そらのおとしもの 馬鹿と(・3・)と阿頼耶識 天界編というか転界編 |
そらのおとしもの 馬鹿と(・3・)と阿頼耶識 天界編というか転界編
「今日はみなさんに新しいお友達を紹介します。明日さん、入ってきてください」
新春から7日目。新しく通うことになった学校の担任の若い女性の先生が私に入室を促す。
私は大きく深呼吸をしてからゆっくりと教室内へと足を踏み出す。
過去の記憶にちょっと曖昧な所はあるけれど大丈夫。転校生なんだからバレることはないはず。
それよりも最初の挨拶を上手くやらなくっちゃ。
小さく息を吸い込んでクラスメイト達の顔を見る。
知っている子はいない。私は福岡どころか九州に来たのもこれが初めて。
だから知り合いなんているはずがない。
なのに、なのに……。
何故か数人の女の子と1人の男の子に見覚えがあるような気がした。
一体、何故だろう?
「それでは明日さん。自己紹介をお願いします」
おっと。考え事をしている時じゃなかった。
私がこの学校で平穏無事な生活を送れるかはこの挨拶に掛かっているのだから。
大きく息を吸い込みながら覚悟を決める。
「みなさん、はじめまして。転校生の明日れあ(あした れあ)です。両親の仕事の都合で東京からこの空美町に引っ越してきました。よろしくお願いします」
何とかとちらずに挨拶を終えて頭を下げる。
頭を上げ直すと男女共に悪くない程度の拍手をもらった。
大成功とは言えないまでも及第点は自分にあげられそうだった。
顔も普通、スタイルも普通の私じゃ漫画のヒロインみたいにいきなり大注目を浴びるなんてあるわけがなかった。
「それでは明日さんは……桜井くんの隣に座ってください。窓側の最後尾の列に座っている男の子の隣の席です」
桜井くんという名前が出た瞬間に教室内がざわめき始めた。
「先生。転校生の子をいきなり桜井くんの隣にするのは問題があると思います」
女子生徒の1人が立ち上がりながら先生の意見に異議を唱えた。
「何の問題があるって言うんだよ!」
窓側の最後尾に座っている小柄な男の子が憤慨しながら立ち上がった。
「ゴキブリ桜井じゃ、転校生にいきなりセクハラしかねないじゃん!」
他の女の子が立ち上がって最初の少女を援護する。セクハラって……。
「そうよ! 胸とかお尻とか触られて転校生さんがいきなり不登校に陥ったらどうするのよ」
「俺はセクハラ野郎じゃねえっての! ジェントル桜井だっての!」
桜井という少年は女子生徒達に真正面から反論を訴えている。激しい睨み合いを繰り返す桜井くんと女子生徒たち。
「えっと……」
私ではどうにもならない険悪な空気が教室内に広がり困り果てて先生を見る。
「参りましたね」
先生もこの事態を止められないようだった。
「先生。智ちゃんにはわたしが目を光らせて置くので明日さんが隣に来ても大丈夫です」
ポニーテールのすごくスタイルの良い子が手を挙げて提案した。
「……マスターは私達が見張るので大丈夫です」
ピンク色の髪をしたやっぱりスタイルの良い子が頷いて続いた。
「まっ。今の智樹にセクハラする気力があるとも思えないけどね」
青色掛かったツインテールの小柄な可愛い子が窓の外を見ながら同意を示した。
「では、桜井くん達には明日さんが学校生活に早くなじめるように案内役もお願いしますね」
担任の先生が頷く。どうやら話の落としどころとして桜井くんとあの女子3人に私を任せるとなったらしい。
「まあ、見月さんやイカロスさんが一緒なら……」
最初に異議を唱えた少女が座り直す。
それに倣って他の女子生徒たちも次々に座っていった。
「それでは明日さん。席の方へ」
「はい」
先生に促されてゆっくりと自分の席に向かって歩き始める。
まだギスギスしている教室の雰囲気を全身に感じながらゆっくりと歩く。
ポニーテールの子を通過する際に軽く頭を下げる。
「これからよろしくね」
朗らかな挨拶が返ってきた。
感じのいい子だ。
青いツインテールの子の前を通過する。
「一応智樹には気を付けなさいよ。あのスケベはいつ何をきっかけに豹変するのか分からないのだから」
窓の外を向いたままだけど、女の子は私にアドバイスをくれた。
「……よろしくお願いします」
ピンク髪の子は目が合うと丁寧に頭を下げた。
「みなさん、よろしく」
私は3人に向かって小さく頭を下げた。
とても不思議な感覚だった。この3人にかつて会ったことがあるようなそんな錯覚をおぼえている。
どうしてこんな既視感が思い浮かぶのか自分でも不思議。
そして私は桜井くんの方を見た。
みんながセクハラ魔とみなしている少年の方を。
「よろしくね」
私の方から声を掛けてみる。できるだけ印象を悪くしないことが一番だと思ったから。
「ああっ」
桜井くんは素っ気なく言葉を返すだけだった。
その桜井くんは窓際に立てかけた写真立てをじっと眺めていた。その写真にはコスプレと思われる、大きな羽の生えた金髪のスタイルの良い少女が写っていた。まるで天使を思わせる綺麗な子。平々凡々な私とはまるで違う存在。
なのに、なのに……。
「どうして桜井くんとあの女の子の写真を見ているとこんなにも胸が苦しくなるんだろう?」
すごく、すごく胸が締め付けられた。
「へぇ〜。れあさんって、東京の新宿に住んでたんだ。凄いねぇ〜」
昼休み、教室でお弁当を広げていると先ほどの3人が私の元へとやってきて一緒に食事しようと言ってくれた。
一番多く話しかけてくれるのはポニーテールの見月そはらさん。
「東京で新宿に住んでたりすると、毎日芸能人に出会ったりするの?」
「別に新宿のどこにでも芸能人がいるわけじゃないから……新宿区っていっても、普通の住宅地がほとんどだし」
微かな記憶を頼りに喋ってみる。
私がほとんどの記憶を失って家の中で倒れていたのが大晦日のこと。東京から福岡に引っ越したのが1月6日。だから私は実際には1週間ぐらいしか東京に住んでいない。
そんな私が東京のことをよく知っている訳はない。のだけど、インターネットなどで仕入れた情報と笑ってごまかすことで対応している。
「そはら。あんまり質問しすぎるとれあがご飯食べる時間がなくなるでしょ」
「あっ、ごめんね」
「いえ。そはらさんも食べる側に回りましょう」
青髪ツインテールのニンフさんがそはらさんの言葉をビシッと絶つ。そはらさんには悪いけれどちょっと助かった。
記憶のない東京話を振られ続けるのはちょっと困るので。
「……マスターも食事を採ってください」
ピンク髪のイカロスさんは先程から窓の外ばかり眺めて食事を採らない桜井くんを心配げに見ている。
もしかするとイカロスさんと桜井くんは付き合っていたりするのだろうか?
でも、マスターという呼び方は一体?
「あの、桜井くんは一体どうしたんですか? とても黄昏ているように見えますけど」
小声でそはらさんとニンフさんに尋ねる。
「色々あってね。年末からずっと元気がないのよ」
ニンフさんは目を逸した。
何か聞いちゃいけない事情がある気がする。
でも、何となく聞きたいって思った。
よく分からないけれど……桜井くんのことが気になる。
「もしかして、あの写真の女の人が関連しているんですか?」
真っ白い翼を生やしたコスプレ金髪巨乳天使少女。全く見たことないはずなのに何故か懐かしさを覚えるその女の人の写真を見ながら聞いてみる。
「その人……アストレアさんって言うんだけど。年末に……亡くなったんだ」
そはらさんは伏し目がちに小声で説明してくれた。
「そう……なんですか」
聞いちゃいけないことを聞いてしまった。その後悔が強く私を包み込む。
「デルタが……この子が死んだのは、不幸な事故だったのよ」
ニンフさんは大きく息を吐き出した。
そしてニンフさんは1週間前に起きた悲劇を話してくれた。
(・3・)『おじさん……じゃなくて、アストレア復活〜〜っ♪ ぶっひゃっひゃっひゃ』
ニンフさんの話によれば、大晦日の日、不幸な事故により1度死んだはずのアストレアさんは突如生き返ったらしい。
けれど、生き返ったアストレアさんは大きく変わってしまっていた。
(・3・)『胸のデカい女ってどうしようもなく馬鹿に見えるよね』
アストレアさんはやたら空気の読めない女になっていたらしい。
元から馬鹿……あまり賢くはなかったらしいけれど、生き返ったらKY属性が追加されてしまったらしい。
(・3・)『幼女が愛されるのはランドセルを背負っている間だけだよね。セーラー服を着たらもうBBA』
魅音さんはKY発言を飛ばしまくる。
(・3・)『そこのツインテールは胸がなくてよく生きてられるね。おじさんなら恥ずかしくて舌かんで死んでるよ』
そして──
『『『『死ね〜〜ッ!!』』』』
イカロスさんたちの怒りに触れてしまったらしい。
(・3・)『おじさんのライフはもう0よ。ぶっひゃぁ〜〜〜〜』
アストレアさんは生き返って早々に散った。細胞1つ残らなかったらしい。
『アストレアぁ〜〜〜〜〜〜ッ!!』
桜井くんの絶叫だけを残して。
「あの、アストレアさんの死因って事故じゃなくて殺人事件なんじゃ?」
ブルブルと震えながらイカロスさんたちに尋ねる。
「……事故です。ただの」
「デルタに対して殺人なんて概念は当てはまらないもの」
「アストレアさんだから事故死だね」
殺人犯?のみなさんは殺人であることを否定した。
おかしいのは私なのだろうか?
「ていうか、みなさん。アストレアさんとそんなお別れの仕方して、寂しくないんですか?」
傷ついているのは桜井くんだけのように見える。
「……アストレアですから」
「デルタだもの。別に」
「アストレアさんは今もわたしたちの心の中で生きているから」
ごく平然とアストレアさんの死を受け入れているイカロスさんたち。やっぱりおかしいのは私の方なのかな?
引っ越してきたばかりの土地で、私は新しい土地の風習に戸惑っているだけなのかもしれない。
ううん。そう考えていかないとちょっと怖い気がする。この学校でこれから日々を過ごしていくことを考えると。
「それじゃあ、桜井くんがアストレアさんの死を悲しんでいるのは……」
このメンバーにこれ以上アストレアさんのことを聞くべきなのかちょっと戸惑いながらも口を動かす。
「もしかして、桜井くんとアストレアさんは恋人同士だったから。とかなんでしょうか?」
喋りながらとても不思議な感覚を味わった。
他人のことを聞いているのに、まるで自分のことを尋ねているかのように恥ずかしい。胸がドキドキする。どうしちゃったんだろう?
「……マスターが愛している女は唯一この私だけです。他の女には目もくれず、後はひたすら男性のお尻ばかり見ています」
「智ちゃんってすっごくエッチだから、いっつもわたしの胸にバブバブパフパフってやってくるんだよぉ。わたしの夢の中で」
「智樹は私にメロメロなのよ。私がこのツインテールを解くのも智樹の前だけだし」
3人は桜井くんとアストレアさんが恋人であることを否定した。というか、3人とも自分こそが桜井くんの恋人であることを何気に主張している。
真実は分からないけれど、もしかすると桜井くんは複数の女の子とハーレム王だったりするのだろうか?
「ほんとっ、桜井くんもイカロスさんたちも不思議な人たちだよね」
ちょっと規格外なのに、何故か知っている気がする。
そんな不思議な人たちだった。
放課後を迎えた。
私の転校初日は何とか無事に終わることができた。
人間関係や自分の幼い頃の記憶は年末に失っていたものの、勉強に関する知識は残っていたみたい何とかなった。
ホッとしながら座っていると、イカロスさんたちから声がかかった。
「……れあさん。一緒に帰りましょう」
「えっ? いいんですか?」
転校初日でまだ右も左も分からない状況でありがたい申し出だった。
「うん。れあさん、何だかとっても親しみ易くて」
「デルタが生まれ変わったみたいに一緒にいるのが自然なのよね」
そはらさんもニンフさんも私のことを気に入ってくれている。どうも私は彼女たちにとってよく馴染む人間らしい。私も同じことを感じているのだけど。
「ほらっ! 智樹。いつまでもボケっとしていないで帰るわよ」
昼休みの後もぼぉ〜とし続けていた桜井くんの背中をニンフさんが叩いて起こす。
「うん? もう放課後か」
「もう放課後かじゃないでしょ。1日中呆けていたくせに」
「勉強に集中していたんだよ」
「見え透いた嘘はやめなさいっての」
桜井くんは渋々立ち上がって帰り支度を始める。
それに倣って私も鞄に持ち物を詰め込んでいった。
「じゃあ、帰るか」
桜井くんの言葉にイカロスさん、ニンフさん、そはらさんが揃って頷く。
やっぱり桜井くんって……ハーレム王なんだ。
背も私より低いぐらいだし、頭も良くなさそうだし、顔はちょっと格好いいけどそこまで美形なわけじゃないし。何でこの人がこんなにモテるのかはよく分からない。
でも、桜井くんから感じられる雰囲気は、彼がモテる理由を何となく察せられる。この少年の側にいると、それだけで心が和やかになる。幸せな気分になる。
ステータスでは推し量れない所に彼の良さはある。まだ出会ってほんの数時間だけど、イカロスさんたちを見ているとそれが分かった。
ううん。よくは分からないけれど、そのことを私は昔から知っていた気がする。
「おじゃま、します」
数十分後。気が付くと私は桜井くんのおうちに招待されていた。
4人が同じ方向に帰る。というかイカロスさんとニンフさんは桜井くんの家に住んでおり、そはらさんは桜井くんの隣の家。
そんな状況だったので、一緒に帰ることにした私も気が付けば桜井家にお邪魔していた。
「何でこの家に見覚えがあるんだろう?」
デジャブという奴を感じている。1度も訪れたことがない家なのにこの家の間取りが分かる。
どこに冷蔵庫があるか、どこにおやつの入った棚があるのか案内されなくても分かる。そんな感覚に包まれている。
「って、どうして冷蔵庫やおやつの位置なのよ。私は食いしん坊キャラかっての」
食べ物の位置ばかり思い浮かんでしまう自分に失笑する。
私は別に大食いじゃない。お菓子は好きだけど、胃袋の大きさは他の女の子と変わらない。いつも食べてばかりのキャラに思われてはかなわない。
「……れあさん。こちらが居間です」
イカロスさんに案内されて、やっぱり既知感漂う居間へと案内される。
「やっぱりこの景色……見たことがある気がする」
畳もコタツもストーブも私の記憶に何故かある。色もデザインも同じ。コタツの上のみかんが入っている籠も同じ。
こんな偶然が果たして存在するのだろうか?
でも、私は空美町に越して来たばかりの女子中学生明日れあであることは間違いない。
たとえ東京時代の記憶をほとんど失っていても、私という人物が14年間生きてきたことは間違いない。
記憶はないけれど、私には生まれた時から今までに至る写真、ビデオなど数々の記録が残っている。
本当に、一体何なのだろう?
この奇妙な記憶の混濁は。
「まあ、何もない所だけどテレビでも見てゆっくり寛いでね」
隣家の幼馴染ということで、この家のことを知り尽くしているらしいそはらさんがお茶を淹れに台所へと出て行く。
「この時間は昼メロがないから面白い番組ないけどね」
言いながらニンフさんがテレビのスイッチを押した。
画面の中では、珍しい鳥に関する特番が組まれていた。
『アーチボルト家9代目当主ロード・エルメロイ……ではなく、王家に使える高貴なるデラ・モチマッヅィがここに仕る』
芝居掛かった声と共に白い丸っこい物体がたまやの2階の窓から落ちてきた。
『危ないっ!」
六花と凸守の頭を押さえて背中に庇う。
『ゆっ、勇太ぁっ! だっ、大丈夫っ!?』
『富樫先輩っ! 大丈夫なのDeathかっ!?』
『あ、ああ。落ちてきたのがブヨンブヨンした柔らかいものだったおかげでな。それより、一体何が落ちてきたんだ?』
振り返って落ちてきたものの正体を確かめる。
『へっ? 鳥?』
そこには白い鳥?がいた。
?を付けざるを得ないのは、それが本当に鳥であるのか自信が持てないから。
強いて言うのなら、昔のアニメ『Gu-Guガンモ』のガンモが一番近いか。
明らかなメタボ体型のオカメインコっぽい鳥。メタボっていうよりもほとんど球体。
羽は若干ピンク掛かっており、頭の上に立っている冠羽、真っ赤に塗られたホッペはコイツがインコの仲間であることを生意気にアピールしている。インコたちは心外だと怒りそうだけど。けれどやっぱりこんな体格のインコが世界に存在しているとも思えない。
コイツはUMAに間違いなかった。
『フム。まさか、大晦日の滑空を楽しもうと思っていた矢先に地面に墜落とは。私はよほど地球に愛されていると見える』
『何なんだ、この喋る鳥はっ!?』
『小鳥遊先輩っ! コイツ、UMAなのDeathわっ! 凸守たちはいきなり不可視境界線に辿り着いてしまったのDeathわっ!』
『おっ、落ち着いて早苗ちゃん。まだこの鳥さんが不可視境界線と決まったわけじゃ……』
六花は喋る鳥を見てすっかり気が動転している。小動物モードに入ってブルブルと震えている。小心者の六花が本物の不思議に耐えられるわけがなかった。
『おいっ、鳥っ! お前は一体何者なんだ!?』
『魔術の名門アーチボルト家の当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを知らぬとは、これだから魔術師ではない一般人の庶民は困る。青年よ、せめて人並みに教養を付けろ』
鳥は半眼で俺を見下してみせた。
『すっ、凄いのDeath! 凄いのDeathわよ、マスターっ! この鳥はケイネスなのDeath! 第四時聖杯戦争なのDeathわっ!』
凸守は更に激しく六花の肩を振って大興奮。瞳がキラキラに輝いている。
『ほぉ。そこな娘は、稀代の天才魔術師ロード・エルメロイを知っておるのか?』
『こう見えても凸守はこちらにおわす小鳥遊六花マスターのサーヴァントなのDea~th。次の聖杯戦争は凸守たちのコンビがいただくのDea~~th!』
『駄目だって早苗ちゃんっ! 聖杯戦争になんか出たら私たち、死んじゃうってば〜〜』
泣きそうな声を上げる六花。涙をまぶたに貯めた瞳が俺へと向けられる。
『どうしよう〜勇太くん〜っ? 不可視境界線を本当に探り当てちゃったよぉ〜っ』
『…………え〜と、MMRにもなかった超展開に辿り着いたことを素直に誇るべきなんじゃないかな』
『こんな超展開……私の手に余るよぉ〜〜っ!!』
変化を望みながら変化を恐れる小動物の悲痛な叫びが大晦日の夕方の空に木霊した。
「何なの、あの喋る変な鳥は?」
ニンフさんは画面を見ながら表情を引き攣らせている。
「……汚物は消毒した方が良い害鳥」
イカロスさんも嫌そうな表情。
でも私は2人とは全く違う感想を抱いている。
それはとても懐かしいという感慨だった。
何故、見たこともない鳥に懐かしさを感じるのかは自分でも全くもって意味不明。
でも、古い仲間に再び出会った気分になってくる。
鳥が仲間ってのもすごくおかしい話なのだけど。
『フッ。素直に愛情を表現できないのも可憐な乙女たる要件の一つではあるな』
六花たちにごめんなさいされていることに気づかない馬鹿鳥。
『だが、自分の心を偽る必要はない。私はかの天才魔術師よりも完成された存在。ケイネスはランドセルを脱いだ女性をBBAと呼んではばからなかったが、私は18歳までO.K.の寛容さを持っている。故に今日16歳になったたまこもストライクゾーンに入っている。10歳のあんの方が女性として魅力的なのは勿論言うまでもないが』
『やっぱりコイツ、ペドネスなのDeathわ。吐き気がするほどペドネスなのDeath!』
『勇太ぁ〜っ! 私やっぱり、この鳥が怖いよぉ〜〜っ!』
「そっか。ケイネスは鳥に転生して楽しんでいるんだね……良かった…………えっ?」
自分の呟きに自分で驚く。
「ケイネスって一体誰なのよ? 転生って一体何の話?」
自分で言っていることの意味が分からない。
もしかして私は、中二病という恥ずかしい病いに掛かってしまったのかもしれない。
「何で知らない人、知らない場所を知っているように思っちゃうんだろう?」
自分の記憶が意味不明。もしかしてこれが前世の記憶がうんたらかんたらという邪気眼系中二病なのかもしれない。私、14歳だし。
「れあってさ……何か雰囲気がアストレアに似ているよな」
桜井くんが目を細めて私を凝視しながら首を捻った。
「そう、なの?」
面識のない人に似ていると言われても反応に困ってしまう。
「……私はれあさんとアストレアが似ているとは思いません。アストレアはバカですから」
イカロスさんは首を横に振った。
「わたしも似ているとはあんまり思わないかな? アストレアさんって、もっと頭が柔らかかったし」
そはらさんも苦笑しながら桜井くんの言葉を否定した。
「デルタは真正のバカだもの。一緒にされたんじゃ、れあが可哀想よ」
ニンフさんも首を横に振った。
アストレアさんという方はよほどバカを強調されてしまう類の少女だったらしい。
……何故か私が悲しくなってきた。
「それに、あの空気嫁デルタだったら、そろそろ最後の悪あがきに怨霊になって出て来る頃よ」
ニンフさんは自信満々に言い切る。
この21世紀の科学が発達した怨霊って、それは幾らなんでも……。
(#・3・)「世界一の美少女であるおじさんだけが消滅なんてあってたまるかぁ〜〜っ!」
……本当に出てしまった。何なの、この家?
(#・3・)「おじさんが復活する為に新しい体をよこせぇ〜〜〜〜っ!」
真っ白い羽を持つ金髪巨乳の天使。その天使は顔を(・3・)にして叫びまくっている。足がなくて半透明なので幽霊であることが分かる。これが、アストレアさんなの?
「この人…霊と私が似ているの?」
初めて会ったばかりだけど、しかも悪霊と化しているけれど、この人と似ていると言われるのは嬉しくない。
こんな(・3・)と私が似ていると言われるのはちょっと……。
「一度死ぬ前までは……こんなKYじゃなかったんだがなあ」
桜井くんは大きくため息を吐いた。
その間にアストレアさんは窓をすり抜けて室内へと入って来た。
(#・3・)「あっ! アンタはッ!」
アストレアさんは私を見つけて目を剥いた。
(#・3・)「おじさんを差し置いて1人だけ幸せになろうなんて許さないよッ!!」
アストレアさんは何故か私に対して怒りを爆発させている。
何で会ったこともない人に睨まれているの?
……本当に会ったことがないのだろうか?
この悪霊を見ていると、先ほどの鳥を見ているような懐かしい気分になってくる。
共に地獄に落ちていた時のことを思い出す。
「って、私ったら本当に中二病にかかっちゃったの!?」
地獄に落ちていた記憶って、完全に中二病だよぉっ!!
「れあっ! 下がって!」
私の前にニンフさんが立って盾となる。
「永遠に消え去りなさい、デルタッ!! パラダイス・ソングッ!!」
ニンフさんが大口を開けて、超音速の何かを発射した。
(#・3・)「おじさんは幽霊。音波攻撃なんか効かないさッ!」
だが、その音波だという弾丸はアストレアさんをすり抜けて通過。窓を突き破るだけだった。
「……ニンフ。アストレアは私が殺るっ! 超々高熱体圧縮対艦砲(ヘパイストス)っ!」
イカロスさんが漫画に出て来そうな大砲を構えて、すごいビームを放った。
(#・3・)「おじさんに物理攻撃は効かないのさッ!」
言葉通り、イカロスさんの攻撃さえもアストレアさんは素通りしてしまった。
(#・3・)「おじさんを倒したければバナナの皮でも持ってきな!」
「そんなもの、持っているわけないでしょうが!」
ニンフさんの制止を突破してアストレアさんがズンズンと近付いてくる。
(#・3・)「ぶっひゃっひゃっひゃ。体さえ手に入れば、寝ている人間の額に『肉』と油性マジックで書きまくり放題。幼稚園児が作っている砂山を壊し放題さッ!」
「私の体を乗っ取ってそんな小さな悪戯に使わないで〜〜っ!」
(#・3・)「顔もスタイルも頭の中身も平凡になっちまったアンタだけど。おじさんが有効利用してやるよッ!」
アストレアさんが私に向かって手を伸ばしてきた!?
体を乗っ取られる恐怖に目を瞑って耐える。
けれど、いつまで経っても自分が失われる感覚は訪れない。
どうしたのだろうと思って目を開ける。
すると──
「えっ? 空気が、アストレアさんの侵攻を食い止めている!?」
それは確かに空気だった。
メガネっぽい空気とぽっちゃりな空気。2つの空気がアストレアさんが私に入り込もうとするのを身を盾にして防いでくれていた。
何のことを言っているのか分からないだろうけど、そうとしか言えない。
(#・3・)「メガネッ! ぽっちゃりぃ〜〜ッ! おじさんを裏切ろうってのかい!」
アストレアさんにもメガネとぽっちゃりな空気が見えているらしい。
「なっ、何が起きているってのよ、一体っ!?」
ニンフさんたちには何が起きているのか分かっていないらしい。じゃあ、この空気が感じられるのは私だけ?
一体、何がどうなっているの?
メガネな空気が私を見た。
今の内に(・3・)にとどめをさせ。勝利の鍵は鞄の中にある。
「鞄の中?」
慌てて鞄の中を確かめる。
すると、あった。1本のバナナが。
「そう言えば今朝、朝食が足りなかったかもってバナナを1本持って来たんだっけ」
今朝の自分にグッジョブと唱える。
「バナナなんか取り出してどうするってのよ!?」
ニンフさんは焦っている。どうやってもアストレアさんが祓えないから。
でも、私はアストレアさんの倒し方に自信があった。
「いっただっきま〜すっ!」
バナナの皮を剥いて大きく口を開いて一口でその白い実を食す。
そしてバナナを空中に向かって放り投げた。
(#・3・)「バナナの皮を見て滑らないなんて罰当たりな真似はおじさんにはできないんだよっ!」
アストレアさんは存在しないはずの足を空中に舞うバナナに向けて伸ばし──
(・3・)「ぶっひゃぁああああああああああぁっ!!」
思い切り滑ってみせた。
アストレアさんは反時計回りに一回転して、畳の床に頭を思い切りぶつけた。
(・3・)「バナナの皮に滑って頭をぶつけて死ぬ……おじさんに相応しい華々しくも壮絶な最期、だよ。ガクッ」
アストレアさんは死んだ。もう死んでいたけれど。
そして動かなくなった霊魂が2つの空気を伴いながら地へと沈んでいく。
「ありがとうっ!」
私はメガネとぽっちゃりな空気に向かって叫んだ。
メガネとぽっちゃりな空気は私に向かって微笑んだ。そんな気がした。
そして1人の幽霊と2つの空気は地の底(恐らくは地獄)へと消えていった。
「すごいじゃない、れあ。デルタの怨霊をやっつけるなんてっ!」
ニンフさんが抱きついてきた。
「……私たちでも倒せなかった悪霊をよく1人で」
イカロスさんもそっと抱きついてきた。
「わたしがお茶を淹れている間にれあさんが大戦果を挙げたみたいだね♪」
お茶を持って戻ってきたそはらさんも楽しそう。
「やったな、れあ。もうこれで、お前も立派な俺たちの戦友、仲間だッ!」
桜井くんが微笑んだ。
桜井くんの、イカロスさんたちの笑顔を見て私も嬉しさがこみ上げてくる。
「そうだね……うん♪」
大きく頷いて返す。
桜井くんたちとはいい友達になれる。
今度こそはきっとずっと仲良くやっていける。
それは確かな予感として私の胸に込み上げてきた。
自分のことがよく分からない部分はある。
でも、それが気にならないぐらいに今という時間が満ち足りている。
それだけは事実だった。
ニンフさんとイカロスさんの攻撃により壊れてしまった窓から大空を見上げる。
空美町の大空から(・3・)とこの世全ての悪を体現したような3人の美悪女が私を優しく見守っていた。
了
説明 | ||
水曜定期更新。一週間サボったけど。 新ヒロインの登場さ。 やる気出ねえなあ。忙しいさ……。 過去作リンク集 http://www.tinami.com/view/543943 【宣伝】3月5日、新しく出帆した株式会社玄錐社(げんすいしゃ) http://gensuisha.co.jp/ より音声付き電子書籍アプリELECTBOOKで1作書かせて頂きました。題名は『社会のルールを守って私を殺して下さい』です。ELECTBOOKの最大の特徴は声付きということです。会話文だけでなく地の文も声が入っているので自動朗読も設定できます。価格は170円です。使用環境は現在の所appleモバイル端末でiOS6以降推奨となっています。以下制作です。 作:桝久野共 イラスト:黒埼狗先生 主題歌 『六等星の道標』歌/作詞 こばきょん先生 作曲 波多野翔先生 キャスト:由香里様、高尾智憲様、田井隆造様、坂井慈恵士様、竹田朋世様(皆様 株式会社オフィスCHK所属)発行者 小野内憲二様 発行元 株式会社 玄錐社(げんすいしゃ)。*ダウンロードして視聴できない場合には再度のダウンロードをお願いします。最初の画面では再度課金されるような表示が出ますが、クリックすると無料ダウンロードとなることが表示されます。 |
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tkさま デラネスの謎は最新話で明らかにされています(枡久野恭(ますくのきょー)) BLACKさま バナナの皮には歴史上の大英雄が用いたぶきと同じような神格が備わっているのですよ(枡久野恭(ますくのきょー)) 『Gu-Guガンモ』とか懐かし…もとい調べてみると不恰好な鳥ですね。そしてペドネス、18までOKってアンタどうしちまったんだ…?(tk) 霊に物理攻撃はまず無理だろうけど、バナナの皮って・・・。(笑)(BLACK) |
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