天の迷い子 第十六話 |
薄暗い廃屋。
蝋燭の火で壁にうっすらと人影が写っていた。
そこに居るのは一人の少女。
漢の相国、董仲頴である。
ゆらりゆらりと揺れる炎に照らされて、きらきらと光る銀の髪は、ところどころくすんでいる。
ガタンと物音がしてそちらに眼を向けると、部屋の入り口に彼女の親友である賈文和が立っていた。
「月、食事持ってきたけど大丈夫?食べられる?」
「うん、大丈夫だよ詠ちゃん、ありがとう。」
コトリと賈駆は卓の上に食事を置き、椅子に座ってふぅっと息を吐いた。
「詠ちゃん、食べ終わったら少し休んで?見張りは私が代わるから。」
「何言ってるの、月!?月こそゆっくり休んでなきゃ!見張りなんて僕がやるから!」
董卓はそっと賈駆の手をとり、ゆっくりと首を横に振った。
「駄目だよ、詠ちゃん。私達はちゃんと二人で生きて皆と合流しなくちゃいけないんだから。この二日ほど、あんまり寝てないでしょう?少しでも体力を戻しておかないといざという時に倒れちゃうよ。だからお願い、詠ちゃん。」
しっかりと賈駆の眼を見て、確かな口調で話す董卓。
その真っ直ぐな瞳に賈駆は折れるしかなかった。
「…わかった、少し眠るわ。でも何かあったらすぐに起こして。じゃあお願いね、月。」
食事を終えた賈駆は、毛布を被り少し大きめの椅子に身体を横たえると、すぐに寝息を立て始めた。
(ありがとう、詠ちゃん。こんなになるまで頑張ってくれて。)
董卓は賈駆の寝顔を見ながらそっと額を撫でた。
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数日前、水関陥落の報が洛陽の城に届いた。
賈駆はこれからの事を洛陽からの逃亡もふまえて董卓と相談しようと、彼女の部屋に訪れていた。
すると、なにやら外から慌しい足音が聞こえてきた。
「失礼します!お嬢様、文和様!」
息を切らせて部屋に飛び込んできたのはフォンだった。
「フォンさん、そんなに慌ててどうしたんですか?」
「お二人とも早くお逃げ下さい!城の官吏や宦官達がお嬢様を捕らえようと動いています!」
「なっ!?まさかあいつ等月を連合に!?」
「…はい、おそらくは。」
水関陥落を知った官吏や宦官達は、恐慌状態に陥った。
このまま連合軍が洛陽まで辿り着けば、自分達の立場も命も危ない。
どうすれば助かるのか?
どうやって連合に取り入れば良いのか?
そうだ、連合の目的は董卓の頸。
ならば連合より先に自分達が董卓を捕らえ、連合の盟主である袁紹に差し出せばいいのだ。
という結論に彼等は達したのだった。
いち早く異変に気付いたフォンは、董卓と賈駆をかねてより用意してあった隠し通路に逃がした。
そして、使用人は全員で協力し、あたかも屋敷の中に董卓が隠れているかのように振る舞い時間を稼ぐ。
かろうじて追跡を逃れた二人は、通路を通って貧民街に出た。
貧民街、苦い思い出の残る場所。
あの時程荒れてはいないし、治安もある程度は改善されている。
あの日、初めて足を踏み入れ、目の当たりにしたこの街の日陰。
眼を逸らさず、少しずつ少しずつ良くする為に努力した。
その甲斐あって、足を踏み入れるのも躊躇うほどの場所ではなくなった。
それでもまだ、あまり日の当たる場所ではない。
しかし、今ばかりはそのほうが都合がいい。
彼等が穢れた場所だと認識している貧民街に、仮にも相国である董卓が潜んでいるとは思わないだろうから、しばらくは追っ手も来ないだろう。
董卓達は少し奥まった場所にある廃屋に身を潜めることにした。
それから数日、表通りは監視が厳重で、門は堅く閉ざされ、いまだ董卓達は逃げることができなかった。
夜中、兵士が二人、用を足していた。
表通りでは見咎められることがあるため、彼等はよく裏通りの奥で度々用を足すことにしていた。
「ふぃ〜。気持ちいい〜。」
「あ〜すっきりした。」
兵士達はほっと息をついた。
「しっかし誰が立ち小便が下品なものだって決めたんだろうなあ。こんな気持ちいい事なかなか無いのになあ。」
「違いねえ。何よりあの開放感がたまんねえよなあ。」
げらげらと笑いながら二人は表通りに戻ろうと歩き出した。
しかし、兵士の片割れがこんなことを言い出した。
「なあ、ちょっと貧民街を探検してみねえか?」
「何言ってんだ?とっとと戻らないと隊長にどやされるぞ。」
「でもよ、ガキの頃は危ねえからって近づいただけで怒られてた様な場所だぜ?どんなもんなのか気にならねえか?」
「…まあ、気にはなるけどさ。」
「しぶるなあ。ん〜、おっ、そうだ!もしかしたら手配中の董相国が隠れてっかもしれないし。」
「あ〜、はいはい、わかったよ。そうだな、その可能性は無くは無いな。じゃあさっさと行って、戻るぞ。」
ノリの悪い相棒に不満を感じながらも彼等は奥へと足を向けた。
しばらく歩き、街の様子を見て回るが、正直眼を引くような、また、眼を覆いたくなるような物は一切無かった。
拍子抜けだなと二人は呟き、戻ろうと踵を返す。
来た道を戻るよりも別の道を使ったほうが距離的に近いはずだと十字路を着た方向と反対に曲がった。
「≪ドンッ≫きゃっ!!」
二人の少女と出会い頭にぶつかった。
「すまん!大じょ………。」
(ちょっと待て。こんなところに何故彼女達のような娘がいる?しかもこんな身なりの良い身分の高そうな娘が。不自然だ。…ん?右の娘、どこかで…。)
「…っ!?思い出した!貴様、董仲え≪ドシッ≫うおっ!」
二人の少女、董卓と賈駆は兵士を突き飛ばし、逃げ出した。
ピィーーッ!ピィーーッ!と笛の音が響く。
董卓と賈駆は必死に走り続ける。
細い路地を抜け、物陰に隠れ、兵達をやり過ごす。
しかし、波のように押し寄せる兵達に次第に逃げ場所を失い、追い詰められていく。
いつしか周りを囲まれ、逃げ場は無く、袋小路に追い込まれてしまった。
「もう逃げ場はありません。董相国、おとなしく縛についていただきたい。」
じりじりと少しずつ兵達は距離を詰めていく。
「あ、あんた達、月に指一本でも触れてみなさい!絶対に許さないんだからね!!」
賈駆は懐から短剣を抜き、董卓を背に庇いながら声を上げる。
しかし、その背中は震え、怯えの色がありありと浮かんでいる。
董卓は手の中にある刀をギュッと抱きしめた。
それは出陣の前に流騎から預かったもの。
抱きしめた刀から、じわりと熱いものが流れ込んできた。
恐怖、不安、絶望、後悔、そんな負の感情が流れ込んできたものに包まれ、小さくなっていくのがわかる。
『それ、預かっててくれ。俺は傍に居られないから、俺の代わりに。俺の師匠をはじめ、代々強い人達が受け継いできた物だから、きっと仲頴の力になってくれるよ。』
(流騎さんは言ってた、“力になってくれる”って。きっとこの心を満たしてくれているのはこの剣に籠められている“闘志”。聞こえる。この剣はこんなことで諦めるのかって、そう言ってくれてる。あの時、流騎さんが倒れた時、もっと強くなりたいって願った。護れる強さが欲しいって願った。それなのに今私はまた詠ちゃんに護られてる。これじゃ駄目。詠ちゃんと。霞さんと。華雄さんと。恋さんと。ねねちゃんと。徐晃さんと。高順さんと。干鋼君と。そして、流騎さんと、肩を並べられる様に。私は………。)
「戦う!!」
しゃんっという澄んだ音と共に、董卓は刀を抜いた。
賈駆の隣に立ち、周りを囲んでいる兵達を睨みつける。
その瞳と刃は、雲がかかり薄暗い路地にあっても眩しいほどの光を放っていた。
「ゆ、月!駄目!僕の後ろに…!」
「ごめんね、詠ちゃん。また詠ちゃんにばっかり負担をかけちゃったね。でももう大丈夫だよ。私、もっともっと強くなるから。詠ちゃんが私を護ってくれる様に、私も詠ちゃんを護るから。二人で力を合わせよう。いつかまた皆で笑ってお誕生会を開けるように。その為なら私は、辛くても、怖くても歩いていける。その為なら私は、血を流す事も厭わない!」
強い意志を秘めた眼に兵達は怯む。
(そっか、月。覚悟を決めたのね。月が前に進むなら、僕も進まなきゃ。置いて行かれない様に。)
賈駆の眼にも火が灯る。
震えが止まり、しっかりと大地を踏みしめる。
二人の意思が固まり、戦いへの一歩を踏み出したその時。
「よう言うた!!」
言葉と共に目の前にいた兵達が吹き飛んだ。
「いや〜、月っちも強なったんやなあ。うち感動したわ。」
「「霞(さん)!!」」
「おまっとうさん。こっからはうちも“一緒に”戦ったる。うちら三人に勝てる思う奴は出てきい!!相手したるで!!」
張遼の最初に数人を吹き飛ばした一撃と、一喝に恐れをなした兵達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「よっしゃ、今のうちに逃げるで。」
「あの、恋さんたちは?」
「恋と華雄とねねは虎牢関で連合を食い止めとる。洛陽で不穏な動きしとる連中がおるっちゅう報告聞いてうちだけ兵数人と飛んで来たんや。あいつらも機を見て逃げるはずやから、あんまり時間の余裕はあれへん。もしかしたら、先行しとる部隊が到着しとるかもしれん。まあ心配せんでもあいつらはそう簡単にくたばったりはせんて。」
「そうね。無事でさえいてくれればきっとまた会えるわ。今は自分達が生き延びることを考えましょう。」
「うん、そうだね。じゃあ霞さん、護衛をお願いします。」
「応!任しとき!」
三人は洛陽の街を駆け抜ける。
虎牢関を抜け洛陽への先遣隊として劉備達は、街道を行軍していた。
「…っ!くっ!」
「大丈夫か、星?」
「無理をするな、星よ。手負いの上に、あの呂布とまで戦ったのだ。後ろに下がって輜重隊と共にゆっくりと…。」
「ふむ、そして主を独り占めにしようという魂胆か。いや、なかなかの策士だ。」
「な、何を言っている!ふざけるのもいい加減にしろ!」
「愛沙、顔が真っ赤なのだ。」
「ううううるさい!!」
「ま、まあまあ愛沙ちゃん!で、でも、みんな無事でよかったよ!あの呂布さんと戦って帰ってきたんだもん、みんなすごいよね!ご主人様!」
「ああ、本当に。天下無双と呼ばれてるような豪傑に、三人がかりとはいえ一歩もひけをとらないんだからね。皆の武は俺達の希望で、誇りだよ。頼りにしてる。」
「にゃはは、褒められたのだ。お兄ちゃん、もっと褒めてるのだ。」
「ははは、鈴々はすごいなぁ。」
北郷はそう言って張飛の頭を撫でる。
張飛は優しく頭を撫でられ、ご満悦のようだった。
「ご主人様!鈴々をそう甘やかしては困ります!」
「と言いつつ、少し羨ましい愛沙であった、と。」
「星!!」
「はっはっはっ!…しかし、愛沙の言にも一理ありますぞ。あの時の呂布は本気を出してはいなかった。むしろ戦いを長引かせている様にも見えた。」
「そうなのか?」
「はい。私達の攻撃を待ち、余裕を持って捌いていた様でした。そういう戦い方だと言われればそうなのですが、何より片手で戟を扱っていましたから間違いないでしょう。情けなくはありますが。」
「愛沙までそう言うならそうだったのかもな。それに今負けているなら次には強くなって勝てばいいんだ。皆で、ね。」
「ご主人様…。」
優しく慰めるように頭を撫でられ、関羽はとろけた様な表情で北郷を見上げた。
「あ〜!愛沙ちゃんず〜るい!ご主人様、私も、私も!!」
「はわわ、羨ましいでしゅ。」
「あわ、朱里ちゃん、声に出てるよぅ。」
「うむ、恋する乙女とは良い物だ。」
「星、親父くさいのだ。」
北郷たちを中心に、ゆっくりと朗らかな空気が広がっていった。
一方、孫策軍では。
「堅殿。」
「あら、祭。出立の準備は終わったの?」
「粗方は。ちょうど時間が空いたので、久しぶりに戦場での酒を楽しもうと思ったのじゃが、お邪魔でしたかの?」
「いいえ、それこそちょうど良かったわ。祭、華雄はどうだった?」
「強かった、ですな。思春や明命ではちと荷が重い様じゃったので、割って入ったが、昔の無駄に誇りを持ち、自らの力を過信していたあやつとはまるで別人の様じゃった。深く強い覚悟。そのようなものを感じさせよったわ。」
「そう、あの華雄をそこまで変える事が出来る董卓はやっぱり…。」
「予想していた通り、いやそれ以上によき主君ということじゃな。」
黄蓋は杯を傾け、酒をあおる。
「ふふ、祭、私にも一杯貰える?」
「む?なにやら楽しそうじゃな。」
「これからの雪蓮や蓮華達の事を考えるとね。大変で、面白いことになりそうだから。この連合で眼に留まる子が何人かいたわ。劉備ちゃんには人を惹きつけ、魅了する才が有る。隣にいた北郷と言う青年も似た雰囲気を持っていたわね。袁紹ちゃんは今現在では、抜きん出た財力と兵力を持っている。ちらほらと居た人材を使いこなせれば強いのだけれど、ね。碧(馬騰の真名)の娘の馬超ちゃん。彼女は武力は素晴らしいけど視野が狭いのが玉に傷ね。そこを誰かが補佐してあげられれば良いのだけど。公孫?ちゃんは、正直もったいないわね。平均的に高い能力を持っているし、白馬義従の力は素晴らしいわ。でも幽州という土地のせいか、部下に眼を引く人間がいないから、これから先苦労するわね。そして、曹操ちゃん。あの子の才は飛び抜けているわ。自らを“覇王”と称するだけあって、武力・政治力・軍略全てにおいて一流の才を持っている。今はあまり大きな陣営とは言えないけど、すぐに頭角を現していくわよ、きっと。ざっと見てもこれだけの傑物が揃ってるのだから確実にこれから先、群雄割拠の時代がやってくるわ。うちの娘達がどうやって生き抜いていくのか見ものね。」
「やれやれ、娘の苦労を楽しむとは、堅殿は意地が悪い。」
「障害のない道なんてつまらないじゃない?それでは成長も見込めないもの。あの子達にはうんと苦労して、成長して貰って、呉の国を発展させてもらわないとね。」
二人は笑い合い、空を見る。
満天の星空が広がっていた。
(さあ、この空の様に数多ある星の中で、最も輝くのは一体誰なのかしら?)
孫堅は自分の脚をさすりながら、くすりと微笑んだ。
Side 北郷
虎牢関から洛陽に先行した俺達は、ほとんど、いや、全く無い董卓軍の抵抗に警戒を覚えつつも、順調に行軍し、無事洛陽に到着することが出来た。
すぐに斥候を出し、中の様子を探った。
そして、将校斥候として洛陽の中に入っていた鈴々が、董卓らしき人物を見つけたと報告してきた。
数人の董卓兵と共に城門に向かっている身なりの良い女の子、という鈴々の情報からおそらく董卓本人だろうと予想した俺達は、すぐに入城する事にした。
洛陽の中に入ってみると、鈴々が言っていた通り、多くの兵が奔りまわっている事を除けば、概ね平穏といってもいい状態で、暴政に苦しんでいる様子はこれっぽっちもない。
やっぱり朱里や雛里の言うとおり、董卓は諸侯の嫉妬によって権力争いに巻き込まれただけの被害者なんだ。
あちこちを探し回っていると、鈴々が董卓を発見した。
「…こんにちは。」
「あ…えと、こんにちは。」
「………………。」
「………………。」
「ご、ご主人様!?何を見つめ合っておられるのですかっ!?」
………っは!?
あまりに想像していた董卓像と違いすぎて意識が飛んでた!
まさか董卓がこんなに可愛い女の子だなんて思わなかった。
そう口にすると、愛沙から非難の声が。
うん、ちゃんとしよう。
まずはこちらの意図を話す。
董卓ちゃん達を逃がすわけにはいかない事。
この戦いの本質を、今の俺達は見抜いている事。
その上で俺は董卓ちゃん達を死なせたくない事。
俺のこの考えに桃香と鈴々は賛成してくれた。
愛沙は少し渋ってはいたけど星が間に入ってくれた。
後は董卓ちゃん次第だ。
「一つ質問があります。私達を助ける事の利は何ですか?」
「う〜ん、得はないかなあ?」
「だねぇ。でも、董卓ちゃんを処罰しても何か得があるわけでもないし。」
「うん、だからただの自己満足かな。それに可愛い女の子を殺すなんて事出来ないってのが本音かな?」
「そうだね、得も無いけど損もないし。それなら人を殺すなんてしたくないって思うのは当然でしょ?」
俺達は彼女達の眼を見て話す。
信じてもらえるように誠意を持って。
それでもやっぱり簡単には信じてもらえないみたいで、董卓ちゃんの隣にいた眼鏡の子が噛み付いてくる。
それでもなんとか説得し、信じると言ってくれた。
でも、と董卓ちゃんの言葉は続く。
「…私達には、小さいけれど叶えたい事があります。貴方達のところに行っても、それを叶える事は出来ますか?」
Side 詠
「…私達には、小さいけれど叶えたい事があります。貴方達のところに行っても、それを叶える事は出来ますか?」
月は北郷達にそう投げかけた。
「もちろんだよ!私達の理想は、皆が仲良く笑顔の国を作る事だもん!!董卓ちゃんの願い事も叶えて見せるよ!!ねっ、ご主人様!」
「ああ、皆で力を合わせて、きっと叶えて見せるさ!」
北郷達はそんな答えを返してきた。
善人である事は、今の答えでわかった。
けど、考えが楽観的過ぎるわね。
ねえ、北郷、劉備。未来の保障なんて誰にも出来ないのよ?
まあそれを叶える為に努力するのは僕達だから、こいつらが善人だってわかっただけでも良しとしましょうか。
実際問題、再起を図るにしても、皆を探してどこかで静かに暮らすにしても、董卓という名が邪魔になる。
だから、この話は悪い話じゃない。
少なくともほとぼりが冷めるまでは、董卓という名は表に出すべきじゃないから。
まあ、でもこれだけは聞いておかないと。
「それで?あんた達、どうやって僕達の事を隠蔽するつもり?もしつまらない策しかないのなら…。」
「危険を承知で私達は逃げる事を選択します。」
「月…。」
「言ったでしょ?もう詠ちゃんだけに全てを背負わせたりしないから。」
月は僕の手をぎゅっと握った。
その手は少し熱かった。
「わかったよ。え〜と…まずは、董卓を俺達が討ち取ったことにする。後は…。」
「後は?」
「…………………。」
はあ、呆れた。それだけしか考えてないなんて。
そう言うと北郷はそんなことは無いと慌てて取り繕った。
それから北郷が捻り出したのは、僕達が名を捨てること、表舞台に出ない事だった。
曹操や孫策は月の頸には興味が無い。
その他の諸侯は月の顔を知らない。
だから、袁紹や袁術などの目先の利益を目的にしてる人間に見つからなければ何とかなると言う。
「とりあえずそれさえ守れば上手く隠していけそうだね♪」
「だな。」
ホントになんて能天気な奴らなんだろう。
「考えが甘いわ。」
「「え?」」
ぽかんとした顔で劉備と北郷がこちらを見る。
「いい?董卓の頸は大きな手柄になるわ。両袁家に対して恩が売れるし、つながりを作ることも出来る。他の諸侯からすれば、あんた達みたいな弱小勢力が頸を取ったなんて面白くないはずだから、色々と難癖をつけてくるはずよ。頸がないのなら信用できないとか、手柄の為に嘘をついてるんじゃないかとかね。下手をすれば痛くも無い腹を探られるかもしれない。権力争いって言うのはあんた達が考えているよりもっと醜くて、もっと汚くて、もっとドロドロとしたものなのよ。連中は隙あらば他人の足を引っ張ろうとするわ。だから、そうね、討ち取ったんじゃなく取り逃がしたことにしなさい。その後………。」
「…自害したことにする、やろ?」
「「霞(さん)!?」
「すまん。待たしたみたいやな。」
僕の言葉に割り込んだのは霞だった。
霞はゆっくりと月に近づくと
「月…。ホンマにすまん!!!」
いきなり深く頭を下げた。
「へう!?し、霞さんいきなりどうしたんですか!?頭を上げてください!!」
「月よ、それは私から説明させてもらおう。」
「「劉協陛下!!?」」
『ええっ!!劉協陛下!!?』
「へ、へ、へへ、陛下!ご、ご機嫌うるわしゅう…!」
「すまぬな、劉備よ。これから月にとってつらい話をせねばならぬ。挨拶は後にしてはくれぬか?」
「もも、申し訳ありませーん!!」
「ありがとう。それで月、簡潔に話そう。実はそなたの屋敷が燃えた。そして屋敷に火を放ったのはそなたの侍女であるフォンじゃ。そして、そのフォンから手紙を預かっておる。これじゃ、受け取れ。」
「…はい。」
陛下は懐から手紙を取り出すと月に手渡した。
でも何でフォンさんが屋敷に火を?
月を妹の様に可愛がっていたのに。
あの人が月を裏切るなんて考えられない。
何かあるんだ、何か。
っ!?まさか!?
僕がその考えに至った時、月はがくりと地面に膝をついていた。
「月!!」
その手からするりと手紙が落ちる。
見ると慌てて書いたような文字が並んでいた。
「月、読んでも?」
月はコクリと頷く。
そこにはこう書かれてあった。
『お嬢様へ。
お嬢様、本当に申し訳ありません。屋敷を燃やしてしまう事、先に逝ってしまう事、何よりお嬢様を悲しませてしまう事、他にも色々とありますが、お詫びいたします。
お嬢様達が屋敷からお逃げになった後、このままではまずい事に気付きました。
このままお二人が逃げ切ったとしても、連合は生贄を求めどこまでも追いかけるでしょう。
連合が納得し、手を引かせる為に、私は自身を董仲頴として自害する事にしました。
しかし、ただ命を絶つだけでは死んだのが誰なのかわかってしまう。
だから、屋敷に火を放ち、顔を焼いてしまうことにしました。
後は上手く噂を流し、董卓が死んだという事にしてください。
勘違いしないで頂きたいのは、私はお嬢様の為にこうしたのではなく、自分の命よりお嬢様が死んでしまう事の方が耐え難い事だったからです。
自分がそうしたいから選んだ道。
だからどうか自分を責めないでください、と言っても無理でしょうからこれだけは覚えておいてください。
私は笑って逝ったという事を。
最後に、もう一つだけ。貴方の真名を呼び、無礼な言葉を使うことをお許しください。
月。
これから貴女の前にはきっと沢山の辛い事、悲しい事が起こるでしょう。
沢山の壁が立ち塞がるでしょう。
でも貴女は一人じゃない。辛い事や悲しい事よりも多くの、貴女の事が大好きな人達がきっと傍にいる。
どんな時でも、どんな事があっても、貴女は貴女らしく在りなさい。
泣いてもいい、怒ってもいい、それでも笑う事を忘れてはいけませんよ。
私達は貴女の笑顔が大好きなのだから。』
ぽろぽろと涙を流す月。
「ものすごい覚悟の篭もったを見て一瞬怯んでしもて、止めることが出来んかった。」
「頭を、ぐすっ、あ、上げてください。これは、フォ、フォンさんが選んだ、道なんですから。」
「フォンの覚悟を無駄にせぬよう、出来うる限りの口ぞえはさせてもらうつもりじゃ。」
「あ、あの、陛下が董卓ちゃんは無実だって言えば…。」
「情けない事じゃが、私に力のある諸侯達を抑えるほどの発言力は無いのじゃよ。もはや皇帝というものはただの飾りになってしまっておるからの。出来るのは屋敷から出てきた遺体を董卓だと断言し、それ以上の追及を抑える事と、暗君を演じ、各諸侯に褒章を渡してとりあえずの欲望を満たして納得させる事ぐらいしか出来んのじゃ。」
「そ、そうなんですか…。」
申し訳なさそうに陛下は目を伏せる。
そして、見事に暗君を演じきって見せるとおっしゃって、数人の護衛と共に白へと戻って行った。
最後に「負けるでないぞ。」と月に声をかけて。
「ご、ご主人様――!!」
慌てて走って来た二人の少女は諸葛亮と鳳統と言うらしい。
事の経緯を北郷が説明した後、連合軍が到着し、袁紹達が暴走を始めたと報告した。
北郷達は慌てて事態の収拾に向かう。
「月、立てる?」
そっと手を差し伸べる。
「うん。蹲って泣いているばっかりじゃ、フォンさんも安心して向こうにいけないから。霞さんもつらい役を引き受けてくださってありがとうございます。」
「月っち…。ほんまに強なったなぁ。流騎の影響か?」
「きっとそうだと思います。流騎さんには沢山の事を、努力する事の大切さや、諦めない心を教えてもらいましたから。」
ぐいっと涙を拭い、月は歩き出す。
僕と霞はいつもより少し胸を張って歩く月の背を追って歩き出した。
説明 | ||
どうも、へたれど素人です。 ちまちま書いてようやく完成。 反董卓連合編および第一章完結です。 よろしければ読んでやって下さい。 |
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コメント | ||
nakuさん コメントありがとうございます。読んでいただいて光栄です。この辺の劉備陣営の言い分は原作から「よくこんな理由で付いていったな」と思ってたのでちと劉備達にダメな役をやって貰いました。無印一刀は何だかんだで色んな物を背負って覚悟を決めたのにねぇ…。(杯に注ぐ清酒と浮かぶ月) | ||
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