真・恋姫†無双 〜彼方の果てに〜 5話 |
〜神威〜
関羽から離れながら俺は自身の身体を見下した。
「くっ……」
右拳は痺れていて完全に感覚が無くなっていた。至る所が引き裂かれ血が流れている。
ほんの僅かに動かせる所を見ると骨は折れていないようだが、ひびくらいは入っているかも知れない。
(手甲も着けずに無理をし過ぎたか。左手は大丈夫だが、右手は……実戦では当分は使い物にならないだろうな。身体の動きも大分鈍い。)
出来るだけ落ち着いて自身の状態を把握していくも、疲労と怒りに任せて暴れた反動によって身体はボロボロだった。
賊に斬られた箇所も致命傷こそ避けたものの数が多い。
「兄さん、大丈夫ですか?……待っていて下さい、今手当てをしますから。」
そっと傍に近寄ってきた風花は俺の傷を見ると心配そうに眉をひそめ、簡単な応急処置を始める。
「すまない……それよりも風花は大丈夫か?」
「私は兄さんの妹なんですよ?これくらい何て事ないですよ。」
そう言って手当てを終えた風花を静かに見つめる。どうやら嘘はついていないようだ。
表情こそ優れないが、その瞳の奥には何か強い想いが見て取れる。
そんな風花の姿に俺は密かに安堵した。こんな状況では塞ぎ込んでしまってもおかしくないと思っていたから。
「それでも、兄として心配するのは当然だろう?」
「私からしてみたら兄さんの方が心配ですよ。すぐ無茶をするんですから……
それに私は一応護身術程度なら会得していますからね。兄さんも父様から習ったじゃないですか。」
その言葉に俺は少しばかり驚いてしまう。
確かに俺は父から手解きを受けていたが、風花まで習っていたというのは知らなかった。
だが考えてみれば納得も出来る。父は厳しい人だったが、心から俺達の事を想ってくれている人だった。
そんな人物が、娘だからという理由だけで風花に武を教えないなんて事がある筈がない。この時代は力が無ければ生きていく事さえ難しいのだから。
「確かに習ってはいたが、お前まで習っていたというのは初耳だったぞ。」
「私には兄さん程の力はありませんでしたからね。
そんな私が一緒に居ても邪魔になってしまいますから別々に鍛錬していたんですよ。」
「邪魔だなんて事はないんだが……それに俺には大した力なんて無い。
お前には武が無いと言われ父さんにはいつも絞られていたからな。」
「兄さんの気持ちは分かってますよ。だけど兄さんに力が無いなんて事はありません。
兄さんと鍛錬をする時の父様は、本当に嬉しそうでしたから。」
「……そうか。」
鍛錬の時の父の姿を思い出し、微かに苦笑が漏れる。こんな自分でも少しは親の為に何かが出来た――思い出した父の顔は少しだけそう思えるような、優しい笑顔だったから。
「感傷に浸るのは後にしよう。今はまだ、するべき事がある。」
懐かしい記憶を軽く頭を振る事で意識の隅に追いやると、俺は辺りを見回して歩き出す。
「そうですね……でも、これは……」
周りの景色を見つめる風花の表情が翳る。それはそうだろう。何年も住んでいた場所が今や面影すら無く、無残な姿になってしまったのだから。
更には邑に住む人達すらも今はもういなくなってしまった。殆どが人としての姿さえ留めていない程の有様だ。これで平気な方がおかしいだろう。寧ろまだ狂わずにいられるだけ風花の精神の強さに驚かされる。
「俺が駆け付けた時にはまだ無事だった人が居たんだが……やはり生きてはいない、か。」
此処に来た時にはまだ生きている人が居た筈だった。だが周辺を見渡してもその時に無事だった人は皆既に事切れている。
賊達は俺が来た事で余裕を無くしていたのか、倒れる者達はちゃんと人の形をしていた。それがせめてもの救いだと思う。思うのだが……それが逆に親しい者達の死、という現実を俺の心に突き付けてくる。
今までは信じられない光景ばかりで現実感を失っていた。
必死だったり、風花を守る事ばかりに気を取られ、状況に振り回されていた。
だからこそ、自分は今まで苦痛に苛まれる事がなかったのだろう。
完全に落ち着きを取り戻した今はじわじわと暗い感情が心を蝕んでいく。
『平穏な日常を守りたい』
それが俺の願いの一つだった。
全てを救える等と思った事はない。だがそれでも、近くに居る者だけでも守りたかった。
愛する人達の笑顔を守りたかった……その為に必死で力を求めてきたというのに。
ふと、建物の壁際に倒れる女性が目に映った。身体中を何度も刃で突き刺された跡が窺える。
何かを必死に守ろうとしていた姿が頭に焼き付いて離れない。
そっと倒れる女性に近付くと、俺はその腕の中を覗き込んだ。
「っ……!」
そこには、まだ産まれたばかりの赤子が抱きしめられていた。
おそらく赤子だけでも助けたかったのだろう……既に赤子は事切れていたが。
「……」
落ち着いてしまったが故に、目の前の光景が直接俺の心に突き刺さる。あまりにも酷い現実に息が出来ない。
女性は大事そうに、本当に大切そうに赤子を抱いていた。例え自分がどうなろうとも我が子だけは守ろうとしていたのだと、血塗れのその姿が語っている。
いや、愛する自らの子を守ろうとする事など当たり前なのだ。だがそれは叶わなかった。
何故だ?どうしてこのような事が起こる。何故愛する子供の命を救う事すらこの女性には許してやらなかったのか。こんな当たり前の事が、何故この人には許されなかったんだ。
この女性だけではない。この邑に住む人達は、こんな形で人としての生を終えなければならない程に酷い事をしたのだろうか?
こんな自分にまで優しく接してくれた邑の人達の顔が頭を過ぎっていき、皆の恨みに満ちた声が聴こえてきたような気がした。何故守ってくれなかったのか、と。
「すまない……俺は、俺は――」
受け入れ難い現実に凍結していた心が、怒りによって麻痺していた感情が……倒れる二人を見た事で一気に溢れ出した。
押し寄せる後悔。
自らの誓いを崩された絶望。
これがこの世界の真実だと突き付けられた。
理不尽こそがこの世の理だと、心の中で何かが囁いてくる。
過去の事で解っていた筈だったのに。
まだ自分は甘かった。解っているつもりになっていただけだった。
だからこんな事になったのだ。
ちゃんと現実を見据えていれば、救えた命だってあったかも知れない。また違った結果になっていたかも知れない。
だが今更後悔しても遅い。
既に結果は出てしまったのだから。
俯いてしまいそうになるのを必死で堪える。
泣く訳にはいかない。泣いてしまえば今まで必死に積み上げて来たモノが崩れてしまうような気がするから。
強くならなければ……今よりももっと強く――
この世界のどんな理不尽をも乗り越え、踏み砕けるように……そして、
次こそは助けてみせよう。妹が笑っていられる場所を守る為にも。
だから今は祈ろう。散ってしまった命の為に。
救えなかった人達の為に……
〜風花〜
兄が泣いている。実際に涙は流れていないが、心では泣いているのだと私には解る。
きっと救えなかった人達の事を悔やんでいるのだろう。兄は優しい人だから。
だけど兄なら必ず立ち直ってくれる。今でこそ他人に無愛想に振舞ってはいるが、何だかんだで困っている人を放っておけない性格なのは昔と変わらない。そんな人が今のこの大陸の状況で自分だけ諦めてしまうような事が出来る筈がない。それに、私は兄を信じているのだから。
(……あれ?どうして私はこんなに落ち着いているのでしょうか?こんなにも辛い事があったというのに。)
ふと気になった疑問。
自分の心が驚く程に冷静であった事だ。
勿論色々と動揺もしているし、胸が張り裂けそうな程苦しいし悲しい。だけど何故か涙は流れなかった。
そんな苦痛とは違うモノが心を覆っていて、それが何なのかいまいち理解出来ない。
きっと疲れているのだろう。早く準備をしなければと私は最早廃墟のようになってしまった我が家に入りまだ無事であった物を回収していった。
自分用の白い外套と兄が使っていた黒い外套も少しボロボロだったが無事だった。
兄の武器を取りに来た時に置いていった鞘も拾っていく。
最後に隠してあった場所から父様が使っていた装備一式、手甲等の兄が使えそうな物を引っ張り出す。
それから母様が使っていた装備一式と貯金も出して一緒に袋に詰める。
取り出した荷物の中に布でくるまれた長い棒のような物を見た私は、それを取る事を僅かに躊躇ってしまう。
出来れば兄にだけは知られたくなかったから。
そっと手に取って布を剥がした。
中から出てきたのは無駄な装飾が一切存在しない簡素な槍。
ただ実用性のみを求めた、人を殺める為だけの凶器。そして、今は亡き母様の形見。
これを持った私を、兄はどう思うだろうか。
兄は私が傷付く事を嫌っている。だから私が戦場に立つ事を良しとはしないだろう。
だが同時に、困りながらも受け入れてくれるとも思う。兄は私の事を誰よりも解ってくれているから。
だから私はそんな兄を支えたい。守って貰うだけではなく、共に歩みたい。
こんな事があったのだからおそらくすぐには納得してはくれないと思う。落ち着いてからいずれ機会を見て話そう。それまで上手く誤魔化しておかなければ。
強い決意と今後の事を考えながら槍に布を巻き直すと、全ての荷物を纏めて立ち上がる。
これで必要な事は全て終わった。後は――
「……兄さん。」
兄は疲れきった表情で空を眺めていた。時刻は既に日付が変わった頃だろうか。
見上げる夜空には大きな満月が輝いていた。
「……綺麗な月だ。」
「え?」
「こんな月を……前にも見ていた気がする。」
「……」
正直兄の言っている事の意味が判らなかった。月なんていつも見ているだろうに。
自分も見上げてみるも特に何が違うのか判らない。不思議そうに首を傾げていると兄が此方を向いた。
その瞳は驚く程に冷たくて……だけど、心が締め付けられるような優しさで溢れていた。
相反する二つの感情を瞳に宿すその姿に私は強い戸惑いを覚える。
今目の前に居る人物は本当に自分の兄なのか――と。
「大分時間を取ってしまった。劉備も待ちくたびれている頃だろう。そろそろ行こう、風花。」
「は、はい……兄さん。」
兄の言葉に慌てて下ろしていた荷物を背負うが、内心穏やかではなかった。まるで兄が何処か遠い人になってしまったような……
(もしかして、何か思い出したんですか?兄さん……)
心の中でそう兄に問い掛けるも、その問いが言葉になる事はなかった。
不安に押し潰されそうな心を必死に落ち着かせる。今は生き延びる事を考えなければ……
行く宛なんてある訳がないが、かといって立ち止まっている訳にもいかない。
これから自分がどうなるかなんて判らない。だけど兄と一緒ならどんなに辛くてもきっとやっていける。
そう自分に言い聞かせて、私は兄と共にゆっくりと歩き出した。
「そういえば、邑を襲った賊の事ですが……気付いてますか?兄さん。」
チラリと兄に視線を送ると、兄は小さく頷いて答えてくれた。
「ああ。皆、身体の何処かに例の黄色い布を巻いていたな。おそらく各地で騒がれている奴らだろう。」
やはり兄は気付いていた。
既に賊は引いたとはいえ、まだ安心は出来ない。逃げた奴らがまた襲って来ないとは限らないのだから。
詳しい話をあの劉備という人から聞いておかなければ。
「まさかこの短期間でこれ程までに数が膨れ上がるとは思いませんでしたね……つい最近騒がれだしたばかりだっていうのに。」
「……それだけ今の大陸の情勢が不安定なんだろう。」
「そうですね……いつかはこうなる事を私達は判っていましたし。これから先は、今よりも大変になりますね。」
「ああ……」
幻想的な満月の輝く下で兄と二人歩く。
見上げた先に浮かぶ満月はとても綺麗で、兄はこの月を見て一体何を想っていたのだろうかと考える。
夜空に輝く満月は私を見下ろすだけで何も答えてはくれない。
その事が、私の心にほんの小さな影を落とした。
あとがき
どうも、月影です。
今回書き方を変えてみました。前の方が良かったですかね?
何分素人が勢いと恋姫に掛ける情熱だけで書いているものなので安定していなくて申し訳ないのですが、少しでも読み手の方が読みやすいように書いてみたつもりです。良ければどなたかご意見して下さると助かります。
え〜、せっかく原作キャラが出たのに今回は出番がありませんでした;
区切りが悪かった為に次回に持ち越しにしてしまった事をお許し下さい。
何というか、こういう心の内を表現するのって難しいですね。ちゃんと伝わらないんじゃないかと不安でビクビクしてます。
まぁ迷っていても仕方ないので投稿しましたが。こういうのは考えているよりも実際に反応を見た方が勉強になりますし。
とりあえず次の話は桃香達に視点が移ります。
この時点で合流している他の仲間も登場していきますが、過度な期待はなさらぬようお願い申し上げます。
何度書き直してもキャラ崩壊しているような気がしてしまって……;
とにかく、少しでも楽しんで頂けるように頑張ります。
説明 | ||
揺れる二人の心。 共に新たな決意を胸に秘め、更なる葛藤に苛まれる。 自身の心にさえ、二人は気付かない。 神威は守りたいが故に。 風花は幼いが故に。 それが何を意味するか、二人はまだ気付けない。 真実は、遥か遠い彼方の果てに…… |
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コメント | ||
二朗刀様、期待はしないようにと言ったのに酷い……w いえ、充分参考になります。何も言われないと戻すべきかどうかも判りませんし(^_^;)(月影) 白雷様、応援の御言葉、ありがとうございます!初めての小説で至らぬ事も多いと思いますが、少しずつでも精進して頑張ります!(月影) 前のも読みやすかったですが、今回みたいのもまた読みやすいです。あんまり参考になりませんねw次回期待です。(二郎刀) 同じ恋姫の小説を書く者同士、がんばっていきましょう!(^^)! (白雷) |
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