自分は音痴だと思い込んでいるバニーちゃん |
「僕、人前で歌うの苦手なんですよね……」
僕がそう言うと、虎徹さんは心底驚いた顔で、「はあ?」と言った。
今日、僕たちTiger&Burnabyは新曲レコーディングを行うのだが、それがなぜだか公開録音なのである。レコーディングに客を入れる必要があるのだろうか? プロデューサーの考えることはよく分からない。
「え、お前歌うの好きだろ?」
「キライですよ」
「ええ!?」
虎徹さんは目をまんまるにして僕を見つめている。全く。僕はため息をついた。確かに僕は今まで何度も人前で歌ってきたし、そういう仕事が来たってイヤな顔一つしたことはない。それでも虎徹さんなら僕の本当の気持ちに気づいているんじゃないかとちょっと期待していたのに、分かってないどころか歌うの好きだろなんて! ショックだ。いや、これは僕の演技がパーフェクトで、相棒さえだませていたということだから喜ぶべきなのか。悩ましいところだ。
「なんでヤなのー?」
能天気に聞いてくる虎徹さんを軽くにらんで、僕は言った。
「なんでって…。分かるでしょ?」
「わっかんねーよ」
ホントは分かってるくせに!
「だって…僕、音痴じゃないですか…」
自分でも顔が赤くなったのが分かった。悔しい。スタイリッシュ&ハンサムで完全無欠なはずのこの僕が、自分の唯一の欠点を認めねばならないなんて!!
虎徹さんはしばらく黙っていた。ちょっと、なんで黙ってんですか。僕が音痴なのがフォローできない事実だからって黙るのはずるい!
「いや、全然音痴じゃないよ?」
きょとんとした顔を装って、虎徹さんは言った。
「そんな見え透いたお世辞はいらないんですよ!」
「心配すんな! バニーちゃんはオレより歌がうまい!」
人を指差さないでください。
「まあ、確かに虎徹さんも歌うまくはないですが」
「ひでっ」
「でも僕とは違って、あなたの人柄がにじみ出るステキな歌声です。聞いてると幸せになれます。だからうまくなくてもいいんです」
「え…そ、そうかな……」
おじさんは褒められると弱い。もじもじしてるおじさんかわいい。やっぱりたまに褒めないとダメだな、つい文句言っちゃうけど。今日から一日一ホメを目標にしよう。一日一ホメ一もじもじおじさんだ。なんだこのパラダイス。
「タイガーさん、バーナビーさん。お願いします」
スタッフが呼びに来て、おじさんがもじもじをやめた。なんて間の悪い。
しかし、どんなに気が進まなかろうと、仕事は仕事だ。気持ちを切り替えなければ。
「行きますよ、虎徹さん」
「はいよー」
僕は気合を入れてレコーディングに臨んだ。
そして今日もお客さんに笑われた。
「んな落ち込むなよー」
ずーんと肩を落とす僕に、虎徹さんののんきな声が降ってくる。
「やっぱり僕、音痴なんだ…」
さすがにあんなに笑われるのはおかしい。どう考えても正常な反応ではない。今日はお客さんが近かったので、笑いをこらえている姿まで鮮明に見えて、僕の心はぱっきりと折れた。
「だから音痴じゃねえってー」
困ったなー、という顔をして、虎徹さんが僕を見つめている。
だが僕は騙されない!
「だったらなんであんな笑われるんですか! だいたいあなたもあなただ! 僕が一生懸命やってるの知ってるくせに、僕のこと笑うなんて!」
そう、このおじさんは客と一緒になって僕を笑っていやがったのだ。「いやー、バニーは歌わせたらサイコーだな!」 などと言ってゲラゲラ笑っていたのである。なんだこの大人、最低だ。
「いや、悪かった」
急におじさんはかっこいい顔と声になって言った。
「一生懸命がんばっているヤツを笑うなんて最低の行為だ。だがあえて言おう。一生懸命なヤツほど、ハタから見てて面白いものはない!」
僕は唖然としておじさんの顔を見上げた。ヤツはまだかっこいい顔のままだった。このおっさんなに言ってんだ。
「だが自信を持て! 他人から見て笑えるくらい一生懸命なヤツってなかなかいないぞ! バニーは立派だ! 偉い!!」
「……久しぶりに飛んでいいですか」
そうだ、こんな日はダイレクト直帰しかない。おうち帰りたい。
「いやいやいや、だめだよ。どうしたの、今オレいいこと言ってたでしょ?」
「どこがですか? むしろサイテーのこと言ってましたよ! そんな人だとは思わなかった!」
「いやいやいや、待って、ちがうちがう。ことば間違えた。オレはさあ、今日お前見て、本当に偉いなーって思ったんだよ」
「……なにがですか」
ムカつくが一応僕を褒めるところから始まったので、話を聞いてやることにした。今度ムカつくこと言ったら、このおじさんタダじゃ置かない。なんかひどいことしてやる。なんか…そうだ、楓ちゃんに「今日お父さん、靴下に穴開いてましたよ」っていうメールを送ろう。
「オレはさあ、ショービズの仕事キライなんだよ」
「知ってますよ」
「だからさあ、お前と組む前は、こーゆう仕事は適当にやってたんだよ」
「今だってそうでしょう」
「そう! そうなんだよ!」
僕はおじさんをけなしたのに、何故かおじさんは目をキラキラさせて詰め寄ってくる。
「お前に『こういう仕事だってヒーローの仕事です』って言われて、そうかなって思ったから、前よりは頑張ってやってるけど、でもキライだからついつい逃げ道探しちゃうの。でもお前はいつでも全力投球じゃん。だから、偉いなーって思ってたんだけど、でも心のどっかで、まあバニーちゃんはこういう仕事も好きだからがんばれんだろうなあって思ってたんだよ。でもそうじゃなかった。
今日バニーちゃんが歌ってる姿見て、俺は感動したよ。あんなに嫌がってたのに客の前でたらキラキラで、歌も超全力で歌って、笑顔も絶やさずにさあ」
「当たり前じゃないですか。だって今日のお客さんは僕の歌を聞きにきてるんですよ。なのにイヤイヤ歌うとか、そんな失礼なことできるわけないでしょう」
「そうだよな。でも、なかなかそれができないもんなんだよ、人間って」
「そうかな」
「うん、だから、あーコイツすげえなあって思って。歌が全力すぎてちょっと……笑っちゃったけど」
「ちょっとじゃなかったですよ!」
「うん、ごめんな? でもホント、歌ってるお前かっこよかったぜ」
え、ちょっと待って。今、虎徹さん僕のこと、かっこいいって言った? そんな馬鹿な! 僕の密かなニュードリームは虎徹さんにかっこいいって言われることだったのに、もしかして今夢かなっちゃった? そんな、これから僕は何を目標に生きたらいいんだ。いや待て。今はそんなことより虎徹さんにかっこいいと言われたというこの奇跡を噛みしめるべきなんではないだろうか。
「でもさー」
混乱する僕に気づかない虎徹さんは、ニコニコしながら話し続ける。
「全力で歌うバニーは正直この上なく面白いよ。発音変だし。マジ今年No.1くらい笑ったわアハハハ」
「……」
僕は無言で携帯を取り出し、メール機能を呼び出す。
「え、どしたの。何してるのバニちゃん」
「楓ちゃんに『お父さん、今日靴下左右別の種類を履いていた上に、親指に穴が開いていて、シミがついてました』というメールを送るんです」
「なんで? なんでそんなひどいメール送るの? やめてよ、嘘のメール送るの!」
「でも左右別の靴下なのは本当です」
「え?」
「デザイン似てますけど、多分右はコットン100%で左はポリエステル40%くらいだと思います」
「え? そこまで分かんの! すげえな!」
「あ、もう送信しました」
「――!!?」
虎徹さんが声にならない悲鳴を上げて僕から携帯を取り上げる。
「残念。手遅れですよ」
ふふん、と鼻で笑ってやると、虎徹さんはちょっと涙目になっている。
「うぅ、ついにパンツだけでなく靴下も一緒に洗ってもらえなくなっちゃう……」
虎徹さん、一緒にパンツ洗ってもらえないのか。ちょっとかわいそうな事実を知ってしまった。
でも心配しなくてもいい。馬鹿な虎徹さんは送信履歴を確認しないが、本当は楓ちゃんにはメールを送っていない。僕が送ったメールの文面はこんな感じだ。
「歌は苦手だけど、虎徹さんが励ましてくれたので頑張れました。面と向かってはなかなか言えないけど、いつもあなたの気遣いに助けられてます。今日も頑張りましょう」
宛先は虎徹さんの会社のパソコンのメールアドレス。今日は直帰なので、虎徹さんがこのメールを見るのは明日だ。
一日一ホメのノルマを明日の分までこなしてしまった。仕事できすぎる自分が怖い。
「帰りますよ、虎徹さん」
まだぶちぶち文句を言っている虎徹さんを促して、僕は出口へ向かう。ああ、明日の朝が楽しみだ。
説明 | ||
っていうのが夢に出てきまして(タイトルから続く)、それが死ぬほどかわいかったので、ストーリーを作りました。ちょっと腐っぽいかもしれません。あとバニーちゃんがすごく残念なハンサムです。劇場版見ました。スカイハイさんの能力に衝撃を受けました。ずっと思ってたけど改めて彼は努力の人ですよね。苦労をいとわない人ですよ。あれやっぱり人間じゃない。天使やでほんま!! スカイハイの神棚作ってくれたら買います。毎日拝みます。でもこの話にはスカイハイ様は出てきません。だって私に神話は作れない…。 | ||
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