銀の槍、恨まれる |
にぎやかな都の大通りの裏の仕立て屋。
そこに小豆色の胴衣を着た、研ぎ澄まされた鋼のような銀の髪の一人の男が入っていった。
「……邪魔するぞ」
「……アンタか、槍次」
仕立て屋の主人は将志を見ると、そう呟いた。
この仕立て屋は仕事の手配師もしており、将志は出稼ぎのために出向いていたのだった。
なお、槍次というのは将志が仕事を請けるときに使っている偽名である。
何故そんなことをしたかと言うと、以前本名で仕事を請け負った際に有名になりすぎ、時がたった今では名乗った時に妙な眼で見られることになったからだ。
((鑑 槍次|かがみ そうじ))。それが今将志が名乗っている名前である。
ちなみに、これは将志が『掃除』で『鏡』を磨いている間に思いついた偽名であった。
「……仕事はあるか?」
「……あるな。それも槍ヶ岳の後継者個人に向けたのがな」
それを聞いて、将志はいぶかしむ様に眉をひそめた。
通常、この手の仕事は全員が受けられるようになっているものである。しかしこの依頼は個人に向けてのものなのである。
事と次第によっては、依頼人が仕事人を罠に掛けようとしている可能性が考えられるのであった。
「……依頼人がわざわざ俺を指名してきたのか?」
「いや、そういう訳じゃない。以前から色んな奴が失敗した依頼が余所から舞い込んできただけだ。となれば、必然的にうちの看板に任せることになるだろう?」
将志は主人の出したその情報を聞いて警戒を若干解く。
しかし罠である可能性は減ったとは言えども、かなり難易度の高い依頼であることは違いないので気を引き締める。
「……つまり、任せられるのが俺しか居ないと?」
「そういうことだ。妖怪退治は初めてじゃないだろう?」
「……まあ、確かにそうだが……妖怪がらみなのか?」
「ああ。何でも、はずれの森の中の小屋に妖怪が住み着いたらしくてな。その持ち主が対処に困って依頼してきたんだよ」
主人は依頼の内容を簡潔に説明する。
それを聞いて、将志は眼の色を変える。妖怪がらみとなれば、自分が出たほうが平和に片付くからである。
「……ほう。それで、依頼人はどこだ?」
「依頼人は用事があるらしく帰ったぞ。その代わり、ことの詳細を書いた書簡を賜っている。これだ」
将志は主人から書簡を受け取ると、内容を確認した。
そこには依頼の概要と報酬の提示、そして目的地までの地図が書かれていた。
「……成る程、必要な情報は全て書かれているわけだ。報酬の額もこの額なら妥当なところだな」
「……それで、受けるのか?」
主人は少々厳しい表情で将志にそう尋ねた。
主人にとって、将志は裏の顔の看板なのである。
それを失うことになれば、手配師としては大打撃を受けることになるのだ。
「……受けよう」
将志がそういうと、主人はため息をついた。
「……まあ、アンタがそう言うなら止めはしない。……生きて帰って来い」
「……ああ」
将志は短くそう答えると、仕立て屋を後にした。
夜、将志は地図を頼りに妖怪が出るという小屋へ向かった。
小屋は森の奥にポツリとたっており、かなり長い間放置されていたことが分かる。
「……行くか」
将志は偽装のための漆塗りの槍を地面に刺すと小屋に向かって歩みを進めた。
妖怪を相手にすると言う仕事から、自分も妖怪であると言うことを示したほうが話が通るからである。
将志は小屋へとまっすぐに歩いていく。
「……っ」
「あああああああああ!!」
将志が小屋に近づくと、上から突然炎が降って来た。
将志はそれを後ろに飛ぶことで躱す。
「……罠か」
将志は今までの状況を鑑みて、冷静に判断を下した。
そう、この依頼は最初からおかしかったのだ。
顔を出さない依頼人、数々の失敗の報告、使用された形跡のない小屋。
思い返してみれば怪しい点がいくつもあるのだった。
「……探したよ……まさかあの女の護衛が妖怪だったなんて思いもしなかった」
炎の中から声がする。
その声は少し低めの女性の声だった。
「覚悟は良いか?」
炎が消えると、中からは白い髪の少女が現われた。
少女の顔は憤怒に染まっており、将志のことをにらみつけていた。
「……覚悟、と言われても俺には全く身に覚えが無いのだがな?」
「うるさい!」
叫ぶ少女から炎が放たれる。
将志はそれを横に飛ぶことで回避し、少女を見据える。
「……あの女はもういない……だけど、あの女が大切にしていた奴は目の前にいる。だから、私はあんたを滅茶苦茶にしてやる!」
再び少女から激しい炎が放たれる。それはまさに、憤怒の炎であった。
炎は周りの森を焼き、周囲を真昼のように明るく照らし出した。
「……目的は復讐か?」
将志は迫りくる炎を躱しながら少女の目的を探る。
炎は将志の頬を軽く焼きながら通り過ぎていく。少女がどこまで巨大な炎を出せるか分からないため、あえてギリギリで避けることで放つ炎の規模を拡大させないようにしているのだ。
「……一つ訊こう。あの女とは、誰のことだ?」
「あんたに答える筋合いは無いっ!」
熱風が将志の銀の髪を焦がしていく。
爆発する感情に任せて放たれる炎によって、周囲は火の海と化していた。
「……ちっ」
将志は足元を焦がし始めた炎を避けるために空へと上がる。
「逃がすかぁ!」
そこをすかさず火の鳥が突っ込んでくる。
将志はそれを冷静に見極め、回避していく。
「…………」
将志はどうするべきか考えた。
少女の言動と己の今までの行動から推察して、あの女とは恐らく輝夜のことであろう。そしてこの少女を放置した場合、今後どこで襲われるか分からない。
つまり、永遠亭にいる輝夜や永琳が危機にさらされる可能性があると言うことである。と言うことは、何とかしてこの炎の少女を止めなければならない。
そこまで考えて、将志は妖力で銀の弾丸を作り出し、少女に向けて撃ち出した。
弾丸は迫りくる炎を貫き、少女の左肩と右わき腹に命中した。
「あうっ、まだまだあああああ!!」
しかし少女は傷を負っても止まる気配が無い。
それどころか、先程よりも激しく燃え上がりながら将志に攻撃を仕掛けてくる。
そこに、躊躇など存在しなかった。
そんな自らの怪我をものともしない少女の姿を見て、将志は眼を閉じた。
「……お前の怨み、請け負おう」
将志は祈るようにそう呟くと、銀の槍を作り出した。
その間に、少女は夜空を赤く照らしながら将志に迫っていく。
そんな彼女に、将志は正面から向き合った。
「……ふっ」
「うっ!?」
将志は銀の槍を躊躇うことなく少女に向かって投げた。
槍は少女の心臓を、狙い違わず貫いた。
少女はキョトンとした表情を浮かべたまま、頭から地面に落ちていく。
「…………」
将志は地面に降り、少女を見やった。
少女の左胸には、自身が放った銀の槍が突きたてられている。
「……すまない」
将志はそう言って少女に背を向け、立ち去ろうとする。
「……っ!?」
しかし、強烈な殺気を感じて将志は空へ飛び上がった。すると少し遅れて将志が立っていた所を炎の激流が走っていった。
その先にあった木々は一瞬にして燃え上がり、崩れ落ちていく。
「……これは、いったい?」
「おおおおおおおおおおお!!」
将志が想定外の事態に困惑していると、下から再び炎が飛んでくる。
見ると、その炎の中に先ほど心臓を貫かれたはずの少女がいた。
胸の傷はふさがっており、跡形も残っていなかった。
「……くっ、どうなっている?」
将志は少女の攻撃を避けながら銀の槍を三本作り出す。
そして、少女に向かって一気に投げつけた。
「ぐうっ! このおおおおお!!」
が、少女はその槍を身体に受けながらも攻撃をやめない。それどころか、怒りが増したのか攻撃は更に苛烈になっていった。
「……くっ、まさか……」
ここまでの少女の挙動を見て、将志はある推論へと至った。
それは、少女が蓬莱の薬を飲んだのではないかと言うことであった。
もしこの少女が輝夜と関係があるのならば、可能性が無い訳ではない。そもそも、輝夜と関係がある人間であるならば、数百年経った今を生きていることすらおかしいのだ。
……長い戦いになる。
そう思った将志は、小さくため息をついた。
将志のため息から数刻の時が経った。
「かはっ……いい加減に、食らえ!」
「…………」
少女が放つ炎を将志は淡々と避ける。
少女の身体には先ほどから何度と無く銀の槍が突き刺さり、出血を強いている。
あれほど苛烈だった炎は疲労のせいか段々と小さくなっていた。
「……く……はあっ!」
「……当たらん」
既にフラフラな状態の少女に対し、平然と立っている将志。
勝負は既に決しているようなものの、少女は諦めようとしない。
「……そこまでにしておけ。これ以上は無駄だ」
「う、うるさい!」
放たれる火の玉。将志はそれをあえて避けずに、槍で切り払った。
もはやお前の炎など恐るるに足りん、そう言わんばかりの行動であった。
それを見て、少女はその場にへたり込んだ。体力と精神の限界が来たのだ。
「……くそっ……なんで、当たらないの……」
少女はしゃがみこんだまま、悔しげにそう言って涙をこぼした。
そんな少女に、将志は声をかける。
「……生憎と俺の命は俺だけのものではないのでな。当たってはやれん。ましてや、俺が襲われる理由が分からないのでは、降りかかる火の粉をふりはらうことしか出来んよ。……いったい何があった?」
「っ、アンタに話すことなんて、ないっ……!」
少女は泣きじゃくりながら将志にそう言い放つ。
それを聞いて、将志はふっとため息をついた。
「……そうか。では、話す気になったら聞くとしよう」
将志はそういうと座り込み、焼け落ちた小屋の燃え残りに寄りかかった。
そして少女に動きがあるまで待つことにした。
しばらく時間が経ち、少女の気力と体力が回復する。
少女が立ち上がるのを受けて、将志も立ち上がった。
「……まだやるつもりか?」
将志は槍で肩をトントンと叩きながら少女に問いかける。
あえて挑発するような素振りをしているのは、少女の心を折るためである。
「当たり前じゃない。私はアンタを滅茶苦茶にするまでは諦めないよ」
「……正直、力の差は歴然だと思うがね。さっきの様な力任せでは俺には勝てんぞ?」
「私は死なない。何万回殺されたって、アンタに喰らいついてみせる!」
首を横に振り、諭しに掛かる将志に、少女は力強く断言した。
その眼は息を吹き返しており、強い光を放っていた。
そんな彼女に、将志は呆れたようにため息をついた。
「……世話が焼ける」
将志はそう言うと、素早く背後を取って首に槍を突きつけた。
「え?」
少女は呆けたような声を上げて、目の前に現われた槍を見た。
少女からは将志が急に消え、いつの間にか目の前に槍がある状態になっていた。
急激な状況の変化に、少女の頭は軽くパニックに陥っていた。
「……そういう事は、せめてこれを避けられるくらいの力量が付いてから言え。相手の力量をきちんと測れなければ、死ぬぞ?」
「だから、私は死なない!」
「……体は死なずとも、心を殺す方法は幾らでもあると聞くが? 事実、俺は一度お前の戦意をへし折っているわけだぞ? 妖術の中には相手の心を壊すようなものなどいくらでもあるのだがな」
「ぐっ……」
少女は悔しげに口を結ぶと、俯いて黙り込んだ。
将志は少女を放すと、正面に回りこんだ。
「……何にせよ、一度落ち着くべきだ。俺と戦うにも、今のお前ではどうにもなるまい」
将志はそういって、少女の応答を待つ。
少女はしばらく俯いて震えていたが、やがて力なく肩を落とした。
「……私は、お父様の恥を雪ぐことも出来ないの……?」
地面に雫が落ちる。
その様子に、将志は背を向ける。
「……はっきり言って、お前の父親の恥など俺は知らん。お前の言うあの女が誰かなども分からん。だが、たかがその女が懸想した雇われの護衛に殺意を持つほどにその女が憎いか……」
将志はそういうと、再び少女の後ろに立つ。
その理由はその先に身分の偽装に使っていた槍の穂先が落ちているからだ。
「……俺が憎ければそれでも良いだろう。八つ当たりも大いに結構だ。俺はお前が依頼を持っていった仕立て屋で鑑 槍次と言う名で通っている。お前の名を出せば、何度でも相手になってやろう。……名は何と言う?」
将志の言葉に、少女は涙を袖でぬぐった。
「……妹紅。藤原 妹紅」
「……槍ヶ岳 将志。変わり者の槍妖怪だ」
「アンタは絶対に私が倒す。せいぜい首を洗って待ってて」
「……上等だ。そのためにも強くなるが良い。では、俺はこれで失礼するぞ」
将志はそう言うと、燃え残った槍の穂先を拾い上げて燃え尽きた森を後にする。
森を出ると、将志は深々とため息をついた。
「……全く、俺も不可解なことをする。何故あのようなことを言ったのだ、俺は?」
将志は自分で自分の言動に首をかしげた。
しばらく考えて、矛先が主人に向かないように出来たのだからこれで良いという結論に至った。
不思議と心は晴れやかで、確かな満足感に包まれていた。
「……まあ、妹紅の今後に期待か。どこまで強くなれるのだろうな、あいつは」
将志は静かにそう呟きながら、帰路に付く。
その足取りは、とても軽やかなものだった。
しかし、数日後に己が発言を心底後悔することになる。
将志はいつもどおり依頼を受けに仕立て屋に向かった。
「……仕事はあるか?」
「……その前にいつもの客だ」
「……来たね」
主人がそういうと同時に、店の奥から妹紅が顔を出した。
それを見て、将志は額に手を当ててため息をつく。
「……おのれ、またか」
「うるさい、今日こそはアンタを倒す!」
「……俺は何度でもとは言ったが、いつでもとは言った覚えは無いぞ?」
息をまく妹紅に、将志はジト眼を向ける。
事実、妹紅は毎日のように仕立て屋に押しかけ、将志を待ち構えるのだ。
最近では将志の仕事を横取りすることも覚え始め、将志にとっては頭痛の種になり始めていた。
妹紅はそんな将志を一笑に付した。
「そんなの知らん。……覚悟はいいか」
「……良い訳が無いだろう。俺は仕事を請けにきたのだぞ?」
「問答無用! 表出ろ!」
「……喧嘩は町の外でやれ。アンタらの喧嘩は洒落にならん」
将志の手を引っつかんで出て行こうとする妹紅に、主人は布地の在庫の確認をしながらそう言った。
もはや諦めの境地に立っている。
そんな妹紅の手を振り払いながら、将志は主人に抗議した。
「あ、おい! 仕事はどうした!?」
「……そこの猛獣押さえるのが今のお前の仕事だ。それが終わってからまた来な。それまで仕事は無いと思え」
「ええい、往生際が悪い!」
「……どうしてこうなった……」
将志はがっくりとうなだれながら、仕立て屋を後にした。
しばらくして、都の近くの平野に火柱が立った。
説明 | ||
人間に紛れて、様々な依頼をこなしていく銀の槍。当然ながら、彼に恨みを持つものも現れる。 | ||
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そもそも、将志の正体もろくすっぽに調べもしてませんでしたからねぇ。妹紅は色々なところで冷静さを欠いていますね。(F1チェイサー) 復讐鬼・藤原 妹紅、将志に喧嘩を吹っ掛けてモッコモコ…もとい、ボッコボコにされるの巻。妹紅の戦法も言ってみれば、情念に突き動かされるままに、能力に任せて突貫するだけ。…これじゃあ、周囲の森林は焼き払えても、真の強者には碌に手傷も負わせられまいよ。…しかし、当人には復讐のつもりだろうが、第三者には稽古して貰ってる風にしか見えんだろう。(クラスター・ジャドウ) |
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