カエル王子(仮)
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 王都が、燃えていた。

 炎に包まれ崩れていく市街に、逃げ惑う人々の悲鳴。あるいはそれを引き裂き喰らうモンスターの残虐な哄笑、それに立ち向かう兵士の怒号、悲鳴、絶望。そういった物にこの場は支配されていた。

「ふふ、いい音になってきたわ。戦場は、こうでなくっちゃ」

 黒と紫のローブに身を包んだ女が、うっとりとした表情を浮かべ、耳を澄ませながら歩いている。

「魔女め、よくも俺たちの国を!」

 モンスターの包囲を抜けて、傷だらけの兵士が二人、女の前に立つ。向ける槍先が微かに震えているのは恐怖ゆえか。二人は、ゆっくりと歩く女から一定の距離を崩そうとしない。女は二人を軽く一瞥すると、語りかけるようにその美しい口を開いた。放たれる言葉を待ち、兵士の喉がごくりと鳴る。

 ゴウッ! 突如、二人の足下から強烈な火柱が立ち昇る! 二人は悲鳴を上げることすら出来ずに、一瞬で炭化し、そして灰となって熱風に吹き散った。

「あっはははは! ダメよ、不審者はすぐに殺さなきゃ」

 女は心底楽しそうな声で、笑い続ける。そばを旋回していたレッサーデーモンが、ただ一つ焼き残った、恨みを残して結晶化した二対の眼球を拾い、恭しく差し出す。女はそれを受け取ると、一つを口に含んで噛み下した。

「んっん〜、さいっこう」

 結晶眼に濃縮された兵士の恨みが女の体内に巡り、全身にさらなる力が満ちる。悪しき魔女は、負のエネルギーを力にする。今このとき、この襲撃者の力は最大に充ち満ちていた。

「さて、残るは玉座を陥とすだけ、と」

 女は、火の手を上げる宮殿の方を見据えると、自らを不吉な黒き翼を持つ魔鳥に変えると、飛んでいった。

 

 この日、大陸の西の小国クレイグランドは、一夜にして滅びた。そして三年後。

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「うー、あっついなぁ……」

 砂漠を照らす太陽が、ミシャの身体を容赦なく灼きにかかり、これでもう何度目かわからぬ愚痴を吐いた。砂漠を旅する者の常として、厚手のマントで身体を覆い、顔はフードとゴーグル、口にはストールを巻き付け完全に露出を抑えている。唯一、フードの後ろにあいた穴から赤茶けたゆるく三つに編まれた髪が垂れ、一歩歩くたびに揺れる。 彼女の備えは可能な範囲で万全ではあるが、それでも、砂漠の熱と渇きを完全に防げるわけでもない。彼女の目指す場所はまだゆうに丸一日は歩いた場所にある。ミシャは水筒に手を伸ばしかけ、やめた。

 遺跡盗掘を生業にするミシャが、砂漠に眠る遺跡のことを知ったのがつい先月のこと。リタイアした同業者を締め上げ情報を手に入れた。その男は、その遺跡の入り口にすら辿り着けなかったという。その場では笑ってみせたミシャだったが、今ではそのことを後悔しはじめていた。

(でもなぁ、情報料もったいないし。あいつにほら見たことかって笑われるのもしゃくだし……)

 とりとめのないことを考えつつも、足は着実に一歩一歩前へ進んでいく。見渡せど見渡せど砂の海。

と、その時、唐突にミシャの足下になにかがひっかかった。

「きゃあっ!?」

 普段なら何かにけつまずいて転ぶようなことはないが、足場の悪さと、集中力の欠如が、まれに見る大転倒を引き起こした。

「いっててて……なんなのよ、もう。うぇー、口ん中が砂まみれだわ」

 立ち上がり、身体についた砂をはたき落とし、水を少し含んでうがいをしてから、自分が蹴飛ばした物を確認するべく近寄った。

「なにこれ。金属、かな。なんでこんなとこに?」

 一見砂のこぶに見えた小さな塊は、よく見ると砂の色に同化して見える鉄の塊であった。

 ミシャはまず、爪先で軽くつついてみた。どうやら害はなさそうだが、さりとて価値のあるものでもあるまい、どうせガラクタの類だろう。ミシャはそう結論付けて、気を取り直して再び歩き出そうとした。ひどい目にあったが、いい目覚ましになったと思えばいい。しかし、数歩歩いたところで、ミシャは胸騒ぎを覚えて、再びその鉄くずに駆け寄った。盗掘屋の勘、と言ってもいい。

 ミシャは愛用の携帯折りたたみスコップを取り出すと、丁寧に周りの砂を掻きだし始めた。

 カサカサに乾いた額に、それでも汗が浮かぶ。作業を開始してから既に数十分が経過。それでも、掻きだす端から流れてくる砂のせいで、当然捗らない。

「はぁ、何やってんだろ、わたし……」

 疲労と徒労感で目もかすんできた。いい加減あきらめて、本来の目的に戻ろう。横道に逸れる癖があるのがわたしの悪いとこだ……ミシャがそう思った矢先。

 ズボッ! 砂の中から、がさがさに干涸らびた棒状のなにかが飛び出してきた!

「うわああああああっ! なに、なに、なんなの!?」

 腰を抜かして尻餅をついたミシャの目の前で、その干涸らびた何かは二、三度宙を掻くように動き、ぱたりと砂の上に倒れた。

「もしかして……あれ、手?」

 よく見れば、僅かに掘り出せている部分も、よく見ると鎧のような形状に見えなくもない。と、いうことは……

「ちょ、ちょっと! まだ生きてるの!?」

 ミシャは大慌てで這い寄り、全力で発掘作業に取りかかった。

 

 それから更に三十分後。鎧の大部分と、ミイラと見紛うほど萎びた肉体が露わになった。ここからが正念場だ。肉体も鎧も壊さぬように。ここが盗掘屋の腕の見せ所。細心の注意を払い、足と首に手をかけ……

「そぉいっ!」

 気合い一閃、一気に引き抜く! 繊細に、かつ大胆に!

 あたりに砂が舞い散り、勢い余ってミシャは再度尻餅をつく。が、鎧と中の肉体も、どうやら破損はなし。仕事は上々。ミシャは、改めて自分の掘り起こした物を眺める。

 子供用と思しき小振りの鎧。砂色と見えた色は、長い旅のせいだろうか、くすんでいるだけで、磨けばそれなりにはなりそうだ。所々に装飾用の意匠も施されていて、この持ち主が決して低からぬ身分の者であることがわかる。しかして、肝心のその持ち主はといえば……

「おーい、生きてるー?」

 ミシャは、ミイラのようなその人物の顔をつつきながら、声をかけてみた。

 鎧に合った、矮小な体躯。だがそれもひからびて乾燥することで一回りは小さくなっている。だが、不思議なのはその頭部だ。胴体や四肢の小ささ、細さとアンバランスな、一回り大きな頭部。眼も、不自然なほどに大きい。ミシャは、少し考え込んでから、おそるおそる疑問を口にした。

「もしかして……カエル?」

「ごほっ……カエル……ではない……ぼくは……」

「うわっしゃべった。ていうか、本当に生きてる」

 意識を取り戻したのか、カエルに似た鎧の男は、砂を吐き出しつつ、激しくむせながら立ち上がろうとして、また倒れた。

「あーあー、まだダメだって。君、今まで砂の中に埋もれてたんだから」

「なんだって……ごほっ砂? なんだここはぐへっ……ごほっがはっ」

「いいから落ち着いて。ほら、これ。ゆっくり飲んで」

 ミシャはカエル男の上体を支え起こして、水を飲ませてあげた。

「んぐっ……んぐっ……ぷはー! ありがとう、助かった! とはいえ……まだ歩けそうにないようだ」

「だろうね」

 ミイラじみた顔には多少は生気が戻ったようだがたった数口の水ではしょせん焼け石に水に等しい。

「まああんまり悠長に話してもられないだろうから、簡潔に聞くけど。君、これからどうしたい?」

「どうしたいって、そりゃあ……」

 カエル男はしばし考え込んでから答えた。

「とりあえず、安全なところに行って、水をたらふく飲みたい」

「だろうね」

 ミシャはあごに手をやり、うーんと唸り考え込んだ。

「ど、どうした、何か問題が」

 カエル男はミシャの態度に慌てている。

「いやね、わたしも卑しい生業とはいえ、人でなしでなし、行き倒れの旅人を救うのはもちろんやぶさかではないんだけどね」

「はっそうか、金だな? い、今はそのう、持ち合わせがないが……そのう、なんとかして必ず礼はさせてもらう」

「うーん、そういうことでもなくてだねぇ」

「で、では一体?」

「要は、本来わたしは君の生死に対して、何の責任も持ってないってこと。オーケイ?」

 ミシャの言葉の意図はよくわからないまま、カエル男は無言でうなずいた。ミシャは、自分の荷物の中から、ロープを取りだした。

「長さはこんくらいかなっと。ま、ちょっと乱暴だけど、砂に埋まって生きてたくらいだから多分平気だよね」

「えっちょっとなに、なにするつもりなんだお前、もしかして……」

 ハミングしながらロープの長さや強度を確かめるミシャに、カエル男は言いしれぬ不安と恐怖を感じた。思わず後ずさろうとしたが、身体が動かない。

「だいじょうぶだいじょうぶ、ただの運試しだって。悪くても、死ぬだけだから」

 ミシャは笑顔で手早くカエル男の両足をまとめて縛り、肩をぽんと叩くと、もう一方のロープの端を肩に担いだ。大地を踏みしめ、力を込める。たるんだロープがピンと張る。

「女一匹ッ! ド根性ォォッ!!」

 雄叫びに似た掛け声とともに、二人が動き出す。正確には、一人に連れられた一匹が。

「ちょおおおおおおっと待てぇぇぇぇぇ! 今すぐ止めろ、止まってくれぇぇぇぇぇ」

「あっははははははは! あははははははははは」

 叫び声と笑い声が、響き合っては砂の海に拡散する……やがては失神したのか、すぐにその叫び声も聞こえなくなった。

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 砂漠のオアシスに出来た街の酒場。そこそこの規模の店構えのそれは、昼間は軽い食事を出す店としてもやっているが、今はそれも一段落つき、マスターと二人の従業員が夜の仕込みを手際よく行っていた。客の来店を一瞬だけ早く告げる魔法風鈴がチリン、と小気味よい音を立て、マスターがじゃがいもを剥く手を休めずに視線だけそちらに向けるのと、店の扉が開くのはほぼ同時だった。

 現れたのは、マントとフード、ゴーグルで身を覆った小柄な人物。何も言わずズカズカと店の半ばまで来ると、身につけていた物を億劫そうに脱ぎ捨て、そこでようやく一息ついた。

「ぷっはぁ――――」

「砂は落として入れつってんだろ、ミシャ」

 マスターの言葉にしかし、非難の色はない。こんなことは、慣れっこだ。元々あまり上等な店でもない。食事に多少の砂が混じろうが文句をつける奴はこの店の客にはいないし、そもそも連中、適当に酔わせておけば自分が食ってるもんが砂だか肉だかもわからなくなる。

 ミシャは返事の代わりににやっと笑うと、ずかずかとカウンター前に座り、腕を載せた。

「ビール。ジョッキで。あと、水。ジョッキ……じゃダメだな。樽で。あと食い物。適当にじゃんじゃん作って」

 マスターは微かに怪訝な表情を見せたが、何も言わず言われた通り、ビールと、水の詰まった片手で抱えられる小振りな樽をカウンターに置いた。ミシャは真っ先にジョッキに手を伸ばし、一気に飲み干す。

「――っぷはぁ! 生き返ったあ!」

 いつの間にか置かれていた二杯目を手に取りつつ、あまりの美味さにカウンターに突っ伏す。砂漠の仕事は過酷だがその分、酒の美味さは類を見ない。

「ずいぶん早かったな。お宝探しは諦めたのか?」

 マスターが手早く料理を用意しながら、声をかける。

「んー、ちょっちトラブル。途中で戻ってきた」

 二杯目を飲み干しながら、そこでようやく自分が何のためにここに来たのかを思い出した。立ち上がり、水の入った樽を小脇に抱える。

「さっきから思ってたんだが、なんだそれ。死体か?」

 マスターが指しているのは、ミシャが引きずってきた、ガサガサに乾いたミイラのような物。

「まあまあ、見てなって」

 ミシャはそう言うと、樽の蓋を開け、中身を盛大にカエル男のミイラにぶちまけた!

 乾燥しきった身体が、スポンジよりも素早く無駄なく水分を吸収し、即座に本来の色つやに戻る。

マスターはこの光景に思わず眼を見張った。ミシャは、腹を抱えて大爆笑している。

 カエル男の身体がぶるっと震え、パチッと大きな眼を見開いて、ぴょーんと店の天井近くまで跳ぶ。 着地するや、開口一番、ミシャに怒鳴った。

「こ、こ、こ、殺す気かー!」

「だいじょうぶ、生きてる生きてる。ほら、まずはこれ飲みな、ね」

 ミシャはにっこり笑いながら、ビールジョッキをカエル男に手渡す。カエル男は吸盤の手で器用にジョッキをつかみ取ると、一息に飲み干す。青みがかった緑の顔に、透き通るような朱が差した。

「あんだこれは。さけか。こんなものでぼくをよわへてうやむやにしようってこんたんか。そうはいかないぞ。そこにすわれ!」

「ま、ま、ま。落ち着いて」

 ミシャはカエル男をよいしょっと後ろから抱き上げ、手近なテーブル席に座らせた。子供扱いに文句を言おうと振り返るカエル男の口に、何かが突っ込まれる。

「水サボテンのサラダスティック。美味しいでしょ?」

 カエル男は、じとっとミシャを見つめながらもとりあえず無言でサボテンスティックをかじる。律儀に飲み込んでから、再びクレームをつけようとした。

「お前なー……ぐもっ!?」

 開いた口に、フォークに刺さった肉のようなものが突っ込まれた。熱かったのか、口を押さえてじたばたしている。

「あはは、ごめん。熱かったよね。食べる物は人間と同じなんだね。ハエとかだったらどうしようって思ってたけど。どう、砂ザメのソテー、この店の名物。美味しいでしょ?」

 苦労して飲み込んだカエル男は、小さくこくんとうなずく。

「よしよし、いい子だ。次はこれどう? デビルリザードの悪魔風激辛串カツ……」

 その後も次々と切れ間なく繰り出される料理をカエル男は夢中でむさぼり続け、その瞳にもはやミシャに対する非難の色はなく、次の美味を求めてきらきらと光り輝いていた。ミシャとマスターは、ちらっと目を合わせた。

(チョロいな……)

(チョロいわ……)

 

 そしてしばらく後。満腹になるまで飲み食いした二人は、食後のコーヒーを飲みながら向かい合っていた。カエル男にはたっぷりの生クリーム入り。だがそれでも苦そうに飲んでいる。場は、謎の沈黙に満ちていて、マスターと従業員が皿を洗う音だけが響く。

 一口すすり、口火を切ったのはミシャだ。

「で、まあ色々聞きたいことはあるんだけど……まず自己紹介だよね。わたしはミシャ。ソロの盗掘屋。遺跡とか漁って金目の物とか、マジックアイテムとか集めたり。趣味と実益を兼ねてるってわけ。かっこつけてる奴らはトレジャーハンターなんて言ったりするけど、わたしに言わせりゃ、ナンセンス。ただの墓荒らしでしかないわよ。ま、盗掘屋なんて珍しくないからわかるよね。で、君は?」

 スプーンをぷらぷらさせて、気楽な口調で言うミシャに、カエル男はシャンと背筋を正した。

「はいっまずは、命を救っていただき誠に感謝の念に堪えません。ぼくはフィンク。クレイグランドの王子です」

 クレイグランド、という地名を聞いて、ミシャが考え込む。

「ちょっと待って、どこだっけそれ……」

「西の方にあったろ。小さな国だ。三年前に滅んだはずだが」

 マスターが口を挟んできた。

「あ、ああー! あそこか。ん、でもあそこって確か、魔物に滅ぼされて、そのあとは隣国に吸収されたって」

「はい。ぼくの国は、穏やかな気候に包まれた、とてもいい国でした。小さいながらも、国民はみな穏やかでやさしく……でも、あの日、全てが一瞬で終わってしまった。悪しき魔女、ウェルユーシュカの手によって!」

 フィンクがコーヒーカップを持つ手に力がこもる。ミシャが先を促す。

「……続けて」

「あの日、城下に突如現れた魔女の召喚した魔物の軍勢に、軍は為す術もなく……多くの者が、無残に、ただ戯れに殺されていきました。ウェルユーシュカはそのまま王城を蹂躙、父や母、兄も勇敢に立ち向かいましたが、敵わず……まだ幼かったぼくだけは皆の献身で逃がされましたが、その途中で魔女の呪いを受け、このような姿に。あるいはそれすらも、魔女の戯れであったのかもしれません」

「そう。呪いでカエル人間にね。道理で見たことないはずだわ。それで、そのあとは?」

「なんとか一人逃げ出すことに成功したぼくは、森をさまよい、とある老剣士に助けられ、その方の元で暮らしながら、剣を習い力を蓄えてきました。ですが、その師匠も病気で亡くなられ……ぼくは決意しました。必ずや、かの邪悪な魔女を討ち、元の姿を取り戻し、亡き父王の遺志を継ぎ、国を建て直すと!」

「なるほどなるほど。それはお気の毒さま。で、魔女退治がなんで砂漠で埋もれてたのかな、君は」

「それが、あのう、魔女の情報を求めて各地をさまよううちに、この地域に迷いこみまして。身体が乾いてふらっとしたところで流砂に足をとられて……それで流されてきたのではないかと」

「ほんっと、よく生きてるね君……」

「昔っから、丈夫なのだけが取り柄でして」

 照れくさそうに後頭部をかくフィンク。そういう問題かなとミシャは思ったが口には出さなかった。

「魔女ウェルユーシュカはこの大陸の東の果てのさらに向こうの孤島に住んでるの。ここは南。全然方角違うね」

「なんとっ、それは得難い情報を得ました。ありがとうございます、ミシャさん。では私はこれで。このお礼は魔女退治が成った暁に是非にさせていただきます」

 そう言って椅子から降りてぴょこんとお辞儀、そのままひょこひょこと歩き出そうとするフィンクの肩を慌ててつかんで押しとどめるミシャ。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ち。色々言いたいことがある! えーと、どこから突っ込んでいいんだこれは……まずはあれだな、その、フィンク君。君は本当にウェルユーシュカに勝てるつもりなの?」

「はい、もちろんです! 手強い相手ですが、ぼくにはこの、親からもらった丈夫な身体と、師匠から習った剣術、そしてなんとか持ち出せた王家の秘宝、どんな攻撃も弾く黄金鎧と! なんでも斬れる水晶剣がありま……あり……ない!?」

 フィンクが何度腰のあたりを探っても、水晶剣は当然ない。

「わたしが君を見つけたとき、その鎧しかなかったけどね。おおかた、流砂に飲まれたんでしょ。よかったじゃない、復讐を諦めるいい機会だよ」

「そ、そんな……ご先祖様たちになんとお詫びすれば……」

 床に手をつき、よよよと泣き崩れるフィンク。

「ま、仮にその水晶剣? があったとしても、魔女には勝てないんじゃないかな。だって君、わたしより弱いもん」

「なんとっ、その発言はいくら命の恩人であるミシャさんといえども聞き過ごせません! 撤回してくだ……」

 ダンッ! 言い終わらないうちに、フィンクは床に転がって天井を見ていた。

「……え?」

 その頭部には、いつの間に抜いたのか。ミシャの銃が突きつけられている。

「わかった?」

 さきほどまでの明るく軽い調子とは違う、心の奥を凍らせるかのような冷徹な声音だった。

 冷や汗や脂汗すら出ない、心臓を直で握られるような恐怖があった。ただ、黙ってゆっくりうなずくのが精一杯だ。

「なーんちゃってね。ま、こんな小娘一人に勝てないようじゃ、あの悪名高い魔女に勝つなんて無理ってことで」

 普段の調子に戻り、フィンクを助け起こすミシャ。フィンクは、泣いていた。

「わかります。わかってます、そんなことはぼくが一番よく知ってます……けど、じゃあどうしろっていうんですか。このまま、諦めて。たくさんの人の、ぼくの、無念を抱えたまま……こんな姿で、生きろって言うんですか!」

 ミシャは中腰になり、フィンクと正面から向かい合った。涙をそっと拭う。

「いいと思うよ、復讐。わたしはね。でもね、やるなら成功させないとダメ。無駄死には絶対ダメ。それが一番、君の敵を喜ばせることになるから。まずは、力をつけて。仲間を増やして、それから。ちゃんと勝てる方法を考えて、きっちり仕留める。ね?」

 フィンクはこくんとうなずいた。

「よーしよしよし。それじゃ、復讐はいったん忘れて、おねーさんの仕事を手伝ってもらおうかな。あ、それとも、盗掘屋なんていやかな? モンスターとかがっつんがっつん出るし、いい修行になると思うんだけど。ま、いやって言っても連れてくんだけどね。なにしろ、砂から引き上げた礼と、ここの飲み食いに遣った分のお礼がまだだもんね?」

 フィンクの肩をつかんだままにっこりと笑うミシャ。その瞳は笑っていない。

「……はい、やります」

 迫力に気圧されて同意するフィンク。それまで黙っていたマスターが呆れた様子で口を挟んだ。

「お前それ、脅迫って言うんだぞ」

「シャラーップ! そこ、だまらっしゃい! フィンク君は自分の意志で選んだの!」

 マスターはこれ見よがしにはぁ、と溜息をつき、新たなジョッキを三つ置いた。

「おごりだ。俺も飲む」

「お、気が利くじゃーん」

「その代わり、戻ってきたらまたここに寄れよ」

「あったりまえじゃーん。ここより美味しい店は、この街にはないからね」

 三人はジョッキを合わせた。

「新たなる冒険に!」

「王国の誇りに!」

「この店の繁盛に!」

『乾杯!!』

説明
気ままに書き連ねてる小説。
亡国のカエル王子とダンジョンシーフの女の子が出会ってなんかしたりするふわっとしたファンタジー。
完成を待つといつあげられるかわかんないので出来た部分からあげます。
あんま考えて書いてないので、色々ツッコミながら読むとよいのではないでしょうか。
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小説 創作 ファンタジー 

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