すみません。こいつの兄です。54
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 師走の二十三日は、天皇誕生日。

 翌日はジーザス誕生日の前祝い。別名、クリスマス・イブ。

 ここは、天国に一番近いケーキ屋さん。天使が降臨している。

 

「いらっしゃいませー」

サンタのコスプレをした美沙ちゃんが笑顔で迎えてくれる。

「ジーザス…」

なんという、可愛らしさ。

「マイ、ゴッド…」

「天使光臨」

「なによそれっ?」

「ちょっと!!」

一緒に来た橋本と上野も目を奪われて、八代さんと東雲さんに同時にキレられている。そのままフラれてしまうがいいぞ。リア充どもめ。

「ものども!よくぞ、ここまで来たっすね。さぁ、ケーキを選ぶがよいっす!」

そこに奥から、妹が出てきた。

 サタンみたいなセリフをサンタのコスプレをした妹が言う。妹だけ、なんだかマントも装備していて、サタン感満点だ。サタンクロースである。他の店員や客が吹き出している。

「真菜。おまえ、その言葉遣いでいいのか」

「むしろ、これで行けと店長に言われたっす」

妹はお笑い担当らしい。かわいい担当は、もちろん美沙ちゃんだ。

 ふとショーケースの方を見ると、さっきまでキレてた東雲さんと八代さんが早くもニコニコとケーキを選んでいる。

「えー。すごい悩むー。どれにしようー」

東雲さんが、前かがみにショーケースを覗き込み、ケーキより甘い声で橋本に意見を求めている。右手は橋本のコートの袖をつまんだままだ。

 

 橋本、爆発しないかな。

 

 目をそらした先で、八代さんがしゃがみこんでケーキをガラス越しに指差している。

「えっと。えっと。これと。これと。これと」

「美奈。太るぞ」

「えー。だってー」

下の名前呼び捨てか…。

 

 上野、爆発しないかな。

 

 上野と橋本だけじゃない。クリスマスイブのケーキ屋さんは、全体がきらきらしたリア充オーラに包まれている。すごいアウェー感だ。心の中で応援団(全部俺)がディーフェーンス、ディーフェーンス、とコールを送ってくれるが焼け石に水だ。

 これ以上見てられない。店の壁際にそっと身体を寄せて、足元を見る。おしゃれなタイルだ。このタイルの模様は、装飾がタイルを囲っているのか、四つ合わせて放射状の装飾になるようになっているのだろうか。そんなことを考える。

 そういえば、エロゲは美沙ちゃんに取り上げられたままだ。今年は液晶モニタの前で「嫁」とケーキを食べることもできないな。

「じゃあ、半分こにして両方食べようよー」

八代さんの声だ。半分こ、か…。フォークでケーキを半分にして、あーん、とかするんだろうか。きゃっきゃうふふする八代さんと上野の幸せな光景が目に浮かぶようだ。

「あー。美奈ずるいー。じゃあわたしも半分こするー。いいよねー橋本くんー」

東雲さんもか…。橋本が東雲さんときゃっきゃうふふする光景も目に浮かぶ。東雲さん、コートの中はタートルネックのセーターだったな。Fカップの東雲さんがセーター。

 液晶モニタの前…。

 俺のソウルジェムは、とっくに真っ黒だ。魔法少女だったら、完全に魔女になっているところだ。男子なので血の涙で済んだ。

 

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 家に帰ると、玄関に真奈美さんがしゃがんでいた。紙袋を持っている。

「寒いから、入ってていいのに」

「…こわいから…」

今日は怖い人はいないよ。妹はケーキ屋でサタンかサンタか分からないもののコスプレをしているからね。忘れているかもしれないが、真奈美さんは、一度うちの妹に恐怖して失禁してる。

 真奈美さんに手を差し出して、立ち上がるのを手伝う。うわ。手、冷たいな。

 立ち上がって、ふらつく。

「…足、しびれた」

「大丈夫?」

「うん」

 真奈美さんを連れて、玄関を開ける。今日は、母さんが家にいる。

「ただいまー。真奈美さんも来たよー」

「おかえりなさいー。あらあらあらー。そーよねークリスマスだものねー」

足のしびれた真奈美さんが、ふらふらと俺に寄りかかっているのを見て母さんが誤解する。そういうことではないのだ。これは真奈美さんであって、いわゆる女の子ではないのだ。

 真奈美さんの冷え切った手の感触を感じる。氷のようだ。

「真奈美さん身体冷えちゃってたら、お風呂使ってもいいよ」

「あらあらあらあらー。そーよねークリスマスだものねー」

母さん、ちょっと黙ってくれないか。本当に。

 部屋に上がってしまうと、誤解される。だから、真奈美さんを居間に通す。

「け、ケーキ…焼いてきた…の」

紙袋の中身は、乳白色のケーキだった。

 シンプルなチーズケーキに見えて、チーズケーキを透明なゼリーの層が覆っている。ゼリーの中には下が透けるほど薄くスライスされたオレンジが入っている。横を見るとさまざまな色の薄いゼリーとババロアとスポンジが積み重ねられている。

「おお…」

こんなすごいケーキは、ケーキ屋さんにも並んでいなかった。さすがは真奈美さんだ。

「クリスマス…だから…た、食べる?」

真奈美さんケーキを見せられて、食べないほうが拷問である。

 ちゃんと家族の分も合わせて五つある。

「うん。ありがたくいただくよ」

「じゃあ…紅茶…淹れ…たい…な」

真奈美さんが、台所をちらちら見る。台所には母親が立っている。

「母さん。そこにいると、真奈美さんがやりづらいから…」

人見知りは相変わらずだ。母さんに台所を空けてもらう。真奈美さんが、もにょもにょとなにかを言って、背中を丸めたヤシガニスタイルで台所へと移動する。たぶん「すみません」とか言っていた。

 ヤカンをコンロにかけて、ポットとカップを温めて待つ。紅茶の葉も持参していた。真奈美さんのことだから、きっとケーキの味にあう茶葉を選んできたのだろう。

「真奈美さん…。喫茶店とかやったら人気店になるよな」

「……」

真奈美さんの反応は、遠くて聞き取れない。真奈美さんと話すには、少なくとも距離三十センチ以内に入らなくてはいけない。

 

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 溶けて消える甘みと酸味。

 

 真奈美さんのケーキの味は、たとえば、降りながら消えていくひとひらの雪のよう。ふんわりと口の中に広がる果実のさわやかな香りだけが、今、口に運んだケーキが幻でなかったことを伝える。そのあわやかな香りすら、雑味のない透明な紅茶の一口で霧散する。

 幻のような味を追いかけて、フォークが次の一切れを口に運ぶ。

 そして、また消えていく。

 どこまでも繊細な切なく儚い、一晩の夢のような甘みだ。

「真奈美さん…」

ぼやける視界の真ん中に真奈美さんを捕らえる。

「なんちゅうもんを…なんちゅうもんを食わせてくれたんや…」

 パティシエなどでは、けっして作れないだろう。

 これは、ケーキではなかった。人の作ったものでもなかった。これは、聖夜になにか人ならざる御手が真奈美さんの手を使って作り出したなにかだ。そうでなければ、ならない。これを人が作るなど、神への冒涜に値する。

「な、泣くほど、美味しい?」

前髪の間から覗く目が、かすかな驚きと喜びを見せる。

「そのような言葉では…。人の貧弱な言葉では表すことができないくらいのなにか素晴らしい体験です」

危ない。クリスマスに、こんなものを食べてしまうと神の存在を信じて、うっかり教会とかに行ってしまいそうになる。神様なんていないのにな。だって、神様がいるなら真奈美さんをあんな目にあわせたりしないはずだから。

「…い、いつでも作る…よ。た、食べたかったら、い…言って」

「直人…今すぐ、プロポーズしなさい」

横でおすそ分けを食べていた母親が、茫然自失の体で言う。

「まて、おちつけ。母さん、こっちの世界に帰って来てくれ!俺は、まだ十七歳だからな、結婚とかできないからな」

話題を変えないとまずい。

 そうだ。

 つばめちゃんに手伝いを頼まれていたことを思い出した。三十日にコピー誌の製本だ。翌日は、コミケに駆りだされることになっているんだった。

「あ、そうだ。真奈美さん。三十日って空いてる?」

「…?うん?あ、空いてるけど…」

「じゃあさ。佐々木先生のところでちょっとお手伝いしない?紙を折ったり、ホッチキスで止めたりするお手伝い。俺も行くから」

「…なおとくんが、行くなら…行く」

よし。冬休みは、ただでさえ出無精になる長期休みだ。真奈美さんはなるべく連れまわそう。そうじゃないと、またゾーマをボコる毎日になってしまいかねない。

 そこでちょっと、考える。

 翌日、三十一日のコミケは…一緒に行けないかな?たしか、つばめちゃんは入場チケットを三枚持っていたはずだ。

 連れて行く人は市瀬真奈美さん、スーパー人見知りガール。

 連れて行く場所はコミックマーケット三日目、男性向け創作スペース。

 サハラ砂漠にペンギンを連れて行くほうが、まだ人道的だ。

「じゃあ三十日、一緒に手伝いに行こうね」

「…うん…ありが…と」

真奈美さんが、うつむくようにうなずく。

 ほっこり。

 父性本能なのだろうか。

 最近、真奈美さんのこういった反応にほっこりと気持ちが緩んでしまう。

 

 ケーキの甘さに気持ちがリラックスしているだけかもしれないけれど。

 

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 そして、三十日。

 朝、九時。駅前で真奈美さんと待ち合わせ。

「おはよ…う」

前髪の隙間から白い息が吐き出される。ジャージにユニクロのコート。いつもの背中を丸めた真奈美さんスタイル。声が聞こえる距離まで近づくと、ほんのり石鹸の香りがする。

 朝、起きて、部屋から出て、シャワーを浴びて、着替えて、一人で駅まで歩いてやってくる。どれも初めて会ったころには出来なかったことだ。真奈美さんの乗り越えて来たものの大きさを思う。

 真奈美さん、えらいなぁ。

「んじゃ、行こうか…」

電車と路線バスを乗り継いで、佐々木先生ことつばめちゃんのマンションへ行く。

 エントランスで、呼び鈴を押す。

《はーい》

「あのー。二宮と真奈美さんですー。来ましたー」

《開けたから、入ってー。ドアのカギも開けておくから》

エレベーターのボタンを押して待つ。

「つばめちゃんの部屋に来るのは、四ヶ月ぶりくらいか…」

「私…なおとくんの家以外に行くの、四年ぶりくらい…」

四ヶ月とか、あっという間だよね。

「冷静に考えると、独り暮らしの女性教師の部屋に男子生徒が訪ねていくというのは、問題になりそうな気もするな。いいのかな」

「昔の本とか見ると家の手伝いとか、宿題をやりに先生の家に行ったりするよね…。夏休みに、先生のうちでスイカごちそうになったり…」

「そう言えばそうだな」

 昔はおおらかだったんだろうか…。でも、母さんも『私、先生のうちに招いてもらったことってなかったわー』って言ってたしな。少なくとも、親の世代じゃ、もうそういうのってなかったんだな。それとも、中世ヨーロッパでには吸血鬼がいましたみたいなファンタジーな創作なんだろうか?

 ぷんぽぉん。

 エレベーターが到着する。降りて少し廊下を歩く。ここだ。部屋の表札に佐々木と書いてある。今、気がついたけど、これ明朝体みたいな手書きだな。

 ノックすると、中から「あいてるわー」という声が聞こえる。

「しつれいしまーす」

「…ごにょごにょ」

真奈美さん、精一杯の失礼しますである。

「直人くん。真奈美さん。ごめん。ちょっと居間でゲームでもして待ってて。あと三十分くらいだから。あと冷蔵庫の中のものとか、適当に食べていいわ」

奥の部屋から、すっぴんでパジャマみたいなスウェットを着たつばめちゃんが出現して、そう言う。バサバサの髪を輪ゴムで結んでいる。目の下はばっちりクマが出来て、頬がすこしコケ落ちて見える。数日前の二学期の終業式は、いつも通りの美人教師だっただんだけどな…。

 とりあえずお言葉に甘えて、ゲーム機を起動する。

 真奈美さんは、お茶を淹れてくると台所へ立つ。

 

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 一時間経過。

 ときどき、奥の部屋からうめき声が聞こえてくる。

 二時間経過。

 そろそろ、待ちくたびれた。真奈美さんが、台所にあったバナナを薄くスライスして、砂糖とシナモンをまぶして素揚げにしてくれた。食べていいとは言われていたが、こんな絶品スナックが出来上がっているとは、奥の部屋に引きこもったつばめちゃんは知る由もない。真奈美さんマジックだ。

 二時間半経過。そろそろお昼だ。

 真奈美さんが、また台所へ立つ。缶詰のシーチキンとオリーブオイル、食パン、ピザソースなどなどを使ってホットサンドを作ってくれる。控えめにドアをノックして、つばめちゃんにも差し入れる。

「なにこれ?美味しい!?どうなってんのっ!?」

つばめちゃん、絶品真奈美カフェ初体験。

 四時間が経過した午後二時少し前、ようやく奥の部屋からお呼びがかかる。

「ちょ、ちょっと待たせちゃったわね!」

げっそりとしながらも、ちょっとハイになったつばめちゃんが言う。老け込んだのか、子供っぽくなったのか判断に苦しむ表情をしている。

 それはそれとして、三十分と言っていた気がするが、忘れることにする。

 がこー。しゅびー。がこー。しゅびー、とパソコンにつながったプリンターが動き始める。その横に並んでいるプリンタも、がしゃこっ、うぃー、かしゃこっ、うぃーと動き始める。なんでプリンターが二台つながっているんだろう。

「そっちが、本文。こっちが表紙よ」

なるほど。白黒のがレーザープリンターで、表紙のカラーのはインクジェットなのか。

 しばらく待つと、印刷物の一揃い目が完了する。

「こうやって、真ん中で折って…」

つばめちゃんが、俺と真奈美さんに折り方の説明をする。

「ノンブルを確認して、乱丁がないのを確かめて…」

「ノンブルって?」

「ページ番号のことよ」

なるほど。

「真ん中を二箇所、このステイプラーで留めて…」

L字型に回転している変わった形のホッチキスが出てきた。こんなのあるんだ。

「上下と左の辺を1ミリくらいずつ切り落として、端を揃えてね。これで一部完成。わかった?」

「分かりました」

「……した」

こくり。

 真奈美さんもうなづく。

 

 作業開始。

 三辺を切り落とすのが面倒だ。紙とは言え、八枚を半分にして合計十六枚の三辺を落とすとなると、五十回くらいカッターを動かさなくちゃいけない。

 気がつくと、つばめちゃんが居眠りを始めていた。カッターを持っているのに危ない。

「つばめちゃん。寝てもいいですよ。俺と真奈美さんだけで、なんとかなりそうですし」

どう見ても徹夜明けのつばめちゃんに言ってみる。

「…い、いいかな。じゃ、じゃあ一時間だけ仮眠しようかな…」

たぶん、三時間は寝るな。

 つばめちゃんが、パソコンの置いてあるデスクの上のベッドに上っていく。はしごを昇るつばめちゃんのお尻を見て、ちょっとエロい気分になった。このシーンの写真を撮ったら、学校で密かに組織されている非公認佐々木つばめちゃんファンクラブにいくらで売れるだろうか。

 プリンタの機械音だけをBGMに、真奈美さんと黙々と紙を折る。

 つばめちゃんの部屋の独特な匂いは、プリンタのトナーの匂いだったと気がついた。つばめちゃんの部屋は、もう少し色っぽいなにかの匂いがするものだと思っている男子生徒たちには、がっかり情報だろう。

 料理で分かっていたが、真奈美さんは手先が器用だ。折った紙はぴっちり二等分。折り目もシャープ。ホッチキス留めもきっちり真ん中。力の要る、切り落とし作業を俺がやることにして、ホッチキス留めと紙折は真奈美さんに任せる。

 もくもくと作業を進める。

 インクジェットプリンタが、インク切れを知らせる。横においてあるカートリッジのパッケージを開けて交換する。しばらく、がこがことやった後、印刷を再開する。

 また、作業を続ける。

「なおとくん…」

「ん?」

手を休めずに真奈美さんが話しかけてくる。

「たのしいね」

「そ、そう?」

「うん…こういうの好き」

紙を折って、ホッチキスで留めるのがエンタテイメントなのだろうかとも思うけど、つばめちゃんも好きでやっているわけだしな。楽しいのかもしれない。

「真奈美さんもさ」

「うん」

「ノートに絵を描いたりしてるじゃない」

「…うん」

「コピーして、みんなに見せてみたりしたら?」

あのコミケの混雑は、真奈美さんには致死レベルだけど、つばめちゃんに聞いたらなにかいい知恵を教えてくれそうだ。

「…そ、そうか…な。う、うん」

そこで、白黒のほうのプリンタがピーピー鳴く。インク切れかと思ってみると、紙詰まりだった。中を開けて、くしゃくしゃになった紙を取り出す。再開する。

 ピーピー。

「あれ?」

また、紙を取り除く。再開する。

 ピーピー。

「あらー」

だめだ。何度やっても同じところで紙づまりする。これは、つばめちゃんに相談しなきゃだめかな。申し訳ないけれど、起こすことにする。さっきから、三時間くらい経っているから大丈夫だろう。

 ベッドのはしごを昇る。

 布団に突っ伏して、つばめちゃんが寝ていた。よだれまでたらしている。なんだか、見ちゃいけないものを見ているような背徳感がある。変な気持ちになる前に声をかける。

「あの。つばめちゃん。起きて…」

「くかー」

だめだ。爆酔している。細い肩に手をかける勇気はない。もう一度、声をかけてみる。

「つばめちゃん。プリンタ壊れた」

「なんですって!」

がばっ。がんっ!

 跳ね起きたつばめちゃんが天井に頭をしたたかに打ち付ける。

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ」

目の焦点が合ってないんだけど、本当に大丈夫だろうか?

「で、プリンタがどうしたって?」

ベッドの上で、這い寄りながらつばめちゃんが尋ねる。スウェットの襟元から、ちらりと谷間が見える。うわ。ノーブラ!?

「白黒の方が、何度やっても同じところで紙詰まりしちゃ…うわわ」

慌てたつばめちゃんが、こっちにお尻を向けてはしごを降りてこようとする。お尻を顔面に押し付けられる前に床に飛び降りる。

 つばめちゃんが、プリンタとしばし格闘する。

「だめね…。で、何部できたの?」

「えっと…二十冊ちょとかな…」

「…さすがに、それだと足りないかな。知り合いにも配るし…」

「どうします?」

「どうしよう…え?なんで、外真っ暗なの!?」

つばめちゃんが青ざめる。そんなに心配しなくても、まだ七時前だ。師走の日は短い。とはいえ、真奈美さんはそろそろ帰したほうがいいかもしれない。

「あの、とりあえず真奈美さん、一旦送ってきてもいいですか?俺は、またもどってきますから…」

「そ、そうね。でも、そうしたら、今度は直人くんが遅くなっちゃうわよ。あと十冊くらいあれば大丈夫なんだけど…。あー。プリンタどうしよう」

つばめちゃんが困ってる。臆病者の俺だけど、困った親切なつばめちゃんを見捨てるほどじゃない。

「…んと。帰る前に俺、それをコピーしてきましょうか?」

「え。ああ。そうね行ってきてくれる?」

つまり、こういうことだ。まだ折っていないプリント済みの紙をワンセット持ってコンビニに行ってコピーする。それを持って帰って、つばめちゃんに渡したら真奈美さんを送って任務完了だ。あと十冊くらいなら、手伝いがなくてもどうってことはないだろう。

 とりあえず、今のつばめちゃんは外に出れる姿になるだけでも三十分はたっぷりかかりそうなアリサマだしね。

 ファイルケースに原版を入れてマンションを出る。歩いて、五分ほどのコンビニに到着して、失策に気づく。

「まじか。ここで、これのコピーをするのか…」

 つばめちゃんの描いている漫画はエロ漫画だった。

 コンビニのコピー機は入り口の横にあった。

 八枚の原稿を両面コピーで、十冊分。八十枚だ。コンビニのコピー機では、それなりに時間がかかる。物語は四枚目くらいから佳境に入る。男子高校生には目に毒なコマがコピー機から吐き出される。

 びくっ。

 背後の自動ドアが開く。高校生とおぼしき女の子が二人店に入ってくる。

 六枚目の原稿のコピーが完了する。七枚目をセットする。

 女の子二人は、お菓子コーナーでなにやらおしゃべりをしながら歩いている。

 コピー機から吐き出される絵は、エスカレートの一途だ。つばめちゃん、今回は前回よりハードじゃないっすかね。これ。

「あ。そーだ。まつり、こないだの写真プリントする?」

びくぅっ。

「あ。そっかー。でも、いいよ。うちにプリンタあるし。送っておいて」

そうそう。それがいいよ。このプリンタはしばらく空かないよ。あと、お願い、こっちに興味をもたないで。

 二人がレジに近づく。つまり俺に近づく。コピー機から吐き出されるエッチな絵に近づく。

 脂汗なう。

「ありがとーござっしたー」

自動ドアが閉まる音を背後に、袖で脂汗をぬぐう。

 あと十枚で完了する。早く終わってくれー。

 先にプリントした七十枚をファイルにしまう。半透明のファイルケースに、エッチな絵が透けている。なぜ、マンションを出る前に気づかなかったのか…。

 

 終わった。

 そそくさと、残りの十枚をファイルケースにしまい。おつりを取ってコンビニを出る。三十メートルほど進んで、Uターン。全力ダッシュ。

 コピー機から原版を回収する。

 

 あっぶねぇ…。

 

 思わぬスリルを味わって、つばめちゃんのマンションにもどると、いい匂いが俺を迎えた。

「…佐々木先生に、簡単に晩御飯作ってあげたの…」

真奈美さんの背後で、つばめちゃんが感動していた。

「じゃあ、また明日六時でいいんですよね」

「よろしくお願いするわ。またねー」

すっぴんで髪の毛もぼさぼさの、つばめちゃんが手を振る。

 

(つづく)

 

説明
妄想劇場54話目。ちょっとつなぎの回。ところで、ぼくはすっぴんでお風呂にも入らないで、だらしなーい感じの状態になっちゃっているオタな女性って可愛いと思うのですが、どうですか?

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

メインは、創作漫画を描いています。コミティアで頒布してます。大体、毎回50ページ前後。コミティアにも遊びに来て、漫画のほうも読んでいただけると嬉しいです。(ステマ)
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コメント
まっくすさん、ご都合主義だけど、美沙ちゃんには少しだけ引っ込んでもらってます。一応、次の55話の最初で言い訳してます。ひそかにつばめちゃん(三十歳)にもファンがついてくれないものかと願ってます。(びりおんみくろん (ALU))
更新乙です 珍しく美紗ちゃんが何もしてこない...フラグか?w だらしないオタの女か...悪くないですなぁ 自分がオタだから、彼女もオタな人がいい(願望)(まっくす)
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