第7話 バビロンの騎士 - 機動戦士ガンダムOO×FSS |
第7話 バビロンの騎士 - 機動戦士ガンダムOO×FSS
「おーい、セ・ツ・ナさ〜ん。刹那、起きろ〜!」
刹那の耳には、この状況にまったくマッチしない明るく呼びかける女性の声が聞こえてきているのだが、すぐには応えることは出来なかった。
同化しているELS達により肉体の再生が始まっているのだが瞼を開けることすらまだ出来ない。
「ふーん、やっぱりボスの言ったとおり、あの方法を試してみるか。」
「(エレーナ・クニャジコーワ、何をする気だ……。)」
視界を失っているせいか不思議と聴覚が鋭さを増しているのがわかった。
もの凄い勢いでエレーナが離れていく様子が手に取るようにわかる。
次に今度は金属のコックを開ける音が聞こえてきた。
大量の液体が勢いよく注がれている……。刹那は思考を巡らし、この後自身に起こる最悪の可能性を導き出した。
しかし、片腕を失い、両足も損傷した状態では対応することが出来るだろうか?
エレーナは40リットルは入るだろう漬け物樽のようなバケツになみなみと水を汲み、ひょいと片手で持ち上げ、これまた軽やかな足取りで刹那の端に戻ってきた。
肢体が損傷し満足に動くことも出来ない刹那の意識を取り戻すため、エレーナはニィっと小悪魔のような表情を浮かべながらバケツを振りかぶり、躊躇なく振り下ろした!
まるで廬山の滝のようにバケツから放流された水が刹那を襲う。
「クッ!」
刹那はどうにか体をひねり転がるように怒濤の水流をかわすが、暴れ龍のような水流は強化コンクリートの床に当たると大瀑布となって砕け、横たわる刹那の顔を十分に濡らした。
「……エレーナ・クニャジコーワ、何を、する!」
「あら、やっぱり気がついていたんじゃない!?」
エレーナは悪びれた様子もなく、バケツを放り投げると、床に転がっている刹那の上体を起こし、ポケットから取り出したハンケチで刹那の汚れた顔を優しく拭きあげはじめた。
その顔は先ほどとうって変わって天使のような表情である。
「……あの男、いや、あの子供はどうした?」
「ボス? ボスなら今は席を外しているわ。ボスからの伝言を預かっているけど『落第一歩手前だが、とりあえず合格だ』って、言っていたわ。なんなのこれ?」
「そうか……。とりあえず合格か。」
やっと瞼が明けられるようになった刹那はエレーナにむけて、少しだけ安堵の表情をみせた。
「そうか……。じゃないわよ! 何、ホッとした表情かましているのよ! 貴方、そんな事を言っている場合じゃないでしょ? ちょっとは自分の心配しなさいよ!」
エレーナが呆れるのも無理はなかった。
刹那の状態はそれは酷いものであったからだ。すぐに緊急搬送して再生ベッドに放り込まないと命に関わる状態だ。
だが、エレーナの上司と名乗る男はあえて不要と判断。気がつかなかったら水でもぶっかけておけ。と言い残して席を外したのだ。だからといって、そんな状態の人間に本当に水をぶっかけようとするエレーナも大概だが。
「騎士でも死んでいてもおかしくない怪我なんだから、大人しくしていなさい。今、医療チームを呼ぶわ。」
「いや、俺ならもう大丈夫だ。」
エレーナは携帯通信機を取り出すと、どちらかに連絡を取ろうとしたが刹那がそれを遮る。
「怪我人の分際で何を!?」
エレーナは目の前の光景に目を疑った。先ほどまで床に寝ていた刹那がゆっくりと立ち上がろうとしていたからだ。
あらぬ方向に曲がった両足は元通りに復元しており、胸に開いていた大きな傷口は衣服からしてすでに塞がっていた。
「エレーナ・クニャジコーワ。足下の左腕を取ってくれないか?」
刹那はエレーナの足下に転がっている自分の左腕を指さす。
右腕も先ほどまでバラバラに骨折していはずだ。
「あ、こ、これ?」
エレーナは足下の刹那の左腕を持ち上げると、違和感を感じた。
人間の((それ|・・))とは感触が違う。まるで、精巧に出来た冷たい金属人形のパーツのようであったからだ。
「な、なんのこの腕! まるでMHの腕じゃない!?」
刹那は切断された左腕をエレーナから受け取ると損傷した左肩の部位にあてる。
たちまちELS達の融合がはじまり左腕は再び刹那の体の一部となった。
世紀の大トリックのような光景を一部始終を見せられたエレーナは、だらしなく大口をあけて目を丸くするしかない。なお、エレーナ・クニャジコーワはミス宇宙軍に選ばれるぐらいの美貌の持ち主である。
「完全に復元するにはまだ時間がかかるか。」
それでも刹那は左腕を二三軽く動かすと、大きく振りかぶり一気に振りおろした。
刹那の左腕から発生した衝撃波が強化コンクリートの床に激しく傷をつける。
「あ、貴方何者なの!?」
ソニックブレードの余波で正気を取り戻したエレーナは刹那に詰め寄る。
彼女は上司の命令でこの格納庫に刹那を連れてきたときから、到底理解できない出来事の連続だったからだ。
「俺はソレスタルビーイングのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイだ。」
「だから、そうじゃないでしょー!」
エレーナは上司はともかく、目の前の男をとっちめて聞き出さないと自分のアイデンティティが崩壊しそうだった。
エレーナの魂の叫びからおよそ30分前、彼女は刹那を連れて宇宙港の外れにある格納庫の扉をあけた。
彼女の任務は、上司に刹那を面会させることであった。
「刹那・F・セイエイさん、こちらです。」
「ここか。エレーナ・クニャジコーワ。」
刹那はエレーナと共に宇宙港の一角の格納庫に前に来ていた。
刹那はその大きさから宇宙船格納庫ではなく、大型機動兵器、地球であればMS、ジョーカー太陽星団であればMHの格納庫ではないかと推測した。
「刹那さん、上司はこの中です。」
格納庫の扉がわずかばかり開くと、格納庫の明かりが外に漏れてきた。
刹那とエレーナは扉を潜った。
格納庫にはMHやその他の機動兵器こそ見当たらないが、整備の機材や資材が入っていると見られるコンテナが無造作に積まれた状態であった。
刹那は、格納庫の扉を潜った瞬間から『懐かしい』違和感を感じていた。
慎重に歩を進める刹那であったが、刹那の様子にエレーナはこの時点では気がついていない。
エレーナの後ろを歩いていた刹那は静かに足を止める。
これ以上進むことを第六感が危険と判断したからだ。しかし、エレーナはそれにも気がつかず自分だけ前に進んでいた。
「ボ〜ス〜! 刹那・F・セイエイ様をお連れいたしましたよ〜。」
格納庫の中央付近に来ると、これまた気の抜けた声で叫んだ。
するとコンテナの影から小さな影が姿を見せる。
薄紫の頭髪にやけに細く華奢に見える身体に不釣り合いな一振りの太刀。だが、巧妙に隠された殺気に刹那は違和感を感じた。
「(子供だと? あの男ではないのか!?)」
刹那は口には出さなかったが内心首を傾げた。
「子供で悪かったな。こう見えても君より年上なんだがな。刹那・F・セイエイ君。」
刹那の心を読み取ったのか、ぶっきらぼうに言い放った。
「う、それは悪かった。」
「ふん、わかればいい。」
相手は外見的に地球でいえば10歳程度の少年。それも初対面のはずなのだが、どうも刹那はペースが狂ってしまう。何故か頭があがらないのだ。
「え〜っと、刹那さん。紹介していいかしら? こちらが私の上司、ワルツ・エンデです。」
「ワルツ・エンデだ。」
「刹那・F・セイエイ。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ。」
二人の男はそれだけ言葉をかわすと互いに睨み合った。
不穏な空気が格納庫内を流れはじめた。
「あの〜、ボスに刹那さん? 一体どうしたの、かな? それじゃまるで一騎打ちじゃないですか……、って!?」
エレーナは二人の顔を交互に見合い、自分のこれからの予定が大幅に変更された事を今はじめて知った。
ボスから命令された任務は夕食をいつも通り届け、刹那をボスの所まで安全に連れて行く事だった。
夕食のロハ飯にありついた後は、ボスと刹那がフレンドリー? に『対話』して今日の任務は終わり、というのが今日の彼女の筋書きだ。多分に願望が入っているが。
そんな彼女の願望は脆くもくずれさった。
そして、ここではじめて刹那の立ち位置に気がつき、己の観察力の未熟さを思い知った。
「(まさか、ボスの間合いのギリギリの位置だっていうの!?)」
「なんだ、わかっているようだな。」
先に口を開いたのはエンデの方だ。
「ああ。」
刹那はただそれだけを応えると、着ていたソレスタルビーイングの制服の上着を脱ぎ雑巾のように絞りはじめた。
すると、上着はすぐに金属地の色。いや、金属の塊そのものと言った方が適切だろう。刹那は金属の塊を左右に伸ばすと一振りの太刀となった。
「……い、今のは手品?」
エレーナは目が点になった。上着から((実剣|スパイド))を作る人間をはじめて目にしたからだ。
「ほう。強度は大丈夫なのか?」
「問題ない。メトロテカクロム鋼とネオキチンは学習済だ。」
「ならば問題はないな。」
二人の男の『対話』はエレーナを置いてどんどん先に進む。
「ボスに刹那さん、何が『問題はないな。』ですか!?」
「刹那・F・セイエイ、最終試験だ。ここで、俺に殺されておめおめと地球に逃げ帰るか、((ジョーカー|この世界))でサタン共に殺されるか、それとも……。」
「俺とクアンタはマリナとミレイナを連れて地球に帰る。地球には俺の帰還を待っている((仲間|・・))がいる。」
「ふん、よく言った。」
エンデは手にしていた太刀に手をかける。
「エレーナ・クニャジコーワ、すぐに離れろ。」
「え!?」
刹那が忠告を言い終わる前に、刹那の立っていた場所に幾つものソニックブレードが撃ち込まれた。強化コンクリートの床はたちまちバラバラに壊され埃がまう。
エレーナは飛び退き間一髪の所で回避する事ができたが刹那の忠告が遅れていたら、自身も数発は喰らっていたかもしれない。
「せ、刹那、F・セイエイ……。」
エレーナは刹那の死を覚悟した。
騎士でもない単なる一般人の彼がソニックブレードを回避できるはずはないからだ。
おまけに自分の上司は、ファティマの靴下に欲情するようなムッツリスケベだが騎士の腕は超がいっぱいつくほどの一流だ。
相手が黒騎士だろうが、剣聖だろうが、MHだろうがボスが本気になったら太刀打ちできないだろう。そんなムッツリスケベの上司が放ったソニックブレードの集中攻撃だ。
普通の人間であれば身動きできず全撃を喰らって肉片も残らない位バラバラになるはずだ。
「(しかし)」
エレーナは刹那の死は覚悟したが、死を断言できなかった。それは刹那の立ち位置だ。
自分の上司の間合いギリギリのラインで立ち止まっていたからだ。
それを、わかった上で立ち止まっていたのか、それとも単なる偶然か。もし、前者であるならば、刹那・F・セイエイという男は自分の上司を知っている事になる。だが、彼に騎士としての素質や気配を感じた事は一度もない。
「(まさか、素性を隠していた!?)」
「俺の前で準備運動が出来ると思うなよ? 刹那・F・セイエイ。」
埃の中に立ち尽くす人影に向かってエンデは言い放った。
「え、うそ。」
辺りにまっていた埃が収まり、ついに刹那が姿を現した。驚いた事に無傷である。
「今のソニックブレードが挨拶代わりにもなっていない事は分かっているつもりだ。」
刹那は実剣を構えるとエンデに斬りかかった。
「はあ〜、まったく、あの後二人だけの世界で、なに『分かったつもり』で戦っているのよ。普通の騎士なら3〜4回は軽く死んでいるわよ。」
刹那に膝枕しながら呆れている。
よろよろと歩き始めた刹那を引き摺り倒すと、再び自分の股の上に強引に寝かしつけたのだ。
本人が大丈夫だと言っても、はいそうですか。とはいかない。エレーナの常識ではゾンビも良いところだ。
「ボスのM・B・Tのカウンターで、貴方も片手でM・B・Tを繰り出した時は腰を抜かしそうだったわ。」
完全に復活する前の身体ではエレーナ相手に抵抗しても無駄だと判断したのか、刹那は大人しく膝の上で安静にしていた。
「それでカウンターの結果はどうなんだ?」
「ボスの太刀を見事にへし折ったわ。その代わり貴方はご覧の有様。身体がバラバラになって床に転がったわけ。普通は死ぬはずなんだけど、貴方なんなの!?」
「エレーナ、そいつは簡単には死なんぞ。」
「ボス!」
「ログ、」
一旦席を外していたエンデが戻ってきた。
刹那は上体を起こそうとしたがエンデの放った、ちびっ子キックによって再びエレーナの膝の上に寝かされてしまった。
「ちょっと、ボス!?」
「な、何をする。」
しかし、エンデは二人の抗議に悪びれる様子もなく、さも感謝しろと言わんばかりの顔でニヤッと笑うだけだ。
「エレーナ、姫様が城にお戻りになる。俺達も一旦引き上げるが、お前は刹那を送っていけ。」
「姫? まさか!」
再び状態を起こそうとする。
「安心しろ、刹那。ミレイナ『博士』に会っただけだ。」
「……それなら、良い。」
その一言を聞いただけで刹那はホッとした。
「あらためて使いを寄こす。それでは、刹那を頼むぞ。」
それだけエンデは伝えると再びコンテナの影に姿を隠した。すると、入れ替わるように一人の女性が姿をあらわす。
「それでは刹那さん、またお城で。」
「ソーニャ・カーリン!?」
「私はイエッタです。」
イエッタは、刹那に向けて微笑むとペコリと頭を下げエンデの後を追うように姿を隠した。
「(やはり、あの男は……。)」
刹那はジョーカー太陽星団に来てはじめて安堵の表情を浮かべていた。
それは頼れる仲間と再会出来た証だった。勿論、刹那本人は自分の表情に気がついてはいなかったが。
「自己満足しているところ大変悪いんだけど、一から十まで話して貰おうかしら!」
刹那の両方の頬を引っ張りながらエレーナは膝の上の刹那の顔を覗き込んだ。
こうして久しぶりに刹那の満ち足りた時間は一人蚊帳の外だったエレーナによって終止符を打たれる事になったのだ。
第7話 完
次回予告
西暦2319年、マリナ・イスマイールは歴訪中に病に倒れてしまう。刹那もダブルオークアンタも不在の地球で、マリナとシーリンは絶体絶命の状況に陥ってしまう。
後書き
読了お疲れ様でした。
そして6話から更新が遅れてしまい、本当にごめんなさい。
第6話の予告と違う上に、第7話はこの短さかよ!というお叱りもあると思いますが、第7話が長すぎたので、さわりの部分と本編を分割させていただきました。
第8話から一気に地球での出来事になります。
説明 | ||
ミレイナからラキシスが地球での出来事を聞いていた頃、刹那はエレーナの上司と名乗る男と面会したのだが……。 | ||
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