IS(インフィニット・ストラトス)―皇軍兵士よ気高くあれ―
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第07話 過去から来た男

 

 

 

 

 

春樹が自分の飛ばされた世界の正体を知って数日。この日、春樹のもとに見知らぬ男が訪ねてきた。

 

「内閣情報調査室の菅原といいます」

 

田中三佐と一緒に入室してきた三十歳前後の背広姿の男は、そう名乗ってから名刺もくれた。名刺には〈内閣情報調査室主事 菅原俊朗〉と印刷されていた。

 

(なんだか、いきなり凄そうな所の人間が来たな)

 

それが、春樹の第一印象だった。

 

この若さで「主事」という肩書きを持っているくらいだ、きっと帝大出身の選り抜きに違いあるまい。軍の階級でいうとどの辺りなのかは知らないが、ただひたすら戦うだけの駒でしかなかった自分よりは格が上なのは確かだろう。

 

(まぁ、来たのが動揺から立ち直った後だったのが救いといえば救いか)

 

幸いなことに、ここ数日のうちに転生に関する衝撃と動揺は大幅に薄れている。

 

確かに、最初のうちは動揺して頭が真っ白になって話を聞くどころではなかったが、今の状態であれば問題は無い。この立ち直りの早さも転生という超常現象と女神との邂逅を経た後だったからなのだろう。

 

「これから二、三お訊きしたいことがありますが、体調の方はよろしいですか?」

 

寝台脇の椅子に腰掛ながら、菅原が言った。

 

「は、自分は大丈夫であります」

 

「ははは、そんなに畏まらなくても、結構ですよ」

 

そう言って、菅原は笑ったが、すぐさま表情を引き締めて訊いた。

 

「あらためて確認しますが、あなたの名前は桐島春樹さんで間違いありませんね?」

 

「はい、間違いありません」

 

「住所は○○県××村―――ですね?」

 

「そうです」

 

「生年月日は?」

 

「昭和五年八月十五日です」

 

「なるほど………」

 

呟きながら、菅原は手元にある記録用紙と春樹を交互に見比べる。

 

「お仕事は何をしていますか?」

 

「……大日本帝国海軍航空隊、特務零戦隊に所属しております」

 

「ふむ、なるほど」

 

春樹が答えると、菅原は同じような呟きを漏らしながら、手元の記録用紙に何度も目を走らせる。

 

そして、唐突に顔を上げると、菅原は意を決したように言った。

 

「あの飛行機は零戦ですね?」

 

「はい」

 

「どこから飛んできましたか?」

 

「どこ、とは……?」

 

「つまり、出発地はどこかという意味です」

 

「あぁ、そういうことですか」

 

納得しつつ、春樹はすぐに答えた。

 

「厚木基地からです。自分は厚木の航空隊所属ではありませんが、あの時は任務の為に部隊全てが厚木に集結し、同じく厚木から飛び立ちました」

 

「なるほど」

 

呟き、それきり黙り込む。表情から察するに、どうやら手元の資料と春樹の言葉と自分の考えを整理している様子だった。

 

「……申し訳ありませんが、桐島さんが最後にフライトしたのは、何月何日の何時頃ですか?」

 

「フライト?」

 

聞き慣れない単語を耳にして、春樹は僅かに眉を顰める。

 

が、文脈から「飛ぶ」という意味だということは何となく理解できたので、春樹はそのまま答えた。

 

「八月十三日の正午です」

 

「失礼、念のためお訊きしますが、それは何年の八月十四日ですか?」

 

「昭和二十年です」

 

「ということは一九四五年ですね」

 

「えぇ、まぁ、西暦に置き換えるとそうなりますね。自分は皇紀二六〇五年という言い方を使っていますが」

 

「なるほど」

 

直後、菅原の表情に、急速に驚きの色が広がっていった。

 

「……桐島さん、これから言うことは、あなたにとっては、きわめて奇妙なことと思われるでしょうが、落ち着いて聞いてください」

 

「どんなことですか? 自分の教えた村は既に存在していないとか、自分が過去から未来へと飛ばされてきたとかいうのでしたら大体察しはついていますが」

 

春樹がそう答えた直後、菅原は思わずといった調子で口をつぐんだ。

 

「………何故、そうだと思うのですか?」

 

「ついこの間、看護婦さんに今が何年か訊いたら「2025年だ」と言われたので、ここに来るまでに見た景色から考えると、たぶん本当にそうなのではないかと思ったまでです。もっとも、内容が内容なだけに、そう簡単には信じられませんし、それについてはそちらも同様かと思いますが」

 

言いながら、春樹は肩を竦める。

 

それを聞いている菅原はというと、ポカンとした表情まま固まっていた。

 

「なんというか………動じない人ですねぇ」

 

「そんなことありませんよ。現にこの可能性に気付いた時にはあまりの衝撃に何も考えられなくなってしまいましたし、そこから立ち直るのにもそれなりに時間が掛かりましたから」

 

「いやいや、充分凄いことですよ。普通なら、その考えに至った時点で頭がおかしくなりかねませんし、少なくとも自分があなたの立場ならきっとそうなります」

 

感嘆混じりに、菅原が言う。

 

どうやら冗談や皮肉ではなく、本心からそう思っている様子だった。

 

「おっと、少し話が脇にそれてしまいましたね。話を戻します」

 

気付き、菅原は再び表情を引き締め直した。

 

「桐島さん。あなたのお察しの通り、ここは戦後八十年が経過した未来の日本です。信じ難いことですが、あなたは八十年の時を越えて、現代にタイムスリップしてしまったんですよ」

 

「タイムスリップ?」

 

やはり、と思う反面、再び聞き慣れない単語を耳にして、疑問符を浮かべる。

 

それに対し、今まで沈黙していた田中三佐が、すかさず説明した。

 

「日本語ですと、時間移動と言いますが、つまり、何らかの超自然的な現象の作用、あるいはタイムマシン等の時間移動の機械によって、今いる時間軸から突然、過去や未来の世界に移動するということです」

 

「あぁ、なるほど」

 

そこまで聞いて、春樹は納得した。

 

実際に経験したからというだけでなく、そういう話であれば、昔読んだ『科学画報』や空想小説などで少し知っていたので、特に苦も無く理解することができた。

 

「予想通り、というべきなんでしょうが………なんていうか、信じられませんね」

 

「はい。正直なところ、私の方でも未だに完全には信じられていません。ですが、そう仮定しないと、どうにも説明できない事態が起こっているのですよ」

 

そう言いながら、菅原は持っていた鞄から取り出した。右肩には『毎朝新聞』と印刷されている。

 

春樹もよく毎朝新聞を購読していたからよく知っているが、題字や全体の体裁、さらには活字すらも全くあの頃とは異なる。

 

だが、春樹が一番驚いたのは、見出しに書かれていた記事の内容だった。

 

 

 

〔厚木基地に謎の航空機が着陸/テロかいたずらか、日米共同で調査〕

 

 

 

「これは………」

 

「その先を読んでみてください」

 

 

 

〔先日、神奈川県綾瀬・大和市の厚木航空基地に正体不明の航空機が着陸した。海上自衛隊と米軍が調査にあたっているが、テロの疑いもあり、厳しい報道管制下におかれ、公式な発表は行われていない。目撃者の情報によると、航空機は単発のレシプロ機で、機体には日の丸のマークが施され、機体の形状が旧帝国海軍の「零式艦上戦闘機」に似ていたそうだ。また、別の目撃者の話では、太平洋側から突然飛んできて、航空自衛隊のIS「蒼穹」とともに厚木方面に向かったという。

 

多くの目撃情報があるにもかかわらず、防衛省と国土交通省は、ともにこの航空機のフライトに関する情報は一切把握していないと言っている。厚木基地は海上自衛隊航空部隊と、アメリカ海軍が共用しているが、基地当局は報道陣の質問に沈黙し、基地の関係者に対しても緘口令が敷かれている模様だ。

 

一部ではテロ攻撃も噂され、航空機が現れる直前には、各所にあるレーダーも厚木基地の管制システムも一時的に機能停止状態に陥っていたという情報もあり、わが国だけでなく、日米双方の危機管理体制に欠陥があることを、はしなくも露呈した格好だ。〕

 

 

 

「これは、自分の零戦のことを書いているのですね」

 

「はい、その通りです」

 

驚愕に目を見開く春樹に対し、菅原が答えた。

 

「しかし、この『厚木基地は海上自衛隊とアメリカ海軍が共用している』とか、『日米が合同で』とかいうのは何なんですか? 自衛隊とやらが日本の組織だというのは何となく理解できましたが、これではまるで日本と米国が手を結んでいるみたいではありませんか。いったい何がどうなっているのですか?」

 

「………当時、大東亜戦争と呼ばれた戦争は、昭和二十年八月十五日、つまりあなたが出撃した二日後に日本は終戦を迎えました。ここまではよろしいですか?」

 

「はい。というと、やはり日本は敗北したのですね」

 

「そうです。日本は連合国側の無条件降伏を受け入れ、それからまもなく、連合軍最高司令官のマッカーサー元帥がこの厚木飛行場に降り立ちました」

 

「マッカーサー…………」

 

その名を聞いた瞬間、抑えようの無い殺意と憎悪が湧いてくる。

 

憎き鬼畜米英どもの総司令官が、神聖な国土、それも国防の要たる厚木基地を蹂躙したのだ。怒りを覚えるのも無理はない。

 

それに気付いたからこそ、菅原は慌てて話を進めた。

 

「桐島さんが『過去』にいた頃は、既に戦争末期でしたから知っていたとは思いますが、六月下旬には沖縄の守備隊が全滅し、沖縄は米軍の支配下に置かれました。そして八月六日に広島、九日には長崎に原子爆弾という、大量破壊兵器が投下され、日本は無条件降伏に追い込まれたのです」

 

「ゲンシ爆弾とは、我々が新型爆弾と呼んでいたもののことですか?」

 

「そうです。詳しい説明は省きますが、たった一発で十万という人間を殺傷することが出来る新兵器です。こんなものを見せ付けられては、大和魂があろうと何だろうと、誰だって戦意を喪失したでしょう。八月十五日には天皇陛下自らが玉音放送で戦争の終結を宣言し、日本は連合国に対して降伏したのです」

 

「その後、日本はどうなったのですか? 軍は、天皇陛下は、それに国民はどうなったのですか?」

 

「軍隊はもちろん武装解除されました。その過程で、指示に従わずに蜂起する部隊もありましたが、最終的には陸海軍全ての部隊が武装解除されました。また、東条英機元首相以下の戦争責任者は国際軍事法廷で戦争犯罪を裁かれ、絞首刑に処されましたが、天皇陛下はご無事でした。国民は復興までに大変な苦労を強いられました」

 

「米国の奴隷にされましたか」

 

「まさか」

 

苦笑混じりに、菅原が言う。

 

「私はもちろん、当時の詳しいことを知っているわけではありませんが、一般市民の中には、戦争に負ければ奴隷にされると、本気で信じていた人が大勢いたそうです。特に女性は進駐軍の兵士に暴行を受けるからといって、男装までしたという話も聞きました。しかし、“文明国”であるアメリカが、そんなことをするはずがありません」

 

菅原がそう言った瞬間、春樹は眉を顰めた。

 

「文明国? 米国が? 笑えない冗談ですね」

 

露骨に顔をしかめて、春樹が言った。

 

「確かに、国は文明国といって差し支えないでしょう。経済、産業、軍事、どれをとっても日本だけでは足元にも及ばないんですから」

 

ですが、と、春樹はさらに続ける。

 

「国がどんなに文明的でも、そこに住んでる米国人たちは揃いも揃って糞野郎ばかりだ。肌に色がついてるってだけで俺たちのことを猿呼ばわり、そればかりか、まるで虫けらのように無抵抗の民間人を焼夷弾で焼き払い、機銃掃射で蹂躙する。そうして俺の故郷も………妹たちも…………」

 

これはまずい。本能的にそう感じ取り、菅原は春樹を落ち着かせようと口を開く。

 

が、菅原が何かを言う前に、春樹がさらに言葉を重ねた。

 

「連中は罪悪感なんて微塵も持ち合わせちゃいない! 俺の故郷を襲撃した時だって、やつらは逃げ惑う人々に機銃を撃ち込んで嘲笑っていた!! そんなのが文明国だと? そんな畜生にも劣るような下衆が文明国の住人だと!?」

 

「ちょ、お、落ち着いてください」

 

「これが落ち着いてなどいられるか!!」

 

怒気と殺気を孕んだ声で、春樹が怒鳴る。

 

菅原は、初めて目の当たりにする春樹の殺気に気圧され、それ以上何も言うことができなかった。

 

その時、田中三佐が再び口を開いた。

 

「桐島春樹飛行兵曹長」

 

フルネームと階級付きで呼ばれ、春樹は咄嗟に口を閉ざす。

 

「あなたの境遇を鑑みれば、あなたのお怒りはもっともですし、あなたのお気持ちはよく分かります。ですが、我々は今回その話をしにここにきたわけではありません。どうか今は気を静めて、我々にご協力ください」

 

その言葉で冷静さを取り戻したのか、春樹の放っていた怒気と殺気が消えた。

 

「………申し訳ありません。感情的になり過ぎました」

 

「いえ、こちらも少し無神経でした」

 

一応、和解した形だが、当然ながらしこりは残った。

 

春樹の放っていた怒気と殺気が消えたおかげで、多少重苦しい雰囲気は緩和されたものの、両者の間には依然として気まずい空気が流れ、会話も途切れたままになっている。

 

何か場の空気を変えてくれるようなことはないか。そうは思うが、今の春樹の反応からして『戦時中の米軍を擁護するような話』をするのはよろしくない。春樹にしても、今度また同じ話をされた時に冷静でいられるか、少なくとも感情をコントロールできるか、その自身が無い。

 

(………気まずいな)

 

自分の暴走が原因なだけに、春樹としては気まずいことこの上ない。

 

それ故に、なんとかしてこの状況を打開したいと思っているのだが、残念なことに妙案が思いつかない。

 

「そういえば―――」

 

そんな時、しばしの無言を破って、菅原が思い出した風に言った。

 

「あなたが参加したという最後の作戦、実行したという記録は残っているのですが、それ以外の作戦に関する詳細が全く分かっていない、それどころかあなたの所属していたという部隊に関する記録すらもほとんど残されていないのですよ。よろしければそれについて詳しく教えて頂けませんか?」

 

「あの作戦と部隊についてですか? 別に構いませんが………」

 

言いつつ、春樹は場の空気が多少ながらも和らいだことに、内心ホッとしていた。

 

そして、春樹は部隊のこと、件の作戦のことをとつとつと語り始めた。

 

まず特務零戦隊については、来るべき本土決戦に備え、航空兵学校の成績上位者を選抜して結成された精鋭部隊であること。自分も含め部隊の構成員の総数は五十名だったこと。そのうち部隊長以外は皆航空兵学校の生徒だったこと。常に過酷な戦場に投入され、最後の作戦に望む頃には自分も含めて十五機しか生き残っていなかったこと。それも最後の作戦で全滅したことなど。

 

また、最後の作戦については、『乾坤一擲、皇国の興廃この一戦にあり』とまで言われるほど重要なものだったこと。作戦の内容は新型爆弾による敵艦隊の殲滅であったこと。自分たちに与えられた役目は敵艦隊の護衛戦闘機を一機でも多く引き付ける為の陽動だったこと。自分は五機の敵戦闘機を撃墜したことなどを説明した。

 

その際、最後に敵戦闘機に特攻したことや、女神と出会ったことなどは伏せた。

 

言ったところでどうせ信じはしないだろうし、下手に話せば今までの話も全て狂言だと思われかねないと判断したからである。

 

「――――自分が知っているのは、大体このくらいですね」

 

「充分です。ありがとうございました」

 

そう礼を述べて、菅原は頭を下げた。

 

「旧海軍省の記録にも『特務零戦隊』という部隊が存在するという記述と所属兵の記録はあったのですが、なにぶん残されている記録があまりにも少ない上に、その記録自体もどこかちぐはぐというか穴だらけというか、とにかく不明瞭な点が多かったものでして。あなたのおかげで、大体のことは把握することができましたよ」

 

「まぁ、一応機密扱いの部隊でしたからね。終戦と同時に記録の大部分も抹消されたのでしょう」

 

(あるいは、あの女神が何かやらかしたか、だな)

 

そう結論付けつつ、春樹は菅原の方に向き直った。

 

「さて、桐島さん。これで今あなたが置かれている状況についてはおおよそ理解されたと思いますが、実はもう一つ、あなたにお話しなければならない、ひいてはやっていただかなければならないことがあるのですよ」

 

「………この現代の世界に順応すべく、現代の知識を速やかに学んでいけ、ですか?」

 

「その通り。察しが早くて助かります」

 

問題に正解した生徒を褒めるような表情で、菅原が言った。

 

「そういうことなら、自分を外に出してくれればいいではありませんか。自分も未来の日本を、今度は上空からではなく地上から見てみたいです」

 

「もちろん、そうします。ただ、今は少々具合が悪い。先程ご覧いただいた新聞記事でも分かるように、桐島さんの着陸は世間の注目を集めています。今も厚木基地の周辺には報道関係者や多くの一般市民が詰め掛けて、真相を知ろうとしているのです。もし桐島さんが少しでも顔を見せたら、たちまちマスコミ―――報道陣の餌食になってしまいます」

 

「自分としては、何が起ころうと、誰に何を聞かれようと、一向に構いませんがね。堂々と出て行って、ありのままを話してやればいい」

 

「それはマスコミの実態を知らないから、そんなことが言えるのですよ。あなたはマスコミの餌食になった人を見たことないでしょうが、もしもあなたが軽率に外部に出て行ったら、一切の容赦無く揉みくちゃにされてしまいます」

 

「それならそれで、構いませんよ。どうせ一度は死んだ身ですし、自分にはもう何も残っていないんですから」

 

そう言った瞬間、菅原は眉を顰めた。

 

「駄目です。桐島さん、衝撃的なことが連続して気が滅入っているのはよく分かります。ですが、それで自棄を起こしても何にもなりませんよ。あなたはまだ若いですし、これからいくらでもやり直す機会はあります。どうか希望を捨てないでください」

 

菅原のその言葉に、春樹は内心で複雑な思いが渦巻くのを感じた。

 

女神の時と同様、気遣い自体は素直に嬉しいのだが、やはりというか、どれだけ言葉を重ねられても「英霊たちはどう思うだろう」とか「帝国軍人としてそれでいいのか」という思いが抜けず、自分でもどうすべきなのかが全く分からなくなっていた。

 

とはいえ、ここまで言われてまだ何か言うほど、春樹は恩知らずでも腐っているわけでもない。

 

納得したかどうかは別として、とりあえず当面は彼らの指示に従っておくのが得策というべきだろう。

 

「………分かりました。ですが、外に出られないとなると、これから先、自分はどうすればいいのでしょうか」

 

「そうですね。まぁ、当分の間は基地内にいてもらうより仕方がありません。マスコミにばれたら大騒ぎになりかねませんからね」

 

「まぁ、新聞や本などを読む時間はたくさんありそうですね」

 

「もちろん、それらも“教材”として使いますが、あなたにはもっと“別のもの”で現代について勉強していただきます」

 

そう言って、菅原は待機していた田中三佐に「テレビを」と耳打ちした。

 

田中三佐はいったん部屋を出て、まもなく、車のついた台の上に、四角い板状のものをのせて運んできた。

 

コードの先を壁の差込口に差すと、「板」の画面にあたるガラス面に映像が流れた。どうやら映画のような仕組みになっているらしいが、板は平べったくて、映写機が内蔵されているようには見えない。しかも、春樹の見慣れている映画と異なり、色彩が鮮やかで画像も鮮明だ。

 

「これは液晶テレビと言いまして、放送局から電波で送られてくる映像を、この画面上に再現するのです」

 

菅原はそう説明したが、春樹にはその仕組みがさっぱり理解できない。

 

まぁ当然だろう、なにせ春樹のいた時代の日本には、液晶テレビはもちろん、白黒テレビさえなかったのだから。

 

(そうか、八十年後には、こんなものまで作られているのか――――)

 

テレビの画面を食い入るように見ながら、春樹は驚嘆した。

 

春樹が画面に見入っていると、菅原が手元の板状のものを操作する。すると、途端に画面が切り替わり、画面にビル街を飛ぶ零戦とそれを追う空飛ぶ鎧の映像が流れた。

 

「これは、あの時の………」

 

「まぁ、零戦とISの追跡劇ですからね。話題にもなりますよ」

 

驚く春樹に、菅原が苦笑混じりに答える。

 

春樹は画面に目を向けながら、菅原に訊いた。

 

「ISとは、あの鎧みたいなもののことですか?」

 

「ええ、そうですよ」

 

先程と同じく苦笑混じりに答える。

 

しかし、その後に続いた言葉を聞いた瞬間、春樹は愕然とした。

 

 

 

 

「正式名称はインフィニット・ストラトス。事実上、“世界最強”の現代兵器です」

 

 

 

 

「………え?」

 

呆然と呟き、春樹は思わず菅原の方を振り返る。

 

「世界……最強………?」

 

「そうです。これの登場のせいで、世界は大きく変わってしまったんですよ」

 

そう答える菅原の表情は、どこか複雑そうなものだった。

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厚木航空基地基地指令、鏑木宗佑海将補は、険しい表情で目の前の書類を睨んでいた。

 

「………改めて確認するが、ここに書かれていることは全て事実なのだな?」

 

「はい、間違いありません」

 

鏑木の問いに対し、部下である二十代後半の女性が短く答える。

 

「整備班の報告によると―――――――」

 

そう言ってから、女性はさらに続けた。

 

 

 

 

 

春樹の乗ってきた零戦は、着陸してすぐに車両で格納庫に搬入された。

 

その後、基地所属の整備班が徹底的に調査を行ったのだが、その過程でいくつか分かったことがある。

 

まず一つが、件の零戦の搭載していた二十ミリ機銃が本物だったということだ。

 

当初、整備の人間を含め調査に携わっていた人間は、誰もが今回の騒動をコアなミリタリーファンの仕業だと考えていた。

 

だが、機体の調査を進める過程で、搭載されている機銃が本物だと発覚すると、その考えに疑問が芽生え始める。

 

仮に、この機銃が本物だったとしても、ちゃんと機能しない、飾りや演出でしかないものだったなら、誰も気にしなかっただろう。

 

しかし、調べてみると、銃として正常に機能する上、つい最近使用された形跡まで見つかったのだ。さすがに弾丸までは発見されなかったものの、それは初めから装填されていなかったというより、全弾撃ち尽くした後だったという方が可能性としては高かった。

 

また、不審な点は他にもある。

 

収容された時、零戦の表面には複数箇所に小さなゆがみや奇妙な穴が開いていた。

 

飛んでいるうちについたものか、あるいはただの整備不良か、不審に思いながらも、整備員たちは深く考えてはいなかった。

 

だが、穴の中から“ある物”が見つかると、それも一変した。

 

穴の中から見つかったもの、それは“先の潰れた鉛の弾丸”だった。

 

それを見た瞬間、調査にあたっていた人々は気付いた。

 

この穴や歪みの正体が、弾痕であるということに。

 

この時点で、最初に彼らが考えていた「コアなミリタリーファンの仕業」という可能性は消えていた。

 

いたずらにしては手が込み過ぎているし、ミリタリーファンならここまでする理由が見当たらなかったからである。

 

しかし、これだけでは過去から来たという証明にはならない。

 

それを決定付けたのは、機体のとある部品を調査した時だった。

 

この部品を調査した結果、部品に“この時代のものではない粒子”が付着していたのだ。

 

これが決定打となり、春樹は過去から来た人間であると認定されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

「タイムスリップか………にわかには信じられんな」

 

書類に目を落としつつ、思わず呟く。

 

確かに信じ難い出来事ではある。しかし、そうしないと説明がつかない事態が起こっているのもまた確かなことだ。

 

(まぁ、この際この少年が過去から来たかどうかなど、どうでもいい。それよりも問題なのは“これ”だ)

 

思考しつつ、鏑木は書類と一緒に提出された、一枚の写真に目を向ける。

 

そこには、深い緑色をした真鍮製の懐中時計が写っていた。

 

一見すると、ただの時計にしか見えない。

 

しかし、この時計こそが、今鏑木の頭を悩ませている問題の元凶だった。

 

「確認するが、この懐中時計は零戦の座席で見つかったんだな?」

 

「はい」

 

「………で、これの正体というのが」

 

「間違いありません」

 

そう言ってから、女性はさらに言った。

 

 

 

 

 

「解析の結果、これはIS、それも未登録のコアを使用したものであることが分かりました」

 

 

 

 

 

女性の言葉に、鏑木は盛大に溜め息をついた。

 

(過去から来たという人間が、何故ISなんかを持っている? いったい、あの少年は何者なんだ?)

 

得体の知れない薄気味悪さと、これから訪れるかもしれない波乱を感じながら、鏑木はもう一度大きな溜め息をついたのだった。

説明
帝国海軍航空隊『特務零戦隊』に所属する桐島春樹は、祖国を、そして大切なものを守るため、命を賭して戦い、戦場にその命を散らした。だが、彼は唐突に現れた女神(自称)により、新たな世界に転生させられることとなる。そして彼は新たな世界でもう一度戦場を駆け抜ける。そう、全ては大切なものを守るために。 ※オリ主・オリ設定ものです。その手の作品が苦手な方、またオリ主の設定に対して「不謹慎だ!」と思われる方は戻ることを推奨します。基本は原作に沿って話を進めていきますが、所々で原作ブレイク上等という場面があるかもしれませんし、所々でおかしな点が見受けられるかもしれません。それでも構わないという方は本編へどうぞ。
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