インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#95 |
『ワァァァァァァァァァァ!!』
((大接戦|デッドヒート))の末にイギリス代表候補生のサラ・ウェルキンが勝利をつかんだ二年生訓練機の部。
その興奮冷めやらぬ会場に次のレースの出場者達――各学年専用機所持者たちが現れスタートラインに向かう。
ブルー・ティアーズ、ラファール・オーキス、シュヴァルツェア・レーゲン、甲龍、コールド・ブラッド、ミステリアス・レイディ、ヘル・ハウンドver2.5――そのいずれも高速戦闘向けの装備か追加ブースター、高機動パッケージを装備している中、ただ一機異彩を放つ機体が居た。
―――打鉄弐式。
その一機だけは背中に大型ブースター付きウィングバインダーユニットを装備しては居るのだが、『高機動』とは逆行する、機体が一回り大きくなるような追加装甲を身に纏っていた。
その大きさからすると追加されたブースター程度では相殺しきれない重量増加が起こり、いくらPICにより慣性制御がされるとは言っても機動力や速力は他の機体に比べれば低下する事は明白だ。
その姿に会場の観客たちは『勝負を捨てているのだろうか』とか『妨害対策だろうか』という想像を膨らませるのだが、レースに参加する一部の面々は物凄く嫌な予感に襲われていた。
(物凄く嫌な予感がするのよねぇ…こう、一夏が((ストレス暴走|ばくはつ))する直前みたいな感じの…)
(なんだ、この目の前に地雷原が広がっているのに突撃命令を出されたかのような絶望感は…)
(あれ、なんか寒気が…)
(最初の加速で逃げ切らないとまずい事になりそうですわね…)
早くレースが始まってくれれば逃げられるのに、という思いと開始されなければ悪い予感は現実にならないのにという思いが入り混じるが、そんな事はお構いなしにレースは進行する。
『それでは、専用機の部のレースを開始します!選手は位置についてください。』
それぞれが((開始線|スタートライン))に立ち、シグナルが点灯する。
『3、』
同時に全員の機体がスラスターの暖気を始める。
『2、』
全員が手にした武器を構え、飛び出す体制を整える。
『1、』
最後尾から『バクン』というなんともいやな音が聞こえてくるが、もうどうしようもない。
『Go!』
「―――――((発射|ファイヤ))。」
スタートの合図と同時に飛び出すブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・オキシス、シュヴァルツェア・レーゲン、ミステリアス・レイディ、コールド・ブラッド、ヘル・ハウンドver2.5――――そして、大量の高機動ミサイル。
「やっぱりぃぃぃぃぃ!!」
叫ぶ((鈴、ラウラ、セシリア、シャルロット|どうきゅうせい))。
「えぇぇぇぇ!?」
「おわぁ!?」
「でぇえぇぇぇ!?」
困惑と驚愕の声を上げる((楯無、ダリル、フォルテ|じょうきゅうせい))。
悲鳴を上げながらなんとかして逃げようとする面々に、ミサイルは喰らい付いた。
――――大爆発。
その爆炎を突っ切ってデットウェイトとなった装甲をパージし、身軽になった打鉄弐式が((騎上槍|ランス))を構えて飛び去りその後を追うように出鼻をくじかれた面々が飛び出してゆく。
専用機の部のレースは開始早々にトンデモない展開を迎えて会場を沸き立たせた。
一方、IS学園が借り切っている((臨時指揮所|かんせいしつ))では『誰の影響を受けたのやら…』とすぐそこに居る同い年の副担任をチラ見しつつ頭を抱える一夏と箒が居たがまったくの余談であり蛇足である。
* * *
[side:マドカ]
私が((撃墜|オト))されてから一週間が経った。
一週間経って、腹の怪我は跡形もなく体力も十分、少しばかりなまった体も『リハビリ』と称した運動でなんとか調子を取り戻した。
―――調子は取り戻したのだが、どうすることも出来ずに突如として湧いて出た平穏な日常に浸っていた。
具体的に言えば縁側でごろ寝中。
なんでこんな状態なのかと言うと深いようで浅い訳がある。
―――身動きが、取れないのだ。
というのも、実はここ、IS学園から少しばかり離れた辺りの島だったりする。
島自体がとある会社――確か『更なんとか綜合警備保障』という警備会社の保養施設になっているのだ。
夏休みとかのシーズンにそこの社員が家族旅行したりする為の場所で、今は夏休みシーズンを終えてすぐであり施設としてはオフシーズンまっただ中。
流石に無人島にはならないけれど管理の為の要員が居るだけで人口密度的には超過疎状態。
そんな事から半月に一度、食糧とか生活雑貨とかを運ぶ輸送船が来る位で滅多に来るモノは無い。
私が目覚めた時点で輸送船は出発してしまっていた為に次の船は半月後。
ISも無ければ最寄りの島まで泳いでいくわけにもいかない為の足止め状態だ。
故に仕方なく、テレビを見ながらゴロゴロしたり、走り込んでみたり、なんか妙に多いネコを可愛がってみたりとしているのだ。
「((和|マドカ))ちゃん、そろそろご飯にしますよ。」
「あ、はい。今行きます、沙代さん。」
呼びに来てくれた初老の女性、沙代さんは旦那さんの仕事が忙しくなりそうだと言う事でこの島に来ていた処、私を保護してくれた青年――沙代さん曰く『アキくん』に頼まれたらしく私の面倒を見てくれている。
これについては本気で申し訳なく思うばかりだ。
流石に、コンビニみたいな店がない状況でやっていける気がしない。
………主に家事能力的な意味で。
ともかく、私は沙代さんに食を、その『アキくん』と呼ばれている人物に衣・住を賄ってもらいながら次の船が来るのを待っていると言う訳なのだ。
別にこのぬるま湯非勤労生活にうつつを抜かして惰眠をむさぼっている訳では、断じてない。
―――おっと、いけない。沙代さんからご飯だと呼ばれていたんだった。
急がないと―――
起き上ると同時、腹の上にいた猫が飛びのいた。
ニャーニャーと抗議の声(らしきもの)をあげる猫に軽く『すまん』と手を合わせてから居間を突っ切って―――ん、テレビがつけっぱなしに…?
『―――昨日午後二時ごろ、東京新宿区にあるミューゼル・コーポレーション日本支社の支社長室付近で爆発が起こり―――』
「え………」
流れていたニュースに、目を疑った。
『――ミューゼル・コーポレーション日本支社支社長のスコール・ミューゼルさんと秘書のアンナ・キュリーさんの行方が判らなくなって――』
「うそ……」
名前を言われてもコードネームしか知らない私には判らない。
けれども、テレビで映されている『爆破されたビル』と『行方不明者の顔』には見覚えがある。
いや、そんな生易しいモノじゃない。
あそこは私達の((家|アジト))で、映されているのは仲間なのだから。
頭の中が真っ白になり、何も考えられない。
居てもたってもいられなくて、私は―――
「和ちゃん。」
不意にかけられた声に、私はハッと我に返る。
「沙代、さん…」
恐らく、『遅いから様子を見に来た』のだろう沙代さんは流れているニュースと私の様子を見て、表情を変えた。
「――体の調子はどう?傷は痛まない?」
「あ、はい。どちらも大丈夫です。」
突然の問いかけに意図が全く読めない。
「そう。なら、少し待っていてね。」
柔らかい微笑みを浮かべた沙代さんは部屋の片隅にあったレトロな黒電話の受話器を取る。
「あ、アキくん。今、いいかしら?」
あれ、ダイヤルを回していないような……
「ふふ、良く判って…まあ、あの人が!こんどしっかりと『OHANASHI』を………コホン。用意してあるのでしょう?和ちゃんの分。」
……私の?
何の事だ?
「ふふ、無理言って悪いわね。それじゃあ、お願いね。」
かちゃん、と音を立てて受話器が置かれる。
「さて、和ちゃん。こっちいらっしゃい。」
「あ、はい。」
沙代さんに先導され向かった先は…
「縁側?」
ついさっきまで私が猫と戯れていた、縁側。
その外には純和風な庭が広がっている。
「…あ、あの、沙代さん?」
訳が判らな過ぎて混乱する頭。
それを何とかしようとして声を掛けてみるが届いているのやら、いないのやら…
沙代さんはただ黙って空を見上げるばかり。
「―――――来た。」
「へ?」
その次の瞬間、庭に何かが降ってきた。
植木や猫、物干し台を避けて地面に突き立ったそれは―――
「…モノリス?」
どう見ても、そうとしか思えない、人の背丈以上の高さと厚みを持つ真っ黒な直方体だった。
「流石はアキくん、仕事が早いわねぇ。」
「あ、沙代さん!危ないですって!」
庭に降りモノリスに歩み寄る沙代さん。
私もそれを追って庭に降りる。
それにしても…どうやって((こんなシロモノ|モノリス))を作ったんだろうか。
継ぎ目なんて見当たらないし、地面に突き刺さる位の衝撃が伝わってる筈なのに歪むどころか傷すらないなんて……
「ん、なんだ…?」
ふと、光の反射が妙な場所が有る事に気が付いた。
…どうやら、何か刻まれているようだ。
「何々……((Z|ぜっと))、((e|いー))、((p|ぴー))、((h|えいち))、((y|わい))、((r|あーる))?」
それは、ローマ字だった。
『Zephyr』
「…これは、どういう―――」
「西風。」
頭を悩ませていると沙代さんが呟いた。
「へ?」
「そよぐような優しい西風を英語で((Zephyr|ゼファー))と言うの。」
「ゼファー……?」
なんだろう、物凄く聞き覚えのある―――
その時、プシュと圧縮空気の抜けるような音がモノリスから聞こえてきた。
まるでシャッターが開くかのように『Zepher』と綴られた面が上に上がるように開く。
続いて天井が上に開き、左右の壁がそれぞれ45度づつ開く。
そして、菱形をしていた中身が、開く。
中から現れたのは、((喪われた相棒|サイレント・ゼフィルス))を彷彿とさせる『深い蒼に染まったIS』だった。
色だけでなく、意匠もどこかゼフィルスらしい部分がある。
「それがあれば、和ちゃんがしたいことを出来るでしょう?」
沙代さんの言葉に、私はためらいがちに頷いた。
確かに、出来る。
けれども、その後は………
「私はご飯の支度をして待っているから、お友達も一緒に。ね?」
「でも…」
きっと、今回の『爆破テロ事件』はスコールを快く思わない((亡国機業幹部|みうち))による犯行だ。
そんな連中を受け入れたら、受け容れてくれた側にまで迷惑がかかる。
…昔の私なら、利用できるなら利用するとか考えたのだろうけど、今じゃそんな不義理は考えたくも無い。
「大丈夫だから余計な心配はしないの。」
「…はい。」
ここまで背中を押してもらって、何もしないなんて―――出来ない。
『蒼いIS』と共にモノリスに仕舞われていたISスーツをひっつかんで部屋に戻る。
手早く服を脱ぎ捨てて着てみると、オーダーメイド品であるかのようにISスーツは馴染んでいた。
…そういえば、前のISスーツはゼフィルスを奪った時に一緒に持ちだしたものだっけ。
ものの数分も掛らない着替えを終えて機体の元に戻ると、沙代さんが何やら包みを持って待っていた。
搭乗待ちの状態で待機する機体によじ登り、乗り込むと圧縮空気特有の音と共にロックが外れ機体が起動する。
――Energy :100%
―― PIC :Ok
――Weapon :Ok
――System :AllGreen
――Firstshift Start.
表示されたディスプレイが機体が問題なく起動した事を告げる。
刻一刻と機体との一体感が高まっていく感覚に、心が躍る。
起動したPICによって機体が浮かびあがる。
「はい、お弁当。」
そう言いながら沙代さんが包みを渡してくる。
「あ、ありがとう…ございます。」
受け取りながら、少しづつ、浮かび上がる。
「行ってらっしゃい。」
「―――行ってきます。」
ステルスモードを起動、同時にメインスラスターに点火。
「行くぞ、ゼファー。」
ゴゥ、と盛大に噴いたスラスターの音が『応』と返事をしてくれているようだった。
説明 | ||
#95:Zephyr Come Back 迷走に迷走し、何度も書いては消してを繰り返した挙句にgdった気がしますが95話です。 思いもよらない人が再登場。 |
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(続き) そろそろ佳境…というか、伏線が表に出てくるようになる――ハズです。誰が、どこで、どんな伏線に絡んでいるのかを忘れる前に完走できるよう頑張ります。―――ケッシテソツロントカカダイカラトウヒシテカクワケジャナイデスヨ。(高郷 葱) 絶海の簪は良くも悪くもはっちゃけてますからね→開始早々のミサイル掃射。マドカ視点の部分は伏線と展開に悩まされた挙句、沙代さんに再登場願う結果になりました。…裏の人間でフリーなのこの人くらいだったからなんですけどね。(続く)(高郷 葱) いやぁ、いきなりやらかしましたね、簪さん。ここのところ個人個人を掘り下げるエピソードが減っていたので目が醒める気分です。そして沙代さんの再登場があるとは正直意外でした。もうすぐ佳境に入るとのこととはいえ、まだまだ根は深く先も長そうです。(組合長) 感想ありがとうございます。ウチのスコールさん達は『一味』と言うより『一家』なノリですよ。あと『綜合』も実際に使います。ALS○K綜合警備保障とかが。(高郷 葱) そういやこの作品ではスコールさん達って良い人達だったっけ? …失礼ながらすっかり忘れておりました、はい。 それにしてもマドカ…和んでるなぁ、オイwww(神薙) 恐らく誤字です。 綜合→総合(神薙) |
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