勇者も魔王もいないこのせかい 三章
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三章 草は萌え、私は萌えます

 

 

 

 中途半端な時間に町を飛び出してしまったため、その日は野宿をするしかありませんでした。

 いくら馬に乗っていたとしても、半日で移動出来る距離に町が点在しているほど、この国は栄えてはいませんから。

 そうして慣れない野宿を経験し、翌日。

 ……ええ。野宿の様子については言及しません。特に面白い会話があった訳でもなく、根菜類と同様の扱いを受けてしまった精霊さんは不機嫌で、早速ディアスさんに対して苦手意識を持ってしまったようです。

 彼女がぷんぷん怒る様子を鮮やかに描いても良いのですが、やはり可愛い子は怒るより笑っているのが一番良いです。出来るのであれば、これからの旅が彼女の笑顔の絶えないものにしたいところですね。子どもの笑顔を守る、それがきっと大人の仕事でしょう。

「ねーねー、お姉ちゃん」

「はい、どうしました」

「あたし、名前が欲しいの」

 長く馬の背で揺られていると――精霊さんはディアスさんの背中に捕まり、私が後ろから支えてあげています。まさかの三人乗りです。ディアスさんが苦手でも、頼れるおじさんという認識はしているみたいなので、こういう時は頼りにするんですね――精霊さんが突然、そんなことを言い始めました。

「あー……いい加減、“精霊さん”とか“アルラウネさん”なんて呼び方は嫌ですよね。ばたばたとしていて、うっかり忘れていました」

「あたし、いらない子?」

「なっ、どこでそんな言葉を覚えたんですか、全くもう!精霊さんは私にとって必要不可欠な存在ですよっ。そこにいるだけでありとあらゆる悩みや怒りが鎮まり、幸せな気持ちになれるんですっ」

「イヤシ効果?」

「そうですっ。すぐに可愛い名前を考えさせてもらいますので、もういじけたりしないでくださいね」

 実はもう構想はあり、本人に伝えるだけの段階でした。

 やはり、彼女はツタから生まれた精霊なのですから、それらしい名前を付けるべきでしょう。だからと言って、ツタそのままでは芸がないですし、いまいち響きが可愛くはないので却下。そこで私は別の国の言語を頼りました。

 もちろん、私はただの田舎シスター。語学が堪能などということはなく、教会が保管していた少量の外国の本や町の貸本屋で解説書を読んだ程度の知識なのですが、意外とツタという言葉は頻繁に本に登場して、その不思議な響きを記憶してしまっていました。

 こういうことがある度、その瞬間はどうでも良いと思える知識も、ないよりはある方が良いのだと実感しますね。

「――リエラちゃん。なんてどうですか?」

 実際に口に出し、果たして精霊さんの容姿に合うのかを確認します。

 うん、多分イメージと著しく異なるような気はしません。後は精霊さん本人が気に入ってくれるかどうか……もし嫌がられてしまったら、初めから考え直さないといけないので、命名が反日ほど遅れてしまうことになるかもしれません。

「リエラ?それが、あたしの名前?」

「はい……気に入りませんか」

「ううん!良い名前だよ。ありがとうお姉ちゃんっ」

「いえいえ、気に入ってもらえたのでしたら幸いです。では、早速呼ばせてもらいますね、リエラちゃん」

「はーい!」

 ぴしっ、と腕を伸ばして元気よく返事をしてくれる精霊さん改め、リエラちゃん。やっぱり反則的に可愛く、その仕草を見ているだけでうっとりとしてしまいます。

 ああ……その微笑みはまるで、冬の空を優しく照らして暖かさをくれる太陽。感動的、芸術的とも言える純心と可憐さです。ああ、どうしてこうもリエラちゃんは可愛いのか。これはもう、ある種の罪です。決して罰せられることのない、そんなことは私が絶対に許さない大罪です。

「確か、西の国の言葉だったか」

「よくご存知ですね」

「魔法関連の本はこの国より、他国の方がずっと質の良い物が多いからな。魔法使いと一緒のパーティにいると、嫌でも異国の言葉が目に付く」

「なるほど」

 魔法の才能というものが存在せず、どれだけ強く願っても魔法が使えない身からすると、そうした魔法使いの世界はどうしても遠いものに思えてしまいます。もし世が世なら、自分で魔法は使えなくても、魔法使いの知り合いを作るぐらいは出来たのでしょうか。

「あっ、そういえば」

 すっかり忘れてしまっていたことを思い出しました。かつてお話を聞きに来てくれた女の子が私にくれた、魔法の石のことです。

 教会に置いて行っても意味がありませんし、お守り代わりに荷物の中に入れておいたのですが、もしかすると使い道が出来るかもしれません。私やディアスさんが魔法を使わなくても、今は魔法使いと同じぐらい特別な子が傍にいてくれています。

「ディアスさん。精霊の力のことですが、それは魔法と同じようなものなのでしょうか?」

「……あんた、そんな知識もないのか」

 呆れ果てたような表情。むむっ、いくら懐の深ーいシスターとして名の知れた(全く知れてません)私でも、これは怒りがこみ上げてくるというものですよ。

「私は魔法を使えませんし、今の時代、魔法使いなんてこの国にほとんどいませんから」

「でも、その定義ぐらいは知識的に知っててもおかしくないけどな。魔法はそもそも、自然の化身である精霊の力を借りる、という手続きの下、超常的な力を行使する術だ。つまり、精霊の使う力こそが魔法の大元、本当の魔法と言えるものだろうな」

「あ、ああ。なるほど!」

 つまり、聖職者の使う癒しの術が神の力を借りるのと同じように、魔法使いは精霊の力を借りて魔法を使っていたということですか。ただし、精霊の力を借りることが出来るのは適正のある人間だけ、と。

 その点、とりあえず洗礼を受けて、バイブルをしっかりと読み込んで名文句をいくつか覚え、後は十字架を所持するだけで術の使える聖職者には、才能も何もいりませんからね。特別性は薄いですが、間口が広くて開放的な職業ですね。……規律は厳格ですが。

「だが、なんで急にそんなことを?」

「いえ、そういうことでしたらリエラちゃん。これはあなたに」

 荷物をまさぐり、小さな結晶を取り出します。奇麗な濃紺色のそれは、敏感にもリエラちゃんの存在を感じ取って呼応しているのか、うっすらと自ら光っているように見えます。

「わあ、なに?これ」

「魔法の触媒か……昔はよく見たが、懐かしいな」

「確か、こういう触媒はアクセサリーの形にすれば、永続的に魔法の効力を上げることが出来ましたよね?」

「ああ。ただし、いつかは力を失って壊れるけどな。それぐらいの結晶だと、数週間が限度ってとこだ。……ま、そもそも、魔法が行使されないと老朽化もしないから、今の時代だと物理的な要因以外じゃ壊れないだろうが」

「そうですよね。今は用意が出来ないので無理ですが、次の町に着いたら、ペンダントなり髪飾りなりに加工してもらいましょう。それまでは、はい。失くさずに持っていてくださいね」

 リエラちゃんの若葉のような手のひらの上に、そっと青い結晶を乗せてあげると、リエラちゃんの瞳もまたきらきらと、眩しいぐらいに輝きました。まだ小さな子ですが、女の子は奇麗なもの、可愛いものに惹かれる生き物であるのは間違いありません。私も今、絶賛可愛いものにメロメロにされていますし。

「お姉ちゃん、本当にありがとっ」

「大事にしてくださいね。実は、別の人にもらった物ですので」

 あの子はリエラちゃんより更に小さい子でしたが、だからといってその贈り物を無下にすることは出来ません。二重にプレゼントにしてしまう時点でちょっと背徳的ではありますが、次の持ち主にとって有用で、また、私以上に喜んでくれる相手でしたら、その方がずっと良いというものでしょう。きっと。

「うん、絶対大事にするね。カホウにするよっ」

「家宝ってレベルにまでされてしまうのはさすがに……。と言うか、本当に妙な言葉をよく知っていますね」

「数百年の記憶が、全て継承されていないまでも、かなりの知識があるはずだからな。今は生まれたてでそれを上手く使いこなせないが、きっと俺達なんかよりずっと頭も良いし、博識だぞ」

「そうなんですよね……。今の振る舞いからはとてもそうは思えませんが」

 いずれはこのリエラちゃんも、大いなる自然の化身として、異教の神として祀られる時代が来るのでしょうか。

 それは嬉しいようで、あくまで教会の人間である私にはちょっと複雑なことです。きっと、私が生きている内は可愛い可愛い幼女のままだと思いますけどね。

「さて、昼までには町に着きそうだな。それで、えーと、リエラ。早速だが一つ、魔法を使ってみてはくれないか」

「えー……」

 明らかに不服そうなリエラちゃん。まあ、ディアスさんの命令ですからね。

「リエラちゃん。私からもお願いします」

「うん、わかった!」

 元気の良いお返事。うーん、やっぱり私は子どもが大好きです。大人とは違って可愛げがありますから。……誰かのことを指している訳ではありませんよ。

「……納得行かないが、お前は何かに変化するような魔法を使えないか?いわゆる変身の魔法だ。使い方がわからないなら、とにかく自分自身の姿を変えること念じてみてくれ。そうすれば何かしらの変化は現れると思う」

「町に入る時、魔物の疑いをかけられないように、ですか」

「そういうことだ。最悪、また袋に放り込んでおくしかないが」

「ふ、袋はイヤだよっ。すぐに変身するから、あたしを愛して!」

「……こいつにはどんな状況に見えてるんだ」

 やはり、野菜同等の扱いが意思のある一個人として、余程屈辱的だったのでしょう……私だって、いきなり麻袋に詰められて運搬されたら、本気で怒ります。私は聖職者ではありますが、肉体言語に訴えたりすることも辞さないかと。リエラちゃんもそんな愛のない行動は大嫌いなんですね。

「えっと、んーと……こう、かな?」

 魔法を使うのなんて、きっとこれが初めてなのでしょう。おっかなびっくり目を閉じて何かをささやき、それが完了するとリエラちゃんの体から緑色の光が溢れ出すような幻想が見えました。魔法の行使の際に現れる光や音は、実は全て魔法の発動を邪魔されないための幻だと本にありました。なるほど、リエラちゃんの場合は草花の精霊ですから、植物を思わせる緑の光が惑わすために出るのでしょうか。中々に神秘的な光景です。

 そして、その光が消えた時、そこに先ほどまでのリエラちゃんの姿はありませんでした。そう、そこにあったものとは……。

「杖、でしょうか」

「動物か、植木鉢の花になるのかと思ったが……そうか、こいつはツタの花の精霊。ツタは植木鉢に出来ないだろうし、絡み合って杖の形になったのか」

 ディアスさんの考察通り、不思議な杖はツタが絡み合って出来ていて、あちこちにはリエラちゃんの頭にあったものと同じ、ピンク色のツタの花が咲いています。拾い上げてみると、感触はツタよりは木のそれに近く、かなり硬質ですが不思議と温かみが感じられます。それは、この杖がただのツタの集合体ではなく、リエラちゃんというツタの精霊の化身であることの証明なのでしょう。

「リエラちゃん、聞こえますか?」

「おいおい、一応、そいつは今“モノ”になってるから、声が届く訳ないだろう。人語を解して、自分も喋る杖なんて聞いたことあるか?」

「それはないですけど……」

『うん、聞こえてるよ!』

「ここにあったみたいですよ」

「なっ、んな馬鹿な」

『あたし、バカじゃないもん!』

「そうですよ。リエラちゃんをあんまりいじめないであげてください」

『イジメはダメだよね!』

「ええ。ディアスさんはダメダメです」

 杖から聞こえる声は、耳ではなく直接頭の中に響くようで、独特の余韻を残して拡がって行きます。しかし、その声は確かにさっきまで元気に話していたリエラちゃんと同じもので、彼女はこの姿でもいつもの通り会話が出来る、ディアスさんの肩を持ってあげるのであれば、かなりイレギュラーな存在なのでしょう。あるいは、人間の魔法使いの変身は会話の出来ない不完全なものであり、精霊の魔法は会話も自由に出来る、より完成されたものなのかもしれません。

「まあ良い……。リエラ、もっと別な変身は出来ないか?お前としても、物体としてよりは何らかの動物として町を観光したいだろ」

「ああ、そうですよね。さすがに杖がぺちゃくちゃ喋ってしまっては、教会にしてみれば異端どころの騒ぎではありませんし……」

『別?えーと、あっ、こんなのなれるかな』

 今度は輝き出す杖。思わず手を離して地面に落としてしまうと、すぐに光は収束し、再びはリエラちゃんはその姿を変えました。

「おー、思った通り!」

 ――しかし、そこに存在している生命をリエラちゃんと同じものだとはとても思えません。だって、だってそこにいるのは……。と、とりあえず冷静に、事細かに描写してみましょう。

 リエラちゃんの肌は、今度は私達と同じ一般的な色で、むしろ透き通るように白い、美しい肌を持っていると言えます。そこに植物の精霊らしさはなく、誰がどう見てもただの人。

 次に、その髪は以前と同じく緑色ですが、ツインテールにしていた子どもっぽい髪型ではなく、今では私とよりも長いロングのストレートヘアー。きめ細かい髪は、ツタよりはシルクの糸を想起させます。輝かんばかりの美しい頭髪です。

 身長はすらりと高くなっており、私よりも高く、ディアスさんに匹敵するほどの高身長です。女性としてはかなり高いことがわかるでしょう。

 顔の感じは、まるでどこか遠い国に存在するという、甘い香りで虫を誘い、食べてしまう植物を連想させるほどに妖艶で美しく、踊り子風の化粧がなされています。はっきり言って、規格外の美人さんです。

 スタイル……それはもう、かつてディアスさんが茶化していた私の体なんて、タンポポの茎のように貧相なものだと思わせるほど肉感的であり、妖しくも美しい肢体からは絶え間なく色気が醸し出されています。踊り子も娼婦もびっくりです。この世の妖艶さを全て集めてもまだ足りないほど、エロチックな魅力に溢れているのですから。

 ……そろそろ、結論を言いましょう。

 そこに存在していたのは、間違いなくリエラちゃんなのでしょう。しかし、私はそれを認めません。

 だって今の彼女は、幼い少女などではなく、多くの男性を狂わせ、堕落させるであろう絶世の美女なのですから。

「やった。お姉ちゃんより大きいよね!」

「あ、いや、大きいとかそういう問題ではないでしょう。いや、と言うかそういう問題ではないでしょう」

「ショックがデカいのはわかるが、落ち着け。この幼女好きめ」

「よ、幼女好きなのではありませんっ。私は聖職者として、弱き者を守る精神に溢れていて、ですね。大体からして幼い子どもに性的欲情を覚えるのは往々にして男性であり、しかも三十代の人に多いという統計が出ていると聞きます。その嫌疑はディアスさん、あなたにそっくりそのまま返って来るものでありまして……」

「俺は乳臭いガキは好かん。以上だ」

「では妖艶な美女は?」

「大好物だ!」

 ま、迷いなく言い切ってしまいました、この人。

 事実として、ディアスさんがリエラちゃんを見る目は以前とは全く異なっています。……いやらしい。

「リエラちゃん……出来れば、見た目年齢はそんなに変わらないのが良いのですが。主にリエラちゃんが危険です」

「えー。大きいのにー」

「大きいのが危険なんです!肩もすんごい懲りますよっ」

「あ、それはヤかな。わかった。頑張ってもうちょっと小さくしてみるー」

 ほっ……こうして、一人の未来ある少女が守られました。ああ、今の私、すごい善行を積んでいますよね。最近はいまいちそういう面を前に出して行けていませんでしたが、実に聖職者っぽいです。

「余計なことをしやがって……」

「現実的に考えてみてくださいよ。精神的に未熟なリエラちゃんが、あんな大人っぽい姿、危険過ぎます。小さい子なら許される失礼なんかも、大人がすると最悪、罪に問われますよ」

「ま、まあな。俺としては残念な限りだが」

 全く。禁欲的に見えて、ストライクゾーンにはとことん興味を示すのですね。ディアスさんという人は。

 ……あれ?自分で言うのも変ですけど、私だって胸は大きいはずなのに、私に対しては態度が普通過ぎるような。……ああ、色気が足りていないということですか。

 シスターに欲情されても困りますが、これはこれで私の女としての尊厳が踏みにじられた気がしないでもありません。とりあえず、それだけ清楚で、純朴な外見だということにしておきましょう。色気をふりまくシスターなんて嫌過ぎますからね。

「よいしょっ、と。これでどう?」

 三度、光に包まれるリエラちゃんの体。これだけ短時間に何度も変身する姿を見ていると、すっかり慣れてしまいますね。魔法自体がこの国ではもうそんなに見られないのですから、相当貴重な経験なのに。

「おお、これはこれは……」

 発光が終わり、そこにいたリエラちゃんはいくらか背が縮んでいて、ストレートにしていた髪はポニーテールに結われています。子どもっぽいツインテールは卒業して、年頃の少女らしい活動的な髪型ということですね。

 年の頃は私とほぼ同じぐらいでしょう。元の姿が十歳ほど、さっきのお色気たっぷりなのが二十歳か二十五歳とすると、これは十五歳ほど。五歳刻みで外見年齢を変化させられるのかもしれません。ああ、もちろん肌の色は私達と同様。どうやら、小さな女の子の姿で肌の色だけ変えることは出来ないようですね。それが出来れば、真っ先にそうするはずですから。

 しかし、スタイルの方も肉が付き過ぎず、付かな過ぎずのナイスバディです。ここでの意味は巨乳ではなく、均整の取れた非常に美しい体という、そのままの意味ですよ。一応。

「へぇ、これなら違和感ないかもな。正直、俺みたいな中年と、あんたみたいな若者が子どもを連れてる、ってのも傍から見ていておかしいだろ?」

「そうですよね……リエラちゃん、ナイスですよ」

「えへへー。ナイスショット!」

「おお、リエラちゃんの天真爛漫な言動とも、絶妙に外見が合っていますよ。普通の元気っ子、って感じですね」

 こうして見ると、ポニーテールというのも良い髪型に見えます。私はやっぱり、それほど元気はつらつとしている訳ではありませんし、激しい運動もしないのでポニーテールにしたことはないのですが、似合う人がすると本当に様になっているものです。

 その似合う人が、まさか変身して私と同年代の女の子になったリエラちゃんだとは、誰も予想出来なかったと思いますが。

「リエラ。その変身、どれぐらい持ちそうだ?」

「えー……よくわかんない。でも、その気になればいつまででもいれそうだよ?」

「おいおい、本気で言ってるのか?いや……これが、ただの人間と精霊の魔法の適正の違いってやつか。こうして精霊を見ていると、人間の高名な魔法使いもガキみたいに思えて来やがる」

「あはは……リエラちゃん、さすがですね。精霊さんってやっぱりすごいです」

「えっへん。あたしはゴイスーなのだっ」

「……本当、どこで覚えたんですか、そういう言葉」

 今では死語……ですよね。きっと。

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 さて、問題なく次の町に入ることに成功し、その日は何の問題もなく宿も確保。楽しい楽しい夕ご飯の時間です。

 前の町では、同じ教会の人間として恥ずかしい限りの聖職者の醜態を目の当たりにしましたが、この町は教会が威張り散らしていることも、その他の問題があるということもなく、平和な限りです。……まあ、平和ということは産業、商業が停滞していることを意味し、あまり栄えているようには見えないのですが。

「親父。ここの名産物は?」

「名産、ねぇ。兄さんにお勧め出来るもんじゃないが、そっちの娘さん二人にはハチミツがどうだ?この辺りは特別甘い蜜を集めるハチで有名で、養蜂が盛んなんだ。そいつをパンに塗って食うのが、この町の女子供の定番って訳さ。大の男は胸焼けを起こして、食えたもんじゃないがね」

「なるほど……わかった。三つくれ」

「ええ?あんたも食うのかい?」

「こう見えて、子ども舌だからな」

 ……なぜかディアスさんは、店長さん相手にしたり顔です。

 あー、子ども舌だから、お酒もそんなに飲めないんですね。妙に納得しました。尚、私の町で配っていたキャンディは、毒にも近いすさまじい甘味がある代物なので、ディアスさんは多分肉体年齢的に受け付けなかったのだと思います。

「はは、そいつぁ良い。ついでに、そのハチミツを使ったジャムはどうだ?これを薬草茶に溶かして飲むんだ。苦いのが多少はマシになって、食後の一杯に良いぞ」

「俺は遠慮しとこう。クリス、どうだ?」

「えーと、いただいておきます。リエラちゃんも飲みますか」

「うん!お姉ちゃんと一緒が良いっ」

「と言うことですので、二つお願いします」

「毎度あり。飯が終わったら出すから、飲む前に店を出て行ってくれるなよ?」

 どうやらこのお店は、代金を先払いするようです。どうしてかと思ったら、お持ち帰りも出来るお店らしく、お弁当を作ってもらうことも出来るようです。明日のお昼の食事をお弁当にするというのはちょっとリッチ過ぎますが、お客さんを増やすための方策の一つなのでしょう。

 不況を悲観することなく、それぞれでお店の人々は少しでも収益を増やすための工夫をしているという訳です。やはり商売人の商魂はたくましく、そういった方々がいる限りはこの国が深刻な危機に陥ることもないと思います。

 でも、あくまで騙し騙しなんとかやってる、というレベルなのが悲しいところ。やはり、魔物の消えた“平和なだけの世界”に明るい未来はないとでも言うのでしょうか。

 暗くなって来てしまう気持ちを、なんとか明るくするためにハチミツのパンに口を付けると、これはもうすさまじく絶品でした。

 私の町では、そう簡単にハチミツを手に入れることは出来ず、そもそも私はハチミツを使うようなお菓子のレシピをほとんど知らないので、ほとんど食べる機会のなかったものなのですが、砂糖よりも自然で上品な甘さがバターと合わさり、絶妙な風味を形成しています。香ばしく焼かれたパンとの相性もまた抜群で、夕ご飯にしては甘過ぎるかな、なんて心配は杞憂に過ぎません。

 更に、メインデッシュであるところの豚肉のあぶり焼きの脂の乗りっぷりと言ったら、今まで私が食べて来た豚肉の中に前例がないほど。最低限の塩味だけが施されており、後は肉から滲み出たお汁がソースになっているのですから、なんとも豪勢。でもこれ、案外お値段は安いのですから驚きです。なんというお得感でしょう。

「クリス……」

「はっ。私としたことが、また食事に夢中で」

「いや、別に良いんだけどな。あんたの食いっぷりは本当、見ていて気持ちが良いって話だ。胃もたれも吹っ飛ぶ」

「なっ、そ、そこまでではないでしょう。私はシスターですよ?誰よりも清い乙女であり……」

「お姉ちゃんは、大食い?」

「ああ、その認識で合ってる」

「変なこと教育しないでもらえます!?」

 恐らく、女性に対して持たれる印象として最悪の部類であるものを、言うに事欠いて私みたいな女の子に押し付けようとするなんて、それはちょっと酷過ぎるというものです。しかもそれをリエラちゃんは、疑うという思考を知らないかのように信じてしまうのですから。

「そう言えば、リエラちゃんは食が細いみたいですが?」

「うん。もうお腹いっぱい」

「胃袋の容量は、本当の姿と同じ、ってところか。無理せず残せよ。どうせ食ってくれる奴が……」

「ディアスさん、どうぞ。私はもうお腹いっぱいですので」

 ふっ。先が読めてさえいれば、いくらでも対処は出来ます。そう何度も汚名を着せられる私じゃあないですよ。

 先が読めてしまうほどワンパターンに私を大食いネタでいじって来るディアスさんも問題ですが、まあ今は食事中です。食事の時間は大事ですから、そう何度も声を荒げることはしません。

「無理してないか?俺は別に自分の分で足りてるぞ」

「私は別腹の確保をしようと思えば出来るだけで、許容量自体は一般的なのです。きっと」

「へぇ、じゃあ俺がもらうけどな」

「ええ。残すのはもったいないですので、きちんと全て食べてください」

 私の分はすぐに食べ終え、しばらくの間リエラちゃんとの会話を楽しむことにします。

 ちょっと成長してしまった外見の彼女ですが、頻繁に見せてくれる笑顔は含みも何もない純粋な子どものものであり、見ていると考えようとしまいとしていても、どうしても暗い未来のことを考えてしまう心に、暖かな光を与えてくれるようです。

 輝かんばかりの華の笑顔。リエラちゃんの可愛らしさは、やはりこのように草花にたとえるのが一番なのでしょう。

「リエラちゃん。ハチミツは美味しかったですか?多分、初めてですよね」

「うん。すっごく甘くて、今まで食べたことのない味だったよ」

 ただのツタから精霊が生まれ、まだたった数日。ものすごく半端な知識はなんとなくあっても、リエラちゃんにはまだ圧倒的に経験というものが足りていませんから、やはり旅に出るという選択は正しかったのだと思います。

「ところで、ハチミツって花の蜜から作られているそうなのですが、食べちゃって大丈夫でしたか?」

「えっ。あたしもしかして、共食いしてた?カニバリズム?」

「ツタの花の蜜は集めてないとは思いますけど、別種の蜜は確実に……」

「じゃあ良いや。良かった。ツタが食べれない草で」

「そ、そういうものですか?」

「うん。同じ草だからって気にしてたら、何も食べれなくなっちゃうもん」

 なるほど……人間にその理屈を当てはめた場合、行くところまで行けば血の赤い生き物は全て食べてはならない、ということになってしまいますからね。唯一、血が青いのは悪魔の魚(イカ)ですし。

 実際、菜食主義者というのは存在している訳ですが、食事の選択肢からお肉もお魚も消えてしまうなんて、私に言わせれば拷問も良いところです。地獄ですよ。生き地獄。

「兄さん、例の薬草茶、置いとくぜ。嬢さん方はもう食い終わってるよな。熱いから気を付けてくれ」

「はい。どうもありがとうございます」

「ありがとー」

 木のコップに入って出て来たお茶は、ぼうぼう湯気を噴いていて、確かにかなり熱そうですが、食後のお口直しには最適というものでしょう。脂やハチミツで結構お口の中はぎとぎとしている感じがしますので。

「にしても、金髪の嬢ちゃんはシスターだろ?今時珍しいよなぁ、聖職者が旅なんて」

「色々と思うところがありまして。結果として、素晴らしい経験が出来ていますので、旅に出てよかったと思っています」

「はー、立派だねぇ。そっちの緑髪の嬢ちゃんは?」

「リエラちゃんは、成り行きで一緒に旅をすることになりました。ディアスさん――私と同じく金髪の彼は私達の保護者みたいなものです。護衛も兼ねていますね」

「なるほど、平和な世の中だが、可愛い女の子が二人きりじゃ賊なんかいなくても、どうなるかわかったもんじゃないからなぁ」

「そのシスターの本性を知ったら、普通の男は避けて通るだろうけどな……」

「何か言いましたか?」

「あんたが奇麗過ぎるって話だよ」

 もう、本性だなんて言い方が悪過ぎます。

 私は普段から猫を被っているのではありませんし、比較的自然体でいるのですから、どぎつさを知れば、ぐらいの表現に留めておいてもらいたいところです。

 ……大して変わりませんか。

「ね、お姉ちゃん。薬草のお茶って、飲んだら体力回復するのかな?」

「えー、どうでしょう。少なくとも毒や混乱は治りそうなものですが」

 魔物に襲われ、傷付いた人が薬草を煎じて傷口に塗り付けたり、ポーションを調合して飲んでいた時代は今となっては昔のこと。きょうび薬草茶なんて、少し苦味が強くて体に良い気がする飲料、といった程度の効果しかないのでしょう。

「それは良いとして、しっかりとふーふーしてから飲みましょうね。リエラちゃん、猫舌気味のところがあるみたいですし」

「猫舌?ざらざらしてないよ?」

「あ、いえ、熱い物が苦手、ということですね。ちなみに猫以外も色々な動物の舌はざらざらですよ。羊だとか」

「もこもこのアレ?」

「はい。あまり町では見かけませんが、田舎に行けば普通に羊飼いはたくさんいますよ。教会も関係していることは多いですが、この町なんかは養蜂業をされてますよね」

「ヨーホー?」

「ハチを飼育して、蜜を取るお仕事のことです。蜜蝋を作るため、ハチミツが必要になって来ますから。私の町の教会は別の町から買い付けていたのですが、出費が馬鹿にならないので今の時代の教会は自給自足が基本になっているかと」

「じゃあ、お姉ちゃんの教会はお金持ちなんだ」

「そ、そうでもないですよ?ただ、他よりもお布施が多いとは思います。……もちろん、リエラちゃんの町の悪徳神父とは違い、全うな地域貢献をして来たからこそのものですが」

 キャンディを作るための砂糖も割と豊富にあり、確かに私の教会は恵まれていて、それは希有な例だったのかもしれません。でも、ディアスさんではないですが、自分のところだけ良い、ではいけませんからね……。たった数ヶ月の短い勤めでしたが、私があの教会で学んだことを、今度は国中に広めるぐらいの勢いでこの旅に臨みませんと。

 ……改めて自分の旅の目的というものを確認すると、ちょっと気が遠くなる想いがします。さてはて、何年かける旅になるのでしょうかね?ディアスさん。

「ふー、ふー。もう良いかな?」

「そうですね。かなり湯気も減って来ましたので……んっ、美味しいです」

 軽くすすってみると、これは柑橘系のジャムでしょうか。薬草茶特有の苦味の中に、爽やかな風味が香ります。マーマレードは果物の皮が残っているので苦いですが、甘いジャムはお茶に入れるのに丁度良い物です。

「この飲み方はなるほど、流行りますね。雑草か土かをそのまま食べているかのような、薬草茶のあの飲み物じゃない感が確実に和らいでいます」

「そうなの?あたしも飲むー」

「きっとリエラちゃんも気に入ると思いますよ。まあ、従来の薬草茶を知らなければ、これほどの感動はないかもですが」

「んー……にぎゃい。お姉ちゃんこれ、普通に苦いよー?」

「あはは。ジャムが入っているとはいえ、本来は苦い飲み物ですからね」

「うー、あんまり好きじゃないかも……」

「あらら、では無理して全部飲まなくても良いですよ?」

「もったいないから、頑張って飲むよー。苦いのにも慣れないとダメだよね」

 うーん、リエラちゃん、健気です。しかも我慢が出来る。

 小さい子と言えば、辛抱強くなかったり、とかくわがままだったりする面が真っ先に思い浮かぶのですが、リエラちゃんは精霊さんですからね。あらゆる面が幼いという訳ではなさそうです。

「そんなに苦いのか?」

「どうでしょう。ディアスさんの子ども舌には無理かもしれませんね」

「ほう……」

 そして、わかりやすい挑発に乗る三十オーバーの図。考えなしにぐびりといきますが、思いっきりむせるのだけはやめてくださいよ。汚いですし、お店に迷惑がかかってしまいますから。

「な、なんだ。この程度の苦味、問題な……い……ぱたり」

「口で言いますか、それを」

 想像以上の痛みだったようです。ああ、これはもう完全に残すコースですね。リエラちゃんは頑張って飲んでいるのに、こういう時に大人というものは逆に子どもじみているものです。

「親父。ジャム追加で頼む」

「はは、苦かったかい?」

「娘二人の目がなければ、キレてるレベルだ」

 ここで提案されたのは苦味を更に緩和するための方策でした。

 一見、大人らしい頭の良いやり方にも見えるものの、結局は逃げですよね。こうなったらリエラちゃんにも助け舟を出してあげたいところですが、リエラちゃんはもう飲み干していました。

「苦いけど、案外飲めるかなー」

「おお、リエラちゃんはディアスさんよりも大人ですね」

「ほんと?お姉ちゃんより大人?」

「いえ、私は平気で飲めるので、リエラちゃんよりもお姉さんです。味覚ではディアスさんが一番子どもですね」

「おじさん、子どもなの?」

「……明らかに子どもな奴に言われるのは、結構クるものがあるな」

「事実ですけどね」

「追い討ちもやめてくれ……」

 すっかり、ディアスさんは私達の中でいじられ役として定着していますから、仕方がありませんよね。

 もちろん、これはいじめではなく、愛のあるいじりですよ?その辺り、誤解なきよう。

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「ああ、どうしてあなたは敵国の姫なのか。僕はこんなにも君を愛しているというのに!」

「ああ、あなたこそ、どうして敵国の王子なの!私はあなた以外の人を愛せないというのに……」

 翌日。前の町で成功したことに勢い付いた私は、ここでも子どもを対象にお話をすることに決めていました。

 しかし、いざそれに最適な広場に行ってみると旅役者の仲間入りを果たしていました。どうしてでしょう。その理由は単純です。

 役者の内、ヒロイン役を演じる方が急に熱を出し、劇が成り立たなくなってしまったのです。そこに偶然、私が来てしまいました。私がしようとしていることを話すと、役者の皆さんはならば演技力もあるだろう、と私を助っ人にしてしまったのです。

 でも、素人に助っ人を頼むのですから、その役は台詞の少ない脇役にするのが普通でしょう?それなのに、台本を頭に叩き込まれて台詞量のすさまじく多いヒロインをやらされるとは。他に奇麗な女性もいるのに、少し理不尽ではないでしょうか。

 私にこの役を振った方いわく、ヒロインのイメージにぴったりだとか。

 ……ふざけないでください。私、どう見ても村娘Bといった風貌でしょう。一国の姫なんて、確実に似合いません。

「クリス。共に逃げよう。誰も知らない土地に逃げるんだ」

「駄目よ、ロス。きっと途中で見つかり、国に連れ戻されてしまうわ。そうしたら、あなたはきっと処刑されてしまう」

「処刑?……はは、それも良いかもしれない。この恋が遂げられないのなら、僕は死んでも――!」

「馬鹿なことを言わないで!あなたが死んだら、私も死んでしまう!」

 劇の大筋は、ここまでの台詞で大体わかると思います。

 二つの対立する国の王子と姫が恋に落ち、大いに悩むというものですね。最終的には二人とも死んでしまいます。先にネタバレしちゃいますが。

「じゃあ、どうすれば良いんだ?親に認められて付き合えないばかりか、このままでは僕の国は、君の国と戦うことになってしまう。降伏の許されない殲滅戦だ。きっと、君も殺されて……」

「ロス。あなたが生きて。私はあなたとあなたの軍隊に殺されるのならそれで良いわ」

「頼む、クリス。そんな残酷なことを言わないでくれ。僕に君を殺させるなんて、そんなこと……」

「ええ……ごめんなさい。ロス」

 お話をしに来たつもりが、劇というものはお話会より、ずっと体力を使う重労働です。途中でお水ぐらい飲みたいのに、かれこれ十分は出ずっぱりで喋っている気がします。……殺す気ですか。

「二人の恋はいかに?本日のお楽しみはここまで。続きはまた明日、クライマックスは是非、ご家族、ご友人をお連れになってご覧ください!」

 そんな感じの愚痴を心の中で垂れていると、やっと終わってくれました。

 一つの長い劇を何日にも分けて演じて、その度にお金をもらう、というなんともセコ……賢い商売という訳ですね。

 あれ?もしかすると私、明日も……。

「お疲れ様、クリスさん」

「え、えーと、もしかして私」

「はは、さすがにそう何回も迷惑はかけないよ。明日にはウチの奴も治ってるだろうし、今度はお客さんとして来てくれると嬉しいな。もちろん、タダにしとくから」

「あ、そうですよね」

 良い役者さん方で良かったです。このご時勢、一人でもお金を落として行ってくれるお客さんは欲しいでしょうに、バイト料をもらえる上で明日の演目をタダで見せてくれるなんて。

「あれ?あの……」

「おっと、次はお話だったかな。俺達はもう退散するから、じゃあ!」

「は、はい」

 ……ああ、タダ働きなんですね、私。

 確かに助っ人に入るという契約の際、お金をもらえるとは言われていませんでした。でも、普通は……ああ、これ以上はなんだか私が守銭奴みたいなので、やめておきます。

「熱演だったな」

「やるからにはきっちりしますよ。お芝居は全員が真剣じゃないと、陳腐なものになってしまいますから」

「お姉ちゃん、すっごい上手かったよー。本当のお姫様みたいだった!」

「それはそれは。どうもありがとうございます」

 朗読だけでも必要最低限の演技力は培えたのでしょう。あまり情感を込め過ぎても、子どもを置いてけぼりにしてしまうので、適度に気を抜いたりもしているのですけどね。大事なところは人を惹き付けるだけの演技をするように心がけていますので、お芝居でも棒読みにはなってしまわないつもりです。

 いやしかし、人前で演技をするというのは、想像以上に肩がこります。正直へとへとですし、ここから更に子どもを相手にするというのは難しいような……。

「疲れたんなら、リエラと二人で買い物でも行って来たらどうだ?」

「ええっ。またずいぶんと羽振りの良い話ですけど、いい加減お財布は大丈夫ですか?」

「ああ、だからそろそろ一狩りして稼ごうと思ってな。女子どもを一緒に連れて行くことじゃないし、あり金全部使う勢いで楽しんでくれ」

「良いのですか……?狩りなんて、必ず上手く行くというものでもないのに」

「収穫ゼロって訳はないだろ。適当にやるから、心配するな」

 心配いらない、と言われて本当に心配しない人はきっと、よほど楽天的な人でしょう。私はそうじゃありません。

 けど、ここはあえて素直に従っておきましょうか。あまり散財はしないと思いますが。

「わかりました。では、くれぐれも無理はされないでくださいね。私の治療を期待して血まみれで帰って来たりしたら、怖いですから」

「魔物ならまだしも、普通の獣相手ならそんな危険はないさ。じゃあリエラ、あんまりクリスに迷惑かけてやるなよ」

「うー、あたし、お姉ちゃんに迷惑かけたりしないもん!ディアスの方が子どもだもんっ」

「あはははは……」

 ディアスさん、おじさん呼ばわりから呼び捨てに格下げ(?)になってしまったようです。うーん、結構深刻に嫌われてますね。まだ二人の一方的な確執は続いて行きそうです。

「あんたなら大丈夫だろうが、変な奴にも気を付けてな」

「ええ。リエラちゃんは責任を持って守ります」

 私に対する評価については、あえて触れないでおきましょう。まあ、確かにナンパでもされようものなら、逆に説教して追い返す自信はありますし。

「じゃあな。ゆっくり楽しんでくれ」

 自作なのでしょうか、色々な木材で作られたであろう矢の数を確認してから、ディアスさんは町の外に向かって歩いて行きました。しばらく手を振って見送った後、さてこれからどうしようか、とリエラちゃんの方を振り返ります。

「とりあえず、商店の集中した通りに出ましょうか。リエラちゃんの服も買いたいですし」

「え、服を買うの?」

「ずっと同じ服というのは嫌でしょう?リエラちゃんは可愛いのですから、おしゃれしないといけませんよ」

「でも、お姉ちゃんは奇麗なのにずっと同じ服だよー」

「ああ。私は聖職者なので、同じ僧服をいくつか持っているのですよ」

「へー……なんでセイショクシャだと、そんな地味な服なの?」

「地味っ……」

 た、確かに地味、ですよね。僧服なんて真っ黒で、飾りっ気も皆無ですので。

 だからこそ、姉さんなどは髪飾りやペンダントで個性を演出していましたが、私は十字架の髪飾りが唯一のおしゃれ要素。それも聖職者として必須のものですから、自主的なおしゃれではありませんし……。

「そ、その分、リエラちゃんをおしゃれにしてあげますよ!あの石も、アクセサリーに加工してもらいましょう。きっと素敵になりますよ」

「あ、そうだよねー。これ青いから、似合う服は黄色とかかな?」

「おー、素敵な色彩感覚ですね。絵描きの方が前に、青とオレンジや黄色は互いを引き立て合う配色なのだと言っていました。今のリエラちゃんの服が赤色なので、もうちょっと黄色味が強い服を探しましょう。もちろん、その真っ赤なワンピースもすごく可愛いですけどね」

「えへへ、あたし可愛い?」

「ええ!もちろんそうですともっ。リエラちゃんは反則的に可愛いので、何を着ても似合いますし、ぜ、全裸でも最高ですが、やはりふりふりのワンピースこそが至高だと私は考えます。可愛いワンピースを探しに行きましょうね」

「おー!」

 はふっ。やはり可愛いです。元気よく拳を突き上げる、こういう仕草はもう、反則という言葉も生優しい……私を萌え殺しにかかっているとしか思えません。こんなのが自然に出来るなんて、リエラちゃん恐るべし、です。

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 女の子というものは、ほぼ例外なく全てが買い物好きです。

 私の教会のシスター達は皆そうでしたし、私も普段のテンションは決して高いとは言えませんが、お店屋さん巡りをしている時は、楽しい気分になって口数も多くなります。

 リエラちゃんはどうかな、と少し心配でしたが、ここはあえてリエラちゃんを女の子という区分ではなく、子どもという区分をして見てみましょう。すると、子どもはとにかく好奇心旺盛で、新しい物好き。ならば、リエラちゃんにとっての初めてがたくさんあるお店は、楽しくないものであるはずがありません。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。あれ何?」

「えっと、乾物の野菜ですね。野菜をお日様に干していると、水分が飛んであんな風になるのです」

「へー……。じゃあ、あたしもずっと日に当たってたら……」

「ひ、人は大丈夫ですよ?精霊さんもたぶん、大丈夫かと」

「たぶん……」

 まさか、こんなところに触れてはならないポイントがあるとは。乾物や保存食の野菜は、草花の精霊であるリエラちゃんにとっては色々とショッキングなものかもしれません。地域柄が出たり、遠くの国の輸入品が並べられたりする食べ物のお店も良いですが、やはりお洋服を見るべきですね。一番盛り上がるところでもあります。

「リエラちゃん、あっちに行きましょう。食べ物はまた、ディアスさんが帰って来てから選べば良いですから」

「そうだね……」

 うぅ、テンションが下がりに下がったリエラちゃんを見るのは辛いです。

「わー!これぜーんぶ服なんだ」

「すごいですよね。一着一着、職人さんが作っているのですから、本当に驚きです」

「そうだねー。あたしに似合うのあるかな?」

「もちろん、きっとありますよ」

 洋服屋さんの一つに入ると、途端にリエラちゃんも明るい顔になってくれました。おしゃれというものを知らなかった精霊さんにとって、服でいっぱいのお店というのは新鮮な驚きと、希望に満ち溢れた場所のようです。

 私もそう言えば、村から出て来た頃は“服を選んでも選びきれない”という状況が存在し得る洋服屋さんが、なんだかとっても不思議な施設に思えて、とてもわくわくしたのを覚えています。

 シスターになりに来たので、そもそも私服を着る機会はほとんどありませんでしたけどね。でも、それだけ魅力的だったと言うことです。

「あら、可愛らしいお客さんが二人も。お友達?」

「ええ。そう言ったところです。お邪魔しますー」

「お邪魔しまーす」

 店先ではわからなかったのですが、どうやら店長さんは女性の方。しかもかなりお若く、少なくともディアスさんよりは年下でしょう。長い茶髪が奇麗な方です。

「そんな、気を遣ってくれなくて良いのよ?こんなちっちゃいお店に入ってくれただけで嬉しいんだから」

「いえいえ、素敵なお店ですよ。だからこそ、入らせてもらったのですから」

「もう、シスターだからって誰にでも優しくしなくて良いのに。そんなに言われたら、値引きしてあげないといけなくなるじゃない」

「あはは……」

 打算はなかったのですけどね。でも、同時にこれは嫌が応でもこのお店で買い物をしなくてはならない、と言うことを意味します。そう考えると、購入を強制させる店長さんの腕前も中々のもの、と考えなければなりません。

「今日は彼女の服を買おうかな、と思いまして。もしよろしければ、一緒に選んでもらえると助かります」

「折角来てくれたのだもの。それぐらいサービスするわ。あなた達の可愛さに免じて、ね」

「リエラちゃんはともかく、私は普通ですよ。むしろ地味ですし」

「お姉ちゃんは地味じゃなくて奇麗だよー」

「そうね。シスターということもあって落ち着いてて……だけど、まだ幼さの残る顔がとってもプリティよ」

「……ど、どうも。でも問題はこっちの可愛い子ですので」

 な、何を急に仰るのですか、この人は。私を照れさせて何をしようと言うのですかっ。

「ふむふむ……確かにすっごく可愛いわ。でも、ちょっとこの服は子どもっぽいわね。もっと似合う服がある気がするわ」

 顔をぐいっ、と近付けてリエラちゃんの全身を舐めるように見る店長さん。約得ですね、このぅ。

「はい!あたしを大人にしてくださいっ」

「任せなさい!お姉さんが十人すれ違ったら五十人は振り向く、魅力溢れる美少女にしてあげるっ」

「お願いします姉御!」

 いまいちわからないノリが二人の間で構成されつつあります。意外とリエラちゃん、人見知りはしないのですね。やっぱりディアスさんが苦手なのは根菜類騒動が原因で間違いないみたいです。

「私が思うに、そうねぇ……あなたは髪が緑色だから、もちろん赤も良いのだけれど……あえて黄色系で攻めるというのはどうかしら。似た色でまとめるというのも、ファッションの常套手段よね」

「わー、すごい、お姉さん。あたしも黄色の服が良いなー、って思ってたの」

「あら、そうなの?」

「実は、この石を職人の方にアクセサリーに加工してもらおうと思っていまして。黄色なら自然な色合いになりますし」

 加工の依頼をするため、一時的に預かっていた例の石をお見せします。深い海の絵のような色のそれは、どこか妖しく外からわずかに入って来る陽光を反射していました。

「派手さはないけど、中々素敵な宝石……でもないみたいね。でも、奇麗だわ。――じゃあ、あまり派手過ぎない方が格好良く決まるかもしれないわね」

「あまりごてごてとした可愛さではなく、上品な感じ、ということですか」

「そうそう。イメージは世間知らずの深窓のお嬢様、って感じね」

「なるほど……さすが店長さん。素晴らしいです」

 世間知らずのお嬢様、と言うのも言い得て妙。ある意味でリエラちゃんを説明する上で一番の言葉な気がします。……お嬢様ではなく、精霊さんですけどね。

「と言うことで、この服なんかどうかしら。ワンピースはワンピースだけど、上流層の着るようなコルセットをイメージして作られたものなの。ちょっと高級感あるでしょう?」

 そう言って、たくさんの服の中から店長さんが引っ張り出して来たのは、軽く赤みがかった黄色の服です。ワンピースと言うよりも意匠はドレスに似ていて、本当に腰周りを締め付ける訳ではない“なんちゃってコルセット”の部分が特徴。雰囲気としては、貴族の女の子の着るドレスの第一歩、と言った感じでしょうか。

 さりとて、あまり気取った感じはなく、装飾も最低限に留められた印象です。旅装としても、まあ……及第点でしょうか。スカート丈は膝までか、それより長め。リエラちゃんの足って、私と同じぐらいの長さでしたっけ。

「とりあえず、試着してみる?そんなに動きにくい服でもないはずだけど」

「そうですね。――リエラちゃん。試着と言ってもいきなり脱がないでくださいよ。ちゃんと奥にそれ用の部屋がありますから」

「う、うん」

 ここで忘れてはいけないのは、精霊さんであるところのリエラちゃんの常識の欠如。今も結構危ないところでした。女性しかいない空間とはいえ、さすがにいきなり服を脱がれては困ります。

 彼女をカーテンで周囲と隔てられた試着用のスペースまで見送り、ほっと一息。当分は私が気を回してあげないといけませんね。周りから見れば、同年代の私があれこれリエラちゃんを助けているというのは、妙な光景かもしれませんが。

「ブロンドの巨乳……やっぱり、黒か寒色系かしら」

「え?」

 そんな安心感に包まれていた中、急に後ろに感じる不穏な気配。殺気にも似たすさまじいオーラです。

「あなたも、一着ぐらいは私服を用意しておけば良いじゃない。――あ、もちろんこれは、余計にお金を使わせようという魂胆じゃないわよ?」

「店長さん、その付け足しはいらなかったと思います」

「あ、あははは……。でも真面目な話、あなた達二人の旅でもないのでしょう?男の人と一緒にいるなら、たまにはおしゃれして驚かせてあげなさいよ」

「は、はあ。――ん?あの、私って旅の途中だと言いましたっけ」

 自然と聞き流しそうになりましたが、よくよく考えると気になる発言がありました。普通の人なら、これぐらい気に留めないのかもしれませんが、神への信心の逆は、人への猜疑心、とでも言うのでしょうか。まるで会話の一つ一つが取引である商人のように、私は人の言葉が気になってしまいます。

「そんなの、言われなくてもわかるわ。だってあなたの僧服、この町のシスターの物とは違うもの」

「僧服が、ですか?基本的にこの辺りの教会はどれも同じデザインのはずなのですが、この町は教派が違うだとか?」

「ううん。あなたのは、少しだけ丈が短くて、足の露出が多いじゃない。それに袖の作りが少しだけ違う。たっぷりと布を使ってひらひらさせているのね」

「あー……私の教会は僧服の改造が許されていましたので。私自身は別に何もするつもりはなかったのですが、そもそも支給された服がいじられていたのですね。……さすが服屋さん。服でそこまでわかってしまうなんて」

「意外と僧服って可愛いもの。よく見ているのよ。私も面倒なことが何もなかったらシスターになりたかったなー、とか思いながら」

「ふふっ。そこまでシスターも厄介なものではありませんよ。こうして旅にだって出られますし、最近のは教会から強要されるような事柄も最小限なので」

「そうねぇ。でも、よくよく考えると僧服をずっと着るのは嫌なのよね。何と言うか、観賞用、みたいな?」

 確かに、聖職者であることの制約の一つに、同じ服を着続ける、というものはあります。だからこそ私もこうして服屋さんに来ると、知らず知らずの内に葛藤が生まれて来るのでしょう。女を捨てる、と言う訳では決してないですが、おしゃれの自由は確実になくなるのは大きな損失だと思います。服屋さんを自分で開いてしまうような人は、仕事の楽しさよりも自分の欲求の満たされない苦痛の方が勝ってしまうのかもしれません、

「着れたよー」

 と、店長さんと世間話をしている内にリエラちゃんの着替えが終わっていました。眩しい色の服の身を包んだ彼女が軽い足取りでやって来ます。

「お、おお!」

 そこにいたのは、天使――いえ、花と共に踊る妖精のように可憐な姿に変身したリエラちゃんでした。

 あの高級そうな見た目の服は、貴族の令嬢のような高貴さではなく、幼さの中に本物の少女の美というものを示す、フェアリーのような可愛らしさを演出してくれたのです。

 私には背中に透ける羽が見えるよう。ああ、なんという可愛さでしょう――!

「これはこれは……予想以上ね」

「そんなにすごい?あたしとしては、色が変わったなーってぐらいしか感じないんだけど」

「ええ、とてつもない破壊力ですとも!リエラちゃんは未だに自分の穢れを知らぬ可愛さという武器を知らないので、そう感じるのですよ。店長さん。これはもう、決まりですね」

「そうね。一応、もう一着候補はあるのだけれど」

 ――この店長さんが言うのであれば、それに間違いはない。そう断言出来ます。

「是非、そちらも試着させてください。二着ぐらいはあった方が良いですから」

「ふふっ、もう買うのは前提なの?」

「もちろん。信頼していますよ。店長さん」

「ありがとう。すぐに用意するわ」

 今この瞬間、私と店長さんの心は完全に一つとなっています。女の子を。いえ、ここは一般的な言葉ではなく、個人を指定してリエラちゃん。彼女の可愛さによって心が繋がっているのです。

 彼女は美人の同性である店長さんをも唸らせ、当然ながら私を魅了して止みません。全てが本人の計算抜きで成立しているのですから、ああ、なんてリエラちゃんは天然ジゴロなのか!ますます、見ず知らずの男性には気を付けなければなりません。

「リエラちゃん。その服は着やすいですか?」

「うん。なんかね、前の服より柔らかい感じだよ。汗とかも吸ってくれそう」

「なるほど、きっと綿糸の夏仕様の服ですね。そもそも、リエラちゃんのあの赤いワンピースは何製だったのでしょう」

「んー、どうなんだろ。やっぱりツタ?」

「……ツタの繊維で服を織るなんて聞いたことないですけど、精霊さんの謎技術ならそれも出来るかもしれませんね。でも、綿花はそれよりずっと柔らかいものですから、着やすくて良かったです」

「だねー。これならあんまり疲れないよ」

 デザイン性と機能性の両立。旅装としても十分な性能があるようで安心です。

 その分、お値段の方も中々かかってしまいそうですが……なるようになるでしょう。ディアスさんの狩りの成果は正直な話、そうアテにはしていませんが、必要とあらば教会式の節約術でなんとか食べ繋ぐ所存です。見た目に寄らず、そういう技術は持っていますので。

「えっとね、これ。ちょっとサイズが心配だけど、薄手だけど肌の露出少ないし、旅にも向いていると思うのよね。合わせてもらえないかしら」

 そう言って、次に店長さんが持って来た衣装。それは……まさかの白。そう、純白のお洋服です。

 ああ、駄目ですよ。これは。

 リエラちゃんに白い衣装ですよ?既に十二分に天使であるリエラちゃんが、真っ白な服を着る。つまりそれは、リエラちゃんが完全なる天使へと昇華することを意味します。……この店長さん、私を真剣に旅立たせるつもりですか?

「き、奇麗な服ですね」

「……我慢しなくても良いわよ?」

「リエラちゃん!今すぐにでもこれを着て、その天使っぷりを遺憾なく発揮させてくださいっ」

「て、天使?」

 天使です!これ以上はちょっと恥ずかしいので言葉には出しませんが、あなたはどう考えても天使なのです。

「お姉ちゃんの目、なんか怖いんだけど……着て良いの?」

「もちろんですとも!」

「は、はーい」

 さあ……リエラちゃんの新衣装。あれもまた形自体はワンピースです。やはり店長さんも下手に背伸びをした服装ではなく、リエラちゃんの精神年齢をここまでのやりとりで見抜き、可愛らしい方面で攻めて来ているのでしょう。

 ですが、今度はさっきの黄色いワンピースとは異なり、形はオーソドックスながらもとにかくふりっふりな服です。これでもかと言うぐらいのフリルで、ここまで付くと逆に高級感は消え去り、どこかチープにすら思えてしまいます。が、リエラちゃんが着るもなれば話は別。正に、天使のお召し物。――聖衣となり得ます。

「ねぇ、あなた」

「は、はいっ。代金の方でしょうか」

「そんな野暮な話じゃないわよ。もちろん、払う物は払ってもらうけど。これ」

「何でしょうか……?」

 てっきり服のお金をリエラちゃんが着替えている間に支払うのだと思ったら、店長さんから逆にある物をいただいてしまいました。

 そのある物とは……隠す必要もないですね。服屋さんで渡されるのですから、それは服以外にはあり得ません。どんな服、誰の服かと言えば。

「あの白いワンピースを探していたら、一緒に出て来たの。どう?完全な色違いではないけど、中々似合いそうよ」

 リエラちゃんの物とは正反対の、黒いミニのドレス調の服でした。サイズは胸囲を中心にやや大きめに作られており、リエラちゃんが着るにはぶかぶかでしょう。ならば、誰の服かは言わなくともわかりますね。

「もしかしなくても、私のですか」

「ええ。あの子のこと可愛い可愛い言ってるけど、やっぱりあなたも僧服を着ているだけにはもったいない逸材よ。これぐらいおしゃれするべき。と言うか、一生その服で終わるなんて世界の損失になるわ」

「は、はぁ。でも、町中では僧服でいないといけませんし、町から町への道中にわざわざおしゃれをすると言うのは……」

「意味があるわ!さっきはうやむやにされたけど、そういう時のちょっとしたおしゃれが男の心を射止めるものなの」

 別にディアスさんを惚れさせようなんて、欠片も思っていないのですが。……なぜだか私がディアスさんへの恋心を秘めた乙女のような設定に、店長さんの中で勝手にされているようです。多分、店長さんのイメージでは私達の保護者である男性は、二十そこそこの美青年なのでしょう。それなら、確かに私とくっ付いてもそうおかしくはないかもしれませんが現実は……。

 いえ、別にディアスさんのことを男前ではない、とは思っていませんよ。ただ、年齢が倍も違うかつての勇者のパーティの一員、つまるところ魔王殺しの救国の英雄と、貧乏シスターなんて、という感じですよね。

 立場も年齢も、あまりに違い過ぎていて、そこに恋心が介入する余地はありません。私からディアスさんに恋しているということは現時点はないですし、その逆もまたないように見えます。もしあっても、私が彼のことを好きになることは、恐らくないでしょう。

「五割引。これでどう?」

「私の服が、ですか」

「いいえ。今日あなた達が買う服全部」

 つまり、三着全てが半額。結果として支払うお金は、全てが同じ値段だという単純計算で一着半と同じ。お得以外の何物でもありません。お店側の赤字の方を心配してしまうような、驚異的な割引です。

「さすがにそれは。私の服の一着ぐらい、リエラちゃんの服を真剣に選んでくださったお礼に買わせてもらいますよ。私だけではここまで似合う服を見つけられた自信はありませんし」

「ううん。良いわよ。可愛いお客様二人への、私からのプレゼントだと思って。それに、あれじゃない。教会への寄付の一端よ。その年で教会を背負って旅するなんて楽じゃないのに、行動力溢れるシスターへの寄付。お金じゃなくて現物だけど、服屋の私らしいでしょう?」

「……店長さん」

「その代わり」

「えっ」

「安く買わせてあげる代わりに、絶対に相手を骨抜きにしなさいよ!見た目を着飾った後は、内面で勝負なの。男は度胸、女は愛嬌なんて言うけど、あれは嘘だわ。女もがんがん攻めて行く度胸が必要なの。黙って笑顔でいても、男は振り向いてくれないわ。自分から襲う勢いでやりなさい!」

「は、はあ」

 どうしてでしょう。店長さんの目が本気、どころか色が変わっています。

 まだまだお若いはずなのに、男性関連で色々と苦労されたのでしょうか、正直言って怖いです。

「じゃあ、はい。着てみて。きっとよく似合うわ」

「はーい……」

 剣幕に押されるように奥へと行かされ、僧服を脱いで新しい服に袖を通します。ドレス風とは言っても、露出はかなり少ない服で安心しました。背中が大きく開いていたり、ミニだからと言って足が思い切り露出されていたりすることはありません。ただただ、高級感と、人形さんのような、無機質さを伴った美しさだけが演出される服だと言えます。

「あつらえたみたい、ですね」

 人を見ただけで、その体格や身長を完璧に見抜いてしまうのは、服屋さんとして当然の技能なのでしょうか。リエラちゃんと同じく、私の場合でもサイズは完璧でした。

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「おい、娘ども!いや、特にクリスだな。あんたはどうせ、俺が大した狩りの成果もなく、ただ森や野原をうろうろしていただけ、そう思っていたかもしれないが……見ろ、この金を!傭兵の日給なんかとは比べ物にならない大金だ。猪に、野鳥に、毛皮になる小物を結構な数……これ以上がないってほどの大量だっ」

 元気よく。それはもう、夜なのにお隣の部屋の迷惑になるほどの大声で、ディアスさんは宿屋の部屋に帰って来ました。

 そんな能天気ディアスさんを迎えるのは……。

「おかえりなさい、ディアスさん」

「おかえりー……」

 リエラちゃんは相変わらずですけど、私はものすっごく頑張って笑顔を作りました。顔も多分、赤くはありません。

「おう……って、リエラはともかく、クリス。あんたその格好、どうしたんだ」

「……買いました。と言うか、買わされました。かなりまけてくれましたけども」

「そ、そうか」

 当然、帰って来るのはこんな反応な訳ですよ。わかりきっていました。私とディアスさんは、まだお互いのことをそこまで多くは知っていません。でも、私がいきなり、僧服以外の。しかもかなり可愛めの服を着て、ディアスさんを迎える。この行動がもたらす結果は容易に予想出来てしまいます。

「あたしの服の感想はー?やっぱりディアス、あたし嫌いなの?」

「な、何言ってるんだ。お前はその、可愛いな、うん。あの石、結局ペンダントに加工してもらえたのか」

「はい。この服を買ったお店の店長さんの紹介で、良い職人の方に出会えました。究極的に言えば穴を開けて、鎖を通すだけの作業ですから、一時間ほどで加工は終わりました」

 魔法の石を、果たして普通の細工師の方に加工してもらって良いのか。一抹の不安はありましたが、問題はなかったみたいです。そもそも、魔法関係にも明るい職人の方なんて、今この国にそうたくさんいるとは思えません。それを探す方が現実的ではありませんから。

「じゃあ、明日の昼ぐらいに出るか」

「はい。遂に件の……えっと、奇しくも私と同じ名前の」

「ああ、クリスの町な」

 どうしても、やはりその名前には慣れることが出来ません。発音されるだけで、なんだか辱めを受けているような気になります。同じ名前の人に出会った場合も、こんな感じの変な気持ちになるのでしょうか。

「交易都市だとは聞いていましたが、どのような町なのか、到着の前に教えておいてもらえませんか」

「そうだな。リエラには初めて話すことになるし、よく聞いておいてくれ」

「お願いしますね。リエラちゃん」

「はーい」

 ディアスさんのお願いを、わざわざ私が復唱します。こうしないと、中々リエラちゃんはディアスさんだけの言葉を聞いてくれないからです。

「かつては打倒魔王のパーティが装備を整えると言えばここ、そう言われるぐらい大きな街だったところだ。王都なんかより、店の品揃えは間違いなく良かっただろうな。と言うのも、優秀な兵士が配置され、自警団も精強で、付近の魔物の討伐を請け負う傭兵や、パーティも多かった。周囲の治安が良いから、自然と商人も多く出入りするようになる訳だ」

「では、ギルドなんかもあった訳ですか」

「二つ、大きいのがあった。金獅子亭と、銀虎亭と言ったな」

「なんとまあ、筋骨隆々とした冒険者の集まりそうな名前で」

「事実、そんな感じだった。あそこで飲んでる奴等が一度に動けば、もっと早く魔王を倒せてたんじゃないか、と思うぐらいにな」

 ギルドとは、商売人達の組合のことではありません。正式名称は冒険者ギルドであり、かつての魔王との敵対時代はギルドと言えば冒険者ギルドであったため、自然と省略された訳ですね。

 冒険者ギルドは、表向きは普通の大衆酒場として機能しています。しかし、酒場には情報が集まるもので、冒険者に有益な魔物の情報や、近隣に出現した強力な魔物を討伐してくれる人を求め、その依頼が貼り出されることもあった。と言われます。つまりは魔王に抵抗する人々の社交場。戦意を失わない人のつかの間の安息の地だった、そう言えるでしょう。

「俺が最後にあそこに行ったのは、半年かそこらほど前だったと思う。ギルドは二つとも潰れ、別な酒場が作られていた。勇ましい名前じゃなく、大衆受けする普通の名前の、な。それからわかるように、あの町の魔王の死後の廃れっぷりは他とは比べ物にならない。剣、鎧、盾……そう言った主力商品の需要が丸っきりなくなったんだから、当然と言えば当然だけどな。正直、見るに耐えないほどだ」

「そこにあえて私を行かせるのですから、ディアスさんも大概酷いですよね」

「ねー」

「ねー、そうですよねー」

 リエラちゃん、可愛いなぁ。

「二人して非難がましい目で俺を見るな。俺は、あの町の連中には少なからず世話になってるし、あいつ等にはちょっとは気力、って言うか、覇気を取り戻してもらいたいんだ。あんたは知らないだろうが、今このご時勢に三人も旅人がやって来る、それだけで町は歓喜するんだぞ」

「でも、本当にそれだけではないんですよね?」

「どうしてそう思う」

「ディアスさんは前に、私に救われたと言ってくれました。私の適当なお説教や、付け焼刃のお話の朗読に感動し、人の心を動かす力がある、そんな風に絶賛してくれました。相変わらず私はそこまで自分を信じられませんが、ディアスさんがその疲れた町に私を行かせたい、その気持ちはわかります。けど……ディアスさん、その町の話をする時、明らかに声が高くなっているんですよね。いつもは仏頂面なのに、妙に怪しい笑顔になってますし」

「そーそー、楽しそうだよね。ディアスじゃないみたい」

「と言う訳です。女性ですか、女性ですよね。将来を誓い合った女性とか、親友に譲ったけど、実はまだお互い惹かれ合っている人とか、いるのでしょう?」

 完璧なる推理の結果です。どやっ。

「……どうして、女という生き物はなんでも恋愛話に持って行きたがるかな」

「でも、事実なのは明らかですからね」

「違うっての。ただ、会いたい奴がいるってのは合ってる」

「なんだ、男性ですか」

「いや、女だ」

「それ見たことかっ。リエラちゃん、ディアスさんはまだ恋するお年頃だったのですよ!」

「もうおじさんなのにねー」

「おい、お前等っ。そんなに三十過ぎのオヤジをいじめて楽しいのか!?」

 あー……ちょっと、意地悪が過ぎてしまったかもしれません。

 意外とディアスさんは打たれ弱いのですね。可哀想に。

「で、本当のところは?」

「昔馴染みだよ。前に言っただろ?一人、勇者のパーティで消息を知ってる奴がいるって」

「剣士、という話でしたっけ。てっきり男性の方とばかり思っていました」

「勇者のパーティは勇者を含め、男三、女二が内訳だ。それぐらい伝わってないか?」

「い、いいえ。何分、私の子ども時代は田舎で過ごしましたし、町に出てからはもう、勇者のパーティのことを話す人はいない時代になっていましたから」

 救国の英雄は、いつしか最も忌むべき者になって行きました。たった十年の内にそんな認識の変化が起きるのですから、改めて世界から魔王が消えたことの重大さを感じます。……魔物から人間の世界を取り戻すことは、間違いなく恨まれるべき所業ではなく、歴史に永遠に残り、語り継がれるべき偉業なのですが。

「そうか。勇者、魔物使い、盗賊。ここまでが男で、残りの女二人は剣士と魔法使いだ」

「ええ?も、もしかして勇者のパーティには僧侶がいなかったのですか!?」

「知らなかったのか?」

「僧侶もいなくて、回復はどうしていたのですか!まさか、薬オンリー?」

「そうだが、そんなに変か?」

 変?そりゃあ、変ですとも。頭がおかしいのではないですか?

 私は魔王が倒されてからシスターになった身ではありますが、癒しの術は僧侶の特権であり、かつて魔物と戦っていた時代においては、僧侶のいないパーティなど存在しない、そう考えていました。

 なぜならば、僧侶をいなければ怪我の治療を迅速に行えない訳であり、そんな状況で魔物と連戦するなんて、パーティと言うより軍と呼べる大所帯で、戦える人間がたくさんいる場合か、圧倒的な強さで反撃を受ける間もなく魔物を倒してしまう、そんなパーティでなければ成立しません。

 勇者のパーティは、当然ながら後者。怪我を負う前に次々と魔物を打ち倒していたのでしょう。

「シスターとしてショックを受けるのは、まあ当然かもしれないが……そういうことだ。一応、それなりの理由もあったんだがな」

「理由、ですか。――教会が魔王の打倒に関与することにより、今以上の発言力を持つことを避けるため、とか?」

「……あんたはそういう黒いことにおいて、天才級の頭の回転を見せるよな」

「く、黒いとはなんですかっ。冷静に考えた上での結論です」

「でも外れだ。もっと単純な理由だったんだよ」

「と、言いますと」

「怪我を治してる暇があれば、一匹でも多く魔物を潰せってのがパーティの方針だった」

「素晴らしく脳筋ですね……」

 知力の著しく欠如したおバカさん集団の前には、僧侶なんて頭数に入れられない存在だという訳ですか。……なぜだかこう、頭痛がして来ますね。

 いや、それにしてもそんなしょーもない理由で僧侶が魔王打倒に参加出来なかったなんて、真剣に納得出来ません。確かに僧侶は元来、戦闘をしないものではありますが、回復の重要性は……はぁ、攻撃は最大の防御、そんな詭弁じみた理屈が世界最大の戦いで通ってしまったのでしょう。ちょっと信じがたい歴史の真実です。ショックを受けざるを得ません。

「とにかく、ちょっとそいつにも会おうとは思ってるってだけだ。もちろん、そいつと恋愛関係があったりはしないからな。豪放磊落って言うのか?豪快で、男みたいな女だし」

「なるほど……さぞ剛腕の使い手だったのでしょうね」

「いや、見た目は華奢だけどな。あくまで戦士じゃなくて剣士だから、スピードで勝負をしてたような奴だ。業界内だけだが、剣聖だとか剣姫だとか、詐欺臭い二つ名で呼ばれていたし」

「よくわからない人ですね……」

「会ったら一発でわかるだろ。ここからなら、三日もあれば着く」

「当然のように、それまでは野宿の日々ですね」

 今となってはリエラちゃんという心強い味方も出来て、野宿にもそれほど疲れたりはしないですけどね。二人の身を寄せ合って眠ると、すごく寝付きが良くてびっくりします。もしかすると、草花の精霊さんの香りには安眠効果があるのかもしれません。

「よし、じゃあ飯に行くか。今夜はたっぷり寝ておけよ」

『はーい』

 少し難しい話をしていたためか、元気のなかったリエラちゃんも声を揃えてくれました。少食ですが、ご飯は大好きみたいですから、私と同じですね。

 そう、女の子は食べることが大好きなのです。私一人が特別食事に幸せを見出しているのではなく。

説明
女子のきゃっきゃっうふふー的なシーンって大事だと思います
そして、自分で書いておいてアレですが、リエラ可愛い
スゴイカワイイ。カワイイヤッター!
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勇者も魔王もいないこのせかい

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