寂滅為楽(上) 02
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二.

 三月も終わりにさしかかった夜、箒は気まぐれに散歩をすることにした。

 春の始まりといってもまだ外気は冷たい。終電も過ぎてしまえば静まり返った街に存在するのは点滅する電灯と、物好きな彼女一人だけだった。

 雪を踏みしめて歩く。四月から入学する手筈になっている学園は都市部なので入学してしまえば、おそらく卒業までの三年はもうこの白い景色を見ることもない。

 黒く染まった泥雪にいったい何の意味がある。人を害するまでに人によって貶められたその風物詩は、まるで魔都に降る汚染雨に似ている。

 綺麗なのは月だけだ。

 沈黙し、闇へと埋没しようとする人工物を照らすその光は青々と夜を浮き彫りにする。麻痺したような暗い世界で彼女と月だけが確かに生きている。

 それが酷く眩しくて、なんとか掻き消せないものかと、彼女は空に手を伸ばした。

「――ああ、なんて病的だ」

 不治の病に侵されてとうとう心が弱ったか。無意味な行動の理由を彼女はもう説明することができない。

 然りと定めたつもりになって、非道に振舞おうとする自分はなんて滑稽だろう。なんて脆い、廃れた心なのだろう。成し遂げると決めたのに、いつも始まりは揺らいでしまう。

 所詮は道化。

 ――自分は篠ノ之箒が抱いた後悔を解消するために動く妄執の人形に過ぎない。

 ふと視界の端に彼女はそれを見つけた。

 思わず歩を止め、そちらの方へ振り返ってしまう。

 それは一本の竹刀だった。立てかけてある建物から推測するに誰かが仕舞い忘れたのだろう。それとも朝の素振り稽古のためにわざと置いてあるのだろうか。

 近づいて竹刀を手に取る。これはあの出来事まで確かに彼女の支えであり核であった。しかし同時に彼女の慢心の元凶であり、件の引き金でもあった。

 かつて悲劇があった。

 ある夏の日、一組の姉妹が犯した過ちが取り返しのつかない事件を引き起こしたのだ。

 そしてそれは未だ解決には至っていない。

 どうすれば許されるのか、奔走の内に彼女は自分を見失った。思い出がすべて他人事に変わり、繋がりは絶望的なまでに絶たれた。

 もはや口調さえ安定しない。

 深紅の髪は炎。それは自らを焼き尽くして欲しいという願望であり、せめて共犯者とは最後までともに在りたいという彼女の懇願の表れだった。

 己が悪平等が暴かれる。

 故に彼女は無言で竹刀を置いた。ここで叫び声を上げたかった。いっそ罪の意識に心が壊れてしまえば、こんなに苛まれることもなかったろうに。

 けれど遺伝子が、その名が、彼女を今も縛りつけるのだ。

 簫と鈴の音が鳴る。

「……面影を胸に宿せ」

 せめて償いたかったから、未だこの身はこの世を彷徨っている。ならば本懐を遂げねばそれはすべて嘘になる。それだけは彼女は認めてはならないのだ。

 まるで擬態だ。しかし構わない。

 あと少し上手くやりさえすれば、やっと自分は許されるのだから。

 

 ――生きて。

 

 それがこのガランドウに植えつけられた、たった一つの衝動。

 その願いだけが彼女を動かす。

 愚かしいまでの渇望だが羨ましくもある。

 もしかすれば彼女はかつての篠ノ之箒を憎みながらも羨んでいるのかもしれなかった。

 

説明
 ISで篠ノ之箒メインの話をやってみたいなと思い立って書いた次第です。
 ちなみにpixivとハーメルンでも同名作品を投稿しています。
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二次創作 インフィニット・ストラトス IS 篠ノ之箒メイン 末期戦モノ? 

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