超次元ゲイムネプテューヌmk2 OG Re:master 第十二話
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「きら……」

ネプギアはへなへなと地面に腰を落とした。

手が、肩が、身体全体が、震えている。立ち上がることが出来ない、と。

恐ろしくて、下を覗くことが出来ない。

何もかもが壊れてしまいそうだった。

「きらぁ……」

「ギアちゃん……」

コンパの方も、涙声でネプギアの肩に手を添えていた。

直後、RRRと携帯のコール音が鳴り響く。その音にビクと顔を上げてコンパは彼女の衣服のポケットに手を入れた。

「はい……」

涙声のまま、コンパは連絡の応じた。

しかし、その瞬間に彼女の表情は明るくなるのである。

「あいちゃんっ……!」

「ふぇ……?」

ネプギアは涙に濡れた顔を上げてコンパの方を見た。

コンパは必死に携帯を耳に当てて彼女の声を聞いている。

「はい……はい……、分かったですぅ」

コンパは何やら指示を受けているように何度も頷いている。それからコンパはそっとネプギアの方に携帯を渡す。何も考えずに、ネプギアはバッと携帯を受け取る。

「もしもし?」

『……ネプギアか』

「キラ……! 大丈夫……?」

『おう、身体は問題なく動くぜ』

「よかった……」

ネプギアは安心しきったように声を漏らす。

『こっちは俺もアイエフさんも大丈夫だから、手分けしてゲイムキャラを探そう。見つけたらまた連絡だ、いいな?』

キラの言葉にネプギアはこくりと頷く。

『それから……』

と、ここでキラの声音が変わった。

今まであやすように優しげな口調だったモノが、一変して妙に神妙なモノに変わっていた。

『戻ったら、またちゃんと話そうな……』

「……うん」

ネプギアは、電話越しにそう答えた。

 

 *

 

キラはふっと頭上を見上げる。

結構な高さから落下したらしく、ネプギア達の姿を望むことは出来ない。

携帯が通じたのが幸いだったとキラは吐息してから傍らに腰を下ろすアイエフに携帯を渡す。

アイエフはそれを受け取って懐にしまい込んでから呆れたような声を上げる。

「まったく、よくもあの状況であんな嘘が吐けたモノねぇ……」

「ハハハ……」

キラは答えにくそうに後頭部をポリポリと掻く。それから近くの塀に手を突いて身体を起こす。しかし、次の瞬間にキラの右足にまるで針で刺されたような鋭い痛みが走る。

「痛ッ――!」

いつ負傷したかは分からない。落下したときか、或いはウルフにやられたときかもしれない。

ぐらりと身体が揺らぐ。地面に倒れ込もうとしたところでアイエフが肩を貸した。

「あ、ありがとうございます……」

「無理しない方がいいわよ。アンタが無理すれば、悲しむのはあの娘だしね……」

アイエフは遠くにいるはずの少女をまるで目の前にいるかのように答えた。

キラとしてもアイエフが言っている少女というのが誰かぐらいは分かっている。

しかし、そこでアイエフは半眼になってキラを見る。

「ところで気になっていたんだけど……『ちゃんと話す』って何を?」

アイエフの問いにキラはブッと吹き出す。

ゲホゲホと胸を拳で叩きながらキラはアイエフに視線を移す。

「……つーか、そこを気にします?」

「え? ……まあ気になったから」

「……」

『この人、しっかりしてるけど存外天然なのかも』とキラは呆れたような視線をアイエフに注いでいたが当の本人はただ首を傾げて疑問符を浮かべていた。

そんな感じの視線を送っていたキラを見て特に話してくれるような様子もないように感じ取ったアイエフが「ま、いいわ」と言って一蹴した。が、まだ気になることもあったようでアイエフは口を開く。

「それよりも、なんでアンタはわざわざこんなところまで来たの? 特にあの娘に付き合うような義理もないと思うけど……」

彼女なりに心配しているのだろう。

あまりに彼女の目的は危険を伴っているからこそ、そんな問いを送ってきたのであろう。

そう言えば前にもそんなこと聞かれたなとキラが遠い目をして思った。

「俺、お節介なんですよ」

「……お節介で命まで懸けられるの?」

アイエフは半眼でキラを睨む。

キラはそれに対してハハッと笑いながら視線を前方に向けて答える。

「何ですかね……困っている人を放っておいてもいいことない、って思ったからですよ」

「嘘言わないで」

アイエフの鋭い言葉にキラは動きを止める。それから両目をぱちくりと瞬かせてからアイエフを見た。

「別に嘘というわけでは……」

「分かるのよ。アンタ、結局は別のところを見てる。『直接的』にあの娘を見てないわ」

「……」

キラはやりにくそうに後頭部を掻いてから嘆息した。

キラとアイエフは止めた足を再び進めてから重圧の掛かる雰囲気の中で肩を並べて歩いていた。

「……最初はそうでしたけどね」

不意にキラが口を開いた。

アイエフは顔を向けることなく、視線だけを彼に向けてから次の言葉を待った。

「今は、ちゃんとアイツを見ようって思ってますよ。それだけは、本当です」

「……そう。なら、いいけど」

アイエフは再び視線を前に移してからそう言った。

たぶん、気をつかってくれているのだろうなと申し訳なさと有り難さが入り交じって妙な感情を生み出してしまう。

その後は、黙々と歩みを進めるのみだった。

しかし、そこでキラはピンと引っかかることを思い出した。けれど今更聞くことじゃないなとも思うが、今聞かずに次にどのタイミングで尋ねられるかも分からないのでキラは意を決して口を開く。

「アイエフさん、一つ聞いてもいいですか?」

「答えられることならね」

「……」

アイエフが意地悪めいた笑みを浮かべてキラを見た。

『ああ……じゃあ答えないんだな』と思ったキラは苦笑で返してショボーンと頭を垂れた。

その様子を見てくっくと堪え笑いをしてからアイエフは目元に溜まった笑い涙を拭き取りながら口を開く。

「冗談よ。何でも聞きなさい」

ホントかな……とさっきの冗談もあり、若干アイエフという人間を信じられなくなりつつあるキラが半眼になってアイエフを見る。が、あまりダラダラしていてもタイミングを逃しそうなのでキラは口火を切った。

「アイエフさんとコンパちゃんって幼馴染みなんですよね?」

「ん……そうね。もうだいぶ小さい頃からの付き合いよ?」

「へぇ……」

アイエフはキラの問いに難なく受け答える。それを見てキラは目を細める。

普通の人間ならば気付かないほどの些細な『変化』。鍛え上げられたキラの眼力にそれが映らないはずがなかったのだ。

キラは口元をつり上げてにやりと笑う。

「ほぉー、幼馴染み……」

「何よ?」

半ばからかうような口調のキラを訝しむようにアイエフが視線を向ける。

キラはにやにやと不敵に笑いながら言った。『真実』を。

「嘘、ですね?」

「ハァ?」

さっきとは立場が逆転し、今度はアイエフが両目をぱちくりとさせる側に回った。小さく笑いを堪えるようにキラはにやけた面でアイエフに言葉を投げる。

「アイエフさんは他人の感情には鋭いみたいですけど、自分の感情には随分と疎いみたいですね」

「……どういう意味よ」

気分を害したらしく、不機嫌そうな声でアイエフが答える。

しかし、それほどに悠長なことを言っている場合ではない。段々と、彼女を纏うオーラというモノが灰色になりつつあった。

キラは未だにあふれ出る笑いをぐっと堪えてさっきとは打って変わった真剣な表情へと成り代わる。

「……嘘を言うと顔に出るんですよ、貴女はね。普通の人間なら気付かないでしょうが、或いはそういう分野に長けている人ならば気付かれる可能性も高いですよ?」

「ぐ……」

キラの指摘にアイエフは狼狽える。

しかし、すぐにキラはニコッと人のよい笑顔を浮かべて、声音もやや高めにして言葉を紡ぐ。

「まあそうそう気付かれることもないでしょうし、どうぞその嘘で頑張ってください」

「……いちいち癪に障る言い方ね」

「すいません。さっきの仕返しがしたくて」

まあ、キラの方も自分のキャラではないと鼻で笑う。

いや、『昔の自分』なら或いは……と淡い可能性を模索するがたらればの話などは以ての外だとキラは一蹴した。

キラの腕を肩に掛けたまま、アイエフは嘆息してからそっと唇を開く。

「ええ、嘘よ。私とこんぱは幼馴染みなんかじゃない」

「やっぱりですか」

「聞かないの? どうしてあんな嘘をついているのかって」

アイエフが微妙に意外そうな表情をしてキラを見る。あんなことを言っておきながらそのことについて聞かないのはおかしいかとキラは思う。しかし、やはりそこには何らかの理由があるんだろうなと思って黙っていたのであるが。

「聞かれたいんですか?」

「まー、あんなこと言っておいて聞かないっていうのはおかしいと思っただけだけど」

「じゃあ聞きたいです」

アイエフのキラを掴む腕にギリギリと力が込められる。それに対して表情を歪めるキラであったがここは耐えた。

珍しく相手のペースに持って行かれて疲れたのか、アイエフが嘆息してから口を開く。

「私はね、元々ギルドの人間なのよ」

「へぇ……」

キラが意外そうに小さく声を漏らす。

しかしながら疑問も生まれたわけであって、何故にギルドに所属していたからと言ってわざわざコンパと幼馴染みという嘘をつかなければならないのかと思った。

「別にギルド所属でもいいじゃないですか」

「アンタらが思ってるギルドじゃなくて、それ以前のギルドよ」

「……ていうと、要は異端者達の集まりのことですか?」

「そうねっ!」

アイエフの語尾が妙に力んでいるのはアイエフがキラを掴む腕にギリギリと力を込めたからだ。それに対してキラは何とか耐えた。

「なるほど……確かに言っちゃ悪いですがそれは体裁が悪いですね」

「そういうこと。個人情報なんかも裏で情報操作してすっかりプラネテューヌ育ちの一諜報部員って事になっているけどね」

政府に勤める役人がそんなことでいいのかとキラは冷や汗を垂らす。やはりそこらへんも気になるところなのでキラは尋ねる。

「いいんですか? 政府にばれたらとんでもないことになるんじゃ……」

「その偽造も政府の方がやってくれたんだけどね」

「は!? 政府がアイエフさんを保護しているんですか?」

「ん……まあそういうことになるかしら?」

どんだけ凄いんだろうこの人は……とキラのアイエフを見る目が少し変わった。

「ま、色々とあんのよ。こっちにも事情がね」

「はあ……」

イマイチ納得しがたいモノがあるのだが、これ以上聞いたところできっとこの人は答えないんだろうなと妙に達観しているキラはそれ以上の詮索を諦めた。

それはそれとして、とキラは視線を前方に向けつつ口を開く。

「……にしても、そろそろゲイムキャラが見えてきてもいいんじゃないですかね? 結構な時間歩いていると思いますけど」

「簡単に見つかったら意味ないでしょ? 女神の変わりに守護する存在なのに」

「ああ……」

それもそうかとキラは納得する。しかしいくら何でも政府と深く関わるほどの存在である。しかし、せめてもの秘密の近道とか抜け道とかあっても良さそうなモノだが、とキラは思考するがアイエフの方も知らないようだし本当に存在しないらしい。

だが、やはり散々歩き回った事もあるせいか妙に開けた場所に二人は出た。

そこには神々しさすら放つようなそんな台座がぼつねんと一つ、据えられてあるのみだった。いや、その台座の上に、一つの――ディスクだろうか? 円盤状の金属のような物体がまるでレコードのようにセットされていた。

遠巻きにアイエフはそれを見据えてから口を開く。

「アレがゲイムキャラ……プラネテューヌ領を守護する『パープルディスク』よ」

「……とりあえずネプギア達に連絡しましょうか」

「そうね。コンパの携帯に連絡を入れて……」

アイエフは懐からピンク色の携帯を取りだしてメールを打つ。

それが終わるとまた携帯をしまい込んでゆっくりと台座に歩み寄る。

近付けば近付くほどに、圧倒されそうになるのをどうにか堪えながら台座の前に立つ。

「……アナタがゲイムキャラね。悪いけど、私達に力を貸して貰えないかしら?」

アイエフがそう声を掛ける。

しかしながら、反応はない様子でアイエフの言葉は宙に消える。

訝しむように眉を寄せてキラは口を開く。

「まだ目覚めていないんでしょうかね?」

「そうみたいね。イストワール様はホントにもう……」

呆れた様子でアイエフは額に手をやる。

その様子からあまりに苦労人臭が流れ出ており、キラは同情の念を帯びた視線をアイエフに送る。

ともかく、ここまでキラを支え続けてアイエフの方にも疲労の色が見えているため、一度目の前の台座に背を預けてアイエフはぐいと背伸びする。どうでもいいが、結構神聖そうなモノなのにいいのだろうかとキラは不安になった。

が、別段触れてみればそれはなんて事ないただの台座であり、特別な感じはしない。

しかし、そこでキラの頭上よりやや後方、つまり台座の丁度上の辺りから声がなった。

「……何やら騒がしいと思って起きてみれば、あなた方でしたか」

まるで少女のような、それでいてどこか凜としたよく通る声がやけに丁寧な言葉遣いでキラとアイエフの両名に投げかけられていた。

アイエフはぴしと背筋を立てて真剣な表情でそれに受け答える。

「プラネテューヌ政府より派遣されました、アイエフという者です。こちらはキラ、負傷した身のためこのような姿で申し訳ありません」

アイエフがキラを指してそう言った。せめて形だけでもしっかりしておいた方がイイかとキラはゆっくりとその身体を台座から離そうと動かすが、パープルディスクの方はクスリと笑い声を漏らしてからまた音を奏でる。

「大丈夫ですよ……寧ろ、台座に触れてください」

「え……?」

一瞬、何を言っているのかとキラは眉根を寄せる。しかし背後からアイエフが小声で『言うとおりに』と言っている。不承不承といった感じでキラはそっと右手を台座に添えた。

次の瞬間にキラの身体は妙な浮遊感に包まれる。そして次に意識を取り戻したときにキラの身体にはどこにも異常が見当たらなかった。

ゆっくりと身体を起こしてぴょんぴょんと跳ねてみるが、さっきまで襲っていた足の激痛も全身打撲の鈍痛もなくなっていた。

これがゲイムキャラの力なのだろうかとキラは訝しむように目の前のディスクを見る。

「……どうしました?」

その視線に気付いたようでパープルディスクはキョトンとしたような声音でキラに尋ねた。もし、彼女が自分の怪我を治してくれたのならば礼を言っておかねばと思い、思い切ってキラは口を開く。

「君が……俺の怪我を治してくれたのか?」

「ええ、ですが所詮その程度の力ですよ」

「あのー、パープルディスク様? そろそろこちらの話をしてもよろしいでしょうか?」

アイエフはどうも介入するポイントを探っていたらしく遠慮がちに声を掛ける。

「言わずとも分かっています。今回の守護女神の反応の消失(ロスト)のことですね?」

「……話が早くて助かります」

アイエフは申し訳なさそうに一礼してからそう答えた。その光景にまたパープルディスクは小さな笑みを零す。

「そう畏まらなくてもいいですよ? 元々私はそのように崇められる存在ではないですし……」

パープルディスクが言葉を紡ぐごとに段々とその声音が悲しみを帯びているということにキラはすぐに気が付いた。

けれど、それはキラが言葉を紡ぐヒマもなく注がれる。

「いいえ、あくまでパープルディスク様は崇高な存在でおられます。本来なら私めが口をきいてよい存在ではないでしょう」

アイエフの言い分とて理解は出来る。彼女は控えとはいえ大陸を治める存在だ。だからこそ、人々から崇拝されるべき存在でもある。

けれど、だからといって『どうしてこんな寂れた場所に、たった一人で存在する意味がある?』

ネプギアはどうだ? 自分の思うように動き、世界を見てそして感動できる。なのにこの存在はあまりに悲しすぎる。

いや、それは彼女にも言えたことだということにキラは胸を打たれる。彼女は世界を見ることが出来る。なのに、彼女はそれを制限されている。当然のことではないか。彼女は国を治めるための大事な存在なのだ。だから――理屈は分かる。だけど、だけどどうしてなにもすることができない?

沸々と理不尽な怒りがキラの中に立ち込める。

キラの表情が次第に険しいモノへと変わっていく。何かを発しようと、キラの唇が揺らぐ。

けれど、それは一つの声によって掻き消された。

「――取り込み中、悪ぃんだけどよぉ」

やけに嬉しそうで、それでいて下卑いた笑いを含んだ声。しかし、それはあまりに高くまるで少女のようで。

キラは、アイエフは自分たちの背後に視線を向ける。

そこには、ネズミをあしらったコートに鉄パイプという装備――数日前にキラとネプギアが会ったあの犯罪組織への勧誘を行った少女だった。

「アンタ……」

アイエフは怪訝な顔つきをして少女を睨む。

そういえば、彼女も数日前に彼女と武器を交えていたことを思い出す。あの時は月夜であまり顔を覗くことは出来なかったが、この風貌は間違いなく彼女そのものだ。

アイエフは出来るだけ、武器を交えないように警戒した、しかし諭すような口調で答える。

「アンタ、ここは汚染区域よ。危険だわ、帰りなさい」

「ヘッ! 言ってろタコ! 犯罪組織に刃向かうからだよ」

「……余地無し、ですね」

キラが呆れたように腰の刀に手を伸ばす。聞く気がないのなら力尽くにでも、とキラは考える。アイエフの方も、もうそれしかないかと嘆息して袖口から愛用のカタールを構える。

「まー、そう殺気立つなよ。アタシゃここにいるゲイムキャラをぶっ壊しに来ただけだからよ」

「悪いけど、そうはさせられねえんだよなぁ」

刹那、キラの身体は少女の元に急接近していた。辛うじて少女はそれを鉄パイプで防いでいたが、連として叩き込まれたキラのハイキックでその身体が後退る。

「ッテェ……!」

「……なかなか強いな」

キラが意外そうに声を上げる。

それに対して少女はまるで勝ち誇ったようにない胸を張ってフッと笑みを零す。

「まあな! 犯罪組織が誇るマジパネェ構成員、リンダ様とはアタシのこt「構成員って事は……要は『下っ端』って事か?」……」

彼女の言葉を遮ってキラは発言した。しかも発言する内容がないようである。例え相手が悪人でも言っていいことと悪いことがあるような気がするが。

「し、下っ端だとぉ……!」

「あー、なんか地雷踏んだみたいよ?」

アイエフが『やっちまったなー……』みたいな視線をキラに注いでいた。続いて『え? 俺?』みたいな顔でアイエフに視線を送っているキラの姿があった。

少女は額に青筋を浮かべて声高らかに激昂する。

「許さネェ……アタシを下っ端呼ばわりしたことを後悔させてやる!!」

言うが早いか、少女は懐から漆黒を思わせるディスクを一枚取り出してそこら辺を闊歩していたまだ汚染されていないモンスターにそのディスクを滑り込むように『挿入』させた。だが見た感じでは、ディスクがモンスターの肌を水面のように揺らして内部に『侵入』したという方が正しいようにも思える。

「違法ディスクね……。まったく、厄介なモノをお持ちね」

「アレも犯罪組織のツールの一つなんですか?」

「ええ……。でもそうそう持ってるヤツなんていないわよ。精々幹部クラスのヤツしか所持していないと思ってたんだけど、構成員程度も持つようになったのね」

アイエフが少々忌々しげに額を押さえながらそう漏らす。

「下っ端だからアイテム頼りなんじゃないですか?」

キラの心ない言葉が癪に障ったのか少女は『キィッ!!』とか奇声を張り上げて右手の人差し指を突きだしてキラに向けてから怒号を張り上げる。

「もう許さネェ! 行け、モンスター!」

『ギャァァアアアアアッ!!』

少女の叫びに呼応するかのようにモンスターがまるで心臓にまで届きそうな咆吼で辺りの空気を揺るがす。耐えるようにキラとアイエフは半眼で相手の出方を窺う。瞬間、モンスターの右前足から斬撃波が飛ぶ。

「危ない!」

「ッ!」

アイエフの一瞬の判断がなければ、きっと今頃キラは肉塊となっていただろう。放たれた斬撃波は壁にぶち当たってその辺りを半壊させた。それを見てキラは顔面を蒼白させる。

「コレが違法ディスクの力……侮れないわね」

アイエフが冷や汗を垂らしながら、視線をそちらに向けてそう呟いた。キラの方も同じ事を思う。

モンスターを命令下に置き、更には身体能力、魔法能力を急上昇させるまさに術者にとっては都合のいいツールだ。

故に、腹が立つ。キラはグイと頬に付着した汚れを乱暴に袖で拭い取ってモンスターと視線を交える。直後、棒立ちとなっていたモンスターは突進の姿勢となり、二人に向かって突っ込んでくる。

キラはすぐさま大地を蹴って真上へと跳躍、アイエフはモンスターの右脇へと跳び銃弾を発砲する。身体硬質により、大したダメージには至っていないがそれでも牽制には丁度いい具合だろう。キラは腰の刀を引き抜いて逆手に構えてモンスターの首筋に突き立てる。例えステータスの全てが跳ね上がっていたとしても急所を狙えば一溜まりもないはずだ。二、三度肉を抉り、トドメとばかりには振りかぶってまた一突き。モンスターは悲痛な叫びと共に身体を揺らす。それを見届けてからキラは跳びすさって地面に着地する。

「なッ……まさか強化モンスターを倒すなんて……!」

下っ端は信じられない光景を目の当たりにした様子で狼狽えて後退る。それを追うようにキラは一歩、下っ端が引き下がるのと同時に歩む。

「例えモンスターでも、生きてるんだ。それを思い通りにしようとするなんて間違ってる」

キラの胸の内に沸々と静かな怒りが沸き上がっていた。

『何故、モンスターに対してそんな感情を抱く必要がある?』と自分自身に問い掛けたくなるけれど、もうその怒りは彼の心には収まらない。世界を、全てを思い通りにしようとする犯罪組織の横暴をこれ以上、見過ごしておけなかったのだ。だから、キラは刀をぶら下げたまま、また一歩一歩と彼女に歩み寄る。

じりじりとキラが距離を詰める。けれどそれに合わせるように少女もまた一歩後退る。

 

――少女が、不敵に笑った。

 

「かかったな!」

「……!」

刹那、キラの右肩に鋭い痛みが走る。次は左足。

頬、左脇腹、爪先、左下腕――まるで全身が痛みの渦の中にいるかのように、軋み、叫びを上げていた。

『何故、どうしてこんな事になっている?』痛みで上手く働かない頭で思考し、薄く瞳を開けて周りを見回す。

キラの周りを何か、風のようなモノが纏っているように見えた。それは一枚一枚が鋭く尖り、まるで切り刻むようにキラの身体にヒットしている。

「ッ――!」

キラの右脛の辺りに激痛が走る。立っていられない、ぐらりとキラは膝を突くが攻撃が止む気配はなく、なおもキラの身体を襲い続けている。

「アイ、エフさんッ……!!」

「分かってる!」

キラの意志を汲んでアイエフはカタールを構えて少女に、いや少女の影に隠れているモンスターにカタールを振り下ろす。

どうやら魔法型のモンスターだったらしい。それならこの風刃も納得できる。アイエフが少女を射撃で威嚇、回し蹴りで吹き飛ばしモンスターに向かって振り下ろす――ところでアイエフの華奢な身体が容易く吹き飛んだ。

どうやら魔法波らしく、アイエフが壁に叩き付けられた。

「ぐ……!」

アイエフが左脇腹を押さえながら苦痛に表情を歪ませる。それに対して少女の方はニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべてそれを眺めていた。

助けに行こうと身を乗り出す。しかし、その瞬間にはまたキラの身体に傷が走る。どんどん刃は鋭くなって、対には肉をえぐり出した。キラの周りに広がる鮮血が痛々しい。けれど、それ以上にキラは一つの思いに心を昂ぶらせていた。

――『そう』しなければ気が収まらない。

ギリと奥歯を噛んで地に足を張る。決して倒れないように。まるで彼の意志の強さをそのまま表しているかのように。

「キラ……、私がアイツを撃つ! 少しでも魔法の勢いが衰えたら私を置いて逃げなさい!!」

「で、も……!」

顔を覆いながらキラは返事をする。彼女を置いていく、などキラに出来るはずもない。したくもない。そんな思いを込めて力強く返答する。

「巫山戯ないでく、ださい……! アイエフさんを置いて逃げるなんて、そんなことッ……!!」

「今は我が儘言っている場合じゃないでしょ!? このままじゃここで死ぬ必要もないアンタが死ぬことになるわ!!」

アイエフはまだ痛む身体にムチを打ってカタールから簡易弾を発砲する。弾丸はそのまま吸い込まれるようにモンスターの左脇腹へ命中。がくんと大きく身を揺らして、その後に倒れる。魔法の能力はあるが耐久値には問題があったようでその一撃だけで倒れてくれたらしかった。が、こちらは既に満身創痍で向こうはまだ大将は無傷だ。勝ち目など見いだせない。いや、初めからなかったのだ。勝率など、存在していなかったのだ。

攻撃が止んだはいいが、キラの身体には動かすのに十分な力が残されていなかった。いや、力は十分に残されている。問題はその力を発揮できるに足るだけの肉体が存在したかと言えばその答えはNOだ。

「ハッ……ハッ……!」

肩で大きく息をしているのに、肺に十分な酸素が満たない。いや、それもそのはずとキラは思う。

既に出血のせいで上手く思考も働かないはずなのに、やけに彼の脳内はすっきりとしていた。いや、それ故に『燃えたぎっていた』。何も感じない真っ白な意識の中に一つ、紅黒いハッキリとした意識だけがキラの意識を奪おうとしていた。

「余計なことしやがって!!」

「ッ――!」

少女がアイエフの頭を鉄パイプで殴りつける。疲弊した彼女に防御する術などあるはずもなく、アイエフの頭部から流れ出た出血が紅い水たまりを作っていた。

「――、」

「……チィ、まだ生きてやがる。コイツら人間じゃネェんじゃネェのか?」

次の瞬間にキラの足は到底、考えられもしないような『全ての生物をも凌駕するような迅速な動きで』少女に接近して彼女の右頬に拳の一撃を叩き込んでいた。

果たして本当に人間の力なのだろうか、と思うほどに彼女の身体は激しい力で壁に叩き付けられていた。パラパラと壁が崩れて石片が彼女に降り注いでいる。

一瞬、何が起こったのか把握できない様子で少女は視線を向ける。

「な、な……!」

「今のは……アイエフさんの分だ」

キラが拳を握って小さく答える。それに少女は怪訝な顔つきになって返す。

「い、意味わかんねぇ事をぬかすな!」

「次は……女神様と、ネプギアの分だ!」

先程よりも強い一撃で少女の脳天に叩き込む。だが、少女は半身をずらしてその一撃をかわす。地面に叩き込まれたキラの一撃は地面に食い込んで細かい亀裂を走らせる。

「て、テメェ……人間じゃネェ……!」

既に、恐怖するような顔つきで少女はキラを睨んでいた。

その言葉が、キラの神経を逆撫でした。

地面に転がっている彼女の襟首を掴んで自分の目線と同じ高さまで掴み上げ、そして唾を飛ばす勢いで怒号を張り上げる。

「お前達が言うのか!? 今まで女神様の守護の中で暮らして、そんなことも知らないで犯罪組織に組して、そんな女神様を裏切ったお前が言うのか!? お前達が言うのか!?」

彼女は必死にキラの腕を引きはがそうともがいている。しかし、そんな彼女が何かをしようとする度に、再び、更に強くキラは握る力を強めてまだ、まだ叫ぶ。

「俺はお前達を許さない! アイツを、ネプギアを泣かせるヤツは許さない! 例え誰だろうが、犯罪神だろうがぶっ潰す!! 女神様を侮辱するようなヤツは俺がぶち殺す!! 俺がどこに堕ちようと関係ねぇ、全力でお前らに痛みを与えてやる! 女神様が、アイツらが与えられた痛みと同じ分だけ!!」

直後、キラの身体が横に飛ぶ。何か見えないモノに当てられて、まるで巨大な杭で打たれたような衝撃。キラの脇からミシミシと軋む音が鳴る。しかし、そんな思考をする間もなくキラの身体は壁に叩き付けられた。

「ゲホ……ッ! ふ、フザケんじゃねぇ! 犯罪神様を、マジック・ザ・ハードを侮辱するなんてそれこそアタシがぶっ殺してやる!!」

少女は額に青筋を浮かべてディスクを腕に掲げていた。先程のモンスターを操る類のディスクではなくモンスターを召喚するためのディスクだ。その証拠に彼女の足下から次々とモンスター達が湧き出ている。

「ッ……!」

ざっと見ただけで十数体程度だろう。しかし、キラを仕留めるには十分な数だった。いや、十分すぎるほどに。

しかも、種類は全てキラの苦手とする魔法タイプだ。完全に勝機がなくなった、とも考えられる。

キラは逃亡を図ろうかと、チラとアイエフに視線を移す。さっきの位置から動いていない。どうやら完全に意識を失ってしまったらしい。このまま放っておけば命にも関わる。

だが――

「とっとと、終われッ!!!」

少女の声。

終焉の響き。

モンスター達は瞬時に魔法陣を発動させる。

それら全ての魔法陣は、キラに向けられている。

まるで、それは未来を予知しているかのようにどす黒い漆黒の槍。

 

 

 

(ネプギア……、『姉さん』……、……ゴメン……ッ!)

 

 

 

刹那、キラの左下腹部、右肩、右太股、左脛、右左腕部、計5カ所に鋭く尖った闇色の槍が、彼の身体を貫いていた。

つぅ、とキラの口の端から赤色の液体が零れ落ちる。

それは次第に地面に伝い、小さな丸印を形成していく。

彼が『最も』大事にしていた刀を地面に落として、ガクリと膝を突く。

槍が無造作に彼の身体から引き抜かれて、その場所からまるで滝のような紅い水流が流れ落ちる。

「けほ……ッ!」

もう、身体も動かない。

彼の身体が完全に地面に伏す。

(もう、瞳も開けていられない……)

ぼやける視界の端に一人の少女の姿を映す。

 

 

 

 

少女は叫んだ。

啼いた。

『あ   あ   あ   あ   あ   あ   !』

悲壮切った声で、ただ、啼く。

 

 

 

 

キラの薄く閉じられようとしている視界の中に彼女が、

 

 

 

漆黒のドレスを纏おうとしているのを、キラは最期まで見届けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪    神    化

 

 

守    護    女    神    暴    走    覚    醒

 

 

 

 

 

説明
いや〜久々の投稿ですね。
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コメント
ヒノサマ> 暴走はロマン! キラ「そうなのか」 ちなみに当時ハマってたのはエヴァです、今もですが キラ「モロじゃねーか」 ええい! これもストーリーに関連してんだからいいんだよっ!(ME-GA)
ユウザ「邪神化……?」チータ「暴走形態……やはり来たか……」ユ「知ってるのか?」チ「全然知らねーよ。ただ…どこの世界も、暴走する奴はいるんだなって思ってな。」(ヒノ)
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