寂滅為楽(上) 03
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三.

 それは煉獄に住まう紅蓮の武者鎧。

 たった一つの罪を嘆き続ける救われぬ少女。

 ――何故だ。

 少女はいま泣いているというのに。

 どうして自分は傍にいないのか。

 焦げる空に向かい怨嗟の産声を上げる少女の限界は近い。

 舐める炎がその身を包む、メギドの火が少女を焼く。

 その足元には血濡れた雪片弐型が転がっていた。

 

   ◆

 

 唐突と目が覚めた。

 何かとてつもなく嫌な夢を見た気がする。思い出せないだけに性質の悪い幻想だった。再び寝る気分にもならず、織斑一夏は瞼を開いた。

 部屋が眠りにつく前と変わらぬIS学園の自室であることに妙な安堵を覚える。確か、あまりに放課後の訓練が辛くて、制服も脱がずにベットに倒れこんだのだ。悪質な夢見の原因はこの制服かもしれないと、薄ぼんやり一夏は思う。

「あ、やっと起きた」

 そんな一夏の寝惚け顔を覗き込んで凰鈴音が笑っていた。

「……どうしたんだ、鈴。お前の部屋はここじゃないだろ。――まさか、迷子か?」

 幼馴染みのよしみでここだけの話にしてやろうと気を使ったにも関わらず、瞬きの間に一夏は空を舞っていた。右目下に表示されたモニターを咄嗟に確認すると専用機「白式」のエネルギー総量が著しく減少している。どうやら絶対防御が発動したようだ。

 鈴の利き手側だけが無骨な装甲を鎧っていた。あれが噂に聞く中国代表候補生に支給された専用機「甲龍」の一部であることはすぐに想像がつく。

 ――馬鹿め、晒したな。そんないまさらテレビの悪役も言わないような台詞をさらりと口にしながら、一夏は冷たい床へと落下していった。

「まったく、相変わらず冗談の通じないセカンド幼馴染みだな。そんな怒るなよ」

「アンタがつまんないこと言うからよ」

 その数秒後、何事もなかったかのように一夏は起き上がっていた。この程度、学園――いや、この業界ではじゃれあいの部類にしか入らないことを二人は知っている。

 弁解すれば、先のやりとりも多少有り得るかもしれない事態だから聞いてみたのだが、やはり鈴には冗談としか取られなかったようだ。

「じゃあ真面目に聞くけど、どうして鈴は荷物なんか持って俺の部屋にいるんだ」

「――――」

 何故そこで無言になると、思わず声が喉から出かかったが、これ以上面倒事は勘弁だと一夏は口を閉ざした。代わりに鈴の目を見つめる。日本人とは違う鋭角的で鮮やかな瞳が少し揺れた。ついで俯いた彼女の頬が赤くなった理由はわからない。

 そんな二人の様子をそれまで黙って見ていた箒はついに堪えきれなくなったのか、声を漏らした。

 部屋に戻ってから着替えたのか、制服ではなく漆黒色の着物をさらりと着流している。光の加減で桃色にも見える頭髪には似合いの着物だと一夏は思った。

「どうやら言いにくそうに見えるけど、私が代わりに教えようか」

 察するに鈴には気恥ずかしく箒には可笑しい話題らしい。正直、まったくわからない。しかし、途端に顔を上げた鈴が懇願するような目を向けているところを見ると、よっぽど一夏には聞かれたくない話のようだった。

「……あのさ。なんなら俺、外で時間潰してくるけど」

 席を外そうか、と安直に尋ねてみるが、鈴は首を振るばかり。いい加減理由がわからず困り果てていると、やがてぽつりと彼女は声を漏らした。

「――――って言ったの」

 囁かれた言葉は上手く聞き取れなかった。

「し、篠ノ之さんにあたしと部屋換えしないって話をしてたの!」

「……そりゃ無理な話だろ」

 予想外すぎる鈴の回答に一夏の口は勝手に動いていた。何故、そんなことを言ったのか見当もつかない。……そんなにルームメイトが気に入らなかったのだろうか。

「そ、そしたら篠ノ之さんが良いよって」

「ちょっと待て、……箒、お前はなんでオーケーしてるんだよ」

 さらに事情が混沌とし始めた。今日日転校してきた鈴はともかく、ここ一ヶ月は学園で過ごしている箒はそう簡単に部屋を変えることはできないのを知っているはずだった。

 そんな簡単に寮長である姉の織斑千冬が認めてくれる訳がないのだ。

「別に、彼女のルームメイトになる予定だったティナ・ハルミトンとはお互い面識があったからね。そこまで変わってほしいというなら良いかな、と思ったんだよ。

 ただ。何も言わないというのも不義理だからさ、一夏はよく私の着替え中やシャワーの時間帯に帰ってきたってことを教えてあげたんだ」

「……あれだ。実はお前すげー怒ってたんだな」

 どうしてだろうね、と笑う女性がこれほど恐ろしく見えたのは久しぶりだった。それに鈴が恥ずかしがっていた理由もやっと納得がいった。

 常日頃からそんな不逞をはたらく変態の部屋に自分から行きたいという人間がいたら、そいつはきっと同類だと見られてもおかしくないと、一夏なら思う。

「――というより俺、鈴にドン引きされなきゃいけないくらいの奴だと思われてんのか」

 それはそれでショックだ、と呟く一夏を後目に鈴はため息を吐いた。

「……どうやら、上手く誤魔化せたようだ。

 しかし、どういう考えをすればあんな言葉が口から出るんだろうね。相変わらず謎だ、一夏の思考回路は。……どう考えても、恥ずかしかっただけだろうに」

「……ちょっと、余計なこと言わないでよ」

 わかってるさ、と漂々と答える箒はどうやら余程の曲者らしいと鈴は心に刻み込んだ。

 同年代にまるで子供扱いされるのは癪だったが、だからといって年頃の男子と同じ部屋なんて自分には無理だ。初日だから軽いジャブのような気持ちでライバルになるであろう相手を揺さぶろうとしたのだが、まさか右ストレートで返してくるなんて――。

 流石は篠ノ之といったところか、一夏の過去にチラつく五月蝿い影だと思っていたが、生身の方がよっぽど手ごわい。――ここじゃ場所が悪いわね。

「ところで一夏さ、まだ夜ご飯食べてなかったでしょ」

「ああ、そうだが。……いいのか、俺みたいな変態と一緒で」

「もう! いつまで訳わかんないこと言ってんのよ、早く行こう?」

 言うか早いか鈴は一夏の手をとった。咄嗟に身体に触れるくらいには気安い関係だと、箒に見せつけてやりたかったのだが、まるで仲の良い子供達を見るような目をされるのは予想外だった。一夏じゃないが、ショックだ。

 

 

 織斑一夏がIS学園に入学してもう、三週間近くが経つ。

 ISとは正式名称を「インフィニット・ストラトス」

 元を宇宙空間での活動を想定して開発された飛行パワードスーツだ。

 本来、女性にしか起動させる事のできないISを一夏は何故か動かすことができた。

 詳しい理由は解らない。

 しかし、それが原因で現在、一夏は自分以外に男子生徒がまったくいないIS学園への登校を余儀なくされていた。  

 廊下を歩くたびに奇異の視線に晒されることにもいい加減なれてきていた。

 けれど今日ばかりは事情が違う。

「……おい、鈴」

「なによ! 文句ある?」

 取りつく隙もない。自分も真っ赤になるくらいに恥ずかしいくせに、どうして鈴は手を放そうとしないのか、一夏にはわからなかった。

 箒はさきほどから微笑を浮かべたまま、黙って二人の後をついてくる。まるで保護者のようだ。しかしそれなら一夏と鈴は子供である。それはそれで由々しき事態だった。

 篠ノ之箒と凰鈴音。

 ともに一夏の幼馴染みだった。ただ、この二人は今日が初対面である。それは幼馴染みだった時期が違うためだ。箒は一夏が小学校四年生の時期に引っ越していって、鈴は一夏が五年生の時期に引っ越してきた。ちょうどすれ違いのようなかたちになったのだ。

 そして鈴は一夏が中学校二年生の折、ISの適性を測るために帰国して別れるかたちとなった。そんな二人と再び同じ学園で過ごせる自分は相当に運がいいのだと一夏は思う。

「それにしても一夏がクラス代表ね。……なんで?」

 その話題が上がったのは三人で遅めの夕食を食堂で摂っているときだった。

 一夏が和食、鈴が中華、箒が意外にも洋食と見事に分かれたのでしばらくは料理の話をしていたのだが、ふと間が空いたのを見計らって鈴がそう切り出したのだ。

 また唐突な話題転換だな、と口では言いながらもいつかはその話になることは一夏にもわかっていた。

「――不満か?」

「いや、別に。あたしは誰だろうとかまわないけど、試合を見る限りじゃ一夏さ、篠ノ之さんにもあのセシリア・オルコットって人にも負けてるじゃない? 

 それなのに勝者二名が代表辞退っておかしくない? だからなんでかなぁって」

 鈴はつい今日、編入したばかりなのによく知っている。

 確かに一週間ほど前、一夏はクラス代表の座を賭けて箒とセシリアの二人と戦った。

 結果は鈴の言うとおり一夏の惨敗。二戦二敗の黒星だった。

 けれどクラス代表になったのは一夏だ。

 話題性だろうと、一方的に決めつける者も多い中でその一点を指摘してくるあたり鈴は相当本気で今月末のクラス代表戦に臨むようだ。

「……当たり前か」

 そうでなければ転校初日から代表交代なんて荒業をする訳がない。

 鈴は昔から勝負事には手を抜かないタイプだった。けれど中学校の時は勝負といってもテレビゲームに男女混合でやれるタイプの球技くらいしか競うものがなかった。

 その鈴と本気で戦うことができる。

 そう考えると一夏は少し楽しくなる。

「まあ、俺が役不足っていうのはよくわかってるんだ。けどさ、辞められないっていうか辞めたくないって言えばいいのか。……ああ、とにかく俺はクラス代表でいたいんだよ」

「ふうん。でもね、一夏。一夏の立場ってそんなに良いわけじゃないんだよ?

 そこのところ本当にわかってる? これから一夏は結果を出さないといけないの……、それもクラス代表になるのなら特に優秀な結果を一夏は求められる。

 世界で唯一の可能性だから。

 あの織斑千冬の実弟だから。

 なにか特別なんだって一夏は思われてる。……本当はくだらない冗談が好きで、料理が得意で、お姉さんの助けになりたくて隠れてバイトして怒られて、なら安心させようって藍越学園目指して必死に受験勉強していた一夏なんて大人は認めてくれないよ?

 期待に応えようとしてさ、一夏がどんなに頑張っても誰もがそれ以上を要求してくる、そんな場所に一夏は踏み込もうとしてるんだよ?」

 鈴はどこまでも真っ直ぐだった。誤魔化す素振りすらみせずに、一夏にたいして淡々と言葉を紡いでいる。けれど内には滲み出るやさしさがあった。

「しかし条件でいえばキミも一緒だろう?」

「――あたしはいいの。

 そんな条件、些細事だから。あたしはあたしの夢も願いも自分の力で叶えてみせる」

 余計なこと言わないでよ、と箒を睨む鈴の言葉に戸惑いはなかった。その反応に一夏も覚悟を決める。これは互いの矜持を掛けた戦いなのだと。

「とにかく。そんな一夏の立場を理解していても、一夏がクラス代表として出てくる以上あたしは手を抜かない。いや、抜けないんだ。

 まさかと思うけど、友達だからって手加減してくれるなんて思ってないでしょ?」

「侮るなよ、鈴。俺はそこまで腑抜けてない。すべて承知で俺は挑戦するんだ」

「……そう、なら努力することね。お昼に操縦見てあげようかって言ったけど、やっぱりあれは取り消し。一夏のやり方で、一夏の戦い方でどこまで行けるか試してみればいい。それを承知であたしは一夏の上を行く」

 だから負けるな、そう締めくくって鈴は食器を持って立ち上がった。

「ああ。それとはっきり言ってなかったけど、部屋替わりたいって話はやっぱなし!」

「……それに関してはすまん。俺が全面的に悪い」

「……はあ。もう病気よね、その朴念仁さって。

 やめた、本当は約束の話しようと思ったけど、――また今度ね」

「約束?」

「ほら、予想通り。……いつか聞くからきっちり考えておきなさい」

 

 じゃあまた明日ね。

 そう言って鈴は歩いていく。

 また明日と声をかける。

 ばーかと、返ってきた。

 

   ◆

 

「人の内にある境界というのは曖昧だ。

 心持ち一つで味方へ敵へと揺れ動く。

 そうして気がつけば意味もなくなり、互いに戦う訳も同様に失われていくだろう。

 つまり凰鈴音がおそれているのはそういう事態ってことさ。いつのまにか、なにもかも中途半端になってしまえば、もう彼女は戦えない。競い合うことはできる。

 けれど、この機会を逃せば彼女はもう二度と、本気で織斑一夏と戦うことはできない。結局、良くも悪くも彼女はキミの味方ってことさ。

 良かったじゃないか。

 キミは自分を変態だと勘違いしているようだが、彼女はけしてキミを嫌ってはいない。

 だから断言しておこう。

 キミの相手は間違いなく彼女だよ。

 この世界は願いを裏切ることはあっても期待は裏切らない。

 鳳は来るよ。

 爪を研ぎ澄ました天空の覇者が、獲物たる織斑一夏を狩ろうと待ち構えている。

 それでもキミは挑むのかい、一夏?」

 夜半。もうすぐ就寝というところで、まるで謡うように箒は一夏へと問いかけた。

 風呂上りで火照った身体をバスタオルで拭いながら、一夏は箒へと視線を向ける。

 このもう一人の幼馴染みは鈴ほど初心ではないようで、一夏が上半身裸でもなんら思うところはないようだった。

 そういう意味では過ごしやすいのだが、まるで異性として相手にされないというのは、一夏としても結構傷つく。なんだか、今日は衝撃を受けてばかりだ。

「――箒」

 やられっぱなしは一夏の趣味ではない。ここは一つ、自分らしく決めてやりたかった。

 

「前から思ってたんだがな――お前さ、人をからかうのが趣味なんて趣味悪いぞ?」

「――馬に蹴られて死ね、ばーか」

 

 そう言ってお互い不貞腐れたようにベットに倒れた。

 

 

説明
 ISで篠ノ之箒メインの話をやってみたいなと思い立って書いた次第です。
 ちなみにpixivとハーメルンでも同名作品を投稿しています。

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二次創作 インフィニット・ストラトス IS 篠ノ之箒メイン 末期戦モノ? 織斑一夏、鳳鈴音登場 

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