ガールズ&パンツァー 我輩は戦車である 〜亡霊編・後〜 |
雑木林の奥でアリクイさんチームの三式中戦車は容易に発見する事ができた。
とはいえ、それによりさらなる問題が発生した訳だが。
「こちらあんこうチーム。アリクイさんチーム、応答して下さい。繰り返します、こちらあんこうチーム…」
武部殿が何度呼びかけても三式からの応答はない。
彼女達に何かあったのは明白なのだが、その要因が分からない状態では迂闊な接触ができない。
最悪、彼女達を襲った怪異(を装った襲撃者)がまだあの車内に潜伏している可能性もあるのだ。
「…私と優花里さんで様子を見てきます。沙織さんはそのまま通信を続けて下さい」
「分かった。二人とも気をつけてね」
西住隊長は果断を下した。
会長殿が応援を呼んでくるのを待つという手もあるが、それではせっかく先行した意味が薄れてしまう。
アリクイさんチームの面々の安否を思うならば、出来る限り迅速に行動するべきだ。
最小限のリスクを冒しつつ、必要な情報を手にいれるには他に方法が無いと西住隊長は判断したのだろう。
「華さんは私の携帯と通話したままにしてください。麻子さんはいつでも発進できるようにしておいて」
「有事の際は戦車で駆けつける、ですわね」
「…分かった。任せろ」
西住隊長と五十鈴殿の携帯電話で互いの状況を把握し、万が一の場合は我々の最大戦力である私ことW号戦車を即時投入する。いささか乱暴な計画だが、この一刻を争う状況では仕方ないだろう。兵は拙速を尊ぶという。
「では、先行します」
秋山殿が先に外へ降り、西住隊長もそれに続く。
二人は足早に三式へと取り付いた。
《優花里さんは周囲の警戒を》
《はいっ》
五十鈴殿の携帯電話から二人の会話が聞こえる。
キューポラを空け内部へ入る西住隊長と、それを守るように車上で目を凝らす秋山殿がこちらからも確認できた。
「も、もしも〜し。みぽりん、聞こえる?」
不安げに三式へと通信を試みる武部殿だが、応答はない。西住隊長はまだ車内を捜索しているのだろうか。それとも無線機が故障しているのか。何度かノイズが走った後、私の無線機が人の声を捕らえた。
《こ、こちらカメさんチーム! 襲撃を受けています! 桃ちゃん頑張って!》
その声は我々が望むものとは正反対のものであった。
「え、ええっ!? どうしたんですかカメさんチーム!? 落ち着いて詳しく話して!」
《良く分からないけど会長がやられちゃって! あっ! 今、桃ちゃんも捕まっちゃって!》
《いやぁー! もう駄目だよ柚子ちゃーん!》
通信先の小山殿達は冷静さを失いつつあるようだ。
これは拙い、このままではカメさんチームまで全滅してしまう。
「ど、どうしよう!?」
「…発進して振り落とさせろ」
「ですが、会長さんがどこにいるか分からないのでは…!?」
加えてこちらにも指示できる人間がいない。
ここに西住隊長がいれば的確な指示が出せるかもしれないのだが。
《あっ…》
小山殿の驚愕の声を最後に通信は途絶えた。通信機は再び沈黙を取り戻す。そこからは先ほどと同じく雑音しか帰って来ない。
「もうやだー! きっと次は私達の番だよー!」
ついに武部殿がヒステリーを起こし始めた。無理もない、先ほどから続く惨事を真っ先に耳にしてきたのは通信手である彼女なのだから。
「沙織さん、落ち着いてください。今みほさんに携帯で状況を伝えますから」
「…最初からそうすれば良かったな」
冷泉殿の言葉はもっともだ。
しかし、非常時に迅速かつ的確な判断ができる人間とは実は少数なのだ。私の知る限り、この大洗の戦車道チームでそれが出来るのは西住隊長と角谷会長殿くらいだ。しかも後者は絶体絶命下でようやく本気を出す『こともある』難物である。つくづく我々にとって西住隊長の存在が大きい事を実感する。
《こちら三式です。通信聞こえますかどうぞ?》
その頼りになる西住隊長の声がようやく通信機から聞こえてきた。
「よ、よかった〜。みぽりん、こっちは大変なことになってるよ〜!」
《…実は、こっちも困った事になっちゃって》
どうやら彼女の方でも不可解な事態になっているらしい。
いくら西住隊長が頼りになるとはいえ、この非常事態は彼女の手にも余るような気がする。
彼女と同等かそれ以上の傑物がこの場にいてくれればいいのだが、その最大候補である会長殿の安否も不明な今、本気で撤退を視野に入れるべきなのかもしれない。…いや、もう遅いか。応援を呼びに言ったカメさんチームが襲撃された以上、その撤退さえも悪手かもしれない。
《とにかく、優花里さんとそっちに戻るね。落ち着いて皆で考えていこう》
しかして、この状況下でも西住隊長は冷静なようだ。
普段は引っ込み思案で大人しい彼女なのだが、こういう危機的状況にこそ真価を発揮する人物なのもかもしれない。
《大丈夫です西住殿。まだ我々は健在なのですから、出来る事はあるはずです》
《…うん、ありがとう》
それとも自分を支える友人がいるからこそ、彼女は奮起できるのだろうか。
どちらにしろ彼女が健在であるならば、まだ我々は行動を起こせるに違いない。
《そ、そんなお礼なんて言われると恥ずかしいですよ西住殿〜!》
《ええっ!?》
秋山殿が自分の髪をわしわしとして悶えている様が目に浮かぶ様だ。
お願いですから貴女はもう少し抑え気味で行動してください。
「では、三式には誰もいらっしゃらなかったのですか?」
「はい。争った形跡はありましたけど」
西住隊長達の持ち帰った情報はこれもまた奇奇怪怪であった。つくづく今夜は我々の予想を覆す出来事ばかりだ。
「誰かに連れて行かれたんだと思うんだけど、手がかりらしい物は見つから無くて…」
「…まあ、幽霊じゃないって事ははっきりしたな」
気落ちする西住隊長を気遣う冷泉殿には心なしか安堵の色が見える。怪談が苦手な彼女にしてはそれだけでも十分な収穫だったのだろう。
「ちょっと麻子、なんでそう言い切れるのよ?」
「…本物なら猫田達が無事じゃないだろ」
「あ、そっか」
アリクイさんチームを襲ったのが噂の怪談にあるゲシュペンスト・イェーガーならば敵対者をその場で完全に殲滅する。その場合、西住隊長達はさぞ凄惨な光景を目にしていた事だろう。そういう意味では喜ばしい状況だ。
「ですが、猫田さん達を連れ去った人は何をしようとしているのでしょう?」
とはいえ、五十鈴殿の言う通り猫田殿達の安否が気になる事は変わらない。
「さらに気になるのは、カメさんチームを襲撃したと思われる相手です。我々がここまでほぼ全速力で移動してきたにも関わらず、犯人はその逆方向の相手を襲ったのですから」
「まさか、一人じゃないって事?」
「向こうも移動に戦車等を使った可能性がありますが、それにしては履帯の後がありません。武部殿の言う通り、犯人が複数いる可能性の方が高いでしょう」
「さすが秋山さん。名推理ですわね」
「いやあ、それほどでもありません」
得意満面の秋山殿だが、その推理には一つ大きな穴がある。
「………もしそうなら、会長さん達を襲ったのとは別の人達が私達を襲ってると思うんだけど」
「あっ」
そう。相手が多勢ならば我々を無視する必要がない。それこそ西住隊長の言うようにアリクイさんチームを襲った方が我々を待ち伏せしてしかるべきなのだ。
「に、西住殿の威光に恐れをなしたのですよ、きっと」
「…私、そんな怖い顔に見えるのかな」
「いえまったく! 西住殿は愛らしい方です!」
どちらですか、秋山殿。
「ねえ、とにかくカメさんチームの方に行かない? 向こうに手がかりが残ってるかも?」
「そうだね。会長さん達の事も気になるし」
「…じゃあ、行くぞ」
「はい、発進してください。あとの私達で周囲の警戒をします」
西住隊長の指示の元、我々は走行を再開する。
現在午後8時45分。依然として状況は好転せず、混迷を深めていた。
結局の所、カメさんチームの38t(自動車部により手を加えられ、こちらも改型というべきかもしれないが)もまた無人のまま放置されていた。ある程度予想されていた事だが、やはりいい気がするものではない。ただし、前回と異なる点が一つ。
「…ここまで明らさまというのも、何だか不気味ですね」
「そうだよね…」
秋山殿の言葉に答える西住隊長は沈痛な表情だった。
彼女の手には紙切れが握られている。38tの車内で発見されたそれには演習場内のある位置が記されていた。
「…罠だろうな」
「どこから見ても怪しすぎるもん、これ」
冷泉殿と武部殿の言葉は端的に相手の意図を表している。
これは十中八九こちらを誘導する為に残されたものと考えて間違いないだろう。
「とはいえ、みほさんの心は決まっているのではありませんか?」
「…うん。ごめん」
五十鈴殿の指摘に西住隊長は頷いた。
そう。ここで仲間を見捨てて撤退するという選択肢は彼女に選べない。
彼女の沈んだ表情は最悪の条件下へ友人を巻き込んでしまう事への罪悪感によるものだった。
「みぽりんはそんな事気にしないの。私らは好きでやってるんだから」
「そうですよ。覚悟はとっくにできてます!」
「ありがとう。出来るだけ危ない事はしないようにするから」
彼女の友人達もそれを理解しているのだが、だからこそ西住隊長は罪の意識を拭えないのかもしれない。
「…出発するぞ。後悔は他の連中を助けてからだ」
「そうですわ。こういう時こそ迷いは禁物です」
「うん。…よし!」
自分の両頬を軽く叩いた西住隊長の表情が引き締まったものに変わる。
気持ちを切り替え、今は最善を尽くす事に集中するべく少々乱暴な真似をしたのだろう。
「指定の位置へ移動します。パンツァー・フォー!」
「…了解」
我々は再び走行を開始する。
午後9時13分。混迷を深めていたこの事態だがようやく解明への道筋が見えてきていた。
紙片に記されていた地点には小さめの廃屋が存在していた。
木造のそれは随分と痛んでいるが、数人の人間を監禁するだけの要は備えているだろう。
「私が様子を見てきます。さっきと同じで華さんは私の携帯と通話したままにしてください。麻子さんは発進待機を」
「では、私も先ほどと同じくお供しましょう」
「でも…」
「水臭いですよ西住殿。一人より二人の方がもしもの時も安全です」
秋山殿の意思は固いようだ。確かに今の責任感に追われた西住隊長を守るには最適の人選だ。
「…うん、そうだね。沙織さんたちはここで待機していて」
西住隊長も秋山殿が正論を述べている事を理解しているようだ。自分の感情を理性で正せるのなら、まだ彼女は正常な判断を下せるだろう。指揮官とは常に冷静に理性で判断を下すべきである。もちろん人間が感情を完全に排する事はできないが、感情に振り回されていては指揮官失格なのだ。
「私と優花里さんに何かあったら、すぐに戻って応援を呼んできて。これは隊長としての命令です」
西住隊長が『命令』という言葉を使うのは非常に珍しい。ここまでの強い口調は、友人と仲間の意思を尊重する彼女の主義に反すると言ってもいい程だ。それほどに今の状況に危険を感じているのだろう。これ以上友人達を危険な目に遭わせる事はできないという彼女の意思が感じられる。
「…分かった」
冷泉殿以下3名の了解を確認して西住隊長は降車した。秋山殿もそれに続く。
「…あのさ。華、麻子」
「分かってますわ沙織さん」
「…ああ」
ううむ。どうやら武部殿達の了解は形だけのような気がする。
隊長の命令に背くなど下士官として失格なのだが、今の西住隊長には焦燥が散見される事もまた事実だ。
不調の色を隠せない上官の命令に唯々諾々と従う下士官もまた、士官失格ではないかと私は思う。
「みほさんは責任感が強いですから」
「そこはいいとこなんだけど、今は気張りすぎだよね」
「…今のあいつは無茶しそうだしな」
確かにそうだ。
西住隊長は友人や仲間が危険な状況に陥ると冷静な判断力を損ない易くなる傾向にある。それは彼女の人徳の源でもあるのだが、指揮官としてはマイナスに働く事もあるのだ。
とはいえ彼女達が修めるのは戦闘ではなく、戦車道である。彼女達の決断と行動がそれに反するとは思えないし、むしろ彼女達らしい『道』だとも私は思う。
「華、どう?」
「お二人とも息を潜めている様です。何も聞こえません」
「…廃屋に入る気のようだな」
ハッチから二人の様子を見つめる冷泉殿に倣い、残った二人も廃屋の先を見つめる。
二人が古びた戸を開けするりと侵入する。
そして数秒後。
《誰っ!? きゃぁっ!》
《西住殿! うっ!》
五十鈴殿の携帯電話から二人の悲鳴が響く。
「麻子さん!」
「…行くぞ」
冷泉殿が思い切りアクセルを吹かし私を発進させる。
迷いなど微塵も感じさせない彼女の迅速な操作が私を加速させる。
「命令違反上等よー!」
武部殿、貴女達の友情の深さに私は異を唱えないのですが。いえ、むしろ賞賛するのですが。
「…で、どこで止まる」
「このまま突っ込みましょう!」
「異議なしっ!」
流石にやり過ぎだと私は具申するのですが。
あの建物には西住隊長以下他の面々もいる可能性が高いのですが。
ついでに言えばあの建物は強度的に不安が残る廃屋なのですが。
私が全速で衝突すれば倒壊しかねないと思うのですがっ!
「((突撃|チャージ))っ!」
当然ながら私の叫びは届くことなく、武部殿の掛け声と共に私の車体は廃屋の側壁を貫通した。
かなりの衝撃であったが、幸いにして武部殿達に目立った負傷はない様だ。
「いったぁ、お尻打ったぁ〜」
今のところ建物が倒壊する予兆は見られない。見れば室内のあちこちに補修の跡が見受けられる。外観よりも頑丈に出来ているらしく、これならば即座に倒壊する様なことはないだろう。もっとも、時間と共にその危険性が高まる事には違いないと思うのだが。
「ちょっと、やり過ぎたでしょうか」
まったくもってその通りです五十鈴殿。友人が心配だったのは分かりますが、もう少し冷静な行動をして下さい。こういうのはアグレッシブではなく、無理無茶無謀というのです。
「…いたぞ」
いち早く私から降りた冷泉殿は腰を抜かしている西住隊長と秋山殿を発見していた。
「び、びっくりしたぁ…」
「み、皆さんも無茶しますね。結構危なかったですよ」
「いやぁ、それほどでもないけどね」
いえ、これは褒められてませんよ武部殿。
「それよりもみほさん達を襲った不審者はどこですか?」
「…ええっと」
友人達の行動を咎める事も忘れ、西住隊長は屋内の一角を指差した。
そこには縛られた会長殿を始めとしたカメさんチーム、アリクイさんチームの面々と。
「あら、アンチョビさんではありませんか?」
「ううっ。きゅ〜」
アンチョビ女史を含めアンツィオ高校の戦車道チームが数名気絶していた。
「…なんで十把一絡げみたいに積み重なってるんだ、こいつら?」
「本当、なんででしょうね…」
冷泉殿の疑問も当然であり、その光景は秋山殿ですら困惑する程の異様なものであった。
いったい何が彼女達をこの様な惨状にしたのか、今の我々には知る由もなかった。
その後、我々は捕らえられたチームメイトを解放し、気を失っていたアンツィオ高校の面々を拘束した。
先ほど西住隊長達が悲鳴を上げたのは、アンツィオ高校の死屍累々ぶりがショッキングだったかららしい。
確かに、失神したアンチョビ女史達が山と詰まれた状態を暗がりで見れば死体の山と勘違いするのも無理はない。
同時に彼女達の荷物には件のゲシュペンスト・イェーガーに扮装できる衣装もあった。
どうやら例の不審者はアンツィオ高校の面々であったらしい。
「何よ、ちょっと驚かせてあげようと思っただけじゃない」
「ふざけるなっ! これは拉致監禁だぞ!」
悪びれないアンチョビ女史にくってかかっているのは意識を取り戻した河嶋殿である。
当然ながら彼女の激昂具合は最高潮であった。
「別に変な事はしなかったし、朝には帰してあげるつもりだったわよ」
「なにを―」
「まーまー。みんな無事だったからいいっしょ」
珍しく会長殿が仲裁に入る。
事実、河嶋殿を抑えられるのは彼女と小山殿に限られるのだ。
「ふん、まあいい。で、残りの共犯者はどこだ?」
「はぁ?」
「はぁじゃない! ここにはお前を含めて小柄な女子しかいないだろう! 我々を襲った大柄な男はどこだっ!」
「知らないわよそんなの! というか、私達を襲ったあの化け物こそアンタ達の差し金じゃないの!?」
「それこそ知らん! 都合が悪いからといい加減な事を言うな!」
「嘘じゃないわよ!」
河嶋殿とアンチョビ女史の言い分は平行線の様だ。
とはいえ、確かにこの事件にはまだ不明瞭な点が多い。彼女の証言は重要な情報源になるはずだ。
「アンチョビさん達は、どうしてここで気絶なさっていたのですか?」
「だからぁ! アンタ達の差し金なんでしょ、あの亡霊モドキは!」
「いえ、私達は存じません。それと、河嶋先輩の言う大男はご存知ですか?」
「知らないわよ! 私達が来た時には3人そろって間抜け面さらして気絶してたわ!」
「だれが間抜け面だっ!」
河嶋殿の抗議は置いておくとして、五十鈴殿がアンチョビ女史から聞き出した情報は非常に大きな意味を持っていた。
「…一応聞いておきますけど。猫田さん達を襲ったのは皆さんなんですよね?」
「え、ええそうよ。あっさり気絶しちゃったから拍子抜けだったけど」
なぜか畏怖の表情を滲ませながら西住隊長の質問に答えるアンチョビ女史に、虚偽を述べている様子はない。
「次に、会長さん達が気絶しているのを見つけたからここまで連れてきた」
「…そうよ」
「そして、正体不明の人物に襲われて気絶していた」
「そうだけど。だからさ、あれってアンタ達の仕業なんでしょ? ね?」
半ば懇願が混ざったアンチョビ女史の言葉に首を横に振る西住隊長の表情は厳しかった。
その若干血の気の引いた彼女の顔から嘘はないと分かったのだろう。アンチョビ女史以下アンツィオ高校の面々はひっ、と呻き震えだした。
「38tに残されていたメモは?」
「し、知らないってばぁ!」
アンツィオ高校の面々はパニック寸前であった。
ようやく自分達を襲った存在の異様さを把握したのだから無理もない。
「…私達が見たのは確かに大柄の男の人だったよ。青白い火のランタンも持ってた」
「…そうですか」
小山殿の証言に沈痛な表情で頷く西住隊長。
頭痛もしよう。状況はまだ解決していないのだ。
「う、嘘だ。全部こいつらの仕業なんだ。でないと…!」
河嶋殿が必死に否定しようとしているが、もはや誤魔化しようがない。
これは―
「幻だね、うん」
誰もが認めようとした事実を、会長殿は何でもない事の様に言い切った。
「私らの見たのは恐怖心が見せた幻覚。そうだよね、河嶋、小山?」
「は、はい! もちろんです!」
「そ、そうですね! 会長と桃ちゃんがそう言うなら間違いないよね!」
「アンチョビちゃん達が見たのも疲れが見せた幻。そうでなきゃ西住ちゃん達がW号で突っ込んだ時に気絶した言い訳だよ、そうだよね?」
「そ、そうね! そういえばそんな気がしてきたわね!」
会長殿の強引極まりない理屈に全力で頷く彼女達を、誰が責める事ができよう。
誰だって恐ろしい事実より優しい嘘を受け入れるものなのである。
「…あの」
「これで良いんだよ、西住ちゃん。流石に亡霊の相手なんて私らにはできないんだから」
「そう、ですね」
疲れた表情で頷く西住隊長の肩を会長殿は優しく叩いた。
「お疲れさん。という訳で号令よろしく」
「これより撤収します! それはもう可及的速やかに!」
『異議なしっ!』
午後10時21分。我々は迅速に演習場から撤退した。
その様は誰もが見ない存在の恐怖に突き動かされた異様な光景であった。
その後、我々の練習に使用する場に不審者が出没するという事はなくなった。
こうして一晩限りの不審者改め亡霊騒ぎは幕を下ろした。
果たして彼女達が目にした青白い鬼火をかざした大男は何者だったのか。
我々が知る事はないだろうし、知ってはいけない事なのかもしれない。
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前回の続きです。 ハートフルしつつ、ホラー要素も入れて。 …夏に書けばよかった。 |
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