【K】それが最善だと信じた |
先日の十束多々良殺害に端を発した無色の王事件により甚大な被害を被った学園島──葦中学園高校は、表立ってはいないが黄金の王直々の援助により滞りなく修繕作業が行われている。
かの件に巻き込まれた学生たちは一様にウサギによる記憶操作を受けており、王の存在は白日の下に晒されることなく、寮や校舎の損壊も電気系統の不具合による爆発とされた。校舎裏の神社にできた窪地は一般人が立ち入る前に封鎖されたため人目に触れることはなく、吠舞羅とセプター4の学園島への乱入もなかったこととされた。
一番簡単な辻褄合わせをするならば、吠舞羅とセプター4のいざこざが学園島へ飛び火したとするのが妥当であるが、「両クランへこれ以上の迷惑をかけることは本意ではなく、事の発端となった者が現在存在しない以上、あれのしでかしたことの尻拭いは自分の役目である」と黄金の王がすべてを引き受けたのだった。
それにより事後処理が格段に減ったとはいえ、セプター4の業務である異能者犯罪の対応がなくなったわけではない。
そのような状況下にありつつも、王同士の戦いにより消耗した宗像には休養が必要であると淡島が強く主張した甲斐もあり、また今回に限っては第四分室室長としてではなく宗像礼司個人として動いた点も否めず、多少の申し訳なさを感じていたか三日とはいえ宗像はしばし業務から離れた。
そんな宗像が昼過ぎに小雪のちらつく中を屯所から出ていく後ろ姿を目撃した翌日、善条は旧資料室に思いもかけぬ者の来訪を受けた。
むすり、と引き結ばれた唇と見るからにやる気のない気だるげな立ち姿に加え、目の前の相手すら見ていないのではないかと思わせる半分眠ったような目。規律に厳しいセプター4において異質としかいいようのない男を眼下に、善条は、ふむ、と軽く顔の傷を無意識のうちに撫でる。
宗像の元で初めて会ったときにも思ったが、やはり纏う空気自体が他の隊員とは異なる男だ。
「なにか、ご用ですか」
「用がなきゃこんなとこ、わざわざ来ませんよ」
チッ、と舌打ちをひとつ漏らし、伏見は面倒くさそうに首を傾けてやや上目に善条を見上げる。
「淡島副長からアンタを呼んで来いって言われたんですよ」
「うん?」
「なんか面倒なことになってるから手を貸して欲しいみたいですけど、詳しいことは執務室に行って直接聞いてください」
じゃ伝えましたから、とたまたまその場に居合わせただけで使い走りのような役目を押しつけられた伏見は、善条の返事も聞かずにさっさと踵を返し、薄暗い廊下の向こうへ姿を消した。
一体なにが、と訝るも心当たりなどあるわけもなく、あの淡島が他者の手を貸りたいというのだから余程のことであろう、と善条は表情を引き締め室内へと一旦戻り、作成途中の報告書をおぼつかない手つきで保存しフォルダへ納めたのだった。
廊下の向こうからゆっくりと近づいてくる巨躯に気づいた淡島は、思案気にやや俯き加減であった顔を上げ執務室の前で姿勢を正し善条を待つ。
「お呼びだてして申し訳ありません」
「いえ、それは構いませんが」
なにがあったのかと視線だけで問えば、淡島は緩く息を吐いてから背後の扉に、ちら、と目をやり「実は……」と非常に言いにくそうに口を開いた。
軽く相槌を打ちつつ一通り話を聞き終えた善条は、ゆるり、と顔の傷を撫で「それは……困りましたね」と現在の状況と自身の心境を同時に表すにふさわしい言葉を漏らす。
「自分が来たところでどうにか出来るとは思えませんが……」
謙遜でもなんでもなく思ったままを正直に告げれば、淡島は緩く左右に頭を振ってから「そんなことはないと思います」と善条を凛とした眼差しで見上げた。
「室長はあなたには一目置いておられますから」
「それは、買い被りです」
揺るぎないまっすぐな眼差しが居心地悪く、善条はそれを誤魔化すかのように首裏を大きな掌で、ゆるゆる、と撫でる。
「残念ながら私の進言は聞き入れていただけませんでした」
やんわりと淡島を制した宗像の姿が容易に想像でき、善条は喉奥で不明瞭な呻きを押し殺す。副官として力及ばず自分を責めている感のある淡島の無念さは、かつて前王の右腕であった善条は多少なりとも理解できると思っている。ここでなにを言ったところで結局は、彼女を哀れんでいることになってしまうと善条は敢えて口を開かなかった。
押し黙ったまま緩く拳を作り、コツコツ、と扉を叩く。淡島が脇に一歩移動したのと同時に、無遠慮と知りつつも応えのないままに扉を押し開ければ、気配でとっくに気づいていたかどこか困った顔で宗像が訪問者を見ている。
「まさか貴方を引っ張り出してくるとは。これは参りました」
戯けたように肩を竦めてみせる宗像はなるほど、話に聞いた通りの状態だ。いつも通り感情の見えない涼しい顔をしてはいるが、よくよく見れば目は、とろり、と潤み、視線もどこかおぼつかない。これでは淡島が心配するのも仕方のない話だ、と善条は内心でため息をつき、気の進まないまま、のそり、と執務机へ近づいた。
一歩遅れて室内へと入ってきた淡島を振り返ることなく善条は王を見下ろし、「もう一日休んだところで大差ないでしょう」と静かに告げる。
「貴方のそういうところ、好きですよ」
前振りもなくズバリ直球で切り込んできた善条に、さすがの宗像もやや苦い笑いを漏らす。
「ですが、三日も室長不在というのはさすがに関係各所の風当たりが強くてですね、更にもう一日というわけにはいかないのですよ」
総理大臣すら黙らせることのできるセプター4の長に、一体誰が難癖を付けてくると言うのか。だが、頭から嘘だと断じるには確証がなく、善条はわずかに片眉を上げるにとどめた。
「例えお飾りでも私がここにいるという事実が重要なのです。幸いにも現状、私が出るほどの案件はしばらく起こらないでしょう」
なんでもない顔で告げられた内容に背後の淡島が小さく息を飲んだのを感じ、善条は唇を引き結ぶ。赤の王不在の今、青の王である宗像に匹敵する力を持つ者は事実上おらず、更にはあと数年は現れないことを善条は経験上知っているからだ。
「室長宛の連絡は私がすべて取り次ぎます。ですから室長はお部屋でお休みになってください」
「キミが優秀なのは十分理解していますが、淡島君には淡島君の仕事があるでしょう。そちらを疎かにしてはいけません」
宗像の言い分を聞いて尚、言わずにはいられなかったか淡島が口を開くも、宗像はそよぐ柳のように意図も容易くそれをかわしてしまう。
こうして話している間にも宗像の症状が悪化の一途を辿っているのは明らかで、善条は宗像と淡島両者の言い分を踏まえた上でどうにか落としどころを考える。
ゆうるり、と室内を見回し、ふむ、と小さく頷くと左手側に顔を向けたまま「それなら」と口を開いた。
「そこに布団を持ち込んで寝てもらえばよいのではないかと」
善条が見ているのは茶室を模した畳の敷かれた一角だ。当然、このような莫迦げた案が通るとは善条自身も思っていない。だが、執務室から離れないと言い張る宗像と、体調を崩している宗像に身体を休めて欲しい淡島。両者の希望を取り入れた結果、これしか考えつかなかったのだ。
提案したはいいものの両者から反応がなく、やはり莫迦なことを言った、と善条が後悔しつつ顔を正面の宗像に戻せば、意外なことに彼は目を丸くしており、反射的に背後の淡島を見やれば、彼女も驚いたように宗像同様目を丸くしていた。
「その手がありましたか」
「早速手配します」
それだ、と言わんばかりに両者からどこか感心した目で見られ、善条は複雑な心境で顔の傷を撫でさすったのだった。
布団と共に運び込まれた寝間着に着替えた宗像がおとなしく横になったのを見届け、淡島は善条に「あとはよろしくお願いします」と頭を下げてから静かに退室した。
なにかあったときに宗像ひとりでは不安であると、言葉にはしていないが揺れる淡島の瞳で察した善条は、自分が言い出した以上できる限り助力する、と申し出たのだ。
執務室に訪れる者があれば応対し、電話が鳴れば内容に応じて余所へ回せるものは回し、判断の付かないものはその都度宗像の意向を聞く。その程度しかできないが、と控えめに告げれば、それで十分です、と宗像が了承したこともあり、話はすんなりと纏まった。
善条は枕元ではなく足元に控えている。寝顔を見ないための配慮か、はたまた別の理由かは定かではない。
「正直、給料泥棒のようで落ち着きません」
不意に、ぽつり、漏らされた言葉に宗像は、くつり、と喉奥で笑い「今更なにを」と辛辣な言葉を柔らかな声音で投げ返す。執拗につつくも色好い返事を寄越さず、今は亡き青年を使わなければあの旧資料室から出てくるつもりのなかった男だ。だが、ようやっと引きずり出したとはいえ、余程の案件でない限り出動させる気はないのだから、宗像にもその責任の一端はあると言えた。
淡島の乗せていった濡れタオルの下から、ちら、と足元を見やれば、善条は壁を背に道場にいるとき同様正座をしている。宗像の皮肉は聞き流したか、これといった反応は見せず僅かに目を伏せ畳に目を落としている。
見ようによっては忠犬と言えなくもないが、善条がそのような可愛らしいものでないことは重々承知しており、宗像はいつ喉笛に食らい付かれるかと現実にはあり得ないことを考え、うっそり、と笑む。
会話らしい会話はなく静寂が場を支配する。時折、温くなったタオルを善条が取り替える以外は全く動きはない。実のところ片手でどうするのかと思っていたが、握り潰すという物騒な方法ではあったが彼の握力を持ってすれば水気を切るなど容易いことであった。
不格好に畳まれたタオルの位置を自分で直し、宗像は、ゆるゆる、と息を吐いた。閉じた瞼の裏を、ちらちら、と掠めるのは昨日見た、雪の中、目も覚めるような鮮やかな赤だ。
「我ながら莫迦なことをしたと思っています」
沈黙に耐えられなかったわけではないであろうが、ぽつぽつ、と言葉を漏らし始めた宗像を横目に見やり、善条は静かに問いを投げる。
「昨日はどちらに行かれたのです」
雪の中の外出が原因で現在このような状況に陥っているのだと予想は付いていたか、善条の声に迷いはなく、咎めの響きもない。
「あぁ、見られていましたか。なに、ちょっと愚痴を聞かせに行っていたのですよ」
「愚痴、ですか」
思いも寄らぬ返答に善条は僅かに片眉を上げ、訝る声を押し出した。慇懃無礼を絵に描いたようなこの男は嫌味や皮肉は珍しくないが、愚痴や弱音とは縁遠い所にいる。そう思っていただけに、踏み入るつもりはなかったにも関わらず口を突いて出てしまった言葉に、善条は隠すことなく顔を顰めた。
滅多なことでは感情を露わにしない男が多少なりとも気を乱したのが以外だったか、宗像は何事か口にしようと唇を開きかけるも、その口から言葉が発せられることはなく、代わりのように、ふ……、と吐息のような小さな笑みが漏れ出た。
「えぇ、愚痴です。やりたい放題やった挙げ句、最期に言いたいことを一方的に言ってひとり逝った男です。ならば私も一方的に愚痴を聞かせても良いでしょう?」
雪のなか訪れた物言わぬ墓碑を飾っていたのは、赤のみであった。この季節に一体どこから掻き集めてきたというのか、考えつく限りの赤い花花に埋め尽くされ、遠目から見た赤の王の眠る場所はまるで燃えているかのようであった。
風に吹かれて転がったか、足下に落ちていた真っ赤なビー玉を拾い上げ、そっ、と煙草の上へと置く。供えられていたのは男が好んで吸っていた銘柄で、封が開いていることから供えた者も王と語らいながら吸ったのだろうと想像がついた。
「これから少々つまらない話をしますが、聞いて頂けますか」
瞼の裏に焼き付いて消えない赤は、確実に宗像の深い場所に根を下ろし、じりじり、と、だが着実にその身を裡から焦がしていく。
「私はね、善条さん。この数日ずっと考えていることがあるのです。他の誰にも言うつもりはありませんが、あなたには聞いて頂きたい。いえ、聞く権利がある、と言うべきかもしれません」
この男の持って回った物言いは今に始まったことではないが、善条は腹の奥底から、ザワザワ、と沸き上がる不快とも不安とも畏れともつかぬ正体の掴めぬ感覚に無意識下で愛刀の柄を掴もうとするも、当然のことながら傍らにその姿はない。
「我々七人の王がドレスデン石盤から力と知識を得るということはご存知だと思います。常人の理解を遙かに超えた内容故、言葉で説明するには困難を極めますが、本題には直接関わりのないことなので割愛します」
宗像が素直に善条の申し出を受け入れ他者を排したのは、こうしてふたりで話すことが目的だったのかもしれない。
「続けてください」
目元までタオルで覆っている宗像にわかるよう善条が声に出して了承の意を示せば、では、と小さく言い置いて宗像は、ゆるり、と口を開いた。
「全員が同じ知識を得ているかは定かではありませんが、あの場で白銀の王はこう言ったのです『王は王にしか殺せない』と」
静かに響いたその言葉に、ひゅっ、と善条の喉が鳴った。
「それが事実であるのならば、これまでの事象に一部矛盾が生じます。先代の青の王である羽張迅を斬ったあなたの存在しかり、先代の無色の王より次の王を見極めよと『理』を授かった夜刀神狗朗しかり。どうすればこの矛盾に説明がつくと思いますか」
「……私には、考えも及ばぬことです」
半神である王の理など、ただの人でしかない身でわかりようはずもなく。呻くように言葉を押し出した善条は、ひとつしかない拳を膝上で、ぎり、と強く握り締める。
「言葉を額面通りに受け取れば矛盾ですが、『王に匹敵する力を持つのは王しかいないから』という前提での言葉であれば、話は変わってきます」
王の強さは次元が違う。圧倒的な力を持つ王と対等に渡り合えるのは同じ王の力を持つ者であり、これは揺るぎようのない事実だ。
だが、裏を返せばたとえ王ではなくとも匹敵する力さえ持っていれば、王を殺せると言うことにはならないだろうか。
夜刀神狗朗が得たのは、先代の意志が託された銘刀『理』という形での力。
「本人の力量はもちろんのこと、もうひとつ重要な要素があると思っています。それは王自身が『認める』ということです。羽張迅があなたを自身の右腕と認めたということは、あなたは善条剛毅という一個人であると同時に、青の王自身の剣となったのではないでしょうか」
人という存在から剥離してしまった半神である先代が、右腕と認めた男。
王に匹敵する者がはたして人であるといえるのかは甚だ疑問であるが、常日頃から事ある毎に善条を『鬼』と呼称する宗像は、比喩ではなく本当に善条を『鬼人』と思っているのかもしれない。
荒唐無稽な夢物語であると、一笑に付してもおかしくない話だ。だが、それを語るのが青の王である宗像であるが故に、善条は不用意な発言は避け小刻みに震える口元を強引に引き結ぶ。
「王を斬るということは、言葉で言うほど容易いことではありません。以前、私は羽張迅を斬ったあなたのことを『正しい』と言った。その思いは今も変わりません。そして私自身が赤の王を斬ったことも『正しい選択』であったと思っています」
王権暴発を食い止めるのは一筋縄ではいかないことは元より、王を殺すと言うことはその王が築いてきた物を無に帰し、従ってきた者達の道を閉ざすことと同義だ。
王を失ったクランの末路を過去に二度その目にしている善条は、宗像の言葉に頷くことも首を横に振ることもできず、彫像のように険しい顔で畳の一点を見据えるばかりだ。
青の王は感傷に耽るような男ではないと思ってはいるが、宗像礼司個人ははたして。善条にとって羽張が特別な存在であったように、宗像にとって王であろうとなかろうと周防尊が特別な存在であったことは考えるまでもない。他者の未来を奪ったというその重荷を一生背負い、同時に己の裡に生じた虚無とどう折り合いをつけていくのか。
あぁそうか、と不意に善条は面を上げた。
この男は同じ『王殺し』である自分に話を聞かせたかっただけなのだ。
心情を吐露する相手として同じ過去を持つ者を選んだだけなのだ。
同意も、理解も、慰めも、この場では不要なのだ。
善条は静かに腰を上げ、既に温くなっているであろう額のタオルに手を掛けた。滅多に表情の動かぬ人形じみた顔は瞼を降ろしていることもあってか、更に作り物めいて見える。
「仮に、です」
形の良い唇が吐息のように漏らした言葉に善条は一瞬、手を止めた。
「仮に、あの男が殺した王が『無色の王』だけであったのなら、剣は堕ちなかったと思いますか……?」
静かな問いを耳にしながら、ゆるゆる、と水にくぐらせたタオルをきつく握り締める。
「その場では堕ちずともそう遠くない未来に、双方の剣が堕ちたと、思います」
「そうですか。何故そう思ったかは聞かないことにしましょう」
ふふ、と小さな笑みを漏らし、少し眠ります、と告げた宗像の視界を閉ざすようにタオルを乗せ、善条は定位置へと戻ると長らく忘れていた幻肢痛に顔を顰めた。
赤の王のダモクレスダウンに至近距離で巻き込まれながらも生き残れたのは、青の王の最期の加護のおかげであった。善条にとって唯一無二の王が死出の共にと連れて行ったのは左腕のみで、今でもその時のことを夢に見る。
王同士が深く関わり合えば、良くも悪くも影響し合い、均衡は崩れる。それは当人が一番わかっていることであり、その点に関しては羽張とは違い宗像は見誤ることはなかった。
羽張はたった一歩、退くのが遅かったのだ。
中身のない袖を音がしそうな程に握り締め、ぎり、と奥歯を噛み締める。
刹那、鈍く響いたノックの音に、はっ、と我に返り、善条は知らず滲んでいた額の汗を乱暴に拭いながら立ち上がるや大股に扉へと寄った。
「はい」
さほど待たせたつもりはないが、扉の前にいた伏見は資料室を訪れたとき同様、むすり、と唇を引き結んでおり、もしやノックの音を聞き漏らしたかと思い、善条は「待たせてすまなかった」と詫びの言葉を口にする。
「いえ、そんなには待ってないです」
不機嫌の理由は他にあるようで、伏見は手にしていたトレイを、ずい、と自身の胸より高い位置に突き出した。
「室長の昼食です」
見れば小さな土鍋と茶碗がひとつ伏せられており、伏見の思いも寄らぬ行動に善条が言葉に窮していれば、トレイを掲げたまま伏見は僅かに顔を逸らすと、チッ、と舌打ちを漏らした。
「淡島副長が持って行くと言っていたのを阻止したんだから褒めてくださいよ」
「あ、あぁ……それは、うん、大変だったな」
土鍋と茶碗以外なにも乗っていないトレイを見下ろしつつ、善条が労いの言葉をかける。淡島がこよなく愛する黒い物体の入った粥は、病人でなくとも拷問以外の何者でもない。
「だが、宗像室長は先ほど眠ったばかりで……」
「叩き起こしてください」
容赦のない返答にさすがの善条も苦笑を漏らし、善処する、との応えと共にトレイを受け取った。
用は済んだとなおざりな敬礼ひとつで踵を返した伏見だが、扉が閉まる寸前に足を止め、「アンタは……」と振り返りもせず問いと思しき声を発した。
「アンタは今回の件、どう思ってるんです」
やはり振り返らず言葉を続ける伏見の背中を前に、善条は軽く片眉を上げる。声音からして事件の上っ面の感想を聞きたいのではないと言うことは感じ取れたが、底意が汲めないのだ。
「各々が最善だと信じ、行動した結果を、私はとやかく言える立場ではありませんので」
言葉をぼかせば伏見は、かしかし、と怠そうに後ろ頭を掻き、そうですね、と小さく漏らした。
「王権暴発という最悪の事態は免れましたね。ただ、十年前とは違って王が王を殺すという、ある意味、最悪の結果と言えなくもないですが」
ゆうるり、と肩越しに振り返った伏見は暗く底の見えない瞳で一瞬善条を見やり、ゆっくりと瞼を伏せる。
「また、斬るんですか」
善条が先代の青の王を斬ったことは公にはされておらず、旧セプター4でも知っている者は極僅かであった。新体制となった今、知っているのはそれこそ宗像くらいのものだが、情報収集能力に長けた伏見がそのことを知っていてもなんら不思議ではないと、善条は自分でも驚くほどに相手の言葉を冷静に受け止めている。
「それが最善であるならば」
斬るでしょう、と静かに応じた善条に伏見は軽く目を見張り、先の問いに含ませた意味を正確に酌み取っているであろう男に向かって「否定しないんですね」と軽く肩を竦めた。
「君たちは青の王を守ることだけを考えればいい」
「あの人は守られるようなたまじゃありませんがね」
再度肩を竦めて見せ、伏見は「冷める前に食わせてくださいよ」と言い置き、長靴の音を響かせることなく廊下の向こうへと消えたのだった。
その背を見送った善条はふと、彼も王を失ったと言うことになるのだろうか、と先ほど見せた暗い瞳を思い出し、二度目はないことを願った。
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2013.01.31
説明 | ||
・#13後の話。SIDE:BLUEのネタバレも含むためご注意ください。 ・全力であれこれ捏造してます。ほんとに『王は王にしか殺せない』ってアレどういうことなの…… |
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