リリカルなのは×デビルサバイバー GOD編 |
カイトを訪ねてきた人物、それはクロノだった。
少しだけ慌てた様子で、けれど平静を装っている彼の姿はどこかおかしなものに見えた。
とりあえずクロノを家に招き入れて、話を聞くことにしたカイトは、居間を少しだけ片付けてくると言い、クロノを玄関に待たせることにした。
闇統べる王に、クロノが来ているから適当なところに隠れるようにというと、自身の肉体を本へと納めるから本棚に入れてほしいと言われ、そのとおりにした。
いくらプライドの高い彼女であっても、現在の状況においては、面倒事は避けたいようだ。
数分後、本を――紫炎の書をクロノの目に届かない場所に片付けてから、玄関へと戻った。
「早かったね」
「元から整理するようにはしてるから。だから少しだけ綺麗にするだけでも事足りるよ。それで? 話は」
居間に案内し、クロノを適当な椅子に座るように言ってから、そう問いかけた。
「あー、それなんだがな……」
珍しい。
今のクロノの様子を見てカイトはそう思った。
クロノ・ハラオウンという少年は、十四歳という年齢でありながら、執務官……人の上に立つ立場である。
そんな彼に対する、カイトの評価は"冷静"でどんなに冷酷な答えであっても即座に"判断"し"実行"することのできる人物。というものだ。
それはよく言えば、どんな状況下においても迷うことなく、判断をすることができる優秀な人間。
悪く言うと、上からの命令であればどんな状況下においても、その指示を実行する"犬"のようなもの。
それらを含めた総合評価は、とても優秀な組織の人間であるということ。ある意味で、カイトとは正反対に位置する人物。
そんな彼が今、仕事中であるにもかかわらず、少しだけ迷っている。そんな姿を見るのは、付き合いは短いカイトであっても、珍しいと思えた。
数巡した後、迷いを振り払うかのように、少しだけ大きな声でクロノは言った。
「ゼスト。ゼスト・グランガイツという男性を知っているな?」
「ゼスト……?」
知らないわけがない。というよりだ、少しだけ調べればカイトとゼストが接触したということぐらいわかるはずだ。
ゼストがカイトに接触したのは、教会からの任務とはいえ正当な"任務"だ。その仕事の報告書なり、様々なデータが管理局に残っているだろう。
大体カイトに聞かずとも、宿屋の女将さん然り、聖王協会の人間然り、様々な人間が二人を見ている。
そのことに疑問を抱きつつ、カイトは再度クロノに問いかける。
「知らないわけないだろ。というか、それぐらい調べてるよな?」
「当然さ! 当然、なんだけど……」
「……? どういうことだ? 俺とゼストさんが会ったことぐらい、少し調べればわかる。それなのに、態々俺に問いかけるのもおかしくはないか? ていうか、ゼストさん本人に聞けよ。彼に会えないなら、クイントさんでもカリムさんでも良い。いろんな人から俺たちの話は聞けるはずだ」
闇統べる王に紫炎の書。これらをクロノに気づかれる前に、早く帰ってもらわなければならないが、この疑問をそのままにしてはいけない。
「それがだ……君にどんな要件でゼストが会いに来たのか、それを聞きたいんだよ」
「だからまずゼストさんに聞くなり、報告書を読むなりすればいい。そこに答えは書いてあるんだから」
「あぁ……そのとおりだと僕も思うよ……だが!」
そう言ってクロノは少し声を荒げた。
彼の表情から読み取れるのは"困惑"。
そこからわかるのは、彼自身も何故こんなことをしなければならないのか。それをわかっていない。つまりはそういうことかもしれない。
「……いや、すまない」
「気にすんな。……その、なんか問い詰めるような真似して悪かった。でもなんでそんなことを聞くんだ?」
「……僕だって知らないさ。上から『ゼスト・グランガイツについて調べろ』こんな指示が来ただけなんだ」
「上がゼストさんを?」
それはつまり、管理局上層部はゼストを訝しんでいるということに他ならない。
「上が何を考えてるか分からないのは、"何時ものこと"さ。気にしていたら、この仕事はやっていけない」
「……そうか」
クロノが分からないのだから、部外者であるカイトが考えた所で何もわかるはずがない。
けれど、一つだけわかったことがある。
「まぁ君には関係ないな。それじゃ、僕は帰るよ」
「……あぁ。何も出せないで悪かったな」
二人は玄関まで移動する。
「それでは、また」
「……また」
ドアの開く音。クロノの姿が見えなくなり、鈍い音を立てて扉が閉じた。
予想以上に、得た情報の重要性は高いはずだ。
「大丈夫かな? ゼストさん」
管理局上層部はゼストを怪しんでいる。
問題は上層部というのがどの辺りのことを指すかだ。
幹部クラスの人間なのか、それとも……トップのことを指すか。
一度だけため息をつく。どちらにせよ情報が不足している今、その答えを出すことは出来ない。
そう結論づけ、カイトは闇統べる王を起こすために、閉まってある本棚へと移動する……が、その途中で闇統べる王は顔を見せた。
「お前、勝手に……」
「貴様」
カイトの言葉を少女は阻む。
その凄みの聞いた眼に、少しだけ驚きつつカイトは口を閉じた。
その少年の様子に少女は少しだけ満足した表情を見せ、相変わらずドスの利いた声で問いかける。
「貴様、管理局に属するつもりか?」
「そんなつもりは全くないよ。ここで拒絶したら痛くもない腹を探られる……いや、痛い腹を探られるかもしれないしな。素直に聞いたほうがいいだろ」
「……そうか。なら、いい」
少しだけ優しくなった声で闇統べる王は言った。
その様子に少しだけおかしく思いつつも、カイトはパソコンが設置されている部屋へと向かった。
部屋へと戻ってきたカイトは一人、パソコンの画面を見つめていた。どこか夢でも見ているような……そんな信じられない思いを浮かべて。
「……これは、いやでも」
パソコンの画面上に表示されている文字は、地球に住む人ならよく知るアルファベットだ。それも至極簡単な。故にカイトでもその文字を読むことが出来た。
数秒、考えこむように黙りこみ、カイトはメーラーを立ち上げた。プログラムに関してカイトは特別詳しいわけではない。しかし、詳しい人間を知っている。
ディスクのデータを圧縮し、そのデータをCOMPへと移し、アツロウに送るだけだ。
メールの文章は至極簡単。このプログラムが本当に"悪魔召喚プログラムのアップデート"を目的としているかを確かめてほしい、というものだ。
「よしっ」
COMPから送られたメールは、バ・ベルを通しアツロウのCOMPへと送り届けられる。
これで数週間も経たないうちに結果は出るはずだ。
「ミネロ・グラシアか」
本当であれば、このデータのことを彼女に問いただしたいのだが、彼女はもうこの世を去った人間だ。これも手紙に書いてあった情報だが、彼女の死因は身体能力の低下により心臓が止まってしまったことに起因する。つまりは寿命が来たということ。
彼女の死を看取ったカリム曰く、とても安らかな顔で、眠ったまま逝ったらしい。果たしてこの広い世界において、そんな幸せに死ぬことができる人間が何人いるのだろう。
「手がかりがまた無くなったか」
ベルカの生き証人たる、ミネロ・グラシア。彼女以上に当時を知るものはいない。それがたとえ、聖王や覇王の子孫が居たとしても。
「それでも何とかしないとなぁ……結局天使の事もわかってない」
懐から一枚の羽根を取り出す。
フェイト・テスタロッサが、プレシア・テスタロッサから渡された純白の羽根。
持つことではっきりと分かる、その清廉で、力強い、他者を排他するようなそんな羽根は、今も朽ちることなく力強さを感じさせる。
「いやまて、あったな最後の手がかりが」
この羽根の元の持ち主、プレシアに渡したという一人の男。仮面をつけた胡散臭いそんなやつが、たしかにこの世界……次元にいる。
悪魔使いと名乗る前から、カイトを悪魔使いだと断定した、すべてを知る(知ってそうな)そんな男。
前回の闇の書との戦いでも、決着をつけたのはカイトたちであるが、キーパーソンとなったのは他ならないその男だ。
プレシア・闇の書。
その両方に関わり、その両者とも詳しい事情を知る、すべての中心に居る……そう、たとえるならば核であるあの男こそが、すべてを知るものだ。
「……前回の、闇統べる王との戦いにおいて、あの男が出たとはなのはたちは言ってなかった。どうしてだ? ……俺が居なかったから?」
――なら、俺が事件の場にいればもしや……。
そこまで考えた所で、カイトは頭を強く振った。自分で事件を起こすような真似をしてどうする! そう言い聞かせるように。
「あーーっっ!! 水飲む! んで寝るっ! それだけだ」
まるでオーガが歩くような、そんな激しい足取りでカイトは台所へと進む。そして、そんな彼を闇統べる王は見ていた。そんな彼女は虚空に目を向け、語りかける。
「……どう思う?」
――どう、とは?
誰もいない。けれど、感情を抑制したような物静かな少女の声が闇統べる王の耳――否。脳に直接届いた。。
「……敵か味方か。どちらだと思うと聞いておる」
――そうですね、敵にも味方にもなる。そして、どちらにもならないかもしれないですね。
「我はどちらか。と聞いているのだ」
少女の返答に面白くなさそうに返す。
――白か黒か。それで表せるほど、人は単純ではありません。ですが……。
「ですが?」
――もし、私たちの味方になるのなら、それはそれで信用出来ません。
少女は断言した。
それはもう、よく研いだ刀で切るようにざっくりと。
「なかなかに厳しいな。なぁ"シュテル"」
少女は黙り込んだ。
その様子に少しだけおかしいと思いつつ、闇統べる王は先程自分が言った言葉を思い出す。
「そうか……お前、シュテルか」
――そのようです。あぁ、よかった。これで高町なのはに名を名乗ることができます。
心なしか、先程までとは違うどこか熱のこもった……そんな声でシュテルは言う。
「我とは違って、随分気に入っておるようだな。オリジナルを」
――えぇ、彼女は面白いです。からかったりしたら、面白い反応を返してくれそうですから。
「おい」
――冗談です。そんなことより、話を進めなくていいのですか?
若干自身のテンポが崩された感がある闇統べる王は、一二度咳をし、平静を取り戻そうとする。
だが、闇統べる王が話す前にシュテルと呼ばれた少女が口を開いた。
――王が彼を望むのなら、私はそれに賛同します。
「そうか……。うむ! さすがは我が家臣、分かっておるではないか!!」
はーはっはっはっは!! と叫んでいると、台所から戻ってきたカイトと目が合ってしまった。
「は……っはっはっは……」
「……お、おう」
声がどんどん縮んでいく。
そんな闇統べる王を見ながら、カイトはそそくさと自分の部屋へと移動してしまった。
その時にはもうすでにシュテルの声は聞こえなくなっていた。
残されたのはただ一人、少しだけ涙目になった闇統べる王だけだった。
* * *
「まっ、こんなもんよねテストなんて!」
辺りが阿鼻叫喚、暗くなっているのに対し、アリサという少女は全くの逆で自信満々に自身の金色の髪のように明るく言い放った。
彼女のテスト用紙には、赤い丸しかない。
カイトとすずかは顔を見合わせると、どこか言いにくそうにしながら自分たちのテスト用紙を彼女に見せた。
「……まぁ、そうよね。知ってたわ―」
そのテスト用紙には彼女と同じく、満点を表す得点が書かれていた。
「面白く無いわね―。こういうのって誰か答えを間違えて、教え合ったりするものじゃない?」
「それならその間違える役目は、バニングスさんに譲るよ」
「あら? それは勘弁ね。この程度の問題を間違えるほど、アタシはボケてないわ!」
ならその問題を間違えて、頭を抱えている周りの人達は何なのだろう? そう思わざるをえないが各々、自分のことに精一杯なのか誰もアリサの言葉は聞いていないようだ。
「というか納得出来ない。授業もたいしてまじめにやってるわけでもない。塾にも行ってるわけでもないのに、なんでテストの結果はいいのよ」
「さぁ? 適当にやって、要領よくこなす奴なんてごろごろいるだろ」
さすがに、一度体験しているからだ。とはいえず、ごまかすようにそう言った。
「そういえば、昨日は来てたのに今日はなのはたち来てないんだな」
「ん、あぁそっか。あんた途中で帰ったから知らないのね」
納得したようにアリサは手をぽんと叩いた。そして、一人納得して会話を終了させたアリサに変わり、すずかが補足するように言う。
「なのはちゃんたち午後の授業の途中で早退したんです」
「そうなのか」
午後の授業で帰ったといえば、ちょうどその時間帯でクロノがカイトの家に来た。もしかしたら、そのことと関係があるのかもしれない。
「あんた何か知ってるの?」
「いや、ちょうどその辺りでクロノが来たなと」
「クロノ……? あぁ、あの黒くて背が小さいお兄さん?」
「背が小さい……。事実だけどそれ本人に言うなよ? 多分、傷つくだろうから」
クロノ・ハラオウンは言った。ゼスト・グランガイツの情報をくれと。
なのはたちは学校を早退した。なにか事情があってのことだろうが、それはつまり、彼女たちの手を必要とするような何かが起きたということ。
「嵐の前の静けさ? いや、それとも……」
もしかしたらもうすでに、嵐の真っ只中に居るのかもしれない。
* * *
「カイトくんの情報、ですか?」
なのは、フェイト、はやてはアースラのリンディの私室にいた。その場には彼女たち三人だけでなく、当然ではあるがリンディ、そしてクロノもいる。
「えぇそうなの。実は上からそういう指示が来たのよ」
リンディは管理局本部から来た一枚の紙を三人に手渡した。その紙にはカイトと一人の男性の姿が映っている。
「この人は誰なんです?」
「ゼスト・グランガイツ。ゼスト隊と呼ばれる、管理局の中でもエースと言っていいほどの実力者が集められた部隊の隊長よ」
「その人と悪魔使いに何の関係があるんですか?」
「……それを調べるために、君たちに指示が来たんだ」
フェイトの問いかけにクロノが答えた。
「一応僕も昨日彼に会ってきた。でも彼は知らないと答え、そのことを上に報告したところ『信じられない。もう一度調査しろ』と返答が来たんだ」
「なぁクロノくん。それおかしない? かりにも執務官できちんとした書類で送ったんやろ? それを信じられへんなんて」
「あぁわかってるさ」
どこか苛ついた様子でクロノは言う。
「おかしいことくらい、僕だってわかってる。大体そんな信じられないなんて言われたの、僕だって初めてさ」
「付け加えるなら私も初めてね。これは異例とも言える事態ではあるわ。だからこそ、それを突き止めたいと思っているの。いったい何が起きているのか、それを把握しないとね」
一人ずつ三人を見て。
「お願いできるかしら?」
「「「はいっ!」」」
元気よく返事をする三人を満足そうに、リンディは見た。
「それじゃお願いね」
こうして賽は投げられ、トリガーは引かれることになる。
誰かは言うだろう、あの時こうしておけばよかったと。
誰かは言うだろう、あの時こうしておいてくれればよかったと。
それでも時間は誰にも平等に過ぎていく。そこには慈悲の心の欠片もありはしないだろうから。
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5th Day 嵐の前の前奏曲 4/29:更新 |
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