勇希前進アルヴァシオン 第1話「誕生!勇気と希望の勇者」
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 今から十年前の事である。世界は破滅の危機に陥っていた。

「がはあっ!?」

 太平洋上に浮かぶ名も無い島の頂で、月明かりに照らされた機械の巨人が後方に吹き飛び倒れる。

「くっ。大丈夫か、フォロアード」

「私は問題ない。((旭|あきら))も無事か」

 フォロアードと呼ばれた機械の巨人は立ち上がりながら、自分の内部にいる旭と呼んだ少年の身を案じる。しかし、旭にとってはフォロアードの方が直接戦っている分ダメージが大きいことを危惧していた。

 フォロアードの全身は破損して傷口からコードや機関が露出し、胸部を飾る雄々しいはずの獅子の頭もあちこちが欠損して痛々しい。背部の全身を覆い隠せそうなほど巨大な翼も先端が折れ、所々が裂けている。

「破壊……破壊ダ……!」

 その時、二人の眼前で揺らめいている影が地も揺るがすような重低音を発した。影はフォロアードの倍はあろうかというほど巨大で、二人から月の光を奪っている。

「グランガス……!」

 フォロアードがその影の名をつぶやく。それが聞こえたのか、グランガスと呼ばれた影は言葉にもなっていない唸り声を上げた。

「もう、私達しか残っていない。私達が倒れたら、この星は――」

 旭はフォロアードの言葉に思わず息を飲んだ。

 

 二人が今この状況に立っているのは、目の前にいるグランガスが地球に突如として現れたのに事を発する。

 破壊衝動の塊と言うべきグランガスは己の本能のままに街を壊し、アリを踏み潰すように人々や動植物を屠っていき、海や川や湖を劇物へと変えていった。己の武器である牙や爪、毒針等が通用しないと悟った動物や魚や虫達は為す術もなく命を散らしていき、兵器を持っていた人間達の軍隊も銃器やミサイルの類いでは止められないと理解してかつてない絶望を味わった。決して傷つけられないのではないが、しかしグランガスにとってはかすり傷にも満たないほど微細すぎるのだ。

 そんな人々の前に現れた希望。それがフォロアードという名の機械の巨人だった。

 彼はこの星の免疫ともいうべき存在であり、星を傷つけるグランガスに反応して現れた。フォロアードは偶然に誕生の瞬間を目撃した少年、((鹿野川旭|かのがわあきら))を、鳥の刷り込みのようにパートナーとして慕い共に戦ってきた。時にフォロアードが旭を助け、時に旭がフォロアードの精神的な支えとなり、フォロアードと同様に生まれた仲間達と共に人々をグランガスの手から守ってきた。

 しかしグランガスはそれでもなお圧倒的であった。フォロアード達は辛うじて命が散っていくのを防ぐ事が出来ても、グランガスによる破壊は防げずにいた。戦いの最中で仲間達は次々と倒れていき、残るはフォロアードと旭だけとなった。

 彼らも全力を以てグランガスに立ち向かったが仲間がいても太刀打ち出来なかった相手に敵うはずもなく、ただ傷を増やすばかりであった。

 

「っ……!」

 自分達の力では倒せない。その事を自覚して旭は震えた。これまでに何度もグランガスと戦い、何度も恐怖を味わってきた。それでもその度に乗り越えてきたが、今度ばかりは同じ様に乗り越えられるとは思えない。

「……旭」

 その時、フォロアードが突然旭の名を呼んだ。

「え――」

 旭がそれに反応しようと口を開きかけた瞬間、旭の身体が揺さぶられた。

「なっ、フ、フォロアード!?」

 旭は自分に何が起こったのかすぐに理解した。フォロアードの翼が自分を乗せた状態で分離して飛んでいる。フォロアードの翼は元々鳳凰を模したマシンが変形合体したものであり、このように分離が出来る。フォロアードの翼がフォロアードとグランガスから音速を超えて離れていき、あっという間に姿を視認しづらくさせた。

「何故だフォロアード! 俺も最後までお前と戦いたいのに!!」

 必死の叫びも届いていないだろう。それを分かっていながらも旭は叫ばずにはいられなかった。今まで行動を共にしてきたパートナーの気持ちが、今の旭には想像出来なかった。

 

「すまない、旭。だがここから先の事に君を巻き込むわけにはいかない」

 フォロアードは旭に対する謝罪の言葉を口にしながら、自身の身体に力を込め始めた。するとフォロアードの身体が少しずつ黄金に輝き、今は夜であるにもかかわらず昼のように辺りを明るく照らしだした。

「グランガス! 貴様を倒せないなら――」

 グランガスに向かって駆けだしたフォロアードはそのままグランガスの内部に突入する。グランガスは霧や煙のような状態であるため内部に入ることは用意だが、その中は毒ガスのようであり筆舌しがたい苦しみが襲いかかってくる。

「ぐ、ううっ!」

 フォロアードでもそれは例外でなく、これまでのダメージの積み重ねを上回る苦しみがフォロアードをさいなむ。それでもフォロアードは仁王立ちで真上を見上げ、両腕を暗黒の天に向けて突き上げた。

「この身を賭して……この星に封印する!」

 次の瞬間、フォロアードの全身からまばゆいばかりの光があふれた。光は内部からグランガスを飲み込んでいく。

「オオオオオッ!?」

 グランガスが悲鳴の様な音を発する。それは今まで他者を苦しめてきたグランガスから初めて聞いたうめきだった。

「――――――ッ!!」

 グランガスのうめき声にフォロアードの言葉がかき消される。その間にもフォロアードから発せられた光がグランガスを包み込んでいく。

(これは一時しのぎにしか過ぎない。だから――)

 その最中、フォロアードはわずかな光の塊を放出して後方上空に向けて飛ばした。

(頼む、次代の戦士よ。君の手で未来を切り拓いてくれ)

 フォロアードはまだ見ぬ戦士に願いを託し、グランガスと共に光の中に消えていった。

 

 

 そして現在。地球の人々の平穏な時は再び崩されていた。

 

「まったく、大人しくしてくれないものかな奴さんは」

 金髪碧眼の男性が人型の巨大なロボットのコクピットで軽口を叩く。

『あの、タイプRの特性はご存じですよね、エクトルさん』

「わかってるよ((赤司|あかし))ちゃん。この『フュテュール』共々、あの『壊獣』に何度も何度も悔しい思いさせられたっちゅーの、なんてね」

 エクトルと呼ばれた男はヘッドギアのスピーカーから聞こえてくる女性に対しておどけてみせた。その口元は笑っているが、眉間にはしわが寄って険しい目つきになっている。

 大小様々なビルが建ち並ぶ街の中、互いに二百メートルほどの距離を取ってエクトルの乗る『フュテュール』と呼ばれた巨大ロボットと『壊獣』と呼ばれた巨大な機械の獣が対峙していた。周囲の建物は損壊して炎と煙を吐き出しており、一部は全壊してがれきの山と化している。更には四メートルから五メートルはあろうかという巨大なナイフが道路やビルに突き刺さっており、三十センチはあろうかという弾痕が痛々しく抉っている。

「仕方ない、『ブリューナク』を使う」

『了解しました。『ルート』を寄せます』

 赤司と呼ばれた女性の返答と共に、ビルの影から『ルート』と呼ばれた、コンテナを引いたトレーラーが現れた。フュテュールはすかさずコンテナに右手を上から突っ込み、中から巨大ロボットのサイズにスケールアップしたガトリング砲を取りだして機械の獣に向かって銃口を向けた。

「蜂の巣になってくれ、よっ!」

 エクトルは右手で握っている操縦桿を二十センチほど後方に引きながら人差し指をかけているスイッチを押した。その動きと同時にフュテュールがガトリング砲の引き金を引く。

 毎秒八十発、秒速七百五十メートルの速度で無数の弾丸が壊獣に襲いかかる。壊獣は動じる暇もなく銃弾のラッシュをその身に受け、火花を散らした。

「弾全部使うが、構わないな? 構わないね、oui!」

『ひ、一人で勝手に決めないでください!』

 エクトルが軽口を叩いて赤司を困らせている間にも、ガトリング砲が唸りながら銃弾を吐き出す。壊獣の身体に弾かれた銃弾が周囲の建物に突き刺さり塵を巻き上げていた。

 

 三十秒ほど経過し、ガトリング砲が空回りして終了の合図を出した。

「……化け物はやはり化け物か」

 エクトルは口角を上げて眉間を狭める。眼前のモニタに映っているのは、先程よりも被害が拡大した街と、左前足が欠損し無数のかすり傷を付けた壊獣の姿だった。

「早速対策付けてきたな、奴さん。我ら『カレッジ』に次善策はあったかい?」

『……申し訳ありません』

 回答としては正しいとは言えないが、エクトルにとっては赤司のその謝罪だけで十分だった。

「こういう時にこの国、『((大和|やまと))』では何て言うんだったかな。バンジーヤカン?」

『万事休す……です』

 そうだそうだ、とエクトルが返そうとした瞬間に激しい衝撃がフュテュールを襲った。壊獣が飛びかかったのだ。

「ゴフッ!?」

 エクトルはその衝撃で肺の中に溜まっていた空気の大半を吐き出してしまった。

 このフュテュールは回避するといった素早い動きは出来ない。人間のおよそ十五倍の大きさ、それも比重が人間よりも遥かに重い合金で組み上げられた機体は鈍重な動作をさせるので精一杯である。

「ガハッ! ハッ、ハァッ……!」

 むせながらエクトルは必死で呼吸を整えようとする。その間に壊獣はフュテュールを踏み台にして跳躍し、その場から離れていった。

『タイプR、フュテュールから離れていきます!』

「ぐっ、こっちは、もう追いつかない……!」

『わかりました、支援要請を出します』

「頼んだ……」

 ようやく呼吸が落ち着き、エクトルはゆっくりとフュテュールを立ち上がらせた。壊獣の突撃を受けながらもフュテュールは胸部の装甲が凹んだ程度のダメージで済んでいた。しかし、エクトルや彼の仲間にとってフュテュールのダメージが少ない事は大した問題ではなかった。重要なのは壊獣を逃してしまった事だ。

「はあっ……! まったく――」

 エクトルは身体をシートに預け、大きくため息をついた。その表情は先程までとは打って変わって苦虫を噛み潰したようである。

「これで何回目だ」

 そのエクトルの問いに誰も答えず、フュテュールから発せられるモーターの駆動音とレーダーの電子音だけがコクピットに響いた。

 

 フォロアードがグランガスを封印してから、人々は久しぶりの平和を謳歌した。だが三年が経過した後、平和の時は終焉を迎えた。突如として巨大な機械の獣『壊獣』が現れたのだ。壊獣は散発的に世界各地に現れ、街や自然を蹂躙していった。

 あらゆる軍隊が壊獣に立ち向かったが、壊獣は自身のパワーと特異な能力で軍隊を壊滅させていった。戦車は踏み潰され、戦闘機やミサイルは内蔵していた大砲等の射撃武器で撃ち落とされた。更に壊獣はそれらの兵器を破壊すると同時に変質させ、新たな壊獣にしていった。この能力によりあらゆる兵器や機械は実質的に無力化され、人々は壊獣の襲撃から逃れるしか生き延びる手段はなかった。

 

「――通常の兵器は通用しないが、何故か壊獣は人の姿を模した機械はそのまま破壊しようとした」

 フュテュールを歩かせながらエクトルはつぶやいた。

 エクトルの言葉通り、壊獣は人型の機械を壊獣に変質させる事はこれまでの戦いで一度も行っていない。ニューフロンティア連邦にて機械仕掛けのアニメキャラクターのモニュメントが壊獣にされずにそのまま破壊されたという出来事があった。

 ニューフロンティア軍は一縷の望みをかけて人型の固定砲台を急造し、壊獣に立ち向かうも敵わなかった。

「だから俺達は人型兵器に最後の望みを乗せてるんだけどな」

 そこに現れたのは、民間軍事会社『ランスピアーズ』が開発した人型兵器だった。それは歩行や武器の携行が可能であり、壊獣に対して人々に希望を持たせられるほどに健闘していた。だがそれでも壊獣を倒すまでに至らず惨敗し続けている。

 エクトルの操縦するフュテュールはランスピアーズの人型兵器の正式稼働二号機である。

一号機から改良を加えられており何度か壊獣を撃破した事はあるが、それでも先程の戦いの様な敗北の方が圧倒的に多かった。

「……"FUTUR"、『未来』が文字通り俺の手にかかっている。だけどな――」

 そこから先の言葉が続かなかった。

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 数週間後、暖かさが少しずつ近づいてきた三月の半ば。

「はあっ!」

 ここは御堂流と呼ばれる格闘術の道場である。その中から格闘術を習う少女の威勢のいい声が聞こえてくる。

「やあっ! はっ、たああっ!」

 小学校高学年ほどの年齢であろう少女は肘打ち、裏拳、ローキックと、次々に型を繰り出していく。その一つ一つの動作は勇ましく、格闘経験の無い者なら気圧されるであろう迫力が出ていた。

 その様子を老若男女入り交じった数十人の門下生と、その門下生から少女を挟んで向かい側に仁王立ちしている中年の男性が見守っている。

「――そこまで!」

「はい!」

 男性の制止の声を耳にして少女は返事と友にその動きを止め、両手を腰の位置まで引いて男性と向き合った。

「((進道|しんどう))、型の披露とはいえ打撃の瞬間に一瞬止まる癖がまだ残っている。注意しろ」

「はい、師範代!」

 進道と呼ばれた少女は師範代と呼んだ男性の言葉に元気よく応えた。

「よし! 今日はここまでだ」

「ありがとうございました!」

 門下生全員が事前に示し合わせたように声を揃えて挨拶する。

 その直後、先程の少女がすぐに更衣室へと書けだしていった。

「((優希|ゆき))ちゃん、そんなに急いでどうしたの?」

 門下生の一人である青年が優希と呼んだ先程の少女に大声で問いかける。

「今日、これから父さんや母さん、大希(たいき)と外食なの!」

 優希は急ブレーキして止まり、その場で走る動作をしながら答えた。

「それじゃね!」

 そして再び走り出す。

「あんなに嬉しそうにして、よほど楽しみだったんだろうな」

 青年は走り去っていった優希の後ろ姿を見て微笑んだ。

 

 静寂に包まれた図書館。聞こえてくるのは本をめくる音と、鉛筆を走らせている音くらいである。

「………………」

 この眼鏡をかけた少年、((進道大希|しんどうたいき))も他の利用者と同様にフロアの中央に置かれている椅子に座って厚めの小説を読んでいた。

「……ん、今何時だろう」

 大希はふと何かを思い出して壁に掛けてある時計に視線を移した。時計は午前十一時を少し回ったところを指している。

「もうそんな時間か。そろそろ帰ろう」

 大希は読みかけの小説を閉じて立ち上がり、カウンターに向かっていった。

 

「あっ、大希」

「優希、ちょうど帰り?」

 大希が図書館を出た所で走ってきた優希と顔を合わせた。

「そう。大希も早く行くわよ!」

 そう言いながら優希は大希の手を取り、再び走り出した

「ちょ、ちょっと、そんなに急がなくても大丈夫――」

 大希は優希に引っ張られて足がもつれそうになり、言葉が途中で切れてしまった。

 

 

 多くの人々と車が行き交う街中を、大希と優希、そして運転している父親と助手席に座る母親が乗る車が走っていた。

 四人が乗った車はやがてデパートに併設されている平面駐車場に入って止まる。

 その車から優希は駆け下り、人混みを元気よく器用に走り抜けていく小学生の少女がいた。

「優希、そんなに急がなくても予約してるから大丈夫だよ」

「だって久しぶりにみんなで外食なんだから!」

 優希は元気いっぱいに勢いよく振り返り、声をかけた自分の父親に大して彼女自身の言葉通りに嬉しそうな笑顔を見せる。

「優希だから仕方ないよ、父さん」

 その様子を大希があきれた目で見ていた。

「でも嬉しい気持ちは分かるわ、お母さん。お父さんがずっと忙しくて外出する暇もなかったのだから」

「そうだね。僕も楽しみだったよ、母さん」

 大希が母親に微笑みかける。

「何だったら大希も優希と一緒にはしゃいでいいんだぞ。何たって今日は二人の十歳の誕生日だからな」

「さすがにそれは恥ずかしいよ」

 大希と呼ばれた少年は父親の言葉に苦笑いを浮かべた。

「父さんも母さんも大希も!早く――あっ」

「おっと」

 優希が家族を呼びながら後ろ向きに歩いていると、後方から歩いてきた男性にぶつかってしまった。

「大丈夫かな、お嬢ちゃん」

「ごめんなさ――えっ」

 優希は謝ろうとして男性に目を向けた瞬間、戸惑いの表情を見せた。その男性が大和人ではあり得ない金髪碧眼の持ち主だったからだ。

「すみません、お怪我はありませんでしたか。娘がご迷惑をおかけしました」

「とんでもない。お嬢さんの年頃ならこのくらい元気があった方がいいですよ」

 優希が戸惑っている所に優希の父親が駆け寄り、男性に向かって頭を下げた。男性はそれを気にも留めず笑顔を返すが、優希はそんな彼を不思議そうな表情で見つめていた。

「ん、どうかしたかい?」

「大和語、しゃべれるんだ」

 優希の素朴な言葉が意外だったのか、男性は目を丸くした後に声を出して笑った。

「ハハハ、お兄さんは学生の時に大和に留学していたからね。その後も大和語を勉強してたんだ」

「さあ、そろそろ行こうか、優希。本当にすみませんでした」

「気にしないでください。じゃあね、お嬢ちゃん」

「さよなら、オジサン」

「オジ……!?」

 優希が笑顔と共に手を振って発した言葉に、男性は笑顔が固まった。

 

 優希達が下りた駐車場から遠くない駅前の広場には、立方体や三角錐で造られた石像がある。この石像が何を模しているのか、何を表現しているのかは制作者以外誰も理解していなかったが、待ち合わせの目印として活用されている。

 その石像の前に全ての光を吸い込むブラックホールの様に真っ黒なロングコートを着た長身の男性が立っていた。男性は石像をじっと見つめ、眉間にしわを寄せている。

「Warum meine Statue ist in einem Ort wie diesem platziert?」

 男性はこの石像に対して思う所があるのか、大和語ではない言葉を憎々しげに吐いた。

「Ich muss zerstoren」

 その表情のまま男性は胸元から着ているロングコートと同様に黒い卵の様な楕円型の物体と、手のひらにのせられる大きさの基板を取り出した。

「Geboren」

 そして一言つぶやくと同時に卵を基板に押しつける。すると卵が吸い込まれる様に基板の中に入り込んでいった。卵が入った基板は数秒ほど経ってから震えだし、やがてその形を変形させてわらじ虫の様な姿になった。

「Gehen」

 基板の虫は男性の手から飛び降り、誰にも気づかれる事なく人混みの中を素早くすり抜けていきながら駅に入っていく。人に踏まれない様に迂回しながらも進んでいくその先には自動改札機があった。

 虫は自動改札機の五十センチメートルほど手前で跳躍して側面に張り付き、その状態から無数のコードを身体から伸ばて改札機に突き刺した。

「ん?」

 虫の張り付いた改札機を通ろうとした人が、パネルにICカードをかざしてもフラップドアが開かないのに気づいて足を止める。

 次の瞬間、設置されていた全ての改札機が震えだした。

「な、何だ!?」

 改札機が大きな音を立てて形を変えながら合体していく。やがて改札機はその姿を巨大な機械の獣に変え、天井を突き破った。

「う、うわあああっ!!」

 突然の出来事と機械の獣の威圧感に、駅の中や周囲にいた人々がパニックに陥って一斉に逃げ出す。

 その様子をロングコートの男性は険しい表情のまま見つめており、二言つぶやいた。

「……壊獣。Brechen」

 男性の言葉が聞こえたのか、機械の獣、壊獣は思い切り吼えて自らの身体で壊していく。

 

 突如現れた壊獣に街中が混乱し、人々が壊獣のいる方角とは逆の方へと逃げる。その中で先程優希がぶつかった外国人の男性が険しい表情で壊獣を睨んでいた。

「くっ、出たか!」

 男性は右後ろのポケットから前面がディスプレイになっている小型の情報端末を取り出し、画面に映し出された『Urgence』と書かれたボタンをタッチした。

『こちら、ランスピアーズ緊急応答センターです』

 端末から機械で合成されたと思われるつたない日本語が聞こえてくる。

 男性は世界共通語で端末に向かって記号の様な言葉を発した。

「Operation-Code AA, Registration-Number CRG-01-01, Name "Hector Chretien"!」

『――受け付けました。チーム『カレッジ』に接続します』

『カレッジです。そちらから緊急コールという事は、現場近くにいますか?』

 合成音声が切れたかと思った直後、流暢な大和語が女性の声で聞こえてきた。

「ああ、その通りだ。すぐにこっちに来てくれ」

『既に向かっています』

「うちの会社、フットワークが非常に軽いのが良い所だよね」

 エクトルと呼ばれた男性は表情を変えずに壊獣を睨みながら軽口を叩いた。

 

「ああもう! なんでこんな時に限って出てくるの!? しかもこんな近くに!」

 優希は父親が運転する車の後部座席で頬を膨らませて怒っていた。

 壊獣の出現を優希達はレストランの中で知り、慌てて行きの時に乗ってきた自家用車で逃げようとしていた。しかし道路にまで逃げる人々が出てきており、スピードを出せずにいる。

「これだったら、走って逃げた方が早いんじゃない?」

 大希は冷静な口調で提案するが、その表情は険しく手もわずかに震えていた。

「やっぱり、そうするしかないか」

 父親は大希の言葉を聞いてため息をつき、車を停止させる。それと共に大希達は一斉に外に飛び出した。

 だが次の瞬間、地響きと轟音と共にビルの影から壊獣が顔を出し、大希達の方を覗き込んできた。

「っ!?」

 姿を覗かせた恐怖に大希達は周囲の人々と共に立ちすくんでしまう。

 壊獣はその様相を見たからなのかわずかばかりに身を引いた。誰もが壊獣の行動は怖じ気づいた様には見えず、次の瞬間には飛びかかってくるのだろうと予測していた。

 しかし、その予測は裏切られる事となる。

「やらせん!」

 突然別のビル群の間から機械の巨人が、自身と同じくらいの大きさはあろうかという巨大な剣を引きずりながら現れた。

「人々の未来、フュテュール参上! なんてね!」

 エクトルの操縦するフュテュールである。

「あれは、ふ、ふ……」

「フュテュール!」

「あー、もう! 何で先に言っちゃうの!」

 優希が上手く発音出来ずに噛んでいる横から、大希が正しい名前を叫んだ。フュテュールは名前を呼ばれて反応したかの様に頭部をわずかばかり大希達の方に向ける。

 

「おっと、さっきの家族がまだこんな所にいたか」

 モニタに映し出された大希達の姿を確認し、エクトルは操縦桿を握り直した。

「腕部を強化改造してもらったんだ、奴を叩き斬るまで今度こそ持ちこたえてくれよ!」

 フュテュールに言い聞かせる様に、エクトルが叫びながら左右両方の操縦桿を操作する。フュテュールはそれを受けて大剣の柄を両手で握った。更にフュテュールは右足を半歩前に踏み出してふくらはぎに位置する部分から地面に向けてアンカーを射出し、右脚を地面に固定する。

「どっせい!」

 その体勢からフュテュールは大剣を縦に振るい、壊獣に向けて振り下ろした。

 しかし、その大振りな攻撃を黙って受けるはずもなく壊獣は身体を少し左に動かして回避する。目標を失った剣はそのまま地面に突撃し、先端を埋めた。

「なんの、まだまだ!」

 エクトルの操作ですかさずフュテュールは左肩のハードポイントに装着していた拳銃を右手で取り外し、壊獣に向かって構えると同時に連続して引き金を引いた。拳銃から数発の弾丸が放たれ、壊獣の身体を穿つ。

「ぐっ!」

 だが壊獣はフュテュールの銃撃に臆する事なくフュテュールに突進してきた。鈍重なフュテュールがそれを回避する手段は無く、壊獣の突撃を受け止めてしまう。

 右脚を尽きだしてアンカーを打ち込んでいたために倒れる事はなかったが、右脚の付け根から悲鳴が上がる。

「離れろ……よっ!」

 フュテュールは拳銃を左肩に戻し、腰の後ろに装着していたナイフを掴んで壊獣に突き立てようとする。それを察知したのか壊獣は後方に飛び退いた。

 更に壊獣は大きく口を開いてそこから名刺の様な物体を幾つも勢いよく射出した。

「ぐううっ!?」

 その物体はフュテュールに突き刺さった瞬間に爆発し、フュテュールの装甲を破壊していく。次から次へと襲ってくる爆発の衝撃にエクトルの身体が揺さぶられる。エクトルはその中でモニタに一瞬だけ映る物体の正体を確認した。

 それは切符だった。正確には切符の形をした巨大な爆弾だ。

「何で、だよ……っ!」

 思わずそんな言葉が口から漏れる。

 その間にも切符爆弾がフュテュールの機体を削り、機体に当たらなかった爆弾は周囲のビルを破壊する。

「きゃああっ!」

「っ、しまった!?」

 崩壊したビルの破片が飛び散り、逃げている人々の進路を塞いだ。

 

「あ、危なかった……!」

 優希は地面に倒れながら目の前に落ちてきた瓦礫を見つめていた。

 数秒前に頭上で爆発が起こり、優希はとっさに身体をひねって後方に跳んだ事で辛うじて回避できた。わずかにでも反応が遅れていたら間違いなく瓦礫に潰されていただろう。

「優希、大丈夫か!?」

「う、うん」

 父親が慌てて駆け寄ってきたので優希はすぐに立ち上がって大怪我がないことを見せた。

「だけど、これじゃあ先に進めないわ」

 道を塞いでしまった瓦礫に目を向けて母親がため息をつく。

「大丈夫。きっと大丈夫だよ、母さん。まだ逃げ道はあるはず」

 そんな母の手を握りながら励ます大希。

「そうよ。あんな化け物に負けてられないんだから!」

 壊獣に向かって物怖じせず拳を突き出す仕草をする優希。

 この双子はまだ諦めていなかった。まだ壊獣の威圧に気圧されていなかった。十歳になったばかりで精神的に未発達故の無謀なのか、それともこれらの感情が本物なのか。

 答えは二人の中にある『光』が知っていた。

「!?」

 突然、二人の胸元が光りだした。何が起きたのか本人達も含めその場にいた全員がわからずにその場に固まる。

『勇気――』

「な、何?」

『希望――』

「声が聞こえる? どこから?」

 二人は辺りを見回して誰が発した声なのか確認しようとするが、声の大きさや方向が不明瞭で誰と確信が持てない。

『二人の心により今、私は生まれた』

「まさか、この光が?」

 大希と優希が顔を見合わせる。耳を澄ませてもはっきりと聞こえては来ないが、二人はそれを確信した。

「っ!?」

 その時、再び近くのビルが爆発した。流れ弾が再び飛んできてビルを崩したのだ。

「うわあぁぁっ!?」

 大小様々な破片が飛び散り、その中でも特に大きな瓦礫が優希達に向かって落ちてくる。

『おおおっ!』

 突然光は二人の中から飛び出して一つの光の塊となり、優希達が乗っていた車へ真っ直ぐ飛んでいく。光がそのまま車の中へと埋まる様に入り込むと、今度は車全体が輝き始めた。

 同時にその車は優希達の方へ向かって猛スピードで走ると同時にジャンプする。

「チェンジ!」

 そして突然聞こえてきた掛け声と共に車は変形し、一瞬にして機械の巨人となった。

「はあっ!」

 ロボットは車の姿だった時の勢いに乗ったまま、瓦礫に向かって思い切り拳を突き出す。瓦礫はロボットの打撃を受けて粉砕され、四方八方に飛び散った。全ての欠片はその場にいた人々に当たる事なく地面に散らばる。

 そしてロボットは片腕を一度地面に付けて再び跳び上がり、空中で縦に半回転して着地した。

「な、何が起こったの?」

 その様子を見ていた優希は唖然としながらロボットを見つめていた。大きさはフュテュールと比べると半分にも満たないほどの大きさだが、それでも人間と比較すると遥かに大きいのが遠目で見ていてもわかる。

「うちの車、だよな。それがロボットになった?」

「あら、まあ」

 父親はやや裏返った声を出してしまい、母親が逆に呑気な声を出した。

「………………」

「……ねえ、大希。あのロボット、私達を見てる?」

「うん、そうかもしれない」

 優希と大希の二人はロボットの視線が自分達に向いているのに気づいた。自分達の中から飛び出た光が車に乗り移ってロボットとなったという事実から考えると、自分達に何かしらの興味があるのは当然と言えるだろう。

「………………」

 その時、ロボットがゆっくりと二人の元へと近づいてきた。とっさに両親が二人をかばう様に二人とロボットの間に入ってきて二人を抱き締める。優希と大希はそれに対して両親の服を握った。

 ロボットはその姿を見たからか足を止め、ゆっくりとしゃがみ込んで可能な限り目線の高さを二人に近づけようとする。片膝立ちになった所でロボットは口を開いた。

「……協力してくれ」

「えっ?」

 ロボットの言葉にきょとんとする優希。

「私は、『勇者』だ。さっき君達に話しかけたように、私は君達の『勇気』と『希望』から生まれた」

「勇者?」

「何それ、どういう事?」

 優希がロボットに尋ねる。

「説明は後でしよう。だが今はあの地球を破壊する奴を倒すのが先だ」

 そう言いながらロボットは壊獣の方に目を向けた。壊獣はこちらで起きたことに気づいていないのか、まだフュテュールに切符型爆弾をぶつけていた。

「出来るの、あのロボットよりも小さいのに」

「ああ。だがそのためには君達の力が必要なんだ。頼む、協力してくれ」

 必死な言葉と共にロボットは二人に対して手を差し伸べた。

「大希、優希」

 両親が二人をより強く抱き締める。よくわからない相手に対して警戒しているのだろう。

「……父さん、母さん」

「大丈夫だよ、きっと」

 そんな両親の気持ちを感じた二人は心配させまいと声をかけて自分達を抱く腕に手を乗せた。その表情は何かに怯えるでも戸惑いがあるでもなく、どこか自信に満ちていた。

 二人は両親の腕をほどき、ロボットが差し出した手の前に立つ。

「私達から出てきたんだから、悪い奴じゃないよね!」

 優希はそう言いながら笑みを浮かべてロボットを指さした。その姿は勇ましさに満ちている。

「僕もそう思うし、まだあきらめたくないから」

 大希がロボットを見上げて宣言する様に語りかけた。

「二人とも、ありがとう」

 二人の姿にロボットは嬉しそうに柔らかな笑顔を見せた。二人もそれにつられてか笑顔になる。

「それで、私達はどうすればいいの?」

「私と共に戦う」

「えっ?」

 ロボットの言葉に虚を突かれた次の瞬間、ロボットの胸部のエンブレムから光が二人に向かって放たれた。光に包まれた二人は身体が浮き上がり、ロボットに吸い込まれる。

「な、何?」

「ちょ、ちょっとどういう――」

 優希が聞き返そうとしたがその言葉は優希が大希と共にロボットの中に取り込まれたことで遮られてしまった。

「優希! 大希!」

「心配いらない、二人は無事だ」

 二人の両親が驚いて近づこうとするのを言葉で制止する。

「本当に、大丈夫なのか?」

「ああ。約束する、奴を倒したら二人と共に戻ってくると」

「……お願いします」

 母親はロボットの言葉を信じたのか、ただ一言口にして頭を下げた。ロボットは黙って頷き、壊獣の方に向き直す。

 

「……ここは?」

 優希は真っ暗な空間の中で自分がスポットライトみたいな光に照らされていた。

「どこなんだろう」

 左隣には同じ様に照らされている大希の姿がある。二人は辺りを見回すが周囲には何も無く、ただ黒が一面に広がっている。

『私の中だ』

 その時、どこからともなくあのロボットの声が聞こえてきた。驚いた二人は先程よりも慌ただしく見回すが、やはり周りには何も無い。

「中? こんな何も無さそうな所が?」

『私の中はある種の異次元になっている。そこにいれば私がいくらダメージを受けようとも君達に影響は無い』

「そうなんだ」

 優希が感心すると同時に、突如目の前が切り抜かれた様に壊獣とフュテュールの姿が映し出された。先程から変わって壊獣の攻撃は止んでいるものの、フュテュールは全身のあちこちが破損し、右腕は爆発によってちぎれ落ちていた。

「フュテュール!」

 フュテュールがわずかに身体を動かして構えを取ろうとする。まだパイロットも機体も動ける様だが、満身創痍と言ってもいいほどに酷くダメージを受けていた。

「ボロボロだ……」

「あなた! フュテュールを助けてあげて!」

『ああ!』

 優希の指示を聞いてロボットが力強く返事した。

 

 エクトルは口の中に溜まっていた自分の血を、袖を咥えて吐き出した。赤く染まる様を見てエクトルは眉間にしわを寄せる。

「まったく、口の中切ったじゃないか」

 軽口を叩いてみせるものの、エクトルの表情に余裕は無い。これまでに何度も壊獣と戦い、何度も同じ経験をしているが故に、現在の状況が自分にとっても人々にとっても最悪の状況だとエクトルは理解していた。

『も、もうこれ以上機体が保ちません! 撤退してください!』

「馬鹿言ってんじゃないよ。ここで逃げたら命があっても生きた心地になりはしない」

 赤司が必死に制止の言葉をかけるが、エクトルはその言葉に従おうとせずフュテュールを動かそうとする。しかしフュテュールは動きこそすれど蓄積されたダメージによって体勢を立て直すことすら困難になっている。

『例え生き恥を晒す事になっても、エクトルさんは生きて帰らないといけません!』

「涙声になりながら説得してくれるのは嬉しいけど、それは俺みたいな男に使っていいものじゃないよ」

『こんな時にまで――』

「おっと、手が滑った」

 通信機のスイッチをオフにする事でエクトルは赤司の言葉を強制的に遮った。

「ここらが年貢の納め時、ってやつだろう」

 軽くため息をついて操縦桿を握り直す。モニタは変わらずフュテュールに迫ってくる壊獣が映し出されている。

「せめて差し違えて、ドラマチックに散ってやる」

 そう言ってフュテュールに構えさせようとした、その時であった。

「フラッシュボンバー!」

「!?」

 突然、何者かの叫びと友に壊獣に向かって光の弾丸が飛んでいき、壊獣に当たると同時に爆発した。

「大丈夫か!」

 エクトルは声のした方にフュテュールの顔を向けた。モニタに映し出されたのは、フュテュールよりも小さい人型のロボットだった。

「な、何だ、ランスピアーズの新型か!?」

 エクトルは驚きを隠せずに戸惑う。

「ダメージが酷い。ここは私に任せて逃げてくれ!」

「ロボット自身がしゃべってる!? 何だこのオーバーテクノロジーの塊は!」

 ランスピアーズが入手した限りの情報では人型の、それもフュテュール以上の性能を持つ兵器は存在しないとされている。しかしモニタに映っているのは、明らかにフュテュール以上の性能を持つように機敏に動き、人間の様に言葉を話す人型のロボットだ。

 

「何か驚いてる、フュテュールのパイロット?」

「当然だよ。こんなロボットなんて見たことないから」

 ロボットの中でフュテュールの様子を語る。

「そこの所属不明機! 一体何者だ!」

 その時、フュテュールから叫ぶ様な声が聞こえてきた。

「何者って……そういえば、あなた名前は?」

『名前は、無い』

「無い、ってどういう事?」

 大希がロボットに問いかける。

『私は生まれたばかりで名前を持っていない』

「だったら、私が名前を付けてもいい?」

『ああ』

 ロボットの返事を聞いて優希は少し考え込み、一つの名前を口にした。

「……アルク」

『アルク?』

「うん、昔見てたアニメの主人公の名前よ。すっごく強いの」

 そう言いながら優希は拳を突き出して不敵な笑みを浮かべる。

『アルク、か。ありがとう、これからはそれを名乗らせてもらう』

「あのアニメ、そんなに好きだったっけ」

「そうよ、悪い?」

「いや」

 大希は微笑んだ。

「何なの、まったく。とにかく行くわよ、アルク!」

『ああ!』

 優希に促され、アルクと名付けられたロボットは威勢よく応えた。

 

「――アルク。それが私の名前だ!」

「アルク?」

 エクトルがアルクの名前を繰り返した時、壊獣が思い切り吼えた。先程のアルクの攻撃を受けてもまだダメージは軽微だったようである。

「もう一度言う、ここは私に任せて逃げてくれ!」

「そんな事――」

 エクトルが次の言葉を口にする前にアルクが壊獣に向かって走り出した。アルクが右の拳を腰の位置まで引くと、腕の装甲が拳に被さるようにスライドする。

 その間にも壊獣がアルクに向かって飛びかかろうと跳躍した。

「アルナックル!」

 アルクは自分に向かってきた壊獣に対して拳を突き出した。アルクの拳が壊獣の顔面にめり込み、壊獣はその衝撃でのけぞりながら地面に落下する。

「フラッシュブラスター!」

 続けてアルクは胸部のエンブレムから光線を倒れている壊獣に向かって放った。壊獣はとっさに身をひねってそれを回避しながら起き上がる。更に壊獣は大きく口を開けて無数の切符爆弾をアルクに向かって撃ちだした。

「はっ!」

 アルクは右に跳んで切符爆弾を回避した。壊獣はその姿勢のままアルクが跳んだ方へ顔を向けてターゲッティングを修正する。再び跳ぶアルク。標的を失った爆弾は次々と空中で爆発する。

「何だ、あの動きは……!」

 その様子をエクトルは緊迫した表情で見ていた。フュテュールにはとても真似できないアルクの回避行動は、エクトルに衝撃を与えたようだ。

「たあっ!」

 その時、突然アルクは上空に向かって跳躍した。壊獣は先程までと同様にアルクの方を向いて切符爆弾を撃ち出す。

「おおおおっ!!」

 アルクが空中に跳び上がりながら全身に力を込めると身体が輝きだした。しかし、それによって動きが止まったためにアルクは切符爆弾の連撃を受けてしまう。

「ッ!」

 思わずエクトルは息を飲んだ。爆発によって生じた煙幕がアルクの姿を隠し、無事を確認できない。

「はああっ!」

 しかしそれはアルクの叫びが聞こえてきた事で解消された。更に煙の中からアルクが拳を突き出した姿勢で壊獣に向かって飛んでいく。

「スキャニングアイ!」

 その最中にアルクは両目から光線を放ち、壊獣の身体を探るように隅々まで照らした。

「コア確認! 貫く!」

 光線が壊獣の胸部にかかった所で止まり、アルクはそこに狙いを付けて軌道を修正する。

「アル――」

 そしてアルクは巨大な光の弾丸となり、

「ブレイカー!!」

 壊獣をその身で貫いた。

 壊獣から貫通したアルクは地面を削るように滑りながら着地する。

「はっ!」

 アルクが壊獣の方に振り向きながら両拳を腰の位置まで引くと全身の輝きが瞬時に収まる。その数瞬後、壊獣はダメージに耐えきれなくなったように爆発した。

 

「やった! あの化け物をやっつけた!」

 優希が爆発した壊獣の姿を目にして思いきり喜んだ。

「すごい……!」

 大希も優希ほどではないが喜びの表情を抑えきれないでいる。

 壊獣が倒されたのはこれが初めてではないが、アルクのように圧倒しての勝利は初であった。

「アルク、あなた強いじゃない」

『ありがとう。だが、奴はグランガスと比較するととても弱い。だから勝てたのだ』

「グランガス?」

『それについても後で説明しよう』

「何か色々ありそう」

 優希が呑気な感想を漏らした時、フュテュールから再びアルクに問いがかけられた。

「アルク、と言ったか。話がしたい」

『どうする?』

「いいんじゃない、話くらい――」

「いや、良くないと思う」

 大希が優希を制する。

「何で、大希?」

「アルクみたいな人間みたいに意識があってしゃべれるロボットはまだ開発されてない。それに中に小学生の僕達がいるし、驚くどころじゃすまないんじゃないかな」

「……色々調べられちゃう、とか?」

「あり得るね」

 優希と大希の間に沈黙が訪れる。

『それで、どうする?』

 その沈黙を破ってアルクが再び尋ねた。

「……逃げよう」

「そうしましょ。あ、父さんと母さんも乗せてね、アルク!」

『了解!』

 

 エクトルがもう一度アルクに問いかけようとした時、突然アルクは車の姿に変形して走り去っていった。

「あっ、お、おい!」

 止めようとする暇もなく、アルクの姿は見えなくなる。

「……変形するとか、アニメか? 俺は夢でも見ていたのか?」

 エクトルは思わず自分の頬をつねった。

「フュテュール、応答してください!」

 突然、拡声器でフュテュールの名を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。エクトルはフュテュールを声がした方に振り向かせて確認する。

 そこには巨大なトレーラーがいた。

「ルートか。はいはい、聞こえてるよ」

 エクトルはそれがルートだと確認できたところで、先程まで切っていた通信機の電源を入れた。

『何で通信機を切ったんですか! 心配しましたよ!』

「すまない、赤司ちゃん。あと俺のために泣くのは――」

『泣いてませんっ! 怒ってますっ!』

 赤司の涙声によって発生したハウリングの音がエクトルの鼓膜に突き刺さる。

『とにかく、フュテュールが動かせるようなら帰還ポイントまで移動をお願いします。今日は特に色々報告を聞かないといけないと、社長もおっしゃっていました』

「わかってる。エクトル・クレティアン、フュテュール、帰還する」

 そう言いながらエクトルは操縦桿を握り直した。

 

 

 半ば廃墟と化した駅の前に、先程の黒いコートを着た男が立っていた。男は崩壊した駅舎をじっと見つめ、笑みを浮かべている。

「Schon」

 男がつぶやいたと同時に右のポケットから電子音でつづられたメロディが流れる。男は途端に不機嫌そうな表情になり、ポケットから携帯電話を取りだして通話ボタンを押した。

「……何の用ですか」

 先程までとは異なり、男は流暢な大和語で話し出す。

『わかっているだろう、ミュージアム。壊獣が倒された事についてだ』

「いつものロボットに加え、見た事のないロボットが現れた上に壊獣を圧倒した。だから何だというのですか。あの程度の力なら気に留めるほどではありません」

 電話の相手にミュージアムと呼ばれた男は眉間にしわを寄せながら足を鳴らした。

『……あれは、勇者だ』

「勇者?」

『そう、グランガス様を封印した者と同類の、我々ハメツの敵だ』

 ミュージアムは電話の相手の言葉を聞きながら振り向くが、既にフュテュールの姿しか確認できなかった。

「……それでも問題ありません、ケイオス殿。私の『作品』に悪影響は出ない」

『だといいのだがな』

 ケイオスと呼ばれた相手がトーンを変えずに独り言のようにつぶやいた。

 

 

 アルクと壊獣の戦いがあった現場から離れていく乗用車に大希と優希、そして二人の両親が、街に向かっていた時と同じ様に父親の運転で乗っていた。

「何かドキドキした」

「ドキドキって、怖くて?」

「違う。直接じゃないけど、あの化け物をやっつけられたからよ」

「優希……」

 嬉しそうに放す優希の姿を見て大希は少し困ったような表情になるが、すぐに頬を緩める。

「そうだね」

「無茶はしないでくれよ。父さんと母さんは二人が危ない目に遭わないか心配なんだ」

「大丈夫よ、父さん。アルクが守ってくれるから」

 そう言いながら優希は座席を軽く叩いた。

『ああ、私が二人を守りながら戦う。だから安心してくれ』

「それならまずは、あなたの事を教えてもらわないとね、アルクさん」

 母も優希と同じ様に座席を叩く。

「これからが楽しみね、大希」

「それは不謹慎じゃないかな」

 優希は自信たっぷりな笑顔を大希に見せ、大希は再び困惑した表情で優希を見つめた。

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【次回予告】

 

優希よ。あなたに次のお話をちょっとだけ教えてあげる。

 

家に帰って、私達はアルクから色々と話を聞いたの。

アルクやその前に戦っていた勇者の事とか、アルクが戦ったあの化け物の事とか。

それで、アルクが百パーセントの力で戦うには私と大希の協力が必要なんだって。

こんなワクワクする事、もちろん協力する……えっ、大希?

何でそこでためらってるのよ?

 

次回、勇希前進アルヴァシオン『二人の決意』

 

明日に向かって進みましょう!

 

説明
アニメ『勇者シリーズ』を意識したオリジナルロボットストーリー。
化け物に蹂躙されながらも今を懸命に生きる人々のため、双子の小学生の『心』によって一人の勇者が誕生する!
PDF版:https://dl.dropbox.com/u/3075447/brave_gx/story/01.pdf
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コメント
ものすごく勇者シリーズ愛が伝わってきました。キャラのセリフや用語も勇者っぽさが光っていて良かったです。(okura)
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