銀の槍、事態を収める
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 将志が博麗神社に向かうと、そこにはピエロの少女と十字槍の女戦士が居た。

 二人とも特に目立った外傷はなく、無事に終わっていたようであった。

 

「あ、将志くんだ♪」

「おお、お師さん! 無事でござったか!」

 

 将志が境内に降り立つと、二人は将志に近寄ってきた。

 将志はそれに対して平然と答える。

 

「……ああ、俺は問題ない」

「む? そちらの御仁はどちら様でござるか?」

 

 涼は将志の隣に居る、銀の髪の初老の男性を見てそうたずねた。

 スーツ姿の男は、たずねた涼に対して礼をした。

 

「申し遅れた。私はアルバート・ヴォルフガング。人狼の長をしている。今日はこの結界の責任者に話があってここに来た」

「あ、ゆかりんにお話があるんだ? ん〜、ちょっと待ってね♪ 今呼んで来るから♪」

 

 愛梨は笑顔でそういうと、神社の本殿へと走っていった。

 その様子を、アルバートは穏やかな表情で見送る。

 

「……良い笑顔だな。あれがお前の守りたかったものか?」

「……ああ。俺が守りたかったものの一つだ」

「そういえばお師さん、アグナ殿はどうしたんでござるか?」

 

 将志達が話をしている横から、涼がそう口を挟む。

 それを聞いて、将志は首をかしげた。

 

「……む? 見当たらなかったから、てっきりもうこちらに来ているものだと思っていたのだが、違うのか?」

「いや、来てないでござるよ?」

 

 涼の返答を聞いて将志は怪訝な表情を浮かべた。

 

「……妙だな。相手にしていた闇の妖怪も居ないし……」

「あんぎゃああああああああ!!」

 

 突如聞こえてきた叫び声に、場に一気に緊張が走った。

 

「今の声は!?」

「……アグナだ! 涼、お前はここで待っていろ!」

 

 将志はそういうと、声のした方向に風を切り裂きながら飛んでいった。

 

 

 

 一方そのころ、声の主はというと。

 

「おいコラテメェ! いきなり人の太ももに噛り付くとはどういうつもりだ!?」

 

 燃えるような紅い髪の女性が、そう言いながら膝枕をしている金髪の少女の頭をはたく。

 アグナの太ももにはくっきりと歯形が残っていた。

 

「ん……え、ええっ!? な、何で私、こんなことに!?」

 

 眼を覚ました少女は、頭の下の柔らかい感触に意味が分からず狼狽する。

 それを聞いて、アグナはドッと力が抜けた。

 

「何だよ……寝ぼけてただけかよ……いってえな……」

 

 その声を聞いて、ルーミアはアグナのほうを向く。

 そしてその姿を確認した瞬間、顔が一気に恐怖に染まっていく。

 

「ひっ……」

「何ビビッてやがんだよ。俺があんたを殺す気なら、もうとっくにあんたは死んでるぜ? もう俺はあんたを攻撃するつもりはねえよ。それに、あんた今光を浴びてっけど全然平気じゃねえか。何が怖いんだ?」 

「え……あれ?」

 

 ルーミアはアグナの言葉を聞いて、ペタペタと自分の身体を触って現状を確認する。

 状況をよく理解できていないルーミアに、アグナは苦笑いを浮かべた。

 

「闇の妖怪だからって光を怖がるこたぁねえんだよ。むしろ光を飲み込んでやるくらいの勢いが無くてどうすんだよ?」

「……ねえ、貴女は私が憎くないの? 私、貴方達を取り込もうって思ってたのよ」

 

 ルーミアはキョトンとした表情でアグナにそう問いかける。

 それを聞いて、アグナは首をかしげた。

 

「ん〜? 結果的には誰も食われてねえし、あんたも今はその気も無さそうだし、そもそも悪い奴じゃなさそうだしな。だっつーのに何で憎まなきゃいけねえんだ?」

「じゃあ、怖くは無いの?」

 

 ルーミアがそう問いかけると、アグナは腹を抱えて笑い出した。

 

「あはははは! あれだけ盛大に負けておいて、俺があんたを怖がるとおもってんのか!? むしろいつでも掛かって来いよ、その度に返り討ちにしてやっからよ!!」

「……お人よし」

「お〜お〜、褒め言葉だぜ! ま、今はそのままもうしばらく寝ときな。しっかり休んで様子見てからじゃねえと、後で何かあったとき大変だからな」

「……そうさせてもらうわ」

 

 ルーミアはそういうと、再びアグナの膝の上に頭を乗せて眠り始めた。

 それからしばらくして、アグナの元に将志が降り立った。

 

「……アグナ、無事か?」

「おう、無事だぜ。兄ちゃんも大丈夫そうだな」

「……ああ。ところで、膝の上で寝ているのは誰だ?」

「ああ、ルーミアっつってさっきの闇妖怪だ。悪い奴じゃ無さそうだから、どうしようか悩んでんだ」

 

 アグナは将志にルーミアの処遇についてそう話した。

 それを聞いて、将志は少し苦い表情を浮かべた。

 

「……だが、あの力は放置しておくには危険だぞ? 少なくとも、お前と同じように力の封印くらいはしておくべきであろう」

 

 将志はアグナの言葉にそう言って返した。

 すると、アグナは頬をかきながらため息をついた。

 

「あ〜、やっぱり? まあ、それに関しちゃこいつと話をしてからだな。そうじゃねえと不公平だからな」

「……そうだな。まあ、まずは博麗神社に向かうとしよう。その妖怪も、ここで寝るよりはその方が良いだろう」

「そだな。んしょっと」

 

 アグナはルーミアをそっと抱きかかえる。

 そんなアグナに将志は声をかけた。

 

「……俺が運ぼうか?」

「いんにゃ、こいつは俺が戦った相手だ。最後まで面倒を見ないとな」

「……そうか。では、行くぞ」

 

 そういうと、二人はゆっくりと博麗神社に向けて飛び立った。

 アグナは社の一室にルーミアを寝かせると、境内に出てきた。

 すると、一同は唖然とした表情を浮かべた。

 

「……あの、どちらさまでござるか?」

 

 涼は見慣れぬ人影に恐る恐る声をかける。

 それを聞いて、体が成長しているアグナは首をかしげた。

 

「ん? 何だよ槍の姉ちゃん、俺はアグナだぞ?」

「そ、そうは言われましても……」

「きゃはは……これはちょっと予想外だなぁ……」

 

 アグナが名乗ったが、周囲の反応は困惑したものであった。

 それを見て、アグナは怪訝な表情を浮かべた。

 

「んん〜? そういや、なんかみんなちっとばっかり小さくなったな?」

 

 アグナは自らの置かれている状況を良く分かっていないようである。

 そんなアグナに、将志は額に手を当てながら声をかけた。

 

「……アグナ。お前はまず自分の身体をよく見直してみるといい」

「はあ……おおう、そうだった! 封印が解けたらこうなってたんだったな、すっかり忘れてたぜ!!」

 

 アグナは自分の成長した身体を見回すと、ハッとした表情で手を叩いてそう言った。

 そんなアグナを、藍と紫はまじまじと見つめる。

 

「しかし、あれだな……見事なまでに色々と成長しているな」

「本当ね……あんなに小さかったのが、私よりも背が高くなっているものね……」

「特にここなんか、凄い成長をしているな」

 

 藍はそういうと、急成長を遂げたアグナの胸に掴みかかった。

 藍の手の中で、二つの山がぐにぐにと形を変えていく。

 

「うきゅっ!? な、何しやがんだ!?」

 

 突然の行為に、アグナは驚いて後ろに飛び退く。

 すると、藍はアグナの後ろに回りこんで抱き付くようにして胸に手を伸ばした。

 

「む、この大きさの割りに形も崩れず、弾力もある。同じ女としては羨ましくもあるな」

「あら、本当ですわね。……まさか、アグナに追い抜かされるとは思ってもいませんでしたわ」

「ひゃうんっ!? や、やめろよぉ!! ひあっ!?」

 

 途中から六花も加わり、弄られているアグナは顔を真っ赤にして身悶える。

 しかし二人掛かりで抑えられているため、抜け出すことが出来ない。

 必死でもがくアグナを拘束しながら、その胸を揉みしだいていく。

 

「……アア、どこかで見た光景でござるな〜」

 

 その様子を、涼は現実逃避気味に眺めていた。

 涼は弄り倒されているアグナの姿を、かつて鬼に弄り倒されていた自分の姿に重ねていた。

 

「ら、藍? 弄るのはそれくらいにして……」

 

 紫は目の前で繰り広げられている暴挙を収めようと、藍に声をかける。

 すると、藍の視線は紫に向いた。

 

「……そういえば、紫様もなかなかのものを持ってますね。大きさは手にしごろよりは少しこぼれるくらいで……男を堕とそうと思えばすぐに堕とせるんじゃないですか?」

「きゃうっ!? ちょ、ちょっと、藍!?」

 

 藍は唐突に紫に後ろから抱き付いて胸を掴みにかかる。

 下から持ち上げてみたり、押しつぶしてみたりと、次々と弄くっていく。

 己が従者の行為に紫は振り解こうともがくが、藍はしっかり抱き付いて離れない。

 

「貴女も人のことは言えませんわよ、藍さん? この感触なら、紫さんよりもあるのではなくて?」

 

 その藍の後ろから六花が抱き付き、弄りに掛かる。

 六花は後ろから鷲掴みにするように手をやって、くにくにと握る手に力を入れる。

 すると藍の口からは色っぽい吐息が漏れ始めた。

 

「くぅんっ……お前には劣るがな。それにしても、六花は本当に色気の多い体つきをしているな」

 

 それに対して、藍は体勢を入れ替えて六花の身体を弄り返す。

 お返しとばかりに赤い着物の懐に手を突っ込み、直接掴みにかかる。

 その感触に、六花は思わず体を震わせた。

 

「ぁんっ……まあ、このお陰で損も得もしていますわ」

 

 こうして、藍と六花がその場の女性陣を弄り倒すという、桃色の空間がその場に出来上がる。

 

「……(じ〜っ)」

 

 そんな中、愛梨はジッと女性陣を見回した。

 そして、冷静に戦力分析を行った。

 

 各自の戦闘力

 

      涼:平均以上、ただし胸当てで隠れている可能性あり。

      紫:包容力を感じる

      藍:数々の男を虜にした実績あり

     六花:色気たっぷり

 アグナ(大人):圧倒的

 

「……(ぺたぺた)」

 

 愛梨は自らの身体を見下ろし、胸に手を当てる。

 

「……(ず〜ん)」

 

 そして現実を確認すると、その場に崩れ落ちて手を着いた。

 

「きゃはは……世の中って、不公平だよね……」

 

 口からは怨嗟の言葉が漏れ出ており、纏う空気は重かった。

 そんな女性陣を、男二人は呆れ顔で眺めていた。

 

「……将志、こやつらは天下の往来で何をやっておるのだ?」

「……知らん。が、近づいたら巻き込まれそうなのでな。急ぎの用があるわけでもなし、収まるまで待つとしよう」

「……ガールズトークにはついていけんな」

「……全くだ」

 

 境内には、シンクロする男二人のため息が響いた。

 

 

 

 

「……それで、何が原因でアグナはこうなったのだ?」

 

 しばらくして場が収まったので、将志は紫にアグナの変化の原因をたずねることにした。

 すると、紫はその場で少し考え込んだ。

 

「恐らく、封印で抑え込まれて蓄積された力が解放されて、その力の受け皿がアグナの小さい身体じゃあ足りなかったんでしょう。で、それを補うために成長したんだと思うわ」

 

 紫の回答を聞くと、将志は納得したように頷いた。

 

「……そうか。ところで、紫に話があるのだが……」

「あら、何かしら?」

 

 将志は紫に人狼への処置に付いての話をした。

 内容は、食料係への推薦と人狼の立場についてであった。

 

「……成程ね、食料調達係に人狼の一団を推薦するわけね……」

「我等の生きる寄る辺となっていることなのだ。是非とも、その役目を我等に任せていただきたい」

 

 思案する紫に、アルバートは懇願するような視線を送る。

 それに対して、紫は答えを示す。

 

「当番制だから、毎日全員が出て行けるわけじゃあないけど、それでいいなら」

 

 紫の言葉を聞いた瞬間、アルバートの表情が明るいものに変わった。

 

「おお、それでも構わん。人間を狩れるのならばそれで良い」

「そう。それなら後で詳しい話をするから、その時に」

「ああ」

 

 アルバートの返事を聞いて、紫は満足げに頷いた。

 そして、その視線は神社の一室で眠っている金髪の少女に向けられる。

 

「さてと、次はこの子の処遇ね。いったいどんな力を持っていたのかしら、この子は?」

「そいつが持っていたのは闇の力だ。闇に触れたものを吸い取って、自分の力にする能力だった。途中で俺の力を吸い取って強くなるなんて芸当をしてきたぞ」

 

 紫の質問を受けて、アグナはルーミアの能力について説明する。

 アグナの説明を聞くと、紫の表情はやや険しいものになった。

 

「……怖い能力ね。もし貴女が負けていたら、もう手に負えなくなるところだったわ。この子には悪いけど、封印させてもらうわ」

「ちょっと待ってくれよ!! せめて俺から説明させちゃくれねえか?」

 

 紫の提案にアグナが慌てて抗議する。

 それを聞いて、紫は眉を吊り上げた。

 

「……起きたらまた攻撃してくるかもしれないわよ? それでも?」

「そん時はそん時で、また倒すだけだ」

 

 アグナは自信に満ちた橙の瞳で紫にそう告げる。

 それを聞くと、紫は大きくため息をついた。

 

「……まあ良いでしょう。一度倒された相手に、消耗した状態で戦うほど無謀なことはしないでしょう。でも、逃げられないように周りは固めておくわよ?」

「おう、頼んだ」

 

 アグナはそういうと、ルーミアのすぐ近くに寄った。

 

「おい、起きな」

「……ん……何よ……ってここ何処?」

 

 アグナが肩を揺すると、ルーミアは眠たげに眼をこすりながら眼を覚ます。

 眼が覚めてくると、ルーミアはキョロキョロと辺りを見回した。

 

「近くにあった神社だ。それはともかく、お前に話がある」

「……話?」

「ああ……遠まわしな言い方は苦手だからズバッと言うぜ。封印に関する話だ」

 

 アグナの言葉を聞くと、ルーミアはハッと息を呑んだ。

 

「っ、私を封印するのね……」

「そういうこったな」

「嫌よ! 私は封印なんてされたくない! 閉じ込められるなんて嫌!!」

 

 ルーミアはアグナに向けて拒絶の意を思い切り叩きつける。

 それを受けて、アグナはルーミアの肩を抱いて耳元で囁く。

 

「……だろうな。だからよ、少し言うこと聞いちゃくれねえか?」

「……な、何よ?」

「実はな、俺もこの後力を封印されるんだわ。ほら、テメェも見ただろ? 青い髪留めを外す前の俺をさ。あの髪留め、封印の札だったんだわ」

「それで?」

「ぶっちゃけ危険視されてんのお前の力だけだし、力だけ封印してみねえかって話だ」

「それで本当に許してもらえるの?」

「やってみねえとわかんねえ。けど、やるんなら今すぐ出来るぜ? ま、やるかやらねえかはあんた次第だけどな」

 

 アグナが問いかけると、ルーミアは少しの間考える。

 しばらくすると、ルーミアは小さく頷いた。

 

「……やるわ。全身封印される可能性が低くなるのなら、その封印受けても良いわ」

「うっし、分かった。んじゃ早速始めっから、動くなよ?」

 

 アグナはルーミアの頭に手を置くと、手に力を送り始めた。

 アグナは自分の力を封印していたリボンを思い浮かべ、自分の光の力をその形に変換していく。

 そして光の力の籠もった封印の赤いリボンを、ルーミアの髪に結びつけた。

 

「……これでよし。どうだ?」

「……う〜ん、力が入らないわ……」

 

 ルーミアは手元に試しに剣を呼び出そうとするが、闇が集まってくるだけで剣は取り出せなかった。

 落胆するルーミアの肩を、アグナは優しく叩く。

 

「まあ、お前の闇の力を俺の光の力で抑え込んでっからな。そりゃ力は出ねえよ」

「まあ良いわ。とりあえずこれで表に出よう、お姉さま?」

 

 その一言を聞いて、アグナは固まった。

 

「……は? お姉さま?」

「良いじゃない、私がお姉さまのことを何て呼んだって。それよりも弁護宜しくね、お姉さま」

「……あれ、何か性格変わってねえか? っておい、引っ張んな!!」

 

 しれっと言い放つルーミアに腕を取られながら、アグナは境内へと引っ張られていった。

 

 

 

 

「……というわけで、力だけ封印してみたんけどよ……」

 

 境内に居る一行の前で、ルーミアは力が封印されているかどうか確認をする。

 その結果、剣は呼び出せず他者からの力の吸収も出来ないことが発覚した。

 

「むぅ……剣は持てないし、吸収も出来ないのね……」

「ま、慣れりゃそんなの気にならなくなるさ」

 

 力が一気に落ちたことにルーミアは肩を落とす。

 アグナはそのルーミアの肩を叩いて励ましの言葉をかける。

 それを見て、紫は苦笑いを浮かべた。

 

「……まあ、これならそんなに危険って訳でもないし、大目に見るとしましょう」

「ねえ、質問なんだけど良い?」

 

 ルーミアは紫に対して質問を投げかける。

 それに対して、紫は快く答える。

 

「何かしら? えーと……」

「ルーミアよ。あのさ、やっぱり私に監視員って付くの?」

「まあ、当分の間は付くでしょうね」

「それじゃあ、その監視員を私から指定するのは?」

 

 ルーミアは紫の眼をじっとみながらそう尋ねる。

 すると紫は口に扇子を当てたまま微笑んだ。

 

「……別にいいわよ。ただし、ここに居る人だけよ」

「なら問題ないわ。宜しく頼むわよ、お姉さま?」

 

 ルーミアは満面の笑みでアグナの手を取ってそう言った。

 その瞬間、アグナは思わず噴出した。

 

「ぶっ!? 俺なのかよ!!」

「当然。私を封印したのはお姉さまでしょ? なら、最後まで責任を持ってくださる? ねえ、お姉さま♪」

「だあぁぁ! 分かったからそんなにくっつくなって!!」

 

 ルーミアはアグナにギュッと抱きつき、アグナは逃れようともがく。

 その様子を、周囲は微笑ましいものを見るような眼で眺めた。

 

「……良くは分からんが、これで問題は無さそうだな、紫?」

「ええ。一番安心の出来る相手に自分から納まってくれたわ」

「……さてと、アグナ。こっちに来い」

 

 将志は懐から青いリボンを取り出し、アグナを呼び寄せる。

 すると、アグナはその場で止まって将志に眼を向けた。

 

「何だ、兄ちゃん? ああ、そういや俺がまだだったな。おい、ちっと離れろ」

「わかったわ、お姉さま」

 

 アグナは将志の手に握られた青いリボンを見ると、ルーミアに声をかけて離れてもらう。

 ルーミアが離れると、アグナは将志の前まで駆け足で近寄っていく。

 

「……それじゃあ、後ろを向いてくれ」

「おう」

 

 アグナが後ろを向くと、将志はその紅く長い髪を指で軽く梳き、三つ編みにし始める。

 

「……それにしても、長い髪だな」

「へへっ、俺はこの髪好きだぜ。だって、こういう時に兄ちゃんが長く触ってくれっからな」

 

 将志の呟きに、アグナはにこやかにそう答える。

 アグナは将志に構ってもらえるのが嬉しいらしく、封印されるというのに笑顔であった。

 将志が先端を青いリボンで結ぶと、アグナの身体を光が包み込んだ。

 それが収まると、くるぶしまで燃えるような紅い髪を伸ばした小さな少女が現れた。

 

「……終わったぞ」

「っと……やっぱこの身体のほうが色々と軽いな。力は入らねえけど」

「ふふふ……大きいお姉さまも格好良くて綺麗だったけど、小さくなったお姉さまも可愛くていいわね」

「あ、コラ! 引っ付くんじゃねえ!!」

 

 封印が施され小さくなったアグナにルーミアは早速抱き付く。

 そんな二人を尻目に、将志と紫は話をする。

 

「さてと、残った問題は何かしら?」

「……さしあたっては、未だに喧嘩を続けるあの二人か」

 

 二人はそういうと空のある一点を見つめた。

 そこには、繚乱の花と朱に燃え盛る炎が広がっていた。

 

「……風見 幽香と、藤原 妹紅かしら? これはまた凄い戦いね」

「……あの二人を知っているのか?」

「風見 幽香は太陽の畑の主で、藤原 妹紅は一時期世間を賑わせた、将志や槍次等に次ぐと言われた妖怪退治屋よ。もっとも、人間をやめているんじゃないかって言う噂も流れていたけどね」

 

 将志の質問に、紫は胡散臭い笑みを浮かべながらそう答えた。

 実際には将志も槍次も同一人物なのだが、紫はそれに気がついていないようである。

 

「……妹紅、そんなに有名になっていたのか」

 

 将志はふとそう呟いた。

 将志は一応自分がどれだけ有名になっていたのかを知っているため、そのような感想を述べたのだ。

 

「あら、知り合いかしら?」

「……まあ、いろいろあってな。さて、あの二人を止めてくるとしよう」

 

 将志はそういうと、花咲き誇り不死鳥が舞う戦場へを赴いた。

 

 

 

 

「はああああ!!」

 

 不死鳥が激しく花をついばむ。

 その炎は幽香を執拗に攻め立て、燃やし尽くそうとする。

 

「くっ、しつこいわね!」

 

 花は不死鳥を捕らえるべく咲き乱れる。

 舞い散る花びらの様に弾幕が展開され、妹紅を攻め立てる。

 

「……そこまでだ、二人とも。これ以上の戦いは無益だ」

 

 そんな二人を隔てるように、銀の槍が割ってはいる。

 それを見て、妹紅は将志に詰め寄った。

 

「……なんで止めるんだよ、将志。私も相手もまだ戦えるんだぞ!」

「……では、はっきりと言おう。妹紅、今のお前では彼女には勝てん」

 

 将志は妹紅の眼を見て、はっきりとそう言いきった。

 それを聞いて、妹紅の眼の色が変わる。

 

「何だと!? あんた、何の根拠があって……」

「……根拠ならいくらでもある。一つ、お前は人間で彼女は妖怪、持久力は彼女のほうが圧倒的に上だ。二つ、今は昼だ。相手は夜になるほど強くなるというのに、この時間で千日手になるようでは勝てるはずがない。少なくともこの二つの要因があるのだが?」

「ぐっ……」

 

 理路整然と列挙される根拠に、妹紅は押し黙った。

 その妹紅を諭すように、将志は言葉を投げかける。

 

「……冷静になれ。俺が思うに、お前はまだまだ強くなれる。そして強くなって、相手を見返してやるが良い」

「勝手なことを!!」

 

 将志の言葉に妹紅は憤慨する。

 そんな妹紅に対して、将志は『鏡月』の切っ先を向ける。

 

「……そう思うのなら、俺を倒して黙らせて見ろ。もっとも、お前に出来るのならばだがな」

「ちっ、興が冷めた。私は帰る。……今に見てろよ、将志」

「……ああ。ありがとう、今日は助かった」

 

 恨めしげに睨んで来る妹紅に、将志は笑顔で礼を言った。

 

「……ふん」

 

 妹紅は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、その場を去っていった。

 将志はそれを見届けると、もう一人の当事者に向き直った。

 

「……さて、残りはお前だけとなった訳だが……どうする?」

 

 将志は油断なく幽香を見やりながらそう声をかける。

 そんな将志を見て、幽香は深々とため息をついた。

 

「はぁ……今日はやたらと邪魔が入る日ね。止めにしておくわ。貴方とやるのは面白そうだけど、また邪魔が入ったら今度こそ我慢できなくなりそうだもの」

「……そうか。ならば俺も立ち去るとしよう」

 

 幽香のその回答を聞いて、将志は構えを解いて立ち去ろうとする。

 そんな将志に、幽香は声をかけた。

 

「ねえ、妹紅が言っていた目指す背中って貴方のことかしら?」

「……さあ、どうだろうかな? 俺は妹紅ではないから、あいつが誰を指してそう言ったのかなど分からんよ」

 

 幽香の問いに微笑を浮かべながら将志は答える。

 それを見て、幽香は興味深そうに将志を眺めた。

 

「ふうん……まあ良いわ。いつか貴方とも思いっきり踊ってみたいものね」

「……その機会があるのならば、俺も全力でお相手しよう」

「ふふふ……待ってるわよ? それじゃあ、御機嫌よう」

 

 幽香はそういうと、太陽の畑の方向へと飛び去っていった。

 

「……さてと、これで指し当たっての問題は解決できたな。いったん戻るとしよう」

 

 将志はそれを見送ると、再び博麗神社へと戻ることにした。

 

 

 

 当日の全ての任務を完了し報告をするために紫を探すと、紫はアルバートと食料係に関する協議を行っていた。

 

「……紫はアルバートと協議中か……」

「おや、将志。紫様に言付けか?」

 

 将志が部屋を覗いて立ち去ろうとすると、横から藍が声をかけた。

 

「……ああ。当初の任務を完了したのでな。その報告だ」

「そうか。私が代理で伝えておこうか?」

「……いや、直接伝えたほうが良いだろう。それにこの協議の結果も気になるところだ」

「ふむ、ならゆっくりしていけば良い」

「……そうさせてもらおう。ところで何やら騒がしいが、何事だ?」

 

 紫とアルバートが協議する一方で、何やらバタバタと音が聞こえる。

 それは誰かが暴れまわっているような音であった。

 将志の質問に、藍は頬をかいた。

 

「実は、協議はもう一つ行われていてだな……アグナとルーミアなんだが」

「……それが?」

「ルーミアがアグナに絡み付く一方で話が進まんのだ。今決まっていることといえば、アグナが封印を解かれていない時はルーミアも封印が解けないようになっているくらいでな」

 

 藍の言葉を聞いて、将志は首をかしげた。

 

「……一番重要なことは決まっているようにも思えるが?」

「将志。ルーミアをアグナが預かるということは、ルーミアも銀の霊峰に住むということになるのは分かるな?」

「……ふむ、確かにそうだ。それで?」

「今話をしているのは、ルーミアがどの部屋に住むのかと言う話だ」

「……? 空いている部屋なら客間を一つ提供すれば良いだけだが……それに、それに関しては戻ってから話をしてもいいだろうに」

「ルーミアはお姉さまの部屋が良いんだとさ。それで、アグナが大弱りしているのだ」

「……アグナは自分の部屋をほとんど使わんのだが?」

 

 将志の言葉に、今度は藍が首をかしげる。

 

「……どういうことだ?」

「……アグナは普段外に居るし、社に居る時はほとんど広間や書斎に居る上、寝る場所に至っても大概俺の部屋に来るからな。実質、アグナの部屋はほとんど機能していないのではないか?」

 

 実際にはアグナは将志が居る場所によく出没しているのだ。

 つまり、将志にいつもくっついて回っているため、アグナはほとんど部屋に居ることがない。

 その話を聞いて、藍は羨ましそうにため息をついた。

 

「何ともまあ羨ましい生活をしているな、アグナは。まあ、そのうち向こうも決まるだろう。私達は居間でのんびりと待とうじゃないか」

「……そうだな」

 

 二人は連れ添って居間に向かう。

 そこには誰も居らず、静寂がその場を支配していた。

 

「……愛梨達はどうした?」

「ああ、先程銀の霊峰から使いが来てな。その対応のために戻っていったぞ。将志には食料係の協議の結果を聞き届けるようにと言う愛梨からの伝言を受けている」

「……そうか」

 

 将志が縁側に腰を下ろすと、その隣に藍が腰を下ろす。

 藍はぴったりと寄り添う様に座っており、将志の肩に頭を乗せている。

 

「……随分と疲れているようだな」

「そういうわけではないんだが……」

 

 藍はそういうと辺りを見回した。

 辺りには誰も居らず、近づいてくる気配もない。

 

「……いや、やはり少し疲れているようだ。将志、折角頑張ったのだから、少し褒美をくれないか?」

「……褒美? 何か欲しいものでもあるのか?」

「ああ……お前からの接吻が欲しい」

 

 藍は将志の腕を抱き、下から上目遣いで覗き込むようにしてそういった。

 その眼は潤んでおり、頬は仄かに赤く染まっている。

 

「……それくらいならお安い御用だ」

 

 将志は一つ頷くと、藍の頬にキスをした。

 それを受けて、藍は少し不満げな表情を浮かべた。

 

「……唇には、くれないのだな」

「……唇は俺にとって一番の者にすると決めている。だから、今は藍にはしてやれない」

「今は?」

「……自分の気持ちが良く分からんのだ。好意を持っているというならば、俺は多くの人物に対して持っている。だが、その中で誰が一番なのか……そう言われると、良く分からんのだ」

 

 困った表情で将志はそう話す。

 それを聞いて、藍は興味深そうに将志を見る。

 

「ほう……てっきりお前の主に先を越されたものかと思っていたが、違うんだな?」

「……主への気持ちが特に分からない。俺は確かに主に対して好意を、それも飛びぬけて強いものを持っている……だが、それがまた使命感や何かから来ているのではないかと思うと、自信がなくなるのだ。こんなことでは、胸を張って主が一番とは言えん」

 

 かつて、将志は強烈な使命感に縛られていた過去がある。

 それから開放した輝夜の一言は、未だに将志の心に深々と突き刺さっているようだ。

 それはトラウマとなり、永琳に対する自分の気持ちに自信が持てなくなってしまっていたのだ。

 

「なるほど……やはり敵は強大だな……だが、付け入る隙はまだあるようだな」

 

 藍はそういうと、将志の頬に手を伸ばす。

 それに対して、将志はキョトンとした表情を浮かべた。

 

「……藍?」

「お前が口付けにそういう考えを持っているのならば、私もそうさせてもらおう」

 

 藍はそういうと将志の頬を両手で掴み、唇にキスをした。

 唇を吸い、舌を絡め、口の中を蹂躙する。

 藍のキスは、炎のように情熱的で糖菓子のように甘かった。

 

「……んちゅっ……お前の主にとって将志が一番であるように、私にとって一番はお前だ。私はお前の一番を諦める気などさらさらない。それは覚えておいてくれ」

 

 頬を染め上気した表情で藍はそう言い、将志を抱きしめる。

 一方の将志は不意を突かれて呆然としており、成すがままになっていた。

 そんな中、紫とアルバートが協議していた部屋から人が動く気配が感じられた。

 それを受けて、藍は将志から身体を離す。

 

「協議が終わったようだな。では、紫様に話をつけてくる」

 

 藍はそういうと、立ち上がって紫がいる部屋へと向かっていった。

 それと入れ違いに、アルバートがやってきた。

 

「む? どうした、将志? 何を呆けておるのだ?」

 

 アルバートはぼーっとしている将志にそう声をかける。

 

「……友人関係というものは、難しいのだな……」

「……?」

 

 将志の言葉に、アルバートはただ首を傾げるばかりだった。

説明
結界が張られて、一段落が着いた銀の槍。そこで彼は、事態の後始末に乗り出すのであった。
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コメント
…そう言えば、改めて読み返して初めて勘違いに気付いたが、ルーミアって封印前は俗に言うEX形態かと思ってたけど、あくまで戦闘能力が高かっただけで、外見は最初から「そ〜なのか〜」だったんですね。…と言う事は、いざ封印が解かれた時にこそ、アグナ同様にEX形態へと進化するんですな?(クラスター・ジャドウ)
クラスター・ジャドウさん:妹紅は健闘してますが、それでも元はただの人間ですからね。そもそものスペックが妖怪である幽香と違います。あと、幽香が出て来ない理由として、戦いは好きだけどそのために何かするのは面倒といった思考をしているからです。(F1チェイサー)
神薙さん:百合と言うか、ちょっときついガールズトークと言う感じですね。むしろ、私が書きたかったのは男の友情の方です。(F1チェイサー)
博霊大結界が張られ、各々事後処理。途中で百合が発生したが、人狼族は人間狩り担当になり、ルーミアは力を封印されアグナの妹分に収まった、か。妹紅と幽香も将志が割って入った事で引き上げた。妹紅は将志しか見ていないが、幽香越えすら遠そうだな…。だが幽香は出不精なのか、出番はここだけなんだよな…。(クラスター・ジャドウ)
ゆ…百合が発生しやがった…(笑)まあ、ハーレムだけじゃなくてアルバートさんみたいに男同士の友好関係も出てきたし、こういうのもありっちゃありですね(笑)(神薙)
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