電影オジサン
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 今時、レトロなビデオショップ『アポロンメディア』

 大都市・シュテルンビルトの、人通りの少ない路地裏に建つ、小さな店。

 そこで借りた一本のレンタルテープが、バーナビー・ブルックスJrの運命を、大きく変えたのであった。

 

 

 

 2月14日。聖・バレンタインデー。

 この日は、いつもにも増して、街中にはバカップルの姿が溢れ返る。

 老いも若きも、うふうふきゃっきゃっ、と傍目も気にせず、はしゃぎ捲り。

 るんるんな様子で、レストランに出かけたり、映画を見に行ったり、お酒を飲みに行ったりと…とにかく、恋人同士、ラブパワーを惜しみなく辺りに撒き散らしている。

 だが。

 彼…バーナビー・ブルックスJrという名を持つ青年だけは、そんなピンクい世間様とは、しっかりきっちり袂を分かっていた。

 バーナビーは齢24才という、まだまだ若さ溢れる男だが。

 いかんせん…外見が、すこぶるダサかった。

 ぼさぼさの金髪に、長い前髪。今時、若者が掛けるシロモノではない、黒ぶち眼鏡を付け。服装も、色味の暗い、ダークなよれたジャケットに、ほつれたジーンズ。ビンテージと言えば聞こえはいいが…どう見ても、単なるぼろっちぃ古着である。

 身体付きはすらりとしており、手足は見惚れるくらい長いのだが。

 とにかく、服装が究極にイモなのだ。

 こんな恰好だから、当然カノジョもいない。女性にはまったくモテない。

 大学でも、いっつも一人後ろの席で、俯いてノートを取っている為、女性はおろか男性の友達もほぼ存在しない。

 頭は決して悪くなく。むしろ、イイのだが…昨今の若い娘達は、外面に惹かれる為、死神が憑り付いているようなバーナビーには、近寄る事もしないのである。

 ちなみに、どうしてここまで彼がダサいかと言えば…実は幼い頃、不慮の事故で両親を亡くし。それから、親戚の間をたらい回しのようにして育てられた為、すっかり内向的になってしまったのだ。母親という一番身近な女性もいないせいで、ファッションにも疎く。

 服を見立ててくれるような女の子もいない為、前述の通り、貧乏神がスポンサーです、みたいな、大層見てくれの悪い人物となってしまったという訳だ。

 しかし、バーナビー自身は、女性にモテない事を苦にしている素振りは無かった。

 元々、人付き合いが苦手なタイプである。カノジョなんてモノは、わずらわしいし、構ってやれるだけの甲斐性もないと自覚しているから。

 なので、バレンタインの夜も、いつもの通り一人ひっそりと、安アパートで自炊をして、テレビなどを、ぽけら〜っと眺めていたのだが……

 

 

 

 

「あ…そう言えば、今日はビデオを借りて来たんだっけ…」

 大学の、数少ない知り合い…日本びいきの先輩、イワンという青年から勧められて買った、ジャパニーズこたつに足を突っ込み、顎を台に載せた体勢で、ぼそっと呟く。

 青年は、手を伸ばすと、部屋の隅に放っておいた青い袋を引き寄せた。

 大学帰り、ぶらりと寄ったレンタルビデオショップ、『アポロンメディア』

 今時珍しい、ブルーレイとかだけじゃなくて、ビデオレンタルも行っている、小さな小さな老舗。ある雨の夜、たまたま見かけたのだが。

 ひっそりと佇むその店は、うらぶれた通りにある為か、いつ行っても客の姿はない。

 だからこそ、バーナビーのような青年にとっては、気軽に入れる場所の一つだ。

 明日は大学の講義は午後からだから、久しぶりに今夜はゆっくりするつもりで。古い映画でも見ようかと思って、数本ビデオを借りてきたけれど。

「これ…マスターがおススメだ、って言ってたけど…」

 黒いケースを眺めて、小首を傾げる。

 ビデオショップのマスターは、日系の小柄な男だ。プレートには、“斉藤”と書かれていた。顔なじみではあるけれど、バーナビーは必要以上会話はしないし、この斉藤という男も、恐ろしく声が小さいので…何となく、アイコンタクトだけして挨拶をするような仲だ。

 けれど、今夜に限って、その斉藤が珍しくバーナビーに声を掛け。一本のビデオを渡して来たのである。

 『これは、物凄くレアなビデオなんだ。生半可な人間には貸せないけれど…君ならいいかなと思って。バレンタインに一人、こんなトコ来るくらいだしね。ま、騙されたと思って、一度見てごらん?』

 キヒ、と変な笑い声を立てて、古ぼけたビデオを差し出して来たのだ。

 バーナビーは勿論戸惑い。これは何のビデオですか?と尋ねてみたけれど。

 斉藤は、見れば判るから、と笑うだけで、中身を教えてはくれなかったのだ。

 この分は、オマケにしてあげるから、と言われ。まぁ、タダならば、とついつい勧められるがまま、レンタルしてしまったのだが……

「タイトルは…“ワイルドになぐさめてあげる♪”…?何だ、これ。もしかして、アダルトか…?」

 消えそうになっている文字を読んで、バーナビーが眉を潜める。

 あの日系のマスターは、自分がカノジョもいない可哀想な男と思って、こんなモンを渡してくれたのだろうか。

 まぁ…確かに恋人はいないけれど。

 しかし、AVをバレンタインの夜に見るというのも、もっのすごく空しいような……

 

 

 

 

「……」

 ビデオテープを握ったまま、バーナビーが考え込む。

 このまま直して、他にちゃんと借りた洋画でも見ようか?

 だけど……AVなんて、今までまともに鑑賞した事もないし……どんなモノか、興味が無いと言えば嘘になる。

 自分とて、健全な若者なのだから……

 バーナビーは、暫し固まっていたが。ややあって、白々しく咳払いをすると、おずおずとビデオデッキにソレをセットした。

 せっかくのマスターの好意だし、見るだけ見て……

 などと、自分に言い訳しながらリモコンを弄る。

 と。プッ…と小さな音がして。テレビの画面が一瞬黒くなり。そして、すぐに真っ白な映像が現れた。

 どうやら、何処かの部屋?のようだ。白い背景、白いカーテン。

 テロップも何もなく、ただ室内だけを写している。

 ──やがて、待つほどもなく。不意に、一人の影が突然画面に出現した。

「え…?」

 ぽかん、としてバーナビーが呟く。そこにいたのは、AV女優ではなくて…男だったのだ。オリーブグリーンのシャツに、黒のネクタイ。白いベストを羽織っている。

 上半身だけ写っていて、真っ直ぐにバーナビーの方を見つめている。その瞳は、とても珍しい蜂蜜色だ。顔立ちは…恐らく、東洋人だろう。肌は小麦色で、画面越しにも滑らかな感触だろうという事が窺える。

 通った鼻梁に、ぽってりとした唇。俗に言う、アヒル口というヤツか。

 年は…よく判らない。20代〜30代前半?細い顎にはへんてこな髭があるが、とにかく、童顔なので年齢不詳である。

  しかし。AVに、どうして女性じゃなくて、男が出ているのだろう。もしかして、男優で…これから女優と絡むのだろうか?

 と。画面の男が、不意ににっこりと笑った。

 

 

 

 

『……初めまして!こんばんはvえっと、俺、鏑木虎徹って言うんだ。よろしくな!』

 人懐っこい笑み。少し低い、耳に心地よいトーンの声音。

 それを聞いて、反射的にバーナビーが“あ、ど、どうも”と言ってしまい。バカ、これはビデオじゃないか、と我に返る。

 虎徹と名乗った男は、当然だがバーナビーのそんな反応に気付く事なく、にこにことして言葉を続けた。

『俺をレンタルしてくれて、ありがと!えっと、俺…お前の為だったら、何でもしてやるぜvそれが俺の役目なんだ。俺は、寂しいヤツの天使なんだよっ。さぁ、何をして欲しい?遠慮せずに言えよな!』

 両手を広げて、虎徹が目を輝かせている。

 バーナビーは、ぽかんとした。

 ……何だ、これは?これの何処がAVだと言うのだろう?全然女性は出てこないし、このおかしな男性は、自己紹介した上に、妙な事を口走っている。おまけに、自分の事を天使だとのたまっている。

「……消そうかな」

 小声で零して、リモコンを取る。

 こんな変なビデオを見ている暇があったら、ちゃんとした洋画を見た方が何倍もマシだ。

 ……けれど。

『おい、短気起こすなよ!人が話しているのに!消すなんて、乱暴な事はしないでくれよぉ。な、頼むからさ!』

 バーナビーの行動を読んだような台詞。

 青年は、目をぱちくりとさせた。

 ──偶然にしては、タイミングが良すぎる受け答えだ。

 バーナビーは、何となく失笑してしまった。

「おかしな人ですね。まるで僕の動きを見ているような…ふ、そんな筈無いですけども」

 リモコンの停止ボタンから指を離して、囁く。

 そんな彼を、虎徹が画面の向こうから、じいっと見つめている。

 早く願い事言って、といわんばかりの期待に満ちた顔。気の所為か、頭にネコ耳が生えてて…それがピクピク動いているような錯覚が……

 バーナビーは、口元を微かに緩めた。

「そうだな…何でもしてくれるのなら、食事でも作って欲しいですね。ここ最近、インスタントばかりでしたので」

 コタツの台に乗っている、カップめんの空を眺めて肩を竦める。

 ……すると。画面の中の虎徹は、大きく頷いた。

『よし、それが最初の願いだな?任せとけ!そっち行くから♪』

「……は?」

 間髪入れず帰って来た返事に、バーナビーが柳眉を潜める。

 と、次の瞬間。突如、テレビがカッ!と発光した。

 

 

 

 

「!?」

 凄まじい、白い光。爆発するような、猛烈な輝き。

 部屋全体が、真っ白に染まる。瞼を刺すようなハレーション。

「うっ……!」

 咄嗟に、バーナビーが両腕で顔を覆う。

 痛いくらいの光に、とてもじゃないけれど目なんて開けていられない。

 一体、何が起きた!?……と思う間も無く、現れた時と同じように、唐突に光が消える。

 シュウゥゥゥ…という、小さな音。

 バーナビーは、除々に部屋の中が元の明るさに戻った事に気付いて、おそるおそる腕を外した。

 ゆっくりと室内を見回す。

 ──テレビは、真っ黒になっている。ビデオは点いたままなのに…画面には何も映っていない。さっきの男も消えている。

「……?」

 四つん這いになって、バーナビーがテレビに近寄る。

 と、その刹那。

「へぇ。ここがお前の家かぁ。あ、コタツだぁ♪嬉しいな、俺コタツ好きなんだ!」

 という声が、背後から何の予告もなく響いてきたではないか。

「!!?」

 心臓をドキッ!と鳴らして、慌ててバーナビーが後ろを振り返る。

 ……途端、青年は口を大きく開けた。

 何と。壁際に、一人の男がちんまりと座っているではないか!!

 バーナビーは、床に這ったまま、硬直してしまった。

 

 

 

 何なんだ、誰だコレ!?何処から湧いて出た!?そ、それに…それに!!

「どうして、まっぱ…なんですかっ!?」

 顔を赤らめて、わなわなと指を差す。

 そう。お行儀良く正座しているその男は、驚く事に洋服を着ていなかったのである。

 滑らかな小麦色の肌が、非常に眩しい。

 胸の小さなピンクの突起か、どうした事か変に色っぽい。

 男なのに。顔立ちも…愛らしい。

 って言うか、この顔…まさか、ひょっとして、もしかして!?

「あ…貴方…さっき、ビデオに…?」

 恐々と青年が尋ねる。

 すると、男…鏑木虎徹、正真正銘、先ほどまでビデオの中にいた男は、にーっこりと笑うと。

「うん、俺!お前が願い事を言ったから、ビデオから出て来たぞ!」

 と、偉そうに言って。

 あろう事か、すっくと立ち上がって。腰に手を当てて、ふんぞり返ったのである。

 ……パンツ一枚、身に着けていない姿で。

 バーナビーは、愕然として。

 継いで、“貴様ッ、変質者かぁぁ!”と、喚いて。かたかたと震えたかと思うと。

 そのまま…ばたん!と大きな音を立てて。床の上に、背中からぶっ倒れて失神してしまったのであった……

 

 

 

 

 ビデオから突然現れた、謎の男。

 その正体は、次回をお楽しみに……?

 

 

 

 

 

 FIN

 

 

 

 

 

 

   

説明
兎虎・元ネタは、かの名作「電影少女」ですv他でもアップしていますが、こちらにも掲載させて頂きました。楽しんで頂ければ嬉しいですv
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