ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」13 |
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少し肌寒い風に、すがすがしいほのかな香りを乗せた湯気が広がっていた。春先の空気はまだ少し厳寒の冬を覚えている。
乳白色のテーブルに突き刺した日除けのパラソルが作り出す陰にはティーセットが一つ。そこには書物を広げる一人の青年がいた。
ほっそりとした体付きに似合う癖のない目鼻立ち。そして白く柔い髪と細い眉がいわゆる美形の要素を為している。魔道衣を着ず、よれたホワイトシャツを着ている所為か、売れない芸術家のようにも見える。しかし、彼が単なる優男ではない証として、その肩口には彼の髪と同じく真っ白な色をした蛇が巻き付いていた。
もちろんその白蛇は普通の蛇ではない。いくら魔法学園とはいえ生徒の身では珍しく、『使い魔(ファミリア)』と呼ばれる魔道の生物を連れているのである。その男は黙々と書物をめくるだけで、砕けたくつろぎの時間を過ごしていた。
そこはバストロ魔法学園の中でもはずれにあるテラスだった。学舎の北側に作られた控えめな休憩場には、慎ましいながらもテーブルや椅子などといったガーデンファニチャーが並んでいる。学び舎(や)の活気とは無縁の静けさ、そこは学園の中心から離れた落ち着いた空間だった。
「あら、カルノ。お一人ですの?」
現れたのは金髪碧眼の女性だった。
彼女はジェル・レイン。基本的に黒の魔道衣に身を包む学園生徒の中で、霊装でもないのにわざわざ特別に作った白の魔道衣に身を包む変わり者である。そしてこのバスロト魔法学園の序列次席にして「統べる女(オール・コマンド)」と異名される優麗の魔法使いであった。
「いいえ、そこに」
声をかけられた男は、書物を読む視線を外すことなく、淡々と答えた。顔立ちの整った優男が見た目通りの美声とくると、聞く人が聞けばなんとも面白味の感じられないものだろう。彼もジェルと同じく学園生徒の間では『四重星(カルテット)』と呼ばれる一人、序列四位のカルノ・ハーバーだ。
指し示しもせず「そこ」と言われたジェルだが、カルノが何を言いたいのかはわかったのだろう
「ヒュースは昼寝ですか、いいご身分ですこと」
と漏らすと、自らも紅茶を入れて白髪の青年の隣に腰掛けた。
「寝てねーよバ〜カ」
ジェルの声が聞こえたのだろう、どこからともなく粗野な声が返ってきた。
声のする方をジェルが顧(かえり)みれば、ガーデンベッドが生け垣の向こうにちらりと見える。本人の姿は見えないが、ああ、そこがカルノの言っていた「そこ」なんだ、と納得する。
昼の最中から高いびきで寝ているものとばかり思っていた男が起きているのを知り、ジェルは冷ややかな眼差しを「そこ」に向けた。
「誰がバカですか! 炎術しか出来ない真性のバカに言われたくありません」
「万年二位にバカと言って何が悪い。悔しかったら俺に勝ってみろってんだ」
天然の縮れ毛でぼさぼさの頭が生け垣の向こうから顔を出す。
ヒュースと呼ばれた男はガーデンベッドから体だけを起こすとジェルに薄笑いを見せた。
バルガス魔法学園最強の炎術使い『炎灼獄燃(ムスペルヘルム)』。数百人と魔法使いを養成する魔法学園の現頂点である、序列首席のヒュース・クルエスタだ。
首席ということは、つまりはジェル・レインとは一位と二位の序列を争う好敵手(ライバル)同士である。
「ええ、わたくしも常々こんなバカ男に勝てない自分が恥ずかしくてなりませんわ。頭カラッポのクセに、才能だけでふんぞり返ってる低俗下等のゲスを首席にしてる学園の生徒だなんて恥ずかしくて街も歩けません」
「かっかっかっか。どんだけ筆記試験がよかろうともな、魔法使いってのは魔法戦で勝てばいいんだよ勝てば」
「くぅぅ。その減らず口にわたくしの魔法を何千発とぶち込んで差し上げたいのに、口惜しいですわ」
「だったらここでやるか? 俺はいつでもいいんだぜ。俺の炎は来る者拒まず全てを焼き尽くす」
ヒュースが指先に魔道の火が点(とも)る。
呪言(スペル)すら唱えていないのに出現した炎。まるで吸い込まれそうな赤だ。塗り重ねるように世界を朱に染めようとする揺らめきが眩(まぶ)しい。自然の炎とは明らかに違う幽星気(エーテル)を燃やすヒュース炎を前に、ジェルは一瞬見とれてしまう。
彼女も負けじと巻き毛になった金髪を払い上げてヒュースに腕を向けた。既に契印の為の魔力は指にこもっている。
二人とも一歩も引かぬ構え。魔力の高鳴りが一触即発の空気を渦巻いていた。
「二人とも静かに。ここはくつろぐ場ですよ。夫婦喧嘩なら、闘技場でやってください。今ちょうど模擬戦の時間です」
「誰が夫婦喧嘩だ!」
「誰が夫婦喧嘩です!」
綺麗に二人の声が揃った様に、カルノの顔はにやりと笑う。お陰で序列一位と二位が私闘でも起こさんばかりの空気がどこえやら。
「ちょっとカルノ・ハーバー、いくらあなたでもそのような根も葉もないことを言うのは許しません」
「そうだ。どうして俺がこんな性格ブスと一緒にされなきゃならねぇんだ」
「誰が性格ブスです!」
「なんだ、お前自分の性格がいいとでも思ってたのかよ。性格のいい女ってのは、人をゲス呼ばわりしないんだよ」
「そういうヒュースだって、人のことをバカだのブスだの。あなたって人は本当にもう最低っ!」
にらみ合う二人の視線が火花でも散らさんばかりに交錯していた。完全に機嫌を損ねたジェルを見かねたのかカルノが
「はぁ、わかってませんねぇ、ジェル」
と本当に呆れた様子で言うので、ヒュースに不快の眼差しを向けながらもジェルが聞き返した。
「何がです?」
「わざわざヒュースが『性格ブス』と言ったのは、つまり性格以外はブスじゃない。ジェルはとっても可愛く見えると言っているのですよ」
「えっ、そんな……本当に?」
なにやら巻き毛となっている自身の髪を、更に巻くように指に絡めながら、急にもじもじとするジェル・レイン。
「何つまんねぇこと言ってやがるカルノ。……まぁ確かに、ジェルの見た目が悪くないことは認めてやるよ。うちの学園で、まぁ上玉の方だろ。でも、それだったらお前とジェルの方が、付き合っているとかなんとか噂されているだろうがよ」
ヒュースの言うとおり、金髪美女のジェルと、学内の女性からは顔がいいと一際人気があるカルノは、よく美男美女のカップルと取り沙汰されることがある。どこの学園にもよくあるゴシップの類(たぐい)であるが、確かに二人の容姿を見ればそういう発想に行き着いてしまうのは納得がいく。
「はぁ、わたくしとカルノがどうして付き合っているのです?」
「だから噂だって」
ヒュースは飽き飽きとした様子だ。学内の噂など元々取るに足らないものが多い。そんなものを真剣に取り合うのは疲れるだけだ。
「そんなの不本意です!」
「俺に言っても知らなねぇよ」
「わたくしに言われても知りません」
カルノが堪らず苦笑する。そういうところが『夫婦喧嘩』に見えるのだと、本人達は全く自覚していないようだ。カルノの言葉に同意するかのように、肩口に乗る白蛇が喉を鳴らした。
蛇にまで馬鹿にされたように感じたのか、ヒュースは肩をすくめて首を振った。
「ああ、もう。どうでもいい。俺にも茶くれ、茶」
勢いよく生け垣を飛び越えると、カルノ達がいるテーブルにどかりと座る。相変わらずの横柄な態度だ。
その様子に一つ大きな溜息を吐いたジェルは、言い争いをした直後だというのに文句も言わず紅茶を注ぎ、ヒュースに差し出した。それを何の風情もなく一気に喉に流し込む。
「ぷは。カルノ、いつも言ってるがもっといい葉で飲めよなぁ」
「生まれが生まれですので、貧乏性は抜けきれませんよ」
ジェルも紅茶をすすりながら一服付いた。
雑木林を全面に望むテラス。風が木々を鳴らす心地いい静けさだった。さっきまでの言い争いが逆に、静寂を演出しているようだった。
こんな爽やかなテラスなら学園生徒達から人気があるのかと思いきや、このテラスを休憩所に利用しているのはカルノ達三人と他にもう一人、そのたった四人。そう、学園の生徒達から『四重星(カルテット)』と呼ばれている序列トップ4の四人だけなのである。
どうして『四重星(カルテット)』の四人がここに集まるのか、本人達もその経緯を思い出せないぐらい自然にそうなった。学内で有名人の彼らには、学園でも一番端にあたるこのテラスを他に、くつろげる場所がなかったのかもしれない。確かに序列を巡っては争う間柄であるが、普段から敵対する理由もなし、今のように、ティータイムに興じては互いに情報交換などを行っていた。
しかし、『四重星(カルテット)』が集うこのテラスに、他の生徒は近付くことはほとんどない。『四重星(カルテット)』同士ならどうということはないが、普通の生徒からみれば、彼らは憧れの対象であり、そして畏怖の対象でもある。自ら虎穴に入ろうとする者がどこにいるだろうか。もし、他の学生がこのテラスに現れても、『四重星(カルテット)』達から放たれる実力の差という無言の圧力により、居心地は最悪に違いない。
読んでいた書物にきりがついたのか、カルノが本を閉じると、主人の意思を感じ取ったのだろう、白蛇がカルノの肩口から下りて、今度は彼の膝の上で蜷局を巻いて丸まった。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第一章の13 |
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