真・恋姫†無双 真公孫伝 〜雲と蓮と御遣いと〜 1−35
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洛陽内。

宿場、二階の一室に公孫賛軍の面々が集まっていた。

 

そこまで広くはない部屋に六人という人数。正直、結構狭い。

しかし、現状に文句を言う人間は一人もおらず、全員の視線は部屋に一つしかない寝台に向けられていた。

 

厳密に言えばこの部屋にいるのは七人。

公孫賛軍の面々が向ける視線の先には、その七人目がいた。

 

上半身だけを起こした姿。

その上半身に痛々しくも巻かれた包帯。

銀色の髪と、少しだけ朱に近い茶系の瞳。

 

 

「ふん……まさか憮様にも生き長らえるとはな」

 

 

ぼんやりと自らの手を見つめるその少女の名は、華雄。

 

水関にて関羽――愛紗と一騎打ちの末に破れ、死んだはずの人間だった。

 

 

 

 

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「華雄殿……」

 

 

公孫賛軍の中では唯一、華雄と剣を交えた舞流が珍しく深刻そうな顔で呟いた。

 

武人として、華雄の台詞に何か思うところがあったのだろうか。

 

なんとなく、武人としての心構えというか。

そういう点に関して華雄と舞流は似ている――そう漠然と一刀は思った。

 

 

「周倉と言ったか。お前がここにいるということは、私を保護したのは公孫賛軍ということだな」

 

「その通りでござる」

 

「……劉備軍に保護されなかっただけ有り難いと思うしかあるまいな」

 

 

殆んど独り言のような音量。少しだけ声に安堵と諦めの色が混じる。

 

死を覚悟した一騎打ちの末に、自分を破った人間が属する軍に保護されて命を長らえる――もしそんなことがあればどんな心境なのだろう。

 

やはり思うところがあるのか、舞流が再び表情を歪めた。

 

それこそこの娘は、そんなことがあればその場で切腹しかねないだろう。

 

 

「なぜ私を助けた、公孫賛」

 

「え?なんで私が公孫賛だって分かったんだ?」

 

 

なぜか驚く白蓮。そんな白蓮を、華雄は訝しげに見る。

 

 

「何を言うかと思えば……私は武骨者だが大将の見極めくらい出来る。この部屋にいる人間の中で最も、大将足り得る者がお前だと思っただけだ」

 

「華雄……!!」

 

 

感極まったのか、上ずった声を上げて白蓮は涙ぐんでいた。

 

 

「お、おい。なぜ眼に涙を溜めているのだ!」

 

「ああ、気にするな。伯珪殿は今までそういうことを面と向かって言われたことが一度も無くてな。もっとも私の知る限りでは、だが」

 

「お前は?」

 

「私は趙雲、字は子龍だ」

 

「趙雲……趙雲……ああ、確か水関で張遼の奴を相手取っていた隊の旗が“趙”だった気がするが」

 

「その趙雲だ。まあ、張遼には逃げられたがな。悔しいが、再戦も今となっては難しくなってしまった」

 

「奴は?」

 

「心配せずとも生きていますよ。ま、曹操軍には降りましたけど」

 

 

燕璃がいつもの調子で、毒とも取れる発言をする。

 

とはいえ、慣れている者が聞けばすぐに分かるのだが、その声に侮蔑の色は篭っていない。

 

 

燕璃の一言多い発言は大抵の場合が、ただ事実を告げているに過ぎないのだ。

 

 

「心配などしていない。……だがそうか、奴はそういう道を選んだか」

 

「ご不満ですか?」

 

「いいや。それは奴の決めた事だ。私には不満に思う権利も何も無かろう」

 

「まったくもってその通りです。しかし意外ですね、あなたには舞流のような、もっと脳筋な印象を持っていましたが」

 

「私とて冷静な時はある。ろくに身動きも取れない大怪我をしている上、この命がお前達の掌の上に握られているという状況なら尚更な」

 

「……ご自分の立場を理解していただけているようで幸いです。とはいえ、あなたの首に今や何の価値もありませんが」

 

 

やはり、いつも通り冷静に淡々と事実と本音を燕璃は述べていく。

 

華雄の、そして燕璃の言う通りだった。

水関で愛紗が一騎打ちの末に華雄を破った時点で、その手柄は劉備軍にある。

 

厳密に言ってしまえば、ここで華雄を殺したとしても大勢(たいせい)に問題は無い。

 

満足に身体が動かない以上、その命の有無は公孫賛軍次第。

 

今の華雄には自分の命をどうこうする権利すら無い。

 

ただ命があるというだけで実質、今の華雄は死者となんら変わりは無かった。

 

 

「聞きたい事がある」

 

 

華雄が徐に口を開いた。

 

 

「は、はい……なんでしょうか」

 

「お前たちがここ、洛陽に入ったということは我らは破れたということだろう。それはいい。私が聞きたいのはひとつだけ……董卓様はどうなった?」

 

「……」

 

 

雛里が難しい表情で口を閉ざす。

その表情から何かを察しかけた華雄の耳に――

 

 

「董卓は、俺が殺した」

 

 

一刀の重い声が響いた。

 

 

 

 

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ただ董卓が死んだということを聞けば、状況を察しただけで済んだだろう。

 

しかし、華雄はこの場で聞いた。この耳で聞いた。

 

目の前の少年が、自分の仕えていた主を殺した、と。

 

 

「貴様っ…!!」

 

 

怒りに任せて身を乗り出すが、苦痛に顔を歪め動きが止まる。

 

だがその眼は怒りの色を湛えたまま、沈んだ表情の一刀を睨みつけていた。

 

 

「か、華雄殿!傷口が開いてしまうでござるよ!」

 

「構うものか!私の傷口などより余程大事な事だ!」

 

 

華雄は止まらない。

包帯の上から傷を押さえたまま声を張り上げる。

 

 

「貴様が殺したと言ったな……!」

 

「……ああ」

 

「いやちょっと待てよ一刀!それは――」

 

 

言葉を続けようとした白蓮を手で制す星。白蓮を肩越しに見て、首を横に振る。

 

今は止めておけ、とその眼が言っていた。少なくとも今、この時は。

 

それに蹈鞴を踏んでいる間にも、華雄は言葉を重ねていた。

 

 

「この戦は不当な戦!身に覚えのない罪で糾弾されたあの方の気持ちが貴様に分かるか!」

 

「……いいや、分からない。誰にも分からないよ」

 

「反董卓連合などと、ふざけたもので追い詰めた挙げ句に真実を知ろうとすることも無く、董卓様を殺したのか!」

 

「ああ、殺した」

 

「どうだった……その手であの小さな身体を斬り捨てた気分はどうだった!!答えろ!!」

 

 

歯止めの利かなくなった華雄は血を吐くような叫びで吠える。

 

それを一刀はただただ静かに、その言葉の一字一句を胸に刻み込むように聞いていた。

 

 

「ま、待って下さい!」

 

 

バタン、と部屋の扉が開く音と共に透明感のある声が部屋に響く。

 

一同が視線を向けると、そこにはメイド服姿の月と――

 

 

「ゆ〜え〜……待ってって言ったのにい……」

 

 

その腰にしがみ付きながらズルズルと引きずられて来たような格好になっている、同じくメイド服姿の詠がいた。

 

 

 

 

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一瞬静まり返る室内。

そんな中で唯一、燕璃が溜息を吐いていた。

 

 

「と、とうた――」

 

 

名を口にする前にすかさず舞流が、華雄の口を押さえた。

 

急な事に驚いたものの、その手を振り払うだけの力さえ今の華雄には無く。

 

何より舞流の真面目な表情が、華雄にそれを振り払うことを躊躇わせた。

 

 

「か、華雄さんっ……!ち、違うんです、これは……!」

 

「月!ちょっと落ち着いてってば!声大きい!」

 

「詠、お主もだ」

 

「あ。わ、分かってるわよ!」

 

「ふっ、気持ちは分からんでもないがな」

 

 

星が二ヤリと笑みを浮かべる。

詠を見るその眼は微笑ましく、まるで姉が妹を見守っているかのようだった。

 

 

「華雄殿。ちゃんと説明するでござる。しかし今は」

 

 

少し思案していた華雄だったが、舞流に向けてコクリと頷く。

 

それを見て表情を幾分か緩めた舞流は、一礼して手をそっと華雄の口から退けた。

 

 

「……どういうことか説明してもらおうか」

 

「話すと少し長いよ?」

 

「構わん。なぜ貴様が嘘を吐いてまで隠そうとしたのか、それにも興味がある」

 

「あながち、嘘でも無いけどね。……分かった、話すよ」

 

 

そして一刀は語り始める。この場では自分が背負おうとした罪。

 

本来であれば一刀だけでは無く、公孫賛軍だけでもなく、反董卓連合軍の全員が背負うべき罪を。

 

 

 

 

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「……なるほどな、ある程度は理解した。北郷とやら」

 

「うん?」

 

「――済まなかった。暴言の数々と非礼を詫びよう」

 

 

寝台の上で、華雄は深々と頭を下げた。

 

そんな華雄の様子に、一刀は複雑そうな顔で頬を掻く。

 

 

「いや、厳密には真実でしょ。実際、俺は董卓と賈駆っていう人間をこの世から消した――“殺した”ようなもんなんだから」

 

「一刀、違うだろ。“俺”じゃない。“俺達”だ。そこには私達も入ってなきゃおかしいぞ」

 

「まったくですな、一刀殿は何故一人で背負おうとするのか」

 

「いや、だってなあ……」

 

 

白蓮、星と二人から連続で畳み掛けられ、表情が更に複雑になっていく一刀だった。

 

 

「そういうことだからボクと月のことは真名で呼ぶこと。分かった?」

 

「仕方あるまい。構いませんか、月様」

 

「はい。それと、今の私はただの月。様なんて付けなくてもいいんですよ?」

 

「まったく……アンタってばボクと月は元々、真名を預けてたっていうのに頑なに呼ぼうとしないんだから」

 

「どこかで聞いた様な話ですね」

 

「む?どこで聞いたのでござるか、燕璃」

 

「あはは……」

 

 

公孫賛軍内にて真名を預けても呼ぼうとしない二人の会話に、雛里が苦笑いを浮かべた。

 

 

「それでだ、華雄さん。事情を知ってもらったところで提案なんだけど――」

 

「うちに仕官してくれないか!是非!」

 

気負い込んで華雄に詰め寄る白蓮。

 

白蓮に先制され固まっている一刀と白蓮を交互に見て、華雄は最終的に白蓮を指差した。

 

 

「提案とはこのことか?」

 

「あー……先に言われちゃったけどまあ、そういうこと。優秀な人材は何人いても有り難いしね。それと、こっちが本音なんだけど――月と詠を護れる人間を増やしたいんだ」

 

「一刀様……」

「あんた……」

 

「様付けは俺にも止めてくれると有り難いんだけど……まあそれは追々でいいか。華雄さん、出来ればこの場で返事を貰いたい」

 

 

一刀のみならず、周囲から向けられる真摯な瞳に、たじろぐ華雄。

それが一刀の発言の重みを明確にし、公孫賛軍の総意であることを理解させる。

 

 

華雄は一人、胸の中で自分に問い掛けていた。

かつてこれほどまでに、自分という存在を求めてくれた者達がいただろうか?

 

 

否、無かった。

董卓様を主と仰いだものの、周囲には呂布や張遼といった名立たる将がいた。

 

その中で埋もれてしまった自分の名。

 

熱しやすい性格上、失態を犯すことも少なくは無かった。

 

思い返せば埋もれてしまうのも当たり前のこと。

 

そして、既に亡き物かと思っていた自分の命。

 

憮様にもそれを長らえ、主であった董卓様が保護された陣営に仕官を請われると言うのは、ある種の運命とも思えた。

 

なればこそ、迷う道理は無い。華雄は柔らかい笑みを浮かべた。

 

心から思う。ここが戦場でなくて良かったと。

 

普段とは違い、冷えた思考であるが故にこの答えを導き出せたと言うのならそれもまた運命なのかもしれなかった。

 

「仕官の件、了承した」

 

「それじゃあ――!」

 

 

喜色の色を浮かべる白蓮を、華雄が手を前に出して制する。

 

 

「ただし!……条件をいくつか付けさせてもらいたい」

 

「条件を提示できる立場ですか?」

 

 

燕璃の冷静な声が華雄に向けられる。

 

 

「分かっている。だが私の頭が冷えている内に、な」

 

「……どうしますか?」

 

「いいよ、取り敢えず聞いてから判断するから。雛里、それでいいか?」

 

「はい。白蓮様の言う通り、聞いてからこちらで判断します」

 

「すまんな」

 

 

燕璃から白蓮。白蓮から雛里へと会話が繋がる。

 

華雄自身も自分の立場を理解しているので、礼を言い頭を下げた。

 

 

「条件は二つ。ひとつは私を武官として使って欲しいことだ」

 

「……なに?華雄よ、お前は元々武官だろう。それともまさか、元は文官だったとでも言う気か?」

 

 

星が訝しげな表情で問いを投げ掛ける。

しかし、その台詞の半分は冗談交じりで、口角も上がっていた。

 

 

「こんな武骨者に文官が務まるか。私が言いたいのはそういうことではない。捕虜となった身だが、この命を長らえたのもお前たちの力があってのことだろう」

 

「ま、治療はしましたが」

 

「だが私自身、あの場で華雄という人間は死したと思っている。つまり心構えを新たに、仕官をしたいのだ」

 

「なるほど。我らがお主に仕官を請うたのでは無く、お主が我らに仕官を願い出たということにしたい……そういうことか?」

 

「ああ、ややこしい話だがな。これは私の気持ちの問題だ。ここに敢えて願おう、公孫賛。私を、貴殿の軍の末席に加えて欲しい」

 

「貴殿……!!」

 

 

貴殿、という呼び方を聞いて雷に打たれたかのように白蓮は驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「おーい、白蓮。戻ってこーい」

 

「……はっ!あ、ああ悪い。だって今までに貴殿なんて呼ばれたこと一回もなかったからさあ……」

 

「分かった分かった。俺がいくらでも貴殿って呼んでやるから」

 

「……それはなんか嫌だ」

 

「なんで!?」

 

「まったく、一刀殿は女心というものが分かっていませんな。いや、それとも焦らして楽しんでいるだけですかな?」

 

「何の話!?」

 

「そ、そんな楽しみ方してたのか一刀!私を弄んでたのかーっ!?」

 

「待て待て!その言い方だと変な誤解を招くから!」

 

「……賑やかだな」

 

「この程度はまだまだ序の口ですよ、華雄殿。……北郷さん、公孫殿もいい加減にしてください。話が進まない上、華雄殿が困っています。ま、お望みとあらばお二人ともを外に連れ出して公衆の面前で大いに痴話喧嘩を楽しんでいただきますが?」

 

「ごめんなさいっ!」

「ごめんなさいっ!」

 

 

一瞬でその情景を思い浮かべ、戦慄した一刀と白蓮は二人揃って頭を下げた。

 

 

「燕璃さん、ちょっと怖いです……あわわ」

「……敵に回したくないわね」

「へうぅ……」

 

 

おまけに軍師とメイド二人をも戦慄させていた。

 

もっとも、この三人を戦慄させたのは燕璃の発言では無く、その表情。

普段は無表情がデフォルトな燕璃が、薄く笑っていたからに他ならない。もちろん、眼は笑っていない。

 

 

「それで?どうするんだ、白蓮。答えは出てると思うけど」

 

「ああ、当たり前だろ?こっちこそよろしく頼むな、華雄!」

 

「この華雄、武骨者ながら力になろう。大いに役立ててほしい。これからよろしく頼む」

 

 

白蓮の差し出した手を握り返し、固い握手を交わす。

 

そして改めて深々と、華雄は室内の一同に向けて頭を下げた。

 

しかし、再び顔を上げた華雄の眼は今までにない覇気を宿していた。

 

 

「それと、二つ目の条件なのだが――」

 

 

 

 

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「――二つ目の条件、呑んでよろしかったのですか?」

 

 

部屋を出た白蓮と一刀の背に、燕璃の声が掛かる。

 

 

「“公孫賛を主として仰ぐことに異論は無い。だが何かあった時、私は月様に付く”だっけか。いいんじゃないか?元々、華雄さんは月の――」

 

 

“部下だったんだし”と一刀は口パクで燕璃に伝えた。

 

相変わらずの無表情。しかし燕璃は大きく溜息を吐く。

 

 

「常々思って来ましたが、北郷さんも公孫殿も甘すぎませんか?これは、何かあれば勢力が二つに分かれる可能性がある、ということですよ?」

 

「その何かが起こるか起こらないかは私達次第でもあるんだ。大丈夫だよ。背負ったからには背負いきるさ」

 

「みんなで、な」

 

 

そう言って、一刀と白蓮は連れ立って階下へと降りて行った。

 

 

「まったく――」

 

「――お人好しにもほどがある、か?」

 

 

階段を下りていく二人を見ながら呟いた燕璃の言葉尻を繋げる声。

 

機嫌が悪そうに、億劫そうに背後を振り返ると、扉に背を預けた星が不敵に笑っていた。

 

 

「……人の台詞を奪うのは止めて頂きたいですね」

 

「いや、奪ったのではないさ。私も同じことを思っていただけだ」

 

「意外ですね。あなたは同じくお人好しの部類に入るかと思っていましたよ」

 

「ふっ、否定はしないがな。だがあの二人を見ているとな、お人好しというのも案外悪くない。そう思う」

 

「あんなお人好しは二人で充分です」

 

 

 

 

「はは、まったくだな。だが、だからこそ――」

「ま、あの二人をお人好しと侮って何かしらを企む輩は――」

 

 

言い終わらない内に

星はどこからともなく出した龍牙を、燕璃は腰に佩いていた長剣を。

 

 

『『ダンッ!!』』

 

 

勢い良く天井に突き刺した。

 

 

「――こういう手合いは捨て置けん」

「――普通に死ねばいいと思います」

 

 

台詞が終わると同時に天井から木端がパラパラと舞う。

 

だが

 

 

「逃げたか」

 

「逃げましたね」

 

 

お互いに天井から引き抜いた得物を見分する。

どちらの得物にも血は愚か服の切れ端さえ残っていなかった。

 

 

「雛里には私から報告しておこう」

 

「ええ、お願いします。部屋での会話は聞かれていないと思いますが、念の為」

 

「お互いに大変だな」

 

「ま、上がお人好しですから仕方のないことです。もう諦めましたよ」

 

 

そう言って燕璃は長剣を仕舞い、階下への階段を降りて行く。

 

と、思い出したように足を止め、趙雲の方へ顔だけを向けた。

 

 

「ああ、趙雲殿」

 

「ん?」

 

「珍しく気が合いましたね」

 

「ああ、そうだな。確かに珍しい」

 

「ですが私は変わらず、あなたが嫌いです」

 

「そうか、それは良かった。私もお前が嫌いだ、燕璃」

 

 

どちらともなく微笑を浮かべた二人。

それだけ言うと今度こそ、燕璃は階下へと降りて行った。

 

 

残された趙雲。

手の中にある龍牙を見ながら一人呟いた。

 

 

 

「相変わらず素直ではないな。……いや、それは私もか」

 

 

 

 

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華雄が公孫賛軍に参入し数日。

都で悪逆を尽くしていたという噂の董卓を討った連合の諸侯は、既に大半が自身の領に戻っていた。

 

最後まで残ったのは劉備軍、公孫賛軍、曹操軍、袁術軍、袁紹軍、西涼軍だけ。

 

今回の董卓討伐における各諸侯への褒美については、追って沙汰をする。

そう詔(みことのり)があった以上、諸侯たちは洛陽に留まる理由も無かった。

 

 

と、いうか。

おそらく溜まっているであろう仕事がこれ以上増えるのも困る――という理由でもあるのだろうが。

 

それは白蓮や一刀も同様で、幽州に戻ってからの仕事を思うと憂鬱になるのだった。

 

燕璃や雛里はまったくそんなことは微塵も無い様子。

 

それがより一層、凡人である(と、自分のことを思っている)二人にダメージを与えていたことを、彼女等は知らない。

 

既に挨拶する間も無く袁術軍と曹操軍は早々に出立し、他の残った諸侯も軍を纏め、自身の領に帰還しようとしていた。

 

そしてまた、桃香率いる劉備軍も。

 

 

「白蓮ちゃーん!一刀さーん!みんなー!またねー!」

 

「桃香様。大声を上げるのは流石に端(はした)ないと思いますが――」

 

「ばいばいなのだー!!」

 

「お前もか鈴々!」

 

「愛紗も照れてないで素直にお別れすればいいのだ!」

 

「て、照れてなどいない!」

 

「じゃあやってみるのだ!」

 

「う……か、一刀殿ー!!また!またお会いしましょう!」

 

「あー!愛紗ちゃんずるーい!一刀さーん!私も忘れないでねー!」

 

「鈴々もなのだー!!」

 

 

遠ざかって行きながら大きく手を振る二人と、控えめに手を振りながらも声を張り上げて別れと再開を告げる一人。なぜか朱里は姿を見せなかった。

 

雛里によると

 

 

『朱里ちゃんは恥ずかしがり屋さんですから……』

 

 

らしい。まあ、出発の前日にちゃっかりと別れを言いに来ていたけど。

 

洛陽最後の夜は雛里と朱里は相部屋だった。

再びの別れの前に親友同士話したい事もあったのだろう。

 

朝になって雛里が何かの本をコソコソと自分の荷に入れていたのが気になったが。

 

 

そして俺はというと絶賛――

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 

――白蓮、星、燕璃、詠にジト眼で見られ、針の筵のような状態だった。

 

なぜ劉備軍の皆さま方は俺に対して集中的に別れを惜しむのでしょうか。

 

 

桃香。白蓮が悲しむよー?親友でしょー?

鈴々。他にもピンポイントで別れを惜しむ相手はいくらでもいるぞー?

そして愛紗。なんで俺だけピンポイント?なんで“また”を二回言ったのかなー?

朱里に至っては既に昨日の時点で泣き着かれて困りましたー。

 

 

「……一刀」

 

「白蓮、なんか誤解してるよな?」

 

「……一刀殿。さすがにそれは無いだろう」

 

「星!?変に下世話な事を考えていないか!?」

 

「死んでください」

 

「ド直球!?」

 

「……変態」

 

「酷い濡れ衣だあ!!」

 

 

言葉の暴力と、無言の冷たい視線の連撃(ラッシュ)。

そして月の悲しそうな顔がクリーンヒットぅ!!HPが残ってるのが奇跡だった。

 

こういう時の唯一の清涼剤。

良い意味で空気を変えてくれる舞流は怪我で満足に動けない華雄を見ている為、不在である。

 

誰か、誰かいないのか!この空気を変えてくれる猛者はっ……!

 

 

「ここにいるぞー!!」

 

「いたっ!」

 

 

俺の心の声に応えるかのように、どこからともなく蒲公英が姿を現した。

元気良く手を上げて登場したその姿は、女神のようだった。グッジョブだ!蒲公英!

 

 

蒲公英の登場に、場の空気が持ち直す。

どうやら危機は去ったようで、皆は方々に散って行った。

 

 

「ふう……危なかった」

 

「大丈夫?一刀さん」

 

「大丈夫大丈夫。半分は俺も皆も冗談だから」

 

 

つまり半分は本気だけど。

 

 

「蒲公英、西涼軍も涼州へ戻るのか?」

 

「ひっ…!」

 

 

声を掛けてきた星相手になぜか身を竦ませ、俺の背後に隠れる蒲公英。

 

その蒲公英の様子というか行動に、珍しく星が固まった。

 

なんかこう……あれだな。可愛い動物を触ろうと思ったら自分だけ引っ掻かれた的な。

 

 

「どうしたんだ?蒲公英」

 

「う、ううん。なんでもない、なんでも」

 

 

いや、背中にしがみ付かれてるから震えが直に伝わってきてるんですけど。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「ひいいっ!!」

 

 

星の後ろからヒョコリと顔を出す燕璃。ちょうど死角になっていたらしい。

 

気付かなかったな。というかなんでそんなに怯えてるんだ、蒲公英。

 

 

「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない……」

 

「おーい」

 

 

返事がない。ただの蒲公英のようだ。

 

 

「あー……えっと……か、一刀?」

 

 

頭の中に適当なナレーションを流しながら、意識がどこかへ飛んで行ったままの蒲公英を揺すっていると、後ろから遠慮がちに声を掛けられた。

 

 

「ん。あ、馬超さ――じゃなかった、翠。こっち来てたのか。いやまあ蒲公英がここに来てるんだから当たり前と言えば当たり前だけど」

 

「ああ、うん。公孫賛とちょっと馬の話をしてたんだ」

 

「馬の話か……涼州の出ってことは翠も騎馬には自信あるんだよな?」

 

 

馬の話題を振ったからなのか、遠慮がちにしていた様子が形(なり)を潜める。

 

 

「当たり前だよ。南は船、北は馬って言うくらい北方の民族は馬術に長けてるからな。

そうだ!か、一刀は馬乗るの得意か?」

 

「う〜ん、あんまり得意じゃないな。結構慣れるのに苦労してさ」

 

 

何の気なしに言った一言。

見る見る気負い込んでいた翠の表情が翳っていった。

 

 

「そっか……機会があったら一緒に遠乗りでもしようかと思ったんだけど」

 

「いや、というか教えてくれよ」

 

「え?」

 

 

さっきの星と同じく、なぜか翠が固まった。なんでだ?

 

 

「いや、だからさ。もし今度、涼州に行くことがあったら教えてほしいんだけど……駄目か?」

 

「……」

 

 

なぜかそのまましばらく翠の放心状態は続き、あまりに長かったので我に返った蒲公英が手を引いて連れて帰った。俺と翠の会話を耳にしていたらしく

 

 

『今度涼州に遊びに来てねー!お姉さまと一緒に待ってるからっ!』

 

 

とのこと。行ってみたいのは山々。

けれど、今の俺にはそれにも増して考えることが山ほどあった。

 

黄巾の乱。

反董卓連合軍。

 

今のところ歴史は大きな流れを変えずに動いている。

各武将の参入時期や参入勢力に多少のズレや違いはあれど、それでも世界は確実に動いていた。

 

このまま行けば遠からず――

 

 

「まだもう少し、時間はある。……やらせてたまるかよ」

 

 

 

袁本初。公孫賛を討った人物。

洛陽近くに翻る【袁】の旗を睨みつけ、一人拳を握りしめた。

 

 

 

 

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((公|おおやけ))には公孫賛軍が董卓を討ったことになっているが、その首や死体が見つかっていない為、正式な戦果にはならないらしい。

もっとも、公孫賛軍一同の見解は、もしそれが隠れ蓑になるなら儲け物、と肯定的なものだったが。

 

 

悪逆を尽くした董卓は討たれ、乱世の始まりとも呼べる戦は終わった。

ある一部の限られた者達にしか知りえない真実を内包した終息。

 

 

 

それは二人の少女の存在が消えたに等しい戦だった。

 

 

 

 

 

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【 あとがき!という名の言い訳と言い訳 】

 

 

やっと反董卓連合編が終わった……。

 

そして華雄さんが生きていました。殆ど半死状態でしたが、辛うじて。

一応、半死状態の華雄さんを回収したのが水関ですので、この戦いが収束するまでそれなりに時間が経っています。その間になんとか話せるぐらいには回復したってことです。

公孫賛軍の武官になった華雄さんですが、しばらくは療養の為、戦線に出れません、多分。

 

とはいえこの手の人は回復早いですからねー。

 

あ、言っておきますけど別に愛紗が手心を加えたとかじゃないです。

華雄さんの武と運が上手い具合に作用しただけのことですのであしからず。

 

 

今後は同じような境遇の白蓮と絡ませて行けたらなと思います。

 

 

今後の流れとしては、幽州に戻るまでと戻った後の話になると思います。

もう少しで一章から二章に移れる……!!長かったなあ……!!

 

と言うわけでしばらくは公孫賛軍の面々しか出てきません。

 

董卓を討ったことによる褒美うんぬんの話は原作でも結構曖昧になっていた気がするので今回は不問にお願いします。これが漢√とかだったら話は別だったんですけどね。

 

 

それではまた〜。

 

 

 

 

説明


今回はあんまり語ることがありません。

一つ言えることは今回で一応、反董卓連合編は終わりということ。

そして

かゆ……うま……

ってことだけです。




……あれ?二つになっちゃった。


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コメント
曖昧にしたかぁ…まぁ仕方ない(PON)
紅蓮のアーティストさん、ありがとうございます。私も葉雄の件については存じ上げておりました。そういう構想も考えてはいたのですが。この際名を変えるのではなく、思い切って真名でも考えてしまおうかなとか思っちゃった次第です。まだ未定ですけどね。(じゅんwithジュン)
Alice.Magicさん、ありがとうございます。やっぱり白蓮好きな方って結構いるんですよね〜。でも原作だと不遇……というか、他のキャラに食われがちなのか(泣)(じゅんwithジュン)
華雄姐さんは華雄のままかぁ。華雄は一度死んだとか言ってるから『葉雄』でも名乗るかと思ったんだがwちなみに葉雄というのは華雄のモデルとなった実在の武将だとか。(紅蓮のアーティスト)
白蓮ちゃんは可愛いのに原作では出番殆どないからこの小説は大変嬉しいですw(Alice.Magic)
sky high さん、ありがとうございます。白蓮は真摯に対応されることとかあんまりないですからねー。と、いうか。楽しみ方が歪んでいるぅ!?(じゅんwithジュン)
華雄さんに真摯な対応されて喜ぶ白蓮さん普通にかわいいですね。味方も増えてさらに弄られる白連さんが楽しみです。(Sky high)
↓の続き) あそこで萌える人が何人いるかな?と楽しみ半分、不安半分でしたが萌えていただけたようで良かったです♪(じゅんwithジュン)
量産型第一次強化式骸骨さん、ありがとうございます。まずは誤字報告をありがとうございます。修正します。(じゅんwithジュン)
summonさん、ありがとうございます。夢の他勢力王国はここですよ〜! まとめるのが大変そうですけどね〜♪(じゅんwithジュン)
mokiti1976-2010さん、ありがとうございます。将の数が充実していくということはつまり……? 実際、あんまり一刀や白蓮には自覚無いと思いますね。燕璃や雛里は別として(じゅんwithジュン)
yoshiyukiさん、ありがとうございます。白蓮が目立つ=死亡フラグ あれれ〜?おかしいぞ〜?この作品の存在意義はどこだ〜?(じゅんwithジュン)
ロンリー浪人さん、ありがとうございます。次章に早く入りたいぃぃぃぃ!!!!でも忙しいし、何より文章力が追い付いていってないー!チクショー!(じゅんwithジュン)
きまおさん、ありがとうございます。あ、多分犯人は他に居ますね。だって白蓮がそんなことするはずないもの!普通の剣を使った誰かの仕業だ!……あれ?今どこかから舌打ちが……(じゅんwithジュン)
アサシンさん、ありがとうございます。なんか久しぶりだ〜、純粋な応援の言葉を聞いたのは。マジでありがとうございます!←(土下座(じゅんwithジュン)
月の腰にしがみついて引きずられた詠に萌えたのは、きっと俺だけじゃないはずww 6p「“主だったんだし”」→「“部下だったんだし”」、7p「翠も騎馬には自身あるんだよな」→「翠も騎馬には自信あるんだよな」では?(量産型第一次強化式骸骨)
おお、華雄さん生き残って軍に加わってくれましたか。これでまた強くなりましたね。続き楽しみにしています。(summon)
まあ、華雄さんは長生きする性質だから生きていたのは当然の事ですな。そしてちゃっかり人材の補強を果たした公孫賛軍も抜け目無し。(mokiti1976-2010)
誰得?と問われれば、有る意味得をしたのは“白蓮”さんかも。 いつになく目立った白蓮さんだけど、まさか死亡フラグじゃないよな。一刀が旗を折れるように祈っておこう。(yoshiyuki)
次章にも期待。白蓮がもっと目立てるといいんだけど……無理かwww(ロンリー浪人)
駄名家には反ゆえたん連合も含めて罪の清算の意味で華々しく?破れてほしいですねwそしてうp主、以前米にも書きましたが私はあなたの作品など(ドス!←普通の剣が刺さる音)返事が無い、ただのしかばねのようだ(きまお)
今後もガンバレ!一刀と作者様!!(アサシン)
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真・恋姫†無双 恋姫†無双 一刀 反董卓連合 生きていたあの人 誰得? 白蓮 華雄 

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