彼らはポーのように <ゆめしな> |
近頃は電話という便利な道具がある。
それは声を乗せ届けるだけの小さな箱だけれど、
まるいダイアルがじりじりと動いた後の数秒、
待っているのは相手の声それだけなのである。
年若い音楽大学生の夢科。
彼はピアノ科の学生で指が長い。
僕らは時々彼の所を訪れて、
僕らは時々彼に電話をかけて、
耳に触れるピアノの音を欲した。
「・・・君ら、今、どこ?」
「夢科のすぐ近くだよ」
「じゃあ、おいで」
公衆の黒い電話を持って、
僕らは顔を見合わせる。
呼吸の混ざった彼の声。
「夢科、ピアノを弾いておくれよ」
僕らはゆっくりと道を歩き、
いつもの通りにアパートへ行く。
鍵は郵便受けの中。
郵便受けのダイアルは2・1・2。
安くて軽いドアを開けると、そこは夢科の家だ。
ちっぽけなピアノが一つと、そこら中に散らかした譜面。
シーツの上に散らばった赤と、白い夢科の腕。
「ピアノを弾いてあげるよ」
「僕らに似合いのを弾いておくれよ」
夢科をピアノの椅子に座らせる。
夢科の腕を持って傍に立つ。
長い指が鍵盤を押さえて、
静かなワルツを奏で出す。
彼はずっと教会の大きなピアノを弾きたがっていた。
僕らは彼を連れて行った。
鍵盤の上に細い手首を乗せる。
長い指を開いて鍵盤を押さえさせる。
滴り落ちる赤が床に円を描く。
僕らが手を離しても、
不思議と、その手首はピアノに乗ったままだった。
今もずっと、
ワルツが聞こえてくる。
僕らはその曲にじっと、耳を澄ませるのだ。
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