落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 25
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【25】

 

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「いいから入れろって言ってんだッ!!」

 

 朝の静寂をかき消したのは、そんな若い娘の怒号であった。

 華琳が病みついて二日、ようやく彼女の容体も落ち着いてこようというその早朝、華琳の天幕の片隅で、虚はようやくとることの出来た仮眠を半刻ほどで叩き潰された。

「万徳、いるか」 

 虚はため息交じりに、天幕の外へ声を放つ。

「――ここに」

「一体何の騒ぎだ。俺の仮眠が台無しだぞ」

「丁度そのことにつき、ご報告に参った次第。屋敷の門前で劉備殿への面会を求める者がおりまして」

「劉備に? ただの無頼なら首を刎ねてやろうかと思ったが、彼女の知己ならそうもいかないな」

「追い返しますか」

「いや、俺が出よう。消毒の準備だけ済ませてくれ」

「恐れながら、虚さま。少々お休みなられるべきかと愚考いたします。面会はまたの機会、時を定めて再び場を儲ければよいものかと」

 万徳は神妙な声で言った。

「心配には及ばない。適当にあしらってから、ゆっくり眠るとしよう。華琳もようやく安定してきたことだしな。――万徳、支度を頼む」

「――御意」

 短い返答の後、天幕の外から万徳の気配が消える。

 虚は華琳を起こさぬよう、外に歩み出た。

 夜が明けてからそう時は立っていまい。淡暗い朝は、薄青だった。爽やかな涼気が身に染みる。

 門の方ではまだ珍客が騒いでいる。

 やはり若い娘の声だ。

 あまり騒がれては、いよいよ屋敷のものが総出で置き出してしまいかねない。

 虚は苦々しく眉根を寄せた。

「これ以上騒がしいようなら――庭木に逆さづりだな」

 安眠妨害の罪は、重い。

 

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     2

 

 消毒と着替えを済ませた虚は、万徳を伴って屋敷の廊下を行く。

 侍女には、すぐに会うゆえ取り敢えず黙らせておけ、とだけ申し伝えておいた。その指示の効果があったのかなかったのは定かではないが、今はもう騒ぎ声はしない。

「虚さま、何か召し上がられますか」

 万徳が凛然とした声で尋ねてくる。

「いや、あまり待たせるとまたうるさそうだ」

「……ですな」

 回廊を抜けた虚は、件の娘がいる門へとたどり着く。

 そこにはおかっぱ頭の小娘が、腕組みをしてこちらを睨みつけていた。年の頃は十五か、六か。現在董卓邸はコレラの病棟と化しているため、立ち入りだけは許していない。小娘の横に控えている侍女に短く指示を出して下がらせると、虚は娘と相対した。

 娘の丸く大きな双眸には、獰猛なほど強烈な意思の光が宿っていた。虚と対峙したところで、まるで動じている様子はない。大した娘だ――そう思った。

「ここを任されている虚だ」

「桃香に会わせろ」 

 小娘は、劉備を真名で呼ぶ。相応に親しい仲であるらしい。

「希望には応えられない。――万徳、小娘殿がお帰りだ」

 肩を竦めて万徳に目配せをすると、小娘は激昂する。

「おい待ちやがれ! てめえ、ここで如何わしいことしてるらしいじゃねえか」

「何のことだ?」

「街の医者どもが言ってるぜ。董卓邸の虚は、患者を集めてはいるが、やってることは砂糖水を呑ませることだけ。それで患者はばたばた死んでる。それどころか、屋敷のあちこちに高い酒を塗りたくるは、患者の死体は焼かせるわの凶行三昧」

「――そうか」

 確かに、街の連中にコレラ対策を正しく理解させるのは、難しいことなのかもしれない。だがそれでもコレラは広げるべきではない。華琳の覇業は民のため、その民を死に絶えさせるわけにはいかない。

「あたしだって、あのジジイどもの言うこと鵜呑みにしてるわけじゃねえ。華佗って暑苦しい医者は虚が正しいとも言ってる。だから桃香に会わせろ。今の桃香の有様を見りゃあ、てめえが桃香を預けるに値するかどうか分かるってもんだ」

「なるほどな。おまえの言うことは一々尤もだ。ただ――訪問は昼にして欲しかったな」

「んな悠長なこと言ってられっか!」

 叫ぶ小娘の喉元に、虚はすっと指先を突き付ける。気配を感じさせぬ動きに、小娘はまるで反応出来ない。それでも、小娘は気圧されることなく、虚を睨み付けている。

「まだ朝早い。あまりうるさいようだと、喉がなくなるぞ、小娘」

「上等じゃねえか。幽霊みてえな顔色しやがって、縁起の悪い。やろうってんならやってやるぜ」

 獰猛な娘の眸が、虚を貫く。

 この娘は――純粋なのだ。

 曲がったこと、怪しいことは許せないし、理由のないのも耐えられない。激情家であるが、公平であろうとする理性も兼ね備えている。

 ただ、世の中をまだ知らな過ぎる。

 ここで教えておくのも一興だが――。そう思った時である。

「絢音さま、なりませんッ!」

 幼い声が、場を制した。小柄な少女が慌てて駆けてくる。――諸葛亮であった。劉備が倒れ、ここ董卓邸に搬送されてより、劉備陣営の面々は手伝いに奔走している。

「孔明殿、朝から大声は止してくれ。華琳が起きる」

「はわわ、しゅみません。ごしゅ――じゃなかった、虚さん」

 虚は身を起こし、小娘から距離を取る。諸葛亮は虚と小娘の間に立ち、そして虚へ慇懃に頭を下げた。

「この度は我が陣営の者がご迷惑をおかけいたしました。病床に伏す我が主、劉玄徳に代わり、お詫びいたします」

 諸葛亮の低頭な態度が、小娘には気に入らぬようだった。

「何、謝ってんだよ、朱里!」

「当然です。この方はかの曹孟徳殿が軍師であり、また黄巾の首魁を討ち取った漢の英雄でもあられる虚殿。そのような立場にありながら、病人のためと汚物に塗れて治療にあたっておられるのです」

「その治療が怪しいって言ってんだ、あたしはそれを――」

「見極めに来られたのですね。その心は理解できます。しかし、虚殿の治療は正しく的確です。絢音さま、市井の流言に惑わされてはなりません。桃香さまもあと一両日中には回復なされるだろうとのことです。ただこの病は人から人へ移るもの。あなたを遠ざけよというのは、桃香さまのご指示です」

 すらりと諸葛亮は小娘を説き伏せる。

「孔明殿。噛まずによく言えたな」 

 虚が茶化すように言うと、諸葛亮は照れ臭そうにその頬を染めた。

「へへ、たまにはしっかりしたところを見せないとだめでしゅから……あ、かんだった」

「ふ、まあいい。兎に角、今日のところはその小娘殿にはお引き取り願おう。俺は眠い」

 欠伸混じりに虚が言うと、諸葛亮は再び頭を下げて「ありがとうございました」と言った。その様がまた気に入らぬのか、絢音と呼ばれているおかっぱの小娘はいよいよ不機嫌そうである。

「ああ、最後に」

 その場を去ろうとした虚は思い出したように言う。

「その小娘殿の名を聞いておこうか」

 虚が何気なく放った言葉に、諸葛亮が顔を青くする。

「絢音さま、名乗られなかったのですかっ」

「そういや、そうかも」

「何てことですか! 虚殿は桃香さまの大恩人。宛攻略の際も大きなご協力を戴きました。その方に名乗りもしないとはどういうことです!」

 中々の説教振りに、虚も万徳も感心したように諸葛亮を見守っている。

「いや、それは――あたしが悪かったよ」

「当然です。さあっ」

 小娘は諸葛亮に背を押され、ずいとこちらに一歩出た。

 名乗れ、ということなのだろう。

 虚も最低限の礼を示すため、小娘に向き直る。

 随分と気まずそうではあったが、長い間を置いて、小娘は観念したように名乗った。

 

「あたしは――劉禅だ」

 

 その言葉に、虚の思考がほんの一瞬停止した。

「……劉、禅」

 間抜けな声で繰り返す。

 それに応じたのは諸葛亮である。

「はい。黄巾の乱の後、ゆえあって桃香さまが養子にとられた方で」

「――養子。劉禅か。なるほど、そうきたか」

「は?」

「いや、何でもない。今日はもう帰ってくれ。ああ、いい加減眠い。眠いぞ万徳。俺は寝る」

 いかにも眠たげな顔で、虚は屋敷の奥へ下がっていく。

 だが。

 その頭は、恐ろしいほどの速さで回転を始めていた。

 

-3ページ-

 

 

《あとがき》

 

 

 ありむらです。

 

 

 まずは、ここまで読んでくださっている読者の皆様、コメントを下さったかた、支援をくださった方、お気に入りにしてくださっている方、メッセージをくださった方、えっとそれから……兎に角応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます。

 

 

 皆様のお声が、ありむらの活力となっております。

 

 

 上でも書きましたが、ありむらの方が病気に感染しまして遅くなりました。長さも短いですが、意外な人物が意外な形で登場しています。

 ここまでくると、某作品のオマージュが強すぎるかもしれないと思ったのですが、まあいいかなと。

 虚さんのキャラ付を決めた時にはもうこうしようとおもっていたので。

 

 ではでは今回はこの辺で。

 

 コメント等、どしどしください。

 

 ありむらでした。

説明
感染魔都編の続きです。更新が遅くなりすみません。ありむら自身が病気に感染していました。五キロ痩せました。わーい。

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。
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コメント
劉禅って無能の代名詞じゃねぇか!!(心は永遠の中学二年生)
続きが気になりますが、作者様、体調大丈夫でしょうか?ちょっと心配・・・。(kazo)
はじめまして、理想郷のお薦めから此処へ。なかなか病んだ虚(一刀)と彼を取り巻く女性陣の対比や描写が興味深く、3日ほど出かけて読破^^とても面白かったです!!まさかの華琳&桃香のコレラ罹患(><) 良く養生して、次話もお願いします。(HAL)
まさかの登場でしたw(山本)
体調回復おめでとうございます。体に気をつけてください。続き楽しみにしています。(notrh)
体調回復おめでとうございます。体調を崩さないよう気をつけてください(ぴちゅかみ)
劉備の養子なのに劉封ではない不思議!(吹風)
回復おめでとうございます。今年も更新楽しみに待ってます。(マスラヲ)
回復おめでとうございます!体調には十分気をつけてください(まあくん34)
暗愚王キター!(クパスト)
体調回復おめでとうございますー(。・ω・。) しかし劉禅ですか・・ 演技では暗愚な君主でしたがこの外史では有能なのでしょうか・・・(Alice.Magic)
体調回復おめでとうございます。早く続きが読みたいですが、お体を大切にしてください。(牛乳魔人)
体調快復おめでとうございます\(^^)/更新お待ちしてました♪朱里のお説教はどうしても可愛いとしか思えない…(´・ω・`)(リョウ)
体調の回復おめでとうございます。 そして劉禅が養子として現れましたか、これも外史故の歪みですね・・・朱里の成長が微笑ましいです。(本郷 刃)
体調が回復されたようで何よりです。これからも体調を崩さないよう気をつけて執筆頑張ってください!楽しみにしています(ミドラ)
タグ
 北郷一刀 朱里 

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