待ち伏せ
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 バレンタインって素敵。

 この日、私は自分が女であって良かったと思う。人間、何かしらの後ろ盾があると、強気に出られるみたいに、バレンタインという強い味方がいれば、想いを伝えることが出来る。これが男だったら、そういう記念日みたいなものないもんね。

 もし、何でもないような日に突然告白などしたら、引かれてしまう可能性だってある。でも、バレンタインなら、そういう日だと分かっているのなら、渡すだけで想いが伝わる。臆病な私にとって、これほど都合のいい日はない。

 メッセージカードって何だかラブレターみたい。好きになった理由とか、こういうところに惹かれましたとか、大真面目に考えて、悶絶しながら想いを綴る。慣れないことしてるし、意識して丁寧に書こうとすると、逆に変な文や字になっちゃったりね。

 チョコを作るときだってそうだ。一六になっても、チョコを作る機会なんて、お菓子作りが趣味でもないと、数える程度しかない。もしかしたら、一回もない子だっているのかも知れない。

 料理は愛情なんて言葉も、このときはしっくりとくる。誰かを想って、気持ちが伝わるように、美味しくなるように、丹精込めてチョコを作る。胃袋を掴むなんてのも、こういうところから来てるのかもね。手料理って、そういうものだと思う。

 ただ、どうしてこうも簡単にはいかないのか。好きって伝えるだけなのに。

 私みたいに、全然接点のない人を好きになった人だけ、こんな思いをするのだろうか。きっとそんなことはない。友達のように仲良く話をしていても、恋人というラインを越えるのは難しいことだと思う。かえって関係があると、そこから一歩踏み込むのを躊躇させてしまうのかも知れない。相手からしても、友達だと思ってたとかね。そういうのって多分、私は耐えられない。踏み出す勇気も、その後何事もなく笑顔でいるなんて。

 どこかで女の子の声がして、私の目の前を駆けていく子がいた。多分、どこかで想い人にチョコを渡したのだろう。ささやかながら、うまくいくといいね、と心の中でエールを送り、自分の背中を押す勇気に変える。

 腕時計で時間を確認する。あと五分くらいで、先輩がやって来る。そう思うと、心臓の鼓動が速くなっていく。ドキドキする。彼の事を想うだけで、顔まで赤くなっていくのが分かる。でも、期待半分、不安半分なのかも知れない。喜んでくれるのかな。そもそも、受け取ってもらえるのかな。どうしても、色々と考えてしまう。

 しかし、チョコを渡すことが最終目標ではないのだ。渡すことで満足しては本末転倒なのだ。あくまで、先輩の気を引くための第一歩に過ぎないのだ。自分を納得させるように、心の中で復唱する。

 柱の陰から校舎を見ると、先輩の姿が見えた。ついに来た。そう思うと、緊張で私の心拍数は跳ね上がった。

 もう先輩がここを通るまであまり時間がない。大きく深呼吸をして、自分を落ち着かせる。大丈夫、ずっとこの日、この時を待ってたんだもん。身だしなみを整えるために鏡を見る。第一印象が大切よ、悪い印象を与えないように、そんなことを考えながら、前髪を治す。よし、問題ない。にっこり鏡に笑顔を決めて、覚悟を決める。

 徐々に先輩の足音が近づいてくる。私の心音も、合わせるように徐々に大きくなる。口から心臓が飛び出るんじゃないかと本気で思う。でも、緊張に負けて、呂律が回らないのは駄目、先輩はとっても鈍感だから。涙目であざとくなる効果があるかも知れないけれど、そういうのは私らしさじゃないと思う。ちゃんと、正直に伝えたい。

 好きって。

 それは言葉じゃなくて、チョコ越しになっちゃうけど、今の私にはそれが精いっぱい。

 もう一度深く深呼吸をして、意を決する。大丈夫、きっとうまくいく。柱の陰から一歩踏み出す。目の前に、私の大好きな人がいた。自分の顔が熱くなっていくのが分かる。大丈夫、落ち着いて。そんな言葉を胸の中で繰り返しながら、私はチョコを突き出す。

「あの、先輩! よかったらこれ貰ってください!」

 

説明
バレンタインの内容ですが、バレンタイン後に思いついたので(苦笑)
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