていた。将志は少女に対して槍を向ける。
「……いきなり槍を向けるなんて、いくらなんでも乱暴じゃない?」
槍を向ける将志に、少女は薄く笑みを浮かべながら答える。
そんな少女を、将志は油断無く見据える。
「……武器を向けられているというのに、ずいぶんと余裕だな?」
「ええ、だって戦う必要は無いもの」
余裕を見せる少女に、将志は槍を下ろして小さくため息をついた。
「……一つ忠告をしておく」
将志はそういうと、一瞬で間合いを詰めて喉元に槍を突きつけた。
その様子は、紫から見ると突然目の前に銀の槍が現われたように映った。
「え……?」
「……何かあれば、すぐ逃げられる……その甘い考えを捨てることだ」
反応できずに呆けた表情を見せる少女に、将志はそう忠告した。
それが終わると、将志は槍を引いた。
「……ふふふ、肝に銘じておくわ」
「……そうしておけ。見たところお前はかなりの力を持っているようだが、俺からすればお前はまだ若い。日々精進するのだな」
将志の言葉に、再び少女は笑みを浮かべる。
しかしその額には薄く汗がにじんでおり、かなり憔悴していたことが分かる。
「優しいのね。てっきり殺しに来るのかと思ったのだけど?」
「……お前の言うとおり、戦う必要も無いからな。それに、元より女子供に向ける刃は無い」
将志はそういうと、少女に向き直った。
少女の能力を鑑みて、将志は何があってもすぐに対処できるように立ったまま会話を続ける。
「……さて、色々と質問がある。訊いても構わないだろうか」
「ええ、良いわよ。何が訊きたいのかしら?」
「……何故わざわざここに移動した?」
「それは貴方との話を邪魔されたくなかったからよ」
「……それは何故だ?」
「私、神隠しを起こして妖怪退治屋に目をつけられてるの。貴方とはじっくり話がしたいから、こうやって落ち着いて話せる場を作ったってわけ」
淡々と質問を重ねる将志に、少女は笑みを崩さずに答えていく。
将志は少女の意図を理解すると、小さく頷いてから本題を切り出した。
「……それで、そうまでして話したい用件は何だ?」
将志がそう質問をすると、少女の顔つきが真面目なものになった。
「貴方には少し協力を要請したいのよ。さっき言った箱庭、幻想郷を作るためのね」
発せられた言葉は強い想いが感じられるものだった。
将志はその言葉を受け止めると、質問を繰り出した。
「……何故そんなことを?」
「妖怪が生きていくためよ。今はまだ大丈夫かも知れないけど、いつか人間は妖怪を超えるようになるわ。人間の力強さ、貴方が一番よく知ってるはずでしょう?」
少女の言葉に将志は遠い過去、かつて主と共に暮らしていた時代を思い出した。
そこでは人間は妖怪を恐れることなく、地上を支配していた。
「……確かに、人間は妖怪や神をも超えうる力を持っている。それを存分に発揮したとき、俺達の大部分はこの世から消えてなくなるだろう」
「だから、私は妖怪が安心して生きていける場所を作りたい。そのためにも、貴方の協力をぜひとも仰ぎたいのよ」
「……ふむ……」
将志はそれを聞くと考え込んだ。
将志の眼は目の前の少女を見据えており、難しい表情を浮かべていた。
そして眼を閉じ、一つため息をついた。
「……協力してやっても良い。だが、今は駄目だ」
将志がそう言うと、少女は口に扇子を当てて難しい表情を浮かべた。
協力的なはずの将志の言うことの意図が、いまいち掴めないのである。
「……理由を聞かせてもらえるかしら?」
「……仮に今俺が手を貸し、箱庭を作り広げたとしよう。さて、その時に何らかの事態で俺がいない状態で管理が出来るか? ……出来るはずがない。だからこそ、俺を頼るのだからな」
「それじゃ、どうすれば協力してもらえるのかしら?」
「……まずは力をつけろ。そして俺を認めさせることだ。俺が手を貸しても問題が無いほどの力をつけたとき、喜んでお前に手を貸そう」
「そのためにはどうすれば良いかしら?」
「……それを考えるところから始めるんだな。やることは幾らでもある、その中で自分に必要なものを選んでやれ」
「ふふふ、そうするわ」
少女の質問に、やはり淡々と抑揚無く答えを出す将志。
少女は笑みを浮かべると、ふと何かを思い出したような表情をした。
「そういえば、まだ名乗っていなかったわね。私は八雲 紫。スキマ妖怪よ」
「……槍ヶ岳 将志。知っての通り、ただの槍妖怪兼ちょっとした神だ」
紫の自己紹介に合わせて、将志も改めて自己紹介をする。
それを聞いて、紫は意味ありげな胡散臭い笑みを浮かべた。
「あら、貴方はただの妖怪でもなければ、ちょっとした神でもないわよ?」
「……そんなことはどうでも良い話だ。評価など、元より当てにならん。肝心なのは実際にどんな仕事をするかだ」
将志はそういいながらゆっくりと首を横に振った。
紫はそんな将志をみて、意味ありげな含み笑いを浮かべた。
「ふふふ、貴方はもう少し周囲の評価を見るべきだと思うわ。それはそうと、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「……何だ?」
「さっきからずっと貴方の父性と母性の境界を弄っているのだけれど、ぜんぜん効かないの。どういうことかしら?」
紫はにこやかに笑いながら将志にそう問いかける。
紫からは何かしらの力が働いているようであるが、将志はそれを無意識にブロックしているのであった。
「……その前に、何故そんなことをしている?」
紫の発言と行動の意味が分からず、将志は思わず首をかしげた。
そんな将志を、紫は少し楽しそうな表情で見つめる。
「私の『境界を操る程度の能力』で貴方が私を甘やかすように境界を弄れたら認めてもらえるかな、とか考えてたり」
紫の言葉に、将志はため息をついて首を横に振った。
そして、呆れ顔で紫の顔を見た。
「……言っておくが、俺にその手の精神操作系の能力は効かんぞ」
「あら、どういうことかしら?」
「……俺の能力は『あらゆるものを貫く程度の能力』だ。俺が己が意思を貫いている限り、俺を操ることなどできん」
「それは残念、上手く行けば私の夢の成就の大きな近道が出来たのに」
「……戯け、楽することばかり考えるな」
からかうような紫の発言に、将志は呆れた口調を隠さず淡々と苦言を呈した。
しかし、紫はそれをまったく意に介さずに答えを返した。
「でも、楽できるときは楽したほうがお得でしょう?」
「……確かにそうだが、楽をするのと手抜きは訳が違うぞ?」
「結果が良ければ過程なんてどうでも良いのよ。それに、要領良くやることも必要なことだと思うのだけど?」
度重なる紫の反論に、将志は額に手を当ててため息をついた。
紫の言うことも確かに正論なので、将志は言い返しづらいのだ。
「……まあ、そういう考えもありと言えばありだがな……地力があることに越したことは無いだろう?」
「それも正論ね。まあ、今は将来的に心強い協力者を得ることが出来たってだけで万々歳よ」
紫はそういうと将志に笑いかけた。
一方の将志は相変わらずの仏頂面である。
「ねえ、ところでもう一つ質問があるんだけど、良いかしら?」
「……今度は何だ?」
将志は若干気だるげな声で紫の質問に耳を貸す。
すると紫は満面の笑みを浮かべて問いかけた。
「『私の式になって』って言ったら、貴方はどうするかしら?」
「……俺は二君には仕えん」
紫の問いに、将志は即答した。
それを聞いて、紫は残念そうに首を横に振った。
「ちぇ、やっぱりダメか。将志が式になってくれたらとても心強かったのだけれど」
「……それ以前に、式を制御しきれるのか? 紫は力は強いが、俺を扱うには妖怪としての格が低い。強力な式が欲しいのならば、それこそ修行が必要だと思うが?」
「あら、別に式にならなくても、貴方が味方についてくれれば私は満足よ? 問題は貴方がどこまで私の言うことを聞いてくれるかってとこよ」
「……それは、紫の成長しだいだ」
「その言い方だと、最終的に将志が私に絶対服従することになるわよ?」
「……戯け、成長するのがお前だけだと思うな。お前が成長すると同様に、周りも成長するのだからな」
くすくす笑う紫に、将志は淡々と答えを返していく。
そしてしばらくすると、将志はため息を一つついて結論を出した。
「……とにかく、今のままでは俺が紫を助けるのは恐らく良い方向には働かないだろう。だが、俺は紫の夢が悪いとはかけらも思っていない。だから俺に是非とも手伝わせてくれ、と言わせるような妖怪になって欲しい」
「ずいぶんと期待されたものね」
「……生憎と俺は紫のように自由でもないし、それを行うような能力を持っていない。ならば、妖怪にとって益となるそれを行おうとする者に期待を掛けるのは当然だ」
将志の発言を聞いて、紫は嬉しそうに笑う。
「ふふふ、やっぱり貴方と話をして良かったわ。貴方には是非とも幻想郷に来て欲しいわね」
「……ああ。時が来ればその夢を手伝わせてもらおう」
将志はそういうと社の扉に手を掛けた。
「もう行ってしまうのかしら?」
「……一応これでも多忙の身でな。神も妖怪の長も楽なものではないさ」
将志はそう言ってため息をつく。
それを見て、紫は少し残念そうな表情を浮かべた。
「そう……また逢えるのを楽しみにしているわ、将志」
「……ああ。俺も紫の成長を楽しみにしている」
将志はそう言い残して、古びた社から飛び出していった。
後に残された紫は、将志が出て行った扉をジッと眺めていた。
「槍ヶ岳 将志、ね……ふふふ……気に入ったわ」
紫はそう呟くと、スキマを開いてその中へ消えて行った。
説明 | ||
神、妖怪の長、そして従者と言う三重の生活を送る銀の槍。そんな彼の名声を聞いて、寄ってくる者が約一名。 | ||
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切欠ですからねえ。特に紫にとっては有益となったようですね。ところで、貴方の後ろにスキマが開いてますよ。(F1チェイサー) 将志とb…スキマ妖怪との初邂逅。如何に年齢不詳の紫と言えど、二億年以上を経ている将志相手では、流石に分が悪かったようだな。…しかし、事態その物の進展こそ無かったが、二人の会談は有意義な物となったようだ。(クラスター・ジャドウ) |
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