絵本「ピンクの帽子」のための原作
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絵本「ピンクの帽子」のための原作    野々村竈猫

 

 

 そのとき、吉田さんは 飛行機の中でした。

 大阪での仕事の帰りです。

 

 吉田さんは ぼんやりと窓の外をながめながら 

 昔のことを思い出していました。

 

 それは吉田さんが16歳の夏休み、

 鹿児島のおばあちゃんに会いに行くため、

 飛行機に乗ったときのことです。

 

 窓側の席になった吉田さんは、滑走路を行ったり来たりする

 飛行機やバスを眺めていました。

 

 と、通路を子供がバタバタと駆け抜けてゆく音がします。

 びっくりして振り向くと、ピンクの帽子をかぶった小さな女の子が

 駆け戻ってきて、吉田さんの座っている席のうえにある席番号を指差し、

 

 「あった!ママ!ここだ!」

 

 と叫びました。

 

 「コラー、走り回っちゃだめだってば!」

 

 遅れて若いお母さんがやってきました。

 

 「すいません」と軽く吉田さんにおじぎをし、女の子をひょいと

 抱えあげると吉田さんの隣の席に座らせました。

 

 ちょっとの時間、ぽかんとしていた女の子は、すぐにきげんが悪そうに

 口をとがらせて、足をぶらつかせはじめます。

 

 そのちいさな口元に、そのころ吉田さんが好きだった同級生の女の子と

 おなじ小さなほくろがあったので、吉田さんはちょっとドキッとしました。

 

 「どうしたの?」

 

 お母さんが問いかけると、女の子は、

 

 「ここ、お窓の席じゃないー!」

 

 女の子の大きな声に、まわりのみんながくすくす笑います。

 

 吉田さんはかわいそうになって、女の子に席をゆずってあげることにしました。

 

 「すみません、ごめんなさい」

 

 お母さんは申し訳なさそうに頭を下げました。

 

 「ほんと?!いいの?」

 

 さけぶと同時に、女の子は吉田さんを乗り越えて、窓にかじりつきます。

 

 「こらっ!おにいちゃんにお礼は?!」

 

 「ありがとうー」

 

 女の子は窓を向いたまま言いました。

 お母さんははずかしそうに何度も吉田さんにあやまりました。

 

 お母さんに話によると、女の子は飛行機に乗るのがはじめてで、ずっと前から

 楽しみにしていたそうです。

 

 ただ、とてもおてんばな子で、乗り込むまでにひと騒動。

 外国の人が珍しくて後を付いていって迷子になってしまったり、

 ポケットに沢山詰め込んだ”宝物”のせいで金属探知機が反応してしまったり。

 なんだか目に見えるようで、吉田さんは笑ってしまいました。

 

 女の子はうれしそうに、わあわあ言いながら窓から外を見ています。

 

 しばらくして、離陸を知らせるアナウンスが流れ、

 「キーン」とジェットエンジンの音が高くなります。

 

 すると、急に今まではしゃいでいた女の子はおびえたように頭の上の帽子を押さえ、

 体を小さくしました。

 

 「さすがのおてんばも、怖いか」

 お母さんが冷やかします。

 

 「恐くなんかないもん!」

 女の子は大きな声で言い返します。

 

 「お帽子飛ばされたら困るから!」

 

 周りのみんなが笑います。

 

 本気で言ったのか、恐いのをごまかすために言ったのかはわかりません。

 でも、吉田さんはなんだか、くすぐったいような気持ちで、ピンクの帽子を

 見ていました。

 

 吉田さんがそんな事を思い出していると、

 

 「お客様お飲み物は何になさいますか?」

 

 アテンダントのお姉さんが吉田さんに声をかけました。

 

 「あ、コーヒーで」

 

 「どうぞ」

 

 「ありがとう」

 

 吉田さんはコーヒーを飲みながら、また窓の外へ目をやりました。

 

 そのとき吉田さんは、アテンダントのお姉さんの口元にあのほくろが

 あることに気が付きませんでした。

 

                           おしまい

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