銀の槍、説明を受ける |
月への遠征が終了してから数日後、将志は八雲家の住居であるマヨヒガを訪れていた。
その傍らには、銀の霊峰の主要メンバーである愛梨や六花、アグナがついてきている。
「お待ちしておりましたわ。さあ、こちらへどうぞ」
家主自らが将志達を出迎え、応接間へと案内する。
十畳ほどの広さの応接間には立派な欅の机が置かれており、そこには座布団が人数分並べられていた。
将志達は案内されるまま席に着席する。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
するとすぐに毛並みのいい金色の九尾の女性がお茶を配って回る。
配り終えると女性は将志達の対面、紫の隣に腰を下ろした。
「このたびは、貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。私は幻想郷の管理を行っている、八雲 紫と申します」
「その補佐をさせていただいている、八雲 藍です。以後お見知りおきを」
二人は恭しく礼をしながら自己紹介をした。
将志はそれを受けて、首をゆっくりと横に振った。
「……俺達に堅苦しい挨拶は要らん。初めて会うものも居るが、全員そう言うのが苦手なのでな。楽にしてもらえると助かる」
「そう、それならお言葉に甘えさせていただくわ。今日集まってもらったのは私が管理している幻想郷についての話と、貴方達の役割についての話をするためよ」
「んっと、幻想郷っつーのは確か現実と幻想の共存のために作られたもんなんだよな?」
幻想郷という言葉を聞き、アグナが額に指を当てて思い出すようにしながら質問をした。
「ええそうよ。もっとも、これが本当に必要になってくるのは人間以外の幻想なのだけれど」
「だろうね♪ 人間って、とっても強いもんね♪」
「今は良くとも、今後妖怪より強くなっていくのは確かですわね」
微笑を浮かべながら返答をする紫に、愛梨も笑顔で賛同する。
それを聞いて、六花は銀色の長い髪を弄りながらため息をついた。
その六花の言葉に、将志は反論する。
「……いや、今ですら人間は十分に強い。人間の力は弱い。だが、その力を補う術を捨てるほど持っている。結束、知略、技巧、道具……場合によっては、神ですら打ち破りかねない力を持つ。それが人間と言うものだ」
「ホントか!? うちの妖怪達とどっちが強いんだ!?」
「落ち着いてくださいまし、アグナ。この家で火事を起こすつもりですの?」
将志の言葉に橙色の瞳を爛々と輝かせて炎を吹き上げようとするアグナを、六花が手で制した。
アグナが収まったのを確認すると、紫は再び話を始めた。
「いいかしら? それじゃあ、これから幻想郷について説明するわよ。まずは……」
紫は将志達に幻想郷の概要、現在の勢力、幻想郷内の規則など、様々なことを説明していく。
将志達はその言葉をしっかり聞き入れ、必要な情報をそろえていく。
……もっとも、アグナは退屈だったのか途中から船をこぎ始めていたが。
「……以上が幻想郷の概要よ。何か質問はあるかしら?」
紫は話を終えると、周囲に質問を促した。
すると、愛梨が手を上げた。
「ちょっと良いかな♪ 人里に妖怪が入って悪さをした場合の罰則ってどうなるのかな?」
「然るべき処分を受けることになるわね。幻想郷には妖怪退治屋も多いから、そもそも襲った時点でタダじゃすまないわ」
愛梨の質問に紫は簡潔に答える。
それを聞いて、将志が質問を重ねる。
「……もう一つ質問だ。仮に妖怪が何らかの理由があって人里に入り、人間から襲撃を受けたとする。これに対しての防衛行為はどう判断するつもりだ?」
「それは審判をつけて判断してもらうことにするわ」
紫がそう答えると、アグナが大あくびをして頭を掻きながら首をかしげた。
「ふわ〜ぁ……それじゃダメなんじゃねえか? 妖怪と人間の審判が居たとして、それぞれで自分の仲間を味方したらどうしようもないぞ?」
「それに関しても考えてあるわよ。妖怪と人間両方に当てはまらない、もしくは中立の立場にある人物を当てることにするわ」
アグナの疑問に、紫は将志のほうを見ながら用意していた答えを返した。
それを聞いて、将志は納得したように頷いた。
「……成る程、その役目が俺に回ってくるわけだ」
人間の味方である神でもあり、妖怪の頭領でもある将志。
その立場上、人間と妖怪のどちらにも肩入れできないため、公平な審判を下す者として白羽の矢が立ったのであった。
「ええ、悪いけど貴方個人に対する頼みごとは沢山あるわ。それについての話は後でするから、まずは銀の霊峰全体に頼む役割を言うわよ」
「……すまないが、うちの妖怪達に出来ることは少ないぞ?」
「それは分かってるわよ。けど、私が頼みたいのは貴方達がもっとも得意とする分野、さらに言ってしまえば貴方達にしか出来ない仕事をして欲しいの」
紫のその言葉を聞いて、六花は額に手を当ててため息をついた。
どうやらあまり乗り気ではないようである。
「……つまり、私達は荒事担当という訳ですわね」
「その通りよ。貴方達には有事の際に妖怪達を指揮して欲しいのよ」
その言葉を聞いた瞬間、愛梨は首をかしげた。
「あれ? でも妖怪の山も似たようなものだったんじゃないかな? 何かあればそこを頼れば良さそうな気もするけど?」
「妖怪の山は貴女達とは少し毛並みが違うのよ。彼らの社会は山の中で完結しているわ。それに比べて、銀の霊峰はもっと開放的な組織。必然的に他の組織と顔を合わせることも多いでしょう。そしてその勢力はとても強い。それこそ、本気を出せば組織の一つや二つ丸々潰してしまうほどにね」
元より外とあまり関わらず排他的な妖怪の山と、妖怪を助けるためにあちらこちらで活動してきた銀の霊峰。
同じ巨大組織でも、双方の間にはその性格に大きな違いがあるのであった。
「……成る程な、言ってしまえば俺達は幻想郷の治安維持軍として働くわけだ」
「そうなるわね。現状、幻想郷内でも銀の霊峰の勇名は響いているわ。立場を明らかにすれば、貴方達が居るだけでもかなりの抑止効果が見込めるでしょうね。権限としては私からも完全に独立した特殊部隊として配置するつもりよ」
「……む? それはまたずいぶんな権限だな。何故そんなことをする?」
頷いていた将志はその言葉に顔を上げて紫を見た。
眉をひそめたその表情からは、紫の考えが理解できていないことが見て取れた。
「理由は簡単よ。何かあるたびに私の指示を待っていたのでは間に合わないこともあるし、私が間違うこともあるかも知れないわ。そんな時、将志が自分で動くことが出来れば迅速な対応が出来る。だから、私とは独立させたわ」
「……良いのか? それでは俺が反乱を起こした場合にうちの連中全てを相手することになるぞ?」
「そうなったらそうなったで考えるわ。でもね、幾ら銀の霊峰でも幻想郷全体を相手にして無事に済むと思うのかしら?」
紫は将志を挑発するような薄ら笑いを浮かべて将志に問いかけた。
それに対して、将志は眼を瞑り、起こりえる事態を想定して頭の中で戦略を組み立ててみた。
そしてしばらくして、将志はゆっくりと首を横に振った。
「……無理だろうな。妖怪の山の戦力は脅威足りえる。確かに俺達が全力で掛かれば制圧は出来るだろうが、損害はいかほどになるか計り知れん。俺達の力で幻想郷を制圧するのは現実的ではないな」
「ふふふ、そういう考えが出来るし、何よりも将志の性格からして裏切るとは思えない。何故なら、貴方は打算や情に縛られるから」
底の見えない笑みを浮かべて紫は将志にそう言った。
それを聞いて、将志は小さく息を吐いた。
「……面白い。お前は俺を力でも法でもなく、情で縛りつけようと言うのか。良いだろう、ならば俺は大人しくその脆く頑丈な縄に縛られておこう」
「ありがとう、将志。そういう気持ちの良いところが私は好きよ」
「……気に入ってもらえて何よりだな」
にこやかに笑う紫に、将志は小さくそう呟いた。
そんな中、アグナから質問の声が上がった。
「ところでよ、有事の際ってどんな時だ? 俺達のせいで他のみんなが大人しくなっちまったらそれはそれでつまんねえぞ?」
「そうだね♪ やっぱり楽しくないとね♪」
「何もそんなしょっちゅう眼を光らせる必要はないわよ? 有事って言うのは本当に危険な時。幻想郷が壊れてしまいそうな時だけよ」
「それじゃあ、少しくらい大騒ぎしても大丈夫なんだね♪ やった♪」
紫の発言を受けて小躍りでもしそうなほど楽しそうに愛梨は笑った。
それを見て、六花が呆れたような眼で愛梨を見やった。
「……愛梨、貴女何を考えていますの?」
「キャハハ☆ 誰かを楽しませるのがピエロの仕事さ♪ 面白いことはどんどんやらなきゃね♪」
愛梨はそう言って楽しそうに笑うと、あれやこれやと考え始めた。
そんな愛梨を見て、紫もつられて笑みを浮かべた。
「ふふふ、期待してるわよ? 長い年月を生きる妖怪の一番の敵は退屈ですもの。さて、次は将志個人に対するお願いね」
「……聞こうか」
「将志にはさっきも言ったとおり人里内での妖怪達の行動の監視と各組織の上層部への連絡係をお願いしたいわ。それから以前から頼んでいた白玉楼……冥界の管理者との会談も継続して欲しいわ」
「……ふむ。だが俺も一組織を束ねる身、行動の監視なぞいつも出来るものではない。他に担当者は居ないのか?」
「もちろん居るわよ。だから時間が空いたときだけしてくれれば良いわ」
将志はそこまで聞くとあごに手を当てて思案した。
しばらくして、ゆっくりと頷いた。
「……承知した。それで良いのならば引き受けよう」
「ありがとう。ところで、一つ確認したいことがあるのだけれどいいかしら?」
「……何だ?」
「将志の強さは私達もよく知っているけど、他の人達の強さを私は見たことがないのよ。だからどのくらい強いのか見ておこうと思うのだけど、いいかしら?」
紫はそう言いながら愛梨達に眼をやった。
「うん、良いよ♪」
「別に構いませんわ」
太陽のような笑みを浮かべながら頷く愛梨に、お茶を啜りながら淡々と答える六花。
「良いぜ! よっしゃあ、燃えてきたあああああああ!!」
「……少し落ち着こうか」
アグナはその眼に燃える闘志をみなぎらせて立ち上がった。
将志は天井に着火しない様に、火柱を上げて燃え上がるアグナの頭に中華鍋をかぶせた。
その横で、愛梨がふと思い出したように声を上げた。
「ねえねえ、そういえば合格点が分からないんだけど、どう判定するのかな?」
「そうね……貴女達は銀の霊峰でも上位に入る強さを持つって聞くわ。だから藍と勝負して判断させてもらうわよ」
「……良いだろう。ならば少し準備をせねばなるまい」
そういうと、将志は立ち上がって藍のところへ向かった。
将志は藍の隣に来ると、静かに腰を下ろした。
「……藍、手を出してくれ」
「え? あ、ああ、分かった」
藍が差し出した右手を将志は両手で包み込む。
その手から、将志は自らの力を藍に送り込んだ。
「これは……」
「……俺の守護の力をお前の中に送り込んだ。愛梨達の攻撃は特に苛烈だからな、それで怪我をされては困る」
将志は慈しむような口調で藍に語りかける。
藍は将志の手から自分の体の中に流れてくるものを確かに感じていた。
それは藍の体の中を駆け巡り、誰かに守られているような穏やかな安らぎを与えるものだった。
「……暖かいな。ありがとう、将志の優しさが伝わってくるよ」
藍は左手を胸に当て、穏やかに微笑んだ。
その顔は薄く高潮しており、やや潤んだ視線は将志の黒耀の瞳をまっすぐに捉えていた。
それを見て、将志は静かに視線を逸らした。
「……別に感謝されることではない。俺がやりたくてやったことだ」
「ふふっ、それでも礼を言わずには居られなかったのさ」
藍はそう良いながら左手を将志の手の上に添えた。
藍の九本の尻尾は、嬉しそうにゆらゆら揺れていた。
「(にこにこ)」
「……いつまで握っているつもりですの……」
「あっ、いいな〜あの姉ちゃん……」
そんな将志と藍の様子を、三人はじっと眺めていた。
愛梨は笑顔だが、その笑みには得体の知れない威圧感が含まれていた。
六花は呆れ顔で将志のことを見ており、小さくため息をついていた。
それに比べて、アグナはただ羨ましそうに眺めるだけであった。
そんな三人の下に、将志が戻ってくる。それを見る藍の視線は、名残惜しそうなものだった。
「……お前達も準備しろ」
「……将志くん、僕達には何もないのかな?」
近づいてきた将志に、愛梨は何かを期待するような眼を向けてそう問いかけた。
すると将志はそっと眼を閉じた。
「……必要ない。何故なら、お前達なら絶対に藍からの攻撃をもらわずに勝つことができるはずだからだ。……行って来い、信じているぞ」
その言葉を聞いた瞬間、愛梨はこれ以上無いほどの綺麗な笑顔を見せた。
「……うん♪ 頑張ってくるよ♪ だって僕は将志くんの……」
「……相棒、だろう? 分かっているから行ってくるが良い」
「キャハハ☆ 任せといてよ、将志くん♪」
将志が瑠璃色の瞳を見据えて答えると、愛梨は楽しそうにそう言って笑った。
その様子を、藍は横からジッと眺めていた。
「……ほう……なるほど……」
「藍? どうかしたのかしら?」
「いえ、何でもありませんよ紫様。さあ、早いとこ準備をしてしまいましょう」
紫に声をかけられ、藍は庭へと歩いていく。
「……敵は主だけじゃなかったか……ふふっ、これは堕とし甲斐がありそうだな……」
藍は眼を細めて笑みを浮かべた。
それは敵を目の前にして笑みを浮かべる武芸者のような凄絶な笑みであった。
説明 | ||
妖怪の賢者の理想に協力することにした銀の槍。そこで彼は、自分に近い仲間と共に説明を受けることになった。 | ||
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>クラスター・ジャドウさん:そりゃあ、自分を理解したうえで味方になってくれた初めての男ですからねえ。…・・・ここからもヤンデレの匂いがするのは気のせいか。橙はあの精神の幼さからすると、ずっと後の話だと自分は思っています。(F1チェイサー) >★REN★ さん:はい、こちらでも始めました。よろしくお願いします。(F1チェイサー) 銀の霊峰重鎮一同、マヨヒガにて幻想郷における役割の説明を受ける。…それにしても藍は、将志に対する恋の炎を燃やしまくってるなぁ。それだけに、同じ想いを抱く者を見抜く目も鋭い様だな。…それにしても、この時代にはまだ橙は居ない様だが、何時頃に引き取ったんだろう?(クラスター・ジャドウ) おぉ〜!!!こちらでも投稿したんですね!!ようこそです!!(リンドウ) |
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