運・恋姫†無双 第六話
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妖術。恐ろしいものだった。自分でさえそう思う。四肢に妖気を巡らせれば、人体が凶器となるほど、この妖力は凄まじい。この前の戦では、物理的に人でさえも振り回した。

 

『力』というものが嫌いな人はいるか?他者を圧倒できる絶対的な力。これが振るわれる側としてはたまったものではないが、振るう側となったらどうだ?それを拒める者はいるだろうか。もちろんそういう人物もいるのだろう。だが紗羅は、『力』というものが好きだった。物理的な力も、精神的な力も。元の世界で一般人だった紗羅は、それに憧れこそすれ、励んで身を鍛えたりなどはしないような、所謂普通の人であったが、それが唐突に力を手に入れたとなれば、しかも、それ相応に努力しても得られぬ力を、ほぼ無償で手に入れたようなそれは、拒む拒まないの問題ではなく、喜んで受け入れるものであるのだ。紗羅は、この力を大いに喜んだ。紗羅だけでなく、もし魔法のような力を手に入れたのなら、元の世界の人ならば大半はそうではないのだろうか。

 

そして、そんな力を持っている彼は今、

 

「だっるぅ〜……」

 

だらけていた。だらけにだらけていた。宿の部屋の中、寝台に仰向けになり、ただただ体の倦怠感に任せて気持ちを沈めていた。

 

彼がこんなになったのはあの賊討伐戦が終わってから。あの時受けた傷は、今は巻かれた包帯の内にある。それが原因、というのもあるが、一番の原因は、妖力の使い過ぎであった。あの時、戦場を覆うような多大な妖気を漏れさせ、先頭に立ち、賊の殺戮と呼ぶに相応しい行為に励んだ。だが、あまりの妖力の使い過ぎにより、体の許容限界と言えばいいだろうか、自身の肉体が妖力に耐えきれなかったのである。その反動が、彼に倦怠感となって襲っているのだ。

 

倦怠感で済むなら安いものではないか?と侮ることなかれ。想像してみよう。血が通ってない腕を動かそうとしたことはあるか?例えば、腕を下敷きにして寝て、起きたときに感じるあの感覚。血が通い始め、痺れを感じる前の段階。あれである。今は少しだけ回復して、ほんの少しだけ動けるようになったが、それでも海底に沈んでいるような気持ちはまだ取れていない。

 

「本当に同一人物とは思えんな……」

 

そんな彼に若干の溜息を零しながら言うのは趙雲であった。紗羅を宿まで運んだのは彼女であるし、紗羅の包帯を変えるのも、程立と彼女であった。戯志才が紗羅の裸(上半身)を見てアレなのはいつもの事だから言いはしない。戯志才は紗羅の部屋に入れないので、この部屋に顔を覗かせるのは趙雲と程立だけである。あと宝ャも。

 

彼女が同一人物と言っているのは、今の紗羅と、そして戦場での紗羅の事だった。今の少しも動こうとしない彼が、あの戦場で悪鬼羅刹とまで化した人物だと誰が信じることが出来ようかと言うくらい落差がある。

 

今街では、戦場の【赫い男】の噂が流れていた。もちろん紗羅の事である。が、紗羅がそうだと割れてはいない。噂を聞く限り、彼とは似ても似つかないのだ。一人歩きどころか、まだこの街から一歩も出ていないにも関わらず、すでに尾ひれが付いている。人から人へ、より話を面白くするために個人の創作が入り混じり、合体してぶつかって消え、それで出来た結果が、人ではないかのようなものになった。面白ければ良いという結果がこれである。いかに娯楽が少ないとはいえ、ここまで早くそれが出回るのは、驚愕に値する。だが尤も、紗羅は『天の御使い』などよりはずっと良い名だと思っているが。

 

「ぅあ……」

 

また呻く。食欲も全くなく、あまり食べ物も口にしていない。食わなければならないことぐらいはわかるから、趙雲らが買ってきてくれたものを、少量だが無理やり詰め込んだりして数日を凌いでいる。流石に厠には意地でも一人で歩いていくが、それも気力が尽きる位の、とてつもない重労働である。彼の今の可動範囲は、寝台→厠→寝台という状況であった。

 

「しりゅ〜」

「はぁ……何だ?」

「少し、……寝る」

「そうか」

「……顔は……あまり見るな……」

 

そう残すと、紗羅は顔を腕で隠し、ごく浅い眠りについた。趙雲らも、紗羅についてわかったことがある。彼は寝顔を見られることを嫌がる。そんなささやかな事だが、あの戦場での姿を見たからか、今の姿の落差に、思わず愛おしささえ感じてしまう。それに趙雲は、そんな風な紗羅の寝顔が気に入っていた。今も彼の寝顔を肴に、静かに酒を飲もうと思っているところだ。そして起きたら、その事でからかってやるのだ。しばしの間、昼間のゆったりとした時間が流れる。

 

「寝ちゃいましたかー?」

「風」

 

程立が静かに戸を開け、顔を覗かせる。趙雲は唇に指を立て合図を送った。

 

「静かにな。ついさっき寝たところだ」

「はいー」

 

音を立てずにそろそろと部屋に入って来る。

 

「噂に聞く限りだと絶対違う人ですねー」

「私もそう思うよ」

 

今街に出回っている噂は、管輅による『天の御使い』の噂と【赫い男】の噂。さらにはこの二つが同時期に出回っていることもあって、その【赫い男】が『天の御使い』なのではないか、という噂さえ作られている。もちろんのことだが、彼女らは『天の御使い』などという眉唾な話は信じていない。しかし、民衆がそんなものに頼るのなら、それは国が終わろうという時だろう。そういう意味では、尺度となりうる。もしかしたらこれは、管輅からの国への警告なのかもしれない。

 

「それだけじゃないんですよー」

 

程立が言う所によれば、その噂の人物をこの街の兵が探しているらしい。

 

「ふむ……」

 

それは尤もかもしれない。先の戦で多大な戦果を挙げた人物となれば、これを勧誘しない手はないだろう。

 

「俺より子龍だろう」

 

紗羅が起きていた。彼は今の状態ではあまり眠ることはできないらしく、寝ては起きてを何度も繰り返している。彼は老人のようにたどたどしい動作で起き上がり、寝台に腰掛けた状態となった。

 

「ぅあ……だる……」

「起こしちゃいましたかー」

「仲徳のせいじゃない」

「寝ていた方が良いのではないか?」

「いい。それより子龍、またここで酒飲んでたか」

 

やはり紗羅は不機嫌な顔になった。だが趙雲にとってはそんな顔も彼女のいたずら心をくすぐるものでしかない。

 

「やっぱいい。何も言わんでくれ」

「ふっ、そうか」

「先ほどの続きですがー」

「そうだな」

 

一度大きく息を、溜息のように吐いてから口を開く。

 

「簡単な話で、俺より子龍の方が凄かったってだけだ」

 

先の戦では、誰よりも目を引いていたのは彼だったが、討ち取った数を競えば趙雲に勝るものはいなかった。【赫い男】の存在の影になってしまっていたが、誰よりも功績を挙げたのは趙雲であると、紗羅はわかっている。趙雲もその言葉を聞いて満足そうだ。

 

「なので星ちゃんも探されてるようなのです」

 

今度は眉を顰めた。この反応を見るに、趙雲がこの街の軍をどう思っているのかある程度わかる。

 

「嫌か」

「嫌だな」

 

即答だった。

 

「お主は気付いてないか?」

 

一日程度の距離に、賊が集まっていたこと。それは、ここを治める者の力が示されている。さらに実を言えば、あの数の賊相手に、義勇軍は必要なかった。正規の軍だけで普通に勝てたくらいの差だったのだ。聞かされていた数とは違う数で、水増ししていた、という事になる。あるいは調査能力が低いという事か。それで義勇兵を募り、本隊は過剰なくらいの数で、さらに義勇軍を囮に使った様なものである。趙雲がそれで良いと思えるわけがなかった。さらに、賊を殲滅せしめたことで、この街の軍の評判が上がった。何か美味しいとこ取りされた感がある。個人的な事に関しても、あの太った隊長殿は気に喰わない。それについては紗羅も同意である。

 

「本当ならそれを正してやりたいが、いちいちそれをしていては時間がいくらあっても足りん」

 

大陸が腐っていることの証明でもある。だから彼女らはそれを元から正す主君を探して旅をしているのだ。

 

「旅と言えば」

 

紗羅が口を開く。

 

「そろそろこの街を出るとか」

 

程立から聞いたことだ。路銀も調達でき、仕える主がここにいないことを知ったので、この街に長居する必要はない。

 

「うむ……」

「ですー」

 

名残惜しんでくれるのは嬉しい。だから余計に寂しくなる。趙雲も、程立も、戯志才も、紗羅も。出会ってからそう日は立っていないが、行動を共にしていたことで、やはり情といえるものが出来てしまっていた。だからと言って、別れぬわけにはいかない。それぞれの抱く信念のためにも。

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時と言うのは、意というものを介さない。人はそれを理解しながら、慈悲と言ったり、無情にも、と言ったりもする。ただ何億分の一人の気持ちだけで、【生】そのものとさえ言うべきもの否定したりもする。だが反面、その時が過ぎるのを期待している自分もいる。

 

不思議なものだ。いつまでもこの時が続けば良いのに。にもかかわらず、その時が終わることを残念に思いながら、終えられて良かった。という気持ちもある。不思議な事だ。

 

そんな哲学的な気分になりながら、あっけなくその日を迎えた。季節は空気からして春ではないが、それでも別れの時だ。

 

「やはり宿で休んでいた方が良かったのでは?」

「いい。見送りぐらいさせてくれ」

 

城門。入る者と出ていく者を分けるための巨大な扉。そこに趙雲、程立、戯志才、紗羅がいた。彼女らは、行商人の馬車に乗せてもらって行く。戯志才がその手筈を整え、趙雲は護衛兼用といったところだ。

 

紗羅の体調はまだ回復してないが、それでも恩人が旅立っていくのだ。出来るとこまで見送りはしたい。という紗羅の気概で、遅い歩調で門までついて来ていた。

 

『それじゃあここまでだな』

「世話になった」

 

この時代のやり方で、習った礼をする。

 

「お兄さん、それはこういう時に使うものじゃないのですよ」

「なぬっ?」

「やめておけ、お主にそれは似合わんぞ」

 

笑われた。どうやらやり方を間違えたようだ。顔が少し紅潮するが、この和やかな空気は後少ししか味わえないとなると、悪いものではないと思える。

 

「寂しくなるな」

「ああ」

 

素直に頷く。旅をするとなると、その人が何処にいるかわからないのだ。ましてや紗羅も旅をするのだから、お互いに所在が分からなくなる。そうなると手紙でのやり取りもできないので、安否すらも分からなくなる。

 

「別れが、こんな気持ちになるとは知らなかった」

 

不安だ。もしかしたら、これで顔を合わせるのは最後になるかもしれないのだ。彼女らは大丈夫だろう。なまじ歴史を知っているので、紗羅はその点についてはあまり心配してはいないが、彼自身はどうだろうか。紗羅は、この世界の住人ではない。つまり、彼はどこかで人知れずに息絶える可能性が十分ある。しかし彼が感じるのは、自分が死ぬ不安ではなく、それよりも彼女たちともう会えなくなる、という不安だった。

 

「真名も早く思い出せるといいですね」

 

紗羅はまだ、自分の真名を決めていなかった。いくつか候補を挙げたが、そう簡単に決めてはいけないような気がする。本当は真名を決めて、それを彼女らの旅への餞別にしようと思っていたが、これについては焦らずにじっくりと考えることにしよう。

 

「すまん。世話になったのに何も返せるものがなかった」

「見送りに、別れの言葉。これ以上に望むことはありませんよー」

 

何と裏表のない清い言葉か。紗羅は少し感動していた。

 

「そうですね……それでは私から餞別を」

「戯志才が?」

「といっても、そんなに大したものではありませんが」

「俺がそれを受け取ってもいいのか?」

「ええ、大したものではないですから」

 

そういうと一つ咳払い。

 

「偽名ではない私の名前を教えましょう。郭嘉と言います。字を奉考」

 

これが彼女の名。それを教えてくれたということは、妖術使いの紗羅の事を信用してくれたという事だ。

 

「郭奉考」

「はい」

「この名が有名なのか」

「その反応だと、知らないようですね」

「まあ当たり前ですかー」

 

どうやら彼の頭の中には、魏の軍師、郭嘉の名前はなかったらしい。彼の三国志知識は、やはり中途半端なものである。

 

「紗羅殿までに隠す必要はなかったようです」

「おう、全く知らん」

 

苦笑気味に言う郭嘉に、堂々と言ってのける紗羅。それに微笑む趙雲、程立。悪くない空気だ。しんみりした空気は、やはり苦手だ。だから今のうちに、後腐れ無いようにさっぱりと別れてしまおう。

 

「それでは、お別れだ。縁があれば、また会うこともあるだろう」

「それなりに楽しかったですよ」

『達者でな!』

「養生してくださいね」

「おう。子龍、仲徳、奉考、それに宝ャも。世話になった。この礼は、いつか必ず」

「楽しみにしてる。その時まで死ぬなよ。お主の旅も、良いものであることを願う」

 

そして彼女らは馬車に乗り行った。淋しいものだ。また会えるだろうか?次に会う時はどれくらい先か?数年はかかるかもしれないし、予想より遥かに早く逢えるかもしれない。最悪、もう会えないということもあるが、今その考えはやめておこう。

 

「さて」

 

ここからは自分一人。何をするにもただ一人なのだ。紗羅はこれから、何里の道を歩くだろう?その最初の一歩目は、その重い体を宿まで運ぶことだ。

説明
前回のなんですけど、義勇兵半分死んだってもう壊滅状態ですよねー。もう一度言いますけど、作者には文才がないのです。頭の中満面お花畑ご都合主義なのです。それぐらい劣勢だったという設定なのです。いやもう劣勢ってどころの状況じゃないんですけどね。

趙雲は当たり前ですけど、義勇軍のみで戦おうとしてたわけじゃありません。正規軍と『協力』して戦おうとしていました。その先端の刃が義勇軍で、その後すぐに主力部隊が続くはずでしたが、あまりにその動きが遅く、というよりほぼ見捨てる形で、義勇軍の被害が甚大となったわけです。という言い訳をいま思いついたのです。

一言の蛇足を添えるだけで文が台無しになることを知りました。なので今まで投稿した作品を気づかれぬようにこっそりと修正したり……
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コメント
>月影さん おお!こういう評価をもらえるとうれしいですね。ありがとうございます!(二郎刀)
読みやすく、展開も新鮮な感じがして面白いです!『力』を持った紗羅がこれからどのような道を進むのか、期待してます!(月影)
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