銀の槍、大迷惑を掛ける
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 空一面が二つの色に染め上げられている。

 

「……はっ」

 

 一つは冷たく輝く銀色。鋭く光る銀は、無数の弾丸となって空を飛び交う。

 

「やああっ!」

 

 もう一つはどこか温かみのある赤紫色。赤紫色の吉祥果が次々に弾け、一面に広がっていく。

 二つの色は空中でせめぎあい、混じっていく。

 色鮮やかなその有様は、まるで万華鏡の世界の様に美しかった。

 

「散らばれー! 塊で飛んでくるよ!」

「槍が出てきたぞ! みんな注意しな!」

 

 もっとも、地上に居る鬼達はその光景を見ている余裕などなかった。

 空一面を覆い尽くすほどの弾幕ともなれば周囲への流れ弾も相当なものである。更に将志も伊里耶も力の強い実力者であり、当然その攻撃に当たればタダでは済まない。

 よって、鬼達は嵐のように降り注ぐ弾幕を避けながら観戦しなければならないのだ。

 

「……ふっ」

「せいっ!」

 

 そんな地上のことなど気にも留めずに二人は戦いを続ける。

 弾幕を掻い潜りながら将志が槍を繰り出せば、伊里耶はそれに対して技を返そうとする。

 その技に対し、将志が更に技を重ねて引き離すと言う、一進一退の攻防が続く。

 

「……疾」

「くっ……!」

 

 将志の槍を上から叩きつけられ、伊里耶は地面に落とされる。

 伊里耶は空中で体勢を立て直し、着地して地面を滑る。

 

「……そこだ」

 

 その伊里耶の周りに銀の槍が放たれ、取り囲むように四角錐が作られる。

 四角錐の檻はやがて崩れ、無数の弾幕となって伊里耶に襲い掛かった。

 

「たあああああ!」

 

 伊里耶はそれを見て、地面を全力で殴りつけた。その衝撃は地面を砕き、大量の破片が空中にはじけ飛んだ。

 飛び散った破片は銀の弾丸とぶつかり、それをかき消していく。

 

「……まだだ」

「甘いですよ!」

 

 地面を殴って動きが止まったところに、将志の銀の槍が投げられる。

 唸りを上げて迫るそれに対して、伊里耶は赤紫色の吉祥果で応戦する。

 二つはぶつかり合い、光を放ちながらはじけて消える。

 

「っ! そこです!」

「……ちっ」

 

 その光が収まらぬうちに、伊里耶は背後に気配を感じて攻撃を仕掛ける。

 そこには将志がいて、攻撃を仕掛けようとしていた。光を目くらましにして素早く移動し、伊里耶の背後をついていたのだ。

 反撃を受け、将志は後ろに下がる。

 

「今度はこちらから行きます!」

 

 伊里耶はそういうと、将志の周りに四つの吉祥果を出現させた。

 吉祥果は将志の周りを飛び回り、弾幕を敷く。

 

「……ふっ」

 

 将志は吉祥果を撃ち落とそうと銀の弾丸を放った。弾は正確に飛び、狙い違わず吉祥果に突き刺さる。

 すると次の瞬間、吉祥果ははじけておびただしい量の弾幕を放ってきた。

 

「……なっ!?」

 

 将志は若干驚きながらも、飛んでくる弾幕を銀の槍で打ち払う。

 舞い踊るように振るわれるそれは、飛んでくる攻撃を全て叩き落とした。

 

「やあっ!」

「……ぐっ」

 

 その将志の頭上から、伊里耶が全体重と力をかけて将志に蹴りを仕掛ける。

 将志はそれを槍で捌くが、あまりの勢いに地面すれすれまで落とされた。

 

「そこです!」

「……遅い」

 

 伊里耶の追撃を、将志は銀の球状の足場を作り出してそれを蹴って高速移動することで回避した。

 伊里耶の攻撃は地面に刺さり、大きな穴をあける。将志は体勢を立て直して着地し、地面から拳を引きぬく伊里耶を見やった。

 

「……本当に、大したものだ。素手で槍に対抗するのは並大抵のことではないだろうに……」

「それでも私はこれが一番慣れていますし、一番自信があるんです。それこそ、剣も槍も怖くないくらいには修練を積んでいるつもりなんですよ?」

 

 素直に感心している将志の言葉に、伊里耶が微笑みながら答える。

 それを聞いて、将志は眼を伏せて首を横に振った。

 

「……全く、自信が無くなるな。俺とて修練を怠けていた訳ではないのだがな……」

「何を言ってるんですか。将志さんは今まで私の攻撃を全部捌いてるじゃないですか。まともに攻撃を当てられていないですし、こんなにあっさり背後を取られ続けるなんて初めてですよ? 断言できます、将志さんは今までの相手の中で一番強いですよ」

 

 若干落ち込み気味の将志に、優しい口調で伊里耶は声をかける。

 その声に将志は顔を上げる。

 

「……まあいい、己が未熟だと思うのならば精進すれば良いだけの事だ。この戦いは己を見つめなおすいい機会になりそうだ」

「ふふふ……将志さん、貴方はそんなに強くなって何を目指すのですか?」

「……俺に目指すものなどない。俺はただ、行ける所まで行き着くのみ。他の事などは後から勝手についてくるものだ」

 

 伊里耶の問いに将志はそう言って答えを返す。それを聞いて、伊里耶は笑みを深めた。

 

「良いですね。そういう考え方、私は好きですよ」

「……気に入ってもらえて何よりだ」

 

 将志はそう言うと再び槍を構え、それを見た伊里耶も身構える。

 再び銀の槍が宙に浮かび、吉祥果がその実をつける。

 それと同時に、将志の周りには今までになかった、銀の蔦に巻かれた黒い球体が二つ浮かんでいた。

 直径が人の身長ほどもあるその球体は吸い込まれそうなほど深い黒色で、どこまでも透き通っていた。

 周囲の鬼達はその美しさに目を奪われ、伊里耶もまたそれに見入っていた。

 

「……これを実戦で使うのは初めてだな。お前ほどの相手にどこまで通用するか、試させてもらおうか」

 

 将志がそういった瞬間、二つの黒い球体が銀の蔦でつながり、回転しながら弾幕を放ちつつ伊里耶に向かって飛んで行った。

 

「……っ!」

 

 思わず見とれていた伊里耶であったが、迫ってくるそれを見てそれを躱す。

 弾幕が髪をかすめたが、伊里耶は構わず将志に向かっていく。

 

「……そこだ」

 

 そこに向かって、将志は吉祥果の弾幕を躱しながら銀の槍を投擲する。

 

「甘いです!」

 

 狙い済ましたような一撃を、伊里耶は驚異的な身体能力で避ける。

 そして、反撃を警戒して吉祥果を落とせないでいる将志に向かって攻撃を仕掛けた。

 

「はああああ!」

「……っ」

 

 伊里耶は一直線に将志に向かって踏み込む。

 将志はそれに対して迎撃すべく槍を構える。

 

「……そこです!」

 

 しかし、伊里耶の声と共に将志の周囲を飛んでいた吉祥果が一斉にはじけ、大量の弾幕が降り注いだ。

 

「……ちっ」

 

 将志はそれを見て、弾幕を叩き落しながら後ろに下がろうとする。

 が、伊里耶がすでに目前にまで迫っていた。

 

「…………」

 

 将志は弾幕を回避ながら、攻撃を仕掛ける伊里耶を見据えた。

 将志の体勢は後ろに傾いており槍は弾幕を打ち払っているため、伊里耶の攻撃に対処する術を今の将志は持たない。

 迫ってくる拳。

 

 

 

 しかし、それが将志に届くことはなかった。

 

 

 

「きゃああああ!?」

 

 突如として、伊里耶は背後から強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 吹き飛ばしたのは、先ほど将志が放った黒い連星。放たれた後、再び将志の下へと戻ってきていたのだった。

 

「……ふっ」

 

 吹き飛ばされて宙を舞う伊里耶を、将志は追いかけて抱きとめる。

 そして伊里耶を抱きかかえたまま、地面にそっと降り立った。

 

「……怪我はないか?」

「あいたたた……はい、大丈夫です……」

 

 将志が声をかけると、伊里耶は痛みに顔をしかめながらそう答えた。

 将志の腕の中で、伊里耶は残念そうにため息をついた。

 

「はあ……これは私の負けですね。不覚です……目の前の勝利に現を抜かして、後ろからの攻撃に気付けなかったなんて……」

「……そうするために一芝居打ったからな。正直、最後の一撃は肝が冷えたぞ」

 

 将志はそう言うと、深いため息をついた。

 正直な話、黒い連星の速度があと少し遅ければ将志は倒されていたのだ。その緊張感は、将志が今まで感じた中でも上位五指に入るほどのものであった。

 将志の言葉を聞いて、伊里耶は小さく微笑んだ。

 

「……でも、次はあの手には掛かりませんよ?」

「……だろうな。あんなもの、初見の相手にしか通用せんよ」

 

 伊里耶を抱きかかえたまま、将志は鬼達の元へ戻っていく。

 戻ってみると、鬼達は将志に抱きかかえられた伊里耶を見て騒然としていた。

 

「嘘……母さんが負けたの……?」

「……私も母さんが負けるのは初めて見るね……」

 

 萃香と勇儀も呆然とした様子でそれを眺めている。

 そんな鬼達の目の前をとおり、先ほどの宴席の上座に伊里耶を下ろす。

 伊里耶は将志の手から離れると、手を叩いて鬼達に声をかけた。

 

「みんな落ち着いてください。今回の結果に驚くのは分かります。けど私だって無敗で強くなったわけではないんです。ここは、新しい目標が出来たことを喜びましょう?」

 

 伊里耶は晴れやかな笑顔を浮かべて全員に呼びかける。

 すると、鬼達は一気に沸きあがった。

 

「よっしゃあ! 絶対にアンタを超えてやる!」

「今度遊びに行くからな!」

「……いつでも来るが良い。俺はそうそう簡単に乗り越えさせるつもりはないぞ?」

 

 駆け寄ってくる鬼達を、将志はそう言って奮い立たせた。

 その言葉に、鬼達は更に昂った。

 

「ようし、今から英気を養うために飲むぞ!」

「賛成! 宴会じゃ宴会じゃ!」

 

 そういうと、再び宴会が始まった。

 将志は用意された席に座り、その光景を眺める。

 

「お注ぎしますよ、将志さん」

「……ああ」

 

 伊里耶が将志の杯に酒を注ぐと、将志もそれに対して返杯する。

 周囲の喧騒から外れ、穏やかな空気の中で二人は酒を飲む。

 

「…………」

 

 将志が酒を飲む姿を、伊里耶は微笑みながら眺める。

 その視線に気付き、将志は顔を上げた。

 

「……どうかしたのか?」

「今日はありがとうございました。こんなにみんなが楽しそうなのは久しぶりです」

「……こちらからも礼を言わせてもらおう。楽しかったぞ」

「ふふふっ、楽しんでいただけたのなら何よりです」

 

 伊里耶はそう言いながら将志に近づき、空の杯に酒を注ぐ。

 二人の距離は肩が触れ合うほどに近づいている。

 

「……将志さん」

「……? どうした?」

 

 しなだれかかりながら声をかける伊里耶に、将志は顔を向ける。

 将志からは、肩にしなだれかかる伊里耶の表情は伺えない。

 

「あのですね……今、一番下の子も大きくなって、私の手から少しずつ離れていってます。正直、私少し淋しいんです」

「……ふむ?」

 

 伊里耶の意図するところが分からず、将志は小首をかしげた。

 すると伊里耶は顔を上げて将志の眼を見た。

 

「ですからね……そろそろ、次の子が欲しいと思うんです」

 

 そう話す伊里耶の視線は熱を帯びていて、顔は紅潮し、呼吸は乱れ始めていた。

 将志はその様子を見て、考え込んだ。

 

「……? 何故それを俺に言う?」

「……はい?」

 

 キョトンとした表情で首をかしげる将志に、伊里耶は思わずぽかんとした表情を浮かべる。

 しばらくして、伊里耶は将志が朴念仁であると考えて話を続けた。

 

「くすくす、ですから、貴方の子供が欲しいんですよ」

 

 妖艶な笑みを浮かべながら伊里耶は将志にそう言った。

 将志の腕を抱き、伊里耶は返答を待つ。

 

「……? 俺に何をしろというのだ?」

「……あら?」

 

 しかし、伊里耶の予想のはるかにナナメ上を将志は行く。

 ……ひょっとして、その手の知識を何も知らないのではないか?

 そんな考えが伊里耶の頭の中に浮かんだ。

 

「……あの、将志さん? ひょっとして、私が何をしたいのか分からないんですか?」

「……すまん、正直分からん。何となく俺と伊里耶で何かすると言うのはわかるのだが……」

 

 実のところ、将志は伊里耶が何をしたいのかさっぱり分かっていなかった。

 何故なら、将志にその手のことを教えるものは居なかったうえ、本人が全く興味を示さなかったからである。

 本気で困った顔をしている将志を見て、伊里耶は将志を抱き寄せた。

 

「そうですか……なら、これから私が教えてあげます。子孫を残すのは生きている者の義務ですよ?」

「……よく分からんが、そういうものなのか?」

「ええ、そういうものです。さあ、こちらにどうぞ」

「……ああ」

 

 何をするのかさっぱり分かっていない男の手を引きながら、伊里耶は母屋のほうへ歩いていく。

 

「ねえ〜勇儀〜、なんか母さんに火がついてたね〜♪」

「あっはっは、こりゃ新しい仲間が増える日も近いかも知れんね」

 

 その様子を見て、萃香と勇儀が酒を飲みながらそう言って笑う。

 

「…………」

「……?」

 

 が、二人ともすぐに戻ってきた。

 とても穏やかな顔をした伊里耶の横で、将志が訳も分からず首をかしげている。

 

「……ねえ、何か様子がおかしくない?」

「……そうさねえ、やったにしては早すぎるし……」

 

 萃香と勇儀は互いに顔を見合わせ、伊里耶のところに向かった。

 伊里耶は何かを悟ったような表情を浮かべており、どこまでも穏やかであった。

 

「母さん、いったいどうしたの?」

「仲間増やしに行ったと思ったんだけど?」

「それがですね……将志さんがその気になりそうにないので、性欲を平等にしようとしたんです。すると私の体から熱が引いて、それがどうでもよくなるくらいとても穏やかな気分になってきたんです。悟るってこういう感覚なんでしょうか?」

 

 その言葉を聞いて、萃香と勇儀は唖然とした表情で将志のほうを向いた。

 将志は相も変わらず、何が何だか分からないという表情を浮かべていた。

 

「……あの状態の母さんを悟りの境地に持っていくとか……」

「幾らなんでも悟りすぎじゃないかい?」

「……むう?」

 

 槍ヶ岳将志、性欲がマイナスに天元突破している男であった。

 

 

 

 

「うぎゃあああああ!?」

「ぐあああああああ!?」

 

 宴会中しばらく戦ったり酒を飲んだりしてドンチャン騒ぎをしていると、突如として鬼達が吹っ飛ばされて宙を舞った。

 

「……何事だ?」

 

 突然の事態に、将志が顔を上げる。

 

「来たね……」

「あっはっは、将志とやれなかった分、しっかりやれそうだ」

 

 萃香と勇儀は酒を飲む手を止め、楽しそうな笑みを浮かべて立ち上がる。

 将志は二人の後ろについていき、事の次第を確かめることにした。

 

「くっ、毎度毎度やられてばかりだと思うな!」

「今日こそお前をぶっ倒してやる!」

 

 鬼達は異常なまでの剣幕でそう叫ぶ。

 

「……ふん、今日は貴様等雑魚共に用はない。失せろ!」

 

 その中心には、大きな黒い翼を生やした妙齢の女性が居た。

 その整った顔立ちは不機嫌そうに歪められており、近づくと手にした大剣で両断されそうな危険な空気を漂わせていた。

 

「ざ、雑魚だと……てめえええ!」

「ふんっ!」

「ぐうっ……」

 

 殴りかかってきた鬼を、天魔は軽くいなして鳩尾に掌打を喰らわせて沈める。

 その様子を見て、鬼達は一気に加熱した。

 

「やりやがったな!」

「敵をとれ!」

「何が何でも!」

 

 そんな鬼達の声を聞いて、天魔は苛立ちを隠さなかった。

 

「……ちっ、面倒だ。まとめて果てろ!」

「うわあああああ!」

「ぎゃあああああ!」

「ぎええええええ!」

 

 天魔はそういうと翼からレーザーを数本放って鬼達を一気に薙ぎ払った。

 レーザーはかなりの高出力で、食らった鬼達は地面ごと空高く吹き飛ばされていた。

 

「このおおお!」

「遅い!」

「ぐふっ……」

 

 レーザーを掻い潜って殴りかかってくる鬼達を、今度は大剣で弾き飛ばす。

 一対一で掛かってくる鬼達を、天魔は次々と倒していく。

 

「貴様で最後だ!」

「がはっ!」

 

 最後の一人を天魔はレーザーで弾き飛ばす。

 

「……ふん、懲りない奴らめ。毎度毎度余計な時間をくわせてくれる」

 

 天魔は相変わらず不機嫌そうにそう言う。

 後には、気絶した鬼達が死屍累々と言った有様で転がっていた。

 

「相変わらずやるねえ、天魔。ねえ、今度は私と遊んでよ!」

 

 天魔の前に萃香が躍り出て、勝負を申し込む。

 天魔はそれを聞いて、ため息をつく。

 

「今回の用事は貴様でもない。引っ込んでろ」

「……ひぅ!?」

 

 天魔がそういうと、突如として萃香の様子がおかしくなった。

 体が震え始め、おどおどし始めた。

 

「はわわわわ……」

 

 萃香は瓢箪を手に取り、中身を一気に飲み始めた。

 強烈な酒精が萃香の中に注がれるが、萃香の様子は変わらない。

 

「あううう、酔えない、酔えないよう……」

 

 萃香はそう言いながら、ひたすらに酒を飲み続ける。

 どうやら、天魔の能力で「酔いが醒めたという幻覚」を覚えているようであった。

 その様子を見て、勇儀は頭を掻いた。

 

「あっちゃ〜……禁じ手を使うなんて、こりゃずいぶんと機嫌が悪いね」

「ふん、折角の休みを何度も何度も台無しにされていれば当然だろう。ところで、鬼神はどこだ? 後ろのそいつ共々話があるのだがな?」

「……む」

 

 天魔はそういうと、勇儀の後ろに立っていた将志をにらみつけた。

 その言葉に、将志は頬を掻く。

 

「……貴様、私との別れ際に何と言った? それを忘れて貴様と言う奴は……」

「……ぐっ」

 

 突如として、将志の頭を目の前が真っ暗になるほどの激しい痛みが襲う。

 将志は眼を閉じ、精神を集中させる。

 しばらくすると痛みは消え、目の前には憮然とした表情の天魔がいた。

 

「……まさか耐えるとはな。「地面を転げまわるほどの痛み」を味わったはずなんだがね?」

「……簡単なことだ。痛くないと思い込むことを貫き通せば、耐えられないことはない」

「そんな根性論で耐えたのかい……」

 

 淡々とした様子の将志のとんでもない発言に、勇儀が横で唖然とした表情を浮かべていた。

 その後ろから、人影が現われた。

 

「あらあら、天魔さんがここに居ると言うことは、やっぱり迷惑かけちゃいましたか?」

「迷惑も何も大迷惑だ。そこらじゅうに弾幕をばら撒いてくれたおかげで山は滅茶苦茶、おかげで私は休日返上で仕事だ。どうしてくれる」

 

 若干申し訳なさそうにそう言う伊里耶に対して、天魔はいらいらした様子で苦情を言う。

 天魔はキセルを取り出し、それに火を入れる。

 

「さて、どう落とし前をつけてくれるのだ?」

「そうですね……」

 

 天魔の問いに、伊里耶は考え込む。

 そして将志を見やると、伊里耶は名案を思いついたと言うように笑顔を見せた。

 

「では、今度貴女の代わりに私が銀の霊峰への視察に行くことにします。天魔さんはその日を代休にすればいいと思いますよ?」

 

 それを聞いて、天魔は口から紫煙を吐き出す。

 

「……色々と言いたいことはあるが、まあいい。結果として私の休日は戻ってくるし、妖怪の山の戦力の一端を霊峰の連中に示すことが出来る。今回の落としどころとしては悪くないか」

 

 天魔はそういうと、踵を返した。

 

「では、私は戻る。くれぐれもこれ以上面倒を増やしてくれるなよ」

 

 天魔は念を押すようにそう言うと飛び去っていった。

 

「はう〜……やっと元通りだよ……」

 

 天魔が飛び去っていくと同時に、萃香の幻覚が解けて酔いが回る。

 ホッとした様子の萃香に、将志は話しかける。

 

「……大丈夫か? ずいぶんと錯乱していたようだが……」

「あ〜、何とか大丈夫よ。あ〜もう! あの手は反則って言ったのに〜!」

 

 萃香はそう言って地団太を踏む。

 どうやらまともに勝負してもらえなかったのが癪に障っているらしい。

 

「……天魔はいつもああなのか?」

「ううん、いつもはちゃんと勝負してくれるよ。何でも、相手が反撃してこないと楽しくないとか何とか」

「……なるほど、そういう性格か」

 

 萃香の言葉に、将志は頷いた。要するに、天魔は抵抗してくる相手を力で無理やりねじ伏せるのが好きなのである。

 その被害を最も受けているのが一般の鬼であり、その天魔にとって程よい強さと闘争心から適当な口実を作ってはしょっちゅう殴り込みに行っているのであった。

 

「……ところで、この惨状はどうするのだ?」

 

 辺りを見回しながら、将志はそう呟く。

 周囲には立ってる鬼は僅かしか居らず、他は全て地面にに転がっている。

 

「どうするって、看病するしかないさね。残念だけど、宴会はこれでお開きだね」

「……致し方なし、か」

 

 そう言って肩をすくめる勇儀に将志は頷く。

 その将志に、伊里耶が近づいて頭を下げた。

 

「ごめんなさい、将志さん。今日はここまでです」

「……いや、俺はもう満足だ。先ほども言ったが、今日は楽しかった。改めて礼を言わせてもらおう」

「どういたしまして。またいつでもいらしてください」

「……ああ、そうさせてもらおう」

 

 将志はそういうと、自分の社に帰るべく空へと飛び立った。

説明
鬼子母神は銀の槍を攻め立てる。その激しさは、銀の槍に全てを忘れさせる。そんな彼らに、周囲は甚大なる被害を被るのであった。
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コメント
ヨーヨーと言うよりも、両方に錘がついた拘束用のフレイルのようなものですね。種族的には決して強くない付喪神が、無窮の修練によって神になったのですから、紫も興味を持つでしょうね。(F1チェイサー)
…将志VS伊里耶の大激闘は、新技をぶっつけ本番で投入した将志の勝利!この新技、言ってみればブーメラン機能付きのヨーヨーですかね?…結果論ではあるが、研鑽の末に守護神となり、鬼をも上回る高みに至った槍妖怪。そりゃあ、紫も協力者として積極的に引き抜きに掛かる訳だわ。(クラスター・ジャドウ)
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