拝啓 皇帝陛下
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ベラール帝国 ヴィクトル・ギゾー皇帝

 

拝啓 

 

 帝国の((沃野|よくや))が西日に染まりゆくこの頃、皇帝陛下におかれましてはいかがおすごしでしょうか? 我ら両名とも、陛下のなしとげられましたるご偉業の数々に、ただただ感服の日々にございます。

 さて、((卒爾|そつじ))ながら、我ら両名、二十年ぶりに陛下にお手紙をさしあげました理由は、先日、小耳に挟んだ小話を、ぜひとも陛下の耳にお入れしたかったからにございます。なかなかよくできた奇談ゆえ、陛下にもお楽しみいただけるかと存じます。

 

 物語の主人公は、あるひとりの牧場主にございます。牧場主は、ある日、暴虐な農民に囚われていた動物たちを鎖から開放し、自らの家畜としました。豚、羊、馬、牛、あらゆる動物たちがおりました。牧場長はそんな動物たちをつれて旅をし、やがて美しい高原にたどりつきました。そこで腰を落ち着けることに決めた彼は、高原をぐるりと柵で囲い、その柵の中に動物たちを解き放つと、こう言いました。

「諸君! ここは自由の楽園だ。諸君らは、この柵の中にいる限りあらゆる自由が保証される。食料はふんだんにあるし、いつ寝るも働くも自由だ。外敵からは私が守ろう。さあ、のどやかな暮らしを楽しみたまえ!」

 動物たちは大喜びしました。ここは幸せの楽園だ。牧場長に従いさえすれば、僕らは永遠に幸せに生きていける! 彼らはそんなふうにして、自由を楽しみ、たらふく飲み食べ、おだやかな日々をすごしました。しかし、そんな牧場の平和に違和感を覚える者もおりました。彼は、一匹の猿だったのですが、この者は他の動物たちよりも少々知恵がまわりました。彼は、疑いの眼差しで牧場長を眺め、動物たちもまた同じように観察しました。そうして幾日かすぎるうちに、やがて彼は気づいてしまったのです。牧場の動物たちが、一頭、また一頭と日々数を減らしている事実に! そして、その消えた動物たちが、高原の頂きにたたずむあの宮殿のような真っ赤な建物で屠殺され、牧場長の食卓にのぼっている事実に!

 

 

 恐怖にかられた猿は、慌てて牧場中の動物たちを集め、反乱をおこすよう説得しました。が、平和と怠惰に馴らされ、思考を自ら放棄した動物たちは、一向に猿の言葉に耳を貸しません。彼らは、ゲラゲラ笑ってこう馬鹿にしました。

「いったい何を言ってるんだい君は? 牧場長はいい人だ。そんなことするはずがないじゃないか。君は疲れてるんだよ。ものを考えすぎなのさ」

 失望した猿は、牧場を捨てただ一匹逃げ出しました。そして、のこされた動物たちは、やがて牧場にそんな猿がいたことすらも忘れ、また元ののどやかな日常に戻っていきました。

 こうして、ただ一度の反乱の機会を失ってしまった動物たちは、あの猿の言葉どおり一頭、また一頭と数を減らしていき、一年がすぎ、二年がすぎたころには、とうとうただの一頭もいなくなってしまいました。

 その数日後、血のように真っ赤な夕暮れの空の下、動物たちの消えた牧場に、ひとりの男があらわれました。かつて牧場長だったその男は、丸々と肥え太った腹を揺すりながら、荒れ果てた高原をぐるりと見渡し、肩をすくめながら言いました。

「やれやれ、食べ尽くしてしまったか。また、新しい動物を仕入れに行かなくちゃならん。いや、待てよ? そういえば、一匹逃げだした猿がいたな。あいつを捕まに行くのも悪くない。猿の肉の味も気になるしな。ちょいと、調べてみるか……」

 

 いかがでしたか? 陛下には、さぞやお楽しみいただけたことかと存じます。さて、物語も終わりましたことですし、語り手は帰参するといたしましょう。陛下がご賢明な統治をなさりますよう、僭越ながら、天の国からご期待申しあげております。

 

敬具

 

ベラール共和国 第一執政   ジョアシャン・ラ・フォンテーヌ

同       国民議会議長 オスカル・ド・ネルヴァル

説明
自由を望みながら革命の夢破れ、専制君主になりはてたひとりの男へ、かつての同士から――――――
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