銀の槍、招待を受ける
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 将志達が朝の訓練を終えて食事を取っていると、突如として門の方角から轟音が響いてきた。

 それと同時に、一人の妖怪が本殿の将志のところに駆け込んできた。

 その妖怪は涼と交代で門番をさせていた妖怪で、戦っていたのかボロボロの状態であった。

 

「……何事だ」

「御大……鬼の客人です……対応をお願いします……」

 

 妖怪はそれだけ言うと気を失った。それを見て、将志はため息をつく。

 

「……またか……いったい誰だ?」

「ううっ……また拙者は連れて行かれるんでござろうなぁ……」

 

 憂鬱な表情を浮かべた涼がそう呟くと同時に、食卓に二つの人影がやってきた。

 その人影にはそれぞれ鬼の象徴である角が生えていた。

 

「やっほ〜 お邪魔するよ、将志」

「相変わらず美味そうなもの食べてるねぇ。これ、もーらい!」

「ああっ、それは拙者の卵焼き!」

 

 勇儀は涼の皿から卵焼きを奪い、口にした。

 突然の暴挙に涼は反応できず、それを見送るしかなかった。

 

「あ、それじゃあ私はこれを……」

「へぇ……横取りしようってのか? 二本角の姉ちゃん?」

 

 萃香が菜の花の粕漬けを掠め取ろうとすると、その持ち主から紅蓮の炎が上がり始めた。

 アグナは鋭い目つきで簒奪者を睨みつけ、身に纏った炎で威嚇する。

 そのあまりの気迫と熱気に、萃香は思わずたじろいだ。

 

「うっ……じゃあこっちもらうよ!」

「あっ、それも拙者の!」

 

 萃香は標的を変更して涼の粕漬けを奪い去った。

 その後も、萃香と勇儀は絶妙なコンビネーションで涼から次々とおかずを奪い去っていった。

 その結果、涼に残ったのは白米だけという散々な有様となった。

 

「ううっ……あんまりでござる……」

「……後で好きなもの一品作ってやるから泣くな。お前達も、人の食事を横取りするものではないぞ?」

「まあまあ、硬いことは言いっこなしだよ」

「そうそう、ケチケチしない!」

 

 将志の注意を二人の鬼は笑って受け流す。

 その様子を見て、将志はため息をついて首を横に振った。

 

「……そうか、せっかく来たのだから何か一品作ろうかと思ったのだが、要らないのだな」

「ちょっと待ったぁ! 食べる、食べます!」

「そういうことは早く言ってくれないかい? そのせいで涼のおかずがいくつか犠牲になったじゃないか」

 

 将志の一言に、鬼達は一気に態度を変えて取ったおかずを涼に返した。

 しかし、もう既にその大部分が二人の腹に収まっており、残っているのは微々たる量であった。

 

「くぅっ……抜け抜けとよくも……」

「……やれやれ、だ」

 

 がっくりと肩を落とし恨めしげに鬼達を眺める涼を見て、将志はため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

「ん〜、美味い! 相変わらず酒によく合う料理だね!」

「ホントにね。うちの奴らの中にこれくらい作れる奴が居りゃあ良いんだけどなあ」

 

 将志が作ってきた料理をつまみながら、萃香と勇儀は酒を飲む。

 そんな二人に、将志は話しかけた。

 

「……それで、わざわざここに酒を飲みに来たわけではあるまい?」

 

 将志がそういうと、二人は顔を見合わせた。

 

「あれ〜? そうだっけ〜?」

「ああ、そういえばそうだったね。今日は招待状を届けに来たんだった」

 

 勇儀はそういうと、折りたたまれた紙を取り出して将志に渡した。

 紙には妖怪の山で宴会を開く旨が書かれていた。

 

「……招待状?」

「あぁ。丁度ここに居る面子全員に妖怪の山への招待状さ。ま、無理に来いとは言わんけどね」

 

 その言葉を聞いて、涼は安堵のため息をついた。

 

「そういうことなら、拙者は門b」

 

「ただし、涼!! アンタは強制よ!!」

「ただし、涼!! あんたは強制だ!!」

 

「な、何故でござるかぁー!?」

 

 しかし鬼達の無情の一言により涼の思惑は崩れた。

 その理不尽な仕打ちを嘆く涼を無視して、萃香は他の面子に声をかけた。

 

「それはともかく、みんな来るの〜?」

「おう! 面白そうだし、俺は行くぜ!!」

「私も行きますわ。またアグナやお兄様に余計なこと吹き込まれては堪ったものじゃありませんもの」

「僕も行こうかな♪ きっと楽しくなると思うしね♪」

「……特に断るような理由も無い。その招待、受けるとしよう」

 

 萃香の問いかけに、全員が参加の意を示した。

 それを聞くと、二人の鬼は笑顔を浮かべた。

 

「よ〜し、そうと決まれば早速行こう!」

「さあ、早く準備をしな!」

「…………」

 

 これからの宴が楽しみでしょうがないといった様子の鬼達の後ろで、こそこそと離れていこうとする影が一つ。

 涼は鬼達から逃げ出そうと気配を消して本殿の奥に歩いていく。

 

「逃がさないよ!!」

「逃がすと思ったのかい!!」

 

 しかしまわりこまれてしまった!

 

「うにゃああああ! は、放すでござる!」

「嫌だね♪」

「嫌なこった♪」

「行きたくないでござる! 絶っっっ対に行きたくないでござる! はーなーせぇー!!」

 

 萃香と勇儀は涼の両脇をしっかりと固めて逃げられないようにする。

 そして楽しそうに無理矢理引きずって空へと飛び上がった。

 

「……さて、涼が悲惨な目に遭う前に俺達も行くとしよう」

「きゃはは……そうだね♪」

 

 それを見て、将志達は苦笑いを浮かべながら後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山に着くと、そこにはたくさんの食材が並んでいた。

 食材の状態で並んでいるのは、どうやら料理好きの将志に対する配慮のようであった。

 

「皆さん、ようこそいらっしゃいました。今日は宴の席を設けましたので、どうか楽しんでください」

 

 全員が地上に降り立つと、伊里耶は恭しく礼をした。

 将志はそれに対して返礼すると、早速食材のほうへ眼を向けた。

 

「……ふむ、では早速準備に取り掛かるとしよう。アグナ、頼んだぞ」

「へへっ、任せろ兄ちゃん」

 

 将志に頭を撫でられ、アグナはくすぐったそうに笑って答える。

 そして愛梨の大玉から携帯式厨房を取り出し、設置する。

 そうしている間に、愛梨が前に立って全員の注目を集めた。

 

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい♪ 宴会には料理が付き物、でもただ用意するだけじゃつまらないよね♪ そんなみんなに、ちょっと変わった料理を見せるよ♪ 料理の神様の曲芸料理、見ないと絶対損するよ♪ さあ、将志くん、アグナちゃん、一丁思いっきり頼むよ♪」

「おう、任せろってんだ!!」

「……行くぞ」

 

 愛梨の口上でアグナは気合を入れ、将志は銀の槍の布を解く。

 将志は食材を眺めると、その一つに槍を突き刺した。

 

「……ふっ」

 

 掛け声と共に銀の線が幾重にも走る。

 宙に浮いた食材はその度に銀の槍によって刻まれ、形を変えていく。

 その槍捌きは観る者が黙り込むほど華麗な槍捌きであった。

 

「……アグナ」

「おうよ!!」

 

 その最中に、アグナは設置されている三つのかまどに火を入れ、火を調節する。

 その上にはそれぞれ中華鍋が設置されており、将志は片手で槍を振り回しながら油を引く。

 それが終わると、刻んでいた食材を三つの鍋に入れて炒め始める。

 なお、この状態で三つの鍋の中身は違うものであり、それぞれ別の料理になるようになっている。

 三つの鍋を交互に振るたびに食材が宙を舞い、見ていて飽きない料理風景であった。

 

「……ふっ、はっ、そらっ」

 

 味付けを終えて十分に火が通ると、将志はその三つの鍋を順番に振り上げた。

 鬼達は何が起こっているのか良く分かっておらず、呆然と将志の行動を眺めていた。

 

「……まずは三品、存分に味わうといい」

 

 将志がそういった瞬間、宴会場に置かれた皿に次々と料理が降ってきた。

 突如目の前に現れた料理に、鬼達は唖然とした表情を浮かべる。

 そしてしばらくして、観衆から拍手と歓声が上がった。

 

「……次だ」

 

 それを確認すると、将志は素早く次の品を作り始める。

 次に作り始めたのは饅頭。

 その生地をこねる際に、将志は様々な形で放り投げることでパフォーマンスを行う。

 生地の中に肉や野菜を空中で素早く詰め、次々に蒸し上げていく。

 蒸している最中にも饅頭を作り、出来次第蒸篭に入れて蒸していく。

 そして蒸しあがると、将志は観客席のほうを見た。

 

「……少し味見をさせてやろう」

 

 将志はそういうと、目にも止まらぬ早業で饅頭を投げた。

 

「あむっ?」

「むぐっ?」

 

 その饅頭は少し離れたところで酒を飲んでいた萃香と勇儀の口にすっぽりと収まった。

 二人は訳も分からないままその饅頭を咀嚼し、呑み込んだ。

 

「んっく、今何が起きたの?」

「さあ……突然美味い饅頭が口の中に飛び込んできたみたいだけど……」

 

 二人はそう言って将志の方を見た。

 すると、将志はありとあらゆる方向に饅頭を投げ飛ばし、次々と口の中に放り込んでいたのが分かった。

 

「……さて、このあたりで一笑いさせてもらおう」

 

 ふと、将志はそう小さく呟いた。そして、手元にあった饅頭を投げ飛ばした。

 

「んぐっ……」

 

 投げ飛ばされた饅頭は萃香の口に納まった。

 萃香はしばらくそれを咀嚼していたが、段々と動きが遅くなり、そして止まった。

 

「……萃香?」

 

 様子がおかしいことに気がついた勇儀が萃香の顔を覗き込む。

 萃香の顔は真っ赤で、何かを耐えるような表情を浮かべていた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ、ひーーーーーっ!! 辛ひ、辛ひよ!!!」

 

 そして次の瞬間、萃香は口から盛大に火を吹いて飛び跳ねた。

 将志が投げたのは、食べた瞬間猛烈な辛さが口の中に広がる饅頭だったのだ。

 

「あっはっは! なかなか面白いことをするねえ将志は、んむっ!?」

 

 勇儀は大騒ぎする萃香を見て腹を抱えて大笑いしていたが、その口の中に饅頭が飛び込んできた。

 そしてそれをかじると、舌がしびれて頭を突き抜けるような強烈な刺激を感じた。

 

「うぐうううう!? すっぱい! 痛い! 頭に来る!!」

 

 火を噴きながら飛び跳ねる萃香の横で、今度は勇儀が頭を抱えて転げまわる。

 鬼達は四天王の普段では考えられない醜態を見て、大笑いをしていた。

 

「おやおや、どうやら将志くんの悪戯に掛かっちゃったみたいだね♪ みんな、気をつけて♪ 将志くんの悪戯は誰にくるか分からないよ♪」

 

 その様子を見て、愛梨が笑いながら周囲に注意を促した。

 その瞬間鬼達は身構えたが、それよりも早く将志は行動に出ていた。

 

「……それっ」

「はむっ?」

 

 将志が投げた饅頭は伊里耶の口に入ることになった。

 その瞬間、鬼達は口の中が大惨事になっている二名以外、蒼い顔で静まり返った。

 伊里耶は少し冷たい饅頭をかじった。

 するとゼラチン質が広がり、口の中でとろけた。

 伊里耶の口の中では、そのゼラチンの優しく繊細な甘みが広がっていった。

 

「あら、口の中でとろけて……甘くておいしい……」

 

 伊里耶はその味にウットリとした表情を浮かべた。それを見て、鬼達は一斉に胸をなでおろす。

 しかし、それを見て黙っていない者が居た。

 

「ほら〜〜〜〜っ!! はあはんらへひいひふるはーーーーーー!!(訳:こら〜〜〜〜っ!! 母さんだけ贔屓するなーーーーーー!!)」

「く〜〜〜〜〜っ!! 私らだけこんな目にあうのは不公平じゃないかい!?」

 

 萃香は火を噴きながら、勇儀は額を叩きながら将志に猛抗議した。

 両者とも涙目であり、今の状態がとてもつらいということが見て取れた。

 

「はっはっは、日頃の行いという奴でござるぐっ!?」

 

 それを見て、心底愉快そうに涼が笑うが、その口に飛んでくる一個の饅頭。

 それを噛んだ瞬間、口の中に想像を絶するような苦味が走った。

 

「うええええ、苦い、苦いでござるよお師さん!!」

 

 涼は口を押さえながらその場で悶絶する。

 あまりの苦さに錯乱しているのか、その場でオロオロしている。

 

「あはははは! ほれみろ!」

「あっはっは! いいねえ、最高だよ、将志!!」

 

 そんな涼を見て、萃香は炎を吐きながら大笑いし、勇儀は頭と腹を押さえながらその場を転げまわった。

 率直に言って、この三人の周りだけがカオスな状況に陥っていた。

 

「……随分と面白い反応をするな」

 

 将志はそれを見てわずかに口元を吊り上げた。

 そんな将志に、愛梨が苦笑いをしながら大げさに注意をした。 

 

「もう、将志くん! 悪戯が過ぎるよ! しょうがないなあ、ここからは悪戯好きな将志くんに代わって、僕がみんなを笑顔にしてあげるよ♪」

 

 愛梨は声高らかにそういうと、大玉の上に飛び乗った。

 鬼達の視線は一気に愛梨の元へと集まる。それを確認すると、愛梨は手を大きく広げて口上を述べた。

 

「はい、みんなちゅうも〜く♪ 今から僕がみんなを笑顔にしてみせるよ♪ 五つの玉の織り成す舞、とくとご覧あれ♪」

 

 愛梨はそういうと手にしたステッキを上に放り投げ、五つの玉に変えた。

 玉は愛梨の意のままに宙を舞い、愛梨自身もアクロバティックな動きをしながら玉を操る。

 そのどこか危なっかしくてコミカルな動きに、鬼達は沸きあがった。

 

「さあ、最後の仕上げだよ♪ ワン、ツー、スリー!」

 

 最後に愛梨は五つの玉を空高く打ち上げた。

 玉は最高到達点まで上ると、虹色の光を放つ大輪の花へと変わった。

 その場に居る全員がその花火に見とれている中、愛梨は落ちてくる黒いステッキを受け止める。

 

「はい、これで僕の演技は以上だよ♪ みんな、最後まで見てくれてありがと〜♪」

 

 愛梨がそういって礼をすると、観客は惜しみない拍手を浴びせた。

 その表情は、一人残らず笑顔であった。

 そんな中、料理を終えた将志が伊里耶の隣にやってきた。

 

「お疲れ様、将志さん。あんなことが出来るなんて思いませんでしたよ」

 

 伊里耶はそう言いながら将志の杯に酒を注ぐ。

 将志はそれを受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。

 

「……なに、長い時間生きてきて暇だったから覚えただけのものだ。練習すれば誰にでも出来るはずだ」

「そうなんですか?」

「……ああ。ところで、何故いきなりこんな宴会を開いたのだ?」

 

 将志は予てから気になっていたことを伊里耶に質問した。

 何故なら、わざわざ招待状まで作って呼び出した理由が分からなかったからであった。

 その瞬間、伊里耶の表情が少し影を帯びた。

 

「実はですね……私達、鬼は幻想郷を去ろうと思っているんです」

「……何故だ?」

「鬼は人間をさらい、そのさらった鬼を人間が退治する。私達は今までそうやって暮らしてきました。ですが最近の人間達は自らの報酬のためだけに、何もしていない鬼を罠に陥れて乱獲するようになりました。もう、鬼が暮らしていくには厳しい環境になってきたんです」

 

 その表情は、子供達の将来を憂う母親の表情だった。

 鬼子母神である伊里耶にとって、ここに居る鬼は全て自分の子供のようなものである。

 その子供達が次々に卑劣な手段で倒されていくのを見るのは、どれほどつらいことなのであろうか?

 将志はその胸中を察することは出来なかった。

 

「……しかし、幻想郷から去るとして何処へ行くというのだ?」

「それは今度地獄が移転することで地底が空くので、そこに移り住むことになると思います。妖怪の一部を受け入れ、怨霊を地底に抑え込む役目を担うことを条件に管理者にもう話をつけてあります」

「……そうか。ということは、いずれ俺のところにも紫から話が来るのだろうな」

「はい……もう、こうやって地上でみんなで宴会を開ける機会は僅かしかありません。ですから、今日は皆さんと、将志さん達と楽しもうと思ってお誘いしたんです」

「……そうだったのか……」

 

 将志はそういうと、会場に眼を向けた。

 そこでは、戦い好きの鬼達が愛梨達を相手に勝負していた。

 

「へっへ〜! まだまだ甘いぜ、兄ちゃん達! 俺はまだまだやれるぜ!!」

 

 アグナは自由自在に炎を操り、鬼達を近づかせることなく焼いていく。

 

「全く、鬼が調理道具に負けてどうするんですの? もう少ししっかりしなさいな」

 

 六花は近づいてくる鬼の手をすり抜け、鮮やかな包丁捌きで相手を制していく。

 

「キャハハ☆ 楽しんでもらえたかな? それじゃ、ゆっくり休んでね♪ さて、次のお客さんは誰かな?」

 

 愛梨は四方八方から変則的な弾幕を張り、軽い身のこなしで相手の攻撃を避けながら倒していく。

 

「くっ、見た目の割りに何て強さだ!」

「噂には聞いていたが、銀の霊峰は化け物ぞろいだな!」

「だが、だからこそ挑み甲斐があるってもんよ!」

 

 そんな底知れぬ強さの三人に鬼達は闘志を燃やし、前の者が倒れていくたびに次々と挑戦していく。

 宴会場はいつしか闘技場と化し、あちらこちらで戦いが始まっていた。

 

「なあ、涼! 久しぶりに私と勝負しないかい!?」

「勇儀殿、この場にはお師さんをはじめとして拙者なんかよりも強い者が四人も居るんでござるが?」

「そりゃあ、強い奴と戦うのも良いさね。でもね、実力が伯仲している相手と戦うのも勝負が見えなくて面白いのさ!」

 

 そう言いながら勇儀は涼に殴りかかる。

 涼はそれを足捌きを使って回避し、手にした十字槍で反撃する。

 

「っと、そうは言っても拙者は勇儀殿や萃香殿には負け越しているでござるよ!」

「それでも、私に勝てないわけじゃないだろ? 全身ボロボロになりながらもその槍の誇りのために立ち向かってくる、そんなあんたは羨ましいくらい綺麗だよ!」

「くっ、それは光栄でござるな!」

 

 涼と勇儀はそう言い合いながら、お互いに一歩も譲らぬ白熱した攻防を続ける。

 それを見て、小さな鬼が不満の声を上げた。

 

「あーっ! 勇儀ずるい! 私も涼と戦おうと思ってたのに!」

「なに言ってんだい、早いもんがちさ! それに、私が終わってからやればいいだろうさ!」

「あーもう、次は私の番だからね!」

 

 戦いを楽しむ勇儀に対して、萃香はふてくされた様にそう言い放った。

 それらの光景を、将志と伊里耶は一段高い位置から見渡していた。

 

「……皆、楽しんでいるな」

「ええ、そうですね。今日は来て下さって感謝してますよ」

「……いや、俺も楽しませてもらっている側だ。感謝されるものではない」

「ふふっ、それは良かったです。……ところで、こうしてみてると私達も踊ってみたくなりませんか?」

 

 伊里耶は期待に満ちた表情で将志にそう語りかける。

 それを聞いて、将志は杯の酒を一気に飲み干した。

 

「……ふむ、久々に一戦やるか?」

「はい。お手柔らかにお願いしますよ?」

「……お前相手では、それは保障しかねるな」

 

 そういうと、二人は闘技場と化している宴会場へと降りていった。

 

 

 

 

 

「はぁ……やっぱりお強いですね、将志さん」

 

 しばらくして、将志と伊里耶は元の席へと戻ってきた。伊里耶は将志の腕を抱いており、寄りかかる格好で歩いてくる。

 どうやら、此度の勝負は将志が制したようである。

 

「……とは言うものの、差としては紙一重なのだがな。俺は年月こそ長く生きているが、種族としては同じ神でも元が鬼であるお前に対して、ただの槍であった俺は大きく劣るのだ。この槍にこもった執念が薄ければ、今頃俺はこうはなっていなかったであろう」

「その年月の差は、貴方が思っているほど軽くはありませんよ。天魔さんの言うとおり、貴方が長い年月をかけて培ってきたものは神すら超えてしまうんですから」

「……その神を超えた者にあっさり勝利する者の言葉ではないな」

「本当に、天魔さんはどうやって貴方に勝ったんでしょう? いくら考えても分かりません」

「……さあな、俺もその答えが分からないのだ。何しろ、いつも気がついた時には地に臥しているのでな」

 

 将志と伊里耶はそう言いながら少し考え込んだ。

 将志も伊里耶も、天魔がどのようにして将志を倒したのかを教えられていないのだ。

 

「……将志さん」

「……何だ?」

「私、やっぱり貴方の子供が欲しいです」

「なっ!?」

 

 唐突に告げられた一言に、将志は絶句した。それに構わず、伊里耶はその理由を述べる。

 

「私が地底に行ってしまえば、将志さんが私に会いに来る事は出来なくなります。そして私もそう簡単に外に出られるとは限りません。ですから、貴方との繋がりが欲しいんです」

「し、しかしだな……」

 

 将志はかつてこの手の話題で大恥をかいたため、若干トラウマと化している。

 それゆえに、当時の恥を思い出して将志の顔は赤く染まった。

 

「ふふっ……赤くなっちゃって……可愛い人ですね、将志さん。大丈夫ですよ、貴方と私の子なら、きっと強い子が生まれてきますよ」

「いや、そういう問題ではなくてだな……」

「……ああ、そういうことですか。それも問題ありませんよ。何て言っても、浮気は男の甲斐性ですから。別に流されたってばれなければ良いんです。もっとも、ばれても私は気にしませんけど」

「ええい、そういう問題でも……」

「……恥ずかしいのは最初だけですよ? 一度嵌ってしまえば、後は堕ちていくだけです。心配しなくても、私が一緒に堕ちてあげますよ」

 

 伊里耶は将志の言葉をことごとく遮りながら、耳元でやたらと色っぽい声で囁き続ける。

 それは将志のトラウマを深く刺激するものだった。

 

「…………」

 

 そこで将志は伊里耶の言葉を聞き流すべく、眼を閉じて黙想を始めた。

 将志の精神はこれによって静められ、段々と穏やかな心を取り戻していく。

 

「……うっ!?」

 

 しかし首筋に感じた生ぬるい感覚によって、将志の精神は呼び戻された。

 伊里耶が将志の黙想を妨害すべく首筋を舐めたのだ。

 

「瞑想なんてさせませんよ。悟りの境地にいる将志さんを堕とすのは簡単ではないですけど、じっくり時間を掛ければ堕とせない訳じゃないはずですから」

「そうは言ってもだ、そもそも現時点で性欲というものを感じていないのだからっ!?」

 

 将志が無理矢理逃げようとするのを、伊里耶は口づけを持って封じる。

 それは相手の心をかき乱すような、甘いものであった。

 

「……はい、それは生物として異常です。ですから、私が正常に戻してあげるんです。さあ、見つからないうちに母屋へ……」

「誰に見つかると不味いのかな♪」

「……あら」

 

 伊里耶が将志の腕を抜けられないように極めながら母屋に向かおうとすると、横から声が掛かった。

 そこには、笑顔を湛えた愛梨の姿があった。

 しかし、その笑顔からはとてつもない威圧感が感じられ、周囲の温度が数℃下がった。

 

「い〜り〜や〜ちゃん? 無理矢理迫るのはちょっとおかしいんじゃないかな〜♪」

「でも、このままじゃ将志さんは永遠に堕ちませんよ? ここは一回強い衝撃を与えて……」

「だからってこんなの……」

「ああ、そうです。どうせなら一緒に将志さんを堕としてしまいませんか?」

「ゑ?」

 

 伊里耶の突然の提案に、愛梨は眼を点にした。そんな愛梨に対して、伊里耶は更に語りかける。

 

「分かりますよ? 貴女の視線、恋する乙女の視線ですもの。この際ですし、将志さんに迫って意識させてみてはどうですか? 見たところ、将志さんはここに居る人達を異性として見てはいない様ですし」

「え、えっと……」

「怖がる必要はないんです。何故なら、将志さんは貴女に対して確実に好意を持っています。それも、絶対の信頼ともいえるものを。仮に失敗しても、将志さんの性格上大した痛手にはならないと思いますけど」

 

 動揺する愛梨に伊里耶は一気に畳み掛ける。

 その悪魔のささやきに心の隙を突かれ、愛梨の心は激しく揺れていた。

 

「……僕でも、大丈夫なのかな?」

 

 愛梨は俯いたまま、ポツリと呟いた。

 その声は震えていて、何者かに対する恐怖が含まれていることが分かる。

 そんな愛梨の頬をそっと撫でながら、伊里耶は語り続ける。

 

「ええ、大丈夫ですよ。見ていると、貴女は身を引きすぎていて歯がゆいですよ?」

「(……何やら風向きが怪しい気がするな……)」

 

 一方、将志は何やら不穏な気配を感じていた。

 助けに来たはずの味方が、どうにも丸め込まれそうな気がする。

 将志の頭の中では、激しく警鐘が鳴らされていた。

 

「…………」

 

 将志は冷静に己の現状を把握した。

 

 単独での脱出……右腕を完膚なきまでに固められており不可能

 伊里耶または愛梨の説得……伊里耶は無理、愛梨は伊里耶の話を聞いており、こちらの話を聞くか不明

 更なる援軍の要請……涼は不可、アグナは悪化の可能性あり、六花は現在の戦闘が終われば望みあり

 

 まだ投了には早い様である。

 将志は何とかして一番確実性のある六花への連絡方法を模索することにした。

 

「……む?」

 

 が、突如首に重みを感じて思考の海から己が意識を引き上げた。

 

「……将志くん」

 

 すると目の前には、潤んだ瑠璃色の瞳で己が瞳を見つめる愛梨の姿があった。

 愛梨は将志の首に腕を回しており、将志の顔を引き寄せる。

 

「……んっ」

 

 そして、愛梨の桜色の唇がそっと将志のそれに触れた。

 その瞬間、愛梨は弾かれたかのように将志から距離をとった。

 

「い、今はこれが精一杯なんだ♪ でも、これから頑張るから!!」

 

 愛梨はそういうと一目散に逃げ出していった。

 将志は訳が分からないままそれを見送る。

 

「ふふふっ……初々しいですね、愛梨さん」

「……むぅ」

 

 とりあえず、自分の周囲が何やら面倒なことになっていることにようやく気がついた将志であった。

 

「さあ、将志さん。早く母屋に……」

「母屋に何をしに行くつもりですの……?」

「……駄目でしたか」

 

 その後、将志は無事に六花の手によって救出された。

 

 

 

 

 将志が伊里耶に迫られて大弱りしていた頃、その脇では未だに戦闘が行われていた。

 

「シッショー!」

 

 勇儀の拳が突き刺さり、涼は豪快に吹っ飛ぶ。

 何回か地面で弾んだ後、ぐったりと横たわるのだった。

 

「ふう、危ないところだった。もう少しで負けるところだったよ」

 

 勇儀はそう言いながら額に浮かんだ汗を拭った。

 勇儀の身体にも涼の十字槍が掠めていて、所々に切り傷が見受けられた。

 

「あーあ、涼ってばまたボロ雑巾みたいになっちゃって……こりゃ私との勝負は明日以降に持ち越しか〜」

「そうさね。まあ、将志に頼めばまたしばらく貸し出してくれるさ」

 

 萃香はそう言って、地面に転がっている涼を突っついた。

 その言葉に、勇儀は笑顔で言葉を返した。

 

「うう……また負けたでござる……」

 

 涼は起き上がると、沈んだ声でそう呟いた。

 将志の教えを受けておきながら負けたのが余程悔しいようである。

 

「まあ、そんなに気を落とすことはないよ。一介の幽霊が鬼の四天王と一対一で勝負できるだけでも十分凄いんだから」

「でも、お師さんに教えを受けている以上、負けたくはないんでござるよ」

 

 肩を軽く叩いて慰めの言葉をかける萃香に、涼はそう言って答えた。

 その言葉に、勇儀は感心したように頷いた。

 

「健気だねぇ……本当に良い女だよ、あんた」

「……良い女といえば、涼って何気に良い身体してるよね」

 

 萃香はそう言いながら、戦装束に身を包んだ少女の身体を眺めた。

 その体つきは健康的で、女性特有のしなやかさが感じられる体つきであった。

 

「確かに……おまけに肌も綺麗だし、戦いに身を置いていたとは思えないね」

 

 勇儀はそう言いながら、涼の頬を指で撫でた。

 その肌はすべすべとした感触で艶やかであり、押すと程よい弾力を持って指を押し返してくる。

 

「現に泥まみれでも傷だらけでも何だか綺麗に見えるし……」

「この泥落としたら、いったい何処まで綺麗になるんだろうね?」

「あ、あの……何の話でござるか?」

 

 急激な話題の変化についていけず、涼は何やら妖しい気配の二人にそう問いかけた。

 

「一緒にお風呂に入ろうよ!」

「一緒に風呂に入ろうか!」

 

「ど、どういう脈絡でそういう話になるんでござるか!?」

 

 突如として発せられた二人の言葉に、涼は思わずそう叫んだ。

 すると二人の鬼は何を言っているんだと言わんばかりの表情で顔を見合わせた。

 

「え〜? 身体動かした後に水浴びやお風呂に入るのはおかしくないでしょ〜?」

「それに、たまには女同士裸の付き合いも悪くはないさね!」

 

 そう言いながら萃香と勇儀は涼に近寄ってくる。

 その様子を見て、涼は思わず後ずさった。

 

「お二人と一緒に入ることに危機感を感じるんでござるが!?」

「ま〜ま〜、そう言わずにさ〜」

「別に見られたって減るもんじゃなし、いいじゃないか」

 

 そう言うと、二人の鬼は涼の胸を鷲づかみにした。

 

「ひゃうん!? ど、どこを触っているでござるか!」

 

 横に張り付いてセクハラまがいの行為をする二人に、涼は顔を真っ赤にしてそういった。

 しかし、それに対して鬼達は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ん〜? 洗いっこするんだからこんなもんじゃ済まないんだけどね〜?」

「そうそう。まあ、そういう反応があるのも面白くていいけどね!」

 

 そう言いながら萃香と勇儀は涼の身体のあちらこちらを撫で回した。

 それに対して、涼は身じろぎをしながら抵抗する。

 

「ぴぃ!? あ、あっちこっち変なところを触らないで欲しいでござる! しまいには怒るでござるよ!」

 

「キャーリョウチャンコワイー」

「キャーリョウチャンコワイー」

 

「ば、馬鹿にしてるんでござきゃうっ!?」

 

 セクハラに怯んだ隙を突いて両脇を素早く固める鬼達。

 例によって例のごとく腕をがっしりと捉えられていて抜け出すことが出来ない。

 

「よ〜し、この調子で連行するよ、勇儀!」

「おうともさ、萃香!」

「は、放すでござる! はあうっ!?」

 

 連行中に脱出しようともがく涼に、二人は再びちょっかいをかけて黙らせる。

 

「往生際が悪いよ、涼!」

「たかが風呂に入るだけだ、そんなに暴れるな!」

「いーーーーーーーやーーーーーーーーー!!」

 

 涼の悲痛な叫びは誰にも聞き入れられず、二人の悪鬼によって連行されていった。

 

 

 

 

 宴会が終わって将志達が帰った翌日、涼は何か大事なものを失ったような表情を浮かべ燃え尽きた状態で戻ってきたと言う。

説明
ある日、銀の霊峰の社に鬼達がやってきた。鬼達が持っていたのは、一通の招待状であった。
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コメント
鬼が問題にしているのはそういう人間よりも、鬼を自らの報酬のためだけに殺す人間が居るというところですね。まあ、そういう人間を生み出してしまったのは、間違いなく鬼なのですが。(F1チェイサー)
鬼の集団、妖怪の山から地底へと移住するの巻。…う〜む、伊里耶は鬼が暮らしていくには辛くなったと言うが、萃香と勇儀の涼に対する仕打ちから見て取れる様に、鬼は生まれ付いての強者故の傲慢さがある。…人間の観点から言えば、弱者だからとオモチャにされるのは嫌だ。鬼の移住は、弱者たる人間の気持ちを汲めなかったが為の、自業自得とも言えよう。(クラスター・ジャドウ)
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