ガールズ&パンツァー 私は副官である 〜亡霊編・真〜
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 私は逸見エリカ。黒森峰女学園、戦車道チームの副隊長である。

 私にとってこの名と今の立場は何よりの誇りである。

 

「レクリエーション?」

「はい」

 そして今私の前で小さく首をかしげた人は西住まほ。私達の隊長であり、私が心から尊敬している人でもある。

 この人の端正な顔立ちと鋭い眼差しは思わずため息が漏れるほどの凛々しさを私に感じさせるのだが、このように時折心を許した相手の前だけでは私達と同じような女性らしい仕草を見せるのだ。私はこの人のそういう所に好意を持っているし、それと同じくらいに凛々しい男性らしさも好きなのだった。同姓にこの様な感慨を抱くなんて我ながらおかしいとは思うのだけど、どうにもならないのだから仕方ない。

「毎年恒例の一年生の歓迎会に、少し意匠をこらそうと思いまして」

「…そういうことね」

 隊長の手にある企画書には、私が考えた一年生向けのレクリエーションの内容が書かれている。

「夜間訓練を利用した肝試し、か。随分と冒険にでたわね」

 隊長は否定も肯定もなく、ただ事実を述べるだけった。

「少しくらい緊張を緩めるべきかと思いまして」

 黒森峰女学園は戦車道において常勝無敗であり、その為に厳しい練習をしている。しかし決勝戦を前に緊張が高まる中、少しは規律を緩めて休息をとってもいいと思うのだ。それと同時に、心労を重ねているだろうこの人に少しでもリラックスして欲しいという私個人の内情もある。

「いいわ、許可しましょう。ところで、私の担当が書かれていないのだけど」

「進行は私と他の3年でやりますから、隊長の手を煩わせる必要はありません」

 せっかく隊長にリラックスしてもらおうというのに、慌しく働いてもらっては元も子もない。

 この人はやるからには常に全力を出そうとする人なので、適当な仕事すら任せるわけにはいかないのだ。

 私達のおそらくシュールになるだろう肝試しを鑑賞し、苦笑しつつも息抜きをしてもらうのが私の理想だ。

「エリカ、それは良くないわ」

「そうでしょうか? こんな時くらいごゆっくりされては?」

「せっかくのイベントを遠巻きで見るだけの隊長に部下はついてこないわ。むしろ共に参加し、感情を分かち合う事で部隊の絆は深まるものよ」

「それは、そうかもしれませんが」

 さっそくこの人の悪癖が働きだしてしまった。とことん適当や手加減が出来ない人だ。

「私も驚かす役で参加するわ。いいわね?」

「仕方ありませんね。では、私と組んでいただけますか?」

「もちろんよ」

 とはいえ、私はこの人のこういう所に好感を持っているし、実は予想済みの展開だったりする。

 驚かし役の亡霊に扮装する程度ならば、この人に苦労もかけないし適度な気分転換になるだろう。

「リハーサルの予定は?」

「やはり、やりますか」

「当然よ。やるからには最善を尽くすのが―」

「―西住流なんですね。分かりました」

 もちろんこの人のこういう考えも予想済みだ。亡霊の扮装や練習用の休日もすでに準備している。

「場所については提案したい所があるのだけど」

「乗り気ですね。いったいどこですか?」

 一応こちらでも場所の準備はしているけど、もちろん隊長の意向には従うつもりだ。

 私の主な目的はこの人の息抜きなのだから、できるかぎり優先するのが当然である。

 

「大洗女史学園よ」

 

 ガンッ

 

「どうしたのエリカ。なぜ壁に頭をぶつけているの?」

「…いえ、なんでもありません」

 流石にそこは予想外なんですけど、隊長。

「…何をしに行くつもりなんですか?」

「亡霊役のリハーサルよ。決まっているでしょう?」

「…そうですか」

「ついでに大洗の戦力も調査できれば言うことないわね」

「…そうですか」

「車両数を2台増やし、主力戦車も改造していると聞くわ。直に確かめておきたいのよ」

「…そうですか」

「覇気がないわね、エリカ」

「…ついでに妹の顔を見に行こうとか、言いませんよね?」

「………当然、そんな暇はないわ」

 なんでそこだけ顔をそらすんですかね、隊長。

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 かつて、ある対戦車猟兵部隊があった。

 彼らは13ミリ対戦車拳銃(通称ドアノッカー)と装甲を剥離する為の巨大な鋏をもって敵戦車に接近し、乗員を銃撃するかハッチをこじ開け直接殺害するという戦法をとる狂気の尖兵。

 戦車乗りの間では「例えその瞳を灼かれても、例えその腕をもがれても、奴等は決して歩みを止めない。死沼へ誘う鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)に導かれるまま、保身無き零距離射撃を敢行する」「焼硬鋼(ブルースチール)のランタンを持った歩兵と会ったら、味方と思うな。だが決して敵に回すな。そのランタンは持ち主の魂をくべる炉。奴らは蒼い鬼火と共にやって来る」という噂として有名であった。

 鬼火のような青い火を灯すランタンを腰に下げ、自身の身をいとわず直進する狂戦士。

 人は彼らを、命を無視された兵隊(ゲシュペンスト・イェーガー)と呼んだ。

 

 

「本当、随分と冒険したわね」

「それほどでもありません」

 隊長の声には若干の呆れが含まれている気がしたけど、私はあえて気づかないフリをした。

 そういう隊長もしっかりと付き合ってくれているし、今さらプランの変更なんてできない。

 現在午後8時15分。

 大洗女史学園の戦車道用演習所で私達はそのゲシュペンスト・イェーガーに扮装していた。

 男性用の大きなコートに顔をほぼ隠しきれるフード。青白い鬼火を模したLEDランタン。そして。

「ところで、大丈夫なのね?」

「もちろんです」

 一方が相手をおぶる事で巨漢である亡霊を演じる事に成功していた。

 もちろん私が下、隊長が上だ。敬愛する西住まほ隊長に背負われるなんて私に出来るわけがない。

 しかし、張りのある隊長の胸が自分の背中に当たっているという状況は、その。

「息が荒いわよ。本当に大丈夫なの?」

「い、いえ。本当に大丈夫です。はい」

 しっかりしろ逸見エリカ。

 こんな無様をいつまで隊長に見せる気なのだ。心頭滅却、火もまた涼し。

「エリカ、戦車が来たわよ」

「ふぁい!?」

 耳元で囁くとか止めてください。腰が抜けそうです。

「………」

「は、はい! 身を隠します!」

 ごめんなさい隊長、私が腑抜けていました。ですから冷たい目で見ないでください。

 

 

 草むらに身を隠した私達に向かい走行してきたのは軽駆逐戦車のヘッツァーだった。

「38tを改装した様ね」 

「でしょうね」

 大方、市販の改造キットを使用したのだろう、そういう物も出回っているという話だし。

「おそらく乗り手は生徒会の3人。軽視できない相手だわ」

「そうでしたね」

 先のプラウダ高校との試合において、彼女達生徒会のチームは獅子奮迅の戦いぶりを見せていた。

 特に隊長はその試合を直で観戦していた事もあり、あんこうチームに次いで要警戒と分析している。

 私も記録映像を見せてもらったが、確かにあれは驚異的だった。何に驚いたかというと、性能的に大きく劣る38t(当時はヘッツァーへの改造もされていなかった)でプラウダのT−34に挑んだだけではなく、小回りの良さを唯一の武器にしての接近戦をした事だ。はっきりいうと正気の沙汰じゃない。少しでも操縦や攻撃をしくじればあっという間に火達磨にされるのは目に見えていた。よく怪我の一つもせずに試合を終えることができたものだ。

「逆に言えばリハーサルに申し分ない相手だけれど」

「はい」

 もっとも、今から私達はそれ以上に危ない事をしようとしているのだけど。

 生身で戦車に挑むなんて普通に考えれば無謀の一言だ。

 だがしかし、その無謀を通すための亡霊の扮装であり。

「行くぞ!」

「了解(ヤヴォール)!」

 西住まほ隊長の対戦車技術である。

 この人は出来ない事は口にしない人だ。その人がやるというからには、絶対の自信があるという事だ。

「っ! あ、あれ!」

「ひぃっ! でたぁ!」

 例の亡霊の扮装はうまくいってるらしく、ヘッツァーの車内から悲鳴らしきものが聞こえた。

「河嶋暴れるな! 小山落ち着いて後退!」

 だが敵もさるもの。車長である生徒会長、角谷杏に動揺は見られず迅速な対応をする。

「踏ん張りなさい!」

「へっ!? うぐっ!」

 しかして私達の西住まほ隊長はそれを上回る。

 彼女は私の肩から跳躍し一気に車上へ着地。現状最大の障害である角谷杏に肉薄する。

「いやぁー! 体ちぎれたー!?」

「わ、私轢いてないよぉ!」

 当然ながら車内の他二名は完全にパニックに陥った。

 突如目の前に亡霊が現れ、続けて胴体が分離し飛翔したのだから無理もない。

「…うわ〜。これは予想外だね」

「…戦車道とは常に予想外の事が起こるものよ」

「そだね。肝に銘じとくよ」

 一言二言のやり取りの後、隊長は角谷杏の首筋に手刀を打ち込み気絶させる。

 そしてそのまま車内へと乗り込み、他二名の数度にわたる絶叫が聞こえ―

「終わったわ。周囲に異常は?」

「ありません」

 ―あっという間に制圧完了。

 所要時間1分45秒。実に鮮やかな手並みだった。

 私が言うのもなんだけど、もうこの人一人でいいんじゃないだろうか。

 そも隊長が対戦車技術という戦車道における邪道を熟知しているのは、一重に相手がそれを使用してきた時の対策の為だ。常に正道を歩む西住流だからこそ、邪道も知りそれを制する。今のもその一環だったのだ。

「生徒会長と話したのはせめてもの敬意ですか?」

「ええ。あの状況でまともな指揮ができる子は私達の中にもそういないわ」

「まあ、そうですね」

 隊長がここまで相手を評価するのは珍しいのだけど、事実なのだから仕方ない。

 この人の妹が大洗にいなければ、間違いなく彼女がこの学校を引っ張る事になっただろう。

「もっとも、こちらの攻勢も完璧ではなかったわ。相手がみほなら私の方が返り討ちだったかもしれないわね」

「はいはい。そうですね」

 隊長はそう言うが、私はとてもそうは思えない。

 今の私達、というか隊長の攻勢は完璧だった。あれを凌げる人物なんてそれこそ隊長自身しかいないと思うのだけど。

 少なくとも、あの引っ込み思案でお人好しな西住みほに有効な対応ができるとは思えない。

「空返事が隠せてないわよ。………話し声がする。誰か来るわ」

「元副隊長のお出ましですか? 相変わらずそういう所だけは手が早いですね」

「違うわ。戦車のエンジン音がない」

 話をしながらも私たちは手早く近くの茂みに身を隠す。

 しばらくしてやってきたのは私たちと同じく件の亡霊に扮装した数名の女子だった。

 わらわらとヘッツァーに取り付いた彼女らは、隊長が開けたままだったキューポラを覗き込んで訝しげな顔をした。

 

「たいちょー。こいつらもう気絶してますよー?」

「何ですって? …あらあら、私たちが手を下す必要はなかったみたいね」

 

 その内の一人が不敵に笑いつつ被っていたフードを脱ぐ。

 私はその顔に見覚えがあった。

「…アンチョビ。アンツィオ高校の隊長じゃない」

「どうやら貴女と似たような発想に行き着いたみたいね」

「くっ」

 私が寝る間も惜しんで考案したゲシュペンスト・イェーガーの扮装という案。

 それがあのお調子者パスタ女と同レベルの物だったという事実は屈辱だった。

 いや、あいつらは単にフードとランタンでそれっぽく見せているだけだ。私と隊長のようにおぶさる事で身長を大きく見せるという工夫もしていない。私の案の方が高等なハズだ。………自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「まあいいわ、他の連中と同じく近くの拠点に連れて行くわよ。これで残りはあのにっくきあんこうチームだけね。ふふふ…」

 

 生徒会の3人を戦車から引きずり出したアンツィオ高校の連中は、自分達が持参してきたのだろうリアカーに彼女達を乗せて引き上げていく。幸いにも私たちの存在には気づかなかった様だ。間抜けめ。

「彼女達が気絶していた理由に疑問は持たなかったのかしら」

「アンツィオ高校の連中はそんなものですよ、隊長」

 勢いづかせると厄介だが、基本的に短絡的で待ち伏せなどの罠に滅法弱いのがアンツィオ高校の特徴だ。

 二回戦で大洗に負けたのもそれが主な要因だったというのに、まったく成長していない。

「それよりどうします? 一応リハーサルは終わりましたけど」

 私は暗に『帰りませんか?』と隊長に提案している。

 この拉致は大洗とアンツィオの問題だ。私たちはたまたま通りかかった程度の関係しかない。

 確かに生徒会の3人を気絶させたのは私たちだが、遅かれ早かれ彼女達もアンツィオに襲撃されていただろう。

「………脅かすだけならまだしも、誘拐はやり過ぎだわ」

 しかし、隊長の返答は妥協ではなく怒りだった。

「反しますか、隊長の戦車道に」

「ええ」

 小さく頷く隊長の瞳に迷いはない。道に反する者に容赦をするほどこの人は甘くないのだ。

 もしかしたら今回の扮装や対戦車戦闘も隊長の中ではギリギリの妥協だったのかもしれない。

「…隊長、私は」

「いいのよ。私は貴女の案を聞いてそれに乗った。それが事実よ」

「ありがとう、ございます」

 

 これは私の都合のいい想像なのだけど。

 隊長は私のために少しだけ自分の道に反する事を受け入れてくれていたのかもしれない。

 

「…何をなさってるんです?」

 私が物思いにふけっている間、隊長は何やら紙に書き込んでヘッツァーの中へと放り込んでいた。

「この辺りで拠点になりそうな所は一つしかないわ。すぐにみほも来るでしょうからヒントを残しておくのよ」

「あの子の助けなんて不要でしょう?」

「私たちには不要ね。でも捕まった大洗の子達には必要よ。私たちが正体を晒す事は出来ないのだから」

「…それは、そうですね」

 少し不本意だが、隊長の理屈は非の打ち所がなかった。

 確かに、正体を明かせない私たちが捕まった子達を助ける事はできない。

 その役目はあの子、西住みほにしかできないのだろう。

 

 

「ところで隊長」

「何?」

「どうしてそこまで大洗の地理に詳しいんですか?」

「………敵を知り、己を知れは百戦危うからずと言うわ」

「そうですか。それも戦車道ですか」

「ええ、戦車道よ」

 便利な言葉ですね、戦車道って。

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「無事に助けられた様ね」

「はい」

 今、私たちは一部の側壁が破壊された廃屋を遠目に眺めている。

 丁度あんこうチームが事後処理を始めたところの様だ。

 

 その後、アンツィオ高校の潜伏場所へ押し入った私たちは大した苦もなく彼女達を制圧した。

 本当はもう少し穏便に済ませる予定だったのだけど、アンチョビが『大洗の隊長はお嫁にいけなくしてやるわ』などと口にした為、隊長が一時的に暴走。結果、アンツィオの面々はホラーさながら阿鼻叫喚の惨状と成り果てた。もちろん誰も大きな怪我はさせていない。ただ例の亡霊の扮装で彼女達が口から泡を吹くまで大げさに脅かし、十把一絡げに積み重ねただけだ。これが酷いかそうでないかの判断は人によると思うけど、私にはそれが限界だった。下手をすれば人死がでるんじゃないかと思うほどに隊長の激昂ぶりは恐ろしいものだった。ほんの少しだけアンツィオに同情した。

 

「私たちも撤収しましょう」

「ええ。角谷杏は私たちの事を口にしないでしょうか?」

「彼女は聡い人物だわ。だからこそ信用できる」

「了解です」

 事の真相を知るのは私たちを除けば彼女くらいだろう。

 そして私たちの存在を知るからこそ彼女は恩を忘れず、借りを返す。

 隊長の言いたい事はそういう事だ。

 

「それにしても、隊長の演技は真に迫ってましたね」

「………」

 アンツィオと交戦(というか蹂躙)していた時の隊長は色々な意味で危険な状態だった。

 大分時間が経った今は落ち着いてくれたけれど。

「まさか『泣ぐ子はいねぇがー』と叫ぶとは思いませんでした。隊長、九州の出身ですよね。あの方言は東北…」

「さあ。記憶にないわ、そんな事は」

 ともあれ、しばらくはこの人をからかうという非常に貴重な体験ができそうだ。

 

「エリカ、あの時のことは忘れなさい。いいわね」

「前向きに検討させていただきます」

 最近よく目にする政治家の様な言葉を口にしながら、私は敬愛する人と共に帰路についた。

 最初はこの学園に来るのが憂鬱だった私だが、今ではわりといい思い出になったと考えている。

説明
前回、前々回の作品の真相編です。この作品だけでも十分に内容を理解できる様にしたつもりですが、前回も合わせて読んでいただければ伏線なども見つかるのではないかと。
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ガールズ&パンツァー 逸見エリカ 西住まほ 

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