Good-bye my days.第2話「奇跡」
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 公園にやってきたボクらは駐輪場の脇にあるコンクリートの壁のところに立った。

 ボクは彼女の写真を六条さんに手渡した。登山に出かける日の朝にボクが撮影したものだ。

 まさかこれが最後の写真になるとは、ボクらは思ってもいなかった。

 

 「彼女のお名前は沢渡さんでしたっけ?」

 

 六条さんが尋ねる。

 

 「沢渡 舞です」

 

 六条さんはじっと写真を眺めた後、琥珀色の結晶を取り出した。

 コンクリートの壁に当たるたびに小さな光がキラキラとまばゆい。

 すこしづつ描かれてゆく、舞。

 さらさらしたロングヘア、それをまとめるバンダナ。白いTシャツ。袖から伸びる、細くて華奢な腕…。

 

 「六条さん」

 

 「はい?」

 

 「その目元のほくろは描かないでおいてくれますか?」

 

 「え?」

 

 「彼女、気にしてたんです。それ」

 

 六条さんはちょっと考えた後、描きかけの赤い点をごしごしと消した」

 

 軽い摩擦音を立てながら、彼女をなぞり続けるチョーク。タイトなジーンズに、スニーカー。

 輪郭が仕上がり、細部を描き始める。

 

 「そのチョーク、どこから来たんでしょうね」

 

 「私にもわかりません。いつの間にかポケットに入っていたんです。でも多分…」

 

 少し黙って、丁寧に舞の目元のあたりを書き終えると六条さんは言葉を続けた。

 

「わたしの念のようなものが、具現化したんじゃないかと思うんですよ。

 以前は仕事もお金もなくて、食べるものさえ事欠いていましたから。

 その欲みたいなものが、こういう形に結晶したのかなと。

 想像ですけどね…」

 

 舞の姿に陰影がつけられ、立体感が増してゆく。

 

 「だから、こうして自分の利己心じゃなく、他人のためにこれを使うことで

 私自身、このチョークの呪縛みたいなものから逃れられる気がしたんですよ」

 

 ボクは本当にそうかもしれないと思った。六条さんの青白い顔に少しずつ赤みが差してゆく。

 それと同時に壁の中の舞にも命が宿ってゆくように見えた。

 チョークが残り少なくなり、空が少しづつ色を変え始める頃。絵が描きあがった。

 

 ボクらは1,2歩後へ下がる。

 壁の上に琥珀色の光が霧のように密度を持つと、形をとった。

 風が懐かしいに匂いを運ぶ。そして。

 階段を踏み外したときのように、よろよろ、っと2次元の世界からこちら側へ1歩が踏み出された。

 

 「舞!」

 

 「????」

 きょとんとした彼女はしばし目をぱちくりさせる。

 

 「あれ?え、と。宮本君?ここ、どこだ、っけ、な?」

 

 六条さんがせかすように言う。

 「早く。もうすぐ夜明けだ。注意すべき事は分かってるね」

 

 「ええ、お話では日の光に当てると元に戻ってしまうんでしたね」

 

 「そう。チョークは君にあずけておくよ。私にはもう必要のないものだから。

きっと何かの役に立つよ」

 

 「六条さん本当にありがとうございました!舞、急いで!」

 ボクは”はてな”マークを飛び回らせている舞子の細い腕を取って、走った。

 

 「あわわわ〜っ!」

 

 ほとんど宙に浮いたような状態で走る、舞。

 

 今日の最初の日の光がアパートを照らす前に、何とか舞をつれてドアを閉めることが出来た。しかしまだ部屋のあちこちから日が漏れている。ボクは思わず彼女をベッドルームへ押し込むと、シャッターとカーテンが下りていることを確認する。

 

 「舞!太陽の光に当たらないようにベッドにもぐっていて!」

 

 ボクはドアを閉めると、リビングの窓のシャッターを閉じ、キッチンの窓を通販のダンボールとガムテープでふさいだ。そして玄関の明り取りの窓。これでとりあえずは大丈夫。

 

 ベッドルームの照明をつける。

 

 「舞、大丈夫だよ。もう出てきてもいいよ」

 

 舞は、そおっと毛布から顔を出すとベッドの上に正座をした。

 

 「宮本君、そこに座って」

 

 「あ、うん」

 

 ボクも思わずベッドの下に正座をした。

 

 おもむろに舞は話し出した。

 

 「わ、わたしの人生で初めて事。宮本君と手をつないだこと。宮本君のアパートに入った事。そして、ベッドルームで二人っきりという事。この状況を、どう説明してくれるの?」

 

 と、ボクら二人は顔から火を吹かんばかりに赤面した。ぽん!と頭から湯気が上がったに違いない。

 

 「え、ええと…ちょっと話すと長くなるんだ」ボクはうろたえた。

 「とりあえずコーヒーでも入れるから、待っててくれる?」

 「う、うん」

 

 もそもそ。再びベッドにもぐりこむ舞。

 

 「どうしたの?」

 「宮本君の匂い〜…」

 「嗅がなくていい、嗅がなくていい」

 

 と、今度はなにやらベッドの下をごそごそ。

 

 「今度は何?」

 「健康な男子のベッドの下にはお宝があるという伝説が」

 「ないから、ないから」

 

 帰ってきた。まごうことのない舞が。

 

                        つづく

 

説明
"魔法のチョーク"で描かれた彼女が、2次元の世界から1歩を踏み出す。ただしチョークで描かれたものには約束があった。
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