この世の在り方 |
【梧鞘子】
会社の仕事が溜まって、会社で寝泊りしながら仕事をしている内に何日も彼女の家へ
帰ってないことに気づいた私は残り少なくなったイラストを描き終えて帰路を歩く。
真夜中にも関わらず大きな家の1階窓には灯りが煌々とついているではないか。
「まだ起きているのかしら」
ちょっとした胸騒ぎがして私は気持ち早く歩いて玄関の前についた。
鍵はかかっていない。普段しっかりしている彼女が何かやらかしているとは考えにくいが
彼女はああ見えて繊細なのだ。普段はこちらが怯えるほどエグいやり方をしてくることも
あるけど寂しがりな部分を隠すためと言っても過言じゃないほどだ。
「銀緒!」
しっかり鍵をかけてる彼女がしていないのは普通とは違うことを意味していた。
早歩きで灯りがついてるリビングに顔を出すと、テーブルに顔を伏している彼女の姿が
あって一瞬、青褪めそうになったが近くにあるウィスキーのボトルがあって
ホッと息を吐いた。
しかし、普段はあまり酒など飲まない彼女がこうしているのもまた普通ではなかった。
私は再び己を緊張状態にして彼女に近づいて肩を軽く揺すり声をかけた。
すると、すぐに飛び上がる銀緒は急に私の胸倉を掴んで睨みつけていた。
ただ叫ぶこともなく掴んで睨むだけ。何も言わないことがこれほど怖いとは。
「ずいぶんご無沙汰だったじゃない」
「し、仕事だったのよ・・・ごめん」
私は勢いでずれたメガネを直すと銀緒の隣の椅子に座る。
「実は元気?」
「さね・・・。えぇ、彼女はいい子だと思うわ」
実(さね)とは銀緒の実の娘で外見は彼女に似て綺麗な白髪の可愛い女の子である。
母である銀緒のことをとても愛していて彼女が教えることを何でも素直に受け取り
尚且つ理解力があるため、意味を取り違うことをしない子であった。
外見と銀緒の教えが影響してか、周りの人間関係に少し苦労しているという話は
仕事中のメールで聞いたことある。もちろん休憩時間の時にだ。
銀緒は間違ってないと思う。まぁ、どんな教育しているのか細かな話はしていないが
直感的にそう感じられるのだ。
「仕事か・・・仕事じゃしょうがないわね・・・」
「それより何でそんなに飲んでるの。体に障るわよ」
「んー、ちょっと聞いてよ・・・。最近私の教育が正しいかどうか迷ってるの・・・」
酔ってるせいなのか全く成立しない会話のやりとり。前から彼女は自分の意見を
前面に出して人の話を聞かないこともあったが、今日は特にひどい状態である。
再び顔を伏せながらポツポツと話しを始める銀緒。
「私の生き方って自分の意志を押し通すものじゃない。
それをあの子に押し付けていいのかって思ってるの」
「本人がそれでいいんだったらいいんじゃない?」
「バカね、ああいう人を想う子が母である私を刃向かうと思う?
嫌だったとしても断れないだけよ・・・」
「今日はとことん弱気だね。珍しい・・・。まぁ、そうだったとしても
そういう生き方悪くはないと思うよ私は」
その言葉で顔が上がって私と視線を合わせてくる銀緒。それに対して微笑みかけると
あからさまに呆れたような顔をして返してくる。
「ほんとわかってないわね。わざわざ苦労して生きるより楽して
生きた方がいいんじゃないかって話よ」
「どういうこと?」
私が本当にわからずに問い返すと、ハァッて大きな溜息を吐いて頭に手を当てる銀緒。
「鞘子も消極的ながら我を通すタイプだと思うけど、世間一般の人間と同じように
感じられる?」
「わ、わかんないけど」
どういう意味かわからずに返事をすると・・・。
「世間の考えと評価に合わせ、流されて生きていく人生の方がある意味楽なのよ。
周りに合わせた方が仲間がいて色々便利なの。噂、悪口、偏見、差別とかね。
だけど、我を通すと周りには理解されず下手すると敵対される恐れがある」
「そんな大袈裟な」
私が苦笑して呟くと、少し怒りが混じった表情で私の顔を見る銀緒。
「どうだかね。実際に自分の目指す道が普通の人と違って認められることがあったかしら」
言われてみると確かに上っ面の応援は少しあっただけで、その言葉に意味は
なかったかも。陰口で笑われたりもしたけど。
「たとえ最初は付き合うだけって気持ちかもしれないけど、長く続くとそれは洗脳され
自然に悪口を叩けるようになる。本人はそれに対する自覚はないの。
悪びれもなく人の心を殺すようなことを平然と言える」
「うっ・・・」
「それは一見つまらない人生かもしれないけれど、逆を言えば安定して生活を送れる
ってこと。それを無くしてまで私の意志を子供に伝えることは妥当なのだろうか」
「それをここの所一人で抱えてたってわけ?」
私がそう聞くと、今度はだんまりを始める銀緒。少し距離が空いたところを
私は彼女の両肩に手を置いて引き寄せた。
「ソレは後々、あの子が自分で決めることだよ。今教えられるのは銀緒しかいない
じゃない。それに銀緒の考えは極端で強引なことも多いけど私はそういう貴女も好きだよ」
「鞘子・・・」
抱き締めると彼女の香りが感じられて私は更に力を入れたくなる気持ちでいっぱい
だった。強引で無茶苦茶で強欲だけど、人一倍愛情の強い彼女が愛おしい。
「怖かったの・・・父親がいなくて貴女といっしょに暮らしてること。
実がからかわれて泣いて帰ってきたのを知って、いじめに発展するんじゃないかっていう
恐怖が私を襲ってきたの」
私は答えられず頷くと彼女はなお止まらずに言葉を連ねていく。
「自分自身の恐怖なんて簡単に乗り越えられるのに、愛する人が私の見えない場所で
傷つくのが辛かったの!」
「ごめん、しばらく傍にいられなくて・・・」
お酒を飲むことに違和感を覚えていたのは、他にはけ口がなかったからだって。
今気づいた。それから泣き止まない彼女の背中をさすりながら私は話しを聞き続けた。
そうしていつしか、外は白みがかってきていて。
それは朝になったということを意味していた。
「それにしても水臭いな。私だって家族なんだからちゃんと話してよ」
聞くだけでも随分と違うでしょって言うと彼女は小さく頷く。
あんなにも怖くて、あんなにも強い銀緒が今はこんなにも小さい。
私も彼女を支えてあげなくちゃっていう強い気持ちが芽生えていた。
結果的に言えば、銀緒が思うほど実ちゃんは弱くなくて教えられた通りに
いじめっ子を一蹴して、その強さが周りの生徒たちにウケて人気者になったとか。
自分を犠牲にせずに上手いこと周りに溶け込める才能があったようだ。
「鞘ちゃん!ママ〜!早く早く〜!」
「あはは、待ってよ〜」
久しぶりに取れた休みを全員でピクニックでも行こうかという話になって
私はレンタカーを使って遠出をしていた。自然に囲まれた場所で実ちゃんに
呼ばれて笑顔で向かおうとした私に後ろから銀緒の声がかかった。
「一つだけいい?」
「なに?」
「私って最低な人間かしら。好きでもない人をその気にさせて愛もないのに子供を
作って。旦那が死んでも悲しまないで、その家に彼女を連れ込むような女よ」
世間からすれば非常識もいい所なんだろうけど。私の意見から言わせてもらえば・・・。
「でも、その男の間に生まれた子供には普通の人以上に愛を注いでるじゃない。
私は悪くはないと思うな。って・・・、恋人だからそういう考えなんだろうけどね」
「うん、ありがとう・・・。でも少し気分が楽になった。私は・・・私でいいのよね」
「逆に銀緒らしくなくなったら気持ち悪いよ」
笑いながらそんなこと言ったら、どうやら地雷になっていたようで。
久しぶりに彼女の背後から黒いオーラが飛び出したように見えた。
「さやこ〜?」
「わー、ごめんなさい!」
「もう、二人共遅すぎ!何やってるの!?」
ナイスタイミングで実ちゃんからお怒りの言葉を貰った銀緒は我に返って
深く一息吐くと娘の声がする方へ小走りしていった。
強いから悩まないわけではない。強いからこそ強く悩んでしまう人もいる。
私はそれを学んだ。これからは一緒に悩んで一緒に強くなって幸せにすごそう。
そう約束をあの日にしたから。
雲ひとつない青空の中、もう一度声がしたから私も走って向かっていった。
悪いことが多い世の中だけど、良いことを思い出せるように私達は今を精一杯
生きるのだった。
お終い
説明 | ||
昔読みきりで書いた二人を使ったお話し。テーマとしては生きることと信念というか目標を突き詰めること。そのバランスをどうするかっていうこと。出過ぎると杭は打たれてしまい、行き詰ってしまうものです。果たして強い気持ちを持って我を通すのか、朱に染まって薄めた人生にするかを考えるような話にできたと思いますが。そんな深くはないと思うので気楽に見てってくださいw | ||
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