銀の槍、手助けをする
[全1ページ]

 ある日、朝霧が立ち込める境内の石畳の上で将志がいつものように銀の槍を振るっていると、目の前の空間が裂けた。

 

「将志、ちょっといいかしら?」

 

 その中から顔を出した紫に、将志は槍を振るう手を止めて眼を向けた。

 

「……何事だ?」

「少し相談したいことがあるのよ。出来ることなら、霊峰の妖怪を全部集めて欲しいわ」

 

 紫のその言葉に、将志は眼を伏せて首を横に振った。

 

「……その前に、まずは用件を聞こうか。流石に全ての妖怪に集合をかけるとなるとそう簡単にはいかんのでな」

「ええ、分かったわ。それじゃ、単刀直入に言うわよ。将志、私は月に行ってみようと思うのよ」

 

 紫の言葉を聞いて、将志はピクリと反応した。

 

「……月だと? 月に行って何をするつもりだ?」

「月について調べてみたら、月には大昔に地球を離れた人間達が暮らしているという噂を聞きつけたのよ。その人間達がどういうものか調べてみようと思うのよ」

 

 その言葉を聞いて、将志は眼を閉じて昔を思い出した。

 高度な文明を誇っていた人類、町で出会った人々、そして月への脱出。

 今まで生きていた時間の中ではほんの僅かの時間であったが、自らを形成した大切な時間であった。

 

「……月に居る人間は、かつて地上の穢れを嫌って自らの力で昇っていった者達だ。今の地上の人間などとは比べ物にならないほど発達した文明を誇り、かつてはその全てが妖怪を打倒せしめる力があるほどに強かった者達だ。……それでも行くと言うのか、紫?」

 

 将志は自分が覚えている当時の人間の姿を紫に語る。

 すると紫は興味深そうな眼を将志に向けた。

 

「ずいぶん詳しいわね?」

「……それはそうだ。その当時、俺はその人間達と共に生きていたのだからな……もう気の遠くなるような昔の話だ」

 

 将志は自らの記憶の中の原初の光景を思い浮かべる。

 自らの自己を形成した倉庫の中、主や愛梨と過ごした研究所、六花と出会った金物屋、修行を積んだ喫茶店、そして主と離れ離れになり、全てを失った愛梨と再会した基地。

 それらの光景は色褪せつつも、彼の中から消えることはなかったのだ。

 どこか遠い目をしてそう話す将志に、紫は唖然とした表情を浮かべた。

 

「え、なにそれ怖い。将志、貴方何歳なの?」

「……六花に聞いてみたところ、二億は超えているようだが……」

 

 あごに手を当てて、思い出すようにして将志は答えた。

 それを聞いて、紫は額に手を当ててため息をついた。

 

「……道理で私を子ども扱いするわけね。今ここに居る誰よりも年上じゃない」

「……いや、一番年上は愛梨だな」

「なにそれこわい」

 

 更なる年上が居ると聞いて絶句する紫であった。

 

「……それはともかく、本当に月に行くつもりか?」

「ええ。将志の言うことが本当ならば、今後脅威となりえるのかどうか確かめに行かなければならないわ。そのためにも、私は月に行ってみようと思うわ」

「……なるほど、決心は固いわけだな。それで、俺に話を持ちかけたと言うことは、俺達にそれに同行しろと言いたいわけだ」

 

 力なく首を振る将志に、紫は頷いた。

 

「その通りよ。危険なのは分かっているけど、外からの脅威があるとなればそれに備えなければならないわ。万全を期すためにも、貴方にはついてきてもらいたいのだけれど」

 

 そう言ったのを聞いて、将志は額に手を当てて考え込んだ。

 紫はそんな将志の顔を覗き込んだ。

 

「……駄目かしら?」

「……うちの連中を連れて行ったところで、数が少なすぎる上、月の連中の攻撃に耐え切れるとは思えん。だが、お前をみすみす死なせるわけにはいかん。うちの連中全ては無理だが、俺一人だけはついていこう」

 

 紫の問いに、将志は重々しい口調で答えを返す。

 その表情から、本当はそのようなことはしたくないと言う本音が僅かながら見て取れる。

 

「他の妖怪達はやっぱり駄目かしら?」

「……ここの妖怪達は俺を慕って集まった者達だ。俺が号令を掛ければ即座に集まるだろう……俺はそんな奴らをみすみす死線に送りたくはない。はっきり言ってしまえば、お前が月に行くことすら反対なのだ。それだけは覚えておけ」

 

 将志はそういうと、紫から視線を切り再び鍛錬に戻った。

 それは、それ以上の言葉を拒絶するものであった。

 

 

 

 

 後日、将志は紫に呼び出されて湖畔に向かった。

 空には真円を描く蒼い月が浮かんでおり、湖はその姿を鮮明に映し出していた。

 

「……よくもまあこんなに集まったものだな……」

 

 将志は湖畔に集まった妖怪の数を見て思わずそう声を漏らした。

 そこには数え切れないほどの妖怪がひしめき合っていた。その眼はどれもギラギラと光っており、すぐにでも暴れだしそうな状態だった。

 

「……天狗や鬼達は来ていない様だな……」

 

 将志はそう言って安堵のため息をついた。

 将志の記憶の中では、かつての妖怪の強さや奮戦する人間達の姿が蘇っていた。

 記憶の中の人間達は、近づかれるまでの間妖怪達を圧倒していたのだ。妖怪達も、そんな人間達に対抗するかのようにどんどん強くなっていた。

 ……今の人間を完全に見下している妖怪達に、当時のような強さがあるとは思えなかった。

 

「……浮かない顔をしているな、将志?」

 

 将志が物思いにふけっていると、近づいてくる人影があった。

 その声に、将志はゆっくりと振り向いた。

 

「……藍か。この妖怪達は紫が集めたのか?」

「ああ。いろいろなところに声をかけて回ったからな。行きたくとも来られなかった妖怪を含めればもっと多かったことだろう。もっとも、妖怪の山と銀の霊峰には振られたみたいだがな」

 

 藍はそう言いながら将志の横に寄り添うようにして立つ。

 将志は藍の言葉を聞いて首を横に振った。

 

「……仕方があるまい。妖怪の山はこのような事態にすぐ動けるような組織ではないし、銀の霊峰の妖怪は月の人間の強さを教えられている。正直、ここに居る面子が全滅したとしても不思議ではないのだがな」

「それでもお前は来てくれるんだな、銀の霊峰の首領さん?」

 

 藍はそう言いながら将志に笑いかける。

 

「……紫やお前に死なれると目覚めが悪い。それだけのことだ」

 

 将志はそう言いながら藍から眼を逸らす。

 その言葉を聞いて、藍は途端に不安そうな表情を浮かべる。

 

「……その言葉、そっくりそのままお返しするよ。頼むから、死ぬな」

「……俺には主との誓いがある。そう簡単にくたばるつもりはない。安心しろ、俺はお前達を守り通して生き延びてやる。俺は曲がりなりにも守り神なのだからな」

 

 藍のその言葉に、将志は力強くそう答えた。

 それを聞いて、藍は不満げな表情を浮かべて将志を見た。

 

「やれやれ……生き延びる最大の理由は主のためか……そこは嘘でも私のためと言って欲しいものだ」

「……悪いが、ここだけは譲りたくないのでな」

 

 藍の言葉に、将志はそう言って背を向けるのであった。

 

 

 

 そして、月に移動してから妖怪達は町を目指して行進していった。

 だが、妖怪達の眼は依然として狂気じみた光を宿しており、紫の号令一つですぐにでも飛び出していきそうだ。

 将志は紫のすぐ前を歩く。その視線は周囲の風景を捉えている。

 

「…………」

 

 真横には凪いだ海。星を散りばめた漆黒の空。そして、そこに浮かぶ蒼い地球。

 その全てが将志に感銘を与えていく。

 

「……ここが、主が過ごした月か……」

 

 将志は誰にも聞こえないようにそう呟き、一歩一歩確かめるようにして歩く。

 自分が主と過ごすはずの場所であった月。その地を踏んでいることに、将志の精神は高揚していた。 

 そんな将志を、紫と藍は面白そうに眺める。

 

「……楽しそうですね、将志」

「ええ、戦の前だというのにね」

 

 その声を聞いて、将志は罰の悪そうな顔をした。

 

「……すまない、少々不謹慎だったか」

「いいえ、相手方とぶつかる前には戻って……」

 

 紫はその言葉を最後まで言い切ることが出来なかった。

 何故なら、突然前からけたたましい叫び声と銃声が聞こえてきたからだ。

 

「……交戦開始だな」

「ええ……藍、将志、周囲の警護は任せたわよ」

「了解しました」

「……了解した」

 

 戦いは一方的な展開で進んでいった。

 紫達妖怪軍は、月の軍隊によってどんどん数を減らされていく。

 嵐のような弾丸の雨にさらされると同時に、近づいたところで相手の将に次々と斬られていた。

 

「……やはり、こうなったか……」

 

 怒号と悲鳴の中、将志はただひたすらに眼を閉じ、周囲の気配に気を配りながら弾丸を弾く。

 妖怪達は瞬く間にその数を減らし、散り散りになっていく。

 

「舐めるなああああ!」

「遅い!」

「ぐええええええ!」

 

 散っていく妖怪達の声を、将志はただ黙って聞くことしか出来ない。

 血の気が多すぎる妖怪達までを救うような手段はないのだ。

 

「……紫、これ以上は無駄だ。撤退しろ」

 

 将志は紫に向かってそう提案した。

 紫は目の前で倒れていく妖怪達を見て、口を一文字に結んだ。

 

「……分かったわ。でも、今のままじゃ撤退の時間が……」

 

 悔しそうに紫がそういった瞬間、藍がハッとした表情を浮かべた。

 

「将志、まさかお前!」

「……ああ。お前が考えている通りだ、藍。俺が時間稼ぎをする間に逃げる手はずを整えろ」

 

 叫ぶような藍の一言に、将志は平然と肯定の意を見せる。

 それを聞いた瞬間、藍は将志の腕を掴んだ。

 

「駄目だ! そんなことは絶対にさせない!」

「……だが、今のままでは撤退する前に全滅するぞ? 代案があるならそれに越したことはないが、あるのか?」

「くっ……」

 

 何とか引きとめようとする藍に、将志は冷酷に現実を突きつける。

 藍は必死に将志の言う代案を探すが、見つからない。

 そんな藍に紫が静かに声をかける。

 

「……藍、残念だけど、ここは将志に任せるしかないわ……頼んだわ、将志」

「し、しかし……」

 

 紫の言葉に藍は何とか反論しようとするが、言葉が見つからない。

 そんな必死で言葉を探す藍の頭に、優しく手が置かれた。

 

「……大丈夫だ。相手の司令官を止めるだけなら、俺にも出来る。それに、誓いがある限り俺は死なん。だから、安心して待っていろ」

 

 将志は藍に優しくそう語りかけた。

 

「……生きて帰らないと、承知しないからな」

「……分かっているさ。では、行って来る」

 

 将志は眼に涙を浮かべた藍に静かにそう告げると、敵陣に向かって走って行った。

 飛んでくる弾丸を掻い潜り、仲間の死骸を乗り越え、敵の司令官と思われる人物に突っ込んでいく。

 将志は敵軍とぶつかる寸前、地面に妖力の槍を叩き込んで砂塵を巻き上げ、目晦ましをして指揮官に切り込んだ。

 

「……ふっ」

「甘い!」

 

 将志と指揮官は切り結ぶと、いったん下がった。

 少し間をおいて、再び将志は銃弾を掻い潜って敵将の下へ斬り込んだ。

 その途中、敵兵達を何人か弾き飛ばし、混乱をもたらした。

 

「なっ!?」

「……はっ」

 

 飛び込んでくる将志を見て、指揮官は驚きの表情を浮かべた。

 指揮官は青みがかった銀色の髪をリボンでポニーテールにまとめた少女で、その手には長い刀が握られていた。

 そんな彼女に、将志は休むまもなく攻撃を仕掛ける。

 

「……行くぞ」

「きゃあっ!?」

「わあっ!?」

「ひゃん!?」

 

 将志は指揮官を攻撃しつつ、周囲の敵兵を戦闘不能にしていく。

 敵陣を切り裂くように走り回り、次々と混乱をもたらしていた。今まで相手を圧倒していた分、いきなり桁違いの力量を持った相手が現れてどうすればいいのか分からなくなったのだ。

 

「くっ、させない!」

 

 指揮官は将志に対して一瞬で間合いを詰めて斬りかかった。

 将志はその一太刀を受け止める。彼女の刀からは、激しい火花が散っていた。

 

「……その太刀筋、建御雷のものか」

「くっ!」

 

 将志は指揮官を押し返すと、再び鋭く突きこんだ。

 対する相手も、その突きを受け流しながら反撃を加えていく。

 将志はその反撃を紙一重で避けながら槍を振り下ろし、鍔迫り合いの状態へと持ち込んだ。

 

「……やるな。よく神の力を使いこなせている」

「……嘘だ……」

「……む?」

 

 将志が話しかけると、指揮官は俯いてそう呟いた。

 それを聞いて、将志は眉をひそめた。

 

「依姫様を援護しろ!」

「……ちっ」 

 

 敵兵の援護射撃を受けて、将志はその場から飛びのいた。

 

「……すまないが、しばらく大人しくしてもらおうか」

 

 将志はそう呟くと、敵陣の中を風のように駆け抜けた。すれ違う敵兵に攻撃を仕掛け、次々に戦闘不能に追い込んでいく。

 将志はあえて殺すことなく怪我人を増やしていった。これは負傷した兵を救助するために兵を裂かなければならなくなることを見越したものであった。

 

「やあああああ!!」

「……ふっ」

 

 切り込んできた依姫と呼ばれた指揮官の一太刀を、銀の槍で受け止める。

 依姫は切り結ぶと、再び鍔迫り合いの状態に持ち込んだ。

 

「……確認したいことがあります……その力、建御守人様のものですね?」

「……ああ」

「……そして貴方の本当の名前は……槍ヶ岳 将志。そうなのですか?」

「……ああ」

 

 依姫は将志の眼を見ず、俯いたまま質問を重ね、一方の将志は相手の問いに淡々と答えていく。

 その返答を聞いて、依姫は感情を押さえ込むように手にした刀を握り締めた。

 

「貴方の話を聞いて……貴方の戦いとそのあり方を見て、私はずっと貴方に憧れていました……その貴方が、銀の英雄とも呼ばれた人が、何故敵なんですか!!」

 

 指揮官は戸惑いと強い怒りを含んだ声でそういうと、将志を思い切り突き飛ばした。

 将志は空中で体勢を整え、軽やかに着地する。

 

「……何故と言われても……友人が死地に踏み込んでいるのだ、助けようとするのが当然ではないのか? 別に、俺自身にお前達に攻撃を仕掛ける意志は無い。ただ、全員が無事に撤退できれば良いだけの話だ」

 

 将志はそう涼しい顔でそう言いながらその場に佇む。

 それを聞いて、依姫は将志に正面から向き合った。

 

「……つまり、こちらが攻撃しなければ貴方はこちらの敵にはならないと?」

「……そうだ。そうでなくとも、妖怪達は既に総崩れだ。攻撃をやめれば、速やかに撤退することを約束しよう」

 

 将志と依姫は油断無く見つめ合いながら話を続ける。

 その間に、戦意を失った妖怪達は次々と戦線を離脱していっている。

 しかし、月の防衛軍はそれを逃がすまいと追撃を始めていた。

 

「……条件があります。貴方の身柄をこちらで拘束します。それがこちらから提示する条件です」

 

 依姫は将志に刀を突きつけ、妖怪の完全撤退の条件を提示した。

 将志はそれを聞いてため息をついた。

 

「……断る。それでは俺は主との誓いを果たせなくなる。二度も誓いを破ることなど、俺には出来ん」

「……先生と、八意 永琳と再会できたのですか?」

「……ああ。俺は主と再会し、生きてそばにいることを誓った。この誓い、何者にも破らせはせん。俺は己が全てに代えても、この誓いを守る」

 

 将志は自らの心に刻み込むようにそう言いながら、小さく首を横に振る。

 すると、依姫は将志に対して微笑みかけた。

 

「ふふっ……本当に貴方は私が憧れた、あの銀の英雄なのですね……」

「……そんな大それた名など、俺には要らん。俺は主の従者。この肩書きだけで十分だ」

 

 将志はそう言うと、槍の石突を地面につけて周りを見渡した。

 将志の周囲は武器を構えた兵士達が取り囲んでおり、依姫は正面に構えている。

 妖怪達も撤退を続けてはいるが、数が多いために遅れているものが次々と攻撃を受けていた。

 

「……観念してくれましたか?」

 

 依姫は将志が要求を飲まざるを得ないことを確信してそう尋ねた。

 しかし、将志の回答は依姫の期待したものとは違うものであった。

 

「……まさか。この程度で観念するほど、俺が貫く信念は弱くない」

 

 将志がそういった瞬間、将志を取り囲むようにして銀の槍が降って来た。

 銀の槍が将志と周囲を隔てたのと同時に、将志は空へと飛び上がった。

 

「くっ……総員に告ぐ! あの男を捕らえろ!!」

 

 依姫の号令で、月の兵士達は一斉に将志に攻撃を仕掛けた。

 しかし、将志はその攻撃を次々と躱して風を切り裂くような凄まじい速さで撤退していく。

 そして、将志が向かったのは撤退していく妖怪達の最後尾であった。

 そこに降り立つと、将志は追撃を掛ける防衛軍に向けて、ただ一人で槍を構えた。

 

「……さあ、来るが良い。立場は逆だが、お前達の言う銀の英雄の戦場の再現と行こうか!」

 

 将志はそう言うと蓄えていた力を開放し、銀色の光を放ちながら弾丸のように戦場を駆け巡った。

 放つ攻撃は触れたものの意識を次々と刈り取っていき、気絶した兵が戦場に伏していく。

 その姿は、まさに一騎当千の戦士であった。

 

「一点に集中するな!! 散開して左右から敵に攻撃を仕掛けながら退路を断て!!」

 

 その状況を見て、依姫が全軍に指示を出す。

 その号令を受けて、防衛軍側は一気に広がって妖怪達を攻撃し始めた。

 

「きゃあああ!?」

「ひいいいい!?」

「……させると思ったか?」

 

 しかし、その防衛軍の頭上に将志の妖力で編まれた銀の槍が雨のように降り注ぐ。それは空一面に広がる流星群の様に美しいものであった。

 その攻撃を受けて再び防衛軍は混乱し始め、依姫は驚きの声を上げた。

 

「なっ!?」

「……俺が守るからにはこれ以上の犠牲者は出させん……そう、ただの一人も!!」

 

 将志は強く気を吐くようにそう言いながら、地面に槍を突き立てた。

 するとその瞬間、地面からまばゆい光を放つ銀の光の柱が次々と空へと伸びていった。

 それは空の流星に気を取られていた者を次々に薙ぎ倒していく。

 

「くうっ!?」

 

 依姫はその眩しさに眼がくらみ、周囲の状況が分からなくなる。

 その間にも将志の攻撃はやむことがなく、反撃に移ることは出来ない。

 

「将志! こっちだ!!」

 

 将志にむけて、撤退するためのスキマから藍が声をかける。

 気がついてみれば撤退している妖怪はもう既にスキマを通過しており、残っているのは将志だけであった。

 それを確認すると、将志は全速力で藍の下へと向かう。

 そしてスキマの前に立つと、身動きが取れなくなっている依姫の方へ振り向いた。

 

「……さらばだ! 縁があればまた会うこともあるだろう!!」

 

 将志はそう言い残してスキマの中に滑り込んだ。 

 それと同時に、スキマは閉じて跡形も無くなった。

 

 

 

 

 

 

 スキマから出ると、そこは出発点であった湖畔であった。

 ひしめき合うほどにいた妖怪達はその大部分が居なくなり、残った者にも無傷のものはほとんど居なかった。

 将志はその中を歩き回り、目的の人物を探し出すことにした。

 しばらくすると、湖畔の岩に腰掛け、月を眺めている女性を見つけた。

 将志はその女性の下へ歩いていく。

 

「……完敗だったわね……あれ程のものだなんて思いもしなかった……」

 

 紫は月を眺めたまま、陰鬱なため息を漏らした。

 

「……月の人間も、ただ無為に生きてきたわけではなかったと言うことだ。あの長い年月を、僅かの衰退も無く文明を保つ事は困難なものだ。それを行ってこれる力があったからこそ、俺達をああまで圧倒せしめたのだ」

 

 将志は紫の横に立ち、同じく月を見上げる。

 月はいつもと変わらず、周囲を青白く照らし出していた。

 その月に向かって、紫は再びため息を漏らす。

 

「はあ……あと少しで貴方を認めさせられるってとこだったのに、これじゃあ減点ものね。取り返すのが大変そうだわ」

「……ふっ、そんなお前に朗報だ。実はな、今回の件で俺はお前を認めてやっても良いと思っている」

「……はい?」

 

 将志の一言に、紫は呆気に取られた表情を浮かべる。

 そんな紫に対して、将志は理由を説明した。

 

「……今回集まった妖怪共は、そのほとんどがところ構わず暴れだしそうな奴らばかりだった。そいつらが目の前に破壊対象の都市があるというのに、お前の令に従って規則正しく行進をしていたのだ。もう認めたっていい、お前は立派に妖怪達をまとめることが出来る」

「そ、それじゃあ……」

「……ああ。今からこの槍ヶ岳 将志、並びに銀の霊峰は八雲 紫を全面的に支持しよう。これからは、幻想郷の一員として扱ってもらって構わない」

 

 将志は紫に対して銀の槍を掲げ、力強くそう言った。

 その言葉を聞いた瞬間、暗く沈んでいた紫の表情が一気に明るくなった。

 

「ふ、ふふふ、ありがとう、将志。これからも宜しく頼むわよ?」

「……ああ。こちらこそ、宜しく頼む」

 

 花のような笑顔を浮かべる紫と、将志は固く握手を交わした。

 

「じゃあ、これから将志はうちに来て家事をあいたっ!?」

「……調子に乗りすぎだ、戯けっ」

 

 そして、調子に乗った紫に拳骨を落とす将志であった。

 

 

 

 

 

 

 

「……逃げられましたか……」

 

 一方、こちらは将志が去った後の月の平原。

 依姫は将志が去ったのを見て、残念そうに肩を落としていた。

 目の前にあるのは、将志が妖怪達守るために戦っていた場所。その向こう側には、妖怪の死体は一つもなかった。将志は宣言どおり、一人の犠牲者も出すことなく守り抜いたのだ。

 そこに向かって、歩いてくる人影があった。

 

「そっちは終わった、依姫?」

「……ええ、終わりましたよ、お姉様」

 

 歩いてきた人影、自らの姉である豊姫に依姫はそう答えを返した。

 

「あら、ずいぶんと嬉しそうな顔をしてるわね。どうかしたのかしら?」

「……いえ、憧れた人が自分の思った以上に格好良かっただけですよ」

 

 豊姫の質問に、依姫は微笑みながらそう返した。

 信念を貫き通す強い意志と、それを可能にする力を持った銀の英雄。その姿を目の当たりにして、依姫の心の中には沸き立つものがあったのだ。

 

「……それにしても残念だね。将くん、逃げちゃったのか……」

 

 そんな依姫の後ろから、一人の男性が現われた。

 その声に、二人はその男性の方を見た。

 

「……今までどこにいらっしゃったのです、月夜見様?」

「いや〜、ついさっきまで店で新しい紅茶のブレンド試してたんだけど、将くんが来てるって聞いて飛んできたんだ。……ちょっと遅かったみたいだけどね」

 

 後から来た男性、月夜見に対してジト眼を向ける依姫。

 その視線を受けて、月夜見は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 

「月夜見様は喫茶店のマスターをする前に溜まっている書類を片付けてください! ……それはさておき、彼とは知り合いなんですか?」

「うん。だって、将くん前に僕の店でアルバイトしてたもの」

「え、嘘ぉ!?」

 

 月夜見の告白に、姉妹揃って驚きの表情を浮かべた。

 特に依姫に至っては、あまりの衝撃に手にした刀を取り落としている。

 

「……銀の英雄が、アルバイト、ですか……? 嘘ですよね……?」

「本当だよ。主のために紅茶とコーヒーの淹れ方を教えて欲しいって頼み込んできてさ。将くんが作る料理は絶品だったなあ……あの料理を目当てに来る人も多かったもの」

「……そう言えば、建御守人様って料理の神様でもありましたね……そんなに先生が好きだったんですか……」

 

 依姫は月夜見の話を聞いて、思わずギャルソン姿の将志を思い浮かべた。

 そして何故か異様にしっくりくるその姿を、頭を振ってかき消した。

 そんな依姫の肩を、ふくれっつらをした豊姫が叩く。

 

「もう、依姫ってばそんな人を逃がしちゃうなんて!」

「私だって捕まえられるなら捕まえたかったですよ! でも相手はあの銀の英雄で戦の神様だったんですよ!? 防衛部隊全員で掛かってもこの有様なのに、どうしろって言うんですか!!」

 

 依姫はそう言いながら辺りを指差した。辺りには気絶した兵士達が所狭しと倒れていて、惨憺たる有様であった。

 もしこれが最終防衛線でなかったら問答無用で撤退せざるをえないほどの損害を、たった一人の英雄によってもたらされたのだ。

 そんな滅茶苦茶な戦いを目撃して興奮している依姫に、月夜見が話しかけた。

 

「まあまあ、落ち着いて。なんだったら、蓬莱山 輝夜と八意 永琳の捜索のついでに、将くんも、槍ヶ岳 将志も一緒に探したら良いんじゃないかな? 地上にいるのは確かなんだし」

 

 月夜見の提案を聞いて、二人とも居住まいを正した。

 

「こほん、そうですね。元より先生達の捜索をしなければならないんですし、銀の英雄こと槍ヶ岳 将志の捜索と言うならばそれだけでも十分に意味があります。早速捜索隊を召集しましょう」

「うふふ……どんなご飯が食べられるのかな〜♪」

「新しい制服、一着用意しておこうかな」

「……貴方達も、自分の仕事に戻ってください……」

 

 既に将志を捕まえた後のことを考えている二人を見ながら、依姫は盛大にため息をつくのだった。

説明
ある日、とある提案を持ちかけてきた妖怪の賢者。それに対して、銀の槍の反応はと言うと。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
362 341 0
コメント
>クラスター・ジャドウさん:まあ、そこは東方らしくということでw あんまり男キャラを出しすぎるとちょっとアレですし。(F1チェイサー)
>神薙さん:月夜見がマスターをしていた理由? 趣味に決まってるでしょうw(F1チェイサー)
スキマ妖怪、軍勢を率いて月へ攻め込み、大敗を喫す。…しかし、その統率力が将志に認められ、銀の霊峰を協力者として迎える事になったのだった…。それにしても月面防衛部隊って、悲鳴から察するに隊員は全員女性ですか?それが東方シリーズだと言われれば、確かにその通りなんですがね…。(クラスター・ジャドウ)
最後のセリフが取らぬ狸の皮算用に思えて仕方がないw っていうかあのマスターが月夜見って…本当に意外な人物だったな…ってかなんで神様なのに喫茶店なんかやってるんだよwww(神薙)
タグ
銀の槍のつらぬく道 東方Project オリキャラ有 

F1チェイサーさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com