ドラゴンマスター
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『星の街』と美しい名で呼ばれる、大都市・シュテルンビルト。

 だが、ここはその昔…治安は荒れに荒れ、数多の民族が集まる土地でもあった為、犯罪の温床地帯とも称されていた。

 殺人・強姦・窃盗などの犯罪は、日常茶飯事で。

 人々の心は乱れ、誰もが荒んでいた。

 しかし。

 ある時を境に、街は生まれ変わった。

 その大きな要因となったのが、“ヒーロー”と呼ばれる者達の存在だ。

 彼等は、生粋の人間ではない。その身に流れているのは、神聖な血…“ドラゴン”としての力だ。人型も取れるし、本来の姿である、異形のモノになる事も可能である。

 ドラゴンは、突然変異としてこの世界に誕生した。

 そして、粛清を行い始めた。

 悪には捌きを。善なる者には、救済を。

 その様は、天より使わされた使徒のようであった。

 人々は、驚き…そして、涙を流してドラゴンの出現を喜んだ。

 自分達は、見捨てられなかったのだ。ソドムとゴモラのようになりかけた土地を、神が憐れんで下さったのだ、と。

 とにかく、ドラゴンの血を引く者達は、突如シュテルンビルトに姿を現し。

 犯罪都市となっていた街を、瞬く間に浄化したのだ。

 強き者達に虐げられていた、力無き弱者達は悪夢から解放され。

 半人半獣のドラゴンの血をその身に宿す者達は、守護神として崇められ。

 以後、シュテルンビルトを類まれなる能力を持って、長きに渡り守り繁栄させていく事となった。

 彼等は、普通の人間よりも長い寿命を持っており。地・水・火・風という様に、それぞれ異なる力をその身に秘めている。これからも判るように、ドラゴンは必ず四人存在する。

 彼等は常に四人で、治安を守るのだ。その為、別名『四精霊』とも呼ばれる。

 この数は増える事はない。ドラゴンは、四人以上、生を受ける事はない。

 

 

 

 だが。

 一人が命の期限を迎え、天寿を全うした場合に限り、新たなドラゴンがこの世に誕生する。

 そして、それは必ず決められた土地である。

 ドラゴンが誕生する地…聖地は、能力によって異なり。その内の一つが、“オリエンタルタウン”という所だ。この場所では、“地”の力を持つドラゴンが誕生する。

 何故、決められた土地でしかドラゴンが生まれないのか、それは誰も判らない。

 ただ、各々の地は、規模が小さいながらもそれぞれ自然に囲まれており。都市の喧噪さ、毒々しさは微塵も無い所だ。

 現に、オリエンタルタウンには龍神…東洋では、ドラゴンを龍と言い。神として、崇め奉る風習がある…を祀っていた古い社が今も残されており。

 仕える一族も、現代の世界に於いても在命している。子孫がいるのだ。

 その所以であろうか。

 オリエンタルタウンでは、ガーディアンのドラゴンの一人、「地龍」が命を終えると、時を同じくして、その社に何処からともなく…卵が出現する。

 ひっそりと姿を現した卵を庇護し、孵化させるのは龍神を祀っていた一族の末裔の仕事だ。卵は、その一族の者でしか育てられない。他の人間が触れると、あっという間に腐って死んでしまうのだ。

 かの者達は、何の前触れもなく現れた卵の存在を訝しむ事なく、粛々として卵を護り育てる事に全力を注ぐ。

 その後、無事孵化を終えた新しいドラゴンは、大切にシュテルンビルトへと送られ。

 他のドラゴン達の仲間となり、共に“神”となるのである。

 

 

 

 

 そうして。

 ドラゴンがシュテルンビルトを司るようになって、100年後。

 一人のドラゴン・地龍が、その生を終えた。

 ガーディアンの座に、空席ができて。同時に、オリエンタルタウンでは、伝説の通り…社に新しい卵がその姿を現す。

 数百年振りに生まれた卵を育てる役目を仰せつかったのは、龍神に仕えし一族の末裔の娘…友恵、という娘であった。

 卵は、通常女性が育てるのが習わしだ。乙女の清らかな精気が、ドラゴンの唯一の“餌”だからである。その時代に女がいない場合は、清き心を持つ巫が担当する。彼等、若しくは彼女達は、“ドラゴンマスター”と呼ばれ、一対となる。

 生まれたドラゴンは、神ではあるが。マスターにだけは恭順の意を示し、何を置いても主を第一とする。マスターは餌でもあり、唯一の親でもあるのだ。

 ドラゴンは友恵の…オリエンタルタウンでは、『龍の姫巫女』と称されるモノのエナジーを摂取し、孵化に備える。

 巫女は、卵と共に一室に籠り。日々、精気を与え続ける。

 胸に抱き、大切に大切に、穢れない力を注ぐのだ。

 ──が。

 友恵は、元来身体が強い方ではなく。幼い時から、病気がちの娘であった。

 けれど、彼女は姫巫女としての自分に誇りを抱いており。

 心配する両親に、笑顔で“大丈夫”と言い続け。

 卵を胸に抱いていた。

 しかし、ドラゴンは乙女の精気を喰らう。故に、友恵は日々衰弱し。

 そして、とうとう…彼女は、病に犯され。

 ある夜、卵を抱えたまま。儚い命を散らしてしまったのだった。

 孵化を見届ける事もなく。

 家族は嘆き悲しんだ。いくら神の為とはいえ、むざむざ娘を見殺しにしてしまった、と。

 友恵は、オリエンタルタウンを挙げて、龍神に命を捧げた天女として、大切に葬られた。

 誰もが、彼女の行いを褒め称えた。

 けれども。ただ一人だけ…その考えに背く者がいた。

 その人物の名は、鏑木虎徹。

 友恵の同級生であり。かつ、夫でもあった男だった……

 

 

 

 

 

 

 シュテルンビルトが、その名の通りキラキラと輝いている。

 ネオンがまばゆく輝き。街は赤と緑に彩られ。

 ?華街にはカップルや親子連れ、または友達同士、といった様々な人間で溢れ返り。

 イルミネーションが煌めき、華やかなクリスマスソングが流れている。

 12月20日・クリスマス5日前だというのに。

 誰も彼もが、笑顔で行き来している。

 ……そんな浮かれた風景を、高層から。通称・ジャスティスタワーと呼ばれている、普通人には足を踏み入れる事も赦されていない特区から。

 虎徹が、仏頂面のまま、大きなガラス窓に手を当て。外を無言で眺めていた。

 オリエンタルタウン出身の彼は、雑多な人々が集まっているこの街では、酷く目立つ風貌をしている。

 しなやかな長い手足。肌理の細かい、健康そうな肌。黒髪は艶やかで、こんな綺麗な黒を持つ者は、この都市にはいない。瞳はこちらも珍しい蜂蜜色。

 顔立ちも整っており、尖った小さな顎には、ちょっとばかり特徴的な髭がある。

 着ている物は、ツートンのベストにグリーンのシャツ、黒のネクタイと同色のトラウザースという、特に変わった出で立ちではないが。

 この特区にいるという事は、只者ではないという事になる。

 何しろ、ここ…ジャスティスタワーは。シュテルンビルトを守るドラゴン達の心臓部だからだ。

 本来、ここに入れるのはドラゴンだけだ。後は、マスターのみ。

 もちろん、虎徹はドラゴンではない。普通の人間だ。

 そんな彼が、どうしてここにいるかと言うと……

「あら、タイガー。来てたの」

 不意に、虎徹の背後から、言葉は女性のモノだが、そのボイスは明らかに男…の声が届く。

 虎徹は、ゆっくりと後ろを振り返った。

「よぉ、ネイサン。お前こそ、こんな遅くにどうした?」

 窓ガラスに背を当て、虎徹が気安い口調で呟く。

 その問いに、ネイサンと呼ばれた男、じゃなくて女性?は、大げさに肩を竦めてみせた。

「どうもこうも無いわよぉ。今夜は宿直当番なの」

「お前が?確か、今夜はブルーローズじゃなかったか?」

「本当はね。でも、あのコったら夕べ、マスターのパオリンと前倒しのクリスマス・パーティをやって、その時パオリンがディナーを食べ過ぎちゃったんですって。で、今日は腹痛でダウン。ブルーローズ…カリーナから、マスターの看病をするから、メールで、宿直を交代してくれ、って泣き付かれたのよ。せっかく、アタシもマスターのアントンとデートをする筈だったのに」

 けど、クリスマスに掛からなくて良かったわ。せっかく彼と夜、食事に行くんだし。まぁ、仕方ないわよね。

 やれやれ、と首を左右に振る。

 虎徹は、ぷっと吹き出した。

 

 

 

「そりゃ、パオリンらしいな…喰い過ぎでぶっ倒れるとは。マスターも、腹痛なんて起こすんだなぁ」

「そりゃそうよ。アタシ達と違って、マスターと言っても身体は普通の人間と同じなんだし。カリーナも大変だわね」

 パオリンってば、何時まで経ってもお子様だから参っちゃうわ。

 ローズレッドに塗られた唇をすぼめて言う。

 だが、そんな口を叩きつつも、ネイサンは年若いカリーナとパオリンを可愛がっている事も、虎徹は知っている。

 彼女はオネェだけれども。実はドラゴン達を纏める、リーダーのような存在なのだ。

 元々、面倒見がいいのである。

 ネイサン・シーモア。全体をピンクで飾ったファッションに身を固める、魅惑的な褐色の肌を持つ彼女の正体は、シュテルンビルトを守護するドラゴンの一人だ。

 ドラゴンとしての姿を保つ時の名は、“ファイヤー・エンブレム”。名前が表す通り、司る能力は、炎である。別名、サラマンダーとも炎龍とも称される。

 ちなみに、ネイサンというのは、彼女の真名だ。そして、ネイサンのマスターはアントン…アントニオという、見かけはゴツイ男だが、割りと家庭的な気質を持つ人間で。

 細々とした事によく気付く、オカンのような人物である。

 先ほどの話題のカリーナも、“ブルーローズ”という異なる名を持っている。彼女は、『水龍』だ。

 他に、『風龍』…キースという若者もいて。彼のマスターは、イワンというまだ少年である。

 ドラゴンは、誰もが真の名を持っている。これらは、彼等を孵化させた姫巫女や、巫が付けるのだ。

 もっとも、ドラゴン達は大抵通り名を名乗る。真名は、育ての親が祝福として与えるものであり、彼等にとっては命の次に大切なものなのだ。

 故に、そんじょそこらの人間には、決して教えたりしない。

 ドラゴンは、自分を孵化させてくれた者には、特別な敬意と好意を抱く。

 何せ、親の精気を喰って成長するのだから。

 巫女達…ドラゴンマスターは、彼等の生餌でもあり、大切な唯一のヒトなのである。

 だから、本来なら唯人の虎徹も、彼等の真名を知る事も、口にする事も赦されてはいないのだが……前述した通り、彼は常人とは違う。

 何故なら虎徹は。今回、新しく生まれる筈の。姫巫女たる、今は亡き友恵が孵化させる筈の。四番目の卵のマスターなのだ。

 もっとも、彼は龍神に仕えていた一族の末裔ではない。末裔は、友恵だ。虎徹は、その友恵の夫だった。虎徹は、友恵の家に婿養子として入った人間なのだ。

 そんな彼が、どうしてドラゴンマスターとなったのか。

 それには、特別な事情があったのである。

 

 

 

 

 友恵が亡くなった時、問題となったのは孵化間近の卵だった。

 通常、乙女の精気が途絶えてしまえば、卵は壊死してしまう。

 けれど、『地龍』の卵は、友恵の最後の力によって、あと数週間で孵る程に成長していた。

 卵の色が、インカ・ローズの色になっていたのだ。

 これは地龍のみに現れる色彩である。

 ここまで来れば、もう間もなくドラゴンは誕生する。後は、巫女がいなくても、他の三龍の協力があれば、孵化は可能だ。

 シュテルンビルトに行けば、水・火・風の龍がいる。彼等が力を分け与えてくれれば、大丈夫なのだ。そして、ドラゴンはとても仲間意識が強い。

 という事で、地龍の卵は厳重な護衛の下、シュテルンビルトに送られた。

 後は何の心配もない筈だった。

 ……しかし。

 事は驚きの展開を見せた。

 孵化間近の卵が、何と少しずつ腐り始めてしまったのだ。色がピンクから黒へと色彩を変え始めてしまったのである。

 このままでは、地龍は誕生しない。そして、欠ける事の無かった四精霊に綻びが生じてしまう。そうなれば、シュテルンビルトはどうなるのか。

 100年かけて、真っ当な都市に生まれ変われたのに。再び、カオスの世界に戻ってしまうのではないか。

 人は堕落する時は早い。それこそ、あっと言う間だ。

 シュテルンビルトのお偉方は顔色を変えて焦った。

 勿論、龍達も色を無くした。

 地龍が生まれないのは、全ての者に対してダメージとなる。彼は死んではならないのだ。

 残り三龍は、持てる力を駆使して卵を救おうとした。が、努力の甲斐もなく、卵は日々色を黒く染めていく。

 やがて、なす術も無く、卵が半分以上黒ずんだ頃。シュテルンビルトに、一人の男がやって来た。

 それが虎徹であった。虎徹は、新たな地龍のマスター候補として、召喚されたのだ。

 本当ならば、龍を育てる一族の者が呼ばれるのがセオリーだが。友恵の両親は、娘を失った事に気落ちし、母が寝付いてしまい。父も年齢的に、精気を注ぐ事は無理だった。

 彼等には他に血族はなく。親類縁者にも、残念ながら若者はおらず。

 最後の手段として、白羽の矢が立ったのが友恵の夫であった、虎徹だったのである。

 虎徹は友恵亡き後も、実家には戻らず。年老いた義理の両親の世話を献身的にしていた。

 そんな中、シュテルンビルトから依頼という名の、強制収容の話が舞い込んで来たのだ。

 聖なる乙女の夫であれば、もしかしたら卵を孵せるかもしれない。もしこの仕事を引き受けてくれるのなら、末裔の一族に多額の金を譲り渡す、と。断れば、それなりの手段も取らせてもらう、とも。

 義両親は、虎徹に行かなくてもいいと行ってくれた。娘を失った事は仕方のない事だけど。虎徹君には、何の関係も義理もないのだから。実家に帰りなさい、後の事は心配しなくていいと。

 

 

 

 

 だが、虎徹はこの話を引き受けた。

 別に金が欲しかった訳ではない。ただ…彼は妻を亡くしてから、ずっと胸に秘めていた思いがあったのだ。

 すなわち、愛妻を奪った地龍の卵を。この手で叩き壊してやる、という野望が。

 聖なる龍だか何だか知らないが、虎徹にとっては卵は友恵の命を吸い取った、憎いモノだ。

 いつか絶対に殺してやると、硬く心に決めていた。

 そのチャンスがとうとうやって来たのだ。シュテルンビルトの未来など、どうだっていい。自分にとって大事なのは、友恵だったのだから。

 優しくて美しかった妻。自分には勿体ない程の女性だった。

 それを、卵ごときが奪った。憎い。憎くて狂いそうだ!!

 いつかきっと…この手で叩き潰してやる!

 そんな夢が、ついに叶う時が来たのだ。

 虎徹は、身の回りの物を纏めると、引き止める義両親を振り切って、単身シュテルンビルトへ乗り込んだのである。

 

 

 

 

 

「それにしても、タイガーもマメねぇ。一日ぐらい、休んでも構わないのよ?」

 夜景の写る窓ガラスをちらりと見て、ネイサンが優しく言う。

 シュテルンビルトの空からは、小さな白い雪がちらほらと降り始めている。

 虎徹は、微かに目を伏せた。

「……フラットにいても、どうせ一人だからな」

「…ごめんなさい」

「いいよ、別に」

 しまった、という顔付きになったネイサンに、虎徹がほろ苦く笑う。

 彼は、だだっ広い部屋の中央に視線を向けた。

 ──近代的な都市には珍しい、アンティーク風味な、どっしりとしたテーブル。

 その上に、籐の籠が一つ置かれている。中には、上質な絹が敷き詰められており。

 それにくるまれているのは…卵だ。鮮やかなピンク色をしている。

 地龍の卵、だ。けれど、黒ずんでいる筈のそれは、実に美しいインカ・ローズの色だ。

 染み一つない。

 虎徹は窓辺から離れると、ゆっくりと籐の籠に近寄った。

「間もなく、孵化するかな」

「そうね…」

 すっかり元の通りになって。もう何の心配も無いわ。アンタのお蔭よ、タイガー。 

 ネイサンが、後ろから覗き込んでそっと呟く。

 虎徹は、つんと指で卵をつついた。

「まさか、巫女の末裔でも何でもない俺が、元に戻せるとは考えてもみなかったけどな…」

「タイガー…」

「ネイサン。お前は初めから判ってたんだろ?俺が、コイツを…殺しに来た、って事」

「……」

「自分でも呆れるくらい、殺気を垂れ流してたもんなぁ、俺。神であるお前達が、気付かない訳ねーんだよな…」

「──だけど、アンタは結局その卵を壊さなかったわ。大切に庇護してくれた…」

 最初は、アタシ達も不安だった。アンタの顔って言ったら…ホント、殺気に満ちていて。

 人選を誤ったのか、って皆で話してたのよ。でも。

「アンタのお蔭で、地龍は壊死しなくて済んだ」

「……嗤えるよな。俺は、本気でこの卵を壊すつもりだったんだ。それなのに…」

 ここに通されて。卵と二人きりにされて。

 迷わず、手を下すつもりだった。卵に危害を加えれば、即処刑されても文句は言えない。それでも、妻の仇を討ちたくて。虎徹は、卵を両手で掴んで、床に叩き付けようとしたのだ。

 けれども。触れた卵は、とても…暖かかった。

 その温もりは、人肌のもので。ふんわりと懐かしくて。

 友恵を…連想させたのだ。

 馬鹿な、彼女はもういない。友恵の温もりに似ていると言うのなら、この卵が彼女の精気を吸い尽くしたからだ!

 

 

 

 ……それでも。一度、妻の事を思い出すと。虎徹の脳裏には、様々な思い出が去来して。

 彼はそのまま硬直して。

 卵を抱えたまま、微動だに出来なかったのである。

 やがて、時間だけが流れ。心配で、もしもの時の為に、外で様子を伺っていた龍達が部屋を覗き込むと。

 虎徹は、床に座り込み。呆然とした面持ちで、卵を抱えて。はらはらと涙を零していたのである。

 憎いモノなのに。何で壊せない!?足で踏みにじってやりたいのに…出来ない。

 かつて妻は、この卵を愛おしそうに抱いていた。

 これには、彼女の愛情が詰まっている……

 虎徹は、近寄って来た龍達の視線にも気付かず。そのまま、床にうずくまって、慟哭したのだ。

 血を吐くような泣き声を上げて。それでも卵をしっかりと抱いたまま……

 

 

 

 

 そして、その日以降。

 虎徹は、憎しみと不可解な愛を胸に秘めたまま。

 地龍の新しいマスターとして、水・火・風の龍達に認められたのであった。

 

 

 

 

「俺みたいな、心が濁っている奴に抱かれて…何でコイツ、腐らねぇんだろ…」

 表面を撫でながら、ぼそっと呟く。

 地龍の卵は、虎徹が現れて、彼が温めるようになってから…壊疽化を止めた。

 そして、ゆっくりと元の姿に戻り始めたのだ。

 今ではすっかり元気になっている。

 それが虎徹には解せない。自分のような、殺意を抱いた者の手の中で、何で腐ってしまわないのか、と。

 ネイサンは、柔らかく瞳を細めた。

「それはアンタの心根が、本当は物凄く綺麗って事よ。それを感じて、卵は元通りになったのよ」

「俺、コイツを壊そうとしたぞ?今だって…」

「そうね。けど、本質はやっぱり無垢なのよ、アンタ。ドラゴンは、穢れ無き精気しか食べないの。つまり、タイガーはそういう人間なのね」

「……」

「奥様の事は、お気の毒だと思っている。同じドラゴンとして、謝罪するわ。だけど、タイガー…どうか赦してあげて。地龍は、大切な仲間なの…」

 懇願するような声。

 それに、虎徹は何も答える事が出来なかった。

 ……憎しみが薄れた訳じゃない。卵は憎い。でも…でも……

 自分で自分の気持ちが掴めずにいる。

 虎徹は唇を硬く噛んで、愛妻を殺した卵をじっと見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 胸の奥にしこりを残したまま。

 虎徹は、それからも卵を温め続け。

 そうして、5日後…クリスマスの夜に。

 ついに卵は孵化した。

 新しく生まれた地龍は、金の髪に翡翠の瞳を持つ、それは美しい幼体であった。

 ドラゴンは、2〜3か月程で成人になる。成長のスピードが速いのだ。

 そして、虎徹は正式に地龍のマスターとなった。

 これから先、マスターは命が果てるまでドラゴンの対となって、行動を共にする。

 地龍は、虎徹によって真名を“バーナビー”と名付けられた。

 これは友恵が予め用意していた名であった。

 大地を司る地の力を持つ、バーナビーと。憎悪と微かな愛情を胸に抱いている虎徹の二人が、どうやって心を通わせていくのか。

 それには、少なくとも数十年の時を必要とするのであった……

 

 

 

 

  

  FIN  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
兎虎、パラレルでファンタジー物です。シリアスメインとなっておりますv
(こちらの小説は、他サイトでもUPしております)
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TIGER&BUNNY 兎虎 パラレル ファンタジー タイバニ 

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