銀の槍、苛々する
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「……来たか」

 

 妖怪の山の森に囲まれた広場にて、大きな黒い翼を背に持つ妙齢の女性がそう呟く。

 すると、その前に銀色の髪の男が降りてきた。

 男の背中には、赤い布にくるまれた細長い棒状のものが背負われていた。

 

「……いきなり呼び出すとは、何かあったのか、天魔?」

「一つ確認したいことがある。今日はそのために貴様を呼び出した」

「……確認したいことだと?」

「ああ。そしてそれが正しければ――――」

 

 天魔はそういうと、背中の大剣を抜き放って剣先を将志に向けた。

 

「貴様は私に倒される」

 

 天魔は不敵に笑いながら、静かにそう言い放った。

 その自信に満ちた宣言に、将志は興味深そうな視線をむける。

 

「……ほう? 確かにそれは気になることだ。早速試してみるか?」

「ああ。そのために貴様を呼び出したのだからな」

 

 将志は背負った銀の槍の赤い布を解いた。中からは戦神の象徴である、黒耀石があしらわれた銀の槍が現れる。

 それに対して、天魔は黒鉄色の大剣を片手に持って構える。

 

「……行くぞ」

 

 将志はそういった瞬間に天魔の背後を取って攻撃する。

 天魔はそれを前に飛ぶことで躱し、翼から弾幕を展開する。

 

「……ふっ」

 

 将志はその弾幕を難なく潜り抜けて弾幕を返す。

 至近距離で展開された銀の弾幕は密集したまま天魔に襲い掛かった。

 

「ちっ!」

 

 天魔は素早く後退しながら弾丸を避けて行く。

 その天魔に対して、将志は槍で追撃を加える。

 

「……はっ」

「くっ!」

 

 天魔は将志の突きを大剣の腹で受け流すようにして避ける。

 そして、天魔と将志は鍔迫り合いの状態になった。

 

「……さて、ここまではこの前と変わらんが……何を考えている?」

「……お前の弱点は、たとえ僅かな衝撃でも戦闘不能になる身体の脆弱さだ」

「……確かに、それが俺のどうやっても克服できなかった致命的な弱点だ。……だが、当たらなければ問題はあるまい」

 

 将志はそういうと天魔を弾き飛ばし、妖力で編んだ銀の槍を投擲した。

 天魔はそれを剣で叩き落し、将志に向かって弾丸を放つ。

 その弾丸は以前のものよりも小さく、その代わりに数が大幅に増加したものになっていた。

 

「……手数を増やしただけでは当たらん」

 

 しかし将志はそれを避け、時には槍で弾き返しながらそれを潜り抜ける。

 それを処理している間に、将志の視界からは天魔が居なくなる。

 

「……上か」

「うっ!?」

 

 将志は上に向かって銀の槍を放つ。

 するとそこには大剣を振り下ろそうとしていた天魔がいた。天魔はその一太刀の標的を変え、風を切って飛んでくる槍を剣で叩き折った。

 

「……そらっ」

「くっ……」

 

 そうして出来た隙に将志は手にした銀の槍を叩き込もうとする。

 天魔は身体を捻ることでそれを躱し、地面スレスレを飛ぶようにして体勢を立て直した。

 将志は素早く間合いをつめ、天魔に接近戦を仕掛けた。

 

「……せっ」

「はあっ!」

 

 将志と天魔は激しく打ち合う。槍と大剣が交差するたびに火花が散り、その激しさを物語っている。

 その力もさることながら、真に眼を瞠るべきはその速度。

 自らの速度を武器に数多の神々と戦ってきた将志と、速度であれば鬼神すらも凌駕する天魔。

 速さが自慢の二人のぶつかり合いは、常人にはもはや戦いに取り残された風と音しか知覚できないものになっていた。

 

「はああああ!!」

「……疾!」

 

 数十合打ち合った後に、再び鍔迫り合いになる。

 激突の瞬間、二人の動きが生み出した風が周囲の木々を激しく揺さぶった。

 

「……幻覚は使わんのか? あれを出し惜しみして勝てるほど、俺は甘くはないと思っているのだが?」

 

 将志はそれまでの戦いを振り返り、首をかしげた。

 天魔の能力は『幻覚を操る程度の能力』である。以前戦ったときは、その能力を使って将志を撹乱しながら戦っていた。

 しかし、今回の戦いでは天魔は依然としてその能力を使っていないのだ。

 

「ああ、使わん。あれを使ったところでお前相手には効果が薄い。ならば、使わずに力を温存しておくべきだ」

「……ふむ、ではどうやって俺を倒すつもりだ?」

「……無論、貴様の弱点を突いて倒す」

 

 天魔はそういうと鍔迫り合いの状態のまま、将志に弾丸の雨を降らせた。

 将志はその弾幕が届く前に素早く飛びのき、全ての弾丸を躱した。

 

「そこだ!」

 

 天魔は将志が飛びのいた先に紅色のレーザーを打ち込んだ。

 レーザーは速く正確に将志を撃ち抜くべく飛んでいく。

 

「……それも甘い」

 

 しかし将志はまるで読んでいたかのようにそのレーザーを回避する。

 レーザーは地面に着弾し、空に大量の土や石を空高く噴き上げた。

 

「まだだ!」

 

 天魔は空を飛ぶ将志に更に下から弾丸の嵐で追撃をかける。

 将志はそれを避けたり弾いたりして難なく無効化する。

 

「てやああああ!!」

「……せやっ」

 

 斬りかかってくる天魔に、将志は反撃する。

 天魔はあえてそれと切り結び、三度鍔迫り合いを始めた。

 

「……この程度では俺を捉えることなど出来んぞ?」

「ふん、相変わらず化け物じみているな。だが、それも当たり前か。貴様の最大の強みとは何か? 誰もが惚れ惚れするような華麗な槍捌き? 誰にも捉えることの出来ない疾さ? その身に溜め込まれた膨大な妖力? いや、そんなものではない」

 

 突如として天魔は将志の強みと思われる部分を列挙していく。

 それを聞いて、将志は興味深そうに頷いた。

 

「……ほう? では何だと考えている?」

「貴様の最大の強み、それは悪意を察知する能力。貴様はありとあらゆる攻撃に含まれるどんなに微細な殺気や悪意でも感知し、それを元に回避していく。それこそ眼を瞑ってでも回避を出来るような、未来予知とも呼べるような精度でな。そして人間や妖怪、更には神すらもその力を超えることが出来ず、お前に触れることすら叶わなかった」

 

 天魔は将志の最大の強みに対してそう断言した。

 将志はそれを聞いて感慨深げにため息をついた。

 

「……知っての通り、俺の身体は赤子に殴られても気を失うほど脆弱なのだ。故に、俺はいかなる攻撃も躱せるように修練を積んだ。たとえ僅かな害意も見逃すことなく拾い上げ、危険を無意識下でも回避できるようにな。それが最大の脅威というのならば、確かにそうなのだろう」

 

 将志は長い間積み重ねてきた修行を思い浮かべながらそう呟いた。

 それに対して、天魔は苦々しい表情を浮かべた。

 

「全く、ふざけた奴だ。その境地に至るまで、どれほどの修練を積んだのかなどと考えるだけで頭が痛くなる。そのようなことをするくらいなら、もっと頑丈な身体を作るものなのだがな?」

「……だが、それは無駄にはなっていない。現に俺はどんなに強力な攻撃も躱すことが出来る。これほど頼りになる感覚を、俺は他に知らない」

「確かに、それを持っている以上は普通の攻撃では貴様を捉えることなど出来ない」

 

 天魔は静かにそう呟く。

 そして、ニヤリと笑った。

 

「……だが、それを持っているが故に貴様は負けるのだ」

「……っ!?」

 

 次の瞬間、将志の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

「……ぐっ……」

 

 将志が眼を覚ますと、空には月が浮かんでいた。

 かなり長い間気絶していたらしく、身体はかなり冷えていた。

 

「ようやく起きたか。全く、噂には聞いていたがいくらなんでも脆弱すぎるぞ」

 

 その声に振り返ってみると、そこには呆れ顔の天魔がいた。

 天魔は近くにあった切り株に座っており、将志を眺めていた。

 

「……俺の負けか、天魔」

「……ああ。そして私の勝ちだ、将志」

 

 将志が呟くと、天魔はそう返して微笑んだ。その笑みは、今までの不機嫌な表情からは想像のつかないような、穏やかで満ち足りた表情だった。

 その笑顔を見て、将志は深々とため息をついた。

 

「……やれやれ、仮にも戦神が負けるとはな。どうやら俺もまだまだ修行が足りんようだ」

「個人的には貴様にこれ以上強くなってもらっては困るのだがな」

 

 天魔の言葉に、将志は首をかしげた。

 

「……何故だ?」

「何かあったときに貴様に仕事を押し付けられなくなるだろう?」

 

 そう話す天魔の顔は、それはもう見事な笑顔であった。どうやら、こき使う気満々のようである。

 そんな天魔に、将志はジト眼を向ける。

 

「……天魔、何を考えている?」

「現時点で、幻想郷内で貴様に勝ったのは私だけだ。つまり、貴様を力で従わせられるのも私だけということだ」

「……俺を使い走りにするつもりか?」

「ふっ、敗者に口答えの権利などない。大人しく従ってもらおうか?」

 

 天魔は意地の悪い笑みを浮かべたまま将志にそう話す。

 それを聞いて、将志は額に手を当ててため息をついた。

 

「……そんなことをすれば、うちの連中が黙っていないぞ? 俺が何も言わなくとも、勝手に飛び出してくるだろう」

「何も銀の霊峰全体を配下にする気はない。私は貴様を従えさせられればそれで十分だ。……くくっ、神を従えさせることが出来るとは実に痛快だな」

 

 本当に愉快そうに天魔は笑う。将志を思い通りにできることが楽しくて仕方が無いようである。

 それに対して、将志は怨嗟のこもった視線を天魔に送った。

 

「……待っていろ、すぐにお前を倒して自由になってやる」

「今のお前には負ける気はしないな。いつでも来るがいい。逆に貴様が負けるたびに面倒事を押し付けてやる」

 

 将志の言葉に、天魔は不敵に笑ってそう答えた。

 そして、将志に近寄って肩に手を回した。

 

「そういうわけで、これからうちに来てもらおうじゃないか」

「……何の真似だ?」

「しばらく放っておいたせいで書簡が溜まっていてだなぁ。それの処理の件で下から突き上げを食らっているのだよぉ。もう煩くて敵わんのでな、そろそろ片付けようと思うのだよぉ」

 

 にこにこと笑いながら天魔は将志にそういう。その声は人の神経を逆なでするような声色だった。

 

「……まさか、俺にやれというのか?」

「察しが良いな、その通りだ。なに、私は同じ部屋に居るから分からないことがあれば存分に訊くが良い」

 

 天魔はそう言いながら将志の頭を撫でる。

 将志ははらわたが煮えくり返りそうになるのを抑えながら、天魔の話を聞く。

 

「……拒否権はあるか?」

「あるわけないだろう、負け犬君?」

「……くっ」

 

 天魔の言葉に、将志は悔しげに奥歯を噛み締めるしかなかった。

 

 

 

 

「……おい、天魔。貴様、何ヶ月分溜め込んでいた?」

 

 天魔の家である木造の屋敷に着いて仕事部屋に入るなり、将志は震える声でそう言った。

 それに対して、天魔は額に手を当てて考え込んだ。

 

「ん? そうだな……一番古い書簡が確かこれだから……」

 

 そういうと、天魔は部屋の片隅に置いてある書簡に手を伸ばした。

 将志はそれを横から覗き込む。

 

「……見間違いだと信じたいが……この日付は二年前のものではないか? つまりここにあるのは二年分の書簡ということなのだな?」

 

 将志は額に大きな青筋を浮かべながら書簡を指差し、周囲を眺めた。

 そこには、天高く積まれた書簡の山が部屋を埋め尽くしていた。

 壁沿いにびっしりと並べられた書簡は動線を侵食しており、歩いて肩が触れれば崩れ落ちてきそうな有様であった。

 

「細かいことなど気にするな、将志。どの道貴様はこれを片付けることになるのだからな」

「……一つ訊かせてくれ。貴様、今までどういう仕事をしていた?」

 

 最高にいい笑顔を浮かべる天魔に、将志は当然の疑問をぶつけた。

 

「ふむ、山をうろついて妖怪達と駄弁り、不満が出たら片っ端から潰していたが?」

 

 天魔はそれが当然といった様子で将志にそう答えた。

 それを聞いて、将志は呆れ果てた表情でため息をついた。

 

「……良くそれで組織として体裁が保てていたな……」

「なに、指導者など部下や住民を満足させられればそれでいい。それさえ出来れば書類仕事などという詰まらんことをせんで済むと私は何度も主張を」

「……何のための書類仕事だと思っているのだ……」

 

 元より住民の不満の声や政策を実行に移すために、必要なことが書簡に書かれているのが普通である。

 いくら首領が指示を出しても、書簡が無ければ明確な指示が末端までちゃんと届くか、その指示が本当に首領からのものかを証明できるかどうか等の問題を解決するのに手間が掛かってしまうのだ。

 本末転倒なことを言っている天魔に、将志は頭を抱えざるを得なかった。

 

「まあいい、とにかく貴様はその書簡を片付けろ。私はそこに居る、分からないことがあったら声を掛けろ」

「……どうしてこうなった」

 

 将志は深々とため息をつきながら、仕事に取り掛かることにした。

 

 

 

「……っ」

 

 将志は今、非常に苛立っていた。

 元よりやる必要のない仕事を押し付けられているのだから、機嫌がいいはずはない。

 しかし、その不機嫌具合を加速させる要因がここにあったのだ。

 

「おお〜、仕事が速いな将志。ナデナデしてやろう」

 

 仕事を続ける将志の頭を、そう言いながら天魔は撫で付ける。

 そのもう一方の手には赤い漆塗りの杯が握られていて、酒が注がれていた。

 将志に勝った事が余程嬉しかったのだろう、ものすごい勢いで酒が消えていく。

 酒臭い息が将志の顔に掛かるたび、手元では手にした筆が破滅の音色を奏でていた。

 

「……おい、天魔。人に仕事を押し付けておいて、自分は酒を飲むとは何事だ?」

「ん? いいじゃないか、別に酒を飲みながらでも仕事は出来るだろう? なんだったら貴様も飲むか?」

 

 天魔はそう言いながら杯を将志に差し出す。

 将志はそれを見て額に手を当てて首を横に振った。

 

「……もういい、話すだけ無駄だ」

「おいおい、つれないことを言うな。っと、その案件はもう解決済みだ。そっちの案件は下の連中に放り投げてあるから心配ない」

 

 天魔は将志の肩を抱きながら書簡の内容に関して指示をする。

 将志は痛む頭を抱えながら指示通りに書簡を処理する。

 

「……仕事を手伝うのはいいが、俺にしなだれかかってくるな。あと、いくら自宅だからとはいえ小袖一枚でうろうろするんじゃない」

「おや、年頃の綺麗な女にこのような格好で迫られるのは褒美になると思ったのだがな?」

 

 現在、天魔が着ているのは少し大きめの小袖一枚のみである。

 この時代で言う小袖とは下着として使われている丈の短い着物である。

 現代風に分かりやすい例えでいくと、今の天魔の格好は裸に大きめのワイシャツを一枚着ただけという状態が一番近しい例えになるだろう。

 そんな天魔に、将志は深々とため息をつく。

 

「……貴様にやられると罠にしか見えんし、そもそも興味がない」

 

 将志は意地の悪い笑みを浮かべる天魔の言葉を、そう言って一刀両断した。

 将志は六花に女性に対して言ってはいけない言葉を教えられている。それ故に、効果的にダメージを与える言葉を言うことも出来るのであった。

 その言葉は効果覿面で、天魔は聞いた瞬間に凍りついた。

 

「……元々冗談とはいえ、流石にそこまで言われると女としての在り方を考えるぞ?」

「……喧しい、勝手に考えていろ酔っ払いが」

 

 軽く落ち込む天魔に対して、将志は吐き捨てるようにそういうのだった。

 

 

 その後、将志は天魔の絡み酒に付き合いながら夜明け前に仕事を終わらせ、家に帰ったところを愛梨達に散々説教される羽目になった。

 そして、いつか天魔に復讐する事を心に誓った。

説明
ある日、森の広場に呼び出された銀の槍。そこで待っていたものは。
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コメント
天魔の性格がどんどん崩れていったのはここからですね。その結果、このSSで一、二を争う適当なキャラに……どうしてこうなった。(F1チェイサー)
…アレ、もっと後だと思っていたのに、もうこのエピソードですか!?そう言えば、向こうで天魔の勝因を当てたのは俺でしたねぇ。こうして天魔は将志に勝てる稀有な逸材となり、同時にどんどんお茶目になっていくのだった。(クラスター・ジャドウ)
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