凶刃月光 第三話 |
第三話 その男、一見性別不詳につき…
「うん、うん。
それは十分、分かってるよ父さん。
それに、私だってあの子を歪めたままにはしたく無いからさ。
うん、うん。
神様との戦闘も用意しとけって?何言ってるの、私は既にしてるわ。
当然でしょ、貴方の娘なんだから。
全く…親の溺愛っぷりに辟易させられるよ」
「どうかしました、杭成さん。」
「父さんよ…、やっぱりあの子だった」
「そうですか…、神様体質と当たるのは相変わらず怖いですね。」
「神様の十分の一とはいえ、普通の堕ち人とは確実に違うからね…。
あっちも何をしてくるかが分からないから。」
どうやらやはり、アレは無矢君だった様だ。
しかもあの祟り神とのコネクトがあると断定していい。
わざわざ庇う必要があったのか?
私は事情を知っているから分かるが、敵である彼をどうして抱えて逃げたんだ?
それが、疑問であった。
私と杭成さんは無矢君の家の近くの自販機の前に居た。
彼は山に八方を塞がれた都市部から、その山のトンネルを抜けた郊外部に住んでいる。
彼の家は一面田んぼの風景にポツンとあった。
いまや許可の降りた調査員が一杯で、彼の家も踏み荒らされている事だろう。
きっと良く思う筈がない。
だがここは仕事である。
調査は他に任せて、私達は彼の身柄を確保しなければならない。
常時高機動スーツの私は準備出来ていた。
あとは武装をセットするだけである。
「彼は確実に懐を攻めてくる、高振動電子刀使ってるしね。
でもその電子を凝縮して放つ光波は長い距離を飛ぶ。
正直貴方じゃ確実に狩られてしまうから、私が近接で弱らす。
貴方は確実に追い込む為に殺す勢いで狙撃をお願い。」
彼女は自身の弟に対して、恐らく当時と何ら変わらない修羅の思いを向けている。
私はそれに戸惑いを見せた。
しかしそれを見逃す彼女じゃなかった。
一歩だけ出遅れた私に言う。
「大丈夫よ…そうでもしなきゃ私も貴方も殺されるんだから。
ほら行くよ?今日は徹夜で追跡を行う。」
カップルらの横を、誰かが通った。
でも誰もソイツを気に留めない。
いつの間にか、喧騒の出来る筈の商店街は彼の周りだけ静かだった。
誰も彼もが、俺を否定する。
とはいえ仕方のない事。
何故なら生まれながらにして放っているオーラの質が違う。
誰もが俺に恐怖し跪くのだっ…!!
なんて、痛い妄想でもしてないと商店街はきつい。
俺こと、鴉谷無矢は商店街を歩いていた。
今現在午後七時。
あのあと稲荷様の言うままに逃げた。
彼女も不可解であるが、今はもっと優先すべき項目があった。
逃走後、行方を眩ます事である。
状況は俺が確実に包囲されていると言った感じだ。
理由は簡単、都市部から明後日までに避難勧告が出ている。
そして、封鎖されている。
恐らく残るのは対堕ち人機関や執行者である学生や児童だけだ。
そして、それら全てが俺を捕獲、ないしは殺しにくる。
どんなに面白いものを見ても心が休まる状況ではなかった。
商店街の出口手前で、人とぶつかってフードが上がってしまった。
しかもぶつかったのがチャラい外見だから萎えた。
心の優しい奴とは思えない風貌だ。
「す、すみません」
俺がそう言ってフードを戻そうと歩き出した時、手を掴まれた。
「ねえ君?これから豚骨ラーメン食べに行くんだけど一緒に行かない?」
「おまっ、何だよそれ!もうちょっとマシなナンパしろっつの」
二人はケラケラと笑う。
一方の俺は変に逃げるのも、逆にしつこくされるので待機である。
まあ、女じゃないのに騙されてるのを笑っていたいだけなんだが…。
「まぁさ、俺たちと一緒に食事しに行こうよ。」
「ごめんなさい、私今急いでて…。」
そうすると_
「何?急いでんの?じゃあ送ろうか?」
_となる訳である。
完全に車内で犯される展開である。
本当にこういう奴らは世間から消え失せれば良いのに…。
「あ、いえ…大丈夫です」
「家は?もしかして郊外の方?」
ゆっくり頷くと、チャラ男達は嫌らしい笑みを浮かべる。
よかったね、上手く行って。
けど俺は男だ、アンタらの望む様な下の口は生えてないし、
そもそも、捕まる気もない。
「ほら遠慮せず行こうぜ?」
「強引だよなぁ、お前っていつも。」
「あ、あの…」
「「何?」」
「私が誰かも分からないのに手を出すのはお勧め出来ないですよ」
ソイツらが疑問の声をあげる前に掴まれた手を掴み返してグルッとひねる。
神様体質特有の身体能力でもう一回転グルッとひねる。
ペキンと小気味の良い音がして、男の手が垂れた。
そしてもう一方の男の握り拳を受け止め、潰す勢いで力を入れる。
流石に潰れはしないが間接は外れただろう、付け根からイってるから動かす事は出来まい。
「ほら、ご自分達の惨状をよく理解した方が良いですよ。」
「て、てめええええッ!!」
無傷の方の手で飛びかかって来た。
それを踵のあご蹴りで弾き飛ばし、踵落としを下からの奇襲者に浴びせた。
「ひぎぃっ!!」
「ぐぴぎゃっ!」
一回の動作で二人をノックアウト出来るのは俺の密かな自慢である。
少しだけ口元を緩ませながら倒れている二人のポケットに千円札を一枚ずつ忍ばせておいた。
「で、では…!!」
流石に人前でやるのはいつまで経っても慣れない。
周囲の目を集めるのも嫌なのでさっさと商店街を出た。
「貴方って強いですね…。」
「…?」
ふとすれ違い様に誰かが言った。
だが、きっと携帯の相手だろう、そう思う事にした。
でも…夜空に浮かぶ満月を見上げて思う。
「聞き覚えのある様な…声だった、よな?」
私は彼と同じ商店街を歩く。
つい先程、少女の外見を持つ少年にボコボコにされた男二人を踏み、通り過ぎた。
この商店街の天井はガラスである、それ故月が見える。
彼も今この月を眺めて私を思い出している。
「ふふっ、流石ですね」
誰に言うでもなく、一人呟く。
周囲の人間は「何?独り言?」と私の方を向く。
だが、誰もが押し黙るのだ。
やはり三貴神だからか、皆見惚れる。
正直視線を集めるのは好きではないのだが…。
だから、私もパーカーを愛用してる。
私は月を詠む者、あらゆる人間の声や本心、真実を映す鏡である。
「その男、一見性別不詳につき…」
その先は彼と対峙し、生き残ったもののみが許される言葉。
だが私は言った
『要注意』
この世界には、特性というものがある。
それこそ炎を出せたり水を操れたりと、単純なものから複雑なものまで様々だ。
俺にも特性というのは多少ある。
ただ、それが身体能力を二倍するだけ。
かなり使いどころに困る。
まあ、神様体質の二倍だからシャレにならないと言えばシャレにならないが…。
だがどうしても、天から全てを照らすあの人には勝てそうに無い。
あの人さえ克服出来たら、俺は昔みたいに笑える。
だが、この様子だといつになる事やら…。
「本当、どうなっちゃうんだろうな俺…。」
「そこの将来心配してる君っ」
「!!??」
俺は驚き過ぎて転けた。
ここは俺の隠れ家、あらゆる所からの出入り口は俺にしか通れない様に呪術が掛けられている。
山の斜面内部に作られたその隠れ家に青白い光と共に黒い服の誰かが来た。
一見して、普通の人間ではない。
というか、人間じゃない。
褐色肌に奔る赤い紋章や、神獣人種特有の獣の様な耳。
特殊な、それこそ絶対に見かけないとすら言われる珍種の堕ち人の素材でも使ってる様な服。
…その声と容姿に見覚えがあった。
「…!!」
「そう驚かないでよ。
僕は君を捕まえたりしないさ。
じゃあ自己紹介をしようか、僕は麒麟。
稲荷ちゃんと同じく元人間だ、その時の名を照雷乃葉月(テルカミノ ハヅキ)。
君はあれだろ?祟り神に逃がしてもらっただけで、直接の関係はないんだってね。」
「あ、…はい」
俺は突然の来訪者に立てずに居た。
「はいはい驚かない、別にこの世界が敵だけで構成されてる訳じゃないんだから。
ほら、立てるかい?
それとも体支えようか?」
彼女は首を傾げながら手を差し伸べる。
俺はその態度に申し訳なくなって、なんとか彼女の力を借りずに立った。
流石に、助けに来てもらったのにこれ以上迷惑をかける訳にも行かないのだ。
「だ、大丈夫です!」
「無理はしなくても良いんだぞ?」
「た、助けに来てもらってるのにそれ以外で迷惑なんて掛けられません!」
彼女は俺の事をシャイとか何だとか言ってるが、神様…しかも女神様の手を煩わせるわけにはいかない。
「あと、敬語は辞めなって。
君だって神様の親族だろう?少しは自信を持ちなよ」
そんなことを言われてもなぁ…。
親族とはいえ、妹二人の内一人は行方不明、もう一人は不定期でしか見かけないし。
姉は…姉と言える存在じゃない。
弟も居るが、妹とほぼ同時期に行方をくらましている。
だから、俺に神様の親族と言うアイデンティティは存在しなかった。
神様体質という事を除けば、只の暗い男子だ。
「は、はぁ…。」
「まぁさ、だから僕を友達と思って話しかけてよ。」
「………………。
じゃ、じゃあ…呼びますよ?」
「うん、練習しよ練習」
空気を思いっ切り吸い込んで、ゆっくり吐いた。
神獣人種の神様の名前を呼び捨てでか…今まで一人でなんとかして来た俺にとってコレは難しい。
俺は極力あらゆる人との接触を避けて来た。
接触があるとすれば個別塾の先生と、そこで仲良くなった神薙絢音ちゃん位だ。
だが、その二人にすら敬語である。
それに中学校は行ってないし…。
でも、頑張ってみるか…。
「き、麒麟…」
「ん?何かな」
「……よろしく」
「うん、よろしく。
それとよく頑張ったね、大事なのはまず一歩だよ。
踏み出し方が分からないままでは何にも出来ないからね。
で、どうしようっか?逃げ続けても意味はないと思うよ?」
確かに、麒麟様の言う通りである。
相手はあのアマテラスと、武装演習でレイヴンズアイの称号を持つ水野さんだ。
只でさえ、水野さんに勝てるか分からないのに…。
それから逃げ続けるというのもかなり骨の折れる事だ。
少なくともこの隠れ家は守りたいなぁ…、休める拠点がなければ逃げ続けるのは不可だし。
「麒麟…は、どう思う?」
「僕のコネで執行機関に来ちゃう?僕の部下として特別待遇してあげよう」
逃げるという選択肢が皆無な返答だった。
「んー…、あまりよろしく無いみたいだね。
まぁ所で、君は高校に行くかい?」
「高校ですか…?」
「成人になるには、最低一つは卒業認定が必要だ。
君は小学校は行ってたみたいだけど問題が多くて、卒業認定はしてもらえなかった。
実際、書類上で君はまだ小学生なんだよ。
で、中学校は初端っから行く気がなかった、だから卒業どころか入学すらしてない。
そこで最後の砦だ、コレを逃せば君は堕ち人でもないのに堕ち人にされる。
しかも憎き杭成さんにだ。
それは嫌じゃないかい?」
彼女は俺に過去を思い出させていた。
このまま嫌な事ばかりで良いのか?と。
不思議と、それに頷くつもりはなかった。
麒麟は俺に、自信を分けてくれたようだった。
「嫌だ…。」
「でしょ?だからさ、まずは高校に入る為に立場を安定させてあげたいんだ。」
「結局その選択肢になるの?」
「まぁね。
でもさ、協力者に神様が二人も居るんだよ?かなり安定するよ。
だからまぁ、執行者っていう上の立場になれば学校も苦じゃないと思う。」
だが…やはり自信に勝ってしまうのは俺のトラウマである。
「いや…やっぱり学校には行きたく無い。」
「…じゃあ特別学級行こうか、障害者が通う学級じゃない、もう一つの学級」
彼女は少し溜めて言った。
「対堕ち人役職優先学級さ。」
『やあ、杭成さん。』
ケータイの電話に出ると、仕事仲間の麒麟であった。
だが彼女の方から電話をしてくるのは珍しかった。
「どうしたの?」
『君の弟を保護したよ。』
「本当!?場所は?」
『言えないね、僕を信じてくれてる彼との約束だ、こちらの条件を呑んでもらおう』
彼女は執行者というニュートラルな立場から彼を救ったのだろうと、私はそう判断した。
だが、この状況が彼に不利とは思えなかった。
「…貴方がどうしてこの状況を不利と思えるのか、分からないわね」
『イザナギ様とアマテラス様の調教は思った以上に効いてますよぉー?』
「この状況でふざけないでもらいたいわね?
彼の身柄はヘルメスが一時的に預かる、そういう段取りよ」
しかし、彼女は至って平然だった。
わざとふざけてるのは、こっちをいらだたせる為だ。
(誰が策に乗ってやりますか…)
『僕は不利だと思うんだよね。
君の配下には何人もの優秀な人材が居る。
それこそ、彼が負ける様な子達がさ』
「それでも彼が目覚めれば蟻も同然よ」
『けど目覚めてない状況では不利だ。
それに、彼は君とイザナギ様に抵抗力を根刮ぎ削がれた。
君達を相手にする、その事実があるだけで彼の負けが確定している。
例え君達に直接戦闘する意思がなくともね。』
「それはつまり、存在自体がいけないと?」
『それはご自分でお考えくださいね、要求は後日。
ではでは、また電話します__』
「貴方も私が怖いのね、無矢」
だが、私も貴方が怖いのだ。
「おはよう、桜」
「おはよ、可奈。
昨日大変だったんだってね、あんなデカい銃器を持って走り回ったなんてさ…。
何か…、上司を否定する訳じゃないけど_」
「分かってる、麒麟さんはマイペースで自律判断の多いお方だから。」
杭成さんへ麒麟さんからの連絡後、もちろんの事『捕獲任務』自体は収拾した。
だが、避難勧告自体は解除されていない。
何故なら、やはり彼の身柄が安定してなければ意味がない。
結局、事態は何ら変わっていない。
そう、彼を捕獲した麒麟さんは彼の味方だ。
あの神獣人の神様である麒麟さんは、敵に回したらこの第二層等廃墟の山と化す。
まず、彼女には堕ち人同様に普通の攻撃が効かない。
何故なら彼女は『電気が実体化し体を持った』ものだからだ。
生まれながらにそういう性質を持っていたらしい。
だから瞬間移動なんて朝飯前だろう。
そしてそんな性質を持ってるから堕ち人に対抗する『血詠武器』ですら、彼女には対抗出来ない。
彼女は自分に敵対する全てが勝てないと分かっているからあまり実力を行使する事はない。
だがそれでも、彼女と敵対する事は幾度もあった。
だから彼女は敵対する相手があまりにも不利なのでフェアにはならないが弱点を教えた。
それは『彼女自身の武器〔タケミカヅチ〕を奪う事』である。
それを使い、彼女にダメージを与えれば『勝てる』訳である。
だがそれでも彼女と敵対するものの勝敗は決している。
彼女に接近し武器を奪った上に、瞬間移動や電気を自在に操れる彼女にダメージを与えるのは限りなく無理に近い。
それこそ奇跡である。
まぁ、これは仕事、特に討伐系の学生の常識であるから、神様らはもっとやりやすい方法を知っているのかもしれない。
だが、たかが学生に教える筈もない。
まぁ要は『敵対するな』という事だ。
私は未だに痛む腕を揉んだ。
「やっぱり、〔乙姫〕重い。」
「そりゃそうでしょ…私みたいに盾と片手剣の近接装備じゃないんだから。
それに高機動スーツ着込んで、乙姫が入った専用武装ケースを持って、
それで山をいくつも越えたんでしょ?そりゃ筋肉痛にもなるさ…」
彼女は呪術の実践本を一旦閉じ、何やら詠唱した。
そして、私の腕に緑に光る光球があたる。
「…?新しい呪術?」
「そうだよ、回復系」
「…呪術はピカイチなのに。
他は…?勉強するつもり無い?」
ありません!!と、彼女は敬礼して元気よく返事をする。
そんなんだから無駄に性能が高いピーキーなアホの子なんて言われるんだ…。
我ながら本当にそう思う。
「で、どうかな?」
「成功してなきゃ、ピカイチ、言わない」
「良かった…。
で、高校の入学式が『作戦』のあとだから使い所はたくさんあるね。
特に可奈…、可奈はきっと杭成さんのバックアップでしょ?
だから回復で生き残れる状態で居てね。」
「大丈夫、死なない。」
作戦。
それは麒麟への反抗作戦だ。
一部隊五人で部隊数は12、それに杭成さんと私の特別チームが入る。
それで対するは無矢君と麒麟さんだ。
戦局は圧倒的に不利。
恐らく狙わずとも無矢君は捕獲出来る。
だが、麒麟さんを相手にするのはまず不可能だ。
何せ、杭成さんも彼女の全てを把握している訳ではない。
だから、隠し球という可能性がある。
一時間しか寝ていないこの状況で、果たしてバックアップも満足に出来るかどうか…。
とにかく夜明けはやってくる。
私は眠気覚ましにコーヒーを飲み、戦闘の準備を始めた。
説明 | ||
第二話の続きです。 稲荷の手引きによって何を逃れ、無事行動を再開した無矢。 しかし、その一方で彼は追いつめられていた。 事態は、あまりよろしく無い。 |
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