【小説】しあわせの魔法使いシイナ 『迷子の女の子』 |
綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。
街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。
綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。
ある日の夕方のこと。
綾とシイナは、街の中心にある「妖精の丘」に散歩に来ていました。
妖精の丘は魔法の力に満ちた、不思議な場所です。
ここを歩くと、とても清々しい気分になれるので、二人のお気に入りの散歩コースです。
夕暮れの風が花の香りを運んで、いい匂いが二人を包みます。
散歩を堪能して、二人が帰ろうとした時。
誰かの泣き声が二人の耳に飛び込んできました。
「うっ、うっ、うぇーん、わぁーん」
声から察するに、泣いているのは小さな子供のようです。
綾とシイナは声のする方へ行ってみました。
ゆるやかな傾斜を登ると、金色のススキの穂が丘一面に広がっています。
そこにぽつんと、紺色の着物を着た子供が立っていました。
綾とシイナは足早にその子に近寄っていきました。
その子はきれいな黒髪をおかっぱにした、5歳くらいの女の子でした。
紺地に水色の柄の着物はとても上等なものに見えました。
ずっと泣いていたのか、涙の流れが襟元を濡らし、目尻と頬は真っ赤です。
「あなた、どうしたの? どこか痛いの?」
シイナが女の子に聞きました。
女の子はシイナたちの方を見ましたが、何も言いません。
「もしかして、迷子になったの?」
今度は綾が聞きました。
すると女の子は、こくりとうなずきました。
「迷子かあ」
シイナが納得したように言いました。
「あなた、お名前は?」
綾が女の子に聞きました。
「イヨ」
女の子が答えました。
「イヨちゃんか」
綾が言いました。
綾は屈んで、イヨと同じ高さの目線になると、
「私たちがお父さんとお母さんを探してあげるね」
と優しい口調でイヨに言いました。
イヨは、
「おじいちゃん」
とだけ言いました。
「おじいちゃんね、わかった。 じゃあ、おじいちゃんを探してあげる」
綾は言いました。
イヨは、こくりとうなずきました。
シイナはハンカチを出して、イヨの涙を拭いてあげました。
「イヨちゃん、自分のお家がどっちの方かわかる?」
綾はイヨに聞いてみました。
「森」
と、一言だけイヨは答えました。
「森ね。 妖精の丘の上にある、『妖精の森』のことかしら」
綾が言いました。
丘の上の、妖精の森はかなり大きな森で、人が立ち入ったことのないところもたくさんあります。
「行ってみようよ、綾ちゃん!」
シイナが言いました。
三人は、妖精の森に向かって登り坂を歩いて行きます。
綾に手を引かれて、イヨはおとなしくついてきます。
綾とシイナは、イヨの歩く速さに合わせてゆっくりと坂道を歩きます。
妖精の森の入口に着きました。
うっそうと繁る大木や下草で、昼なのに薄暗く、奥はよく見えません。
「イヨちゃん、自分のお家がどっちかわかる?」
綾がイヨに聞きました。
イヨは首を横に振りました。
「わからないか。 どうしようかしら」
綾が言いました。
「よし、魔法を使って探してみよう! 私にまかせて、綾ちゃん!」
シイナが言いました。
シイナが、ポケットから白い鳥の羽根を一枚、取り出します。
シイナは、イヨの頭の上に羽根を乗せると、
「この子のお家を教えて!」
と魔法の言葉を唱えました。
すると、白い羽根がふわりと浮き上がりました。
羽根はひらひらと空中をさまよって、森の中へ入って行きました。
「あっちだよ! ついて行こう!」
シイナが言いました。
三人は、下草をかきわけて森の中へ足を踏み入れました。
羽根は、どんどん奥へ進んで行きます。
けもの道を進んだかと思うと、大きな木の根っ子を乗り越え、邪魔な木の枝をよけながら、三人は深い森の中を歩いて行きます。
「だいぶ奥へ来たわね、私たちが迷子になっちゃいそうだわ」
綾が言いました。
「まだ着かないのかなあ」
シイナが言いました。
そのとき、イヨが声を上げました。
「お家!」
そう言って、イヨは駆け出しました。
「あっ、イヨちゃん、待って」
綾が呼びかけますが、イヨは森の中をすいすいと走って行きます。
「ひゃあ、なんであんなに速く走れるんだろ」
シイナが感心したように言いました。
シイナと綾は根っ子と下草をかきわけ、木の枝をよけながらイヨを追いかけますが、とても追いつけません。
シイナと綾は、なんとかイヨを見失わないように、必死でついて行きます。
イヨの後を追いかける二人は、大きく張り出してアーチのようになった木の根っ子をくぐり抜けました。
すると、二人の目の前にとても大きな杉の大樹がそびえ立っていました。
「わあ… すごい木…」
シイナがつぶやきました。
まわりの大木が小さく見えるほどの、圧倒的な大きさの杉の樹です。
「おじいちゃん!」
イヨは大樹に駆け寄ります。
すると、大樹の上から声がしました。
「おお、イヨ。 どこにいったかと心配しておったぞ」
シイナと綾が上を見上げると、大樹の枝がガサガサと音を立てて、杉の葉の奥から一人の老人が姿を現しました。
老人はロープもなしに、杉の樹の上からゆっくりと空中をただよいながら下りてきました。
綾はそれを見て、
『この人は、どうやら普通の人ではないみたいだわ』
と思いました。
「おじいちゃん」
イヨは老人に抱きつきました。
「おお、よしよし。 一人で遊びに行ってはいかんと言うておったのに」
老人はイヨを抱きしめて、頭を撫でてやりました。
「お前さんたちがイヨを連れてきてくれたのかな?」
老人が綾とシイナに言いました。
「あっ、はい」
綾は答えました。
「ありがとう。 この子はいずれ、この森の主になる大事な跡取りじゃからのう」
老人はそう言いました。
その言葉を聞いて、シイナは、はっと何かに気がついたようでした。
シイナが綾にそっと耳打ちしました。
「綾ちゃん、この人、たぶんこの森の主だよ。 杉の樹の神様だよ」
「神様?」
綾は聞いてびっくりしました。
『ということは、イヨちゃんは森の神様の子供だったのね。 道理で森の中を走るのが速かったわけだわ』
綾はそう思いました。
よく目をこらして見ると、おじいさんはうっすらと輝く光に包まれています。
イヨの体も、杉の樹の近くだと輝いて見えます。
綾は、神々しく輝くおじいさんとイヨの姿に、つい見入ってしまいました。
そのとき、森の樹々がざわめいて、ガサガサと音がしました。
まるで森全体が揺れ動いているようです。
「森の木たちもお前さん方にお礼を言っているようじゃの」
おじいさんは言いました。
「いえ、そんな。 たいしたことはしてませんから」
綾は謙遜して、そう言いました。
「お前さん方に何かお礼をしないといかんのう」
おじいさんが言いました。
「お礼なんていいからさ、私たちを森の入口まで連れてってくれないかな?
帰り道がわかんなくなっちゃったの。 もうすぐ晩ごはんだから、そろそろ帰らなきゃ」
シイナが言いました。
「おお、そんなことなら、お安い御用じゃ」
おじいさんは言いました。
おじいさんが腕をさっと一振りすると、綾とシイナの足元から風が巻き起こり、葉っぱや枯れ草と一緒に、二人の体を宙に舞い上げました。
「わあ、これは快適だ」
シイナは嬉しそうに言いました。
まるで風で出来た布団にくるまれているようで、とても心地よい気分です。
「おねえちゃん、さよなら」
イヨが綾とシイナに言いました。
「じゃあね、イヨちゃん!」
二人はイヨにお別れを言いました。
風はあっという間に二人を森の木より高く舞い上げます。
「ひゃあ!」
強い風にあおられて、シイナと綾は目を閉じました。
気がつくと、そこは森の入口でした。
「ふう」
シイナが一息つきました。
「不思議な体験だったわね」
綾が言いました。
「うん。 あ、お腹すいちゃった! 早く帰ろ!」
シイナが言いました。
二人は妖精の丘を下って、家路につきました。
綾とシイナは家に着くと、玄関をくぐってキッチンに行きました。
「あっ!」
綾とシイナは、驚いて声を上げました。
キッチンのテーブルの上には、アケビに梨、リンゴに栗、どんぐりなど、様々な森の木の実がこぼれ落ちそうなくらいに乗っていました。
「神様がお礼にくれたのね」
綾が言いました。
「どんぐりは食べられないなあ」
シイナが笑いながら言いました。
「どんぐりは飾っておきましょう。 他は食後のデザートにいただきましょう」
綾が言いました。
晩ごはんの支度ができたころ、綾のお父さんとお母さんが仕事から帰ってきました。
お父さんとお母さんは、晩ごはんの豪勢なデザートを見てびっくりしましたが、綾とシイナから事情を聞いて、とても喜びました。
四人で、晩ごはんに秋の味覚をたっぷりと堪能しました。
綾はリンゴをたべながら、イヨとおじいさんの仲むつまじい姿を思い出して、ちょっと幸せな気分になりました。
シイナは、いろいろな果物をあれこれ味見したあげく、
「お腹いっぱい、もう食べられない?」
と悲鳴を上げました。
お父さんとお母さんは、こんなに美味しい果物は今までたべたことがない、と感嘆の声を上げました。
それを聞いて、綾とシイナはとても嬉しい気持ちになりました。
その日の晩ごはんは、とても楽しいひとときになったのでした。
―END―
説明 | ||
普通の女の子・綾と、魔法使いの女の子・シイナは仲良し同士。 何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもやきもき。 でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。 |
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