ガールズ&パンツァー 我輩は戦車である 〜贈与編〜 |
我輩は戦車である。名をチーム名にちなんで『あんこう』という。
『W号戦車D型』という制式もあるが、先日改修を受けG型仕様となった。厳密には『IV号D型改』もしくは秋山殿いわく『マークW スペシャル』だそうだ。彼女達に会ってからというもの、我ながら随分と様変わりしたものだと思う。
それはさておき。
「せっかくのバレンタインなのに渡す相手がいないってどういう事よーーー!」
我々、戦車が格納されている倉庫に武部殿の絶叫が響き渡った。
それは見る者の心を揺さぶる魂の叫びであった。
かく言う私も戦車の身の上でなければ憐憫の涙を流した事だろう。
「なんで彼氏ができないの!? 戦車道をすればモテるっていう話は嘘だったの!?」
「…沙織、現実を受け入れろ」
優しく武部殿の肩を叩く冷泉殿の表情は痛切に満ちていた。
彼女がこの様な顔をするのは非常に稀である。
「そうですわ沙織さん。そのような事は毎年ではありませんか」
「うわ〜ん!」
五十鈴殿、それはどう見ても慰めになっておりません。
いつもながら容赦なく核心を突く人ですね貴女は。
「確かに我々、明日になってもチョコを渡す相手はいそうもありませんね」
秋山殿の言う通り、バレンタインは明日に迫っている。
残念だが今年のあんこうチームは今や日本独特の行事となっているバレンタイン商戦とは無縁の日を送ることになるだろう。それが良い事なのかどうか、今の私には分からないが。
「あ、私はチョコ渡す人いるよ?」
そんな私の感慨を真っ向から否定する人物が一人。我らが西住隊長である。
「ど、どどどどいう事!? みぽりんっていつの間にそんな人作ったの?」
「作ったっていうか、できちゃったっていうか…」
「できちゃったぁ!?」
「うん」
武部殿の追及に答える西住隊長は照れくさそうにはにかんでいた。
ここまで嬉しそうな彼女を見るのも実に稀だ。
「………あらまあ、みほさんったら意地が悪いですわね」
「そ、そうかな。えへへ」
「…ああ、そういう事か」
素直に祝福していると思われる五十鈴殿と、そのやり取りを見て何やら納得する冷泉殿。
二人は武部殿と比べ平静である。いや、武部殿の方が取り乱しすぎなのか。
まあ、彼女よりも。
「ゆかりんも何とか言ってあげてよ! ………ゆかりん?」
「………」
「ゆ、ゆかりんが気絶してるー!?」
「ええー!? 優花里さんしっかり!」
口からエクトプラズムを吐き出し気を失っている秋山殿の方が遥かに重症なのだが。
翌日。
本日は2月14日、バレンタインデーである。
あんこうチームの面々は我々が安置されている倉庫内で昼食をとる事にしたらしい。西住隊長は用事により遅れるそうだ。
彼女達がこうして倉庫内に昼食を持ち寄り和気藹々と談話する光景も珍しくなくなった。もちろん校内の食堂も充実している為、この様な食事風景が毎日という訳ではない。
「なによ〜。みぽりんってば一言くらい相談してくれても良かったじゃないのさ〜。…ひっく」
「まあまあ沙織さん。みほさんにも思うところがあったんですよ」
「思うところがある時こそ私らに相談してほしいのよ! ゆかりんもそう思うでしょ?」
「そうですね。私は西住殿に信頼されてなかったんでしょうかね。…うぃっく」
「…飲みすぎだ。少し控えろ」
「これが飲まずにいられますか! うう、西住殿〜…ひぃっく」
…もっとも、今日に限って言えば食堂での食事は無理があっただろう。
武部殿と秋山殿がこの様な有様ではまともな食事風景など不可能な話であった。
ちなみに、今二人が飲んでいるのはアルコールではなくオレンジジュースである。
私もそれなりの年月を過ごしてきたが、オレンジジュースで酔っ払える人間を見たのは初めてである。おそらく精神的なものなのだろうが、つまり彼女達の両親はこういう姿を娘の前で見せているという事になる。それはそれで問題ではないだろうか。
「ごめん、お待たせー!」
そこへスキップ交じりでやってきたのは西住隊長である。
本当、昨日からというもの彼女の機嫌は最高潮を維持したままだ。これが彼氏の存在による余裕だというのか。
「ふんだ。無理しなくてもいいんだよみぽりん、私らにかまわないで彼氏とイチャイチャしてればいいんだから」
「…やっかんでるのか応援してるのかどっちなんだ」
きっと両方なのですよ、冷泉殿。常日頃から異性と付き合いたいと豪語する武部殿ですが、女同士の友情を無碍に出来ない人柄なのは貴女が一番良く理解しているでありませんか。
「武部殿の言う通りです。我々に構わず西住殿は青春を謳歌して…ぐすっ」
それと対照的に秋山殿は未練が隠しきれていない様子だ。まるで捨てられた子犬の様な仕草である。
「うん。私、今とっても幸せだよ。だからね、これ」
「………ほぇ?」
西住隊長が秋山殿の手にそっと置いたのは小さな包みだった。
…うむ。今日という日を加味すれば中身は容易に想像がつく。
「驚かそうと思って黙ってたんだけど、やっぱり良くなかったみたい。ごめんね」
「えぇぇぇっ! みぽりんの本命ってゆかりんだったの!?」
「ち、違うよ。そういう意味じゃなくて…」
「友チョコ、ですわよね」
「うん、そうなの。私、こういうの初めてで」
五十鈴殿のフォローに嬉しそうに頷く西住隊長は他の面々も同じものを配り始めた。
「あ、ありがと。なんだそうだったんだ。私はてっきり…」
自分の勘違いに恥じ入る武部殿だが、仕方がないとも言えるだろう。
先日の話の流れで相手がいると言えば、相手が男性だと思われても無理はない。
「これ、お返しだ。おばあが持っていけって」
「わあ、ありがとう麻子さん」
「私もお返しを持ってきました。いただくだけでは悪いですものね」
「ありがとう。…華さんのチョコ、その、大きいね」
「これくらいが普通のサイズではありませんか?」
いいえ五十鈴殿。これは明らかに2〜3人様の量があります。
貴女にとっては一人前なのでしょうけど、これを一気に食べると西住隊長の健康に著しい悪影響を及ぼすと思います。
「なによー。華も麻子もみぽりんが友チョコ渡すって気づいてたんじゃない」
「みほさんの視線を感じた時に、なんとなくですけど分かったんです」
「…安心しろ。この中でお前より先に男を作るやつなんていない」
なるほど、昨日の時点で二人は西住隊長の真意に気づいていたのか。
それでも武部殿と秋山殿をなだめつつ真実を口にしなかったのは、彼女の意図を慮っての事なのだろう。結果的に逆効果になってしまったかもしれないが。
まあ、それよりも。
「むー。ねえ、ゆかりんもなんとか言って………ゆかりん?」
「………」
「ゆ、ゆかりんがまた気絶してるー!?」
「ええー!? なんでそうなるのー!?」
感激のあまりなのだろう。
再び口からエクトプラズムを吐き出し気を失っている秋山殿の方が遥かに問題なのだが。
後日、ホワイトデーのお返しに燃える秋山殿が色々と無茶をする事になるのだが…
それはまた別の話である。
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秋山殿、オチ担当にしてしまってごめんなさい。 | ||
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ガールズ&パンツァー W号戦車 バレンタイン | ||
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