インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#98 |
IS学園が警備本部として占有している管制室の隣に設置された休憩所に千冬と真耶は居た。
壁に設置されたアリーナの様子を映すモニターをコーヒー片手に眺める。
確かに、開会からここまで特に大きな問題は起こっていない。
強いて言うならばアリーナのコース上が爆破に晒されまくって損傷が酷くなりつつある位だが、それを心配するのは市の職員の仕事だ。
「ここまでは無事にこれましたね。」
「…そうだな。」
ぽつり、と呟くように言う真耶に千冬はぼそりと答える。
その脳裏には今までに巻き込まれてきた事件の数々が蘇ってくる。
「大丈夫だと、信じたい処だ。」
千冬は言葉とともにそれまでの折衝で構築した警備を思い出す。
協力を取りつけた自衛隊は海上自衛隊が近隣海域に護衛艦を、航空自衛隊が早期警戒機と戦闘機、更には虎の子の((航空歩兵|IS))隊を派遣してくれている。
もちろん、陸上自衛隊も会場周辺の警備に協力してくれている。
更に学園側も教員のみならず、事実上の学生最強戦力である生徒会を警備に参加させ、その中でも千冬が知る限りでは一番実験経験のある最新鋭機コンビ――一夏と箒を授業の一環でもあるレースに参加させず警備専任にしている。
一部では『過剰だ』と声が上がる位の警備体制がこの会場に敷かれているのだ。
これ以上の警備体制はそうそう作れる物では無いし、国際大会であるモンドグロッソでもここまでの警備はされないだろう。
それでも、千冬たちは一抹の不安を拭いきれないで居た。
唐突に、―――プシュ、と圧縮空気特有のドア開閉音が沈黙を破った。
現れたのはダークグレーのISスーツに濃紺のフライトジャケットを羽織った二人組だった。
「ああ、織斑先生に山田先生。お疲れ様です。」
「一澤一尉、比名二尉もお疲れ様です。」
ラフな敬礼をしてくる二人に、真耶が言いながら深めの礼を、千冬は軽めな会釈を返す。
入ってきたのは警備に当たる自衛隊の((航空歩兵|IS))隊の二人だった。
ちょうど、一夏と箒が警備に当たっている間の休憩がてらにやってきたのだろう。
「どうですか、様子は。」
「ええ、今の所は問題無さそうです。」
「それは何より。」
事務的、かつどこか硬さの残る口調のやりとりが千冬と一澤一尉の間で交わされる。
すると、千冬は少しばかり思案し――
「ふむ、山田君。私は先に休憩を上がるとしよう。失礼の無いようにな。」
「あ、ちょっと織斑先生!?」
真耶の制止の声もむなしく、千冬はさっさと休憩所を出て行ってしまう。
残された真耶は、『はあ…』と溜め息をつくしかなかった。
「ふふ、いい上司じゃないか。強くて美人で気が効くだなんて。」
「冗談がキツイですよ、紗紀さん。」
笑いかける一澤紗紀一尉に真耶はげんなりとした表情で答えつつコーヒーメーカーを操作して二人にコーヒーを淹れて渡す。
「紗紀、さん?」
そこで、それまで会話の外に置かれていた比名二尉が疑問の声を上げた。
自分の上司を名前呼びする見ず知らずの人物が不思議だったのだろう。
「ああ、志保とは入れ違いだったな。真耶――こちらの山田真耶先生は私と同期だよ。もっとも、年は私の方が上だがな。」
「私と紗紀さん、他にも何人かいたんですけど、第二回モンドグロッソを目指して代表候補生として鈴代教官に師事してたんですよ。」
「鈴代隊長に…?」
思わぬ昔話に首を傾げる比名志保二尉。
そんな事はお構いなしに真耶と紗紀は昔話を続ける。
「あの頃の鈴代教官、燃えてたな。」
「鈴代教官自身も第一回で先輩と代表枠を争って負けてますから。第二回の時は自衛隊にIS隊を発足させるために手が離せなくなっていたからせめて教え子に――って、気合い入ってましたよね。」
「まあ、結局出来上がったのは試合には勝てない、堅実かつ軍隊向けなIS乗りだった訳だが。」
「軍隊が求めるのは一人の天才より百人の兵ですからね。」
あはは、ふふふ、と笑いがこぼれる中、志保はつまらなそうに部屋の片隅――コーヒーメーカーの側にあった砂糖壺を持って来て角砂糖を一個取り出すとポイと口の中に放り込んだ。
「そーいえば、一尉と山田先生、どっちが強かったんです?」
じゃりじゃりと角砂糖を食みながら訊ねる志保。
「こら、角砂糖を貪るな。」
「でも、警戒って体力使うからこーでもしないと…」
「あ、それなら向こうにちょっとしたお菓子位なら有りますから。」
「え、いいの?」
「はい。ここは警備関係者の休憩室ですから。」
「やりぃ!それじゃ遠慮なく頂きまーす。」
「まったく…」
真耶の言葉に子供みたいな反応を返す志保。
怒っていた紗紀もあきれ顔に変わっていた。
「で、どっちが強いんです?」
「ふむ…」
もぐもぐとクッキーをくわえながら訊き直され、紗紀は少しばかり考える。
「あの頃の実力は真耶の方が上だったな。実際、当時の代表だった織斑先輩への挑戦権を得た代表候補生は真耶だけだった。―――もし真耶が学園に引き抜かれていなかったら戦闘隊長は私では無く真耶が就いていた筈だ。」
「そんな……ああ、そうだ!今日は鈴代隊長はいらっしゃってないんですか?」
「ああ。……これはオフレコで頼む。」
「はい」
「実は青木ヶ原で戦闘らしい反応を捕まえたらしくてな。」
「青木が原で……」
「それが何を意味しているのか…」
「無関係…は希望を持ちすぎですかね。」
「…だな。」
呟くような声に、部屋が沈黙に包まれた。
「…っと、すまない。直接は関係ない話だったな。」
「いえ…」
「そういえば今、警備に上がっている二人は随分と手慣れている様子だったな。三年生の秘蔵っ子か?ぜひとも航空歩兵隊に欲しい処だ。」
「二人とも一年生ですよ。織斑先生の弟さんと、篠ノ之博士の妹さんです。」
「あれで一年生か。」
「ええ、色々有りましたから。」
「…成る程。この警備の厳重さにも納得がいったよ。」
「何事も無く終わればいいんですけどねぇ。」
「同感だ。――――さて、私達もそろそろ休憩を上がるとしよう。」
「あ、私もそろそろ戻らないと。」
紙コップの中に残ったコーヒーを一気にあおると勢いで握りつぶしたそれをそのままゴミ箱に放り込み部屋の外に出る。
「それじゃあ、な。」
「一尉も、お元気で。」
軽く手を上げる紗紀、堂に行った見事な敬礼をする真耶。
それから二人は互いに背中を向けてそれぞれの持ち場へと向かっていった。
* * *
[side: ]
一年生訓練機の部がそれまでのレースと比べて拙いながらも白熱――爆熱(?)したレースで観客を楽しませていたその頃、ピットでは次のレース――IS学園三年生と一般参加者たちが各々の機体の最終調整を終え、レースが始まる時を待っていた。
ある者は己が実力を証明する為の勝利を求めて。
またある者は勝利によって得られる名声を求めて。
――ごく一部では、少々危ない成績がついた授業の救済措置を受ける為に。
「あー、高機動パッケージ付きの専用機が欲しーい!」
「その為のキャノンボールファスト参加でしょうが。」
「――でさ、専用機の部で使ってたラファールのウィングバインダーと打鉄のブースターを両方積んで…」
「壁に全力突撃して自爆がオチね。」
「酷い!」
「―――ここである程度の成績を出しておけばヤバげだった数学の単位も…」
「いや、それないと思うよ?」
「デスヨネー。」
それぞれが胸中にあるものは様々であったが、彼女たちはそれをつかみ取るべく、勝負の時を待つ。
ある者は最後の機体調整をしながら、またある者は友人と談笑しながら。
中には瞑って精神統一を図っている者も居るようだ。
…だからと言って、座禅を組むような者は流石に居ないが。
―――程なくして、IS学園一年生の部が波乱と爆破で溢れかえったレースが幕を閉じる。
「第一レース出場予定のみなさん、移動を開始してください!」
そう、係員に告げられて彼女たちはそれぞれの機体を起動させ、ピットを出る。
アリーナに出た彼女たちを迎えたのは、上空警備に当たる二機の打鉄と埋めつくさんばかりの観客の声援だった。
応援の声、激励の声。
それらを背に受けながら、彼女たちは開始線に立つ。
『それでは、キャノンボール・ファスト第三部、IS学園三年生及び一般参加者の第一レースを開始します!』
そんなアナウンスが流れると同時にスタートシグナルが三つの赤いランプが点灯。
PICで浮遊を開始し、スラスターが最大噴射の時を待つ。
それと同時に、影でひっそりと動きだすモノがあった。
『3!』
―――System check...[ok]
『2!』
―――Condition...[ok]
『1!』
―――System booting...[ok]
『Go!』
―――Valkries Trace System v2.0.X.........[Start]
説明 | ||
#98:Alea jacta est. | ||
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コメント | ||
蛇足ですが、今回登場した自衛隊の二人はモチーフにしたキャラが居たり…(高郷 葱) 感想ありがとうございます。今の所、『改良版VTシステムが起動した』以外は判らない状態になってますが、そこらへんは束さんが解説してくれるのでお待ちください。――『後処理』って、処理する気皆無ならやり放題ですよね?なんて。(高郷 葱) 備えあれば憂い無し、と思った矢先に“コレ”ですか……。たしかにもっとも対処しづらいタイミングかつ解決そのものよりもむしろ後処理に困りそうな展開だと思います。一体誰がどういう意図でいつの間に。次回の更新を楽しみにしています。(組合長) |
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